家内は吉永小百合と同年だからだ。かつて吉永小百合の主演の「青い山脈」がロケ地として彦根を選んだので、家内はそのロケを見に行った。それがいつ頃のことだったか、高校の時だったのか、短大時代のことであったか、はっきりは思い出せないようだが、結構吉永小百合との同世代感覚は今もあるようだ。そこへ行くと私は橋幸夫さんと言っても別世界の住人のように思っていた。それだけに今回の告白は他人事とも思えなかった。ましてデュエットされたお二人と私たち夫婦は同世代だからだ。
母は胃癌で44歳、父は痴呆症を患って69歳、継母も胃癌で69歳で亡くなった。それぞれ、私の18歳、38歳、51歳の時だった。その私も今や82歳の歳を重ねている。家内は健康そのものだったし、母亡き後、2年して、父の後妻として嫁して来てくださった継母と私との複雑な間柄を良く受け止め、55年の結婚生活を通して終始一貫、私に仕えてくれている。その家内もここ3、4年めっきり弱くなってきた。特に記憶面でのハンディが目立ってきた。
それもあって、毎日「脳の活性化」と「健康」のため、古利根川沿いの散歩に家内を誘い出しては健康維持につとめている。実は我が家の庭は庭で、この季節たくさんの草花が咲き揃っているので今更出かけるまでもないのだが。これも1996年に家を新築したおり、家内のたっての希望で限られた敷地の中で庭面積を最大限取ったおかげである。
ところが、このところ庭が鬱蒼と生い茂ってきた。例年なら家内が率先して剪定作業に乗り出すのだが、今年は手を出さない。思い余って、家内を誘い、ベニカナメはじめ椿や山茶花などにまとわりついていた蔓(つる)を外しながらの剪定となった。二人とも疲れたが、家内は私以上に疲れたようだ。耳が遠くなった私と記憶がままならない家内との二人三脚はこうして、肉体面でも衰えが目立つ。
今日の写真は、そのような蔓の存在にもめげず、咲き誇っていた「アルストロメリア」である。もちろんこんな名前は知らない。家内が前からそう言っていたので覚えているだけだ。夫婦が健康で長生きするのも素晴らしいが、もはやそれは期待できない。互いに弱点を抱え、衰える一方だが、残された我が人生の中で、どのように助け合っていけば良いのか、日々試される毎日である。 特に私は長年の家内の愛に恩返しをしたい、「あなたの隣人を自分と同じように愛しなさい」との主の勧めを実践したいと思うのだが、これが中々どうして自分の力ではできないで、困っている。
今日も礼拝後の福音集会で主にあって敬愛し、互いに「兄弟」と呼び合っている方から「主の計画」と題する貴重なメッセージをいただいた。最後に読んでくださった聖句(下記の聖句)は私の55年のキリスト者生活・結婚生活の中で危機に会うたびに、繰り返し味わされてきた聖句であった。また新たな思いと感謝の思いで、主イエス様の御業に信頼しつつ歩みたいと思わされている。
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(新約聖書 ローマ人への手紙8章28節)
そう言えば、そのメッセージではもう一つ大切なみことばも示してくださっていた。すべての面で「へりくだる」ことこそ、今の自分に主が求めておられる一切なのだと合点する。
ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。(新約聖書 1ペテロ5章6節)
そして、そのメッセージには、今一つ紐解かれていたみことばがあった。下の聖句がそれだ。そのみことばにより、私たち夫婦の二人三脚の内にも、限りない「主のご計画」があることに改めて気づかされる。
わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。ーー主の御告げーーそれはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。(旧約聖書 エレミヤ29章11節)
お久しぶりの投稿読ませていただきました。橋幸夫、吉永小百合、同世代の私にも懐かしい名前でした。
返信削除一つ「んっ?」と思ったこと。妻は夫に仕えるものなのか。そんなことはない!私の中では、夫婦は同志。共に生活していく上の仲間。およそ夫に仕えるなんて感覚は1mmもない。私って変ですか。
率直なご感想をいただきありがとうございます。私にはそのご感想に直接お答えする資格はありませんが、なぜそのように私が思うようになったかを語ることはできそうです。少しそのことを考えながら次回のブログで展開させていただければと思います。
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