エジンバラ・プリンセス通りの花園 2010.10 |
過去二日間、クロムエルの手紙の中では私信とも言うべき手紙を紹介しましたが、今日は公的な手紙を紹介したいと思います。現代風にしようかとも思いましたが、やはり畔上氏の周到な訳文の方が雰囲気を味わっていただけるのではないかと思い、それを以下転写します。(『畔上賢造全集第9巻430〜431頁より引用。)
卿(けい)らよ
卿らの我が軍の宣言に対する返答書拝見仕(つかまつ)り候。我が僧職はそれに答える辞を草したれば、同封にて送り申し候。
この度のことにおいて卿らが神意に叶うか我らが神意に従えるかは、神の慈愛によりて定まることにて候。されば我らはこの結果をすべてを処理する全能者に任せ申し候。ただし我らは光明と慰安の日に増し加わるを知り、遠からずして神その大能を現わし給いて、万人これを認めることと確信致し候。
卿らは我らを知らずして、我らの神のことについて、我らを審(さば)く。そして卿らは頑なにして巧みなる語をもって、人民の中に偏見を懐かしめたり。人民は、良心の問題については一人一人が神に対して責を負うべきなるを、あまりに卿らに盲従し過ぎたり。ーーこれ彼らを破滅に導くにあらざりかと、我らは危ぶみおり候。
卿らは我らよりスコットランド人民に告げし公言を隠して人民に示さず。(彼らこれを見なば、我らの彼らに対する愛情をも知らん者をーーことに神を恐るる者は。)然れども我らは卿らより来る文書を自由に兵卒に示し候ゆえ、たくさんお送り越されたく候。余はこれを恐れず候。
我らは人として各種の宣言公示をなすか、あるいは主のため主の民のためにこれをなすか?まことに我らは卿らの数を恐れず、また己にも信任を置かず候。我らは卿らの軍に対し得べし(神に祈る、我らをもって誇るものとなすなかれ)と信じおり候。 我ら卿らに近よりし以来、神は聖顔を隠し給いしことこれなく候。
卿らの罪大なり。無辜の民の血を流すの責を受け給うなかれ。(卿らは王及び誓約を掩飾として民を欺き、民の眼を暗くせり。)卿らは他を非難し自己を神言の上に立てりと言う。卿らの言うところことごとく神言に応ぜるか、願わくは自らを欺き給うなかれ。教訓(いましめ)に教訓を加え、度(のり)に度を加うるも、主の語は、ある人には審判の語となりて後に倒れ、損なわれ、わなにかかりて捕らえられるべく候(イザヤ28:13)。使徒行伝第二章にあるが如く、世がもって狂気と認める霊的充実もあらん。また霊的酩酊(めいてい)と言わるる肉的信頼(誤解せる教えの上に立てる)もあり。死と立てし契約あり。陰府(よみ)と結びし契りあり(イザヤ28:15)。我ら卿らの契約をもってこの類となすにはあらず。されどこのことに於いて悪しき肉の人と同盟するも、なおかつ神の契約にして霊的なりと言い得べきや。願わくは三思せられたく候。
イザヤ書第二十八章を五節より十五節まで読みて、命を与うるものは聖霊なることを知られたく候。主卿らと我らに聖意を為すの明を与え給わんことを祈る。願わくは神恩卿らの上にあれ、以上。
1650年8月3日 マッセルバラにて
オリヴァー・クロムエル
スコットランド国僧職総会御中
(もし総会開会中ならぬ時は僧職委員会へ)
以上が、クロムエル51歳の時の手紙である。この時クロムエルは16000名の兵を率いてイングランドとスコットランド国境のトゥイード川をわたり、エディンバラから8マイルの地点に迫ったが豪雨と補給不足に退却を余儀なくされていたようであります。マッセルバラはエジンバラ近郊の村です。さて、私はこの手紙の最後の言葉に大変心惹かれました。それはイエス様が「いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。」(ヨハネ6:63)と言っておられるが、クロムエルは激戦の最中そのおことばを味わっており、上杉謙信の塩にまさりて余りあるイザヤ書28章の瞑想を勧めているところであります。