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2025年7月31日木曜日

三題噺(自然と世相を読む)

炎天下 ヘクサカズラの 花負けじ
 昨夕散歩中、足元に小さな花の花弁が見えた。すかさず、同行者に聞く。「ヘクサカズラ」と返って来た。草花の名辞がまたしてもスラスラと口をついて出てくることに驚くと同時に感謝する。それにしても余りの暑さに青息、吐息の私たちだのに、どうしてヘクサカズラはびくともしないでこんなにたくさんの花をつけているのだろうと、今日の午前中今一度確認を兼ねて行ってみた。茎がつる状に伸びているのであって、根はしっかりと河岸に近いところに根ざしていることがわかった、
輝けり カルガモ家族 真っ赤なり
 日没寸前、カルガモ家族が、夕陽に向かって泳いで行く。思わず、「真っ赤に燃えた・・・」という美空ひばりの歌唱を思い出した。昭和42年(1967年)のことだ。こんなに暑いと、今や太陽を恋の燃える象徴としてだけで歌い込むことはできなくなったのでないだろうか。それとも・・・
しがみつき 青味帯ぶ蝉 これからか
 今夏、初めて蝉の成虫を見つけた。まだ一部青味がかっており、脱皮してまもないかも知れない。この成虫の寿命は極めて短い。

 さて、昨日の東京新聞の佐藤正明さんの一口漫画は「しがみつく」という題名で、セミが木に止まっている姿を描写し、木の下では捕虫網を持った二人の男がセミを見上げている様子が描写されていた。
 もちろん、セミが石破首相、下の二人の男はどうみても麻生氏と茂木氏のように見える。その上、茂木氏らしき人物には「どのみち短命だから」と語らせている。その上、麻生氏は何やら言っているらしいが、それは音声とはなっていない。しかし、それにもかかわらず「辞ー」「辞ー」という声が木々の間から聞こえてくるという凝りようである。いうまでもなく、蝉の鳴き声は今や盛んになっているが、この一口漫画の「辞ー」「辞ー」はまさしくそれにあやかった揶揄のようだ。

 なお、同じ日の『本音のコラム』欄では斎藤美奈子氏が「石破おろしの傲慢」という題名で注目すべき論考を書いていた。自民党だけでなく、大手新聞紙(東京新聞をふくめ)が一様に石破おろしに走っているのは「石破やめるな」運動が市民から起こっていることの意味を顧み確かめずそのような結論に至っているとすれば、それは新聞紙の在り方として「傲慢」に他ならないと言っている。

 参院選の結果については、30日の夕刊『論壇時評』欄で中島岳志氏が「参政党躍進の背景は?」と題して、参政党の支持者が無党派層であったことを指摘し「既成政党は真摯に分析を」と呼びかけている。同時に隣の『大波小波』欄では「ディストピアの空気感を読む」という題名で匿名氏「木春菊」氏が参政党の政見はナチス政権の手法と同じ轍を踏むことになるのでないかと案じている。

 以上、7月にして暑い夏が連日続きますが、その中での自然を眺め、一方、参院選の結果あらわれた民意をいかに考えて良いか、能う限りの識者の論評に耳を傾ける日々です。明日から始まる8月は何が待っているのでしょうか。

主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。(旧約聖書 エレミヤ17章7〜8節)

2025年7月18日金曜日

今時の世相を憂う

こぞの夏 蝉の抜け殻 早や見つく※
 「全学連は国際共産主義の手先である」1960(昭和35)年当時、高校生の私が耳にした当時の岸首相の言であった(と思う)。それに対して、私はまわらぬ舌で語るが如く、ペンパルとして紹介されていたカナダの日系二世の方に、「決してそうではない。みんな祖国に戦争の惨禍を二度と味わわせたくないから、反対しているのだ」と言う旨の英文を認めて送った。その返事はいただけなかったが、それが当時の高校生の一般的な風潮でなかったかと懐かしく思い出す。なぜそのような認識を持ったか、振り返ってみると、何と言っても新聞の力ではなかったかと思う。そんなに新聞をくわしく読んだ覚えはないが、少なくとも新聞が社会の公器としてその役割を十分果たしていた時であったと思う。

 ところが、あれから65年、世の中はすっかり変わった。第一、高校生にも選挙権が与えられた。その若者たちは、新聞でなくSNSがその情報源だと聞く。そのような中で、根拠のない(と思われる)排外主義が大手をふって世の中を席巻していると聞く。いつの時代も高校生の純真な心はそんなに変わらない(と思いたい)。今、踏みとどまって、何が正しいのか考えてほしい。遅まきながら、私の購読している東京新聞も多方面からその現象にメスを入れて報道している。外国人受容の方策について、日本人同士の様々な差別(感情)を放置したままで一足飛びに、議論がなされても決してためにならない。

 参議院選挙の結果、どのような政治世界が待っているか予断を許さないが、たとえどのような結果が出ようとも、一人一人の議員の方々が、政治家として歩む使命をまっとうして現実的で意味のある国会討論が活発になされ、政策が決定されることを期待したい。

※いつの間にか、蝉の声が樹木の梢の茂みから静かに聞こえて来る季節になった。蝉は地中からはみ出て、木々を登り、抜け殻を残し、巣立って行ったのだろう。栄枯盛衰、人の一生をモノの見事に体現させてくれる通過点の姿である。もはや我も抜け殻を残すのみ。一方、白粉花の可憐な次の姿もある。

河岸に 白粉花の 紅映ゆる

ぶどう畑のぶどうを収穫するときは、後になってまたそれを摘み取ってはならない。それは、在留異国人や、みなしご、やもめのものとしなければならない。(旧約聖書 申命記24:21)

2025年7月16日水曜日

モンシロチョウに寄せて

風そよぎ モンシロチョウ 舞い飛べり
「自由空間」という言葉がある。一匹のモンシロチョウが笹の葉や紫詰草やクローバーなど密生する空間を、自由自在に飛びまわっていた。その姿をキャッチすべくiphoneを片手に追いかけた。ところが、彼の描く航路には中々追いつけない。その航跡を描けるなら描いてみたい。せめてその羽を広げた優雅な肢体を撮りたいと思うのだが、これが中々どうして果たせない。

 辛うじて、笹の葉につかまって一休みする姿を撮ることができた。写真で見ると、笹の葉にしっかりと2本の足(?)を伸ばし、つかまっている(側面で見ているだけだが、反対側にも他の足があり、しっかりと伸ばしているのだろう。そうしないとバランスが崩れる)。全部横向きだから仔細はわからない。しかし、これまた口から出ているのか、頭の先にあるのか、2本の鋭角とも言うべきものが見える。あたり一面、圧倒的な緑が支配する中で、黒い触覚のようなものが見える。このような表現しかできない、昆虫をまったく知らない私の戯言(ざれごと)だ。

 モンシロチョウではないが、小学校一年か二年の時、学芸会で、「ミツバチ」の役柄を与えられて、舞台の上で、女の子たちが演ずる花の間を、次々と飛んでまわったことを思い出した。何かセリフを言ったはずだが、そのセリフはとんと覚えていない。幕の袖の下の向こう側の観客席では多くの父兄の方々が見ておられた。その学芸会が終わると、決まって評が下されていた。中には口さがない評もあり、それを母から聞くのも嫌だったが、母が丹精込めてつくってくれた羽をバタバタひらめかせながら、飛んで行った時、それまでの緊張から解放された気分を味わったことも確かだった。

 モンシロチョウに限らず、今やさまざまな蝶が目まぐるしく飛びまわっている。もちろん花の蜜を求めてだろう。暑さ一点張りのこの季節、彼らにとってはさぞや無限とも言える草花の間を今日も飛びまわることだろう。どんなセリフを口走っているのだろうか。そう言えば、ここ4、5日の間だが、静かな蝉の声が樹木の間から、集団の声となって聞こえ始めている。なぜか、静かな蝉の声に私は安堵の思いを覚える。生きとし生けるものの盛んな季節へと確実に世界は進んでいると思うからだ。

狼は子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく。雌牛と熊とは共に草を食べ、その子らは共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。(旧約聖書 イザヤ11:6〜9)

2025年6月21日土曜日

ピーター・マーシャルの祈り

風そよぐ 薄野(すすきの)に蜘蛛 棲家あり(※1)
 ピーター・マーシャルという人物が昔いた。アメリカ上院付きの牧師である。以下は 『A Man Called Peter』(ピーターという男)という題名で妻キャサリンが夫ピーターの1949年のトルーマン大統領就任式でお祈りした状況・場面をその本の中で叙述しているものである。(同書11〜12頁より訳出※2)

 その朝は寒々として冷たかった。湿っぽい肌を突き刺す風がポトマック川の鋼のような灰色の川面を波立たせていた。ペンシルバニア通りの広い立ち入り禁止の一帯は紙やがらくたのようなものが風で吹き飛ばされ、その風が連邦議会のドームに吹きつけ「ヒューヒュー」と唸っていた。

 ワシントンの至るところで期待感がみなぎっていた。大通りに沿って何週間もかけて積み上げられてきた材木のかたまりはついに屋根付きの観覧席へとしつらえられていった。街角という街角にはネービーブルーの制服に身を固めた特別区の警官が彩りを添えていた。灰色の街灯には小さなアメリカ国旗やトルーマン(大統領)とバークレー(副大統領)の写真が飾られた。赤、白、青の旗が至る所にあった。数時間もすれば合衆国大統領を祝って4万人の行進者や40以上の山車が7マイルの長さで縦列をつくることになろう。この日は1949年1月20日、大統領就任式の日だった。

 両翼を広げた重厚な連邦議会の建物の前で、私は12万人の他の人たちとともににわか仕立てにつくられたベンチに座って、前の貴賓席に場を占めている政府高官を眺めていた。ラジオ、テレビ、映写技師たちは新しく造られたひな壇で器具を調整したりテストしたりするのに上がったり降りたりして大わらわであった。昼の12時に全米の耳目はこの瞬間に吸い寄せられることであろう。

 私はプラム色の革掛け椅子や緑色のカーペットの敷かれた通路を備える旧上院会議場で、ピーター・マーシャルがその瞬間祈ることを知っていた。彼は多くの新聞記者に「上院の良心」と呼ばれていた。彼の簡潔で真摯な地についた祈りは上院議員たちに次第に深い影響を与えつつあった。しかし祈りは親密なものであり、決して人が手軽に話すようなものではなかった。私は何度か見てきたようにその場面を描くことが出来る。ピーターが祈ると、人々は突然静まり返り、うやうやしく頭を垂れた。

「父なる神様、私たちはあなたを信頼しています。また、この国はあなたのお導きとお恵みにより誕生させられました。どうか合衆国の上院議員を歴史上のこの重要な時に祝福し、その義務を真摯に遂行するのに必要なすべてのものをお与えください。

 私たちは今日特に私たちの大統領のためにお祈りします。そしてまたこの議会を主宰する大統領のためにお祈りします。彼らがその務めを果たすために、精神的肉体的緊張に耐え得る健康をお与えください。またしなければならない決定に対する正しい判断力をお与えください。また彼ら自身の力を超える叡智とこの困難な時期の問題に対する明確な理解力をお与えください。

 私たちはあなた様に心からへりくだり信頼できますことを感謝いたします。どうか彼らが恵みの御座に絶えず行くことが出来ますように。私たちも彼らに対するあなた様の愛あるご配慮とあなた様のお導きの御手におゆだね出来ますように。

 私たちの主イエス・キリストの御名を通して、アーメン。」

※1 日々大変な暑さである。この暑さの中で生きとし生けるもの様々な工夫をして生き延びている。土手を歩くと彼方此方にミミズの屍が見える。この暑さで地中から出ざるを得ず、出たは出たで熱にやられての結果であろうか、哀れでならない。一方、伸び放題の葦やススキが繁茂している。オオヨシキリはその豊かな自然環境の中で「ギヨッ ギヨッ」と囀るに遑ない。そしてそのススキには蜘蛛がご覧のようなシェルターにこもっては餌を狙っている。写真では一つしか示さなかったが、もちろんたくさんの蜘蛛のシェルターがある。よくも彼らはこうして「家」を作るものだと感心せざるを得ない。

※2 2008年当時、この本を読んで痛く感動した覚えがある。原本はアメリカで戦後間もなくベストセラーになった本である。典型的なアメリカンドリームの体現者がイギリス・スコットランドから移民としてやってきたピーター・マーシャルその人の人生であった。その人生を妻であるキャサリンが描いた「夫の肖像」とも言うべき本である。幸い、邦訳がある。村岡花子さんの訳である。当時私はこの本が手に入らないのでやむを得ず英書を購入して読んだ。ところが今回探して見たら、今や国会図書館デジタルライブラリーで自由に引き出せ、プリントアウトして読むことが出来ることがわかった。だから村岡さんの名訳を拝借してもいいのだが、私訳を載せた。村岡さんはピーターの祈りの言葉を載せておられない。不必要だと思われたからである。しかし、どっこい、その祈りこそ今私が必要としている祈りの一つであるので敢えて載せてみた。ついでに言えば、村岡さんはこの一連の叙述(20項目)の冒頭に必ず載っている聖句(下のイザヤ書の聖句)をやはり省略している。それらの祈りや聖句の省略が村岡さんにとって、その後どう言う意味・経過を辿ったかはその翻訳書の後書きで少し書いておられる。一読の価値があると思った。機会があれば紹介したい。

https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2010/11/blog-post_19.html

まことに、あなたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。野の木々もみな、手を打ち鳴らす。いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。これは主の記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。(旧約聖書 イザヤ55章12〜13節)

2024年11月13日水曜日

余生は天の御国への道備へ

ウラギンシジミ(※)
 次男は今朝遠くへ(信州、関西方面)と車で出かけて行きました。朝起きてきたその次男の様子を見るなり、家内が発した言葉は「元気ね。」でした。すかさず帰って来た彼の言葉は「50だもの、ね。」でした。その言葉をそばで漏れ聞きながら、高校時代、絶えず念頭にあった「漱石の修善寺の大患」を思い出していました。それは漱石が50歳の時だったと思いますが、それが死因につながりました。だからその50歳で人生は終わるものだと漠然と考えていたのです。

 一足早く9日に52歳の誕生日を迎えた次男と昨日12日に誕生日を迎えた家内とのさりげない会話でしたが、そこに母子の間に交わされた老い行く者とそうでない者との間の、歳をとることに対する暗黙の了解のようなものを感じさせられました。昨日の家内の子どもたちへの誕生祝いのお礼の挨拶には冒頭で「ありがとう、79歳だとは!あっというまに80だよねー」と繰り言が記されていました。私たち夫婦は、まったく歳をとる自覚もないまま、あたら余生を生きている感じです。

 こんな日々ですが、日曜日の福音集会でお話しくださったかたが次のみことばを語ってくださいました。

主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目ざめていても、眠っていても、主とともに生きるためです。ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。(新約聖書 1テサロニケ5章11〜12節)

そして今の信仰生活はこのまま天の御国につながっていると語って下さいました。老いも若きも天の御国を目指している自覚を持つ時、年輪を越えて主への感謝を持つことができるんだなとこの文章を書きながら改めて思わされております。

 一方、礼拝では、私が土曜日に投稿しようと思っていたルターの「神は高きやぐら」(讃美歌267番)を一語で示す御言葉が朗読されたのです。

まことに、あなたは私の避け所、敵に対して強いやぐらです。(旧約聖書 詩篇61篇3節)

朗読された方は、私がそのような文章(ルター作詞作曲の讃美歌についての紹介文)を書いているなんて全くお知りでなかったでしょうし、逆に私自身はこの御言葉を知りませんでした。福音集会でのメッセージといい、礼拝のおりの朗読箇所といい、主なる神様はまったく無駄なことはなさらない方なのだと思わされました。

※先日玄関先の植え込みに黄色と白の紋白蝶が舞っていました。バックの花といい、ちょうど良いタイミングでしたが、中々撮れませんでした。そんな矢先、家内が別のこの蝶を見つけ、教えてくれました。初めて見た蝶の姿でした。しかも撮影した時には気づきませんでしたが、この写真を見る限り、羽根が一部欠けているのですね。何となく我が身に照らし合わせ、哀れさを感じさせられました。 

2024年8月25日日曜日

折り返し地点


「毒食わば皿まで」という言葉がありますが、あまりいい意味ではなく、悪事を最後までやり抜くことを言うそうですが、私の「蝉探訪」は、連日続いています。そして、さらに前日(8/21)より、その発見個数を増やすに至りました。昨日(8/22)は十五匹でした。

 元々、蝉の数が気掛かりになったのは、あまりにも暑い夏の日々が続いていることにあります。私の予想では当初この数は徐々に減って行き、秋に向かっていくのではないかという微かな期待と「遊び心」がありました。ところが、案に相違して一昨日(8/21)、最高数値十三匹を記録したのです。当然昨日(8/22)はそれより少ないであろうと思って出かけましたが、またしてもその予想をはるかに裏切る結果が出ました。

 でも、この結果を見るにつけ、右岸、左岸の違いに気付くようになりました。そしてそれまでの蝉観察が右岸中心であったことに思い当たりました。8/21 (水)に私は初めて左岸の木々にも目をつけ、熱心に蝉のありかを探した結果が右岸を上回る数字でした。昨日(8/22)もそのことは明らかでした。その結果、右岸に比べ、左岸には圧倒的に桜の木々を始めとしてたくさんの木々が植わっている違いに改めて思い至りました。

 以上は、8/23に記しましたが、そのあともう、午後六時を過ぎてしまった頃、古利根川の「蝉探訪」に出かけました。その時は夕焼けが美しい散歩になりましたが、樹幹を見るには暗く、雲行きを見ては、足取りを早めざるを得ず、観察はややいい加減になりましたが、下の表が示すように九匹確かめることができました。明らかに、過去二日間と比べると減りました。そこで一念発起して、昨日(8/24)は午前中に「蝉探訪」に出かけることにしました。結果は、とんでもない数字、二十三匹を記録しました。これでは一向に晩夏は終わりそうにないようです。それにしても、昨日は、ここ数日は夕方に探索していた時間を、明るい時間を選び。午前に切り替えたのですが、当地では昨夕初めて「ゲリラ豪雨」を経験しました。いったい蝉諸君は今ごろどうしているのだろうかとの思いがよぎりましたが、それは束の間、我が探索が無事守られたことの僥倖に感謝しましたが、こんなところにも「自己中」が顔を出しています。

      8/21   8/22 8/23 8/24 
      (水)  (木) (金)   (土)

   右岸  6   4       2         9    
         左岸  7  11       7       14     
            計 13  15       9       23    

 昔、寺田寅彦が彦根測候所のデータを取り寄せ、そこから伊吹山を詠んだ芭蕉の俳句の分析を行なっていたことを思い出し、上記の拙い表を作ってみました。数的事実の背後にある大きな自然の恵みに参入し、一日も早い秋を体感したい思いや切です。https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2023/12/blog-post_20.html

 今朝の東京新聞の俳句欄に、

 折り返し地点だろうか今日の秋 土居健悟

と、ありました。長々と書いた我が駄文に比べ、一句のうちに我が思いも凝縮されていて感心しました。最後に八木重吉の詩を写します(『あるがままに生きる』吉野秀雄・山口瞳共著59頁より引用)。

 雲

くものある日
くもは かなしい
くものない日
そらは さびしい

 草に すわる

わたしのまちがいだった
わたしの まちがいだった
こうして 草にすわれば それがわかる

私たちの主イエス・キリストを朽ちぬ愛をもって愛するすべての人の上に、恵みがありますように。(新約聖書 エペソ6章24節)

2024年8月22日木曜日

「蝉探訪」いつまで続けられるか

 画面は日曜日夕方の古利根川の川辺の様子です。青鷺一羽が川縁にその勇姿を潜(ひそ)めておりました。しかし、青鷺は敏捷で、橋の上からiPhoneを向けては、覗き込んでいる私に、気が付かないはずはありません。次の瞬間には翼を広げ、口惜しがる私を尻目に、悠々と飛び去って行きました。

 月曜日、火曜日と連日雨風に晒されましたが、当地は新聞TVで報道されるような被害はありませんでした。したがって特筆すべきこともなく、昨日水曜日は午後六時を過ぎていましたが、ゆっくり土手を散歩しました。ところが、驚くなかれ、このところ日課としている、「蝉探訪」は、台風一過の昨日、これまでの最高値を記録しました。何と蝉十三匹を見つけました。右岸で六匹、左岸で七匹でした。まさかこんなに見つけられるとは思ってもいませんでした。

 それも、何かと集中力をなくしている家内が見つけるのですから、私にとっては二重の喜びになりました。一本、(蝉探しに)お目当てにしている桜の木が右岸にあるのですが、私は必ずその樹幹を覗くことにしています。だから、毎回、その木に必ず目をつけ、一匹以上は発見し、そのあとプラス何匹と、その日の収穫(発見個数)を数え上げ、三十分あまりの散歩に満足するのが私たちの定番のスタイルでしたが、この日ばかりはプラスアルファがあまりにも多く、すなわち五本の指で足りず、かと言って、家内に確かめることもできず、自分の記憶で我慢するしかありませんでしたが、十三匹でした。

 あとでなぜこんなに多く発見したのか、つらつら考えてみると、それまでの「蝉探訪」が昼間で、今回は夕方であった違いにあるのではないかと、思い当たりました。そのうちの一匹に、まだ抜け殻から出てきて、十分羽が成熟していない蝉がいたからです。それだけでなく、少年時代、地面にしゃがみ込み、穴に小さな木切状の棒を差し込んでは、幼虫を引き揚げたり、脱皮している様を観察する「蝉観察」こそ、草野球と並行した夏休みの風物詩だったことを懐かしく思い出しました。

 蝉の成虫は羽化してからおよそ二、三週間だとのことです。https://www.kodomonokuni.org/nature/summer/summer_semi.html
一方、有名な芭蕉の句、「閑けさや 岩に染み入る 蝉の声」の蝉はいったいどの蝉が、「閑けさ」にふさわしいか、蝉の種類をめぐって、斎藤茂吉と小宮豊隆との間で論争があったそうです。風流さを解しない当方の句は「蝉数う 秋の到来 待つ日々」の凡句です。

 この間、『神と人と言葉と 評伝・立花隆』(武田徹著)を読みました。「雲の上の”知の巨人”」の姿に接し、私より三つ年上の立花のたどりし人生もまさに時代を反映した歩みだったのだと過去を懐かしく振りかえさせられました。それにしても、クリスチャンの両親のもとに育った立花隆の生涯が、もし、評伝作者の言われる通りであったとすれば、私流に勝手に表現すると、どうして「私はあなたを信じたいのですが、どうしてもあなたを信じられません」という呻きになるのか、私には不思議でなりませんでした。それだけでなく悲しみさえ覚えさせられました。

知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。(新約聖書 1コリント8章1節)

2024年8月17日土曜日

今日も川は流れる

 台風の被害は関東では太平洋の沿岸である、千葉・茨城が大変でした。それに比べれば当地は雨風ともそれほどではありませんでした。状況を知るべく、いつも通り古利根川川沿いを歩いてみました。川は申すまでもなく、増水しておりました。ただ意外なことに、九羽にもなるカルガモ集団が水しぶきを上げながら元気に川中を泳いでいる姿を橋の上から見ることができました(画面上微かに写っています)。橋の上からとは言え、実に久しぶりのカルガモの姿でした。場所的にはかつて二羽の親鴨が十羽の子鴨を育てていた田んぼに最も近い川中でした。不思議な思いがしました。

 その後、それ以上に何か川に変化はないかと見ながら歩こうと試みましたが。西日に変わりつつある太陽ですのに、川面に斜めに照りつける太陽は、その照り返しでとても目を開いておれず、その段を抜く偉大さに今更ながら感服せざるを得ませんでした。従って川中を見ることは諦め、もっぱら桜の木々を見ながら歩きました。自然と、二人して蝉を見つける羽目になりました。結局、都合六匹の蝉を見つけました。今までで一番多く蝉を見つけた勘定になります。これではまだまだ盛夏は衰えそうにないと思わされました。前回、写真でお見せしたのは、「油蝉」でしたが、今日は「ミンミンゼミ」を撮影できました。それにしても、この保護色によるこの蝉の防衛力と、その美しさと構造には舌を巻かせられました。このような太陽を中心とする共存共栄である生き物の姿態(と言っても、わずか九羽の鴨と六匹の蝉に過ぎませんが)を見るにつけ、人間界の使命を改めて自覚せざるを得ません。

 九月までの残された三週間のうち、かくして一週間は終わりましたが、アメリカも日本も秋の政治決戦を迎えての始動が聞こえて来るようになりました。ロシア・ウクライナの戦争、イスラエル・パレスチナの戦争にも動きがあります。主の御心はどこにあるのでしょうか。一つ一つの事象に息を潜めて見守っている者です。終わりに、二三日前に家内が路傍(※)の草花に近寄って、「こんな花は初めて見た、なんの花だろう」と言った記念の花を載せておきます。※この現場は奇しくも以前お話ししたカルガモの子どもたちがしぶきをあげて逃げて行った田んぼの畦道でした。https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2024/06/blog-post_23.html

秋来よと 名も知れぬ花 愛(めで)し妻

神は、「光る物は天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。しるしのため、季節のため、日のため、年のために、役立て。天の大空で光る物となり、地上を照らせ。」と仰せられた。するとそのようになった。それで神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。また星を造られた。・・・・こうして夕があり、朝があった。第四日。ついで神は、「水は生き物の群れが、群がるようになれ、また鳥は地の上、天の大空を飛べ。」と仰せられた。・・・・(旧約聖書 創世記1章14〜20節)

 こうして創造のみわざは続きます。そして、このあと第六日に及んで、始めて人は造られるのです。

そして神は、「われわれに似るように、「われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。(旧約聖書 創世記1章26〜27節)

2024年8月12日月曜日

五匹の蝉君に出会えましたよ

 幼い頃、私は、夏休みと言えば、捕虫網を携えて、近くの神社の境内の森を友人たちと駆け回ったりしていました。今頃の小学生はどうしているのだろうかと、思っていたら、捕虫網を携えた親子に出くわしました。カゴには油蝉とともに、ツクツクボーシがしっかりと捕らえられていました。自らの子育ての折、どれだけ、甲斐甲斐しく世話をしているこのお父さんのように子どもたちのために労したかというと、内心忸怩(じくじ)たる思いを禁じ得ませんでした。

 私たちの子育て時代は、公私(教員生活と教会生活)ともに実に多忙で、子どもたちのために何もしてやらないうちに、気がついてみたら、それぞれの子どもたちは親の膝下を離れ自立して出て行っていました。残されたのは、この一家を公私両面で支え労した家内の極度の疲労です。普通では考えられない、労力を使い果たしてきた結果のようです。夫である私は、最近ようやくそのことを悟れるようになり、老後の日課として二人して「聖書輪読」と「散歩」に励むようにしております。聖書はともかく、日中の散歩は熱中症に二人して飛び込むような思いもしないではありませんが、家内は黙々と私の後についてきます。

 それでも二三年前は、元気で、お互いに話をし、屈託のない夫婦の交わりができましたが、この一二年家内はめっきり口数が少なくなり、ほとんど私主導で話をし、散歩をしております。その代わりに、家内は古利根川の川縁の動植物を心から味わっているようです。冒頭の写真は昨日数十本の桜の木々を見て回って、とうとう最終段階で(すなわち、数十本後に)見つけた蝉君です。近くに寄って騒いでも、余りにもじっとしているので、死んでいるのかと思い、思い切ってからだに手を触れたら、次の瞬間飛んで行きました。ホッとする反面、惜しいことをしてしまったとも思いました。

 今日は、今日で、昨日と逆順に古利根川を回りましたので、一番早く、昨日のこの桜の木に辿り着き、注意深く観察しましたら、何と三匹も、しかもミンミンゼミも含めて、しっかりと木に止まっているではありませんか。家内は関心なく、相変わらず、川岸の雑草取りに熱心になっているようでした。ところが、後半の方で今度は家内が別の木々から二匹の蝉を見つけました(上掲の写真がそれです、彼はこの状態で、健気にも鳴き続けていました!)。このところ、蝉時雨が何処でも盛んでしょうが、当方でも盛んですが、蝉本体は見つけられぬと思い定めておりましたところ、今日はお互いに、蝉を見る目が高められたのでしょうか、二人して合計五匹の蝉君と出会えたのです。

 たった一回の親子の蝉取りに出会ったことがきっかけで、蝉を直接見てみたいという深層心理が、二、三日のちにこのように実現するとは楽しいことではないでしょうか。そしてこの写真を見ながら、もう一つのバッタの写真を思い出しました。何日か前には蓑虫を見つけ、秋の近いことを覚えましたが、バッタもまた同じ思いがして写真に納めていたのです。けれども、バッタと言い、蝉と言い、何という保護色の持ち主でしょうか。主なる神様はこんなところにも、人間にだけでなく、生き物にまで優れた知恵を与えておられると感嘆しております。

 一方、今朝読んだ聖書の個所から以下のみことばを写しておきます。

神は、ソロモンに非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心とを与えられた。・・・彼は三千の箴言を語り、彼の歌は一千五首もあった。彼はレバノンの杉の木から、石垣に生えるヒソプに至るまでの草木について語り、獣や鳥やはうものや魚についても語った。(旧約聖書 1列王記4章29、32〜33節)

2024年5月28日火曜日

豊かな自然の恵み


 このところ古利根川散策は日参です。今日もいそいそと出かけました。お目当てがあるからです。それは水田にすっかり居着いた感のある鴨の安否を確かめるためです。十日間、毎日同じところに居ては、せっせと水田に首を突っ込んで這いずりまわっているのです。二、三日前には、お仲間が登場しました。もう一組の鴨さんです。それだけでなく、椋鳥までが数匹加わりました。一反歩もある水田でしょうか、秋にはたわわに稔り、私たちにとって大切な米となるのに、苗の段階で、すでに鳥たちの格好の餌場となっているようです。

 私たちだけでなく、興味を示す方もおられました。その方たちは彼らのエサなるものの実体を掴まれたようで、水田内に動く小さな生き物を不思議そうに覗き込んでおられました。魚のようでもあるし、おたまじゃくしのような気もします。そんなこともあって、期待をもって今日も出かけましたが、いませんでした。察するに、水田の持ち主が水を落とされたようで、これでは鴨もお手上げになったのではないでしょうか。残念な気がしましたが、持ち主にしてみれば気が気じゃなかった十日間だったと思います。

 一方で、今日は雨の予想が大々的になされたので、散策する人は私たち以外にほとんど姿を見かけませんでした。そのような中でも、河岸にはたくさんの小鳥が姿は見せねど、草地に潜んで絶えずあちらからこちらからと囀りを繰り返しています。こんなにもたくさん小鳥たちがいるんだと心豊かにさせられた思いがしました。そして、見渡す限りの草花の上を、ひらひらと自由に舞って行くのは蝶々です。モンシロチョウが飛びまわる姿を見るとどうしてあんな小さな体で飛んでいくエネルギーがあるのかと感心させられます。そんな時、一対の蝶々が、クローバーの白いぼんぼりのような花にとまって、せっせと蜜を吸っていました。今日の写真はそれです。

 でも、以前にもこのような写真を載せて、一人で感に入っていた自分がいたような気がします。変わらざる自然の営みなんですね。

主は心の打ち砕かれた者をいやし
彼らの傷を包む。
主は星の数を数え、
そのすべてに名をつける。

神は雲で天をおおい
地のために雨を備え、
また、山々に草を生えさせ、
獣に、また、鳴く烏の子に
食物を与える方。

われらの主は偉大であり、力に富み、
その英知は測りがたい。
主は心の貧しい者をささえ、
悪者を地面に引き降ろす。
 (旧約聖書 詩篇147篇3〜4節、8〜9節、5〜6節)
 

2023年12月1日金曜日

生きとし生けるものの願い

叢(くさむら)に イナゴ見つける のどかさよ
 あっという間に、師走に入った。熱い夏が長く、秋に入ったはいいが、例年よりははるかに短く、瞬く間に、北国の大雪情報に接する季節となった。月曜日(11/27)、川縁を散歩している時に、写真のいなごを見つけた。生きとし生けるものを発見すると何やら、ほっとする。「ああ、君もがんばっているんだね」と声をかけたくなる。

 そう言えば、昨今、古利根川には、川面に魚が飛び跳ねる姿をよく散見する。水鳥は鴨が「ピヨーピヨー」と声立てては、隊をなしながら、動き回っている。中には潜る連中もいる。いっぽう、鷺(さぎ)は悠然と立ち構えているようだが、あれは獲物を虎視眈々と狙っているのだろう。かと思うと「しらこばと」がこれみよがしに、川面をかすめては舞い上がり、優雅に飛び交っている。カラスも負けじとばかり、川中に入って行水をしている。我もまた、人の子として、この自然の豊かさを味わわせていただいている。

 こうしている最中にもウクライナで、パレスチナで戦争は絶えず、気候変動の影響は世界の最貧国を襲っていると言う。ひとときも安閑として過ごせぬ我が地球の姿を思う。それだけでなく、まわりには病で苦しんでいる同胞がたくさんおられる。いや我が健康体にも老いの衰えは隠しようがない。師走は、またクリスマスの季節でもある。2000年前に私たちの罪を贖(あがな)うために、神の子イエスが人となって地に降られたことを思う。

今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。・・・私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。(新約聖書 ローマ人への手紙8章18節、22〜23節)

2023年10月11日水曜日

いよいよ秋本番


赤蜻蛉 良くぞ生きたり 利根堤
 先日、この欄でも紹介したように、時ならず、白鳥が古利根川にあらわれた。その後、どうしたかわからない。埼玉新聞の報道によると、どなたか飼い主の方の手を離れて飛来したか、ということでもあった。一方、北国の方の随筆に「白鳥が遠くシベリアから群れをなして日本列島に飛来する」旨の叙述があった(※)。飛来する白鳥が本来の姿なのかと思わされた。

 ほぼその同じ頃、古利根川の堤に一匹の赤蜻蛉が風にゆられながらもしっかりと草花の木に留まっている姿を目撃した。赤蜻蛉とは言え、何か弱々しい感じさえした。けれどもその羽根は夕日に当たって限りなく美しかった。自然界をとおして神様はこうしてあらゆる恵みをくださっていると思った。

 ところで、今朝の聖書通読はヨブ記25章から27章だったが、並行して読んでいるF.B.マイヤーの『きょうの力』に、これはと思う文章(ヨブ記26章に触れる)があったので、以下転写する。

 ヨブは上を仰いで神の造りたまえる宇宙の広大・精妙を思い、空をおおう雲の驚くべき機構を描き、目を地に転じては、大地を震わせ、海洋を制圧する大いなる神の力を展示します。
 そして、実はこれらも神の威光のほんの一端でしかなく、神のささやき程度しかない。ああこれがささやきだとしたら、そのとどろきに至っては! と驚嘆するのです。
 しかるに、今日の私たちは、この旧約時代のヨブよりも神の威光を知っています。というのは、神の造りたまえる自然によるばかりでなく、人となりたもうた神ご自身を知っているからです。イエスこそは神の知識であり、能力なのです。しかも、私たちは、神の全知・全能が、ただに空を広げ大地を震わせ、海を制する強大さではなくて、”愛”のそれであることを、イエス・キリストの十字架において知り得ているのです! 大空を仰いで神を恐れる私たちは、イエス・キリストによって、神と親しむことができるのです!
              (『きょうの力』312頁より引用)

 前のブログ写真でお示しした「ひかり幼稚園」のかかげている「十字架」は単につつましいものではない。”愛”なのである、と気づいた。

※かく、書いたがうろ覚えであり、確かめたら次のような美しい文章であった。「春先には白鳥の群が鉤の手状になって、かなり低空で、さようならと言うように大きな声で鳴きかわしながら北へ帰っていく。感動的だ。彼らのこの先の長旅を思い、その安全を祈りながら、声が聞こえなくなるまで、つい見送ってしまう。」(『「私」を受け入れて生きる』末盛千枝子著2頁)

私たちはただ、神についてのささやきしか聞いていない。だれが、その力ある雷を聞き分けようか。(旧約聖書 ヨブ記26章14節)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(新約聖書 ヨハネの福音書3章16節)

2023年8月15日火曜日

冷たい水のようだ

友人からいただいたハガキ

 もう呆れ却ってものも言えない。ひさしく家を留守にして、滋賀の生家で日を過ごしたが、冷房の設備も一間だけで、こどもや孫たちと一緒に滞在するには、昔ながらの旧宅ではこの暑さはやりきれなかった(以前なら、たとえそうであっても十分涼しく過ごせたはずなのに)。そして、家に戻って手にしたのが、この暑中見舞い状であった。文面はさらに次のように記されてあった。

 「昨日の夜は突然のドシャブリの雨がふりました。夜に雨戸を閉める時、ミンミン蝉が家に入りました。油蝉はよくみかけますが、ミンミンはその美声をきくのみで姿はみた事はありませんでした。はじめて身近でみました。美しい蝉ですが、よくかけませんでした。堂々とした姿でした。今外にはなしました。空高くとんでいきました。匝瑳(そうさ)にて」

 いっぺんに、涼しさが戻ってきた。そして、同じ頃、私は滋賀の忍術屋敷(甲賀市)でたまたま見かけたトンボを追いかけるのに夢中であったことを思い出した。

 蝉と言い、トンボと言い、実に見事な羽根ぶりだなと思わずにはおれない。そしてその胴体のすばらしさ。「何をくよくよ川端柳」と不平を鳴らす愚か者よ、と主の叱責を身に覚える思いだった。そう言えば、彦根城を孫たち一行と散策中に城山高くトンビが獲物をみつけて交差するかのように飛び交っていた。いち早くそれに気づいた都会育ちの10歳の孫娘は嬉々として飛び跳ねるかのようだった。

 今は辛うじて生態系が秩序を保っている最後かも知れぬ。何とか、脱「沸騰化」の道はないものだろうか。

遠い国からの良い消息は、疲れた人への冷たい水のようだ。(旧約聖書 箴言25章25節)

2023年7月27日木曜日

セミに学びたい

育ち行き 抜け殻残し セミ鳴きぬ
 夕方、散歩中、セミの殻を四個も見つけた。いずれもしっかりと葉末に落ちることなく、つかまっている。土を這い出したセミは、脱皮し飛び立つためにこの草をよじ登って行ったのだろう。そして、時至り、羽化し、今度は木の梢へと飛んでいったのだろうか。幼き頃、何度か羽化するセミを観察した。梅雨も開け、いよいよセミ時雨の季節とはなった。

 相変わらず、世相は悲惨な事件が続出している。人の罪のなせるわざとは言え、悲嘆この上もない。セミはせっせと己が人生をまっしぐらに歩み、生を終えている。人間だけがどうしてこんなに互いが憎しみあって生きねばならないのだろうか。聖さを求めて、愛し合って生きる道を神様は準備していてくださるのに。

神はそのひとり子(イエス・キリスト)を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。(新約聖書 ヨハネ第一の手紙4章9節〜10節、19節)

互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。(新約聖書 コロサイ人への手紙3章13節〜14節)

 そして、この愛は、セミが脱皮して新しい世界に飛び立ったように、私たちの人生には確かなゴールがあることを教えてくださっている。

私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。私たちはこの幕屋にあってうめき、この天から与えられる住まいを着たいと望んでいます。それを着たなら、私たちは裸の状態にはなることはないからです。確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからです。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。私たちをこのことにかなう者としてくださった方は神です。神は、その保証として御霊を下さいました。(新約聖書 コリント人への手紙第二5章1節〜5節)