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2025年12月23日火曜日

一大ハプニングとその顛末

リュクサンブール公園で 2006.11.28※1
  12月になって最初の土曜日に、近江八幡からわざわざ東京まで同期会に出席するために上京した方と偶然ホテルに同時に着いたことはすでに”2025年の「東京36会」(上)”で触れておいた。その時、私は自分自身がすでに次週には近江八幡のキリスト集会の礼拝に出席すると決めていたので、その同期生の方には「来週、私は(逆に)近江八幡に行くんですよ」と言ったが、果たして、その方がどの程度心に留められたか。

 私の場合、その近江八幡に行くには、毎回郷里の彦根市高宮町の家に泊まってから翌日出かけることにしている。そのためには、先ず東京まで出て、そこから新幹線で米原に行き、あとは在来線で行くのが常である。ところで、不思議なことに、その一週間前には私の家から新橋に行くには電車所要時間が一時間とキリのいい時間であったが、今度、東京へ行く時間を調べたら、何と最寄駅を9:17分に出れば、10:17分に東京に着ける、これまた一時間きっちりなのだ。幸先良い前触れだと思わずにはいられなかった。

 ところが豈(あに)図(はか)らんや、前日の金曜日に、翌日の近江八幡行きを断念せざるを得ないと覚悟した一大ハプニングが起こってしまった。妻が午後4時ごろ近くのお店に自転車で買い物に出たが、中々帰って来なかった。道がわからなくなって帰るに帰れなくなったのだ。やむを得ず、警察に電話して大変お世話になり、最後は妻が午後7時ごろ道中のとある営業所に入り、道に迷ったことを告げ、自分の住所と電話番号を知らせた。そのことをきっかけにして一挙に居場所がわかり、警察の車で急行し妻と再会できた。

 当日日没が何時だったか、4時半ごろだと思う。暗い夜道で、元々方向音痴の妻に取り、大変だったに違いない。短期記憶ができない妻にとって瞬間瞬間の判断力だけが頼りだった。都合三時間あまり、どこをどう自転車を走らせたのか、その距離は直線距離にしておよそ12キロメートルの西方へと自転車を走らせてしまったが、今となってはわからない。とにかく無事だったのでホッと胸を撫で下ろし、翌日の近江八幡行きも妻を同道させて実行できた。

 その後徐々にわかってきたことは、妻がペダルを一足一足踏むごとに、「イエス様、助けてください!」と祈りながらの自転車走行であったということだった。当時、私は気も動転するばかりで、祈るどころか、(妻は携帯電話を所持していなかったため)唯一の手掛かりとなった財布内に忍ばせてあった「紛失物防止タッグ」(※2)のGPSが刻々と知らせてくれる、その情報を恨めしげに眺めては、止まらず走り続ける妻をどうすることもできず、地団駄を踏むばかりであった。

 妻が認知症を患っているため、ここ一、二年健康時に妥当することは一切通じなくなった。でも段々その行動に慣れてきた。認知症は徐々に進行するが治らない病気だと言うのが今日の常識のようだ(※3)。いかにそれを受け入れて周りの者が接するのかが大切であると自分に言い聞かせている。

 今回の騒動を通して慰められたのは、先ず、春日部から浦和方面に向かって三時間あまりの彷徨の中で、交通事故に会うことがなかったこと。次に当時、一切の記憶がない妻だったが、二、三日するうちに少しずつ自分の行動を語り出したことである。浦和方面に行くには、元荒川を越え、関越高速道路の下を潜らなければならないが、「高速道路の下をくぐった、まわりは田んぼだらけだった」と語ることができたこと。最後に長女から電話で「お母さん、不安でなかった?」と聞かれて、「イエス様、助けてください!」と祈り続けたと答えたことである。

 この最後のことばほど私にとって最大の慰めになったことばはない。そしてその背後に家族全員の取りなしの祈りがあったことも後に知る。私は小心者である。心配事は万と抱え込む。これからもどんな目に遭うかもしれない。しかし、下記のみことばはいつまでも忘れられない。これが一大ハプニングの顛末である。

※1 前回のイチョウの枯葉をリュクサンブール公園と記したが、本当はどこかわからない。念のためパリ在住の次男に問うたが、「枯葉」だけではわからない(笑)と返事を寄越した。今日のこの写真はとりあえずリュクサンブール公園としたが、「枯葉」と同じ公園である。その公園をサイクリングで颯爽と走っている人がいるのが印象的だった。ほぼ二十年前のフランス・パリで見聞きしたことだ。その方の肩越しに元気だった妻が少し顔を覗かせているのも面白い。

※2 何週間か前に三男が購入して妻に持たせておいたもの

※3 妻がお世話になっている先生の本に『認知症そのままでいい』(上田諭著ちくま新書2021年刊行)がある。同じく『「認知症」九人の名医』(東田勉著ブックマン社2024年刊行)という本には上田先生も九人の一人として紹介されている。

あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。(新約聖書 1ペテロ5章7節)

2025年9月18日木曜日

秋ぢゃ!秋ぢゃ!と歌ふなり

 やっと秋が来そうだ。秋と言うと、人知れず口ずさむ歌がある。それはこんな歌詞だ。

  秋の日暮れに
  蓑虫ゆらり
  ぶらりぶらぶらしていても
  なぜか心は侘びしくて
  赤い夕日に願うても
  やっぱりこの世は風まかせ

 うろ覚えだし、自信がない。今流行りのAIでも明らかに引っ張り出してこないのだから、多分どこか歌詞が違っているのだろう。大学一、二年グリークラブに入っていたのでその頃教えてもらった歌に違いない。読者の方でどなたかご存知の方がおられたら教えていただきたいものだ。

 その代わりと言っては何だが、当時盛んに練習させられた「月光とピエロ」(堀口大學作詩 清水脩作曲)を昨日は男声四部合唱でたっぷり聴かせてもらった。その折の、と言っても六十年ほど前のこの9月10月の何とも言えない寂しさを思い出した。

 一方、週末帰省して結婚前に妻と互いに交わし、段ボール箱に仕舞込んでいた手紙を宅急便で送り、こちらで今朝これまた六十年ぶりに紐解いてみた。ほとんど封印していた書簡だが、1965年から1970年結婚するまでの五年間にわたる往復書簡である。双方とも福音を受け入れていない時の往復書簡から、もちろん、結婚前の妻が1967年に福音を受け入れ、私に勧めるが私は頑強に拒んでいた往復書簡が中心だ。たとえばこんな調子だ。

 やはり残念ながら信仰できそうにない。今日は吉本隆明『マチウ書試論ーー反逆の論理』を読んだ。これはマタイ伝について書いた評論である。大学時代から四、五回は読んでいるものである。そこにこういうことが書いてある。「すべて信仰によることは悪ではあるまいかとさえ考える。それは人間の思考をでなく、思考の意味を奪うからである」君がどんなに信仰の正当性を強調しようとも、僕には信仰というものは自己愛に過ぎないのじゃないかという懐疑がある。君にとって信仰が大事であるのは認める。それは科学、真理をも包む絶対的な真理であると君はよく言う。しかし僕はあくまでも科学者ーー論理の立場に立ちたいと考える。僕は絶対に聖書は熱心に君と一緒に読める。しかし信仰は別だ。どうかそのような僕を愛してくれないか。愛が魂の問題であることは同感なのだ。そしてそれが祈りになることも知っているのだ。僕は僕なりに謙虚に君を愛してゆける自信をもっている。こういう自信を持つことさえ神への冒瀆だと君は思うのだろうが、そこに僕は自己の責任を回避した人間の卑怯さを自戒するのだ(後略)(1969年1月22日)

 結局、このような私に対して主なる神様は私に上よりの愛の鉄槌を下された。以下はその記録の一つである。

 現在、その私は妻と聖書の輪読を日夜行なっている。もちろん、信仰があっての輪読である。全く、苦にならない。それどころか、日々聖書から多くの励ましをいただいている。妻が病を得ていて、先のことを考えると絶望することもある。しかし、主なる神様が妻を私を天の御国に受け入れてくださると確信でき、すべてを主におゆだねできる幸いを日毎に味わわせていただいている。

 例年にない暑い夏に閉口していたが、秋の到来とともに沈思熟考の日々としたい。

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。(新約聖書 エペソ2章8〜9節)

2025年9月2日火曜日

虹の御約束

 昨日、一人の知人の方から残暑お見舞いの葉書が送られてきた。文面もさることながら、上掲の一枚の写真が印刷されていた。途端に嬉しくなった。言うまでもなく、見事な虹を目の前にしたからである。送ってくださった方に早速お電話して、いつのお写真か確かめた。2019年の8月ごろらしい。お住まいは茨城県の境町である。境町のご自宅の西側(写真で言うと手前側)2キロほど離れたところに利根川が流れており、虹はその反対側東側(筑波山の方向)に見えたと言うことだ。

 虹ができあがるためには、三つの条件が必要で、その三つとは「雲」と「雨」と「日光」だ。1996年の10月、日本からスイスへ二百二十余名の方々と旅したことがあるが、ある時、宿舎に入るバスの車中から雨上がりの虹を見た。皆、一斉に歓声を上げて喜んだ。中でも同行したTさんは人一倍喜んでおられた。「神様は私の今までのわがまま、背きの罪をイエス様の身代わりの十字架の死で全部赦してくださり、『もうあなたの罪は忘れた』とこのように虹を見せてくださったのですね」とおっしゃった。

 降って、2016年8月28日、同月23日に召されたベック兄の葬儀の帰り道、長野県の佐久インターに近づく谷間の雲間に光が差し、虹が出現した。つい一二時間前にベック兄と地上でのお別れを経験し、寂しさを禁じ得なかった時だけに、私たちの心に神様だけが語りかけてくださる一条(ひとすじ)の希望の光となった。https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2016/08/blog-post_28.html

 今まで八十余年の人生の中で、幾たび虹を見せられてきたことか。F.B.マイヤーは『きょうの力』と言う本の中で次のように呼びかけている。

空を仰いで虹を眺めたならば、あなたと(神様が)結ばれた契約を思い出しましょう。その滅びの洪水が再び地をおおうことはないとの御約束は、同時に御慈愛と恵みの洪水が地をおおうという宣言でもあったことを!(同書12ページより引用)

 ちなみに残暑お見舞いの葉書をくださった方は次のみことばを書いてくださっていた。

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず高慢になりません。(新約聖書 1コリント13:4)

このみことばを通しても、主イエス様の愛がいかに大きなものか、改めて思わされる。最後にノアの大洪水後に虹を通して神様がくださった約束を今一度振り返りたい。

わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を起こすとき、虹が雲の中に現われる。わたしは、わたしとあなたがたとの間、およびすべて肉なる生き物との間の、わたしの契約を思い出すから、大水は、すべての肉なるものを滅ぼす大洪水とは決してならない。虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。(旧約聖書 創世記9章13〜16節)

2025年9月1日月曜日

秋一番、ぶどうの成る季節

ぶどうの実 我が子孫の数 示せり(※)
 「長い、長い夏が過ぎた!」と言いたいところだが、未だ未だ夏は続きそうだ。いい加減に涼しくなってくれと誰しも思うところだろう。おかげで、8月の投稿はわずか一回にとどまった。でも、投稿が一回しかないのは暑さのせいではない。昨日は今出席している集会でお話しすることになっていて、そのために全神経は集中しているので、書けなかったと言うのが真相だ。9月の第二週の日曜日には近江八幡でのご奉仕が待っているので、これまた難物だが、不完全でも昨日の話で一段落着いたので、これからは自由にこの場でお出会いできると思いますので、よろしくお願いします。

 さて、昨日は礼拝の後、次女が子どもを連れて、私たちの面倒を見に来てくれた。ありがたいことだ。家は散らかり放題。どこからも手がつけられない始末。次女にすれば何とも我慢のならない惨状だが、そこは我慢し、車で郊外にあるイオンでの買い物に連れて行ってくれた。自転車でしか移動手段のない私たちにとり大型店舗での買い物は難しい。おかげで念願のズボンが二着買えた。妻のスカートも買いたかったが、老妻向きの品物を用意している店舗はなかったのでこちらは諦めた。

 その間、ひさしぶりに一歳半になる孫娘と行動をともにした。昔、湯川秀樹が孫の存在について、理性では説明しようもない、新たな感じを抱くと、素粒子論を展開した彼が述懐していたのを思い出す。孫娘はいつの間にか成長し、面白いほどによく歩き回る。こちらは座るのが使命みたいな生き方をしているのに彼女はそうではない。おまけに、「じいじ」「ばあば」と言っては適宜に擦り寄って来る。人の一生で幼年期の姿は独特のものがあるとの思いを我も抱く。

 孫と言えば、昔ベック兄(1930〜2016)はよく神様には孫はいないよと言っておられた。これまた湯川秀樹とはまた違った述懐だ。私たち夫婦は孫娘が成人するまではとても生き延びているとは思えない。三食のたびに子どもたち孫たちのうちに主イエス様の平和が支配してくださるようにと祈る日々である。不思議と暑さを退散させてくださいとは祈ったことがない。

※ 昨日、次女がくれたぶどうの一部。ブログ用に食卓に載せ写真に撮ってみたら、五人の子ども、十一人の孫に思えた。

あなたがたは、・・・『父が酸いぶどうを食べたので、子どもの歯が浮く。』という、このことわざをくり返し言っているが、いったいどうしたことか。わたしは誓って言う。・・・見よ。すべてのいのちはわたしのもの。父のいのちも、子のいのちもわたしのもの。罪を犯した者は、その者が死ぬ。(旧約聖書 エゼキエル書18章2〜4節)

2025年8月16日土曜日

平和の使者、いちじく

いちじくを味わい 心満ち足りる
 「いちじくを食べて元気になってください」とばかりに、知人から三個のいちじくをいただいた。わずかと言うなかれ、たっぷりと妻と二人で味わうことができた。その前は、ご主人を今年亡くされ、今やご長男と同居されている隣家の方から美味しいスイカをいただいた。「二人では食べ切れませんので、持って来ました。食べてください」と。今は見渡す限り高齢者ばかりの世帯となった巷の交流の一端である。また、週一のペースで何かと差し入れてくださる方もいらっしゃる。このような有り余る御好意を周りの方から受けるばかりで、お返しに何もできないのが悩みの種である。

 イエス様が言われるように、「平和をつくる者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。」(マタイ5:9)だろう。明らかに、知人・隣人の私たちに寄せてくださっているご行為もまた、小さくとも「平和をつくる」一里塚だと覚えさせられる。また、このようにもおっしゃっている。「あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」(マタイ6:3〜4)

 恩恵をひたすら受けている者が、あえて引用すべきみことばではないと思うが、引用させていただいた。冒頭のいちじくの贈り主は、突然現れなさったが、実はその数分前に、マルコの福音書10章を読んでいて痛く示されることがあり、その時、チラッとその方のことをも思い浮かべさせていただいていたのだ。主なる神様との以心伝心、父なる神様がこんな小さな者の思いも導いていてくださることを心から感謝する。

 さて、いちじくがどんなに昔から用いられていたかを示す旧約聖書のことばを写しておく(※)。それは、ナバルという男が、当時王に追われて放浪せざるを得なかったダビデから飲食を求められたが、それまでにダビデから受けたご恩を忘れてしまったかのように、けんもほろろに追い返した時、妻アビガイルは夫と違い聡明な女で、かつてのダビデから受けた恩を忘れず、夫の非を詫びるため、糧食をもって赦しを乞い願う場面だ。

そこでアビガイルは急いでパン二百個、ぶどう酒の皮袋二つ、料理した羊五頭、炒り麦五セア、干しぶどう百ふさ、干しいちじく二百個を取って、これをろばに載せ、自分の若者たちに言った。「私の先を進みなさい。私はあなたがたについて行くから。」ただ、彼女は夫ナバルには何も告げなかった。彼女がろばに乗って山陰(やまかげ)を下って来ると、ちょうど、ダビデとその部下が彼女のほうに降りて来るのに出会った。(旧約聖書 1サムエル25章18〜20)

 この結末がどうなるか、復讐に燃えるダビデがナバル討伐に向かう、片や、主の愛に動かされるが如くにナバルの罪をかぶってダビデのもとに急いで向かう、さて両者の攻防や如何に、興味津々たる思いがするが、聖書の続きの個所でご確認いただきたい。それにしてもこの執りなしに用いられている糧食の始めがパン二百個であり、最後にやはり二百個の干しいちじくであったとは、なかなかどうして「いちじく」とは味わい深い食べ物だ。

※聖書には旧約新約を問わず、いちじくに言及した個所がたくさんある。極めつきは、創世記3章7節、ヨハネの福音書1章48節、マルコの福音書11章12節以下などであろう。

2025年7月27日日曜日

盛夏、亦、草刈りの時なり

椋鳥の 餌豊かなり 草刈り場  
 古利根川は、今や青草がそれぞれ伸び放題である。歩道以外は笹を始めとする草木は、丈高く、散歩者の頭を越す勢いである。真夏ゆえ、散歩者は少ない。そんな人間様とはちがい、蝶々、トンボ、蝉、鳥たちが、その草木の間を、それぞれ忙しく立ち働いている(飛び回っている)。

 私たちの散歩は平々凡々たる散歩だが、時折、妻が私より先に自然風景の異変に気づくことがある。今回もそうであった。今日の写真は、その妻が最初に見つけた椋鳥の集団である。遠くから見ると黒雲のように密集している椋鳥であった。私は写真を撮るのに夢中だったが、妻は数を数えていた(事実をおさえるのに二つの目だけではなく、四つの目が知覚するのは幸いである)。百十数羽だと言う。大変な数である。この間にも椋鳥はじっとしていない。さっさと餌を啄んでは外敵(近寄る私たち)を恐れてすぐ飛び立ってしまう。ゴッホの作品にカラスが翔び立つ絵があったように記憶するが、そのようであった。辛うじて撮影したのが上の写真である。川は画面上部の草地の向こう側に、流れており、手前が土手であるから、河川敷が意外に広いことに改めて気づかされる。

 この「草刈り場」について書く気になったのは今朝の東京新聞の投書欄の「私のイラスト」(清野百合子さん【埼玉県久喜市在住】作)を目にしたことによる。そこには
 どっこい さっさと 刈れ刈れ 栗橋草刈り唄 だって
と書かれ、襷姿の人々が鎌などを持ちながら、踊る姿が上手に描かれていた。

 この歌詞の文句は、久喜市栗橋の「坂東栗橋感懐」に詳しく書かれている。https://rkato.sakura.ne.jp/Chor%20Glanz/bando_kurihashi_kankai4.pdf 大変な労働歌である。「ドッコイ サッサト 刈れ刈れ」とは何と臨場感あふれる唄であろうことか。その草刈り場の跡をめがけて鳥たちが群がる。彼らはこうして食を得る。まさに主イエス様のおことば「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです」(新約聖書 マタイの福音書6章26節)の通りである。

 こうした草刈り場に残された各種草木の「穂ばらみ」こそ、椋鳥の格好の食べ物なのだろう。だから百十数羽の椋鳥が一斉に駆け付けたのである。しかし、この「穂ばらみ」を始めとする収穫の「穂」「実」の扱いについて、私たち人間に対する、天の父であり、主なる神様である方からなる、美しい勧めが、聖書には書いてある。最後にそのみことばを写してみる。

あなたがたの土地の収穫を刈り入れるときは、畑のすみずみまで刈ってはならない。あなたの収穫の落ち穂を集めてはならない。またあなたのぶどう畑の実を取り尽くしてはならない。あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神。主である。(旧約聖書 レビ記19章9〜10節)

2025年7月23日水曜日

続「紛失物語」ーーイクソスの鍵

平和裡に イクソスの鍵 戻りたり※
 またしても「紛失物語」である。昨晩、散歩、買い物を終えて、いざ家に入ろうとしたら、妻が「『鍵』がない」、と言う。そう言われてみると、何となく家を出る時に悪い予感がしていた。

 この夏は暑いので、どうしても散歩時間は夕方の5時台、6時台になりがちである。そのあとで買い物をして夕飯の支度をする。昨晩は家に辿り着いたら、7時前になっていた。ほぼ日没過ぎて夕闇があたり一面を支配し始めている時だ。 

 「鍵」がなくては家に入れない。いくら家の主人であろうと入れない。恨めしいことこの上ない。やむを得ず、携帯で合鍵を持っている次女に電話する。一時間ほどで駆けつけてくれた。待っている間、妻は庭先でウロウロしていたが、私は自転車で再び、たどった道を抜かりなく確かめた。でも路上には見つからなかった。

 念のため最後に買い物をしたスーパーのレジのあたりも確かめたが、やはりなかった。それでサービスコーナーにも尋ねたが届いていないと言われる。それでも藁にもすがる思いで、確信はなかったが、家の「鍵」を店内で落としたと言い、こちらの携帯番号を知らせた。

 昔なら、失くした妻にガミガミ言うところだが、もう言わなくなった。それよりも遠くから車で合鍵を持って駆けつけてくれた次女に、感謝し、二時間遅れの夕食となった。夜9時半ごろ、スーパーから電話があり、「お宅の『鍵』でないですか」と問い合わせがあった。しかし、この時、先方の説明は私たちの「鍵」の状態と一致しなかった。

 一夜経ち、私はどうしてもその「鍵」の所在が気になってしょうがなかった。暑い日盛りの時間だったが、ここは何としても捜すべしと決心し、妻を家に残したまま、再び念入りに昨日の自転車と散歩の全コースを丹念に捜した。捜しながら、イエス様の譬え話を繰り返し思わざるを得なかった。百匹の羊のうち一匹がいなくなったら、飼い主はいなくなった一匹のために念入りに捜さないだろうか、そしてもし見つかったら大喜びするだろう、そのようにわたしのもとから離れて失われた人がわたしのもとに帰ってきたら大喜びするんだという有名な話だ。

 いったい「鍵」はどこにいるんだろうかと、自転車道はもちろんのこと、散歩道に入ってからは生い茂る草道もあり、捜すのは並大抵じゃないと思いながらも、私どもの手から離れてしまった「鍵」はいったいどこにいってしまったのだろうと繰り返し思わされた。イエス様もそのようにして罪人であり失われた者であった私を捜してくださったのだなと思いながら熱心に捜した。結局全行程捜しに捜したが見つからなかった。

 最後に買い物をしたスーパーにもう一度立ち寄って、昨晩電話をしていただいた、「鍵」の実物を確かめさせてもらった。昨晩の方の説明によると「リングに二つの鍵が繋がっているものですよ」という話だった。私は「いや一つの鍵です」と言うので食い違っていた。

 ところがご対面よろしく、係の方が持って来られた「鍵」はまさしく私どもの「鍵」であった。私はその瞬間、再びその「鍵」に巡り会えた喜びを味わった。無機物なのに、まるで人間のように愛おしい思いさえした。妻がどんなに喜ぶだろうかとも思った。係の方々も喜んでくださり、失くなったものがこうして見つかることは文句なしにみんなが喜べることなんだとさらに嬉しくなった。

 日々の経験を通してイエス様はどんなに私たちにご自身の愛を示してくださっているのか、この日も改めて感じさせていただいた。

※上の写真がその「鍵」である。私どもは家の「鍵」の飾りとして魚の形をしたイクソスを用いていた。たまたまその「鍵」を落とし物として保管されたお店の方は魚の形をしたものも「鍵」だと思い、二つの鍵が一つのリングで繋がっていると思われたので、話がまったく通じなかったのである。「イクソスとギリシヤ語が書いてあるでしょう」と言えば、すぐお店の方にわかってもらえたのに、私は「青い飾りの一つの鍵です」と言うだけだったので話が全く通じなかったのである(平常、妻が用いる鍵でその程度しか認識していなかった)。なおイクソスとは「イエス・キリスト 神の子 救い主」を表わす頭文字を並べたもので、同時に「魚」を意味し、迫害下にあった初代キリスト者にとっては、大切なお互いの暗号のようなものだった。これからは「青い飾りの鍵」でなく、「イクソスの鍵」と言おうと思う。

求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。(新約聖書 マタイの福音書6章7〜8節)

2025年7月14日月曜日

ハンゲショウの花

妻発す ハンゲショウと 口ずさむ 2025.6.29
 面白い草花の名前である。まわり一面、葦が生い茂っている一角に、この草花が白く点々と広がっていた。ダメ元と思い、思わず、何の花?と妻に問うたら、「ハンゲショウ」という草花名が即座に帰って来た。記憶のままならぬ妻が時折、本人も無意識のうちに発する名辞の一つだった。その名前の由来は「半化粧」にあると教えてくれた。嬉しくなり、我が口の端にも思わず「ハンゲショウ」と上せてみた。

 今も咲いている。ある時、そのあたりを再度見てみたら、その折には気づかなかった、木標が立てかけてあり、はっきり「ハンゲショウ」と墨字で記されていた。その時、思い出した。そうだ、この湿地の植生をくわしく観察しながら、その生態を明らかにしていた職場の同僚がいた、と。彼は生物の先生であった。五十年前のことである。その頃から彼はすでに生態系の変化に注意しながら観察を続けていたのであろう。

 昨今の温暖化のもたらす気候の変動、果ては住宅地まで山から降りてくる熊の出没が連日のように報道される現在、古利根川の川縁がいつまでも健在でいてくれと願わずにいられない。そう言えば、昨日の写真には載せなかったが、下の二枚も今夏覚えたカルガモの姿の一つである。

目を凝らし 鴨の車列 見る幸よ 2025.7.7
 六、七羽の鴨がまるで貨物列車の連結車両よろしく、あるいはボートに群がる人々の姿のように、川中を全速力で駆け抜けて行った。残念ながら土手からは大分離れているのでその詳細はうかがうことはできなかったが、この一団を見ることができたのは幸いであった。

相見互う カルガモ二羽 何語らう 2025.6.24
 実はこの水田にはもう一羽がいた。画面右奥にその姿が映っている。その一羽はさぞ寂しかろうと同情する。以後、この水田には二羽の鴨が時折姿を見せる。昨日のカルガモの姿は二羽のうち、その水田から画面手前の側溝に上がっていた二羽のうちの一羽を辛うじてとらえたものだが、姿からして画面左側のカルガモだと思われる。

私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。(新約聖書 ローマ8:22〜25)

2025年7月13日日曜日

運のいい「チェーン錠」

二年越しのカルガモ君 2025.7.7(※)
 このところ、ブログからすっかり遠ざかってしまった。この間、何も思わなかった訳ではない。ただブログ作成は所詮己が存在の誇示に過ぎないのではないかと思うと、嫌になった。「世の動き」を見ていると、あれやこれや言いたくなるが、それも億劫でしょうがなくなってしまっていた。

 そんな私が筆を取ったのは、他でもない、「運のいい」チェーン錠に再び出会うことになったからである。6月11日に「妻の失くした『チェーン』に寄せて」という題で投稿したばかりだが、またしても、妻がチェーン錠を失くした。どこでどうなったか覚えがないと言う(これも短期記憶ができない彼女にとってはやむを得ないことなのだが)。前回とほぼ同じシチュエーションだった。礼拝を終えて二人で自転車で帰って来たが、玄関についても中々家の中に入って来ない。どうしたのかと思ったら「チェーン(錠)」がないと悄(しょ)げているのだ。

 またかと思いながら、やむを得ず、今回は私一人で帰り道をたどりながら探した。元々、帰り道は私の用事に妻までも付き合わせた負い目も私にはあった。しかもインクカートリッジを求めて、文房具店二軒(駅の東口のペンヤというお店と地下道を潜り抜けての駅西口の光文堂というディスカウントストア)を訪ねたが、どちらの店も日曜日ゆえに開いていず、結局足を棒に振るばかりで、ついていないことこの上もなかった。その上での「チェーン(錠)」紛失である。

 チェーン錠は図書館の駐車場で外して、家まで乗って来たのだから、その間のどこかにあるはずだ。妻は前回もそうだったが、「誰かが外して、それだから無いのではないか」と言う。もとより、そんなはずはない。どこでどうなったかわからないのだから、どうせ見つからないだろう。その場合は100円ショップで買い求めてやろうと、覚悟を決め、暑い盛りではあったが、図書館まで戻り駐車したあたりを念入りに探したが、果たして、「チェーン(錠)」はなかった。やはり無理だわいという思いに支配されていた。

 ところが、何と図書館から次の訪問先であるペンヤさん(あいにく休みのお店だったが)に向かったところ、お店の前の道路の真ん中に堂々と「チェーン(錠)」が「寝っ転がって」いた。まさか、こんな風にして見つかるとは我ながら不思議な思いがした。もはやわざわざ線路を踏み越えて西口の100円ショップまで行かなくっていいし、その上、最近開店したばかりのCOOPのお店が近くにあるので買い物も出来るしで、途端に心が軽く、陽気になった。その時、二度も持ち主に落とされてしまった「チェーン(錠)」が、またしても私に見つけられたことを思わずにはいられなかった。

 ああ、これぞ「運のいい」チェーン錠そのものだなあーと思い至った(持ち主の妻の不注意により落とされたのだが)。先ごろの鶴保氏の無責任な発言「運のいいことに能登地震があった」は、あまりにも当を得ていず、瞬間彼が何を言おうとしたのか理解できなかったが、こういう失くなったチェーン錠に二度まで出会えた私の経験こそ「運のいい」と言うのだと思い、改めて鶴保氏の失言の重さを噛みしめざるを得なかった。それにしても政治家がいつの間に、こんなふうに劣化してしまったのか悲しい。他者の痛みに対する想像力がまったく欠けている政治家があまりにも多いのではないだろうか。

 もっとも、主なる神様は、たとえその時は自分にとっては運が悪く思えても、そうとは限らないともおっしゃっている。運・不運に関する人間の価値観を越えた、主なる神様の深い愛(人のわがままな罪を赦すために、その身代わりとしてご自身を十字架に架け、父なる神様の命に従って、罰せられたイエス様の愛)が存在するからである。その愛を鶴保氏自身にも知っていただきたい思いがする。今回の彼の心ならぬ言葉であっても、同氏が「悔い改め」の心さえお持ちになるなら、新しく生きられる、それこそ「運のいい」希望の道は用意されていると思うからである。

 さて、件のチェーン錠は、夜のお惣菜の買い物をしてから帰ったので、都合一時間は経ったであろうか、家に帰るや、びっくりさせてやろうと思い、お惣菜の買い物袋の下に密かに忍ばせていたが、今や妻はチェーン錠のことはすっかり忘れていた。やむを得ず、件のチェーン錠の発見の委細を説明せざるを得なかった。妻は「奇跡だね」と喜んだ。二度までも路上に置き去りにされたチェーン錠ではあったが、路上で取り上げる際に感じた、「運のいい」チエーン錠だなという思いは、今度こそこちらの不注意で失くしませんようにという思いに変えられた。妻の同伴者である夫としても今後は十分注意していきたいものだ。

※今年も散歩のたびにカルガモ君の動向に注意しているが、昨年の今頃は水田を利用して子育てをしている様をゆっくり観察したが、今年は水田に三羽のカルガモを時たま見かけただけで、このように水田から上がって側溝を歩いているカルガモ二羽を身近に見るのは久しぶりなので撮影したが、こちらの行動に危険を感じたのであろう、一羽はあらぬ方向に直ぐ飛んでいってしまい、見失ってしまった。一時、橋の下が子育ての場所かと思ったが、そうでもなさそうだ。

主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。ーー主の御告げ。ーー天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。(旧約聖書 イザヤ書55:6〜9)

2025年6月11日水曜日

妻の失くした「チェーン」に寄せて

その名も むらさき露草 映える色
 日曜日の昼下がり、妻が浮かぬ顔をして外出先で礼拝を終えて帰って来た。「自転車のチェーンをなくした」と言うのだ。どこでなくしたかわからないと言う。いつもは一緒に礼拝をするのだが、この日私は滋賀県の近江八幡の礼拝にZOOMで参加していて、それも無事終わったのでホッとしていた時だった。

 いつになくしょんぼりしているので、私も一緒に自転車で探しに行くことにした。この時は思い出さなかったが、一年前私は水田に自転車もろともチェーンを投げ出してしまって、結局そのチェーンは見つからないまま、新しいチェーンに取り替えた。その時携帯で妻を呼び出して、急遽駆けつけてもらった覚えがある。考えてみると、私たちは年がら年中、このような「失くしもの探し」を繰り返している。

https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2024/06/blog-post_23.html

 ところが今回、意外に早く見つかった。記憶の定かでない妻なので当てにならないが、とにかく、元来た道を辿らせ、私がその後を追うというスタンスだった。道々、「見つからなくっても、どっち道100円ショップで買えるわい、ここは妻の気が済むまで一緒に探してみよう」と腹を括っていた。しかし、意外や意外、家から7、800メートル先のコンビニエンスストアの駐車場近くの側溝の溝近くに落ちていた。見つけたのは私だった。路上に何やら銀色の物が見えたので近づいた。まさか、それが妻が失くしたチェーンだとは思えなかった。私の呼び寄せる声で近づいて来た妻に確認させるとまさにそのチェーンであった。

 妻はどうして自分の自転車のチェーンがそこにあったのか今もってわからないと言う。しかし、結果オーライでめでたしめでたしであった。そこで思い出したことがあった。それはヨハネの福音書5章5、6節の中に書き記されている、三十八年間病に苦しめられていた男が、誰からも相手にされずにいたところ、イエス様に見出されその病から癒されるシーンだった。

 明治期に日本人の救いのためにイギリスからやって来たバックストン宣教師(1860〜1946)はそのことを次のように語っている。

牧者(主イエス)は羊を求め給います。失われたる羊は牧者を求めません。善き牧者は失われたる羊を求め給います。(中略)主は私共を求め給います。度々私共の心中に主を求むる精神がありません時にも主は私共に近づき給います。私共は主を求めません。主が私共を求め給います。

 このバックストン宣教師のことばをたまたま先週の土曜日、要するに妻がチェーンを失くした日曜日の前日読んでいて、我が身に照らし合わせて痛く感動していたからである。妻と結婚する以前、私は主を求めていなかった。結婚する前、妻も主を求めていなかった。しかし、主はその当時、まことの愛を知らずして苦しんでいた妻を見出し、救ってくださった。そしてその妻は、当時結婚を前にして、同じように苦しんでいるように思えた婚約者の私にイエス様を紹介した。けれども、私には全く求める気持ちがなかった。不思議なことに、その私(迷える羊である)を主イエス様ご自身が聖書のことばを通して、声をかけ見つけてくださったのだ。道の端っこに横たわっていて、自分では動くことができないで、そのまま置かれっぱなしになってしまう「チェーン」と同じだった私を。

主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。(旧約聖書 詩篇23篇1節)

2025年6月10日火曜日

紫陽花の「つゆ」

 いよいよ梅雨に突入。雨が降る前の、どんよりした曇り空を見て、私の今の気持ちはこの空のようだ、と言った御仁がいる。いわゆる鬱状態にある人の偽らざる気持ちだろう。それに比すると、曇り空から、いざ雨がシトシトと降る梅雨はどのように人は感ずるのだろうか。

 東京新聞の連載マンガ『ねえ、ぴよちゃん』にはいつも慰められる。今朝の四コマ漫画は次のように描かれていた。

  「宮司(ぐうじ)さん 梅雨だねえ」(ぴよちゃん)
  「梅雨だねえ」(宮司さん)

  「兄貴(あにき)「つゆ」ってなんですか?」(縁の下にいるネコの弟分)

  「朝 花についとる「つゆ」は わかるやろ」(兄貴分のネコ)
  「ええ」(ネコの弟分)

  「雨は雲からたれる「つゆ」なんや」(兄貴分のネコ)
  「へー」(ネコの弟分)

 ぴよちゃんと宮司さんは傘を差して歩いている。そのお互いの会話が最初の場面である。次の場面は、その会話を縁の下で聞いていた二匹のねこ同士の最初の会話である。三つ目は兄貴分のねこが身近な「つゆ」について説明し始める場面である。その花にはちゃんと絵(朝顔?)が載せてある。最後の場面がクライマックスで、傘を差して歩行を進める、宮司さんとぴよちゃんの差す傘が示す後ろ姿、それに比べ縁の下であろうか、傘差さずに済み、にこやかに兄貴分のねこがする「梅雨」の説明に、弟分のねこが感心している場面だ。人間同士の会話が先行するが、兄貴分のネコの蘊蓄(うんちく)に読んでいる「私」も思わず納得させられた。

 読むこと、わずか数秒で、人の心を和(なご)ませる。青沼貴子さんの2896回目の作品だということだ。ほぼ8年余り毎日物語をマンガ四コマに表現しておられる作者に敬意を表したい。迫田さんは、下記のサイトで紹介のあるように、珍しい赤い紫陽花をお載せになっている。https://sakota575.webnode.jp/%E6%97%A5%E8%A8%98/

 私も、ぴよちゃんとみことばに励まされて、天から降ってくる「つゆ」を身にいっぱい受けたいと思う。そのような私に先駆けて、既に「つゆ」を受けている庭の紫陽花を載せさせていただいた。

雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。(旧約聖書 イザヤ55:10〜11)

2025年6月2日月曜日

「水無月」の始まり

 昨日から6月に入った。古利根川の堤を降りて、果たして田植えは始まっているのだろうかと、目を凝らして見れば、遠くからではあるが、水田が前日までとは違い、うっすらと緑がかっていることに気づいた。近づくとつがいの鴨二羽が悠然と水田を屯しているではないか。慌てて、iPhoneをショルダーバッグから取り出し、二枚ほど写真に収めた。しかし、私のこの所作は彼らに警戒心を与えたのだろう。すぐに二羽して飛び立ってどこかへ行ってしまった。

 今年も鴨家族の姿を観察できるのだと思うと嬉しくなった。ちなみに昨年のブログはどうだったのかと検索してみたら、次のようであった。
https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2024/06/blog-post.html
 昨年は私にとって初めての体験であったから、興奮気味の文章を綴っているのが、何となく伝わってきた。あれから一年経つのだと思うのはやはり何となく寂しいし、辛い。自分はどこに座標軸を置いて生きているのだろうかと、改めて時の迫るのを覚えさせられるからである。

 けれども昨日はもう一つ嬉しいことがあった。それはKご婦人のオカリナ演奏のCDをYさんを介していただいたからである。昼間の礼拝の後にいただいたのだが、私はあまり関心を示さず、うっちゃっておいた。これも私のどうしようもない生まれながらの性質ではある。しかし、その後、Yさんから、なぜKさんがこのようなCDを私たちにくださったのかを、メールで知らされ、襟を正され、妻と二人で聞いた。

 全部で67曲のオカリナによる演奏であった。聖歌、讃美歌、日々の歌、童謡、ショパンの別れの曲などが入り混じって次々と演奏されていた。Kさんは左親指が不自由だそうだ。そんなこととは想像もできない。試練の中でオカリナ演奏は、主イエス様への問いかけ、祈りの時ではなかったかとYさんは書き寄越して来てくださっていた。まさにその通りだと思わずにおれなかった。

 その上、妻がこのオカリナ演奏を喜び、それぞれの曲目に私以上に歌詞を、全部ではないが、すらすらつけて歌っていることにびっくりさせられた。このまま回復するのじゃないかと錯覚させられるほどだった。「音楽」と「美術」は彼女の昔取った趣味の杵柄(きねづか)だのに、絵はここ数年とんと描かなくなった。しかし、歌は今も歌うが、このKさんのオカリナ演奏を通して伝わって来る息遣いは、私たち夫婦の魂を揺さぶるのに十分だった。

 こうして、昨日は、私も遅ればせながら、そういう生き方、Kご婦人のような生き方ができればと思わされる、「水無月」の始まりの日となった。

神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。(旧約聖書 創世記2章7節) 

2025年5月30日金曜日

僕の大好きな「iPhone」


 月曜日の夜、iPhoneが急に使えなくなった(※)。そのため、昨日木曜日の昼過ぎまでの都合二日間ではあったが、iPhoneなしの生活を余儀なくされた。言うまでもなく、日々の生活でいかに自分がiPhoneあっての生活を送っているか示された。
※https://www.youtube.com/watch?v=MazSczERT4k

 原因は今もって分からないのだが、何しろ電源に繋いでも、うんともすんとも反応しなくなったのだ。ネットで対処法を調べ、それでも解決せず、いつも相談する三男に助けを呼び求めたが、解決できず、週末に直に見てみようとの返事をもらった。

 しかし、この先、三男が来るまで、まだ金、土と二日間も我慢しなければならないのか。それに復旧が保証されているわけではない。回復しない場合の修理費用は62,545円だとメーカー側のホームページで知り、それを思っては前途暗澹たる思いであった。

 不便なのは一切iPhoneを通しての携帯電話の送受信ができなくなったことだった。また普段の生活では手首にApple Watchを装着していて、一切の通信は電話、メールなど即時に受けて行動している。朝起きてから寝るまでの、時とすると睡眠中もiPhoneとApple Watchのお世話になっている。その肝心のApple WatchもiPhoneがダメになれば、一切機能しなくなる。これには参った。

 もちろん、逆にそのようなネット環境に左右されず、静謐な自分の時間を持てる。日頃の自分がいかに様々なネット情報の洪水にさらされながら生きているかを実感させられた。

 私は決して新しもの好きではないが、振り返ってみると、これまで様々な情報機器の最先端の成果を享受して来たことに気づかされる。高校時代にはソニーのオープンリールの録音機を使っていたし、社会人になってからはやはりソニーのハンディーな録音機、ポケットに忍ばせることの可能な小型の録音機(カセットレコーダー、当時「宇宙船アポロが搭載した?」とか言っていた)、2003年に定年退職してからは、「iPhone」を駆使するようになった。

 2010年だったか、ドイツ旅行で親しくなった方の経堂(きょうどう)にあったご自宅を訪問するため、iPhoneのGPS機能を利用して、その方の自宅まで一切どなたの説明も聞かないでiPhoneを使って電撃(?)訪問して、一人悦にいっていたこともあった。

 ましてやその頃電車内では「ガラ携」こそ行き渡っていたが、iPhoneを操作している乗客は車両内で、私をふくめて二、三名いるかいないかの状態であった。電車内で様々な情報を選択し、ある時などは、スポルジョンの『M&E』という英文アプリを開き、窮地に陥っていた私に上よりの多大なる励まし「"Help, Lord." Psalm12:1」をいただいたこともある。https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2019/06/help-lord.html

 そのように私の生活にはiPhoneは欠かせない機器である。今回困ったことの一つには毎日通読を続けているyou versionというアプリの1日の聖書個所が一切判らなくなったことだった。外へ出たは出たで、やっと田んぼに水が張られて、田植えが始まろうとしている景色をキャッチしたくもiPhoneなしでは、写真が撮れないことだ。

 第一、このブログそのものの文頭を飾る写真は、iPhoneを通しての賜物である。長距離の電車を乗り継いで行くのも、iPhoneあっての物種であることも思い出す。今回の変事は私にとって様々なことを省みる良い機会となった。

 ただ、不思議なことに、昨日の木曜日長女が庭木の剪定に来ることになっていたが、朝の食事の祈りの時に私は長女が無事にこちらに来れるようにと祈ると同時に、iPhoneの復旧についても短く祈っていたことを今もって思い出す。

主よ。お救いください。(旧約聖書 詩篇12篇1節)

2025年5月25日日曜日

二人三脚の日々と主のご計画

 先ごろ橋幸夫さんが認知症にかかっておられることを明らかにされた。大変勇気のある告白であり、周りの方々の熱い支援があってのことだと思った。年齢は私と同じようだ。「いつでも夢を」という歌があることを思い出し、早速ユーチューブで聞いてみた。大変懐かしかった。吉永小百合とのデュエットであった。澄まし顔で歌うかに見える橋幸夫の姿と、これまたはち切れんばかりの若さと、笑顔で歌う吉永小百合の姿を見るだけで、なぜか胸が痛んだ。

 家内は吉永小百合と同年だからだ。かつて吉永小百合の主演の「青い山脈」がロケ地として彦根を選んだので、家内はそのロケを見に行った。それがいつ頃のことだったか、高校の時だったのか、短大時代のことであったか、はっきりは思い出せないようだが、結構吉永小百合との同世代感覚は今もあるようだ。そこへ行くと私は橋幸夫さんと言っても別世界の住人のように思っていた。それだけに今回の告白は他人事とも思えなかった。ましてデュエットされたお二人と私たち夫婦は同世代だからだ。

 母は胃癌で44歳、父は痴呆症を患って69歳、継母も胃癌で69歳で亡くなった。それぞれ、私の18歳、38歳、51歳の時だった。その私も今や82歳の歳を重ねている。家内は健康そのものだったし、母亡き後、2年して、父の後妻として嫁して来てくださった継母と私との複雑な間柄を良く受け止め、55年の結婚生活を通して終始一貫、私に仕えてくれている。その家内もここ3、4年めっきり弱くなってきた。特に記憶面でのハンディが目立ってきた。

 それもあって、毎日「脳の活性化」と「健康」のため、古利根川沿いの散歩に家内を誘い出しては健康維持につとめている。実は我が家の庭は庭で、この季節たくさんの草花が咲き揃っているので今更出かけるまでもないのだが。これも1996年に家を新築したおり、家内のたっての希望で限られた敷地の中で庭面積を最大限取ったおかげである。

 ところが、このところ庭が鬱蒼と生い茂ってきた。例年なら家内が率先して剪定作業に乗り出すのだが、今年は手を出さない。思い余って、家内を誘い、ベニカナメはじめ椿や山茶花などにまとわりついていた蔓(つる)を外しながらの剪定となった。二人とも疲れたが、家内は私以上に疲れたようだ。耳が遠くなった私と記憶がままならない家内との二人三脚はこうして、肉体面でも衰えが目立つ。

 今日の写真は、そのような蔓の存在にもめげず、咲き誇っていた「アルストロメリア」である。もちろんこんな名前は知らない。家内が前からそう言っていたので覚えているだけだ。夫婦が健康で長生きするのも素晴らしいが、もはやそれは期待できない。互いに弱点を抱え、衰える一方だが、残された我が人生の中で、どのように助け合っていけば良いのか、日々試される毎日である。 特に私は長年の家内の愛に恩返しをしたい、「あなたの隣人を自分と同じように愛しなさい」との主の勧めを実践したいと思うのだが、これが中々どうして自分の力ではできないで、困っている。

 今日も礼拝後の福音集会で主にあって敬愛し、互いに「兄弟」と呼び合っている方から「主の計画」と題する貴重なメッセージをいただいた。最後に読んでくださった聖句(下記の聖句)は私の55年のキリスト者生活・結婚生活の中で危機に会うたびに、繰り返し味わされてきた聖句であった。また新たな思いと感謝の思いで、主イエス様の御業に信頼しつつ歩みたいと思わされている。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(新約聖書 ローマ人への手紙8章28節)

そう言えば、そのメッセージではもう一つ大切なみことばも示してくださっていた。すべての面で「へりくだる」ことこそ、今の自分に主が求めておられる一切なのだと合点する。

ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。(新約聖書 1ペテロ5章6節)

そして、そのメッセージには、今一つ紐解かれていたみことばがあった。下の聖句がそれだ。そのみことばにより、私たち夫婦の二人三脚の内にも、限りない「主のご計画」があることに改めて気づかされる。

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。ーー主の御告げーーそれはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。(旧約聖書 エレミヤ29章11節)

2025年5月12日月曜日

「シービービー」と私たち

蛙啼き シービービーと 歩み居り
 「明日から暑くなる」と、もっぱらの天気予報だが、今日はなぜか寒く感じる。夕方、いつもの散歩コースを歩んだが、足元が昨夜の雨のせいか、ぬかるんでいた。けれども、上着をまとってちょうどいい散歩日和だった。

 最近同伴者は私に数歩遅れてついて来る。私としては同伴者と、飛び交う鳥や蝶々を眺め、会話を交わしながら歩みたいのだが、同伴者にはそれよりも大切なことがあるらしい。この一月たらずの間にたくさんの草花はあちらこちらで生い茂り、私たちの背丈に追い迫る勢いだ。同伴者はそのことが気がかりのようだ。雑草が蔓延(はびこ)るのが許せないようだ。

 盛んに雑草の種が飛ばないようにと草をちょん切っているのだ。私は自然派で伸びるなら伸びていい、むしろ生態系を壊すから「やめろ」と言うのだが、一向に気にしない。使命感を感じているようだ。そんな同伴者が、散歩も最終地点に差し掛かったところで、写真のシービービーをまた見つけて草笛を吹いてくれた。

 実は二、三日前に同伴者がシービービーを採って、試みに草笛を吹いてみたのだ。その時私はその所作を知らず、耳の側で何やら聴き慣れない音が聞こえて来たので、てっきり補聴器が壊れたのだと思った。が、そうでなく、同伴者が私を驚かせようと私の耳元で草笛を吹いたのであった。そう言えば、その時すれ違った、乳母車に赤ちゃんを乗せた若いお母さんが、何か顔を輝かせて私たちの方を見ていた。老夫婦が「シービービー」と草笛を吹いて楽しんでいる、微笑ましいと思ったのだろう。

 その時、同伴者は実に何十年ぶりだと喜んで言った。私にとっても幼い時に女の子たちが楽しそうに草笛を吹くのだが、自分では出来ないので、それっきりだった代物であったので童心に帰って嬉しくなった。

 だから同伴者に今日も草笛を所望したのだ。ところで、すぐそばには未だ田植えをしていない田が広がっていた。その田んぼにどれだけの蛙がいるのだろう。それこそシービービーの草笛の音、何のその、特有の啼き声を聞かせてくれた。今夜にでも雨が降るのだろうか。

 家に帰ってこの記事を書くうちに二枚の写真を見せ、同伴者に写真はどちらが良いか尋ねたら、完全に意見が分かれた。最初の冒頭の写真が私の載せたい写真。下を良いと言うのが同伴者の考えだ。読者はどちらがいいと思われるだろうか?

 さて、私がこの記事を書く気になったのは、二千年前のイエス様と弟子たちの牧歌的な記事が念頭にあった。そのくだりを以下に写しておく。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」そのころ、イエスは、安息日に麦畑を通られた。弟子たちはひもじくなったので、穂を摘んで食べ始めた。(新約聖書 マタイ11章28節〜12章1節)

2025年4月24日木曜日

下戸の春

花の香に 酔って候 下戸の春
 私の宿痾は『鼻』である。それも『後鼻漏(こうびろう)』という始末に負えない病に毎日悩まされている。小学生・中学生の頃から、鼻が出る(垂れる)のが恥ずかしくって、授業中、絶えず下を向いており、一時も早く授業が終わらないかとそればかり思っていた(休み時間になれば鼻をかめるからである)。病昂じて、小学校高学年から京大附属病院に通う羽目になった。

 今から考えてみると、家から近江電車で彦根まで行き、彦根から京都まで東海道線で行くだけでも大変だったと思う。当時は電車じゃなく汽車であった。特に大津から山科に入るまでの逢坂山トンネル、山科から京都に入るまでのトンネルは、煙除けのため、夏の暑い最中など窓の開け閉めで苦労した覚えがある。京都に着いたは着いたで、市電に乗り換えて、最寄りの駅『熊野神社』まで出かけた。

 だから、この持病の所為(せい)で田舎者だが、市電の河原町線、東山線の車窓から見える神社仏閣をはじめとする京都の風物には馴染まされた。大学卒業前に再び大学病院で鼻の手術をした。それ以来それほど気にしなくなった。ところが、10年ほど前から『後鼻漏』に悩まされるようになった。お医者さんによると加齢に伴う『血管性鼻炎』だと言われる。

 長々と「鼻」につきあっていただいたが、そんな私は意外と敏感な「鼻」の持ち主でないかと思った。今日の写真、俳句がその証拠である。いつも通り、自転車で古利根川に向かったが、道路脇に植っているツツジが発する「芳香」を胸一杯(鼻いっぱい?)感ずることができたからである。

 古利根川に着いたは着いたで、桜並木の袂に写真のようにツツジが街路樹よりさらに伸び伸びと花を咲かせていた。桜が散ってすっかり人通りの絶えたかに見える川縁だが、ゴールデンウイークを間近に控え、ゆっくりと落ち着いた春を過ごしたい。

「行く春を 近江の人と 惜しみける」(芭蕉)

主は泉を谷に送り、山々の間を流れさせ、野のすべての獣に飲ませられます。野ろばも渇きをいやします。そのかたわらには空の鳥が住み、枝の間でさえずっています。主は家畜のために草を、また、人に役立つ植物を生えさせられます。人が地から食物を得るために。また、人の心を喜ばせるぶどう酒をも。油によるよりも顔をつややかにするために。また、人の心をささえる食物をも。主の木々は満ち足りでいます。(旧約聖書 詩篇104篇10〜12、14〜16節)

2025年4月11日金曜日

のどかなり、春の日

桜散り 戸惑いつつ 踏み歩む
 今日は、いつもの散歩コースと違い、久しぶりに古利根川の下流に歩を定めた。上流に比べると人通りは絶えており、野鳥(主に椋鳥だと思うが)の囀りのみが夥しかった。堤には桜花が路面を散り染めていた。一歩一歩踏み歩くのが思い慮られたが、何も言わない桜花に免じて歩かせていただいた。ふと見上げると今まで気づかなかった水原秋桜子の俳句があった。

 垣の梅 古利根川に 倒れゐる

とあった。流石に動的だ。私もそれを真似て、下の句を「歩みゐる」としたかったが、上のように詠んだ。

 一方、上流の河辺に見かけなくなった鴨や亀が下流にはそれなりに生息していることに気づかされた。左画面はその一つだが、上流と異なり、こうして丘の上に上がって日向ぼっこ(?)をしているのだ。一月ほど前に、「雉」をみつけたのも下流だったから、古利根川の包容力はなかなかどうして大したものだ。

 今朝は3月中旬以来、書写を試みている『聖パウロの生涯とその書簡』(David Smith著日高善一訳1927年刊行)も全700数ページのうち100ページまで辿り着けた。いよいよ本格的なパウロの伝道旅行の記述が始まるところだが、特に『使徒の働き』の13章の叙述が心に響いた。さわりの部分を紹介しよう。

占星家宣教師たちを妬む
 これぞまた得難き好機会であった。彼らは喜んでそれを捉えた。彼らは総督に福音を解説したが、彼は興趣を傾けてこれを聴いた。バルイエスはその傍に佇んでいたが、その主君が感激しているのを知って、警戒を与えた。彼は彼らが総督の信任を得て彼を排斥し、その営利事業を奪うことを虞れた。故に彼らを妨害しようと決心したが、パウロは遂に堪忍の緒を切った。彼はこの法螺吹きを尻目にかけて『ああ、あらゆる偽りとよこしまに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵。おまえは、主のまっすぐな道を曲げることをやめないのか。』(使徒13:10)と叱咤した。この使徒の心は憤りに燃えたが、同時にまた羞恥の情があった。福音に対するこの詐欺漢の反抗は宛然彼が寸分違わぬ同様の精神によってかつて行うたところであることを認めたからであった。彼は自らかつて陥ったと等しき宣告をバルイエスに下した。『見よ。主の御手が今、おまえの上にある。おまえは盲になって、しばらくの間、日の光を見ることができなくなる。』(同13:11)と。その語は忽ち実現した。霊は占星家の眼を蔽うと、ダマスコ途上の迫害者と等しく『手を引いてくれる人を捜し回っ』て退かねばならなかった。
総督の回心
 これは一時的の現象で、恩恵深き計画であった。パウロは彼の罪とその刑罰と同様バルイエスがその悔い改めにおいても彼と等しからんことを望んだ。『これによりて彼が自ら受けたる休徴により』と聖クリソストムは言う『彼を捕えんことを望めるのみならず、なお「暫く」とは罰を与うる人の語ではない、回心せしめんとする人の語である。蓋し若しパウロにして罰せんとしたのならば、彼を永久の盲目たらしめたに相違はないからである』と。その結果は記録が残っていないけれども、奇蹟は無益ではなかった。占星家はともかくとして総督は捕らえられたからである。

この出来事を見た総督は、主の教えに驚嘆して信仰に入った。(新約聖書 使徒の働き13:12)

2025年4月8日火曜日

桜花爛漫の古利根川

桜花愛(め)づ 足音軽く 引きも切らぬ  
 今日も古利根川縁では、人々が行き交っていた。画面中央の御仁はキャンバスに向かって絵筆を走らせていらした。その左側の人は上を仰いで桜の木にカメラを向けていらっしゃる。自転車を走らせておられる方、前屈みがちになって歩を早めている方も、すでに心は豊かにされての帰り支度に違いない。

 川中には亀と鴨がお互いに仲良く共存しあっていた。亀は十匹近く縦一列に隊を組んでいる。その近くを鴨の数羽がこれも一団となって、回遊している。画面では捉えられていないが、親鴨は画面右の方に行ってしまったが、親子家族の鴨のようだ。百数十羽いた鴨もここ数日の間にすっかり姿を消しつつあるのだが・・・

 一方、魚は水量たっぷりの河中から浅瀬に入り込んでは、産卵するのだろうか、雌雄互いにのたうち回っての勢いは激しい。波飛沫をあげ、その音がバシャバシャと聞こえる。毎年のように、魚はここに上がってくる。いやが上にも生命の躍動を感ずる。一度その様を撮りたいのだが、中々iphoneでは撮れない。川中の波渦が辛うじてその様を映している。それで了としたい。

  かと思えば、今日じゃなく昨日の写真だが、相変わらず青鷺が虎視眈々と獲物を狙って王者の如く川央を飛んで行く。水辺に少し止まったところを撮影したが、すぐ気づかれて飛び去られてしまい、至近距離では撮影できなかった。それでも嘴の黄色が撮れたので良しとしたい。



 先週は寒く、春だと言うのに、全く冷え切ってしまった。しかしそんな時も川は流れている。暖かくなって桜の開花が進み、私たちの心も陽気になった。もし水なくばどうなるのだろう。樹木、植物は川の水を吸い上げ、実を結び花を咲かせる。一方川には魚が住み、鳥が近寄り餌を求め囀る。私はこの囀りを聴いているだけで心豊かな思いにされる。まさに春爛漫である。最後に今日の古利根川を紹介しておこう。


イエスは立って大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(新約聖書 ヨハネの福音書7章37〜38節)

2025年4月7日月曜日

春眠、夢を覚え


 四月も早や一週間が過ぎた。このところ連日のように古利根川縁は桜を愛でる老若男女の人々で賑わっている。溢れかえるほどではないのが、良い。皆それぞれじっくり桜を鑑賞できる。素晴らしいことだ。

 大抵、ほとんどノルマと化している、一冊の本(※)の書写に倦み疲れた頃を見計らって家内を誘い出し古利根川まで出かける。ある時は自転車で、ある時は徒歩で。徒歩だとかれこれ四キロになる。少し負担がかかるので、自転車で出かけ、古利根川の一周で我慢する時もある。まあ、半々である。82歳と79歳のコンビだから、果たしてこの先何年くらいこのような生活を続けられるのだろうか。

 漱石は確か、「午前の創作は午後の愉悦をもたらす」とかどこかで言っていたように思うが、私にとっては午前中の書写と散歩が、彼の「創作」にあたる。午後はゆっくり寛ぐ、それは彼の「愉悦」にあたる。

 さて今朝は不思議な夢を見た。ある集まりで音楽会が催された。指揮者として「山田耕筰」氏がタクトを振るから、という前宣伝であった。果たせるかな、彼がやってきて、演奏会は始まった。曲目はヘンデルであった。その音色は何とも言えない音色で、その音を聞きながら、ヘンデルにはこんな作品があったのだと独り感動しているのだ。感動していると言ったが、私はと言えば、演奏会の隣室の大きな部屋で寝そべって聞いているのだ。だから当然、指揮者である山田耕筰氏の顔はわからない。演奏される音楽だけが聞こえてくる。

 一体、これは夢と言っていいのだろうか。音が聞こえるなんて。しかも振り返ってみるとその音楽はサンサーンスの交響曲第三番の曲中、オルガンの全奏の前後(?)に奏でられる曲に似ているが、それよりもはるかに落ち着いていて、深みのある、えも言われぬ曲想だった。そんな夢の話を家内に話したら、「随分と高尚な話ね」と言った。私もこんな夢を見るのは初めてだ。まして音楽の素養がなく、むしろ音楽には劣等意識さえ持っている私がそんな夢を見たのだ。

 フロイトは夢判断をしたのだろうが、私の夢判断はどう出るのだろうか。春眠暁を覚えずという言葉もあるが、春の夢を語ってみた。

※『聖パウロの生涯とその書簡』(デーヴィツド・スミス著日高善一訳1927年刊行)

主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。(旧約聖書 イザヤ書55章6節)

2025年3月28日金曜日

諸人こぞりて主をほめよ!

 春が一斉に開花した今日この頃ですね。このところすっかりブログ離れを経験しています。そんな日々でも古利根川縁の散歩を欠かした日はありません。その都度、iphoneでせっせと写真に収めています。出色は何と言ってもこの鳥に出会ったことです。半年ほど前にも畑の中で見つけましたが、今回はもう目の前でこの美しく着飾った鳥がいたのです

 思わず、十枚ほど撮影しました。どれもこれも捨て難い思いですが、流石に当方のしつこさに参ったか、奴さんスタコラスタコラ、移動し始めるのです。飛ばないで。そしてスルスルとフェンス角を曲がり草むらに移って行きました。私もそこまで追うほど風流を解せない男ではありませんので、静かに見送りました。彼も安心したのか、歩を緩め草むらの主に帰りました。

 すると反対側の川中には、これまた、素晴らしい出会いがありました。それが右側の写真です。亀君三匹と鴨君三匹ののどかな川縁の姿です。別の場所では川縁の石ころという石ころの上に亀が甲羅干しをしていました。もはや十本の指では数えられない亀君が思い思いに石ころの上に乗っかっていたのですよ。もちろんこちらが少しでも近づこうものなら、ざんぶと奴さん、水中に潜ってしまいます。何とも言えない可愛さです。もちろん、今や川中は魚が水を得て泳いでいます。

 久しくご無沙汰している植物では、この歳になって初めて知ったことがありました、それもこの三枚の写真が語っています。芽吹くところから、花を咲かせるまでほぼ同一の小枝を撮影しました。毎日通っていましたが、二日ばかりこの木に近づけませんでした。今日、近づいてみてその木が桜ではないことに初めて気づいたのです。観察中、なぜ、桜色の蕾を見せてくれないのかと不思議に思っていたのですが・・・

 

 この左側の木こそ、私が執拗にその発育ぶりを追っていた木の開花ぶりだったのです。何年も春になるとこの木だけが他の桜とは違う。もっとも早く芽吹くと思っていたのですが、桜じゃなかったのですね。「すももももももものうち」と言う、かの「すもも」だったのです。ちなみに一番上の写真は月曜日、その下が火曜日、そして一番下が今日金曜日の写真です。桜の木が咲いているのですが、それをバックに白一色のすももの花が見事に咲き誇っているのです。

 さて、「花より団子」とは良く言ったものですね、果たして「すもも」の実が穫れるんですかね。これまた何も知らない男の愚問でしょうか。

 鳥も騒ぎ、川面にせせらぎも聞こえ、川中を見ますと大きな魚が泳いでいます。「春の麗(うらら)の古利根川(?)、上り下りの散歩道(?)」と思わず、口ずさみたくなります。それもこれも花々がそれぞれ一斉開花に励んでいるからなのでしょうね。でも、元はと言えば、天地万物の造り主のおかげです。旧約聖書詩篇148篇に素晴らしい主への賛美が繰り返されています。最後にその詩篇を写しておきます。

1 ハレルヤ。天において主をほめたたえよ。いと高き所で主をほめたたえよ。 2 主をほめたたえよ。すべての御使いよ。主をほめたたえよ。主の万軍よ。 3 主をほめたたえよ。日よ。月よ。主をほめたたえよ。すべての輝く星よ。 4 主をほめたたえよ。天の天よ。天の上にある水よ。 5 彼らに主の名をほめたたえさせよ。主が命じて、彼らが造られた。 6 主は彼らを、世々限りなく立てられた。主は過ぎ去ることのない定めを置かれた。 7 地において主をほめたたえよ。海の巨獣よ。すべての淵よ。 8 火よ。雹よ。雪よ。煙よ。みことばを行なうあらしよ。 9 山々よ。すべての丘よ。実のなる木よ。すべての杉よ。10 獣よ。すべての家畜よ。はうものよ。翼のある鳥よ。11 地の王たちよ。すべての国民よ。君主たちよ。地のすべてのさばきづかさよ。 12 若い男よ。若い女よ。年老いた者と幼い者よ。 13 彼らに主の名をほめたたえさせよ。主の御名だけがあがめられ、その威光は地と天の上にあるからだ。 14 主は、その民の角を上げられた。主の聖徒たち、主の近くにいる民、イスラエルの子らの賛美を。ハレルヤ

あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。(新約聖書 マタイ5章16節)