ラベル O.Hallesby の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル O.Hallesby の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年10月10日木曜日

読書日記(下)


「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげ(棘)はどこにあるのか」死のとげ(棘)は罪である。罪の力は律法である。しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜ったのである。(1コリント15:55〜57口語訳)

 こうして三冊本からなる『富士日記』の読書は今も続いており、やっと下巻にたどりついたというところだ。一方、聖書は日々手にしている。聖書の記述が奥深いものでありいのちの糧であることは言うまでもないが、この『富士日記』には人間生活の機微に触れた素晴らしさがある。そう言えば、加藤典洋もまた『僕が批評家になったわけ』(岩波書店)という本の中で彼女の日記について

 荷風の日記が日本の戦前を代表する日記とすれば、戦後の日記を代表するのは武田百合子の『富士日記』か。・・・多くの記述は、日々の出来事、そしてその日その日の献立、買い物。しかし、これが面白い。読むとやめられない。

とまで書いている(同書67頁)。

 ところで、私はその本を読むかたわら、集会に来られた一人の方が『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(梯久美子著 新潮社)を読んでいると言われたので、読み始めた。何しろ650頁からなる大部の本で読むのに少々骨が折れた。しかし、この本もまた戦前から戦後に至る日本人を見舞った戦禍の傷痕に個人がいかに苦しむかということと、男女間のどうすることもできない愛欲の葛藤、また家族とは何かということについて一つの肖像を描いているともいうべき作品であった。

 ところが、事もあろうことか、その本の中で次のような叙述があった。

国府台病院の精神科病棟に入院中だったミホが、武田泰淳の妻・百合子に書き送った手紙には、親から離れて先に奄美に行くことになった子どもたちのために、阿川が靴を贈ってくれ、伸三とマヤはそれを履いて旅立ったことが書かれている。(同書567頁)

 ミホが入院していたのは1955年、36歳の時、その時、『富士日記』の著者武田百合子は30歳である。そんな古い昔から手紙をやり取りする間柄であったのだ。

 それだけではない。『富士日記』(中巻)の文庫本のあとがきに、しまおまほさん(恐らく島尾夫妻のお孫さんにあたるのだろう)の「加計呂麻日記」2019年5月3日から6日の様子が記されていたのである。ここまで来ると単なる読書の域を越えて私の読書そのものを導いておられる不思議な神様の摂理のようなものを感じるのである。

 逆に言えば、文士の世界も極めて狭いものであることがわかる。武田泰淳氏は芸術院会員になることを断った。一方島尾敏雄氏も一旦は芸術院会員になることを断った。彼らがそのことにこだわるのは戦争がらみの自らの国家に対する個人としての矜持があったからである。そして芸術院会員になることを文士仲間では「入院」と言うそうだ。ところが島尾敏雄はその最初の折角の志を捨てて、途中から「入院」したのだ。それは芸術院会員になれば年金がもらえるからという理由であった。すなわち、自分の死後病妻である妻の生活を支えられると思い、いやだった芸術院会員になることを受け入れたのだ。しかしそこには島尾氏の誤算があった。それはその年金は彼一身であって、彼が死んでしまえばもらえないということを迂闊にも知らなかったのである。結局島尾ミホさんは20年余り生きるのである。その上、作家として・・・。人生の妙である。

 こうした事情があり、本同士が密接に絡み合っていることを発見した。私は今まだ読んではいないが、『成城だより』(大岡昇平)を図書館からもう一冊借りている。大岡は武田の親友だ。そして『富士日記』には、武田に導かれて富士山麓に山荘を構えることになる大岡夫妻との交流が毎日のように描かれている。この大岡の代表作である『レイテ戦記』は私の書棚に読まれずして、数十年間久しく眠ったままである。この『レイテ戦記』は日本軍兵士としてフイリピンの人たちにどのようにかかわったのか、その正直な記録であるはずだと思う。この年代になってやっと読むにふさわしい時が来たように思う。近い将来読破したいと思っている。そして、今一度「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目である」(ヴァイツゼッカー)の名言を思うている。自らの過去は主なる神様の前で明白である。一つ一つ謙虚にならざるを得ない。

 読書は果てしない。人間が生きる限り続く生への執着がそうさせるのだと思う。一方で、読書はやはり人がまことの宝を探し求めて歩み続ける生業(なりわい)からくるのでないだろうか。そうとも思う。その二つの微妙なバランスを喝破しているハレスビーの文章を最後に写しておく。一つは新約聖書ヤコブ書1:14に範をとったもの。

 私たちは失敗したのです。私たちの勇気が足りなかったのです。私たちは崇高なものを慕い求めたり、希望したり、考えたり、話したりすることはできたのですが、生きることができなかったのです。なぜならば、生きることは、誘惑されるということですから。(O.ハレスビー『みことばの糧』10月6日からの抜粋)

 今一つは、今日の『みことばの糧』の箇所マタイ13:44にちなんだもの。

 少数の人は、親戚や友だちをとおして、キリスト教と何らかの関係を保っています。しかし、キリスト教を有益なものとは、一度も思ったことはありません。むしろ避けえない災だと考えています。彼らは、何事も順調に行くためには、自分たちもいつかは、キリスト者にならねばならない、と本能的に感じています。けれども、それは事情のゆるす限りあとまわしにします。彼らには宝が見えないのです。ああ、恵みに富たもう神、全能の神よ。この国の人々にあわれみをたれたまえ。(O.ハレスビー『みことばの糧』10月10日からの抜粋)

2013年6月28日金曜日

祈りの学校(下)

私の父の農場の一小作人は、このような忠実なとりなし手の一人でありました。彼の名はイエルンといいました。私どもの主は、彼の誕生の時から彼にきびしい制限を与えられました。彼は視力が弱かったのです。その結果、暮らしていくのが非常に困難でありました。しかし彼はかなり立派にやりました。ハウゲ派の良い習慣に従って、兄弟たちが貧民救済委員の門へ行かなくてもよいように、キリスト者たちは世話をしました。試練と困難とがイエルンの運命となりました。そして幾日も、暗いわびしい日が続きました。

しかし彼は、神の大能の御手に自分をひくくしてまかせました。そしてこの苦しい経験の学校で、祈りの聖なる技術を徐々に会得しました。彼は日夜その郷土のために祈りました。そして時来るや神は彼を高めたまいました。彼はついに全教区の霊的顧問となったのです。人々は近所近辺から彼の忠告と助けとを求めて、彼の小さな住居を訪ねました。そしてイエルンは彼らに何も他に助けを与えることができなくても、その優しい心の真実な愛をあたえることが出来ました。その上彼らのために祈りました。そして年がたつにつれて、多くの人々が明るい足取りで幸福な心をいだいてこの貧しい住まいを去ってゆくのでした。

彼の晩年はまことに貧しかったのです。ともに住んで世話をした二人の老婦人が私にこう言いました。彼は夜も目をさましているのがつねで、めざめている間、教区の人々のために祈っているのを彼らは聞いた、と。また彼はその祈りを、私どもがしがちなように軽く考えませんでした。普通私どもはいそいでいて、十把一からげに全部を主のもとに持ってゆき、一つの祈りですべてを祝福してくださいと願うのです。

しかし老イエルンはそのようにしなかったのです。彼は頭の中で一軒の家から次の家へと行きながら一人一人の名をあげたのでした。彼はまだ見ないけれども、誕生したと聞き知った子どもをさえその祈りの腕に支えて、恵みの御座につれてゆかねばならないと感じたのです。

このような人々は私どもにとって、どれほど大きな意味があることでしょう。彼らがいなくなった時は、その人たちのいた場所はどれほど空虚となるでしょう。イエルンが残した生活の仕方には何かすばらしいものがありました。彼の死は美しい昇天のようなものであろうと誰でも考えました。そして、信仰者たちは彼と一緒にいて、看護する特権を得ようと互いにきそったのです。しかし、主は彼らが勝手にきめた期待をきわめて手ぎわよく、くつがえされました。イエルンは誰もその死を目撃するものもないまま死んだのです。彼を看護していた人も、その時台所へ何かを取りに行っていたのでした。

イエルンの告別式は、私の郷里で行なわれた最大のものでありました。彼はこの教区に引っ越して来たので、親族はなかったのです。しかし、人々は、近隣からこぞって集まって来ました。また彼らはその棺の側に立って、父親を失ったように泣きました。神のみことばを聞こうともしなかった神をおそれない人々も、その告別式に来ました。そして、彼らも泣いたのです。

死においても、イエルンは他人の祝福でした。彼の生も死も、ともに、「求めなさい。そうすれば与えられます」との聖書のみことばの成就でした。

(『祈り』O.ハレスピー著東方信吉・岸千年訳191〜193頁より引用。)

2013年6月27日木曜日

祈りの学校(中)

第三に御霊は、祈りにかかわる克己の必要を教えます。

祈りととりなしほど、他の行為にまして克己を必要とするものはありません。御霊は私どもをこの克己に召すのです。もちろん、とりなしの行為の大部分はひそかになされます。そしてこの種の行為は、人に見える行為よりもさらに大きな努力を払わなければなりません。自分のすることを人に見られることが私どもにどんなに影響があるかは、驚くばかりです。私どもには皆、他人の称讃を得ようとする非常な弱さがあるということだけでなく、また私どもの行為が感謝され尊ばれるということは、私どもにとって非常な励ましであります。

それに自分の働きの結果を見たがるものです。しかし祈りの働きは、起こったことが自分のとりなしの結果であるか、あるいは他の人のとりなしの結果であるかを、いつもハッキリと私どもが知ることの出来ないのがその性格であります。

この二つの事実が、祈りに関連して多分に克己を要求するのです。

主がこの行為を遂行する人を得たもうことの困難な理由こそ、これであります。説教する人を得るのは容易であります。多くの人が説教したくて、もし説教をたのまれないと怒るのです。また頼まれた私どもは説教に熱心ですから、一度説教台に立てばこれを退くことがむずかしいほどです。しかし祈りにかかわる克己の行為を引き受ける人は、そう多くはありません。というのは、見られもしなければまた感謝もされないからです。

あなたは近所の未信仰者のために祈って来たでしょう。多分何年間も、そして近所にリバイバルが起こる。そして第一に回心した人々が、あなたが熱心に祈ってやったその人々です。しかし、あなたより外にそのことは誰も知らない。正当なことながら、あなたはそれを神とあなたとの間の秘密にしておく。その結果、だれもあなたのして来たことを話しません。しかし、一方では、集会で話した説教者の名前が皆の口にのぼります。皆、声高く彼をほめて、「なんと偉大な伝道説教者だろう」と言うのです。

友よ、あなたがこの静かなそして認められない祈りの行為に疲れはじめた時には、ひそかに見たもうお方が、あらわにあなたに報いたもうことをおぼえてください。彼はあなたの祈りを聞きたもうのです。そして救霊のために、あなたが祈りによってなしとげたことを正しく知りたもうのです。かのさばきの日の前でないとしても、その大いなる日には、あなたはその働きの収穫を幾束もとりいれていくことでありましょう。

祈りという立派な、またむずかしい芸術のうちでも、とりなしの祈りがもちろん一番困難です。このことについての私の理解では、とりなしの祈りこそ人間のなしうる最も確かな労作です。(中略)

私の出会った、最も立派な、最も忠実なとりなしの人々は、多くの試練と非常な苦しみの後に、はじめて聖なるとりなしの技術を学んだのです。ある人々が最後に行なうことが出来たのは、私がお話したあのメンネドルフの婦人のように、もはや顔のはえを追う力もなくなって、ベッドに横たわることでした。

しかし、彼らは、どんなに祈ることが出来たのでしょう。

彼らは人には見られないで横たわっていましたが、しかも霊的な力の中心でありました。その単純な、そして忍耐深い祈りによって、彼らは近隣に、共同体に、国に世界の隅々にまでなされている教会の働きの主(おも)なる支持者でありました。

私はこれらの見えないとりなし手の一人に会う度に、大きな発電所を思うのです。彼らはまたしばしば人里離れた谷間に隠されています。しかしそれにもかかわらず、彼らは非常に重要であります。それは、特に働かなくなった時わかってくる事柄です。働きがとまる時、私どもの家庭は暗黒になり、私どもの工場は停止します。

(『祈り』O.ハレスピー著東方信吉・岸千年訳188〜190頁より抜粋引用。「主は・・・とりなす者のいないのに驚かれた」イザヤ59・16。昨日で私ども家族を襲った椿事から40日が経過した。実に多くの方々がとりなしの祈りをしてくださっている。私たちのまわりには日々信仰者のとりなしの祈りを必要としている方々がたくさんいらっしゃることも教えられつつある。とりなしの手を下ろすことがないように主よ導いてください、と祈りたい。)

2013年6月26日水曜日

祈りの学校(上)

さて、イエスはある所で祈っておられた。その祈りが終わると、弟子のひとりが、イエスに言った。「主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。」(新約聖書 ルカによる福音書11・1)

さてあなたは、「主よ、祈ることをわたしたちにも教えてください」とあえて祈りますか。これは正しいことです。正直でありなさい。あなたは試練、苦難を恐れています。また私もあなたも、お互いに神を恐れていることをよろこんで認めると思います。純粋な本能は、神が私どもを過酷に取り扱おうとしておられるというように、私どもにつげるかに思えます。そして同じ本能は、自己を信頼することができるということ、何が良いことかまた何が良くないことかを私どもが理解すると告げるように思われます。

しかし、この一事をおぼえてください。すなわち、あなたも私も、釘づけされた主の御手に自分をゆだねて、次のように告白するまでは幸福にならないということです。

 人生の海の暗黒の嵐をついて
 死が私にいどむところへ私をつかわしたまえ
 苦悩が私をこころみるところへつかわしたまえ
 御心のままに、愛しまつる主よ
 たえず、私の杖となるよう
 ただ御恵みを示したまわば

こうして、御霊が、祈り方を知らぬ人のために建てた祈りの学校に、あなたは自発的に登録するようになるのです。

祈りの学校に引き続いて在学しないので、清められた、優れた祈りの人となる人が少ないのです。その課程はたやすくはありません。そして困難は上に述べた肉体的、精神的試練だけではありません。この学校には、私どもの忍耐をひどく試みるものがあります。イエスご自身このことについて数回言っておられますが、ことにルカによる福音書18・1〜8に「失望せずにつねに祈るべき」ことを言っておられます。

私どもはたやすく落胆します。人のために、あることのために祈ることをせつに決心しながらも、幾度か次第に気落ちしていったことでしょう。その努力を続けようとしなかったのです。そして徐々に私どもは他の人のためにとりなしをすることを止めてしまいました。

祈りの学校の訓育を主宰するのは、祈りの霊であります。彼は各種の主題を与えないで、計画的にわずかの中心的なことに集中します。祈りに熟達するには、いろいろ多くの題目に精通する必要はありません。次のことだけを簡単に述べてみましょう。

第一に、毎日キリストを示すような機会が御霊に与えられなければなりません。これが絶対に必要欠くべからざることであります。キリストは私どもが彼を「見る」ことだけを必要とするおかたです。祈りは、私どもの心から出て来ます。自発的の祈り、確信の祈りです。キリストが祈りに答えたもうことを私どもは知るのです。またそれが主ご自身の喜びであることも知るのです。祈りと、とりなしとは、キリストと、祈る人との間の共同の喜びに満ちた不思議な力を持つ手段となります。

御霊の与えるさとしは、私どもの心にキリストを啓示しようとすることを妨げるいっさいのものを取り除くことをその目的としています。このことは前に「祈りの戦い」の章でお話しました。

第二に、御霊の与えるさとしは、私どもを熱心に求める者とすることを目的としています。とりなしの祈りは楕円形のように二つの中心をめぐって回転しています。すなわち、キリストと、私どもの窮乏とです。祈りにかかわる御霊の働きは、この二つを示し、単に理論だけでなく、実際にもこの二つを私どもの中に毎日毎日生き生きしたものにするのであります。

このことを毎日あなたの心に働かせるのが御霊であることを考えて、慰めを得なさい。自分の力で、あなたの目をキリストと世の窮乏とに見開くよう努力する必要はありません。

いや、あなたのすることは、みことばの中で、また祈りを通して、御霊がキリストについてまたあなたの窮乏について、語りたもうのを聞けばよいのです。このようにしてあなたはまもなく祈りと、とりなしに進歩をとげているのを見るでありましょう。

(『祈り』O.ハレスピー著東方信吉・岸千年訳185〜187頁より引用。)

2013年6月21日金曜日

答えのない祈り

ここで答えのない祈りについてすこし語りましょう。

答えのない祈りは、私ども、特に子供らには非常な困難を与えることは否めません。子供らはイエスに祈ることを教えられました。彼らは主が親切で慈しみ深いことと、ご在世中彼に来る人をことごとく助けられたことを聞かされて来ました。その結果として彼らは、大小ことごとく確信をもってイエスに祈るのです。そしてその祈ったことを受けるよう本気で期待しています。

たいへんな危機が子供の生活にやって来ます。子供はイエスに何もかも祈ったが、その祈りに答えが与えられない。

ここで私どもは子供に助言をしてその事柄の説明をしてやらねばなりません。また子供と語るには写実的に語らねばなりません。そうでないと理解できないのです。例をもって説明しなければなりません。

たとえばときどき新聞で見る子供たちの事件、すなわちあやまって空気銃あるいは普通の銃で自分をうって生涯びっこになったり、また時には子供がそのようにして死んだりしたことを彼らに話してやることができます。これがどうして起こったか。

彼らが父や母に空気銃をねだったからです。また不幸にも彼らが求めたものを受けたからです。もし父母が十分考えてそんなに危険なものを与えなければ、そんな恐ろしい不幸に陥らずにすんだでありましょう。

このことは、私どもが神から、求める事柄を与えることをこばまれる時でさえ、神はあわれみ深くあることを、子供たちに教えることになります。

これについて私どもはこの教訓を繰り返し繰り返し学ぶ必要があります。というのは私どもはすぐ忘れるからです。私どもは生まれつき自信が非常に強く自分にとって善いことを自分が一番よく知っていると思っています。そして神が問題について別の考えをなさると、すぐ神は私どものことを考えないと疑うのです。大使徒さえ答えのない祈りを経験しました。

パウロはある時三度も祈ってなお求めたことを受けなかったことを語っています(コリント人への第二の手紙12・9〜10)。それは明らかに伝道事業に非常な妨げとなっている病気の問題でした。それを取り去りたまえと神に祈ったのです。しかし、神は彼の祈りをきくことをこばみたまいました。

この拒絶は、確かにパウロがその病苦を逃れるためだけに、肉体の刺が彼から取り去られるようにと祈って、祈りを誤用したからではありません。逆に彼はその伝道の働きのために、この刺が取り去られるよう祈ったのです。彼の祈りの真の目的は神の御名をあがめんためでありました。それにもかかわらず、彼の祈りは容れられなかったのです。

パウロがこのことについて三度祈り続けた時、彼は自分の個人的利益のためではなく、神の御名のあがめられんことのために祈っていることを意識していました。

それでも神が祈りを聞きたまわなかったのはパウロがその病苦の中にいつまでも在ることによって、神の御名が一層あがめられるからでありました。このようにしてパウロは、いつもけんそんであって神の力を受ける状態におかれていました。

この祈りのたたかいを通じて、神との交わりの大きな秘訣を学びました。それを彼は、このように申しています。「私が弱いときにこそ、私は強いからです」と。

イエスでさえ御父が答えたまわなかった祈りをなされたのです。そして彼もまた、三度「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」と祈られました。それはゲッセマネであったのでありまして、イエスが人類の救いのために受難死しなければならないという、いつもイエスには明確であった事柄を、サタンが彼を誘惑して、おぼろにするように神の許しを受けた時です。

しかしあの試みの暗黒の時にさえ、イエスの純真な従順なお心を私どもは見るのです。彼はその試みを暗黒の中でどんなに感ぜられたかを率直に御父に語りたまいました。しかし、それでも、彼の祈りたもう真の願いは「わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのようになさってください」でありました。このことから、祈っていることが、本当に正しいかどうか、私どもが祈っている最中に疑いをもつのですが、神に祈る時、きまった願いをことばに出すことを恐れてはならないことを私どもは学ぶのです。

これにかかわりなく、あるきまった事柄、すなわち、天の父に話したいと切に感ずることを、祈り求めなければならないと私は申しておきます。しかし、同時にイエスのなされたように「わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように」とつけ加えなければなりません。

(『祈り』O.ハレスピー著東方信吉・岸千年訳149〜152頁より引用。 )

2013年6月20日木曜日

瀕死のミコニウスは回復した。なぜ?

「薔薇」に「しゃくやく」に「ガーベラ」 愛の花束
前にも述べたように祈りにおける不安は、祈りの霊に逆らうところから来ます。しかし、祈りにおいてただ神の御名の栄光だけを求める時は、私どもは祈りの霊と安全な調和にいるのであります。

その時祈りの際もその後も、私どもの心はいこいを得ます。その理由は祈りによって神の御名のあがめられんことをのみ求めているということです。

そうすると私どもは主を待つことができます。祈りの答えが早くてもおそくても主の御名のあがめられるために最もよく役立つ事柄を決められるよう主の御心にゆだねて待つことを学ぶのです。

祈る人がその祈りによってただ神の御名の栄光のほか何物も願わないとするならば、祈りがどんなに大胆でしつこくなることさえあるものであるかということを示すために一例を挙げてみましょう。

1490年ルターの親友、フリードリッヒ・ミコニウスが瀕死の病になりました。彼も他の人々も間もなく死ぬだろうと考えました。ある夜彼は最も親しくしているルターになつかしい別れのことばを震える手で書いたのです。

ルターはこの手紙を受け取って次のようにすぐ返事をしました。「私は君に神の御名において生きることを命ずる。なぜならば教会を改革する働きに君はなくてはならぬからだ。・・・主は君が死んだということを私に聞かしめたまわないで君を私より長生きさせてくださるであろう。このために私は祈っている。これは私のこころである。このこころの成らんことを。なぜならば神の御名があがめられんことを求めているのみだから」。

ルターの手紙が着いた時ミコニウスは既に語るちからを失っていました。しかし、しばらくして彼は回復したのです。そして正しく彼はルターより一ヵ月長生きをしました。

祈りの時「あなたは私が個人的な優位のためでもなく、また困難を避けるためでもなく、何でもかでも私の意のならんためでもなく、ただこのため、すなわちあなたの御名のあがめられることのためにだけ祈っていることをご承知であります」と神を見つめて語ることができる時ほど祈りにおいて私どもを大胆にするものはありません。

このように祈るなら、願いが聞かれない時もまた心の平安を得るでありましょう。

(『祈り』O.ハレスピー著東方信吉・岸千年訳147〜149頁より引用。「わたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです」ヨハネによる福音書14・13。)

2013年6月19日水曜日

イエスさまに窮乏を差し出すことができる恵み

しゃくやくと紫陽花、こぼれる笑顔
まじめに祈る読者の中には、今にいたって(※私が祈りは神の御名があがめられるように祈る祈りがたいせつであると言ったことで)必ずゆううつに感じる人もあるでしょう。今まで話したことから、あなたたちは祈りの神聖なる特権をまったく誤解し、誤用してきたのではないかと不安に思いはじめているでしょう。あなたたちは毎日の祈りの生活で、大小あらゆることを神に語って来ました。最も小さなことも神に求めたでありましょう。

そしてこれが祈りの誤用であること、それゆえに直ぐに止めるべきだということを思っておられる。深い嘆息が心から起こってくるのです。

いやいや、わが友よ、決して止めてはなりません。逆にあなたが神と語る毎日の会話に、もっともっと単純な心を与えられるように祈るべきであります。日常生活でなんでも神と語ることができるほどに、神と打ち明け話が出来るよう祈りなさい。これが神の求めたもう事柄であります。これこそが神が私どもに祈らせようとなさることであります。あなたは必ず次の聖句を思い出すでありましょう。

何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。(ピリピ4・6)

私どもの日常生活にはきわめて容易に憂いとなるものがあるのを神は知りたもうのです。私どもの日常生活が決して大きな事柄ではなく、小さな事柄からなり立っていることも知りたいものです。それですから彼は、私どもを親しく招いてこう言われます。「これらの小さいことをみんな私のところへ持っていらっしゃい。心から喜んであなたを助けましょう」。

あなたの日常生活のことで、これは仔細なこと、問題にならぬことだからといって、主が祈りに答えて助けを与えられないというものは何もないことをしっかりと記憶して置きなさい。あなたは失った鍵を捜すことがあるでしょう。その鍵を手にしなければならない。いそいでいるが見つからない。信頼をもって神に行き、そしてあなたの苦境を告げなさい。あるいは、あなたの小さい子どもが外で遊んでいることもありましょう。その子供を自分のかわりに用をたしにやりたい。しかし捜す時間がない。自分で用たしに走る時間もない。確信をもって天にいます父にそれを告げなさい。

しかしながら前に述べた祈りは神の御名をあがめる目的で定められていることを忘れてはなりません。それだから大小何を祈るにしても、それが御名をあがめることであるならば、「私の祈りを聞き、助けたまえ。しかしもし御名をあがめることにならないならば私を苦境のなかにおきたまえ。このまま、今あるままの境遇で御名をあがめる力を与えたまえ」と祈りなさい。

ある人はこんなことは祈りの力と熱を弱めると思うかも知れません。しかし、それは要するに祈りの誤解によるのです。祈ることは私どもの窮乏に対してイエスを迎えることです。このように祈ることによってのみ、心をイエスに開くことに成功するのです。これは、神が望みたもうからだけでなく、神が望みたもうた時にもまた、私どものためにその御力を働かせたもう機会を主に与えるでありましょう。

その時平和とおちつきが私どもの心にあふれます。

(『祈り』O.ハレスピー著東方信吉・岸千年訳145〜147頁より引用。※は引用者がつけくわえたもの。)

2013年6月12日水曜日

主は私の祈りを聞いてくださる

久しぶり雨天での今日の家庭集会※
ここで祈りの目的と意味とが私にはじめてわかって来ました。ここで以前にもましてハッキリと、神の御名のあがめられんためという祈りの目的を知る特権が与えられたのです。

目からうろこが落ちました。私は新しい光の中で祈りの誤用と、祈りにおける私どもの努力の位置および祈りにかかわる困難さを知ることができました。

祈りの生活には生活の他のことと同じようにそれ自体の法則があります。祈りの根本法則はこれです。すなわち、祈りは神をあがめるために与えられ、また定められているということです。祈りは救いの超自然的力を働かせたもう機会をイエスに提供する指定せられた道なのです。こうして彼は私どもを用いようとしておられます。

私どもは祈りによって、私どもの霊に、肉体に、家庭に、隣人に、国家に、全世界に、信仰者の交わりに、未信仰者に、近づきたもう機会をイエスに提供すべきであります。

私どもがもし自己の便宜や愛する者の便宜のために神からもぎ取るのでなく、また患難や困難から逃れようとするのでなくて、神の御名をあがめる物を、私どもに、また彼らの上に、天より降したもうよう祈りを用いるならば、小さな弱い祈りの生活にも、祈りについて聖書にある、最も強く最も大胆な約束を、私どもは見るでありましょう。その時、いまだかつて思いもかけなかった祈りの応答が可能であることがわかります。

「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです」と記されているのです(ヨハネの第一の手紙5・14〜15)

使徒ヨハネは自分の祈りの経験と読者たちの経験から、もし私どもが神の御心に従って祈れば、求めた瞬間に私どもが祈り求めているものを既に得ているという事実を立証しました。それはこのように天より私どもにただちに与えられます。求めている間はそれがいつ来るかハッキリわからないが、しかし神の御手によって神を知った者は、それをいっさい神の御手にゆだねることを学び、またその応答が即時にしろ、おそいにしろ、どちらでも同じように幸福に暮らすことを学ぶのです。

(『祈り』O.ハレスビー著東方信吉・岸千年訳144〜145頁より引用。※昼間の集会は「主のために生きる大切さ」という題で、ローマ6・12〜22、7・14をもとに語られた。深い、密度の濃い内容で何度も聞き直さないとわからないと思った。夜は「主は支えてくださる」という題だったが、詩篇37・23〜24を中心に①主の記述②主の目標③主の方法④主の喜び⑤主の預言⑥主の保障⑦主の力の7つに分けて話されたが、試練の中にある私たち家族が必要としている内容だった。明日から少しずつその聞き書きを載せたいと思う。この日、昼間と夜の集会の間には、場所を移して96歳で召された方の納骨の集いがその方のご長男のご家庭で行なわれた。なお、次回の家庭集会は7月の予定である。)

2013年6月7日金曜日

ツェラーの祈り

今にも飛翔するカミキリムシ※
私は祈る時、もっと感情的に、またもっと熱烈であったたくさんの人の祈りを聞きましたが、彼のように祈る人を聞いたことがないといっても私が誇張しているとは思いません。ツェラーは逆に祈る時非常に静かで確信をもっていたのです。彼は神をよく知っていましたので、確信していたのです。

彼のように神に多くを期待して、自分の祈りにほとんど期待しない人を聞いたことがないと思います。彼は必要なものを神に告げただけです。その他のことは神が配慮してくださることを彼は知っていました。彼の祈りは、あたかも神が一番前の腰掛にすわっておられ、ツェラーはその前に立っているかのように、神との敬虔な、しかし自然の会話でありました。

私どもが朝の祈祷会に集まった時ツェラーは祈ることをたくさんもっていました。第一に私どもの交わりについて、次に老いた弱い病人全部のいる病院全体のために、最後に彼にとりなしの祈りを依頼した手紙を送ってよこしたいたるところにいる病気で不幸な人々のためにいのりました。多くの手紙がノルウェー、スウェーデンを除く欧州各国から彼のところへ来ました。

このように彼は、毎日多くの人のために、多くのことのために、祈ったのです。しかし、彼の祈りを聞いた時、私はひとりごとを申しました。

「彼は結局たった一つの祈りをしている、すなわち、神のみ名のあがめられるように」と。

たびたび彼は奇跡を祈りました。しかし「もしそれが主のみ名の栄光となるならば」と付け加えずにはおかなかったのです。あるいは即座のいやしを祈ることを恐れませんでした。しかし、いつも上に述べた条件をおいたのです。

彼は決して神を指図しあるいは神ご自身のお約束によって神を強制するということはしませんでした。奇跡をあらわす祈りはツェラーにとっては苦難を避けるための道ではなかったのです。それはただ神のみ名のあがめられるための手段でありました。

そういうわけで、彼はたびたびこう言っていました。「もしもっと神のみ名をあがめることになるならば、彼らをもっと長く病床においてください。しかしみ心ならばその病気を通してあなたのみ名をあがめる力を与えてください」と。

また彼はそのように他の人のために祈るばかりではありませんでした。他人の治癒のてだてとなった彼は自ら危険な内部的疾患に犯されていたのでした。それはやがて自分の苦しい死の原因となるかも知れないのです。彼はその病気によって神をあがめるように召されていることを知っていました。

(『祈り』O.ハレスビー著 東方新吉・ 岸千年訳144〜146頁より引用。彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。 わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、わたしの救いを彼に見せよう。詩篇91・14〜16※昨日知人宅の玄関先でカミキリムシを見つけ、そのまま自転車のかごに乗せ、家に持って帰り、昆虫の大好きな孫に見せるために写真を撮った。バックはやはり自然がいいと思い、庭に放ってやったら、しばらくして飛翔した。)

2013年4月5日金曜日

胸いっぱい、神を「経験」する喜び

何たるつぼみ、全地球に何と数多くの新生命が芽生えていることよ、神を怖れよ!
つぎに神は、おののいている魂をとって神のひざにのせ、神の永遠のみうでで彼をいだき、痛んでうれいている魂にささやきたもうのです。「あなたは今、私の子どもです。恐れることはない。かつては恐れおののく理由をもったのだが、今はないのです。あなたは罪に死んだのです。そして私は、生命において、死において、またさばきにおいてあなたを助けるために生きているのです。私の恵みは、あなたにとって十分です。それ以外何もいらないのです。私はあなたの友また保護者です」と。

驚いている罪人は、このことをすぐには、つかまえることも、理解することもできません。罪人は、神のひざの中にすわって涙を流して泣くのです。時々、この人はほのかな光を見ますが、たいがいは、この人の目にとって何もかもくらやみです。しかしながら、アサフに真であったと同じように次のことは彼にとっても真であります、「この身とこの心とは尽き果てましょう。しかし神はとこしえに私の心の岩、私の分の土地です」(詩篇73・26)。どのようなことが来ようとも、真剣な祈りと告白の中で、この人は神にすがるのです。

そこで次のことが起こるのです。

上からの光が、魂のやみの中にさしこみます。この人は、天のかがやく光の中ですべてのことを見るのです。イエスはこの人の罪のために死にたまいました。この人は神の子です。救い主のほかには何もいりません。それはこの人の心が、喜びにはりさけたかのようです。罪人を救うすばらしい神に感謝をし、賛美と喜びの歌をうたいます。

今や、神を愛するようにこの人に告げてやる必要はありません。この人の魂は神に対して感謝にみちた愛でいっぱいです。霊的に言えば、ちょうど小さい子どもが、長い旅から母が帰った時、母の首をうでで抱きかかえるように神に近くからだをよせるのです。 (中略)

なぜでしょう。子どもは、母とともにいるように母から生まれているからです。神から生まれたものもみなそうなのです。神とともにいるように神のところへ生まれたのです。いつも神と語ることができなくても、神のいましたもうところにいる時幸福に感じるのです。ちょうど子どもとおなじです。おしゃべりやひとりごとが上手でも、子どもは、のべつまくなしに母親に話しかけていることはできません。

キリスト信仰のほんとうの中心と秘義は神経験です。人が、ただ神について考え、神を仮定し、神を求めて神に達しようとする間は、神に対する関係は、主として、理論的なまた実際的な問題の混乱でありましょう。しかしながら、人が神を経験するその瞬間から、このことはみな全体的に変えられるのです。パウロは、これを次のようなことばで言い表わしました、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(2コリント5・17)。

このことは問題の性質そのものにあるといってもよいでしょう。私どもは、神を経験し神の前で生活をいとなむように造られています。そして、神とは私どもが神を経験さえするならば、私どもの生活の中の他のいっさいは、適当に方向づけられるようなおかたなのです。というのは、私どもの心は正しくせられて、そのことが生活関係のすべてのことにおいて正しい態度をとるのに必要な条件を私どもに与えるからです。

神は私どもの心をとらえてこれをにぎりしめ、このようにして私どもを神に結びつけたもうようなおかたなのです。私どもは、自分にいっしょうけんめいになる代わりに神にいっしょうけんめいになるのであります。私どもに対する神の愛が、読んだり、聞いたり、話し合ったりしたようなものだけでなくて、私どもが経験したものとなるとき、それは、私自身の魂を満たし、魂に新しい内容を与えるのです。私どもはまた、罪に対して新しい関係にはいるのであります。

(『私はなぜキリスト者であるか』132〜136頁より抜粋引用。「私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔い改めます。」ヨブ42・5〜6)

2013年4月4日木曜日

「新しい誕生」「第二の誕生」という奇跡

クリスマスローズ by Kazuko.Y
あなたは、神の奇跡によってのみキリスト者になることができるのです。イエスはこの奇跡を新しい誕生と呼びたまいます。これは神の生命であり聖なる、あの生命が超自然的に与えられることを意味するのです。罪におちいることによって人類が神との生命的な関係を失ったので、私どもは私どもの肉体の誕生で、あの生命を受けていなかったのです。

この超現世的なあるいは天的な生命は、御子を通して神によって今一度私どもの地上にもたらされました。今や福音を聞く者はみな、望みさえすればその生命にあずかることができるのです。しかしそうするには第二の誕生を経験しなければなりません。

その奇跡はこれなのです。神は内において私どもを新たに造りたもうのです。神は私どもの内に新しい心を造りたまいます。私どもはもう一度、神と神の意志を喜ぶのです。道徳的戒めは、もはや私どもが聞きたがらない、あるいは、精々いやいやながら服しようと思う良心の上に与えられる要求ではありません。それどころか、これらは生命の律法と歓喜、つまり私どもが内的な願いと喜びとをもって完全に行なおうとする律法となったのです。

私が話したいのはこの奇跡です。

もちろん、何びとも奇跡を理解することはできませんし、したがってそれを説明することができないことを知っています。また、これは私が考えていることではありません。しかし、神が私どもの心の中に新しい誕生の奇跡を行ないたもう時、私どもがもつ経験について簡単にお話したいのです。

罪人が神の前に立っているのをごらんなさい。その人は、自分の心の状態を見たので、神を愛せずまた罪をにくみもしないことを経験から知っているのです。この人はまた、自分を回心させようと懸命にやってみたのでした。それは、この人が自分の心を変えようとしたということです。というのは、もちろん回心は心の変化だからです。この人は、このことに成功しなかったのであります。

この人は、心の全精力をもって神を愛するようやってみました。しかし正直のところ、毎日そうしようとつとめても、聖書を読むことにつかれたことを認めなければならないのです。祈りがなければ何もかも失われることを知っていますから毎日祈るのですが、祈ろうとする願いをもたないことをまた認めざるをえないのです。

さらに、罪を愛していることをこの人は認めざるをえません。事実、自分自身に次のように言い聞かせるのです。「有害な結果をひきおこさないで罪を犯すことができさえすれば、私が愛さない罪が一つだってあるだろうか」と。

この人は、今や何をすべきかを知るのに途方にくれる点に達したのです。そこで絶望しながらも、非難の打ちどころもない正直さで、恐ろしい真実の全体を神に告げるのです、

「愛しまつる神よ、私が罪を愛すること、またこの罪深い愛を克服することができないことを、あなたはごらんになっておられます。また私があなたを愛さないことをごぞんじです。あなたが近くにいますとき私はおののきます。またあなたが遠くにいますとき、私はあなたに対して無関心です。私はこれを変えることができません。あなたがお助けくださらなければ、私は永遠に滅びます」

と。

そこで奇跡は起こるのです。

神は、この罪深いみじめな者をどろ沼から引き上げてご自身の血で白くなるまで洗ってくださるのです。聖書の豊かな生き生きとした比喩を使うことをお許しく ださい。神は天の書物を開いて、そこにしるしてあるすべての罪を一つ一つ消してくださいます。神は罪を海の深みへ捨て去って、それをもはや記憶なさいませ ん。そこで神は生命の書物を開いて、その罪人の名を他の神の子どもたち全部の中に入れたもうのです。

(『私はなぜキリスト者であるか』129〜131頁より引用。「自分のそむきの罪を隠す者は成功しない。それを告白して、それを捨てる者はあわれみを受ける。」箴言28・13)

2013年3月12日火曜日

うたがいから信仰へ(8)

彦根城西の丸から琵琶湖および湖北の山々を眺望する
「絶対者と面接するとき、人が行なうべき唯一のことがあります。無条件の服従に身をなげ出して絶対の信頼をするということであります。真剣な祈りの中でキリストについての新約聖書のあかしを研究したすべての人はこのことを知っています。このようにキリストが私どもから得る信頼こそ、キリストが語りたもうことに私どもがたよることをあたりまえのことにするのです。(中略)

『神の前では、私どもは、いつでも誤っている』ということばでゼーレン・キルケゴールが表現する事柄を私どもが経験したならば、その時、私どもの真実の主としてキリストを知るのです。またキリストに身をなげ出すことは、私どもを発育のとまった意気地のない存在者にするのではないのです。反対に、無条件的な信頼と服従の中でキリストに身をなげ出すことを許される内的解放を経験するのです。私どもがキリストに全心的に保留なく身をなげ出せば出すほど、私どもはますます私ども自身を見いだし、自身の姿を保つことに成功するのです。」(『私はなぜキリスト者であるか』42〜43頁)

私自身、神の存在をはっきり証明されれば信じてもいい、とどれだけ願ったでしょうか。しかし事はそのようには運びませんでした。ある時、神学生の方にどうしても信じられないのだと苦渋を訴えました。そのとき、その方は私に一つのみことばを紹介してくださいました。

(この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、)宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。(新約聖書 1コリント1・21)

私は自身の願望は空しいものであることを、このみことばをとおして知らされました。またそのころむち打ち症を患って電車で時間をかけて足利から保谷市までカイロプラクティックの治療に向かったことがありました。その治療をしてくださった方はカナダ出身の女性の老宣教師でした。私は思いあまって彼女にもみことばの助言を求めました。その時彼女が間髪入れず示してくださったみことばは以下の言葉でした。

主を喜ぶことは、あなたがたの力です。(旧約聖書 ネヘミヤ8・10)

私にとって主を知ることが永遠の課題であり、そちらに向かって何とか手がかりをつかもうとしていたのに、はじめて「主」を「喜ぶ」ことこそ肝要なのだと、いきなり有無を言わせず、ドンと肩を圧されて主の前に出された思いがしたのです。そうしていつの間にか、キリスト信仰は、私の認識の問題でなく、私自身がわからないながらも主を、直接聖書のことばをとおして信じ、体験していく道へと歩みはじめたのです。

こうして私はハレスビーの前掲の表現を借りるなら「無条件的な信頼と服従の中でキリストに身をなげ出すことを許される内的解放を経験」していくようになるのです。

2013年3月11日月曜日

うたがいから信仰へ(7)

天秤櫓と廊下橋(彦根城内)
表題のテーマはO.ハレスビーの著書(『私はなぜキリスト者であるか』の内に収められているもの)にちなんだものであり、彼の論考に添い、できるだけ私自身の経験も吐露しながら、引き続いて考えて行きたいと思います。

祈りとは目に見えない神に語りかけることです。そのことばは空しくこだまするだけのものでしょうか。

「私は、きわめて熱心に祈った。私は、私の母が、死と戦っていたときに、私の子が苦しんでのたうちまわっていたときに、神に叫んだ。私のなやみの中で、私は、神いましたもうことと、私ども人間が祈るとき、神はきいて、答えたもうこととを確かにするために、神が干渉なさってあの人たちを苦しみの中から、また私を疑いの中から助け出したもうように神に叫んだ。しかし答えはなかったと。またそれにつけ加えて、それは私の一生のうち最大の失望であった」(同書31頁)

彼はこのような気持ちははじめて神に向かおうとして祈ろうとする人々の共通意識であることを認めます。その上で、「人の心の中には、神が造った空洞がある。その空洞は創造者である神以外のものによっては埋めることができない」(パスカル)という人だけが持つ霊的存在という性質に着目し、彼自身が祈り始めた経験をさらに次のように述べています。

「私が祈り始めた時とった態度を、今、ご注意ください。第一に、私は、神の側での祈りの応答を信じませんでした。気まぐれな個人が、時に神に求めるような事柄に、神が心をとめることができたり、心をとめようとしたりする可能性そのものを私は否定しました。私は心の中で永遠者に向かってのぼる純粋に主観的な運動のほか、何をも祈りの中に見ませんでした。(中略)第二に、そしてこの関連では最も重要ですが、私は、率直にまた信頼して、神と語るために神に向かいませんでした。私のこの世的なまた利己的な生活をやめることが、私の志では決してなかったのです。反対に、祈ろうとする私の企ては、私の良心の多かれ少なかれ、明らかな呵責にわずらわされないで、私のこの世の生活をつづけられるように平和と安楽を見つけようとする半意識的あるいは無意識の努力でした」(同書34〜35頁)

聖書には「彼らは木に向かっては、『あなたは私の父。』、石に向かっては、『あなたは私を生んだ。』と言っている。実に、彼らはわたしに背を向けて、顔を向けなかった。それなのに、わざわいのときには、『立って、私たちを救ってください。』と言う」(旧約聖書エレミヤ2・27)というみことばがあります。ハレスビーが「率直にまた信頼して、神と語るために神に向かいませんでした。私のこの世的なまた利己的な生活をやめることが、私の志では決してなかったのです」と言っているのは上の聖書中の「わたしに背を向けて、顔を向けなかった」と同じことではないかと私は思います。

結局彼のこの祈りは成功しなかったと、彼は言うのです。 神との真の交わりを経験するためには、すなわち「うたがいから信仰へ」と一歩踏み出すためにはどうしても各人がルビコン川を渡らねばなりません。賽は投げられなければなりません。しかし人はその決断を渋り、それゆえに信仰への道を踏み出すときの大きな言い訳として、再び自己の理性の牙城に閉じこもり、永遠に懐疑者の道を歩み続けるのです。

私自身、何度もこの「優柔不断」を経験させられました。しかし、主のあわれみにより、懐疑者であることから離れて、今では主の城門の内に入らせていただいているのです。

信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。(新約聖書 ヘブル11・6)

2013年3月9日土曜日

うたがいから信仰へ(6)

三須臾 鳥啄(ついば)みて 我カメラ
O.ハレスビーが信仰を持てそうもない懐疑者に勧めたのは、まず新約聖書を読みなさいという勧めでありました。イエス在世当時以来、今日まで人々にあるのは主なる神様に対する懐疑心であります。人が考えることと神さまがなさることとはスケールが違うので、自分の尺度で考えればつねに疑問があるのは人間の自然の性質として当然であり、そのこと自身は何ら怪しむべき事柄ではありません。今は何ら抵抗感無く、聖書を読んでいるひとりひとりも最初からそうであったのではありません。これは100パーセント保証できる事実です。

それではそういうひとりひとりがいつの時点から聖書を疑わずに読むようになったかと言えば、前回指摘しましたように、自らのうちにある真実な姿と、イエスにあらわれた真実を自らのうちに体験することであります。今週学校時代の友人の大学卒業アルバムを拝見させてもらったとき、その大学の学長さんが自らの写真の下に、小さく「外なるもの汝を汚すに非ず。内なるもの汝を汚すなり※」と書かれていました。私の友人はそのことを意に留めていませんでした。しかし、このことばはまさしくイエス様が言われたことばの引用です。

しかし、O.ハレスビーはさらに一歩前に進み、次のように勧めます。

「私の次にさしあげる小さな忠言は、これです。神に祈りを始めなさい。新約聖書を読み始めると同時に始めなさい。しかし、祈りの価値を疑います、とあなたは言います。わかっています。しかし、それでもなお、お始めなさい。(中略)

祈ることは率直にまた信頼をもって神と語ることです。あなたが一介の懐疑者であっても、どうしてそのことができないのですか。あなたは人間と話します。いと高きお方なる神とどうして語らないのでしょう。神は見えないのです。それはほんとのことですが、人間の中にある真の人格はまた見えないのではありませんか。あなたの目に見えるものは、からだだけです。人間は内的実在をもち、信仰によってその実在者と接触をうちたて、こうして自分の存在を確かにするのだということを信じなければなりません。

わかりました。だが私が祈るとき、なんと言うのでしょうか、とあなたは問うておられる。あなたは、神と率直に、また信頼をもって語るべきです。ですから、あなたは神について疑いをもっていること、また祈りを信じていないという事実を神に告げてお始めなさい。あなたの疑問が除かれて、神を確信し、神があなたの祈りをききたもうことを確信することができるように、あなたに近づき、あなたと語りたもうよう神に願いなさい」(『私はなぜキリスト者であるか』29〜30頁引用)

私自身、現在の住んでいる場所に縁ができたのはキリスト信仰との関係ですが、そのもっとも初期の頃、この町の駅頭にある中華そば屋さんの店内でひとりで食事した時のことは忘れられません。そのとき、私は周りの人がいるのに、一人で主なる神様に祈ってから食事をしようとしたからです。その時、不思議なことですが、目を開けて気づかされたことは、まわりの人々が家族や友人たちと楽しげに食事している姿が、急に色褪せて見えたということです。それは確かに肉をほうばり、おいしいスープを啜っていても、もしその人が生けるまことの神様との交わり(祈り)がなければ、それはただからだが動いているだけなのじゃないかという新しい発見でした。

目に見えない神さまと今自分がそんなにしげしげとお話しているわけではありませんが、少なくとも、私自身はやはり新約聖書を読みながら、祈る者と変えられていったことは知らず知らず懐疑者から信仰者へとギアチェンジがなされていくときの大切な経験であったのではないかと思うのです。

(※この方は渡瀬譲氏でその略歴は異色を極めているが、少なくともこのことばを大学の卒業アルバムに書かれたと言うことは知る人ぞ知るの世界ではないかと思います。参考までに聖書のことばを書き写しておきます。「イエスは言われた。『あなたがたまで、そんなにわからないのですか。外側から人にはいって来る物は人を汚すことができない、ということがわからないのですか。そのような物は、人の心には、はいらないで、腹にはいり、そして、かわやに出されてしまうのです。』イエスは、このように、すべての食物をきよいとされた。 また言われた。『人から出るもの、これが、人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。』」マルコ7・18〜23)

2013年3月2日土曜日

うたがいから信仰へ(5)

いつの間にか、こんなにきれいに、花を咲かせてきましたよ。
ここで私がどのようにして新約聖書を読めるようになったかの証をさせてください。実はくわしいことはわからないのですが、ハレスビー自身もノルウエーという日本に比べればはるかに福音の満ちている国で成長しましたが、遅くまではっきりとした救いの確信は持てなかったようです。おそらくそれが彼にこのような本〈私はなぜキリスト者であるか〉を書かせた理由でないかと私は勝手に想像しています。彼の求道の歴史はある点で私が理解できるものでした。それはやはり新約聖書の奇蹟に富む記述がつまずきだったからです。

しかし、私にはいつの間にか、そんなことが少しも気にならなくなったのです。それは聖書全体がわからないでいたのですが、その中に書かれているほんのわずかなことばをどういうわけか自分が信頼し始めたことによるようです。たとえば次のようなイエスが語ることばが私の心の中にはっきりと座を占めたのです。

「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(新約聖書7・37〜38)

 当時(20代半ばのころ)、もちろん今もそうなのですが、私は人を愛することができない、また人の前で素直になれない悩みを抱えていました。自分がどうしてもありのままの自分でなしに、取り繕うとして顔がこわばるのです。また自分よりもすぐれた人を見るとその人に対してライバル心を感じてしまうのです。そんなおりだったのでしょう。このみことばがすっと心の中に入って来たのです。私の内側には何にも人を愛する思いはない。しかしここにイエスを信じる者は、そのような私の汚い心を越えたもっと奥深いところから、こんこんと尽きない泉のごとき愛が流れ出て来る。その愛を主は下さる。その愛をもって人を愛することもできるのだという喜びでした。

そしてこの短いことばの中に、すでに矛盾を感じていました。これは聖書の中の一節だのにどうして「聖書が言っているように」と言えるのだろうかと疑問を感じたわけです。けれども聖書をとおして語りかけて来る圧倒的な主の愛が私に臨み、そんなことはどうでもよくなりました。そしてその疑問も信ずるうちに聖書自身によって答えが与えられたのです。ここでイエス様が言っておられる「聖書」とは人としてのイエス様も知っておられた「旧約聖書」のことを指しているのだと後にわかるようになったからです。

さらにずーっと後に、それは何年もしてからですが、この聖書のことばの続きに書いてある次のみことばにも目が開かれるようになったのです。

これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。(ヨハネ7・39)

すなわち、信ずる者の内に住んでくださる御霊の存在でした。こうして一事が万事、わからない、それこそ超自然的と思われることがらも自分とイエス様の関係がしっかりして来るに連れて徐々に疑問は疑問としてありながら、何年か経つといつの間にか理解できるように変えられているのです。それは不思議なことです。

ハレスビーはこの本の最初の方で懐疑者に対して、あなたのもつキリスト信仰に対する懐疑は 「論理的な議論によっては克服できない、ただ体験のみによってできる」(同書24頁)と言っています。昔の記憶ですが、内村門下の経済史家であった大塚久雄氏がキリスト信仰は「実験」であると言っていた覚えがありますが、同様のことを指しているのではないでしょうか。

とにかく新約聖書をだまされたと思って、わからないところは飛ばして結構ですから、読み続けてください。世の宗教(仏教だけでなくキリスト教もふくめてです)が与えるものと全く異なるイエスの与えるいのちがお読みになる皆様の心にきっと流れ込んで来ると私は確信します。最近つくづく聖書は「宗教批判」の書だと確信するようになってきました。

(聖書をお求めの方は直接下記のサイトでお問い合わせください。送料は別ですが、聖書そのものは無料で提供されています。http://www.christ-shukai.net/ )

2013年3月1日金曜日

うたがいから信仰へ(4)

年少の友が闘病中の方に進呈された油絵
(画面上の左上の白線は蛍光灯の反射)
左の油絵は今週火曜日の葬儀会場に掲げられた一枚の油絵である。この2月22日に召された方が病床でつねにこの絵を眺めイエス様が再び迎えに来てくださることを今か今かと待ち焦がれて過ごされていたとお嬢様がご遺族のご挨拶のおりご紹介くださった。

私も召された方とはお元気な時に二、三度ご一緒に食事をさせていただき、親しいお交わりをいただいたことがあった。昨年にはご主人が先に天に召された。相次いで天に住まいを移された方のご葬儀であった。

私は仲の良かったお二人の姉妹に月並みとは言え、お妹さんお姉さんが(三人姉妹の真ん中の方であったので)召されてお寂しいでしょうね、と申し上げたら、「いいえ、ちっともさびしくありませんよ。私たちもすぐに行きますから」と屈託なく笑顔で答えてくださった。こんな会話は恐らく主を信じておられない方には不可解に映ることであろう。

しかし、それもこれも死を超越される「わたしは、よみがえりです。いのちです。」とおっしゃるイエスのなせる奇跡の一つではないだろうか。イエスという方がどんな方であるかは四つの福音書が丹念に記録している。先日ある方が談たまたまお坊さんはお経を読むけれどその意味がどんなものか信者は知る必要があるのではないか、それも知らないで闇雲に信心しているのはどうかと思うと言われた。全くもってその通りだと思う。そこへいくと、聖書信仰は全くそれとは異なり、じっくり書かれていることを読み、自らの立場を鮮明にする(ある場合には自らの罪があぶりだされる)ことにある。この上は、イエスの存在を否定する方が是非直接聖書をひも解いて自らの目でイエスを判断されればどんなに素晴らしいことかと思わずにはおれない。

昨日述べたようなことが一私事であり、私一人のお粗末な生活内容であるのなら良い。しかしイエスは人の心を全部見抜いておられる方である。その方が人は「悪い者」だと言われることだから、大なり小なり人の心には自我が渦巻いており、利己的であることはどんな立派な方も否定はなさらないのではなかろうか。問題は人がイエスという方をどのように見るかである。続いて語るハレスビーの言に耳を傾けていただきたい。

「あなたが、今新しい目をもって見ておられることは、イエスがその全生涯の中で、他の人々にしてもらいたいと思うことをその人々になさったということであります。イエスはその全生涯の中で、実際このことに生き抜かれたのです(※1)。イエスはこれを行ないたもうたのでした。そのことについて語られただけではなかったのです。

イエスは、歴史に知られている最も気高い人物であることを、あなたは以前から知っておられました。だが、そのことは実際あなたにさほどの印象を与えなかったのです。他面、今あなたはイエスのこの面を評価する道徳的資格をもっておられます。(中略)

あなたご自身が、人にしてもらいたいと思うことをその人々にしてやろうとして、ただの一日だけでもそうすることに成功しなかったとき、あなたはこう自問なさる、『結局、全生涯を通じてこのようなこと自体を—そのほかに生き方がないかのように、一つの踏みはずしも誤りもしないで、自然に、また、あたりまえのようにすることができたイエスは何者であったか』と。

あなたは今、イエスの人格の中で奇跡的なものを経験なさる内的資格をもっておられるのです。イエスの真に奇跡的な面、真に超越的な面は、絶対善の彼の心であります。ここにあなたは、超自然的なもの、絶対的なものと顔を合わせられるのです。あなたは、私どもの宇宙におけるいちばん類のない奇跡について、内的な直接的な確証を所有しておられるのです。(中略)

いつかはフィンマーケン(※2)の果てにすわっていながら、オスロ—の教会で守られている礼拝を聞くことができるだろうと、一世代前にだれかが言ったとしますれば、そのようなことは道理に合わないし考えられないと言ったでありましょう。今日では、それが不可能などとは何人も言わないのです。

私どもの心は、基礎となる経験をもたない間は万事考えられないものを宣言することは強要せられるように感じるものです。しかし、私どもの心が事実を経験するとすぐさま、私どもの知的な基礎全体が変えられて、矛盾と不合理性とが消え去るのです。(中略)

根本的であるイエスの奇跡的な面、つまりイエスの内的なものは、私ども皆の内的なものとは異なっていること、イエスはご自身の倫理的性質によれば、他の全部の人々とは本質的に異なっているということをあなたが経験なさったなら、イエスの生涯と人格の他の奇跡的な面について新しい立場に達したのです。」(『私はなぜキリスト者であるか』23〜27頁より飛び飛び引用)

(※1聖書を読みますとイエスが全く私心のなかったことが判明します。「子は、父がしておられることを見て行なう以外には、自分からは何事も行なうことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行なうのです」ヨハネ5・19とイエス様は言われました、だから人にできないことがイエス様はできたのです。※2フィンマーケンhttp://www8.ocn.ne.jp/~hatt/norway_rel96.jpgはノルウエーの北極圏に属する地方名です。ハレスビーは1879年生まれ1961年没のノルウエー人です)

2013年2月28日木曜日

うたがいから信仰へ(3)

昨日は今年3回目の家庭集会※
あれは、結婚して長男が誕生したころだったと記憶する。足利市の松林が生い茂る静かな環境に位置した県営住宅に私たちは居を構えていた。その家内が妊娠初期にそれと知らず、近くの行道山に山登りをしたために具合が悪くなり、その後何日間か絶対安静を命ぜられた。生まれて始めて、他人(家内)の身辺の世話をした。信仰を持ち、新婚早々だから苦にはならなかった。

ところがお産のあと家内の世話に義母がかけつけてくれた。その時、私の内に、家内が何気なく義母と話しているのに、私が二人からはじかれていると思い込み、言い知れぬ嫉妬心がムラムラと湧いて来た。それは自然人としての幼すぎる私の感情であった。私はうろたえるばかりであり、その思いを押さえることができなかった。これから何日もこの義母がいるのはありがた迷惑とばかり、二人から離れたくなり家を出てしまった。くわしいことは覚えていないが、その行動で困ったのは何の責任もない家内と義母であった。私は自己の内側に起こっている感情を正直に言うこともできず、ごまかして何もなかったかのように家に戻り、何とか聖人君子として表面を装ったように思う。

どうしてこんな他愛もない私事を書く気になったかと言うと、昨日の

「それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。(マタイ7・12)」

という、みことばの実践に関わる隣人を真に愛することの失敗の一例になるのではないかと思ったからである。O.ハレスビーはそのみことばが実践できない人間の本来の性質を6段階にわけて考察しているが、このことを実際に実行しようとしてみても不可能なことを経験するだろうと順を追って述べる。そして、その後半で次のように語る。

「第五に、あなたは利己主義のただ中で、あなたはどれほど不誠実であるかを経験なさるでしょう。あなたは利己的ではないのだと人々に信じさせたいとせつに望むのです。人々があなたを誤解して、あなたは自己犠牲の行為をしているのだと考えるとき、・・・あなたは喜ぶのです。あなたが利己的な悪い行為をして、それを人々が知るようになったとき、あなたはなんとかしてあなたの行為を見上げたものに見せようとしたり、あるいは、そのことを利己的な理由でしたのではなくて善意をもってしたのだとか、風向きが悪くなると、あなたがそれを愚かさあるいは思慮のなさの中でやったのだと、人々を信じさせようとしてその言いわけをしていることを知るのです。あなたが利己的であったことを認めることは、あなたが愚かであったことを認めるよりもあなたにはもっとつらいのです。

第六に、あなたはご自分に対して誠実でないことを体験なさるでしょう。あなたが今気づきはじめなさることはまた、事実よりももっとりっぱな光の中で、ご自分の行為をご自分に説明してきかせようとしていらっしゃるということです。ご自分の悩んでいる良心を平静にするために、たくさんの技巧や細工を用いなさるのです。 (中略)

これらの簡単な、しかも根本的な道徳的経験をおもちになるならば、「あなたがたも、悪い者ではあっても」(ルカ11・13)ということばで、慎重に私どもの特徴をえがき出しておられるとき、イエスのおっしゃることは正しいんだということを、あなたはご自分で悟られることになるのです」(『私はなぜキリスト者であるか』21〜22頁)

主イエス様は、どんな人に対してもそのまま「わたしのところに来なさい 」(マタイ11・28)と手を差し伸べておられる。私が42年前のことを急に思い出したのは、それまで家内の世話を献身的にしていたように見えたとしても、たった一遍の自分の思い(嫉妬)を主イエス様のところに持っていかず、家を出て、ごまかし闇に葬りそのままにしたことである。葬り去るのではなく、そんなことはそもそも人間にはできない(現にこうして私はO.ハレスビーの書物を通して鮮明に昔の罪を思い出しているからである)ことを悟り、正直にイエス様の御前に出て罪を悔い改めることであったと思う。まことに

人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。 わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれその生き方により、行ないの結ぶ実によって報いる。(旧約聖書 エレミヤ17・9〜10)

人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。(マルコ7・21)

(※昨日の家庭集会〈引用聖句2テモテ4・6〜8題名栄光の冠を受けるには〉にも主イエス様を求めて遠方から来られた方がおられた。そして喜んで帰られた。主イエス様はうたがう者を信仰を持つ者へと変えてくださる方である。次回は3月13日(水)14:00からである。)

2013年2月27日水曜日

うたがいから信仰へ(2)

スイス・レマン湖 by Nobuo.Y
私が10代後半に友人からキリスト信仰を紹介されたにもかかわらず、即座に否定したのは、科学という絶対的な真理を盾にしたものでした。もし神が存在すると主張するなら、神の存在が誰にでもわかるように証明できるはずだ。それができない限り信じられないというものでした。しかし、今にして思えば、その立論の奥にはどうしても崩されたくない自我があったことに思い当たるのです。したがって、昨日の最後のみことば「彼らは理由なしにわたし(イエス)を憎んだ」は私にとっては大切なみことばです。なぜなら、私は意識していなかったのですが、まるで自らを理性の王者であるかのように客観的であると自負していたのですが、真相は心の中には様々な問題を抱えていながらイエスを憎んだとしか言えないからです。

O.ハレスビーはそういう私のように懐疑するために懐疑している者でなく、確信が持てず何とかキリスト信仰にたどり着きたい人のために、まず新約聖書を読むことを勧めています。そして次のように言っています。(実は私自身も後に、いつの間にか、今度は婚約者からキリスト信仰を勧められ、聖書を不承不承ひもとかなければならなくなっていたのですが)

「あなたは、聖書の超自然的な起源に疑問をもたれ、同様に、新約聖書の中の奇跡の記事の大部分、おそらくその全部に疑問をもたれると、私はまず考えるのです。それにもかかわらず、新約聖書をお読みなさるようお願いします。(しばらくの間あなたの知性にあまりにいやな気を起こさせるものを読むことを省きなさい。残るところを読みなさい。それは、あなたをうたがいから引き出し、キリストについて、またキリストについての聖書のあかし全体についての個人的な確信に入る助けを与えるのに十分なのです。)

イエスは、ご自分に関する大小幾多の教理を受け入れたり、前もって承認したりするようには聴衆に要求せられなかったのです。イエスは、むしろ、彼のもとに来て、その声をきき、彼に従うように人々にすすめをなさったのです。

どういうことが起こったでしょうか。正直にそのことをした者は、みな、イエスを体験して、彼がご自身について語られた事柄の真理であることを、すぐ自分で確信するに至ったのです。その人たちが、体験した事柄、また自分で確信するに至った事柄を後に至って言い表わしたとき、その結果が新約聖書でありました。」(『私はなぜキリスト者であるか』15〜16頁、かっこ内は18頁)

ここで何よりも勧められているのは、ひとりひとりがイエス(の仰せ)のところに出てイエスを体験することが求められているということであります。これが2000年来、変わることのない、聖書が真理であることを納得する道なのです。なぜなら聖書の真理は「体験」をとおして明らかにされる性質を持っているからです。イエスは次のように言われました。

だれでも神のみこころを行なおうと願うなら、その人には、この教えが神から出たものか、わたしが自分から語っているのかがわかります。(新約聖書 ヨハネ7・17)

このみことばは何と適切なみことばでしょうか。絶対的な真理と確信したいのなら、あなたは神のみこころを行ないなさい、とイエス様が勧められているからです。すなわち傍観者、認識者でなく、行為者としての人間という人格を持つ者にしか問われない責任が明らかにされているのです。

それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。(マタイ7・12)

これは私たちひとりひとりに対するイエス様の勧めのことばです。 これは今からでも実行できる勧めです。

2013年2月26日火曜日

うたがいから信仰へ(1)

懐疑者はいつの時代でもいます。現にこの私自身が懐疑者でした。懐疑者には二種類あることを最近『私はなぜキリスト者であるか』というO.ハレスビーの新書版の本で知りました。自己の立場(スタンス)を正当化するためにキリスト信仰を疑う人と、キリスト信仰を求めながらも、確信が得られず相変わらず不安定な精神生活を繰り返さざるを得ない懐疑者があると彼はその本で述べています。

そして彼は前者の人は私の本の対象者ではない、と断ります。しかし、私はこの本を読みながら、自らの苦い体験を思い出しました。それは浪人生活のため京都で下宿した時のことです。その下宿はたくさんの浪人生を泊まらせる専門宿でした。食事時に田舎から出て来て動作ののろい私は、各自が配膳せねばならないのですが、いつもお味噌汁をすくう段になると、先に行った人がすでに具を平らげているので、かすも同然の汁でがまんしなければなりませんでした。それでこれでは身が持たないとばかり、下宿屋さんに文句を言ったのです。それも半べそをかきながら喚(わめ)いたのです。

その時、自らの立場を正当化するために、よくもあんなことを次から次へ言ったかと思うほど、下宿屋さんの「悪政」を糾したのです。その折の主張としてはどうみてもお門違いの議論(おまえは、私の父が結核であることを知っていながら、こんな栄養価のない食菜、しかも商売のためとは言え、もともと少ない量を与えてよくもまあー平気だなあー、と)をふっかけたのです。それをどこかで聞いていたんでしょう。同宿人の三重出身のY君が「わしもまったく同感だ、こんな下宿屋は一時も早く出てしまおう」と言って、すぐ別の下宿先を見つけてきてくれました。だからその下宿は一月しかいず、その後半年ほどいることになる大徳寺の某塔頭にお世話になりました。打って変わって(お寺であるのに)、肉類が豊富に出て二人ともすっかり満足したのです。

そもそも自宅浪人のつもりでいた私ですが、わざわざ京都にまで出て来た理由の一つに、恥ずかしながら、父親が結核なので罹患を恐れての行動がありました。しかもその父親のスネをかじっているのに、予備校の授業はおもしろくないとばかり行かずに、自らの力を過信し、大学入学後の夢ばかり描いて、結局はろくに勉強もせず、目的の大学に入れませんでした。

このような私にキリスト信仰を勧める友人がいなかったわけではありません。しかし、彼が勧めても、頭から聞く意志はありませんでした。土台、キリスト信仰を受け入れるには余りにも天と地ほどの開きがあったのでしょう。自己中心の生活を続けている私には無理だったのかもしれません。ハレスビーのこの本の冒頭に次のような文章があります。

疑う者に二種類あります。第一に、疑うことの好きな者があるのです。そのわけは、その疑うことが、その人たちを、良心の呵責からのがれさせるからなのです。その人たちは、下品なはばかるところのない罪とか、普通の世俗を愛することとか、外見的な道徳性の自己満足で営んでいる利己的な生活とかを捨てようとしないのです。良心がその人たちをなやますとき、それを平静にするのにその人たちが手にする最善の方法はうたがいです。

このことが、疑うことを貴重な所有物として守り、それと離れようとしない人々を見るわけであります。その人たちは、自分のうたがいを強化する文献を選びます。キリスト信仰にかかわる問題を討論するあらゆる機をつかまえます。討論で、反対者を納得させることに成功しなくても、少なくとも、自分だけはそのたびごとに、信じている反対者を狼狽させて、窮地に追いやることができたといっそう安心するのであります。(『私はなぜキリスト者であるか』岸千年訳11〜12頁より引用)

考えてみますと、主なる神様は私が罪の渦中にある、すべての時に様々な形で語りかけてくださっていました。それを私は「うたがい」という形でつねに対峙していたのではないかと思うのです。私にとって次のみことばは真理です。

『彼らは理由なしにわたしを憎んだ。』(新約聖書 ヨハネ15・25)

(カット写真として用いさせていただいたのは『私はなぜキリスト者であるか』の表紙の絵である。この絵がどんな意図で描かれたか、まただれの作品かわからない。しかしよく見ていると、何となくルカ18・9〜14が背景になっていると思う。読者はいかに思われるだろうか?)

2013年2月21日木曜日

良い地は実を結ばせる!

忍耐と 告げるかのよう 三須臾
しかし、良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。正しい、良い心でみことばを聞くと、それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。(新約聖書 ルカ8・15)

私たちは、今日はじめて、神のことばを聞いて救われた人についてまなぶことができるのです(※)。

最初に私たちが教えられることは、救われた人たち、すなわち、良き地は、みことばを受け入れたということです。これが第一歩です。語りたもうのは神であって、その神のことばが人の魂に来るときに、いわゆる霊の目ざめとなるのであります。神から語りかけを受けて、霊の眼が開かれた者は、神に召された人とされるのです。

神のことばをきいて、それに従う者は、新しい人とされるのです。ほんとうに人が生まれ変わるためには、まず神のことばを受け入れ、そして日ごとにおこたらずに祈らなければなりません。

「主よ、私はあなたの御声に耳を傾けていますからみことばをきかせて下さい。私の罪、とが、あやまちを私に悟らせて下さい。あなたが語りたもうときに、その御声を聞きわけるようにして下さい」と。

このようにして日ごとに神からのことばを待つ者には、信仰の実がすみやかにみのりはじめるのです。

その人は最初に、罪の重荷に苦しみ、また悲しみます。次に、過去におかしたさまざまの罪、人に知られた罪や、心ひそかに犯した罪を一つ残らず神の告白します。そうすると、罪深い自分自身が恐ろしくなって来るのです。

自分というものに、自信が持てなくなります。自分という者は、罪を心から悲しむこともできなければ、憎むこともできず、神を愛することも、信じることもできない者のように思われて来るのです。それにもかかわらず、キリストなしには生きることはできないのです。が、人の魂がこのような状態におちいったときに、神のめぐみが授けられるのであります。キリストの十字架のみが、彼らの唯一のさけどころとなるのです。

この信仰の実を結ばせるものは、忍耐であると、イエスは教えておられます。

実を結ぶということは、たしかに、容易なことではありません。なぜなら、信仰の実は、私たちのこの目に見えるものではないからです。

種は人の知らない間に育つものであります。

(『みことばの糧』O.ハレスビー著岸恵以訳2月21日の項より引用。※2/18ルカ8・5、2/19マルコ4・5〜6、2/20ルカ8・14と著者は種まきのたとえについて過去三日間で説明してきた。さて、ハレスビーがどのようにして主イエス様を信じたかを詳しく詳述した本に『私はなぜキリスト者であるか』岸千年訳がある。それを読むと、今日の箇所がいかに彼の体験から来たものであるかがわかる。それにしても最後のことば「種は人の知らない間に育つ」とは言い得て妙である。三須臾もまた連日の寒さの中じっと耐えて、黄色き花を咲かせようとしている。植物のように素直でありたい。)