2013年3月7日木曜日

近江の箱舟(蛇足篇)

五個荘内を走る中山道と川
ところで、湖東地方の公共交通機関である近江鉄道の経営状況はどうなのであろうか。無人駅が余りにも多そうなので、思い切って最寄りの駅で聞いて見た。30数駅ある駅の中で常時社員が詰めていて開業しているのは、彦根、八日市、近江八幡、貴生川など数駅にとどまり、その他は、派遣社員による限られた時間の勤務より成り立っているか、全くの無人駅だと言われた。ご多聞にもれず、会社は赤字だということだ。伝統あるわが町の最寄り駅も今や派遣社員の勤務より成り立っていると知りびっくりした。

私はその方に、でも私にはありがたい電車なのですと申し上げ、日曜、月曜に続き三度目になるフリー切符を購入した。ただ今回は自転車を持ち込んだ。実は、月曜に日曜日に車内で遭遇したあの方の家を探し求めようと思い立ち出かけたが見つからず、この日は五個荘駅から自転車を駆使して再度挑戦しようと思ったからである。

前の日に足を棒にして探し歩いたお家が今度はスイスイと自転車で探せるのだ。そう思うとそれだけで気分は爽快だった。しかし、またしてもそう簡単には見つからなかった。前日、たまたまその町内で出会った郵便配達の方が「信号を真っ直ぐ行って、左側の二階建てのアパートの一階の一番左端だ」と親切に教えてくださった一言が頼りだった。

今回は交番を先ず訪ねたが、すぐ教えてくれると思いきや、個人情報に関わることなのだろう。そうおいそれとは教えてくれなかった。事情を話したらこちらを信用してくださったのだろう。やっと住宅地図で一緒に捜してくださった。ところがアパートなので最後まで確とした情報は得られなかった。ただ前の日よりはおよその場所がわかった。

喜び勇んで捜しにかかった割には、相変わらず捜し当てることができず、諦めて帰るしかなかった。その時、遠くから足のひょろひょろした男性が乳母車を押して来られるのが見えた。あの方かと遠目には見えたが、近寄ってみるとそうではなかった。でも勇気を出して、同じ身体不自由の方だから、ひょっとして名前を知っておられるのでないかと思い、聞いたが知らないと言われる。ただアパートならわかると言われた。その方が指し示された方角のアパートは郵便配達の方が言われた条件にぴったりだ。訪ねてみるとまごうことなく彼はそこにいた。室外から声をかけ来意を告げた。彼はすぐ動けず声だけが聞えたのだったが、言いようもなく嬉しかった。私が彼のベッドまで上がり込み、話するうちに彼の身の上はさらに詳しくわかった。

男所帯で雑然とした部屋に入り彼を心から気の毒にまた愛おしく思った。でも、イエス様はあなたの苦労を全部知ってくれてるよ、立派になる必要もない、お金も必要ない、ただイエス様を信ずれば良いのだよと言って、一緒にお祈りした。最後、彼も大きな声でアーメンと言った。主が私たち二人を合わせてくださり、同じ思いにまで導かれたとしか言えない。ほんの十数分しかお暇(いとま)しないで別れた。私はそれで良しとした。心は不思議な感動で満たされ、夕闇迫る中、家路を急ぐため、無人駅である五個荘駅に急行し、まもなく到着した電車に乗った。

やれやれこれでやっと家に帰れると思ったのも束の間、運転士さんが飛んで来て、自転車は駄目だ、土日ならいいが時間オーバーで駄目だと言う。私は何とか目をつむって乗せて欲しいとひたすら頼んだ。結局私が引き下がるしかなかった。自転車を投げ捨てて、乗るわけにはいかない。ここは自転車で中山道を走るしかないと覚悟を決めた。乗り切る自信はとてもないが、このことは主のくださるもう一つの大切な訓練のように思えたからだ。もう真っ暗な夜道をいつ果てるともしれない自転車による孤独な旅を耐えに耐え家へと帰ったらほぼ二時間近くかかっていた。距離数を調べてみたら13キロあった。

いきなりの遠出ならとても体力は持たなかっただろうが、何しろ前日、彦根城に登り、降りて来ては、五個荘を歩きまわったりしていたので十分ウォーミングアップはできていたのだ。初めは近江電車の運転士さんが粋なはからいをしたと賞賛したが、この日の運転士さんは私の乗車(自転車を持ち込んでの)を拒否したわけで私にはとても賞賛できたものではない、逆に呪いたい思いだった(※)。

しかし、考えてみると、イエス様の用意されている救いの箱舟もすべての人に用意されているが、場合によっては拒否されるということに思い至った。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(新約聖書 ヨハネ3・16)

イエス様はすべての人間の罪を赦すため、十字架にかかられた。何と素晴らしい愛だろう。しかし、その恩恵は信ずる人にしか与えられない。別にイエス様が意地悪されているわけではない。ちょうど運転士さんが精一杯からだの不自由な人を乗せようとされたのは彼の愛のあらわれだが、今回の帰りに私が遭遇した運転士さんは特別私に意地悪したわけではない。ルールに則っての処置だったのだ。うまく表現できないが、世の人はそのことを知らない。知ろうとされない。信じてただ箱舟に入れば良いだけなのに・・・。

(※近江電車はサイクルトレインという企画で自転車持ち込みを認めている。ただし平日は9時から16時までである。乗ったのは16時以前だったが帰りが18時近くになった私の場合その規定を大幅に上回っていたから運転士さんの処置は当然であった。)

2013年3月6日水曜日

近江の箱舟(下)

私たちの交わりを庭の枝枝に宿りながら見ていたムクドリ?
実は、私の近江八幡への遅着はそれはそれで思わぬ展開となってしまった。プライバシーの関係があるので細かいことは省略するが、車で迎えに来て私の遅延を忍耐して待っていてくださった方に開口一番減らず口をたたいたことに起因することがらである。礼拝、福音集会を終えたその日の昼間の交わりの時にそのことが明るみに出された。

キリスト者とは主を心から礼拝する民を指す。しかし、それだけでなく互いに忌憚なく交わることを重視する民でもある。近江八幡でも毎日曜日そのような心からの交わりが食事をともにしながら持たれている。ところが、その日の食事の交わりの中で、私がその方に発した軽いことば・冗談がご当人から問題にされた。そのことを指摘されるまで私は全く気づかないでいたことだった。知らずにその方の心を傷つけていたのだから恐ろしいことだ。

その方から指摘されて始めて自らの非礼を自覚した私は、ただ平謝りするしかなかった。逆にそれを根に持たないでこのような場で公にしてくださってありがとうございますと申し上げた。しかし、それでも何となく事柄が事柄だけに一瞬気まずい思いがその場を支配しそうになった。その時だった。その中で一番若い青年、しかもその方と日頃から親しい青年が一言、「謝ったのだから赦すべきだ」と発言したのだ。まさにタイムリーなことばだった。

「時宜にかなって語られることばは、銀の彫り物にはめられた金のりんごのようだ」(旧約聖書 箴言25・11)

私はこのことをとおして皆の心がさらに一つにされ、高められたのではないかとさえ勝手に思っている(もっともこれもひとりよがりの思いかもしれないが・・・)。そして私たちはみんなで一緒になって二日前に手術された方を見舞うことができ、そのころには私とその方とのわだかまりもすっかりなくなったのではないかと思う。今にして思えば独りよがりになりがちな私には苦い薬だったが必要な訓練だった。

皆さんと別れたあと、近江八幡在住の学校時代の友人が遊びに来てくれと携帯に連絡してきた。私は普段はこちらにいないので誰かこちらの方も一緒のほうがいいと咄嗟に思った。それで様々なことを考えた末、ここは先ほど私に苦言を呈された方しかいないと思い至った。早速連絡したら快く引き受けてくださった。こうして、私たちは友人の家にお邪魔し、その方は友人とは初見だったが、三人で親しいお交わりができた。

ここまでは日曜日一日のことなのだが、月曜、火曜とあの電車で会った気の毒な方の家を訪ねることもでき、友人は友人で今度は私の家にやって来、お互いを今までよりも理解し合えたのでないかと思う。今回は母の兄姉の中で唯一健在である叔父とも彦根城の近くの路上で不思議な出会いをし、家に案内され、久しぶりに旧交を暖めることができた。

短い滞在期間であったが、どれ一つとして無駄な出会いはなかった。近江の箱舟にもっともっと多くの人が乗りこまれるようにと心から思う。

2013年3月5日火曜日

近江の箱舟(中)

桜川駅下りホーム、やや暗い、日曜朝はこんな天気だった
人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。(新約聖書 ルカ19・10)

やっと乗り込んだその方は、先に座を占めている私たちに話しかけられるのだが、今ひとつことばが聞き取りにくかった。婦人方はそれでもやさしく何とか話を聞こうとされる。そのうち私もその輪の中に入って行った。話の中でその方がカメラ片手に「朝日大塚」の池の撮影に出て来られたことがわかってきた。カメラを出して写真を見せて下さった。過去の写真なのだろうか、春先の野原の美しい写真で、みなで褒めそやし、車内はにぎやかになった。

不自由なからだでどうして一眼レフを自由自在に動かし、シャッターが切れるのか私にはふしぎだった。そのうちに彼が最初からからだが不自由なのではなく、20年ほど前に脳梗塞で倒れ、半身不随になり、さらには若くして奥さんを交通事故でなくされたことまでもわかってきた。私はいても立ってもいられない気持ちになり、友だちになりたいから、名前と住まいを教えてくれと申し上げた。彼は私のノートにスラスラと書き、最後に70歳ですと付け加えた。全くもって私と同年齢の方で、互いにさらに親しみを覚えた。そんなこんなで、私も八日市で降りることは念頭にあったのだが、うっかり乗り過ごしてしまったのだ。

慌てて降りた駅は「桜川」という名前だったが、もちろん始めての土地だった。先ほどから、車内で急に親しくなったご婦人方も私のこのドジぶりを知って同情しながら、笑顔で車内から送り出してくださつたが、あっと言う間に電車は走り去り、あとは私一人が無人駅に取り残された。もうとても近江八幡に10時に着くのは無理と観念せざるを得なかった。上り方面の電車に乗って再び八日市まで引き返さなければならない。何しろ一時間に一、二本という運行が当たり前のローカル線だ。

しかし、初めて降りる駅はそれはそれで楽しいものだ。駅待合室で上り列車の時刻を調べ、四駅乗り越したことも始めて自覚したが、待合室のウインドウに短冊に記された子どもたちの俳句らしきものをみつけた。時間潰しに見ているとそれぞれの子どもたちの特徴が字や絵、文章にあらわれていて片時楽しませてもらった。そのなかに、こんな作品があった。「原始人 今日のえものは みなで分け」どこかで読んだような気がしたが、こんなやさしい心を子どもが希求しているのを知り、心が暖かくなってきた。

しばし、待つ間に電車が入って来た。あわせて無人駅なのに、スピーカーを通して「上り列車、下り列車とも約5分ほど遅れて到着します。お急ぎのところ大変申し訳ありません」というアナウンスが流れた。私は、いいんだ、いいんだ、あの運転士さんが一人の方を積み残さず動かれた愛ある行動が本部にも受けとめられ、この司令塔からのアナウンスになったのだと了解した。原始人万歳!ローカル線万歳!なぜか私の心は主を礼拝する前から満たされていた。

結局八日市に戻った私は近江八幡には10:40には着くことができた。しかし、この話はまだ先がある。

2013年3月4日月曜日

近江の箱舟(上)

何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。(新約聖書 マタイ7・12)

昨日は朝、近江電車のローカル線ならではの心暖まる出来事を経験した。

私はこの会社の一日乗り放題のフリー切符を利用して近江八幡に向かい、10時前に到着する予定で家を9時に出た。JRを利用すれば乗車時間は30分ほどで済むが、何しろJRの最寄り駅までは徒歩2、30分は優にかかる。それに対してこちらはわずか3分足らずで行ける。乗車時間はかかるが、JRの往復運賃に比べればフリー切符の方が割安なのでそうした。

ところが、ちょうど電車が「五個荘」という駅に到着し、今まさに電車が出ようとした時、乗ろうとして一人の方が反対ホームで下りた踏切の遮断機をかいくぐりホームから線路に降りてこちら側のホームに来ようとしているのが見えた。遠目に見てもその方は身体が不自由で、介助者もいず、すでに発車時間も過ぎており、どだい無理だから運転士は無視して発車しても良かった。

けれども、運転士の方は、じっと我慢してその方がこちらのホームに来られるまで発車時間を遅らせたのだ。電車は時刻通り走ってもらわねば乗客としては困るのだが・・・。田舎の二両連結の電車だが、乗客は2.30名だっただろうか。この間、皆さんはどんな思いだったのだろう。

豈図らんや、この人が下りているバーを自力で潜り抜けること自身が大変な難儀であることが徐々に分かってきた。バーそのものは何とかワンマン電車の運転士さんが持ち上げることはできたが、その人を誘導するにはまだまだ人手が必要だった。一人の方が車内から降りて助けにかかった。それでもモタモタしておられる。先頭車内から見ているのは、男性では私一人、あとは女性客だった。

しばらくして三番手として私も加わろうと車外に出て対岸ホームに近寄った。しかし、その方をこちらまで連れて来るのは私の非力ではとても無理だった。その時、後部車両に乗っていた二人の若者がさっと駆けつけて来て、その方の両肩を脇から二人で抱えてホームから線路へ降ろしはじめてくれた。車内ではご婦人方が「家族は、無責任だ。こんな形でおっぽり出すとは」と当然な声が聞こえていた時だった。様々な身体の不自由な人も介助者や駅員の手厚い助けを得て電車に乗り降りするのはよく見かける風景だ。しかし、ここは無人駅だ。また運転士はワンマン電車の運転士だ。連絡があったわけではない。たまたま、そのような一人の乗客に全員が遭遇した形になった。

果たせるかな、その間、何分かかったのだろうか。みんなの協力で、その人はやっと車内に乗り込むことができた。その男性は乗りこむや否や、立ち上がるさえ不自由な身体を起こし、さらにまわらぬ舌で「みなさん、ご迷惑をかけてすみませんでした」という意味のことを大きな声を出して謝られた。拍手こそ出なかったが、みな一様に大安堵した雰囲気が車内を覆った。もう、電車が遅れようが関係ない、無事その方をお乗せでき、電車が動き出したことをともに喜んだ瞬間だった。

この間、若い運転士さんは大変だったと思う。まして単線のローカル線だ。この電車は下りだが対向車として、上り列車が進行して来るかも知れない。咄嗟の自らの善意ある判断で自らの首を締めなければならないかもしれないからだ。でも結果的に良かった。私はこの乗り込んできた方に人間的な関心を持ち、積極的に話しかけていった。そして、今度は彼との話に夢中になった私が乗り継ぎ駅の八日市駅で下車することを忘れて、そのまま四つほど先の駅まで乗り越してしまうというハップニングに見舞われてしまった。

2013年3月3日日曜日

縄目を受けられたイエス

カール・ブロック聖画選より
それから、イエスを縛って連れ出し・・・・。(新約聖書 マタイ27・2)

なんという愚かなことでしょう!

イエスを縛ったなわ、それは全くこっけいなしろものというほかありません。

一言で湖上の嵐を静めたお方、一言でラザロを死のなわめから解き放たれたお方、悪霊どもを制する力をお持ちになったお方・・・このイエスを数本のなわで拘束できるというのでしょうか!

このなわは、人々が、こんにちに至るまで、神の御子のお力について大変な思い違いをしていることを、示します。

しかし、なぜ主はかくもおだやかに縛られたもうたのでしょうか? なぜ主はなわめを引きちぎり、反対者の足もとに投げつけてくださらなかったのでしょう? そうなればどんなに格好よかったかしれません。なぜそうなさらなかったのでしょう?

それは、主が十字架に引かれ行こうと心に決めておられたからです。主イエスは、数百年前に預言者イザヤが予告したとおりのお方でした。「彼は・・・ほふり場に引かれて行く小羊のように・・・口を開かない。」「彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらした」(53章)

主イエスがこのこっけいななわめを受けられたのは、ご自身、そうされようと心に決めておられたからにすぎません。人々が押しかける一時間前に、主は静かなゲッセマネの園で御父にお告げになりました。「飲まずには済まされぬ杯でしたら、どうぞみこころのとおりを 」と。こうして主はこの苦しき杯を飲みほされました。

十字架の死が、この世のためにどれほど必要であるかをご存じの主は、自ら両腕を差し出してなわをお受けになりました。

主よ! 私たちの目を開いて、贖いのみわざを悟らせてください。
                          アーメン

(『365日の主』ヴィルヘルム・ブッシュ著岸本綋訳3月3日の項目より引用。確かにブッシュ氏が指摘されるように、イエス様が受けられた縄目は不思議です。縄目と言えば怪力サムソンについての旧約聖書士師記15章16章の記述を思い出しました。何というちがいがあることでしょうか。)

2013年3月2日土曜日

うたがいから信仰へ(5)

いつの間にか、こんなにきれいに、花を咲かせてきましたよ。
ここで私がどのようにして新約聖書を読めるようになったかの証をさせてください。実はくわしいことはわからないのですが、ハレスビー自身もノルウエーという日本に比べればはるかに福音の満ちている国で成長しましたが、遅くまではっきりとした救いの確信は持てなかったようです。おそらくそれが彼にこのような本〈私はなぜキリスト者であるか〉を書かせた理由でないかと私は勝手に想像しています。彼の求道の歴史はある点で私が理解できるものでした。それはやはり新約聖書の奇蹟に富む記述がつまずきだったからです。

しかし、私にはいつの間にか、そんなことが少しも気にならなくなったのです。それは聖書全体がわからないでいたのですが、その中に書かれているほんのわずかなことばをどういうわけか自分が信頼し始めたことによるようです。たとえば次のようなイエスが語ることばが私の心の中にはっきりと座を占めたのです。

「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(新約聖書7・37〜38)

 当時(20代半ばのころ)、もちろん今もそうなのですが、私は人を愛することができない、また人の前で素直になれない悩みを抱えていました。自分がどうしてもありのままの自分でなしに、取り繕うとして顔がこわばるのです。また自分よりもすぐれた人を見るとその人に対してライバル心を感じてしまうのです。そんなおりだったのでしょう。このみことばがすっと心の中に入って来たのです。私の内側には何にも人を愛する思いはない。しかしここにイエスを信じる者は、そのような私の汚い心を越えたもっと奥深いところから、こんこんと尽きない泉のごとき愛が流れ出て来る。その愛を主は下さる。その愛をもって人を愛することもできるのだという喜びでした。

そしてこの短いことばの中に、すでに矛盾を感じていました。これは聖書の中の一節だのにどうして「聖書が言っているように」と言えるのだろうかと疑問を感じたわけです。けれども聖書をとおして語りかけて来る圧倒的な主の愛が私に臨み、そんなことはどうでもよくなりました。そしてその疑問も信ずるうちに聖書自身によって答えが与えられたのです。ここでイエス様が言っておられる「聖書」とは人としてのイエス様も知っておられた「旧約聖書」のことを指しているのだと後にわかるようになったからです。

さらにずーっと後に、それは何年もしてからですが、この聖書のことばの続きに書いてある次のみことばにも目が開かれるようになったのです。

これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。(ヨハネ7・39)

すなわち、信ずる者の内に住んでくださる御霊の存在でした。こうして一事が万事、わからない、それこそ超自然的と思われることがらも自分とイエス様の関係がしっかりして来るに連れて徐々に疑問は疑問としてありながら、何年か経つといつの間にか理解できるように変えられているのです。それは不思議なことです。

ハレスビーはこの本の最初の方で懐疑者に対して、あなたのもつキリスト信仰に対する懐疑は 「論理的な議論によっては克服できない、ただ体験のみによってできる」(同書24頁)と言っています。昔の記憶ですが、内村門下の経済史家であった大塚久雄氏がキリスト信仰は「実験」であると言っていた覚えがありますが、同様のことを指しているのではないでしょうか。

とにかく新約聖書をだまされたと思って、わからないところは飛ばして結構ですから、読み続けてください。世の宗教(仏教だけでなくキリスト教もふくめてです)が与えるものと全く異なるイエスの与えるいのちがお読みになる皆様の心にきっと流れ込んで来ると私は確信します。最近つくづく聖書は「宗教批判」の書だと確信するようになってきました。

(聖書をお求めの方は直接下記のサイトでお問い合わせください。送料は別ですが、聖書そのものは無料で提供されています。http://www.christ-shukai.net/

2013年3月1日金曜日

うたがいから信仰へ(4)

年少の友が闘病中の方に進呈された油絵
(画面上の左上の白線は蛍光灯の反射)
左の油絵は今週火曜日の葬儀会場に掲げられた一枚の油絵である。この2月22日に召された方が病床でつねにこの絵を眺めイエス様が再び迎えに来てくださることを今か今かと待ち焦がれて過ごされていたとお嬢様がご遺族のご挨拶のおりご紹介くださった。

私も召された方とはお元気な時に二、三度ご一緒に食事をさせていただき、親しいお交わりをいただいたことがあった。昨年にはご主人が先に天に召された。相次いで天に住まいを移された方のご葬儀であった。

私は仲の良かったお二人の姉妹に月並みとは言え、お妹さんお姉さんが(三人姉妹の真ん中の方であったので)召されてお寂しいでしょうね、と申し上げたら、「いいえ、ちっともさびしくありませんよ。私たちもすぐに行きますから」と屈託なく笑顔で答えてくださった。こんな会話は恐らく主を信じておられない方には不可解に映ることであろう。

しかし、それもこれも死を超越される「わたしは、よみがえりです。いのちです。」とおっしゃるイエスのなせる奇跡の一つではないだろうか。イエスという方がどんな方であるかは四つの福音書が丹念に記録している。先日ある方が談たまたまお坊さんはお経を読むけれどその意味がどんなものか信者は知る必要があるのではないか、それも知らないで闇雲に信心しているのはどうかと思うと言われた。全くもってその通りだと思う。そこへいくと、聖書信仰は全くそれとは異なり、じっくり書かれていることを読み、自らの立場を鮮明にする(ある場合には自らの罪があぶりだされる)ことにある。この上は、イエスの存在を否定する方が是非直接聖書をひも解いて自らの目でイエスを判断されればどんなに素晴らしいことかと思わずにはおれない。

昨日述べたようなことが一私事であり、私一人のお粗末な生活内容であるのなら良い。しかしイエスは人の心を全部見抜いておられる方である。その方が人は「悪い者」だと言われることだから、大なり小なり人の心には自我が渦巻いており、利己的であることはどんな立派な方も否定はなさらないのではなかろうか。問題は人がイエスという方をどのように見るかである。続いて語るハレスビーの言に耳を傾けていただきたい。

「あなたが、今新しい目をもって見ておられることは、イエスがその全生涯の中で、他の人々にしてもらいたいと思うことをその人々になさったということであります。イエスはその全生涯の中で、実際このことに生き抜かれたのです(※1)。イエスはこれを行ないたもうたのでした。そのことについて語られただけではなかったのです。

イエスは、歴史に知られている最も気高い人物であることを、あなたは以前から知っておられました。だが、そのことは実際あなたにさほどの印象を与えなかったのです。他面、今あなたはイエスのこの面を評価する道徳的資格をもっておられます。(中略)

あなたご自身が、人にしてもらいたいと思うことをその人々にしてやろうとして、ただの一日だけでもそうすることに成功しなかったとき、あなたはこう自問なさる、『結局、全生涯を通じてこのようなこと自体を—そのほかに生き方がないかのように、一つの踏みはずしも誤りもしないで、自然に、また、あたりまえのようにすることができたイエスは何者であったか』と。

あなたは今、イエスの人格の中で奇跡的なものを経験なさる内的資格をもっておられるのです。イエスの真に奇跡的な面、真に超越的な面は、絶対善の彼の心であります。ここにあなたは、超自然的なもの、絶対的なものと顔を合わせられるのです。あなたは、私どもの宇宙におけるいちばん類のない奇跡について、内的な直接的な確証を所有しておられるのです。(中略)

いつかはフィンマーケン(※2)の果てにすわっていながら、オスロ—の教会で守られている礼拝を聞くことができるだろうと、一世代前にだれかが言ったとしますれば、そのようなことは道理に合わないし考えられないと言ったでありましょう。今日では、それが不可能などとは何人も言わないのです。

私どもの心は、基礎となる経験をもたない間は万事考えられないものを宣言することは強要せられるように感じるものです。しかし、私どもの心が事実を経験するとすぐさま、私どもの知的な基礎全体が変えられて、矛盾と不合理性とが消え去るのです。(中略)

根本的であるイエスの奇跡的な面、つまりイエスの内的なものは、私ども皆の内的なものとは異なっていること、イエスはご自身の倫理的性質によれば、他の全部の人々とは本質的に異なっているということをあなたが経験なさったなら、イエスの生涯と人格の他の奇跡的な面について新しい立場に達したのです。」(『私はなぜキリスト者であるか』23〜27頁より飛び飛び引用)

(※1聖書を読みますとイエスが全く私心のなかったことが判明します。「子は、父がしておられることを見て行なう以外には、自分からは何事も行なうことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行なうのです」ヨハネ5・19とイエス様は言われました、だから人にできないことがイエス様はできたのです。※2フィンマーケンhttp://www8.ocn.ne.jp/~hatt/norway_rel96.jpgはノルウエーの北極圏に属する地方名です。ハレスビーは1879年生まれ1961年没のノルウエー人です)