2024年4月29日月曜日

『母の最終講義』(最相葉月著)

 世の中、ゴールデンウイークということで、各地の行楽地は賑わっているようですね。こちらは愚直に普段どおり、いつもの古利根川散策を敢行しました。その土手に上がる上り口に鎮座ましましていたのが、ご存知この「キショウブ」というアヤメでした。珍しく同行者の家内が、「この花、撮ったら」というので撮りました。(いわゆるアヤメは紫色のものを言うそうですが・・・)

 昨日、最相葉月(さいしょう・はづき)さんの書かれた『母の最終講義』を図書館からお借りしました。最相葉月さんを初めて知ったのは、昨年末、彦根に帰ったときに、本屋さんで『証し 日本のキリスト者』というとても大部な本の存在に出会ったことがきっかけでした。総頁数1000余に達する本は新刊書の中でも圧巻でした。著者がどのような観点からこの日本のキリスト者を訪ねて、このような本を出版されたか大変興味を覚えていました。

 ところが東京新聞の4月7日の朝刊の「家族のこと話そう」というコーナーにこの方のお母様が認知症を患われ、その介護の状態が手短に語られていました。そして、『証』という本を表わすために費やした6年にわたる取材経験が、お母さんの介護の力の源になった旨書かれていました。

 それで今日一気に読み上げました。短いエッセーの集まりですから、大変読みやすいですし、それ以上に、しばし立ち止まって考えさせられることが数多くありました。最相さんは1963年生まれ、私は1943年生まれですから、ちょうど20歳ちがいですが、私より地についた「終活」の備えをしながら、文筆活動を続けておられる様子を窺い知ることができました。それだけでなく、同氏がたいへん謙虚な方であり、ご家族のこともご主人をふくめて必要最小限包み隠すことなく語られていることに、たいへん好感を覚えさせられました。

 私は1981年に父の認知症発症と死を経験しました。その時は、今のように認知症に関する知識のなかった時代で、無我夢中の毎日でしたが、それこそ毎日「聖書と祈り」の生活をとおして大変な危機を乗り越えさせていただきました。もちろん、父に対する愛が果たして十分であったかというと、申し訳ない思いがあります。(最相さんの思いは、それこそ私の思いの代弁でもありました)あれから40数年、すっかり世の中は変わり、コロナ禍も経験し、認知症に関する理解はより一層進んできているようです。しかし、果たしてどうなのでしょうか。

 最相さんがふと漏らしている次のような気づきは貴重だと思いました。同書129頁より

最後に、先の青年に教えてもらった「静穏の祈り」を紹介したい。アメリカの神学者、ラインホルト・ニーバーの言葉だ。「神よ、変えることのできないものを受け入れる心の静けさと、変えられるものを変える勇気と、そして、変えられないものと変えるべきものを見分ける知恵を与えてください」

 認知症対策は家族間の大きな問題です。親子の間、夫婦の間、親しければ親しいほど、そのギャップに泣きたくなることは請け合いです。しかし、考えてみると、主なる神様はニーバーの言葉を借りるまでもなく、日々私たちにみことばを通して語りかけてくださっているのですね。

何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(新約聖書 ピリピ人への手紙4章6〜7節)

知恵であるわたしは分別を住みかとする。そこには知識と思慮とがある。(旧約聖書 箴言8章12節)

2024年4月28日日曜日

復活と不屈の精神(3)

毎年決まってこの白薔薇は、都合百に達するでしょうか、次々と花びらを咲かせてくれます。それも二、三週間にわたって。ところが、今年初めて、私はこの白薔薇が甘くも薄い芳香を振りまいており、多くのミツバチが花から花へと渡り歩いていることに気づいたのです。散歩しては、美を求めて歩き回っている己にとり、灯台下暗しとはこのことを言うのでしょうね。春はいよいよ盛んです。せっせと蜜を求めて集まってくる昆虫の諸君に負けず歩まねばと思わされております。

第7章「復活と不屈の精神」の最終部分です。今日はイースター後4週目に入る聖日です。二千年前を想起するなら、まだまだイエス様が復活後、ご自身の生きている姿を現わしておられる期間に当たります。


 しかしながら、彼が忍ばなければならなかったのは、待つことだけではなかったのである。彼に対して競争意識を持っていたライバルの教師たちが、この間に、しだいにその地歩を占めていた。つまり、彼が監禁のうきめにあっている間に、彼らは、骨惜しみをせずに、パウロの回心者をせっせと自分の組に引き込んでいたのである。これはただ、自分たちの名声を求める手合いであった。

人々の中にはねたみや争いをもってキリストを宣べ伝える者もいますが、善意をもってする者もいます。一方の人たちは愛をもってキリストを伝え、私が福音を弁証するために立てられていることを認めていますが、他の人たちは純真な動機からではなく、党派心をもって、キリストを宣べ伝えており、投獄されている私をさらに苦しめるつもりなのです。(ピリピ1:15〜17)

 他人が自分の作品を粉々にし、生涯をかけた成果を不純な宣伝文句でだいなしにするのを、黙ってすわらされたまま見ているのは、耐えられないことである。パウロがのちにテモテに書き送った手紙の中には、その苦しみの反響がしるされている。「アジヤにいる人々はみな、私を離れて行きました」(第二テモテ1:15)。彼の入獄中に、ある教会から失われていった人々は、パウロをもってしても、再び連れ戻すことは、ついにできなかったようである。それにもかかわらず、彼の喜びは、決しておおい隠されることがなかった。彼は最後の復活の日に、完全に恥がすすがれることを信じて、待つことができた。しかも、その報いに対する希望のゆえに、彼は、純不純を問わず、キリストが宣べ伝えられることを喜びとすることができたのである。

 復活による不屈の精神は、失望と葛藤に悩む彼を、ささえ続けたのである。この手紙によると、パウロは更に、彼をねたむ兄弟たちが、彼をだしに、しかも彼がローマ帝国の政府によって不当な抑留生活をしいられているのをよいことにして弟子たちを集めていたことに対してと同時に、自分の内的な問題とも戦っていたことを暗示している。彼は、エパフロデトの病とともに彼に臨んだ「悲しみに悲しみ」(ピリピ2:25〜28)や、貧や飢えや乏しさ(4:12)、また、おそらく長びく獄中生活の緊張の結果と思われる内的葛藤についても、苦しさを訴えている。確かに投獄されてからは、以前と同じ強壮さを維持することができなかったであろう。強制された安逸と監禁の生活は、彼に法外な料金を要求したのである。しかも彼は、絶えざる微笑をもってそれに臨み、そのためにこの手紙は、キリスト者の喜びの書簡として知られるに至ったのである。彼は、すべての苦痛を、キリストの苦難にあずからせる特権として受け入れ、そこから、彼の復活の力を知る知識を得るに至ったのである。

 挫折や、見かけの失敗、また懐疑や闘争の渦の中で、この復活の希望は、彼の不屈の精神の源であった。こうして彼は、走者がたいまつを掲げて走り、次の走者に渡すまで走り続けるように、いのちの言葉を保ち続けた。それは、「そうすれば、私は、自分の努力したことがむだではなく、苦労したこともむだでなかったことを、キリストの日に誇ることができ」(ピリピ2:16)るためである。彼は悪しき時には特に、永遠を誇る、そそり立つ高嶺に目を留めて動かさずにいた。現在の苦難を、復活の暁がもたらす栄光とは比べるに足りない。彼の使命達成の途上のつまらないできごととみなしていたのである。それゆえ彼は、済んだ事柄は喜んで忘れ、目当てを目ざしてたゆみなく進んだのである。

 直接的な悪性の反対に対するより、一見たいしたことはないと思われる人生の挫折のほうが、普通は、より大いなる不屈の精神を必要とする。計画的な迫害は、当然予期しうることとして、それほど恐れるには足りない。イエスも助けを約束しておられる。助け手と考えられる人々のはりあい、自分が最も必要とされ、最も貢献しうると思えるときに、義務を果たす道を閉ざす、いわれのない投獄、また、ほかの人の必要のために心を集中させなければならないときに、魂を悩ます心痛や葛藤ーーこれらは私たちにとって最も耐えがたい事である。しかし、復活の希望は、このような問題に対しても勇気を与えてくれる。これらによって私たちは「キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかる」(ピリピ3:10)ことができるからである。

2024年4月27日土曜日

復活と不屈の精神(2)

今日は、これと言って良い被写体を見出せませんでした。その代わりと言っては何ですが、スケッチ帳に描かれていた一枚の絵を載せることにしました。絵の具でなく、クレヨンによる彩色の絵です。どう見ても古利根川とその川縁を描いたものと思われます。しかもこれからますます緑が濃くなっていく風景を描いたもののようです。筆致から推すと作者は家内のような気がしますが、本人は覚えがないと言うので、今となっては確かめる術がありません。

以下は、「復活と不屈の精神」の昨日の続きです。

 もちろん、キリストにある死人が、悪しき死人よりもさきによみがえらされるという点に、疑問の余地はない。ヨハネの黙示録20章4、5節は、このことを明らかにしている。

また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の復活である。

 この聖句が与えてくれる解釈の可能性に関する興味深いわき道にはいらなくても、私たちは、それが二つの復活を含意していることを知ることができるであろう。第一の復活には、キリストのために苦難を経た人々が加わる。彼らは、以前にどのような不面目な敗北を味わったにせよ、いまやキリストとともに支配者となるのである。そして、彼らのよみがえりは、「第一の復活」と呼ばれる。この第一のという区別は、必ずしも、それがごく少数の選ばれた人々だけの特権であるというように解釈されなければならないものではない。それは、義人の死者の復活は、悪人のそれと非常な間隔をおいており、そのとき復活する人は、キリストの僚友として御国における統治権にあずかる、ということを意味するだけなのかもしれない。このような、不敬けんな人を除外しているという意味で、これは、「死人の中からの復活」なのであり、それはまた、信者の中でもある序列の差を持つものであると考えられるのである。

 それでは、このように遠い未来の事が、どうして現在の必要に適用されうるのであろうか。

 実は、ピリピ人への手紙は、この復活の希望によって意中に創造された不屈の精神を、具体的に実証するものなのである。パウロは今、二十五年またはそれ以上にわたって心身を打ち込んできた労を、突然中断され、獄中の人となっている。彼からわいろを取ろうという下心を持つローマの官吏によって、すでに二年間も留め置かれているばかりか、彼自身カイザルに訴訟を起こすことによって、のっぴきならない立場に追い込まれていた。彼は、ピリピ人への手紙を書いたとき、すでに相当長く、おそらく二年はローマにとどまっており、しかも、釈放される目安は、全く立っていなかったのである。釈放という観点からは、その第1章における彼の言葉は悲観的である。「私は、その二つのものの間に板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています」(ピリピ1:23)。彼は公判にもかけられていなかったようである。しかも、結果は、全く予断を許さなかったのである。彼は宙ぶらりんの状態であった。今死のことを言ったのかと思うと、次には、ピリピ人のところに「とどまり」、彼らのところへ行く、と宣べている(1:24〜26)。本式の告発も受けず、未来の見通しもなく置かれることは、疑いもなく、彼の神経をすり減らすものであったろう。しかし、彼の活発な生活が突然中断され、未来が暗雲にさえぎられているにもかかわらず、手紙の全体は、喜びの叫びを強く聞かせてくれるのである。復活による不屈の精神は、入獄中のパウロに、絶えざる勝利をもたらしていたのである。

2024年4月26日金曜日

復活と不屈の精神(1)

今日は記念日でした。それで、妻に「何の記念日だと思う」と聞いたところ、「わからない」と素直な答えが返ってきました。まあ、やむを得ないだろうなあーと思いました。その後、二人して妻のかかりつけの病院に出かけるため電車道を駅へと向かいました。久しぶりの駅道でしたが、途中線路際の舗装道路の隙間に花を見つけました。「すみれ(※)」でした。いつもこの数メートルの縁石の間に花を咲かせるので、決して珍しくはありませんが、妻が「すみれの花咲く頃」とハミングしてくれました。嬉しくなった私が、「なぜその歌詞を知っているの?」と聞くと、「宝塚の歌だ」と教えてくれました。記念日は、夜になって子どもたちが「おめでとう」とそれぞれLINEで寄越してくれました。この「記念日」は「すみれの花咲く頃だった」のですね。そんなロマンもなく、私にとってはただ一緒になれた喜びで一杯だった日でした。五十四年前のことです。老いが先行し、様々な不便が互いに生ずる今、そのことだけは忘れたくありません。

※ 「すみれ」について過去にもずいぶん書いていることに気づきました。https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2010/04/blog-post_15.html
https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2012/04/blog-post_17.html
まだまだありますので、上のはこ欄に「すみれ」と入力すると出てきますのでご関心のある方は覗いてみて下さい。

さて、新しい項目「復活と不屈の精神」は、全八章の章立ての中の第七章に相当するもので、第二章の「復活の予測」は飛ばしましたが、それを除くとあとは順番に写していますので、章としてはあと一章を残すものとなりました。メリル・C・テニー氏はこの標題で、パウロの例を通して、語ります。三回続きますし、今日の個所は訓詁学的なところもあり、理解するのにややこしいところがありますが、忍耐強くお読みくだされば感謝です。残り二回と合わせて、「ピリピ人への手紙」に表れているパウロの信仰の裏表を思う存分知らされたいものです。

どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。(ピリピ3:11)

 復活の力が個人の生活にどのように現われるかを示すものとしては、新約聖書全体を通しても、このパウロの自伝の寸描を記録しているピリピ人への手紙三章にまさるものはない。その中で彼は、自分の前歴について、かなり多くのことを明らかにしている。彼は好戦的なベニヤミン族出身のユダヤ人であり、手紙を一読すると、戦闘的な血筋を誇りに思っていたことがわかる。彼の幼名は、イスラエル初代の王の名を採って、サウロと言った。サウル王もまた、ベニヤミン族の出である。彼は、すっかりギリシア文明に圧倒された地方に住んでいたにもかかわらず、先祖伝来のアラム語と、古来のヘブル人の習慣とを固守した、厳格なヘブライ主義的ユダヤ人の仲間になっていた。律法の解釈においては、儀式関係の法規の遵守に特別やかましかったパリサイ主義の伝統を擁立した。ユダヤ人の信仰に対する熱狂的な義務感から、彼は、エルサレム外の諸都市においても、教会に対する迫害の規模を拡大していった。最も驚くべき事は、彼が、完全な律法の義を自分に対して主張することができると言っていることである。その事は、「律法による義についてならば非難されるところのない者です」(ピリピ3:6)と言っているところから知られる。ところが、その彼が、ダマスコの途上でキリストに引き止められてからは、それらのすべてを失念してしまったのである。律法に対する情熱は、いまやキリストに対する情熱に置き換えられた。生誕、家系、宗教教育、教団での地位のすべてを、彼は損失と思うに至った。ユダヤ教の中で獲得しえたであろう特権や地位に対する願望を、キリストにおいて彼に与えられた新しい信仰のために、完全に否定してしまったのである。

 ピリピ人への手紙は、パウロが回心してから三十年ほどして書かれたものである。この間に彼は、長期にわたってさまざまの経験をした。シリアのアンテオケを起点として、南部アジア、マケドニア、ギリシアの伝道の開拓に当たった。キリスト教神学とキリスト教文学との基礎を据えた。ローマ帝国の議会や官憲たちの前でも、そのていねいな無関心さや刺すような冷笑をものともせず、キリストのための弁明を試みてきた。石打ち、あざけり、誤解、無視の試練にも耐えてきた。しかも彼は、神が彼の魂の中に植え付けられた不屈の精神によって、前進を停滞させることがなかったのである。その不屈の精神は、攻撃をはね返す耐久力であった。彼はまた、ただ一つの燃えさかる野心のゆえに、ひるみやためらいを感ずることは、決してなかった。その野心は、彼の前進を促す動力であった。「どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです」(ピリピ3:11)。彼は復活への見通しが自分の魂の中に生み出した希望のうちに、尽きぬ勇気の源を持っていたのである。

 この聖句は、ギリシア語では、非常に変わっていると言える。「ただどうにかして、死人の中から復活に達したいのです」。日本語では「中からの」とはっきり表現されているが、それは、ギリシア語の「の」を補強するために付加された訳である。そしてここでは確かに「の」だけでは不十分なのである。それは、たとえば、「わたしはそのケーキをいただきましょう」と言う場合のような、あるあいまいさを残すからである。この例の場合には、それは、そこに出されているケーキの中の一つを取ることか、幾つか出されているものの中からケーキを取ることかのどちらの意味をも持つことができる。ここのギリシア語の「の」も、そのあいまいさを持っているのであるが、パウロは、この例でなら前者の意味で、死人の中からの復活において、彼を他の人とは別な者とする復活を望んでいる、と言っているのである。

 言うまでもなく、この言葉は、彼が自分の救いを働きによって獲得しようとしている、と言うことを含意するものではない。彼はすぐ前で、自分は自分の義によってではなく、キリストの義によって救われることを求めた、と言っているからである。戦いが救いのためでないことは明白である。その点については、彼はすでに確信を持っている。それゆえ、ここでは報いのことを言っているのである。しかし復活は、報いと呼ばれるべきものであろうか。コリント人への第一の手紙15章22、51〜54節と、テサロニケ人への第一の手紙4章16節が教えていると思われるように、キリストにある者は究極においては皆復活するのであるとすれば、復活はどうして、よいわざの報いや不屈の精神をかきたてるものとなりうるのであろうか。もし、ある一つの学級の生徒が皆、あるほうびをもらうのだとすれば、それは成績に対する賞とは言えないであろう。

 聖書はこの問題に、一、二の個所で答えているように思える。ヘブル人への手紙11章35節には、迫害に耐えて忠実さを守り通した昔の聖徒について、こう書いてある、「女たちは、死んだ者をよみがえらせていただきました。またほかの人たちは、さらにすぐれたよみがえりを得るために、釈放されることを願わないで拷問を受けました」。復活における程度の差が、ここには、苦難に対する報いとして設けられているように見える。この報いに対する見通しは、新しい契約の下にいるキリスト者に対してでなく、古い契約の下にいるヘブル人のキリスト者に対して与えられたものであった。しかし、もしこの手紙の読者に対して意味がなければ、このことが特記される理由はなかったであろうということは、言わずと知られるであろう。コリント人への第一の手紙15章23節は、各自が「おのおのにその順番が」あってよみがえると言っている。「順番」とは、どのようなものをさすのであろうか。順番は、ある人たちの席次の高さと優越性とを仮定している。テサロニケ人への第一の手紙4章16節は、「キリストにある死者が、まず初めによみがえり」と、彼らが、生存中の人よりは、少なくとも時間的にさきになると言っている。これらの聖句からすると、復活には、優越性や報いという点で段階があり、また、他の人より早くよみがえらされる人の中には、神への忠誠のゆえにさきに報いを与えられる人々が含まれていると考えることは、妥当なことであると思われる。

2024年4月25日木曜日

復活の熱情(3)大指導者

今日は、ベニカナメの剪定作業に汗を流しました。と言っても、小一時間というところでしょうか(実際は二時間ほど費やしましたが・・・)。長女が剪定ばさみ、脚立を積み込んで都下東大和から駆けつけてくれました。昨日は雨だったか(もはや記憶も定かでないボケ老人の感覚でしかありませんが)、明日はどうなのかわからない天候不順の折、今日しかないと思い定めて来てくれました。

昼食は有り合わせのものを長女自身が作って、「自作自演」っていうところでした。普段中々交われないお互いですから、食べることよりも、どうしても話が弾みますが、遠路ゆえ、それもままならず、二時過ぎには元来た道を急いで帰って行きました。

いつの頃からか、高齢世帯である私たち夫婦を心配して、様々な作業にかこつけてはご機嫌伺いに来てくれます。

今日の写真は庭のブルーベリーの写真です。ただし上の写真は随分昔の写真で自分としては気に入っている写真で、過去のブログにも登場しているはずです。それを見るといつの頃かわかるのですが、多分、今よりはもう少し後の頃だと思います。今日のブルーベリーは、左端の写真です。しかし、この前も雨にも関わらず、大きなヒヨドリがちゃっかりここに潜り込んで、花を食べにやって来ました。猿知恵ならぬ「鳥知恵」はすごいです。仕上がりのベニカナメも載せたかったのですが、まだまだ剪定が不十分で父(とっ)ちゃん刈りなので載せませんでした。

さて、「復活の熱情」は今日で終わりですが、大指導者とは言うまでもなく、イエス・キリストです。この方が、今に至るまでどのように働かれているかを聖書に則って著者は丁寧に説明しています。私は新約聖書二十七巻、特に「使徒の働き」をコンパクトにまとめ上げた叙述だと感心しました。お読みになるみなさんの上に神様の祝福が大いにあらんことを祈ります。


三 大指導者の熱情 

 人々は、指導者に好意を持つ。頭脳においてであろうと体力においてであろうと、他の人に抜きんでた人物は、常に人を引きつける。その人気が続くかぎり、彼が何を事としていようと、人々は、彼のために生き、また死のうとする。それが共産主義とスターリンであれ、大英帝国とチャーチルであれ、または他のどのような結びつきのものであれ、世界の人々は今日においても、平和と繁栄とを約束し、各自の理想を実現させてくれるような指導者を求めてやまない。

 復活のおかげで私たちは、名ざしうるあらゆる人物にまさる指導者を与えられている。時代も、事件も、悪意や失策も、彼を押えつけておくことはできない。このようにして、私たちは、メッセージを伝えるときに彼の権威を保証されているだけでなく、また、その企て自体に、彼の助力を仰ぐことができるのである。

 聖書は彼の指導の方法についてどのように述べているかを見ておこう。彼は弟子たちを、まず、新しい世界に直面させられた。エルサレムの二階座敷をあとに、この小さな群れは、文化的な、しかし冷笑的な世界に、十字架の福音を携えて進んでいったのである。異邦人にとっては、十字架につけられたユダヤ人を信ずればその人は救いを約束される、というような不合理な宗教行為は、愚の骨頂に聞こえた。ユダヤ人にとっては、木にかけられた者をなおメシヤと呼ぶことは、瀆神もはなはだしい主張であった。この群れのだれにとっても、この奇異な福音を、ギリシア哲学やユダヤ的律法宗教に負けない、世界宗教とする伝道計画を立てることは、不可能であった。その彼らを、よみがえりのキリストは、エルサレムに引き止めて、上よりの力を着せられるまでは待つように導かれたのである。彼は弟子たちに、メッセージを、あかし人として語るのであって、演説家、雄弁家として語るのではない、とさとされた。教会を建て上げるのは、主ご自身でなければならなかったのである。「主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた」(マルコ16:20)「主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった」(使徒2:47)。

 彼は、事をどのように進めるかについても、彼らを導き教えられた。御霊を通して、方針、組織、計画におけるあらゆる主要な変更事項が啓示されるように、取り計らわれたのである。教会の社会事業のための七役員の選任、異邦人伝道の開始、異邦人回心者の立場に関するエルサレム会議の議決、ローマ帝国の伝道のために通る道筋ーーすべては彼によって決定された。彼は必ずしも、そのしもべの死を免れさせてはおられない。そのようなときにさえ、働く人はなくても、働きが停滞するようなことはなかったのである。彼らのために、彼は時にはドアを開き、時にはドアを閉じられた。彼らが反対に直面したときは、大胆さを与えられた。こうして彼は、敗北の中からひねり出すようにして勝利を導き出し、ローマ帝国のすべての植民州で、奴隷のあばら家からカイザルの宮廷に至るまで、人々がよみがえりの主の福音を知り、信じ、愛するようにされたのである。使徒教会に犠牲的忠実さを喚起したもうた主の助力は、今日の私たちが仰ぐべきものでもある。よみがえりのキリストは、依然として前進を試みておられ、私たちがそれに歩調を合わせることを求めておられる。教会において、商店において、田畑において、会社において、更には、貧民くつにおいても、教室においても、アラビアの砂漠においても、チベットの山においても、また南米のジャングルにおいても、彼は、最初の弟子たちに求められたのと同じ無条件の信仰、同じ不動の忠誠を私たちにも期しておられる。また彼は最初の人々に与えられたのと同じ導きと同じ保護の手を差し伸べておられる。彼は死を征服されたかたであるゆえに、私たちを、その勝利の行進にあずからせ、また、熱心に、歓呼の声をあげつつ、彼に従う者とさせて下さるのである。

導きたまえ 永久(とあ)の君よ
進軍の日 今しきたれり
戦いの野の なが幕屋こそ
今よりのちの われらが住み家
なが御恵みに 強くせられて
備えの日は 今こそ成りね
永久の君よ われらが主よ
高く歌わん 戦いの歌を

導きたまえ 永久の君よ
従い行けば 恐れは去りぬ
恵みの御顔 われを守れば
朝日のごとくに 喜びあふる
十字の光に 照りいだされて
われらの旅路は 輝きぬ
勝利の冠 われらにあり
導きたまえ 大能の神よ
    (アーネスト・W・シャートレフ)

2024年4月24日水曜日

復活の熱情(2)最終的な権威


あちらこちらの街路のツツジの植え込みは、今時、赤と白で道行く私たちの心を弾ませてくれているのではないでしょうか。特に白色のツツジは、清楚な少女の出立ちをいつも思わされ、身を清められる思いが致します。

ところで、上記画面に見られるように、これまで堤上の桜の木々の下で、ひっそり出番を待っていた植え込みにも、陽が当たる時季がやってきたようです。赤いツツジが「こんにちは」と次々声をかけてくれるようになったからです。

赤いツツジの点描は、そのすぐ奥で、今を盛りとあたり一面に広がるタンポポの園とともに私たちに爽やかな笑顔を振りまくかのようでもあります。自然界は、一刻の猶予もなく、調和した美を私たちに提供してくれます。その自然の秩序は神様ご自身が私たちにくださっている大きな贈り物です。

今日の『キリストの復活』の「復活の熱情」にまつわるメリル・C・テニー氏の話は短いですが、世の権威にたちまさる主の権威がいかに最終的な権威であるかを語っています。その権威の熱情が如何なるものか少しでも知りたいものです。

二 最終的な権威の熱情

 伝えるに足るメッセージを持つということは、一つの事である。それと、メッセージを伝える権威を持つということとは、別な事である。セールスマンは、どんなによい品物を売り込もうとしているときにも、信用ある商社が自分の後ろだてとなっているということが確信できなければ、売り込みに熱心になることはできないものである。疑いと熱情とは、決して共存することができない。そうだとすれば、私たちがある重大な宣言ーー人は、そのメッセージを信じて救われるか、または、それを拒否することによって失われるか、二つのうちの一つを選択しなければならないという、猶予することを許さない重大な宣言ーーを携えて、海を渡り陸を越えて行くのは、いったいどのような権威に基づいてなのであろうか。

 よみがえりのキリストは、そのメッセージを伝えるにあたっての権威であられる。ペテロとヨハネは、足のなえた男をいやしたあとで、「あなたがたは何の権威によって、また、だれの名によってこんなことをしたのか」(使徒4:7)と尋問されたとき、こう答えた。

民の指導者たち、ならびに長老の方々。私たちがきょう取り調べられているのが、病人に行なった良いわざについてであり、その人が何によっていやされたか、ということのためであるなら、皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってください。この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。(使徒4:8〜10)

 復活は、イエスを、地のあらゆる権威の上にある神の右手に高く上らせた。それで彼の弟子たちは、自分たちを地上における彼の代表と考えて、彼らを沈黙させようとした彼以下のあらゆる君主たちや議会を、公然と無視する態度に出たのである。

 よみがえりのキリストは、語り手の伝えるメッセージを保護する権威でもあられる。彼が彼らに与えられた言葉、「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします」(ヨハネ20:21)と、増長したピラトに対する彼の返答、「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたがたはわたしに対して何の権威もありません」(ヨハネ19:11)とを比べていただきたい。御父が御子に対して、その働きが完成するまで、その身の保護を保証されたように、キリストは、彼の事業のために彼に従う者たちが出て行くとき、その安全を見守られるのである。キリストは彼らのために、獄屋のとびらをあけ、官憲らの裁判を導き、刑執行人のおのをそらせたもう(※)。弟子たちは、主がご自身のメッセージを尊重されると信じていたので、彼の名において、不可能事に敢然としていどんだのである。

※引用者註 著者が「キリストは彼らのために、獄屋のとびらをあけ、官憲らの裁判を導き、刑執行人のおのをそらせたもう」と要約している聖書個所はいったいどこの個所であろうかと思って調べたが、差し当たり、次の個所などが考えられるのではなかろうか。使徒5:22を中心とする前後の聖句。そして使徒12章。いずれもペテロが経験していることではある。ペテロはその「熱情」においては弟子中第一番であったが、主の預言(ルカ22:31)どおり、結局は主を裏切らざるを得なかった。その彼が復活の主に出会い、ペンテコステ(聖霊降臨)を経験し、全く別人の人となって、サンヒドリンでの尋問に対した。それは、まさに最終的な権威の熱情、「主イエスの熱情」に支えられてのことだと思わされた。繰り返しになるが、上記の最後の言葉「弟子たちは、主がご自身のメッセージを尊重されると信じていたので、彼の名において、不可能事に敢然としていどんだのである。」とは千金の重みを持つ言葉である。

2024年4月23日火曜日

復活の熱情(1)新しいメッセージ


今朝は、この花が目立ちました。毎年今頃決まって花を咲かせますが、庭に降り立って、この花の写真を撮るのは久しぶりです。名前は家人も知らないと申します。幸いなことに今ではiPhoneがその疑問に見事に答えてくれます。それによると、「オオツルボ」と言うそうです。この複雑な花弁(色の組み合わせといい、形状の様々の姿といい、その上、実に素晴らしいバランスを保ちながら環状に配置されている)が「いのち」の発露としてあらわされていることに深く敬意を表したいです。

復活のメッセージは、私たち一人一人が神を信じないという罪の証拠をイエス様のお体の傷跡として残していることと、それゆえにその方のよみがえりは、私たちに罪からの全き訣別という新しい生活への希望を与えてくれるものとして示されています。この二方面のメッセージは、この「オオツルボ」の開かれた花弁が示すように、すべての人に向かって開かれている、気高くも希望を抱かせるメッセージです。「新しいメッセージの熱情」と題して解き明かす、メリル・C・テニーの論述を引き続いて篤(とく)とご熟読くださいますように・・・。

一 新しいメッセージの熱情

 よみがえりのキリストというメッセージは、伝道における説教の核心をなすものである。イエスを、死人の中から復活したかたとして説いて投獄された、ペテロとヨハネとは、釈放されるやいなや、また同じ説教を試みた。パウロは、復活の福音の非常に有能な弁明を終えると、「この鎖は別として」(使徒26:29)、みんなの人がわたしのようになって下さることを、わたしは切望しているのです、と言って、その議論を結んだ。ただ強大な現実性だけが、彼らに、迫害や窮乏を乗り越えて世界伝道に進む、尽きることのない熱心さを与えることができたのである。

 この現実性において、第一に指摘されなければならない事実は、復活が罪の事実を証明するものだということである。イエスが墓の中にとどまっておられたならば、十字架は、手を焼かせた民衆先導者を法的に除去しただけのこと、あるいはおそらく、たいせつがられていたある教師の悲劇的な最後、あるいは悪くても、正義のひどい失策と見られただけで終わったであろう。このうち、今どの見解が採られるにしても、結局のところ、彼に対する刑の執行は、無知で偏屈な時代のへまとして説明し去られてしまうのである。死人の中からの復活だけが、次の事を決定的な事として立証する。すなわち、ナザレのイエスは、預言者たちがあらかじめ告げていたユダヤのメシヤであったということ、また、彼の神の子であるという主張が、詐欺師の根拠のない大言壮語ではなかったということ、更に、ユダヤ人と異邦人とがともに嘲笑し、退けた人物が、実は栄光の主であられたということである。「(あなたがたは)いのちの君を殺しました。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました」(使徒3:15)」と、ペテロは、議会の人々に言った。このひとつの行為を通して、神は、御子を死に追いやった人間の悪巧みと激情を、罪として、永遠に宣告されたのである。復活ののち、イエスは弟子たちに、「イエスは、その手と足をお見せになった」(ルカ24:40欄外)とあるが、それは、人間の罪が生み出したことの、無言の、しかし最も厳然とした証拠を示されたものであった。

 こうして弟子たちは、罪が決して理論上だけのものでなく、事実性を持つものであるということを思い知らされたのである。したがって、彼らの説教が、大づちの一撃のように、聞く者の心と良心に落ちかかり、悔い改めを激しく迫ったのは、少しも驚くにはあたらない。キリストがよみがえられたのなら、彼を死においやった罪は、まっこうから問題とされ、征服されなければならないのである。言いのがれや言い訳は許されない。それは直ちに解決されなければならないのである。

 キリストの復活は、真の救いの保証である。彼の傷跡は、罪のためのあがないが完成していることを物語っている。使徒行伝十三章には、有名な、ピシデヤのアンテオケにおけるパウロの説教が載せられている。それは、彼の伝道説教の典型的なものの一つと考えられている。彼は、長い歴史的な議論の終わりを、キリストの死と復活の叙述で最高潮にまで盛り上げ、次の言葉でその説教を結んでいる。

ですから、兄弟たち。あなたがたに罪の赦しが宣べられているのはこの方によるということを、よく知っておいてください。モーセの律法によっては解放されることのできなかったすべての点について、信じる者はみな、この方によって、解放されるのです(義と認められるのです)。 (使徒13:38〜39)

 キリストのよみがえりは、律法の要求が残らず満足させられたことを意味する。キリストのよみがえりは、人類の反逆に対する寛大な神の恵みにあふれる回答なのである。キリストのよみがえりは、「ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです」(ヘブル7:25)ということを意味しているのである。

 よみがえりのキリストは、不死の証拠である。キリスト抜きの不死は、よく見積もっても夢にしかすぎない。人々はそれを、可能性であると論じ、蓋然(がいぜん)性であると考え、ほんとうなら良いのにと望んだ。しかし、その点に関する、最善の、最も理論的な思想の表出も、ついには実現の可能性のないものと判断されるのが常であった。「プラトンよ、あなたはまことによく推論を重ねた。しかし・・・」というのが、多くの思想家たちの態度であった。それに反して、イエスは、不死について論じようとしてはおられない。ただ、「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません」(ヨハネ11:25〜26)と言われただけである。彼は墓からよみがえられたとき、ご自分の言葉を確証された。不死は、彼においては、一つの確かな事なのである。

 このようなメッセージに、真の熱情がかきたてられるのは、当然のことである。罪が真であるならば、人は非常な危険の中にいるのであって、それから救出されなければならない。だれかの家が燃えていたなら、私たちはその家の人を起こして、彼が焼け死んでしまうことのないようにするであろう。しかし、その人の霊的危険に対してなら、私たちは、それほどの関心を寄せなくてもよいのであろうか。もし救いが真であるならば、私たちは、人の益になるよい知らせを持っていることになる。そのよい知らせを持って友人を訪ねるのは、うれしいことである。それでも、永遠の現実を宣べ伝える特権に対してならば、あまり感興をわかさなくてもよいのだろうか。不死が真であるならば、私たちは、失意の人たちにも希望があることを教えることができる。それでも私たちは、そんなものを伝えることには熱心にはなれないと言うのであろうか。復活のメッセージの現実は、私たちの生活に、新しい妙味を添えてくれるものなのである。