2014年8月28日木曜日

『ディア・グロリア』の描く世界の一考察

ベッケー(?)というドイツの花
縁あって、『ディア・グロリア(戦争で投函されなかった250通の手紙)』という木村太郎氏の著作を今夏読むことができた。尊敬する知人が、私がこのブログでも度々紹介している小林儀八郎さんの戦時中の手紙をまとめていることを知って、参考にしてみればと言って、貸してくださった。出版後すでに三年は経っている本で、いささか時期遅れに読むことになってしまって面映いのであるが、読了、様々なことを教えられ、今日に至っている。今日はそのことを少し書いてみたい。

本の中味は太郎氏の姉君にあたる利根子さんが、英文で記したアメリカの友への手紙を主軸に、利根子さんの生涯を跡づけた構成になっている。日本人である利根子さんがなぜ英語で自己を語らざるを得なかったのかその事情や、ほとんど昭和時代そのものと重なる利根子さんの生き様は、昭和日本が甘受せざるを得なかった戦争に、個人がどのように立ち向かって行ったかの貴重な記録の様相を呈している。

そして、平成の御代に長寿国日本が経験する高齢化社会をそのまま反映するかのように突然の利根子さんの脳梗塞でその友人への手紙の仮想スタイルを取った自己吟味の記録は誰にも知られず、そのまま葬り去られる性質のものであった。しかし幸い、近親者である太郎氏によりその記録が見つけられた。高名なジャーナリストである同氏の手により、英文の手紙はものの見事に復刻された。しかも日本語で。

利根子さんは、父君の勤務の関係で1934年(昭和9年)、六歳かそこらで渡米することになる。それから1941年(昭和16年)の太平洋戦争の直前、日米関係の悪化を懸念する空気の中で、第二の母国アメリカを引き揚げざるを得なくなる。まったく学制の異なる帰国後の日本での学生生活、そこにはまた様々な難題が待ち構えていたはずである。思春期にある彼女にとってそれは大きな苦しみ悩みであったに違いない。しかしそんな個人の思惑も何のその、彼女はそれから、その英語力を買われて戦時中はラジオ放送をとおして敵国アメリカへの宣伝放送に動員され、敗戦後は敗戦後で今度はB・C級戦犯の通訳として用いられることになる。

利根子さんはアメリカで育ったゆえに英語を使わざるを得なかった。最初は大変な苦労であったが、7年余りの滞米期間は彼女にとって、自己を表現する方法はもはや日本語よりも英語の方がふさわしいというほどまでにすっかりその英語は定着していた。ところが、事もあろうにそのアメリカと日本が戦うことになったのである。これほど身を裂かざるを得ない苦悩はなかったのでないか。

私が一人の勝手気侭なる読者として一番考えさせられたのは、東京大空襲に会い、利根子さんが高熱に悩まされ、やっと回復する中で記している1945年の3月のディア グロリア宛の手紙の文面であった。彼女はそこで天国について、また神さまについて大いに語るのである。しかし、そこには彼女が滞米生活で一片の福音にも触れていなかったとしか言いようがない、何とも言えない不可思議さと同時に、私にとっては悲しみとしか言えない記事があった。

ある意味で、この有能な利根子さんが東京大空襲という自己の生存を二重に脅かしたであろう、その断末魔のできごとの中で一生懸命に思索しておられるのに、この結論は何なのかと思わされ、ショックを受けたのだ。でもその後何度もその文章を読むうちに、違う感想を持つように変えられて来た。その文面を紹介しよう。

私は日本人だけど、ただの紙切れが家を火事から護ってくれるなんて信じられないわ。でも人間がだんだん賢くなってそういうことが信じられなくなったとき、今度は見えないものを神様にしたのね。なにしろ目に見えないのだから、神様の力は想像するしかないのよ。神様が水の上を歩いたり、世界中に洪水をおこしたりなんて想像するの。それが神様なのね。(中略)私が神様をほんとうに信じたら、私はとんでもない臆病者だと思うわ。何かに、しかも目に見えない何かに頼るなんて! ピアってとても現実的な女の子が、こう言ったことがあるの。「神様って、あなたの心のことよ」。そのことをずーっと考えていたの。彼女が言ったのは、人の中で何が正しいか、間違っているか判断するものよね。言い換えると良心ね。それは神様かもしれない。そんな神様なら他にもたくさんあるわ。だからその中から私たちの道徳にとっていちばん大事なものを神様と呼ぶこともあるわ。でもそんなのは多くはないわ。ほとんどはいんちきで吐き気のするような目に見えない神様なのよ! ほんものはもっと力があるわ。そのうちに私の神様について書くわね。(同書159〜160頁より引用)

私は目に見えない神様を信じている。水の上を歩かれたイエス様を信じている。そういう論法で行くと私と利根子さんとは全く違うとしか言わざるを得ない。しかし利根子さんが「ほんものはもっと力があるわ。」と語っていることである。にせものでないほんものの神様に利根子さんは出会いたがっていることがよくわかった。違う感想を持つようになったと言ったのはそのことである。「そのうちに私の神様について書くわね。」とは何たる彼女の心の希求であろうか。

二千年前、パウロは次のように語った。

私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。どうか、私たちの父なる神に御栄えがとこしえにありますように。アーメン。(ピリピ4・19〜20)

神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。ある人たちにとっては、死から出て死に至らせるかおりであり、ある人たちにとっては、いのちから出ていのちに至らせるかおりです。(2コリント2・14〜16)

ああ、願わくは我をして、主よ、未だあなたを知ることなく切に主を求める人々に適切に福音を語り伝えさしめよ 。

2014年8月26日火曜日

創造のはじめ

つばめさんご夫婦は 高いところで なんの ご相談でしょうね 東御市 8/12
今日、久しぶりに学び会に出席し、そのあと四人ばかりで親しい交わりを持たせていただいたが、その時、父がイエス様を信じてはいるんですが、根が科学畑なので一々理屈を言われて困るんですよと言って一つの質問が出された。それはアダムの誕生の年代と、科学的考察に基づく地球上の歴史のちがいをどう説明したらいいんでしょうかという問いであった。すぐその場で答えられなかったが、一冊の本の記述を思い出した。以下に転記しながら考えてみた。

(しかしまた)サタンの堕罪は彼の支配した領域の崩壊とも関係があったに相違ない。霊と自然との有機的な結びつき、それから後に規模はより小さいがそれに似ている「人間の堕罪」が、それを証明する(そよ風の吹くころ、彼らは園を歩き回られる神である主の声を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。
創世記3・8)。世界と地との破局はこの宇宙的な革命に対抗する神の正義の反撃の働きとして起こった。そして造られた物は虚無に服せしめられてしまった(それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。ロマ書8・20、21)。

詳細なことは一切、われわれの認識から隠されている。ただ人類が現われる以前、考えも及ばないほど永い期間、地上において植物界及び動物界に死と絶滅とが荒れ狂っていたことだけは、たしかである。このことは地質学的な地層と歴史以前の動物界の発達段階とが、極めて明確に立証している。われわれの足の下に横たわっている地層は、まさに「石の畑にとり囲まれている巨大な墓地」にほかならない。全く、歴史以前の時代の多くの猛獣は、実に貪欲で狂暴な破壊力を有する怖るべき怪物であった(1)。

1 チュービンゲン大学の古生物学者フライヘル・フォン・ヒューネもアダム以前の創造世界における死を、神から委命された「この世の君」であるサタンの堕罪と結びつけている。
 
旧約聖書の証言も、よくこれに相応している。なぜなら、旧約聖書に記録されている人間に委託されたことは、楽園を耕すばかりでなく管理することであり、さらに人間が神に逆らう敵対勢力の誘惑に試みられたという事実は、悪は最初に人間のなかに生じたのではなくて、人間以前にほかの被造物のなかに存在していたのであり、従って人間の現われる以前、人が堕罪する以前、人の堕罪と関連して地が詛われた以前、すでに創造のなかに破れ目と不調和とがあったのであることを、すでに旧約聖書において示している。


この点に関して次のような推測を発表している神によって啓発された人々が古代にも近世にもいる。それは、創世記第一章の六日間の御業はもともと再建の事業であって、最初の地球創造ではなかったのであり、人間は元来、主のしもべとし、また造られた物の支配者として、サタンと道徳的に対立しつつ、外形的に再建された地を、この地上に自己の種族をひろめて地を支配することによって、神の御手に取り戻すべき使命をもっていたのである、という推測である。

それで、例えば、ベッテックス教授は、人間はもともと「神の副王として全地をだんだん奪還する」べきであった、と言っている。またヒューネ教授も回復説を支持しているが、「全被造物を神に取り戻すという大事業の手始めは人間であったのである。人間において物質と霊、神の霊とが出逢う。神の子であり、人であるイエス・キリストはサタンとの決戦に勝ちたもうた。そしてこの勝利の結果はあらゆる方面に影響せざるを得ない。それゆえに、十字架が宇宙歴史の中心に立つのである」と言っている。

(『世界の救いの黎明』エーリヒ・ザウアー著長谷川真訳1955年聖書図書刊行会発行同書50頁より引用。)
 

総頁336頁のほんの一部分の引用ではあるが、冒頭の疑問に答える一つの資料ではないかと考える。

「理屈でなく幼子のように…と、わかっているようですが、自分の思いから解放されない自我によって自分を苦しめています」とその方の便りにもあったが、主がどんなに永遠な方か、人間にはわからない。質問は「時間」・歴史の問題であったが、ザウアーは「空間」の問題で宇宙がどんなに限りないものか、天文学的数字を示しながら「創造の偉大さ」(同書33頁)を述べ、それにもかかわらず極めて微小な私たち人間を愛される神の愛に私たちの注意を向けさせている。

主は天にその王座を堅く立て、その王国はすべてを統べ治める。(詩篇103・19)

そしてコペルニクスの1618年のことばを引用している(同書44頁)
「われわれの主は大、その力は大なり、
その智慧には限りなし。
日と月と星と、主を讃えよ、
讃えの歌がいかなる言葉にて響かんとも。
天の諧調よ、主を讃えよ、
御身ら、主の啓示せる真理の証人また容認者も、
また汝、わがたましいよ、汝も、生くる日の限り主の栄誉を歌えよ!
                  アーメン。」

なお、この本の訳者こそかつて紹介した方(http://straysheep-vine-branches.blogspot.jp/2014/03/blog-post_5779.html)の戦後の姿であることを知る不思議さよ。

2014年7月29日火曜日

点と線(下)

お母さんはヒマワリが好きでした。
年々気候の変動ははげしく、今年の夏の暑さは一段と厳しい。知人によると英語ではsweltering, scorching heat と表現するそうだ。体力のない人々にとって受難の季節にちがいない。Sさんのお母さんも6月の下旬には肺炎のため一時危篤状態に陥られた。その後、不思議と持ち直され、ここ数日はリハビリが視野に入るほど元気になられたが、先週の金曜日急に召されたのだ。その日のわずか二三時間前には姪御さんのお見舞いを受け、親しく話されていたというのに・・・。

日曜日のお別れ会を前に実施された火葬の待ち時間にこの方とSさんの妹さんとたまたま席が同じになったのでお話しできた。姪御さんには、召された方の三、四歳年上のお姉さんにあたるお母さんが今なお札幌にご健在である。母方のいとこであるSさん、妹さんとは北海道時代の幼いときから緊密な交りがあり、特に叔母さまが長男であるSさん家族のもとに身を寄せられてからは、ご自身も近くに住んでおられたので、「おばさん、おばさん」と慕っておられたようだ。それだけにその想い出が尽きず、楽しかった過去の想い出が一挙にわき上がるかのようだった。傍に座っておられた妹さんは母親の死の悲しみの中に佇んでおられたが、その方のひとつひとつの話に相づちを打たれていた。

葬儀を通して私はこうしたご遺族の方の悲しみの真近に接する機会が多く、いつも様々なことを学ばせていただく。それは一人の方、召される方の存在の大きさと言うことに尽きる。そして突然の「死」というものを通してたぐりよせられることになる、肉親同士が互いに日頃から愛し合うことのありがたさを改めて実感する素晴らしさである。

それだけに葬儀がどうあるかは大切な問題である。昨日も書いたように喪主であるSさんは無宗教の葬儀には大賛成であった。自分の時もそうして欲しいと言われたぐらいだ。問題はその中味である。お別れ会の司会は葬儀社でなく、私たちにゆだねられた。金曜日の深夜ではあったが、私はYさんに早速この旨お話し、メッセージのために祈っていただきたいとお願いした。仕事の関係で今は東京暮らしが多くなってしまったが、YさんはもともとSさんご一家とは家も近く、Sさんのことをいつも覚えて祈っておられ、お互いに勝手知ったる間柄で、メッセンジャーとしてもっともふさわしいのではないかと思ったからである。

Yさんご夫妻は前回の危篤のおり、お母さんを見舞われたが、私も同行させていただいていた。その折り、Sさんにお会いして万一葬儀が生じた場合のことをあらかじめお話したいと思われたが、たまたま小康状態に入られたため中座されたSさんとは病室でお会いできなかったが、病院を出た車の中で、向こうから病院に帰って来られたSさんの車と遭遇された。そのまま引きかえす方法もあったが、私たちはそうはしなかった。そして突然訪れたお母様の死を目前にして葬儀をどうするかSさんご夫妻が下された決断は、まず火葬をし、そのあとキリスト集会でお別れ会をしていただきたいという要請であった。

決して聖書そのものを否定されているわけではないが、ご自身確信をもっておられないので、無宗教と言っても聖書の中心であるイエス様はやはり宗教の対象ではないかというのが恐らくSさんの素朴な疑問ではなかったのではないか。お別れ会の席上、Sさんを初めとして聖書に馴染んでおられない方々に口ずから神のことばを紹介する恵みにあずかられたYさんはおよそ次のような趣旨の話をしてくださった。

罪人に過ぎない私たちを神さまはどれほど愛してくださっているか、その証拠は御子イエス様の十字架の血に代えて愛してくださった尊さにある。そのイエス様がもっとも憎まれ、悲しまれたのは己を義とする宗教家であった。イエス様は無宗教である。そのイエス様を信ずる者にご自身のよみがえりのいのち、永遠のいのちを与えてくださる。その御子を信じて就眠されたお母様は天の御国で私たちを待っていてくださる。今別れることは悲しいが、私たちには必ず再会できると言う慰めが与えられているので悲しむ必要はないと言う内容だった。

メッセージの前後で皆さんとともに「心を主イエスに注ぎ出すとき」「恵みはやさしく降り注いで」を賛美し、バッハの「ただ愛する神のみにゆだねる者は」というオルガンの独奏あり、また「生きることの悩みも」「水晶よりも光る、いのちの水の」という二曲の独唱があり、最後Sさんがお礼の挨拶を述べられ、キリスト集会に参加される方の祈りで閉じた一時間弱のお別れ会になった。

この日は日曜日とあって、礼拝・福音集会を終えての更なる午後の集いになり、場所も異なったが、ご遺族以外に大勢の主にある友が集まられ、お別れ会を内側から支えてくださった。会場は小ホールを借りられ、50名が定員と言うことであったが、お別れ会が始まるころは椅子が足りず、葬儀社の方々はあわてて椅子を持ち込んでくださったほどになった。

今振り返る時に、私にはお母さんの「死」とその「お別れ会」にいたる経過は、多くの点が神さまのあわれみにより結び合わされ、一本の線になったように、一つ一つの行程を主が用意してくださったとしか思えてならない。それは私の独りよがりの思いに過ぎないのだろうか。 私は今下記のみことばに目を留めている。

あなたの通られた跡にはあぶらがしたたっています。(詩篇65・11)

2014年7月28日月曜日

点と線(上)

年々体力は衰えて行く。今年はなぜかその思いが深い。昨年の今頃はほとんど週に二回ほど電車を乗り継いでは、遠く次男のお嫁さんのお見舞いに出かけていたのに、そのことが今となっては嘘のようだ。

そんな昨年の某日、そのお見舞いの帰りの武蔵野線の混雑する車中でSさんと乗り合わせた。Sさんとはかれこれ20数年間お互いに旧知の間柄であったが、お会いした時にご挨拶を交わす程度であった。ところがこの時はずっと西国分寺から南越谷までご一緒できた。どんな話をしたかはっきりとは覚えていないが、Sさんの人となりを受けとめることができ、確かなお互いの人格的触れ合いがあったように思う。

今年の6月ころからか、私自身の体の具合がよくなく、何度か地元の病院に通うことになった。徐々にあきらかになってきたことは「心房細動」が生じているということだった。様々な事情のもと、今は別の病院にかかり始めたが、その最初の病院の何回かの通院の際に、たまたま入院中のKさんを序でにお見舞いしようと赴いたおり、病室の談話室で話し込んでおられる方々の傍を通りかかった。

その場にSさんがおられた。そんなに親しく間近にSさんとお出会いしたのは武蔵野線以来のような気がするが、その場でSさんからご一緒におられる姪御さんご夫妻を紹介していただいた。その時、すごくSさんは姪御さんご夫妻のお見舞いを喜んでおられるご様子で、その上、私にも「母を見舞ってやってください」と快活におっしゃった。全く自然な流れのそのことばにSさんがいかにお母さんを大事にまた誇りにされているかを私は直感した。

これはいよいよお見舞いに行かねばと思った。お母さんが入院されていることを家内から知らされており、知人の方々が何回もお見舞いに行っておられることを聞いていたのに、自分からは行こうとはしていなかったからである。それから折りを見て三回ほどお見舞いした。

そのお母さんが先週の金曜日夕刻に89歳で召された。急の連絡を受けたのは食事中であったが、取るものも取りあえず、すぐ家内と二人で自転車で病室に赴いた。私は内心驚いていた。普段は病気をかこっており、我が身を愛(いと)しんでばかりいた自分がそこにいなかったからである。もはやそんなことにかまっておられない自分がいた。

急行した病室にはSさんの奥様がにわかなお義母様の急変を前にして、ご主人の病院への到着を今か今かと待っておられた。医師は息子さんであるSさんの到着を待って死亡診断をなさりたいようであった。待つこと30分ほどしてSさんが着かれ正式な診断がなされた。

当然の如くSさんご夫妻は次に葬儀をどうするかの問題に直面された。私たちはその場にいてご夫妻のご判断を傍でうかがうだけであった。私たちはお母さんのお見舞いを通して、みことばを読んで差し上げ、お祈りしてお母様がお喜びになったのを知っているので、天国に凱旋なさったことを確信していた。でもSさんにはその確信はなかった。奥様をとおしてイエス様のご存在を知ってはおられるが、日頃から科学の世界に生きておられるSさんにとっては今一つ確信がなかった。無宗教の葬儀には大賛成であったが、具体的にどうするかは中々決まらなかった。そうこうするうちに葬儀社の方が来られ、お母様の死を悼む余地なくことは進めれて行きそうであった。

かれこれする内に急を聞いて駆けつけたお孫さんがあらわれた。偶然だが、お孫さんは私が今度行くことになった病院の看護師さんでもあった。それだけではない。20数年前は私が幼い彼女に教会学校で聖書を読んだり賛美したり遊んであげたお子さんであった。見違えるばかりに成人した彼女のテキパキとしたアドバイスに、葬儀の次第で頭を痛ませていたSさんご夫妻も私たちもどれだけ力づけられたかわからない。

いよいよ病院から葬儀社の車にご遺体が搬送されるのを見送って、私たちは葬儀のことを主におゆだねして家に帰って来た。その後一時間ほどして夜中、奥様から日曜日に火葬し、四時から一時間程度のお別れ会をするようにしましたとの連絡を受けた。お母様が召されて、5、6時間のうちにすべては決定された。

「点と線」と思わず銘打たせていただいたが、主イエス様のご愛は網の目のように、私たちの思いを越えていつも張り巡らされている。明日はそのお別れ会の様子を描写したい。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ8・28)

2014年6月12日木曜日

聖霊降臨(下)

こんもりと 入道雲 天高し 2014.6.8
もう一つの大切な点についてちょっと考えたいと思います。すなわち、天の宝を引き出すこととは、引き出す鍵とは何でしょうか。言うまでもなく「信仰」です。信頼することです。罪の赦しをいただくにも、聖霊を受けるにも必要なのは「信仰」です。イエス様がわれわれの身代わりとなって亡くなってくださったことを知り、信じ、感謝したとき、われわれの罪が赦され、私たちは神の御前に義とされたのです。

イエス様の召天された日のことを考えてください。イエス様は、地上における33年の間、罪と汚れのこの世に住み続けられ、十字架の上で救いを成し遂げられ、よみがえり、召天され、天に昇られたとき、天では口では言い表わすことのできないほどの喜びがあったことにちがいない。イエス様は、すべてのものにまさる名を与えられ、高く引き上げられました。イエス様は、今天の父なる神様の御座におられます。そこから聖い御霊をわれわれに注いでくださったのです。ですから、私たちは御霊の注ぎのために祈る必要はない。二千年前に、一部の人々ではなく、全教会に降り注いでくださり、今すでにわれわれのうちにおられる御霊を心からお受けし、感謝すれば十分です。

われわれのところに、まだ御救いにあずかっていない方がいて救いを求めるとき、私たちは、その人の身代わりにすでに救いを成し終えたイエス様を示し、ともに祈ります。そのとき、その求める人が、「イエス様、あなたは私の罪をお赦しになるでしょう。私を赦したいのでしょう。」と祈るなら、私たちは、その人が御救いにあずかったとはもちろん信じられません。けど、その人が「イエス様、あなたは私の身代わりに死に、私の罪を赦してくださいました、感謝いたします。」と祈るなら、その方の救いの確かさを私たちは認めるのではないでしょうか。

御霊様についても同じです。われわれが「御霊を下さい」と何十年間祈っても同じです。けど、「イエス様、高く引き上げられ御霊をお下しくださいましたことを感謝いたします。」と言って御霊を心にお迎えするなら、私たちはその力を自らのものとすることができます。イエス様は、あとになってから、主となられるのでしょうか。そうではなく、イエス様は今すでに主の主としておられます。ですから、御霊を待ち望む必要はなく、われわれはすでに聖い神の霊を信ずる者としていただいています。心の目で主なる神の事実を見て、そこから湧き出る「信仰」が大切です。すでにイエス様が高められ、われわれの上に御霊をお注ぎくださったことを心の目で見るなら、私たちはこのすばらしい賜物を感謝しないではいられません。御霊を受けるために必要な条件が使徒行伝の2章38節に書いてありますね。2章38節。

そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。

二つの条件と、それにともない二つの賜物について書かれています。二つの条件とは「悔い改め」と「洗礼」すなわち信仰の証(です)。二つの賜物は「赦し」と「聖霊」です。

「悔い改め」とはどういうことかと言いますと、一口で言いますと、趣味が変わる、全く変わるということです。以前には罪を愛していたけれど、今はそれを嫌うようになった。以前にはこの世は自分にとって魅力だった、しかし今はこの世の快楽は自分の費(ひ)ではない。以前にはイエス様のものとなるということが恐れであった。けど今はイエス様のものであるということが無上の喜びです。以前はあれこれを努力して自分のものとしようとしたが、今は追い求めるのはイエス様だけです。以前には恥としまた軽べつしていたものが一番尊いものとなったのです。このように全く趣味の変化を経験した者が、はじめてまことの悔い改めをした者と言うことができるのです。

二番目の条件とはこの箇所を見ると「洗礼」です。洗礼は心の信仰のあらわれであり、一つの告白です。一つの証です。イエス様とともに十字架につけられ、ともによみがえらされたことを信ずる者は洗礼を受けることを求めます。この箇所を見ると、罪の赦しと聖霊の賜物を受ける条件が、これまで述べた悔い改めと洗礼であることをはっきり言っています。私たちは悔い改めてほかの人に信仰告白したことがあるのでしょうか。もしそうなら、罪の赦しと御霊の賜物をいただいているのです。罪の赦しは受けているが、二番目の賜物である御霊は受けていないと言うかもしれないけれど、聖書は、「悔い改め」と「洗礼」すなわち信仰の告白という二つの条件を満たすと、それにともなって、必ず二つの賜物が与えられるとはっきり言っています。

もしかすると今日まで罪の赦しというひとつの賜物だけを考えて感謝したかも知れません。けれどそれだけでは結局十分ではない。

イエス様は高く引き上げられた方です。父の右に座しておられるお方です。コリント第一の手紙3章の16節、293頁になりますが、3章16節。

あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。

このコリントの信者たちは御霊の現われを重んじて異言や奇跡を追い求めていましたが、主のものとしての実際生活は実に乱れていました。御霊の力が彼らの上に働いていたが、彼らの内に全く働きをなすことができませんでした。これがコリントの信者の実情でした。彼らはもちろん聖霊を受けたが成長していなかったのです。主のものとなった兄弟姉妹は神の宮であり、御霊が内に宿っているという知識は今日の主のものにもどうしても必要なことです。御霊によって、主なる神はご自身われわれの内に住むようになったのです。もしも御霊が確かにわれわれの心に宿っておられるなら、父ならびに御子イエス様は私たちの内に宿っておられます。これは単なる理論ではなく確かな事実です。想像できないけれどほんとうなんです。

もう一つ言えます。われわれの持っている宝はわれわれの歩みを定めるのではないでしょうか。一つの問題があります。いったいどうして聖霊の力を体験することができないのでしょうか。それは内に住んでおられる内住の御霊を恐れ畏(かしこ)んでいないからです。いったいどうして多くの人々の間にはそんなに差があるのでしょうか。ある兄弟姉妹は勝利の生活を送り、ある兄弟姉妹はいつも打ちのめされています。主の御臨在の多い少ないがその結果をもたらすのでしょうか。決してそうではありません。すべての主のものとなった兄弟姉妹の内に御霊を宿しています。内住の主を心の目で見ると生活の内容が全く変わっています。ある兄弟姉妹は御霊の支配に自分をゆだね、ある兄弟姉妹は自分が自分の主となっている。これは大変な問題です。

われわれが、私たち自身は主のものですという事実を認め、主にあって喜ぶことができれば、ほんとうに幸せなのではないでしょうか。

2014年6月11日水曜日

聖霊降臨(中)

琵琶湖東岸から湖西比良山系を望む(2014.6.7)※
エペソ書1章3節を見ると、御霊の賜物はもうすでに今ここにある、ということがわかります。

私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。

と、あります。 主の賜物はキリストにある。私たちにはもうすでにわれわれのものとなっている。

しかし、その賜物は個人的に自分のものとして受け取る段階に来なければなりません。多くの人々は、それでは聖霊という賜物を個人的に受け取る前提条件はいったい何でしょうか(と、問われるでしょう)。これに答えるために二つの点についてちょっと分けて考えましょうか。第一番目、注がれた御霊。二番目、内住の御霊です。

注がれた御霊について、もう一回使徒行伝2章に戻りますと、次のように書かれています。使徒行伝2章の33節。

ですから、神の右に上げられたイエスが、御父から約束された聖霊を受けて、今あなたがたが見聞きしているこの聖霊をお注ぎになったのです。 

36節。

ですから、イスラエルのすべての人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」 

このみことばの中には、3つのことがふくまれています。それは第一番目、イエス様が救いをなし終えて高く引き上げられたこと。二番目、イエス様は約束の御霊をお受けしたこと。三番目、(イエス様は)この約束の御霊を信ずる者に降り注がられたこと。この3つのことがふくまれています。なぜ御霊の注ぎがあったか。このみことばを見るとはっきりわかります。弟子たちが祈ったからではない。イエス様が高く引き上げられ、御霊をお受けになったからです。われわれの場合もこの事実が当てはまるのではないでしょうか。

もし私たちがほんとうに救われているなら、すでに御霊はわれわれの上に注がれているのであり、あれをやり、これをやるから御霊を受けるのではありません。主イエスが高く引き上げられたことにより御霊が注がれたのです。

われわれの罪がいったいどうして赦されたのでしょうか。私たちが熱心だったからでしょうか。私たちが自分の罪を告白したからでしょうか。決してそうではありません。主イエスがわれわれの罪を引き受けて、われわれの刑罰の身代わりに十字架の上で亡くなってくださったからです。

私たちはなぜ新しいいのちを受けることができたのでしょうか。 集会に集まったからでしょうか。聖書を読んだからでしょうか。決してそうではありません。イエス様がよみがえってくださったからです。

なぜイエス様を信ずる者全部がキリストにあって御霊様を受けているのでしょうか。あのこと、このことをやったからでしょうか。または、あのことこのことをやめたからでしょうか。イエ、そうではありません。私たちのイエス様が高く引き上げられたからです。御霊が降り注がれたことは、イエス様が高く引き上げられた証拠です。

五旬節はイエス様が、主の主、王の王として、諸々の天よりも高く引き上げられた証拠です。あのナザレのイエスはただ単に自らの考えで殉教したのか、それとも全人類の救い主として十字架におかかりになったのか、どうしたら知ることができるのでしょうか。われわれの上に注がれた御霊によってそれがわかります。

イエス様が高く引き上げられたがゆえに、私たちはイエス様を受け入れることによって、聖霊を受けました。イエス様を受け入れた者はみな御霊を受けています。私たちはどのようにして罪の赦しをいただいたのでしょうか。集会に集まり、聖書を読み、熱心に祈ったために救いが与えられたのではありません。イエス様が血潮を流してくださったから、罪が赦され、救われたのです。ヘブル人への手紙9章22節。旧約聖書の引用されている箇所です。血を流すことなしには罪の赦しはあり得ない。

血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです。

救いにいたるただ一つの道は、結局、イエス様の流された血です。イエス様の血はわれわれの罪のために流されたのだ、ということを知り、認め、それを心から感謝したとき救われたのです。

御霊も同じ方法で受け入れたのです。私たちはイエス様が高く引き上げられたことを信じました。そのとき、私たちは御霊をお受けしたのです。もし私たちがまことの救われた者であり、イエス様の血が流されていて、なお罪が赦されていないということはあり得ません。同じようにイエス様がすでに高められておられるにもかかわらず、私たちが救われた者として、聖霊を受けていないということもあり得ないことです。

そう言っても私は何も御霊について経験していないので、立場としてはすべてが与えられているとしても、実際には御霊を持っているとは言えないと言うかもしれません。もちろん私たちはそれらを個人的にわがものとして受け取らなければならない。この素晴らしい賜物を個人的に自分のものとして受け取るには、主なる神の永遠の事実に私たちの心の目が開か(れ)なければなりません。私たちは、イエス様がもうすでにすべてを成し遂げられたことを感謝したとき、救いをいただきました。もし、私たちがイエス様の高められたことを見、それを感謝するなら、御霊の力を経験するはずです。

イエス様はわれわれのためにご自分のいのちをささげ尽くされたのです。この事実を心の目で見るとき、救いのためにもがくことをやめるはずです。そして、主の救いに自分の身をゆだね、豊かな赦しをいただくことができます。イエス様は高められ、御霊を教会の上に降り注がれました。もし、私たちがこの事実を心の目で見るなら、「御霊を下さい」と叫び求める努力をやめるでしょう。もし、私たちが聖書に記されている主なる神の永遠の事実を上からの光によって、啓示によって知らされると、主はわれわれに信仰を与えてくださいます。そして、この信仰により神の事実はわれわれのものとなります。

ある若いキリスト者があるとき、「主よ、御霊を私に下さい」と祈り始めましたが、すぐそれは誤りであると気がつき、「主よ、もうすでに私のうちに御霊を与えてくださったことを感謝します」と祈ったところ、御霊の力を内に経験し、その者の生活が完全に変わって来たということです。

(※気候変動激しい日々である。「雲間から 光溢れて 湖上に 御霊もまた かくの如きか」)

2014年6月10日火曜日

聖霊降臨(上)

今日※は聖霊降臨祭、ペンテコステです。確かに日本のカレンダーには書いていないかもしれないが、外国のカレンダーでは必ず書いています。もちろん今日だけでなく、明日も必ずどこでも休みです。アイドリンゲンでも今日は8000人以上の若い人々が集まるようになりましたし、前に入っていた団体リーベンゼラー・ミッションでも恐らく8000人くらい集まるようになるのではないでしょうか、と思います。

御霊が来られた、約束どうりに。イエス様は「わたしがあなたがたから離れたのは、あなたがたにとってしあわせです、御霊を送るからです」(と言われました)

けれども、「御霊」とはいったいどのようなお方なのでしょうか。

今より百数十年前の地図を見ると、アジア・アフリカ・オーストラリアの一部分は白いままで残されており、地図の傍注にはまだこの地方は調べ尽くされていないと、書かれており、河川も実線で示されておらず、点線で示されていました。また地図によっては都市の所在地もまちまちという有様でした。イエス様を信ずる兄弟姉妹の経験におきましても、その地図のように白いままで残されている未知の世界があるのではないでしょうか。とりわけ御霊についての知識に乏しい人が多いのではないでしょうか。

今読んでくださった箇所を見るとわかります。エペソの信者たちがやはりそうだった。もう一回読みましょうか。使徒行伝19章1節から

アポロがコリントにいた間に、パウロは奥地を通ってエペソに来た。そして幾人かの弟子に出会って、「信じたとき、聖霊を受けましたか。」と尋ねると、彼らは、「いいえ、聖霊の与えられることは、聞きもしませんでした。」と答えた。「では、どんなバプテスマを受けたのですか。」と言うと、「ヨハネのバプテスマです。」と答えた。そこで、パウロは、「ヨハネは、自分のあとに来られるイエスを信じるように人々に告げて、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」と言った。これを聞いたその人々は、主イエスの御名によってバプテスマを受けた。パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。その人々は、みなで十二人ほどであった。

とあります。パウロが彼らに、「信者になったとき、あなたがたは御霊を受けたのか」と聞いたとき、彼らは御霊なるものがあることさえ聞いたことがなかった、とあります。御霊の世界はエペソの信ずる者たちにとって、結局、未知の世界でした。父なる神のことはよく知っていて、主なる神は全宇宙の創造者であり、われわれの父であり、全能にして愛に満ちておられるお方であると、心から言うことができました。またイエス様のことも身近に覚えて、イエス様はわれわれの救い主であり、私たちの持てるただ一つの富です、と言うことができたんですけど、御霊は尋ねられますと、御霊についての知識は持っていても、実際には不確かなぼんやりしたものにしか感じていないようです。

御霊と私たちの間の関係はわれわれの霊的生活、霊的信仰に欠くことのできない関係です。 新約聖書によると初代教会の兄弟姉妹にとっては御霊はほんとうに現実的なお方だったことがわかります。初代教会の兄弟姉妹は「御霊」に教えられ、「御霊」に満たされ、「御霊」に導かれたのです。彼らが御霊に語りかけられたということは使徒行伝に書かれています。たとえば、8章29節

御霊がピリポに「近寄って、あの馬車といっしょに行きなさい。」と言われた。

御霊が言われた。10章19節。

ペテロが幻について思い巡らしているとき、御霊が彼にこう言われた。「見なさい。三人の人があなたをたずねて来ています。さあ、下に降りて行って、ためらわずに、彼らといっしょに行きなさい。彼らを遣わしたのはわたしです。」

結局、御霊が言われた、とあります。13章の2節

彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。」と言われた。

結局、聖霊は話された、命令した、とあります。それだけではなく、初代教会の兄弟姉妹が、御霊に満たされたということは、やっぱり使徒行伝をとおして知ることができます。2章の4節

すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。

4章31節。

彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。

13章52節

弟子たちは喜びと聖霊に満たされていた。 

と、あります。初代教会の兄弟姉妹が、聖霊によって導かれたということも使徒行伝をとおして知ることができます。15章の28節。

聖霊と私たちは、次のぜひ必要な事のほかは、あなたがたにその上、どんな重荷も負わせないことを決めました。

云々とあります。もう一ヵ所。16章の6節。

それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。

と、あります。

各集会に親しく臨在なさる御霊は、まだ主を信じない者にとっては非常な恐れを抱かせ、すでに救いにあずかっている人々には勝利と喜びを無限に与えたのでした。

旧約聖書においては、御霊を内に宿していた人々はちょっと少なかったようです。限られていました。すなわち、主に特別に選び取られた祭司たち、王たち、士師、預言者たちだけだったんです。新約聖書の今では、聖霊の賜物はすべての救われた人々が持つことのできる特権です。神の友であるモーセ、神のみこころにかなったダビデ、力に満ちた預言者エリヤに臨んだと同じ御霊が今日信ずる一人一人に内住しておられます。御霊の賜物により、現代のすべてのほんとうのキリスト者は、旧約聖書において、主に特別に選び別たれた主の器と同じ水準に、立場に置かれています。ローマ書5章の5節。よく知っているすばらしい箇所です。5章5節。

この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた(過去形ね)聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

8章、同じくローマ書8章9節。

けれども、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです。キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。

われわれに与えられるすべての賜物は、キリストにあって私たちに与えられます。
(※6月8日、この日曜日に吉祥寺集会で語られたベック兄のメッセージの聞き書きである。)