葬儀のあと談笑する兄弟たち |
何年前のことであったろうか。恐らく10年くらい前のことであったと記憶する。今しも家庭集会が開かれんとする時であった。三人の方が乗り込んで来られ、その集会が解散されざるを得なくなったことがあった。しかも、その三人の方は、家庭集会を開こうとされていた当のご主人のご両親と妹さんであったから異常であった。
そこには私だけでなく何人もの方々が集会があると言うので集まっていたので、それぞれの心に強烈にその時のことが刻印されているはずだ。もちろん事前にそのことは知らされていたので、私達はその集会が無事に持たれますように祈って参加していた。しかし、三人の方は、私達を大向こうにまわし、その場に居座り、キリスト(信仰)によって自分たちの親子関係が全く駄目になったことを指弾し、今から即刻キリストから離れろというすさまじい剣幕だった。私達は家族間の争いなので、恐怖心を覚えながらも遠巻きに見守るしかなかった。
逆に家族間の愛情がいかに深いものであるかの片鱗を垣間みた思いだった。ところがその三人の方は今いずれもおられない。と言うより、天の御国に凱旋された。一番早く召されたのは妹さん、次に昨年のお母さん、そしてこの12月11日にお父さんが召された。そしてそのご葬儀が今週の日曜日に行われた。
葬儀は無宗教の聖書に基づく葬儀であった。私はこの葬儀を前にして、しばしこの葬儀は「奇跡」だと、何度も思わずにはおられなかった。一家は韓国人であったが日本で生を受け、一旦は韓国へ帰りながら、1955年12月24日のクリスマスイブの日、ちょうど今から60年前日本に来られたのであった。そして7人のお子さん方をそれぞれ最高学府にまで学ばせ、立派に育て上げられた。
ところが、お父さんは何よりも日本人が嫌いであった。長年日本人から差別されひどい仕打ちを受けた心の傷がそうさせた。そのご長男が日本人と結婚された。ご両親は烈火の如く怒られた。その上、お嫁さんはその後キリスト信仰に導かれた。ご両親の迫害はますます激しくなった。
果てることのない争いの中でご夫妻が祈っておられたことは家族の救いであった。私達はこのご夫妻とはかれこれ20数年のご交誼をいただいているが、もともとは奥様が信仰をもたれたことによる。その時、ご主人は頑として福音を拒まれていた。いかなる説得も無理であった。その後ご主人があっという間に信仰をいただかれた。このことも奇跡であった。そして冒頭の出来事はそのご夫妻が家庭集会を開かれようとされている最中に起きたことであった。
今週の日曜日に行われた、お父さんの葬儀の中でご長男は遺族を代表して概略次のように述べられた。 「父は家族を何よりも愛していました。困難な中で自分たち子どもを育て上げるのに精魂傾けてくれました。その愛が自分たちの結婚により裏切られたと思い、迫害を加えてきました。子どもたち皆んなから背かれた父は、晩年自分が加えた迫害を悔い改め何とか和解したいと思っていました。もう身を起こすこともできなく弱り果てた父を抱きしめたとき、『おまえは一番の親孝行者だ、世界一の親孝行者だ』と言ってくれました。自分は何一つ親孝行らしきことはできませんでした。でもかつて自分たちがキリスト信仰を持った時、一番の親不幸者だとののしっていた父がこのように変えられたのはただ主イエス様の愛のお陰だと心から感謝しています。今は父になりかわって、父からひどい仕打ちを受けた弟たちに謝ります」
主イエス様は民族間の対立、家族間の争い、すべての人間の罪に終止符を打つべく神の御子であったが人となって来られた。その生きた証を受け入れられた一家の証を短くまとめさせたいただいた。
やみと死の陰に座す者、悩みと鉄のかせとに縛られている者、彼らは、神のことばに逆らい、いと高き方のさとしを侮ったのである。それゆえ主は苦役をもって彼らの心を低くされた。彼らはよろけたが、だれも助けなかった。この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から救われた。主は彼らをやみと死の陰から連れ出し、彼らのかせを打ち砕かれた。彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。まことに主は青銅のとびらを打ち砕き、鉄のかんぬきを粉々に砕かれた。(詩篇107・10〜16)
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