2015年11月3日火曜日

召された友のこと(尊い一語)(中)

27日当地で行われた別の方の葬儀で喪主からいただいたお花

  葬儀の日、ご主人やお子様方にお会いした。棺に納められた彼女は、出席された多くの会葬者の手により美しいお花で飾られた。三人のお子様方、ご主人の涙はひとしおであった。何度かうめき声に似た嗚咽も聞かれた。その中でも一段と大きな声でその死を悼み嘆かれたお方があった。それは一団の男性の中から聞こえてきた。彼女の兄弟である方の声のようであった。71歳と言う死はやはり今日では早すぎると言ってもいいだろう。

 火葬を待つ間、私は彼女の次兄に当たる方とたまたま隣席になった。私は前回の記事の内容をその方にお話した。その方は葬儀で初めて妹がキリスト者であることを知ったと言われた。兄弟も多く六つも歳が離れておられたからそれもやむを得ないことかも知れない。ところが、その方が私のいとこ※と中学・高校が同じであることを知って互いに驚き合った。その上、今も親交のある間柄であることが話の端々から窺い知れた。

 その奇遇さに驚いたが、彼女からはそのお兄さんの存在は一度も伺ったことはなく、微かに家内が、お兄さんの中で一人だけ過去に教会に行っていた人がいるという話を聞かされていた程度であったが、どんなお兄さんでどこにお住まいの方かも私たちには知らされていなかった。私たちは地団駄踏んで悔しがった。でもこれも彼女がイエス様にあって私たちに遺して行ってくれた真実のような気がし、過去を振り返るのでなく、召されて行った彼女と同じように将来のこと、主イエス様と皆でお会いする日を待ち望むようにと彼女が語っているように思い、胸は新たな喜びで満たされ始めた。

 帰って来てその方が書かれた御本を読んだ。それは『世界が友達(定年からの海外留学)』(朝日新聞社2005年刊行)という本である。前回、私は彼女のことを天女のようだと書いたが、お兄さんもまたざっくばらんな、何ごとも包み隠しなく話されるお方だったが、この本を読んでなお一層お兄様の人柄に接し、彼女が私たちの間で示してくれたあの印象深い有り様の共通点をより深く知る思いだった。

 そして、この本にも短いが、しかし痛切な叫びが記されていることに心を打たれずにはおれなかった。こんな件(くだり)の文章だ。

 長男の昌介が精神病院に入院したのは、高校に入学して間もなくのこと。函館の病院だった。その後、妻が主治医に相談して、1986(昭和61)年12月、児童部のある札幌のS病院に転院した。
 札幌の病院に昌介を預けての帰り道、閉鎖病棟の鍵がガチャンと掛かったとき、病棟の中から「お母さん! お母さーん!」と叫ぶ昌介の声がした・・・と妻がたどたどしく話し始めた。暗く重い口調だった。話を聞きながら私は、言いようもなく悲しく情けなくて、地獄に落ちるとはこういう気分か、と思った。あのときの絶望感は今も忘れられない。(同書196頁「閉鎖病棟の恐怖」より引用)

 このような心の痛みを経験されているお方が、召された彼女のお兄さんであった。彼女はもちろんお兄さんのこの苦しみを知っていたことだろう。それだけでなく、彼女自身の苦しみ悩みも一部を私は彦根で車に乗せてもらった中でもお聞きしたが、更に内面的に様々な自己矛盾を感じ悩んでいたことを私たちは死後、葬儀の席上で他の方から知らされた。彼女はそれらを封印して、ただ全てをご存知であるイエス様を信じて召されて行ったのだと改めて思わざるを得ない。

 それにしても家族の救いは主の約束なのだと思いを新たにした。果たせるかな、スポルジョンの今週の日曜日の「朝ごとに」のことばは次の引用聖句であった。

"The church in thy house." Philemon2
あなたの家にある教会 ピレモン2

彼は問うている。
Is there a Church in this house? Are parents,children,friends,servants,all members of it? or are some still unconverted? Let us pause here and let the question go roundーAm I a member of the Church in this house?

(※このいとこのことは以前書いたことがある。http://straysheep-vine-branches.blogspot.jp/2011/08/blog-post.html

2015年11月2日月曜日

召された友のこと(尊い一語)(上)


 様々な一語がある。有名なのは「クレオパトラの鼻、それがもう少し低かったら、地球の全表面は変っていただろう。」言わずと知れた、パスカルの警句だ。しかし、私たちは、というのは家内と私のことだが、ここ数週間、学生時代から親交のあった友達が家内宛に寄越した一枚の葉書に記されていた言葉に魅せられている。

 それは10月5日の消印のある、「主は生きておられる」という冊子を家内がお送りしたお礼を兼ね、近況を記された葉書の末尾にあった文句である。

 遅かったけど、私は生きたイエス様に会った。貴女のお陰です。

 その葉書を受け取ってしばらくして、寒くなり衣替えの準備をするため、家内が押し入れを整理するうちに、一冊の古ぼけたサイン帳を見つけた。それは1966年当時のものだから、かれこれ50年経ったものだ。当時女子学生の間では卒業記念にお互いに書き合う習慣があったのだろう。嫁入りし、あっちこっち住まいが変ったにもかかわらず、未だに残っていたのは、普段はすっかり忘れてはいるが、それなりに大切にしていた心の宝物だったにちがいない。10数人の乙女がそれぞれ書き連ねているサイン帳の冒頭に同じ方が家内に寄せた次の文句があった。

 何処までも、何時までも、貴女と共に。そして、貴女が其処にいる限り、私は貴女について行く。S41.2.22

 短いが、この言葉の重大な意味を量りかねて、私と家内は、彼女は皆んなのサイン帳に多分同じ文面を書き連ねたのだろうと結論づけた。

 ところが、先週の月曜日10月26日に、近江八幡の主にある兄弟から、その彼女が心筋梗塞で突然召されたことを知らされた。私たちは呆然とした。特に家内は「どうして」「来週の近江八幡喜びの集い(11月7日〜8日)で会うことを楽しみにしていたのに」「どうして」と叫んでいた。

 私はここ10数年、3ヵ月に一回のペースで近江八幡の礼拝に出席しているが、遠方故に、大抵は一人で出席し、家に帰ってから、集会の様子を家内にも話すのを常としていた。その折り、家内の学友である彼女が特にここ一年ほどの間にすっかり変ったことを報告していた。彼女がそれまでの長い信仰生活の果てに最近「私は長い間眠っていました。今目ざめました」と皆さんの前で言われたとお聞きしていたからである。

 確かに彼女はもともと天女とも言うべきパーソナリティーの持ち主であったが、主イエス様の救いを自己のものとしてからの彼女の一挙手一投足はさらに磨きがかかり、座談のおりなど、みんなの心が自由になり、心置きなく互いの胸襟を開くことの出来る一服の清涼剤の如き感がした。

 8月23日、私は近江八幡の礼拝に出席し、帰りは私をふくめ三人の者が車で安土城見学というので送っていただいた。その中に彼女もいた。その後、お一人は安土駅から茨木に帰られ、彼女と私は一緒に彦根まで帰って来た。彦根に降り着いてからは、アルプラザの駐車場に停めてあるという彼女の車で、彦根市内の別の友人をともに訪ねた。その時、少し体がフラフラしているようで車の運転は大丈夫なのかなと一瞬思うことがあったが、そんなに気にはとめていなかった。振り返って見ると後にも先にも彼女と一対一で行動を共にしたことはこれが最初で最後になってしまった。

 10月28日 、葬儀があった。私たちも急遽新幹線で米原まで直行し出席した。その前日27日、こちらでの知人の葬儀を終えたばかりであったが、取るものも取りあえずという形での出席になった。家内は弔辞を読み、茨木の方は終りの祈りをしてくださった。そこには大きな祝福が待っていた。浄土真宗の中で生まれ育まれたご主人は奥様の信仰を尊重され、遺族代表のご挨拶の中で何度も

 キリストでやって良かった

と言われた。真実は短い一語に尽きる。

すると、人々が中風の人を床に寝かせたままで、みもとに運んで来た。イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。しっかりしなさい。あなたの罪は赦された。」と言われた。(マタイ9・2)

(写真は、火葬場に移動する際にマイクロバスから眺めた湖北の佇まい。雲に隠れているのは伊吹山。)

2015年10月24日土曜日

心ありき 干し柿並ぶ 軒先に 

奥に見えるのが雨天用のビニール覆い、苦心の作

  あちらこちらで柿の木がたわわに実を稔らせている。外国からやってきた人がその光景を見て、「どうして日本人は柿の実を採(盗)らないの、さすが公徳心の発達している国だ」と言ったとか言わないとかの話をどこかで聞いた気がする。柿の木に近づくと、「とるな」と紙札がぶらさげられていたりする。10月、郷里に帰り、柿の木を楽しみに帰ったところ、実はほんのわずかばかりだった。来年は紙札をぶらさげねばなるまいと今考えている。

 けれども、今そこかしこで見かける柿は無事であろう。それもそのはず、そのほとんどが渋柿であるからだ。ひょっとして、外人さんもその辺の事情を知らなかったのかも知れない。それはそうと家内はここ二三日の間にものの見事に吊るし柿を作った。何しろ家内の実家には柿の木が何本もあり、その上、種類も多種類にまたがっているという。その点、郷里を同じくするとは言え、私の実家の柿は、富有柿一本である。これでは家内と私とでは勝負にならない。序の口と横綱のちがいだ。もちろん家内の家が横綱である。そんな柿に造詣の深い家内は待ってましたとばかり、造作に取りかかった。写真はその労作の一端である。

 これから三四週間が勝負だと言っている。雨にさらさないのがその条件だからだ。その防止法もご近所の吊るし柿の様子を観察して、見よう見まねで考えてビニールをかぶせるためと言い、工夫をしている。工作人間の家内と思索人間の私ではこれまた勝負にならない。互いに環境、育ちが違う者同士が一つになる。結婚とは考えてみると摩訶不思議なものだ。最近家内がそんな私の無知を指摘する殺し文句は「それでも『物理志望』なんだから」と冷やかし半分に言う。とにかく縦のものを横にしたり、逆に横のものを縦にしたり、物を造作するには様々な臨機応変の工夫が必要なのだが、私がそれができないくせに「物理」とか言ってきたからだ。

 家内にしてみれば、物の理がつかめなくってどうして「物理志望」と言えるのかという素朴な疑問である。これには私もグーの音が出ない。早々に降参するばかりである。だから吊るし柿を物の見事に、購入から製品仕上げに至るまで一切やる家内に頭が上がらない。そして出来たは出来たで「あんたが食べて喜ぶのを見たい」と宣う。このような犠牲の精神はひとえに家内のうちにおられるイエス様のみわざだと思わざるを得ない。今朝のスポルジョンの『朝ごと』には次の聖句が掲げられていた。

"The trees of the Lord are full of sap." Psalm 104:16

 主の木々は樹液で満ち満ちている、と訳せた。しかもその本文には、その樹液こそキリスト者生活を支える、イエス様のいのちそのものであると記されていた。主なる神様が与えて下さった柿の木、そこに実る柿の実を人は様々な方法で味わい楽しむ。主が与えて下さるものを地上の人間は味わわせていただいているに過ぎない。主イエス様は工作人間、思索人間、その他もろもろの属性を備えられたまことの人であり、神である。主への感謝こそ、平和の道を知る唯一の秘訣である。家庭においても、国家においても・・・

 主は泉を谷に送り、山々の間を流れさせ、
 野のすべての獣に飲ませられます。
 野ろばも渇きをいやします。
 そのかたわらには空の鳥が住み、
 枝の間でさえずっています。
 主はその高殿から山々に水を注ぎ、
 地はあなたのみわざの実によって
 満ち足りています。

 主の栄光が、とこしえにありますように。
 主がそのみわざを喜ばれますように。
(詩篇104・10〜12、31)

2015年10月22日木曜日

聖書と小説


 行きつけの図書館からリクエスト本が入りましたと連絡があった。その図書館の方針だろうか、書名は明記していなかった。希望した本は小熊氏の今評判の本だったが、随分早く私の番が来たと思い、喜んで図書館に赴いた。ところが受け取った本は『終戦のマグノリア』と言う私の見覚えのない題名の小説だった。思わず、「この本は私のリクエストした本ではないです。あれー、岩波新書でなかったですか?」と問うた。係の方は怪訝そうに、「いえ、九月二十六日に予約されました本ですよ。あと一冊はまだ来ていませんが、新書ではないですよ」と言われた。

 私の頭はますます混乱した。リクエストしていない本が私の本だと言われている。係の方がうそを言われるはずがない。手許に取り、中身をパラパラめくってみたが、どう考えても私がリクエストした本とは思えなかったが、ここは先方の手前、借りるしかないと思い、持ち帰った。 最初からして、私には中々入り込むのがむつかしい本であった。しかし、作中『木蓮文書』なるものが紹介され、その文書が終戦工作の委細を記したもので、官憲とのせめぎ合いの末結局破れるあたりを読むに及んで、おぼろげながら、新聞の読書欄※で紹介があり、矢も盾もなく、ネットで予約したことを微かに思い出した。(※http://89865721.at.webry.info/201509/article_3.html

 予約した当時はまだ安保法案の国会での採決の余塵もさめやらぬ時であった。鬱屈した思いでこの本を予約したに違いない。しかしいつの間にか自分の脳裏から消え去っていた。だから、この推理小説もどきの、不思議な本との出会いをかかえながら、昨日一日がかりで、家の手伝いもせず、読み切った。

 小説は出だしからして、不思議な出来事が次々起こる正真正銘の推理小説であった。考えてみると、推理小説を読むのは高校一年の時に多岐川恭という作家のものを読んだ記憶があるだけでそれ以来であった。漱石の『明暗』はこれまで三、四回は読んでいる。何日か前、その『明暗』が読んでみたくなり、途中まで読み、新たな感慨を持って読み始めたばかりであった。漱石の作品には生活感覚がある、たとえば台所の後始末をする茶碗の音すら聞こえる気がするし、それは私の中の生活時間と完全にマッチしている。

 それにくらべて『終戦のマグノリア』の舞台は私にとってはやや高級な生活感覚のある世界が舞台であった。お屋敷が舞台であり、そこには二人ほどの家司が住み込み、家族の食事や庭の世話などをする裕福な家という設定であったからである。驚いたのは、その家にニューヨークから甥としてやってきた篠井恭一という男が、実は全く別人の柏原遙であったことが三百数頁にわたる作品の最終段階で明らかにされるというサスペンスであった。

 その上、この小説のプロットは、終戦工作を行なう人物の子孫がアメリカ大統領予備選挙の民主党の副大統領候補であるという大変な日米がらみの、話となって展開するし、個人的には屋敷の女主人悠花(ゆうか)が見かけは丈夫に見えるが「進行性筋ジストロフィー」の病を発症しており、秘かに二人の子ども(中学生と高校生)の成長のために尽くしている一部始終が終末ではじめて明らかにされる。

 小説という表現手段を用いて人間の内側に宿る様々な葛藤が何人もの登場人物を通して明らかにされていく。そのような中で次のセリフは作中の人物の言葉に仮託して伝えるひょっとしてこの作者の本音の一部のような気がした。それは女主人悠花がドイツにいる夫静雄と離婚を決意して長女の菜々花に説明し、会話を交わす場面だ。

 「あなた、ハリール・ジプラーンの『結婚について』という詩、知ってる?」
 ママは目を細めて、水平線を見つめながらいった。
 「知らない。結婚なんかするつもりないし」
 「レバノンの有名な詩人なの。結婚する若い二人に贈った詩でね、そのなかにこんな一節があるのよ。『愛しあっていなさい。しかし、愛が足枷にならないように』『おたがいの杯を満たしあいなさい。しかし、同じひとつの杯からは飲まないように』『お互いに心を与えあいなさい。しかし、自分を預けきってしまわないように』・・・こういうフレーズがいくつも続く詩なんだけれど、わかるでしょ? 最良のパートナー同士はもたれあったり、おたがいの欠けたところを埋めあったりはしないの」
 (『終戦のマグノリア』戸松淳矩著 東京創元社339頁より引用)

 長く、複雑なストリー性を持つ小説は読者もまたそれぞれの思いを仮託して読み継いでいくのでないか。私はこの小説に接する二日前の日曜日午後、天城山からの帰り道小田原で途中下車し、家内と一緒に昨年夫を亡くしたばかりの知人と出会った。その交わりの中で、その方は、夫が結婚するときも、結婚してからも死ぬまで、自分のこと(つまり妻の素性)は一切聞かなかったと言われた。そこには、それほど夫は私のことに無関心だったという半ば恨みがましい思いが表出されているかのようだった。しかし、私はそのことばを聞いて逆に痛く感動させられた。それは亡くなったご主人が無条件にその方を愛され、その愛はイエス様が私たちに示される愛の態度と全く同じだと思ったからである。そのことを率直に申しあげた。その方もハッとされたようであった。だからこの作品のこの場面のセリフに注目せざるを得なかった。

 聖書を日頃読み慣れている者にとって、何と小説はフィクションに満ちているものかと思う。聖書をご存知ない方にとって、聖書もまたフィクションだと思われるかも知れない。しかし、聖書はこれまで何千年も様々な人々に読み継がれた真実なノンフィクションの書である。聖書を通して、人間の描いた小説はその真価があぶり出されるように思えてならない。難しい世相の中でフィクションとは言え、作者が懸命に昭和と平成という時代の真実をノンフィクションばりに描こうとされたその熱意に敬意を表したいが、根底にある人間観のちがいは作者と私とでは上に述べたように大いに異なる。とすれば、時代状況の見方も異なるのでないか。そんなことも考えさせられた。

主は遠くから、私に現われた。
「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。」(エレミヤ31・3)

(一昨日火曜日、二紀展に出品されている方の絵を見に、国立新美術館に行った。生憎その日は休館日であった。ところが、その界隈をうろついていたら、この建物に出会った。その室内の展示の案内のポスターであろうか、その中の包括ディレクターに別の知人の名前を見つけてびっくりした。偶然は一つとしてないことを思い、記念に撮影したのが上の写真である。)

2015年6月18日木曜日

われもまた百合のごとくあれかし


 今朝、百合が一斉に6つも花を咲かせた。あっと言うまであった。昨日は家庭集会があり、私たち夫婦は秘かに、来れられた皆さんのお目をも喜ばせることができればと期待していた。ところが全く蕾は閉じたままであった。ところが、である。今朝起きてみたら、室内から花が開いているのが見えた。しかし、花弁は室内からは見えない。それぞれ一様に空に向かってその花びらを開けているからだ。外はどんよりした曇り空なのに。

 昨日は余りにも沢山の方々が来られたので、きっと恥ずかしさを感じて、蕾を閉じていたのだろう。しかし、今朝はもう我慢し切れなくなって、曇り空の上にある太陽に向かって花を咲かせたのだ。胸一杯に空気を吸うごとく、全面的に空に向かっている。われらもまた太陽ならぬ主イエス様の前にかくあれかしと思っていたら、スポルジョン氏はまたしても今晩次のようなメッセージを書いていた(『朝ごとに、夕ごとに』松代幸太郎訳6月18日より引用)。

わが妹、わが花嫁よ。わたしはわが園にはいって・・・(雅歌5・1)

 信者の心はキリストの園である。信者の心を、キリストはとうとい血をもって買い、そこにはいられ、それが御自分のものだと主張される。

 園は分離を意味する。それは開放された共有地でも荒野でもなく「へい」か「いけがき」で囲った所である。私たちの願いは、教会とこの世を隔てる「へい」が、さらに広く、さらにがんじょうになることである。クリスチャンが「なあに、これぐらいなら何も悪くない」と言って、できるだけこの世に近づこうとするのは悲しいことである。どの程度までこの世と妥協していいのかと聞く魂の中では、恵みの働きは低調である。

 手を入れぬ荒れ果てた土地に比すれば、園ははるかに美しい。真のクリスチャンは、その生活において、最上の道徳家よりもすぐれているようにつとめなければならない。なぜなら、キリストの花園は、世界で最上の花を咲かすべきであるから。キリストの御いさおしに比すれば、最上の花であっても貧弱である。私たちは、しおれた育ちの悪い花を咲かせてキリストを追い出すようであってはならぬ。最も珍しい、りっぱな、すぐれたゆりとバラは、イエスがわが園と呼びたもう所で開かねばならない。

 The garden is a place of growth. (※)聖徒は発育不全であってはならず、つぼみや花で終ってはならぬ。ますます私たちの主なる救い主イエス・キリストの恵みと、主を知る知識に進まなければならない。イエスが農夫であられ、聖霊が天来の露となられるところでは、成長は急速でなければならない。

 園はまた隠退の所である。主は世に対しては御自身を顕現されない。しかし私たちが、自分の魂を主が御自身を顕現される場所として残しておくことを望まれる。おお、クリスチャンがさらに世を離れ、彼らの心をキリストのために、さらに厳重に閉ざしておくことができるように。私たちはしばしば、マルタのように多くの奉仕をしようとして心を乱し、マリヤのごとく、キリストのために心のゆとりを残しておかない。そして、彼の御足もとに座して教えを受けようとはしない。

 主よ、この日、あなたの園をうるおす恵みの雨を降らせたまえ。

(※訳者はこの英文の訳を省かれた。次の文があるので、くどいと思われたのであろうか。でも引用に当たっては簡単な英文であるので補った。)

2015年6月12日金曜日

続『色覚異常』—「翻弄」からの離別

赤レンガ造りの近代化産業遺産「倉松落大口逆除」を前にして

 前回、平本氏の小説『色覚異常』を紹介した。しかし、この小説は副題として「家族、翻弄の昭和史」と銘打っている。確かに、全編を通して描かれているのは、遺伝により、様々な場面で不利益を被らなければならない運命に対して、個人(長女冴子)と家族(杉村浩平・夏子夫妻、弟克彦)がいかに抗って行くかの姿である。それは余りにも痛々しく読む者の心を打たずにはおかない。

 それにしても作者が「翻弄の昭和史」と言わざるを得ない、この「翻弄」をもたらしたそもそもの元凶は何なのか。この小説の主題の一つでもある、日本人の間にある、愚かとも言うべき、謂われなき差別感情(それは昭和史で終り、もはや平成の御代には妥当しないということかも知れないが・・・)や昨今の安保法制をめぐる政治状況を思いながら、私は考えるともなく考えていた。そうした時に以下のスポルジョンの文章(6月7日 松代幸太郎訳)に出会った。

 主を愛する者よ、悪を憎め。(詩篇97・10 英訳)

 あなたは、悪がいかなる害をあなたに与えてきたかを考えるならば、悪を憎むべき十分な理由を持っている。ああ、なんという災いの世界を、罪があなたの心に持ち込んだことか。罪はあなたが救い主の美を見ることができないようにあなたを盲目にし、あがない主の招きを聞くことができないように、あなたをみみしいにする。

 罪はあなたの足を死の道に向けさせ、あなたの心の泉に毒を流し込む。それはあなたの心を腐敗させ、「心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている」(エレミヤ17・9)と評せられるまでにした。

 ああ、神の恵みによる御干渉の前に、悪がほしいままにあなたを翻弄したならば、一体あなたはどうなっていたことか。あなたは他の人のように怒りの子であり、多くの人々と共に悪に走っていた。私たちのすべてはそうであった。しかし、パウロは私たちに告げている。「あなたがたは主イエス・キリストの名によって、またわたしたちの神の霊によって、洗われきよめられ、義とされたのである」(1コリント6・11)と。

 私たちが過去を顧み、悪のなした惨害を思うならば、悪を憎む理由は十分にある。悪の与えた害毒はこのようにひどかった。ゆえにもし全能の愛が干渉し、私たちをあがない出されなければ、当然魂は滅んでいたであろう。それゆえ、おお主にある友よ、苦悩を欲しないならば「悪を憎め。」

 以上が私がハッとさせられた文章である。人々が我が身可愛さの余りに、様々な理由をつけて、「愛」「真実」よりも自己保身を優先させる(冴子の求婚を父親の意見を重視して断念することになる順一の論理にその一端を覚えた)。その結果、悪が勝ち誇る。もちろん、私たちは決してそのような人々を指弾できる立場にはない。立場が変われば私たちもそうなる恐れがあるからだ。そこに目を向けるとき、思わず「翻弄」ということばが出て来るのではなかろうか。現在、日本の政治、経済、社会の各分野で「悪」は猛威を振るっている。上は総理大臣から、下はいたいけな幼子に至るまでその例外なしとしない。

 しかし、主イエスの愛はその人が悪に「翻弄」されている様を、見るに忍びず、自らを十字架に釘づけられた犠牲の愛である。そこにこそ唯一の希望がある。スポルジョンは続いて次のように言っている。

 もしあなたが真実に救い主を愛し、彼を崇めんとするならば、「悪を憎め。」悪を愛するクリスチャンをいやす道は、主イエスと親しき交わりに入ることのほかにはない。彼と共に住め、そうすれば罪と親しくすることはできまい。

 主よ、御言葉によりわが歩みを整え
 わがこころを真実ならしめ
 罪をして支配せしめず
 わが良心をきよく保ちたまえ

 小説の最終章は「別離」で締めくられている。振り返って見ると、その最後は象徴的でさえある。

 季節は間もなく初夏に向かう。夏子が一年じゅうで、いちばん気にいっている数週間だ。この季節に合わせて、夏子は上京の準備をはじめていた。暫くぶりに会うことになる冴子に、そろそろ親として強引にでも手を差しのべる時機がきているのではないか。浩平ともじっくり話し合った。二、三日滞在して心ゆくまで語り合うことにしよう。
 夏子には成算があった。(『色覚異常』213頁)

 しかし、作者はあとがきで、「幾度か目の当たりにした不合理な社会の現実を、人権問題と重ね合わせて筆を進めるのは比較的容易ではあったが、それは本来作者の意図するところではない。挫けては這い上がり、たとえ這い上がれなくても生き続けざるを得ない。訪れた束の間の平穏を、むさぼるように確かめあうーそんな家族一人ひとりの起伏にみちた心の連鎖を、生きる側の視点から紡ぎだしてみたかったのである。さて、作品は母親の夏子が上京の準備をはじめるところで終っている。報われない娘の冴子に、何を語りかけどんな提案をしようとしているのか。次のステージが求められそうな予感がしている。」と文章を閉じている。

 この夏子の「成算」には当然「翻弄」に終止符を打つ何かが作者の胸中にはあるのだろう。次のステージとは何なのか著者ならぬ一読者としてお聞きしてみたい気がする。しかし、私は人間の悪は昭和、平成を越えて、人が生きている限り絶えないものと考える。私がこのような人倫を越えた神の愛に感嘆するのは、結局その神との絆こそ「冴子」に代表される悩める人間が持つべき確かな「絆」でないかと考えるからである。

2015年6月5日金曜日

『色覚異常』(平本勝章著 文芸社)


 私は、この本を今年の四月に知り、これまで三回読み返した。なぜこの本が私をそんなにも魅了するのかうまく説明はできない。しかし、この本の中に登場する一人一人は、大きく言えば、歴史に翻弄されるしかないのだが、その姿に注ぐ作者の愛情のようなものを感ずるからである。

 話は、瀬戸内海に面する山陽の一都市(加古川あたり?)の杉村浩平・夏子夫妻の長女冴子が小学校入学とともに受けた身体検査の結果明らかになった色弱について専門の眼科医に相談に出かけるところから始まる。

 全編は213頁あり、診断、遺伝、事件、治療、異動、新天地、検査、栄転、進路、別離と10の小項目の物語が手ぎわ良く続く。文章全体に誇張はなく、時代描写も正確で、副題の「家族、翻弄の昭和史」の名に恥じない。

 と言っても、私にとってこの本の内容は読めば読むほど、自らに現在進行形の形で悔恨を迫るものである。長女冴子が入学して進級するたびに待ち受けている身体検査によってどれほど心を傷つけられたかが原点になっているが、その原因は心ない教師のことばにあったからである。そのことは三番目の項目「事件」の中で詳細に述べられる。

 年中行事のように毎年繰り返される健康診断の時、一日がかりで体重、身長を始め様々な分野を教師が分担して行なう。私も教師の現役時代、毎年、視力検査に当たっていた。ワイワイガヤガヤと騒ぎがちな生徒を手際良く、時には冗談を交えながら効率よくやらねばならず、割合しんどい仕事であったことを思い出す。(さすがに色弱検査は素人である普通の教師には任せられていなかったが)だから一人一人が持っている体の微妙な点を考慮しなければならないのに、そのことが疎かであった覚えがあるからである。

 色弱検査はこの本によると意外なところにその出発点があるようだ。戦時、優秀な兵士を徴用するために考案されたのが「石原式色覚検査表」であり、それがそのまま学校教育の現場で用いられるようになったからだ。しかも残念ながらこの方式は身体上のハンデを差別として固定化する役割を担った。創案者は「異常者に不適当なのは軍将校をはじめ医師、薬剤師、教師、船舶・鉄道従事者および、その他すべて色をとりあつかう職業」と規定していた(『色覚異常』65頁)。

 このような圧倒的なハンデはもともと父親である浩平が色弱、母親である夏子が保因者であり、遺伝の結果、長女の冴子にまた3歳下の弟の克彦にそのまま受け継がれたものである。一方浩平は色弱が問題にならない鉄鋼メーカーの計数管理者として忠実な仕事を重ね、戦後復興から高度成長経済へと右肩上がりの時代に様々な問題を抱えながらも順調に会社組織の階段を一歩一歩登って行く。妻であり母親である夏子が内助の功を示しながらこの家族を覆う「色弱」にどのように立ち向かって行くのかが、詳細に語られる。異動、新天地、栄転などにそれらのことが二つながら巧みに描かれて行く。

 思いあまった夏子は、ある時治療施設を探すことに成功し、子どもたちを遠く大阪まで汽車に乗り継ぎ熱心に通わす。けれども、それは結局「石原式色覚検査表」をいかに読みとるかの訓練に過ぎず、色弱の子を持つ親の藁をもすがる気持ちを逆手に取って一儲けしようとしたものに過ぎないことが明らかになり、施設が解散するという悲劇が待っていた。しかし、不思議なことに長女冴子はそこで得た「石原式色覚検査表」を読み取る力を身につけ、以後、通知表からは色弱者と書かれず、彼女の進路目標である、「子どもの心を傷つけない教師」の道を目ざすべく一路邁進する。

 しかし、こうした逞しさを持つ冴子の前面に立ちはだかるかのように、色弱検査の方法はアノマロスコープというドイツで開発されたレンズを覗き込むという新方式に変っていた。あえなくも再び大学入学試験の願書を提出する段階で「色弱」と判定され、彼女の教師志望は門前払いされ、やむなく文学部に進路を変えざるを得なくなる。その後の彼女の充実した学生生活、また父親浩平の本社部長職への栄転と息づくばかりの家族の生活の激変ぶりが次々と描かれて行く。そして終幕「別離」が描かれる。この「別離」こそ、成長した冴子を襲う、幼い時に襲った「事件」につぐ二度目の「事件」となる。

 それは同じ大学の先輩との婚約を前提に、自らが打ち明けた「色弱」が、相手の男性の父親から反対され婚約が破綻となる出来事である。「遺伝」という、人にはどうすることもできない問題を抱え、悩みぬく家族の苦悩が再び身に迫ってくる。私はこの小説を通していかなる事態が起ころうとも、人間には深い絆が必要であると作者が何にもまして希求しているように思えてならなかった。そしてその絆に必要なのは人間同士が相手の立場を思いやる想像力をいかに養うしかないのではないかと思った。

私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。(ヘブル4・15〜16)

 ここまで書いて、私はこの不完全な文章による紹介は没にしようと思ったが、念のため著者にそのまま読んでいただくことにした。著者は好意的に受け取って下さり、没にしない方が良いとおっしゃってくださった。一方、私はこの文章を書いた二日後にスポルジョンの「朝ごとに」の文章を読み、ハッとさせられた。それについては稿を新たにして書かせていただきたい。