2022年12月31日土曜日

イエス伝の終点を見、新年に備えよう

主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。(マルコ16・19〜20)

 これがイエス伝の終点である。普通の人物伝はことごとく死をもって終わっている。それが如何に巨大な人物であろうとも。しかるにイエスは昇天をもって結んでいる。

 ある人はそれは神の子として書かれてあるからだと言うかもしれないが、それだけでない。人の子であるイエスは私たちの先導者として『天にあげられた』のである。さればこれはイエスと同じく、イエスを信ずる者のゴールである。

 私たちは皆、天に上げられ神の御側に坐せしめられる。この大なる福音を携えながら世界を征服し得ないのはどこかに錯誤があるに違いない。しかも主はなお生きて『またともに働き給う』ではないか。

 立てよ。私たちはこの大福音を携えて新年を迎えようではないか。

祈祷
死してよみがえり、天に昇り給いし主よ、あなたはこの一年も私たちとともにあって、私たちと『ともに働か』れたことを感謝申し上げます。願わくは、新しい年において、私たちをして一層鮮やかにあなたが私たちとともに在すことを信じ、あなたの手によって行なわれる御『しるし』が私たちの生活の上にさらに顕著に行なわれるに至らんことを。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著365頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。讃美歌142https://www.youtube.com/watch?v=RrVbNSXZ_zE 

David Smithの『受肉者耶蘇』は一番最後に昨日の記事「20 復活の主の不易の現在」の掉尾として以下の祈りを載せていた。日高善一氏の大正11年時刊行時の名訳である。残念ながら今の私たちには理解しにくい言い回しではある。参考まで英文を付記する。

汝の悲痛の大いなるがために、その栄光を棄てて我らの像〈かたち〉を取りてこの世に降り、哀しみの人にして悩みを知り、父の聖意〈みこころ〉を示して父の家に赴く道を我らのために開き給える主イエスよ、汝は昨日も今日も何時までも変わらず在し給うが故に、見るべからざる汝を仰がんと努むることを得しめ、汝と汝の復活の能力と汝の苦痛にあずかるの道とを知らしめ給え、汝の救いの福音をことごとくまた堅く信じ、ここに平和と歓喜とを得て、身に天の明らかなる印を帯びたるものとしてこの世を送るを得しめ給え、斯くして汝のために証を為し、汝の聖足〈みあし〉の蹟を忠実に踏みて、末期〈おわり〉の日に汝の栄光のうちに迎えられ、汝の恩寵溢るる聖顔〈みかお〉を仰ぐを得しめ給え、アーメン

Lord Jesus, Who in the greatness of Thy compassion didst leave Thy Glory, didst take our nature and dwell here, a man of sorrows and acquainted with grief, and didst suffer for us on the cruel Cross, that Thou mightest reveal the Father's Heart and open for us the way to the Father's House; as Thou art the same yesterday and to-day, yea and for ever, may we endure as seeing Thee Who art invisible; may we know Thee and the power of Thy Resurrection and the fellowship of Thy sufferings; believing utterly and steadfastly the Gospel of Thy salvation, may we possess the peace and gladness thereof and walk through the world like a people that carry the broad seal of Heaven upon them.  And thus witnessing for Thee and faithfully following in Thy steps, may we be received at last into Thy Glory and behold Thy blessed Face.  Amen. 

およそ百年ほど前に、スコットランド人David Smith氏の『The Days of His Flesh』という作品を京都室町の牧師であった日高善一氏はこれに邦訳名として『受肉者耶蘇』の題名を当て日本の江湖に送られた。全編これイエス・キリストの足跡を聖書に忠実に読み切り、物された労作の翻訳である。私はこの最後の著者の祈りこそ全編を貫く心だと思うし、日本人青木氏の祈りとともに一年の終わりを締めくくるに最も相応しい言葉ではないかと思っている。新しい年度はこの『受肉者耶蘇』を最初の一頁から忠実に読み切りたいと思う。)

2022年12月30日金曜日

復活の主に見(まみ)ゆる喜び

全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。・・・信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し・・・(マルコ16・15〜17)

 『すべての造られた者』すなわちクチシスという字は人間のみを指すのでない。神の創造し給うた万物を指すのである。福音を伝えるのは人間のみではない。福音の恩恵には万物が浴すのである。

 アッシジのフランシスは鳥や獣にまで説教したと言う。福音の宣伝はそこまで行くべきであろう。もちろん私たちの言語を解することはできまいが、愛の福音はそこまで行くべきである。キリストの福音は人類を救うのみに止まらないで、ついに禽獣にまで及び、世界は真の楽園と化するに至るのである。

 これを成就するために主は信ずる者と共に在って、人間が見て奇跡と思う『しるし』をさえ与えて下さる。私たちが必要とするところはこれを握る信仰である。主よ、願わくは私たちに何は無くとも信仰を豊かにお与え下さい。

祈祷
パンは無くとも、石をもパンとする信仰をお与え下さい。かくて世界の隅々まで楽園となる時を急がせ給え。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著364頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。讃美歌144https://www.youtube.com/watch?v=dqxolE1nmE0 

David Smithの『The Days of His Flesh(受肉者耶蘇)』の最終記事、日高善一訳1012頁、原書525頁より引用

20 復活の主の不易の現在

 この思想を光明として世の末期までその民とともに在すと言う主の約束の意義が確実となるのである。『ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです』『見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます』〈マタイ28・20〉これらの聖語は文字そのままの真理である。主がオリーブ山上において十一人の使徒に別れ給うたとき、地を見棄てられて、はるかの天界に移住せられたのではない。主は自らを示さるることを廃された。しかも現に存在し、世紀また世紀を重ねてもこの世を去られたのではない。主はその復活四十日間と異ならず、今日にもなお在し給うのである。いずれの時にも主は我らの心の幔幕〈まんまく veil〉を取り去って、マリヤにまたペテロ、ヨハネに対せらるると等しく、我らにも己を現わし給うのである。

 タルソのサウロがダマスコの途上において主に接した、かの記念すべき日に主は同じ奇蹟を行なわれた〈使徒9・1〜9〉。聖パウロはこの不思議な機会に我らの主イエスに接したことを疑わなかった 〈1コリント9・1〉。これは決して幻ではなかった。実際の姿で四十日の間に前の弟子たちに示された所と何の相違もなかった。サウロは主を見た。しかし証拠の与えられるまでは主なりと認めることを得なかった。蓋し彼はその在世の日にイエスを知らなかったので、その証拠もまた過去を回想すべきものではなく『わたしはあなたが迫害しているナザレのイエスだ』〈使徒22・8〉と言う力を罩〈こ〉めた宣言であった。サウロはその心の幔幕が除かれたので主に見(まみ)ゆるを得たけれども、従者は何人をも見なかったのである。

 イエスはその民と今も共に在まし給う。『ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです』とは『弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあった』かの復活の週の首〈はじめ〉の日においてエルサレムに集まれる団体のうちに現われ給うたのと同じ意義である。『どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください』と古えの預言者は祈った。而して主が青年の眼を開き給うや、見よ山にはエリシャの周囲に火の馬と火の車が盈ちていた〈2列王紀6・17〉。斯く我らも主の恩寵溢れる聖名により信じて集まり、ただ心の幔幕だに掲げられなば、我らはさらに驚くべき光景に接すべきである。我らはすなわちイエスに接し得るのである。)

2022年12月29日木曜日

復活の主の御座を仰げ(不信仰から信仰へ)

ところが、彼らは、イエスが生きておられ、お姿をよく見た、と聞いても、それを信じようとはしなかった。その後、彼らのうちのふたりがいなかのほうへ歩いていたおりに、イエスは別の姿でご自分を現わされた。そこでこのふたりも、残りの人たちのところへ行ってこれを知らせたが、彼らはふたりの話も信じなかった。(マルコ16・11〜13)

 最後まで弟子らの心を頑固にしたものは『不信仰』であった。イエスはその御伝道の当初から御復活後に到るまで不信仰と戦い給わねばならなかった。弟子らとともに在した時に、あれほどに幾度も幾度も不信仰をお責めになったのに、彼らはまだ不信仰に停滞している。しかし神の御摂理の手は行き届く。

 彼らは最初あれほどに御復活を信じなかったのに、ついに御復活の証人となり宣伝者となったことは私どもにとっては御復活の事実を確実にするものであって誠にありがたい。とにかく主の最も嫌い給うことは不信仰であって、主はいつもこの点に私どもの注意を喚び給うことを忘れてはいけない。

祈祷
主よ、私たちの不信仰を憐んでください。私たちは度々無信仰にさえ陥らんとします。願わくは、あなたの霊を遣わして、常に私たちの衷に住ませ、あなたが私たちとともに在すことを鮮やかに認めさせて下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著363頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。 

クレッツマンの『聖書の黙想』より

 しかし、近づいて見ると、石はすでに、わきへころがしてあった。マグダラのマリヤはこのことを弟子たちに知らせに、すぐに走って行った。後に残った女たちは、恐れおののきながら、墓へ近寄って行ったが、長い真っ白な衣につつまれたみ使いの姿を見て、ただ驚くばかりだった。このみ使いはほとんど信じられない言葉を伝えたのである。

「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。ですから行ってお弟子たちとペテロに、『イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます。』とそう言いなさい。」

 このように全く予期しない言葉を聞いたとしたら、私たちは何をしただろうか。おそらくこの女たちがしたと同じことだったに違いない。彼女らは考えが混乱してしまっていたので、この言葉の意味をよく理解することはできなかったが、急げるだけ急いで、この話を伝えようとした。が、神秘にうたれて、ただ茫然となるばかりで、「だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。」

 イエスが、泣いているマグダラのマリヤの所へ、どんな風にして姿を現わされたかーーこの女からイエスは七つの悪霊を追い出されたことがあるので、彼女は感謝と私の強い絆によってイエスに結ばれていたーーそして、彼女は主のお言葉通りの復活を弟子たちに伝える役を、どんな風に果たしたものかーー弟子たちは今なお、泣き悲しんでいて、彼女の報告をまだ信ずることができなかったのに・・・。

 この点については、聖ヨハネがもっと詳細にわたって記録しているが、この福音書の著者〈マルコ〉はそれを簡単にほのめかすにとどめている。この記者はさらに、イエスがその日の午後、エマオへ行く途中の二人の弟子の前に姿を現わされ、晩餐の席で御自身を明らかにされたあの美しい物語に触れている。この出来事を記しても、主が本当に死からよみがえったのを他人に信じさせることは、記者にとってむずかしいことだった。この点は私たちが十分考慮すべきところである。弟子たちには主がよみがえられたと言うことを、少しも信じようとする気がなかったのだ。従って、他の人々を欺すために、この物語を創作したのではなかったことは確かである。

 弟子たちが戸を閉して集まっていた時、主が、最初の復活の夜、十人の弟子のもとに、次はあくる日曜日、十一人の弟子のもとにみ姿を現わされたということは、きわめて意味深いことだった。主が弟子たちや、弟子たちと共にある者に、「鍵の権威」ーー罪を主の名のもとに抑え止める力ーーをお授けになったのはこの時である。これは今なお教会の力であり、務めとなっている。

 さて、最後に、物語は、主がかねてから弟子たちに約束されていたガリラヤでの再開の場面に至る。彼らが世界中に別れ入って、あらゆる人々に福音の御言葉を宣べ伝えるよう、主から、決定的な大委任状を託されたのはこの時であった。信じない者は滅びなければならないが、悔い改めて信ずる者は、単に福音の言葉が伝えられるだけで、救いをもたらされるのだ。救いの徴として、主はさらに、あらゆる民に、老いも若きも、差別なく、あらゆる人々に、彼らが贖いに関する福音の御言葉を受け容れる限り、洗礼を授けるよう、弟子たちに命じられた。その使者たちは悪魔を支配する力や、新しい言葉を語る賜物、危険に抗する力、病気を癒す奇跡の力などを授けられて、神の信任状を整えていただいた。すべてこのような神のわざを通して、福音の御言葉は全世界に打ち建てられたのである。従って、何人といえども、これ以上の証を求めなければならない理由は全くない訳であり、まさに、その通り、私たちは、福音の御言葉がもたらす力と祝福に心を閉ざす者ではない。

 さて、私たちの主があらわにこの地上を去られて、天国に入られる時は訪れた。今一度、彼はオリブ山に弟子たちを集めて、祝福された後、天国へ迎え入れられ、座すべき位ーー主の人間としてのみ姿にも相応しい、神の右ーーに座し、教会の頭として、すべてを支配し、すべてをみたし、永遠に御自身のみもとに置くために、その子らを連れもどしに来られるあの輝かしい日に備えて、私たちの席を整えてくださることになった。

 弟子たちは喜びと決意とをもって、主の求めを果たすために旅立って行く。そして、彼らが福音の御言葉を地の果てまで伝えた時、主の御約束はその御言葉通り、十分に果たされていったのである。私たちがこの務めに従って行くとは、なんと素晴らしいことではないだろうか!

 祈り

  主に冠を捧げよ
   天上にて、神の右に座すかたに 
  王の冠を捧げよ
   驚くべき「愛」なる御名を
   授けられしおかたに
  ありとあらゆる冠を捧げよ
   彼の前に、 地上の王座が倒れる時
  汝、王たちよ、彼に冠を捧げよ
   彼こそは、 とこしえまでも
   すべての王の王なればなり

         アーメン)

2022年12月28日水曜日

復活の主のからだ(真正の復活)

女たちは、墓を出て、そこから逃げ去った。すっかり震え上がって、気も転倒していたからである。そしてだれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。(マルコ16・8)

 『だれにも何も言わなかった』とは言うまでもなく、十二弟子に会うまで誰にも語らなかったということである。弟子に告げたことは他の福音書に明記してある。マルコ伝はこの一節で突然に終わっている。

 9節以下は何人かが付記したものであろう。もちろん聖書として信ずべきものであることは言うまでもないが、マルコの筆ではない。この9節以下の代わりに左の句を持って簡単にこの書を結んでいる古い写本もある。

 『さて、女たちは、命じらたすべてのことを、ペテロとその仲間の人々にさっそく知らせた。その後、イエスご自身、彼らによって、きよく、朽ちることのない、永遠の救いのおとずれを、東の果てから、西の果てまで送り届けられた。』

 思うにマルコの書いた本の最後のページが破れて失われてしまったので、誰かが適当な付記を加えて結末としたのであろう。誰かと言ってそれは非常に古いもので古代の篤信な人の一人である。

祈祷
潔く朽ちざる永遠の福音の主イエス様、あなたは死をもって贖罪の大業を終わりなさいましたが、今なお天より私たちを助け、私たちのためにお働き下さいます。よみがえって今なお生きて私たちとともにおられます。願わくは今日も私たちを用いて御名のために福音を担って歩むことができるようにして下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著362頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。  

David Smithの『The Days』の続編

18 主の肉体真に復活せり

 イエスは預言の如くに死より復活せられた。これ真正の復活であった。福音記者はこれが肉体を有せざる霊の実質無き幻影でなく、彼らとかつて共に生活し、十字架に釘付けられ、ヨセフの墓に葬られ、神の能力によって生気を回復せられたその肉体であったことを明らかにせんとして注意を罩めている。イエスが十人の使徒に、またエルサレムにおける彼らの団体に、復活の夜現われ給うや、彼らはイエスがその疵を示して形態を有せらるることを明らかにせらるるまでは、霊を見たことと考えてたのであった。而してその空虚な墓を見て彼らは信ずべき軽からざる証拠を見た。彼らに現われたのがもし単にイエスの霊であったとすればイエスの肉体はその葬った場所にあるべきはずであった。しかるにペテロやヨハネやマリヤは空虚な墓と葬衣の脱ぎ捨てられているのを見た。これ実に復活の事実を示す有力な証拠であるが、しかもなお甚しき困難がある。物質的天国と神との共動を信じた古代の神人同形説によればこれには何の困難もない。しかしもし聖パウロの『血肉のからだは神の国を相続できません。朽ちるものは、朽ちないものを相続できません』〈1コリント15・50〉との語を真理ならしめば、イエスが人間の中に住まれた間に有せられ、またこのときにここに有せられた肉体をもって現われ給うたことを覚るべきである。

19 復活せる肉体

 聖パウロは復活の肉体に関するその概念ーー彼は自己の知恵をもってこの確信に到達したるにあらず、聖霊の啓導によって悟り得た概念ーーを提供してこの困難のうちにある我らに助けを与うるのである。『ある人はこう言うでしょう。「死者はどのようにしてよみがえるのか。どのようなからだで来るのか」愚かな人だ。あなたの蒔く物は、死ななければ、生かされません。あなたが蒔く物は、後にできるからだではなく、麦やそのほかの穀物の種粒です。しかし神は、みこころに従って、それにからだを与え、おのおのの種にそれぞれのからだをお与えになります。死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです』〈1コリント15・35〜38、42〜44〉と聖パウロは言っている。その生けるにも死ぬにも復活においていやしくもイエスの肉体に起こったことはまたその信者の肉体にも起こるに相違はない。墓場に葬られたものは壊つべき肉体すなわち賤しき肉体であって、復活せるは霊的肉体すなわち栄光の肉体であった〈ピリピ3・21〉。

(1) 変貌

 神の能力によって主の肉体が復活したときに起こった変貌は我らの現在の不充分の知識をもっては明らかにすることはできない。しかしその秘義の幾分は聖語によりて示され、敬虔な態度をもって研究することを得るのである。まず第一に復活の主の聖容を記す福音記者の物語を見れば、同一であったにかかわらず、なお栄光の肉体には驚くべき変化のあったことかが明らかである。イエスはかの変貌の山上においてペテロ、ヤコブ、ヨハネの仰いだと同じような聖容に弟子の目には映じたのであった。その変化は、墓の傍でマリヤの傍にイエスが立たれたにかかわらずこれを認むるを得ず、彼女が園丁なるべしと考えたほどに甚だしいものであった。もし他に多くの例証がなければマリヤの失敗は畢竟彼女が泣き腫らした目で朦朧と薄暗がりに見たためであろうと考えらるる。しかしエマオの途上においてイエスが二人の弟子の道連れとなられたとき、彼らはこれがイエスであろうとは夢にも覚らなかった。彼らはイエスを未見の人として、彼らの悲しい物語をイエスに話した。またガリラヤの湖辺で七人の弟子に現われ給うたときも、彼らはイエスは自ら示さるるまでは未見の人物であると考え、その後といえどもそれが主なるを知りつつもなお確信と疑問との間を彷徨して、半ばは『あなたはどなたですか』と尋ねたい心地でいた。いずれの場合にもイエスは、自己を示すに足るある方法をもって彼らに悟らしめ、もってイエスに相違なきを確信せしめらるる必要があった。マリヤは昔に変わらぬ柔和な調子でその名を呼ばれて始めて悟ることを得、エマオ途上の二人にはパンを祝してこれを襞いて、その証拠を示され、エルサレムにおいて十人の使徒にはその傷を示して証拠とせられ、七人の弟子にはその伝道の当初に行われた奇蹟を繰り返しその網に魚を充たしめて証拠とせられた。

(2) 普通の物的法則に従わず

 さらに主の復活の肉体は普通の物体を支配する法則には従われなかった。宛然科学者が夢見ているエーテル体の如くに『普通の物体の中を自由に通貫し、これを避け、あるいは妨げられることなき』を得る体であった。復活の当夜弟子たちが集まったエルサレムの家の門戸は、イエスが団体の真ん中に現われ給うたときには堅く閉ざされていた。門戸も壁もイエスの入り来られる妨げとならなかった。またその距離の空間もエーテル体には何の妨げとならなかった。『光線あるいは引力の速度をもって彼らは老いたるボオテスがその三頭獣を駆る所より、サギッタリアスが南にその矢を射る所へ飛ぶを得たり』と。一夜の間に復活の主はエルサレムにおいてペテロに現われ、エマオ途上にクレオパおよびその連れに現われ、さらに再びエルサレムの弟子たちに現われ給うた。

(3) 肉眼には見る能わず

 かつイエスは肉眼をもっては見ゆることを得なかった。イエスがただ弟子たちにのみ現われて、一層確信を与えるの必要あり、また敵をして依估の沙汰なりとの偏見を産ましめざるためにと敵に対して現われ給わざる所から、復活に対する信仰は昔から攻撃の的となっている。而してその反対は現代にもなお試みられるのである。外典『ヘブライ人の福音』が祭司長のしもべにイエスを現わしめ、また『ペテロの福音』が百人隊長ペトロニアス並びにその兵士やユダヤの長老たちの面前に二人の天使に護られつつ墓から現われ給うたように載せているのはおそらく叙上の反対に応ぜんとしたものであろう。しかし実際福音の記事に斯くの如き弁証的な装飾を加えるのは歴史を偽ると同時に何らの利益をも与えないのである。

 主の復活の肉体は霊的の肉体で、肉眼をもっては見るを得なかったのである。主がその弟子に現われ給うや、彼らは聖的現影〈spiritual vision〉によってこれを見る明を与えられる必要があったのであって、その奇蹟の彼らの間に行なわれるまでは彼らは主の来臨を悟らず、主は彼らの傍に在すもなお、彼らはこれを意識することができなかった。エマオの途上、二人に現われ給うや、彼らは驚駭したに相違はない。彼らは主の近づかれるを見ずまたその後ろからの足音を聞かなかった。彼らに霊的の現影は急に開かれて、見よ、主はそこに立ち給うた!マリヤの如く彼らは主がその証拠を示されるまではこれを認めることができなかったほど変化しておられ、然る後『彼らには見えなくなった』。幔幕〈veil〉は彼らの心から掲げられたが、彼らが主を認めるや否や再びこれを卸されたのであった。而して肉眼に見えるもののほかは眼を遮るものはなかった。聖霊の啓導に服従する〈the operation of the Holy Spirit〉ものにのみ霊的現影の賜物は与えられ、斯くの如き人のみ復活の主を仰ぐことができたのである。聖ペテロは使徒行伝のうちに『神はこのイエスを三日目によみがえらせ、現わせてくださいました。しかし、それはすべての人々にではなく、神によって前もって選ばれた証人である私たちにです。私たちは、イエスが死者の中からよみがえられて後、ごいっしょに食事をしました』〈使徒10・40〜41〉と言っている。彼らの心から幔幕を取り去られたもののみが主に接することを得た。故にそのこの世を去られる日、オリーブ山に向かって市内を通過せられたときも、一人としてこれを怪しむものなく、これに害を加えるものもなかった〈ルカ24・50〉。十一人には主が見えたけれども、市内の群衆の眼には見えなかった。彼らはただ十一人の使徒を見たのみで、その中央に歩みを運ばれる不思議な主の姿を認め得なかったのである。)

2022年12月27日火曜日

復活の主のお心(ガリラヤへエルサレムへ)

『イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます。』(マルコ16・7)

 ペテロも他の弟子も忘れてしまった。が、イエスは忘れ給わない。十字架の影があまり暗かったので彼らはこのうれしいお約束さえも忘れていた。否、よく解らないでいた。が、これらの女たちから『そこでお会いできます』と聞いたペテロたちはどんなに嬉しかったであろう。もちろん彼らはこれを聞いて半信半疑であったけれども、次第にこれが事実となってくるにつれて彼らは歓喜に胸を踊らされたであろう。

 しかしそこまで導くには復活の主にもまだ大きな仕事が残されていた。彼らに『先にガリラヤに行』かねばならなかった。ここにも親が子に対する如く、主の愛は弟子の愛よりも大きいことが示されている。先に行って待っていて下さる主の愛の深さが思われるではないか。これが主イエスである。主はいつでも先に行って私どもを待っていて下さるお方である。

祈祷
先立ちてガリラヤに行き給う主よ。あなたは私たちのためにも常に先立ちゆきて私たちをお待ち下さることを感謝申し上げます。今日も私たちのために所を備えんとして先立ち行って下さるのですね、あなたの愛は何と大きいことでしょう。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著361頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。

David Smithの『The Days』の続編

13 ペテロの十字架の預言

 主の目的が同僚の面前においてペテロを辱めることにあらざりしは、後の聖語を見ればいよいよ明らかである。『まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます』〈ヨハネ13・36〉と。これその当時には意味が不明であったけれども後ペテロが十字架上に殉教の死を遂げるに及んで、これが鮮やかとなりまた悟られるに至った。『これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現わすかを示して、言われたことであった』。聖アウグスティヌスは『この否認者にして愛慕者たる彼は、向上せる行為により、否認を粉砕するにより、身を洗う涙により、試験を経たる告白により、冠を授けられる苦痛によりて、その末路を発見せり。彼は己が末路の、是非にと迫られ、死なんと約束せらしめられたるこの主に対して、十全なる愛を献げて死するにあるを発見せり』と言っている。その時には意味が不明であったけれども、この聖語は永年忠実な奉公を遂げた後、主のために苦しむべき預言であったことは明らかである。これイエスがペテロに対してその未来の光栄を預言せられたものである。彼の同僚はこれを羨んだことであろう。もし彼にして彼らの目に賤しく見えたとすれば、彼はまた大いに高くせられた所以である。

14 ヨハネは不死なりとの妄想 

 ペテロとヨハネは使徒団の首領であって、この世を去られる前にイエスはただ彼らのみに教えを授けられる思し召しがあった。ペテロには『わたしに従いなさい』と命ぜられたが、一同が退いたときペテロはなおヨハネの残っているのを見て『主よ。この人はどうですか』と尋ねた。これ感情的な弟子の性質を表した愚かな質問であった。故にイエスは『わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたはわたしに従いなさい』と答え給うた。

 イエスは教会の努力と希望の決勝点として最高の結果たるその再臨を指示せられた。悟りの鈍い弟子たちはその聖語を誤解して、主が栄光をもってこの世に帰られるまではヨハネは死なずして存命すると言う意味に取った。この思想は再臨は近きにありと信じた当時にあっては道理至極と考えられるのである。この使徒がこの福音書を著した古い昔においてはイエスはただ単に『 わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても』と仰られたのであると説明しているにかかわらず、この噂は深くも信じられていたのであった。否、彼が実際に死んだ後までもなおこれが取り去られなかった。彼の墓は数世紀の間エペソに存していて、聖アウグスティヌスの時代にすらなお彼は死ぬるにあらず、ただ眠れるのみとして、その墓場の土は彼の呼吸するために上下に静かに動くとさえ称せられた。18世紀においてすら聖徒ラヴェタアはこの観念を有して、ヨハネはなお生きて地上に存命するものと信じ、彼はイエスが愛せられたこの使徒に逢う機会の与えられんことを望みかつ祈った。而してもしヨハネではなかろうかと言うので新たに逢う人ごとにその顔を深く注意して調べたということである。

15 ペテロとヨハネとに密かに顕現

 ペテロもヨハネも彼らが別々にイエスに従ったので、イエスと彼らとの間に起こったことはこれを他に漏らさなかった。すなわち秘密の会見であって他の使徒たちすら聞くを得ざりし所を世に発表せられないのが当然である。どこにイエスはこの二人を導かれたことであろう。けだしその伝道と論争に疲れ給うや、好んで退いて休養と祈祷とに時を過ごされたカペナウム背後の山中に赴かれたに相違はあるまい。而して神聖な記憶の薫るこの地点においてイエスに愛された弟子〈ヨハネ〉、またイエスを愛した弟子〈ペテロ〉はその最後の訓戒を受けたことであろう〈マタイ28・16〉。

16 以上の他の顕現

 四十日の間復活の主はその弟子たちに己を現わされた。斯く福音記者の記録した所はイエスの顕現の全体を載せたものではなかった〈使徒1・3〉。聖パウロはダマスコ途上において彼に顕れ給うた以外に五回の顕現を挙げている。その二回は五百人の兄弟の団体に対し、また主の兄弟ヤコブに対しーーいずれの福音記者も載せていない〈1コリント15・4〜8、使徒13・31参照〉ーーとある。聖書のいずれの記者も四十日の間に主が顕現せられた事実をことごとくは知らないのであって、知っている所もことごとくは記さず、ただ復活の一大事実を確証するに足るだけを挙げたに過ぎぬ〈ヨハネ20・30〜31〉。

〈エルサレムにて最後の顕現〉ついにこの驚くべき時期も終わりに及んだ。主は十一人に対し、エルサレムにおいて最後の集会を命ぜられた。これ恐らく復活の夜彼らに現れてその苦難と復活とが、律法や預言者の書や詩篇に記される所以を示し、聖書を悟るに足るよう彼らの心を開き給うた同じ室であったであろう。彼らはなお世俗の王国を夢見るユダヤ人の理想に固着していた。十字架は一大打撃を彼らに与えたけれども、復活はさらにこれを復興せしめた。彼らが天国の霊的意義に悟ったのは聖霊によって啓発された後のことであった。『主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興してくださるのですか』〈使徒1・6〜8〉と彼らは尋ねたが 主は『いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。』とこれに応ぜられた。イエスはなおこの世を去られる後彼らに聖霊を与えられるべきを楼上の客室において約束せられ、その約束の成就するまではエルサレムに滞在し、ここに説教を始むべきを命じて、『エルサレムから始まって』〈ルカ24・47〉と仰られた。
〈エルサレムにおいて始む〉これ実に恩寵に溢るる偉大な聖語である。エルサレムはイエスの恥辱を受け、苦しめられ、殺され給うた大舞台である。しかるにイエスは己に対してこの暴虐を敢えてした人々に先ずその恩寵を施さんとせらるるのであったーーすなわち虚偽をもってイエスを訴えた人々、バラばを取ってイエスを十字架に駆った人々、その顔に唾きし、これを打ち、荊棘の冕冠を編んでこれに冠らしめた人々、その手に釘を打った人々、その脇腹に槍を刺した人々、否ピラトと祭司長らにまでもーーその恩寵を授けんとせらるるのであった。『ああキリストの恩寵の深きかな! エルサレムの罪に染む人々の霊魂を斯くも慕われざるべからざる! その福音が彼らに授けらるるのみならず、実に第一に彼らに授けられざるべからざる、而して他の罪人に先立ちてこれを聴くを許さるる! エルサレムより始めよ』。

17 訣別

 イエスは彼らに聖語を授けられて後彼らをオリーブ山上に伴い、ベタニヤの近傍において『手を上げて祝福された。そして祝福しながら、彼らから離れて行かれた』〈ルカ24・50〜51〉。)

2022年12月26日月曜日

復活の主の愛(お弟子たちとペテロに)

ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。ですから行ってお弟子たちとペテロに、『・・・』とそう言いなさい。(マルコ16・7)

 呆然として空しい墓を眺めておった女らは直ちに活動を開始すべき注意を受けた。『納められた所』を見るのはよい。けれどもそれだけではいけない。『行って』この事実を『言う』必要がある。落胆せる弟子らに、特に主を否んで後悔しているペテロに、一刻も早くこの吉報を告げねばならない。

 斯く天使が女たちを急ぎ立てたのは私どもにとっても善き教訓である。過去の追憶もよい、『納められた所』を見るのもよい。けれども過去の追憶に立ち止まってはいけない。

 現在の事実に活きて動かなければいけない。復活は瞑想して楽しむべき思想ではない。これに即した活動をなずべき生命である。然り復活の信仰は現在の生活にも、日々小さい復活を与える。

祈祷
よみがえりの主イエス様、私たちはこの大いなる事実を持っていることを感謝申し上げます。私たちのこの大いなる望みは日々の生活をつよめ、力づけ、若やがせ、躍動せしめ、価値あらしめることを感謝申し上げます。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著360頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。

以下、David Smithの『The Days』からの引用である。

9 十一人に顕現

 この重大の日にトマスのみは居合わせなかった。かねて彼はその兄弟のもとに加わって来たが、主の現れ給うたことを彼らから伝え聞いたけれども、その性質のしからしめるところ、彼は断じてこれを退けて信じなかった。しかもなお彼らが論証して、主に見えたのみならず、主が傷所を示されたことを主張するのを聞いて、彼は『私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません』と言い放った。次の日曜日に弟子たちは同じく門を閉ざした室に集まっていた。この時にはトマスも彼らの中にいた。イエスはさらに現れ、彼らの間に立ってこれを祝された。イエスの来訪せられたのはこの懐疑家のためであって、牧羊者が一匹の迷える羊を尋ねると一般であった。『あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい』とイエスは宣うた。トマスは失望の深淵より、信仰の絶頂に一躍して『私の主。私の神。』と叫んだ。イエスは静かに答えて『あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです』と仰られた。これ一人に言われた語であるけれども実はすべての使徒を戒められたものであって、彼らはイエスが三日目に死より復活せらるべき聖書の証明も、主の繰り返しての宣言も容易に信じないほど鈍い人たちであった。しかしこれはその当時の弟子にのみ限ったことではない。『今もなお「当時我もそこにいてキリストの驚くべき行動を見たらんには!」と言うものあり。斯くの如き人は「見ずに信ずるものは幸いなり」との教えを思わざるべからず』と聖クリソストムは言っている。

10 ガリラヤ湖畔の顕現

 復活の主は彼らに訣別して、天父の家庭に帰るにあたり、なお多くその使徒に教訓せねばならない事実があった。しかも敵意を挟むもの多き聖都は自らを表されるのに適した場所ではない〈マタイ26・32、マルコ14・28、マタイ28・16〉。すでに楼上の客室においてイエスはガリラヤにおいて彼らに会せられる約束を結ばれたが、彼らはその教訓のままに直ちにカペナウムの旧宅に帰った。斯くして彼らは主の顕現を待った。同時に彼らはその生計を営むべき業務に従事する必要があったので、ある日彼らの七人は、ペテロの家と思しく、一所に集まったが、常に一同の教導者で、熱情家のペテロは突然『私は漁に行く』と言った。その集まりたるものはトマス、タルマイの子ナタナエル、ヤコブとヨハネと他に二人であったが彼らも『私たちもいっしょに行きましょう』と同意した。

 即刻彼らは渚に降って小舟の纜を解いた。終夜漁ったけれども少しの獲物もなかった。しかるに暁天渚に一人の人物が佇んでいるのを見た。これイエスであったけれども、彼らは認めることができなかった。彼らは陸を去るわずかに五十間ばかりの所に来たとき、イエスは彼らに商売の交渉を試みる商人の如く『子どもたちよ。食べる物がありませんね』と声を掛けられた。『はい。ありません』と彼らが答えたので、イエスはさらに『舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます』と命ぜられた。彼らはこの未知の人物は漁業に経験があるのか、あるいは魚群のいる何らかの兆候を見たものであろうと想像してその語に従った。しかるに網は曳くことができないほどに収穫があった。その命令によってヨハネの敏い心に記憶が閃いた〈ルカ5・1〜11〉彼はこの近傍において、三年以前ほとんどこれに等しい不思議の事実に接し、己はもちろん、その兄弟も、同業のペテロもアンデレもともにイエスにその運命を託したのを思い起こした。

 『主です』と彼はペテロに叫んだ。心は鈍いけれども、行動には敏捷なペテロは漁業の間に邪魔なので脱いでいた衣服を着け帯を結んで、彼のイエスが波上を歩んで来られた朝のように突然小舟から湖に飛び込んで陸に泳ぎ着いた〈マタイ14・28〜31〉。他の弟子たちは魚の充満した網を曳いて小舟で渚に漕ぎ寄せたのであった。

 彼らの陸に達するやすでに食事の用意が整えられていた。パンの塊や、炭火を焚いてその上に魚が焼いてあるのであった。イエスはなお現に彼らが漁った魚を持ち来れと命ぜられたので、ペテロは小舟に行って、網を渚に曳き上げた。その中に百五十三匹の魚があったのを発見した。これ異常の大漁であって、網が裂けないのが不思議であった。準備がことごとく整ったときイエスは『さあ来て、朝の食事をしなさい』と仰られた。而してイエスは彼らのよく知るもとのままの所作で、これを祝して後に食物を一同に分たれた。

11 ペテロとの問答

 イエスが、おそらくことごとく使徒であったと覚しきこの七人に顕現せられたのは、この世を去られる前に彼らと会合して、彼らの職分に関して協議されるためであった。食事が終わって、イエスはその計画を遂げんとしてペテロに語を掛けられたが、甚だ残酷と見える方法を取られたのであった。イエスは深くもこの弟子が楼上の客室において主張し、その舌の根も乾かないうちアンナスの邸内で暴戻にもこれを破った『たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません』〈マタイ26・33〉との大言壮語を思い廻らされた。ペテロはその不忠を深く悔恨し、復活の日にイエスに見えるや直ちにこれを告白して赦されたに相違はない〈ルカ24・34、1コリント15・5〉。

 しかるにイエスは再びこれを捕らえて、その同僚の眼前において彼の正面からこれを投げつけられた。すなわち『ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか』と問われた。『愛する』とはペテロの心に横溢する情熱を現わすものではなかった。しかし彼は謙遜に『はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです』と答えた。『わたしの小羊を飼いなさい』とイエスは命ぜられ、重ねて『ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか』と同じ問いを繰り返されたので、ペテロもその確信を披瀝して『はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです』と重ねて答えた。『わたしの羊を牧しなさい』と再び命ぜられた。

 三度イエスは同じ問いを設けて『ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか』と仰せられた。イエスはペテロの改善した告白を受けておられたけれども、彼にとってこの問いは、甚だしき悔恨を催さしめた。すなわち単にペテロの尊敬の念のみならず、その愛情を疑わられるものと思われた。しかも紙背に徹するその眼光は横溢する感情を読まれるべきはずであった。『主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります』と彼は叫んだ。イエスは同じく『わたしの羊を飼いなさい』と宣うた。

12 その目的

 ペテロの罪悪を殊に他人の眼前において彼の面に突きつけられるは余り無慈悲で、イエスに似つかわしからざるものではあるまいか。否、これは唯ペテロをのみ、他に勝って指摘されたものと、彼らには思われなかったことであろう。彼らはペテロに勝れるものとして免されたのであろうか。彼らは楼上の客室においてイエスとともに死なんと抗弁した。しかもゲッセマネの園においてはイエスを棄ててことごとく逃げ去った。むしろヨハネを除いたあとの者よりもペテロは勝れるものであって、直ちに勢力を鼓舞してアンナスの家までイエスを曳き行く兵卒に従って来た。故に斯く戒められたのはペテロであるけれども、皆その聖語の身に触れるを覚えた。イエスの目的は彼らの不忠実を譴責するためのみではなかった。如何にこれを訂正するべきかを教えられるものであった。

 彼らにしてもしペテロと等しくイエスを愛したりとせば、イエスの答えは一様である。曰く『わたしの羊を飼いなさい。わたしの羊を顧みなさい』と。彼らが牧羊者を棄てたときも、彼らをしてイエスの羊のためにその生命を擲ち、その悔恨とその愛とをもって試験せしめよ。またその責任を忘れることなからしめよ。後にいたりて聖ペテロは言う『あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを、牧しなさい。強制されてするのではなく、神に従って、自分から進んでそれをなし、卑しい利得を求める心からではなく、心を込めてそれをしなさい。あなたがたは、その割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい。そうすれば、大牧者が現われるときに、あなたがたは、しぼむことのない栄光の冠を受けるのです。〈1ペテロ5・2〜3〉)

2022年12月25日日曜日

クリスマスと主のよみがえり

ギュスターヴ・ドレ 聖書画集から

墓の中にはいったところ、真っ白な長い衣をまとった青年が右側にすわっているのが見えた。彼女たちは驚いた。青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。・・・」(マルコ16・5〜6)

 クリスマスの意義は復活において完成される。復活ありてこそクリスマスも尊い。私たちはよみがえりのキリストを馬槽の中に見てその救いを讃美し感謝する者である。『真っ白な長い衣をまとった青年』の形において天使が現われたのも御復活の告知者として相応しいではないか。

 よみがえった人の姿が老人であるとは考えられない。私たちの霊界は永遠の若者によって住居せられ、私たちもまたよみがえりの後は永遠の若者となるであろう。イエスは三十三歳の屈強の若者として十字架につき同じ御姿でよみがえり給うたのも意味深く感ぜられる。イエスは嬰児としてこの世に生まれ、若者としてよみがえり給うた。

祈祷
永遠の生命永遠の若さの持ち主にして与え主なるイエス様。あなたのよみがえりを讃美し、同じ賜物を私たちに与え給うことを感謝申し上げます。今日このクリスマスの日に当たりて嬰児イエスを讃美し、若きいのちの主を讃美し申し上げます。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著359頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。

以下は、David Smithの『The Days』の昨日に接続する続編である。

3 マリヤに現れる

 二人の弟子は墓を去って家に帰ったが、マリヤは泣きながら墓の入り口に佇んだ。彼女は間もなく内に入って墓穴を差し覗くや、彼女の驚駭は極点に達した。すなわち天使が、一人は屍の在った頭の所に、一人はその足の所に佇んで『なぜ泣いているのですか』と尋ねた。彼女は嗚咽しながら『だれかが私の主を取って行きました。どこに置いたのか、私にはわからないのです』と答えたが、天使の様子かあるいは手振りで、何人か彼女の後に入って来たものと思われたのであろうか、彼女は振り返ってそこに人あるを認めた。これぞすなわちイエスであった。しかし彼女はこれを認めることができなかった。『なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか』と問われたが、彼女はここにみだりに侵入したのを咎めに来た園丁であろうと想像すると共に、その園が墓に来るために蹂躙せられるのを憚って主の屍を他に移したものはこの人であろうとの思想が不意に起こった。『あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言って下さい。そうすれば私が引き取ります』と彼女は叫んだ。『マリヤ』とイエスは宣うた。この一語で充分であった。『ラボニ!』と彼女は叫んで身を巡らした。聖ベルナドは『愛は敬意を欠く』と言っている。彼女は聖足に飛びついて、これを擁しつつ接吻しようとした。彼女はイエスがもとの態に帰られて、直ちに従前のごとき師弟の情誼を再び結ばれるものと考えた。イエスはやさしくこれを遮って『わたしにすがりついていてはいけません。わたしはまだ父のもとに上っていないからです。わたしの兄弟たちのところに行って、彼らに「わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神のもとに上る」と告げなさい』〈ヨハネ7・29参照〉と宣った。

4 エマオに現れる

 その午後二人の弟子がエルサレムより7、8マイルを距つるエマオに向かって旅立ちした。その一人の名はクレオパと言うのであって、他の一人の名は記録に残らない。二人とも使徒ではなかった。しかし主に随伴した一組に属するもので、万事すでに休するものとして深き失望に陥りつつエルサレムから帰り行く途上であった。彼らはその朝起こった不思議な事件を聞知して、ペテロとヨハネとが空虚な墓地を目撃したこと、婦人中のある人に天使が現れて、イエスの復活を示したことを聞いていたけれども、マリヤにイエスの現れたことは知らなかったので、ついにエルサレムを出発したのであろう。

5 途上にて

 これまことに当惑すべき問題であって、彼らは征く往くその意味を論じ合っていたのであった。彼らの性質には相違があって、クレオパはトマスの如く沮喪し易い傾向があったのに、一方の相手は多血質で、両人の間にいくらか論戦が熟して来たものであろう。その半ばに一人の旅客が彼らの連れに加わった。これはイエスであったけれども彼らはこれを悟らなかった。『ふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった』。イエスは彼らに言葉をかけて『歩きながらふたりで話し合っているその話は、何のことですか』と仰せられた。彼らは論争を聞かれたのを恥じて、頸を垂れて佇んだ。陰気なクレオパは、不意の妨害を快からず思うが如く、短気に答えて『エルサレムにいながら、近ごろそこで起こった事を、あなただけが知らなかったのですか』と詰め寄った。旅人はさらに『どんなことですか』と問うた。彼らは異口同音に。『ナザレ人イエスのことです。この方は、神とすべての民の前で
、行ないにもことばにも力のある預言者でした。それなのに、私たちの祭司長や指導者たちは、この方を引き渡して、死刑に定め、十字架につけたのです』と言い、クレオパは『しかし私たちは、この方こそイスラエルを贖ってくださるはずだ、と望みをかけていました』と嘆息した。『そうです』と他の一人はなお希望を失わざるを思いつつ『その事があってから三日目になりますが、また仲間の女たちが私たちを驚かせました。その女たちは朝早く墓に行ってみましたが、イエスのからだが見当たらないので、戻って来ました。そして御使いたちの幻を見たが、御使いたちがイエスは生きておられると告げた、と言うのです』と言った。しかも疑り深いクレオパは『しかしイエスさまは見当たらなかった』と言葉を添えた。『ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光にはいるはずではなかったのですか』とイエスは叫んで、その苦難によりて始めて完成されるべき所以を示しつつモーセより預言者に及ぶ聖書中の句を一々引照せられた。

6 室内にて

 両人は聞きながら心の熟するのを覚えた。ついにエマオに着して、イエスは行き過ぎる様子をせられた。彼らはこの不思議な旅人と別れるのを厭いさらに話を聞かんとして『いっしょにお泊りください。そろそろ夕刻になりますし、日もおおかた傾きましたから』と引き留めた。聖ベルナルドは『おそらく彼らは斯く祈願したるものなるべし、「離れ給うなかれ、汝美しきものよ、ああ我らを離れ給うなかれ、なおナザレのイエスについて汝のことばを我らの耳に聞かしめよ。我ら願う、復活の歓喜を我らに告げ、今夕べに及び、日は暮れんとするが故に我らとともに宿れ、我らよもすがら語り明かさん、我らの耳には美しきイエスにつきて聞くをこの日中のみをもって満足せざればなり」と言えるものと思われる』と言った。

 イエスは彼らの懇願を許して共に宿られたが、やがて食卓は運ばれた。イエスは賓客であったけれども、主人役を務めて食に就く前に感謝を献げられた。これはユダヤの敬虔な家庭に行われる習慣であったが、イエスはそれを特別な態度で守られた。『イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された』。斯くの如き方法はすでに二度行われた所であって、すなわち野において五千人を養われる時と、楼上の客室において晩餐の礼典を定められた時であった。クレオパ及びその連れは晩餐には列しなかったけれども奇蹟は目撃したところであった〈マタイ14・39、マルコ6・41、ルカ9・16、ヨハネ6・11、マタイ6・26、マルコ14・22、ルカ22・19〉。しかしこれを特別に回想したわけではあるまい。ただイエスの如き祈祷を献げたものは未だかつてなかったところで、祈祷によってそのイエスなることが明らかとなったものである。『それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった』、彼らが何事をか語らんとするとき『するとイエスは、彼らには見えなくなった』。彼らは今始めて万事を悟った。而して『道々お話になっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか』と叫んだ。

7 エルサレムにて

 即刻彼らはエルサレムに帰って、而して彼らが聖都に着するや、その出発後に様々の事件の起こったことを知った。使徒たちはもはや意気消沈し失望して彼方此方に散乱するようなことはなかった。彼らの団結を強固にして市内の宿所に集合し、後年におけるが如く生気溌剌勇気凛然たる団体を組織した。斯くの如く猜疑に富む有司たちの勢力範囲内に会合するは彼らのために甚だ危険であったので、その安全を計らんがため彼らは堅く門戸を閉ざしていた。そこには主の就縛の大打撃に最も遠くへ逃げ去って未だ帰って来なかったらしいトマスの他はすべての使徒が集まっていた。クレオパとその連れとは集会の場所を発見して、その内に加わるを許されたが、彼らがまだその見聞したことを言い出さざる前に、一同は異口同音に熱心に『ほんとうに主はよみがえって、シモンにお姿を現わされた』〈ルカ24・34〉との挨拶を彼らに浴びせた。
〈シモン・ペテロに現る〉
 シモンに現れ給うたことは聖パウロも伝えて〈1コリント15・5〉いるけれど、その記事はどこにも見えないのである。おそらくペテロが卑劣にも、知らずと拒んだその慕い奉る主との会見は他に漏らすに忍びざるほど神聖なもので、彼は自分の心に深く秘めてしまったためであろう。

8 使徒並びに他の弟子に現る

 彼らは一同の語るの終わるを待って、新たな驚嘆を加えつつ、その一部始終を物語った。不意に警告の声が一同の間に起こった。イエスは現れ給うた。その戸を叩かれるのを聞いたものはなかった。また戸を開いて迎えたものもなく、入られる聖姿を悟ったものもなかった。しかもイエスはここに佇まれた。平生の如く『平安があなたがたにあるように』〈ヨハネ20・19〉との挨拶を与えて一同の中央に進まれた。彼らは驚駭しまた恐怖して聖語をかけられるまでは、イエスなりや否やを疑い、霊を見たのであろうと考えた。イエスはその傷つけられた両手と脇腹とを彼らに示された。彼らは残酷な苦難の跡を見るに及んで、疑いは氷解し、歓喜に雀躍した。その歓喜に溢れたとき、楼上の客室において約束された『わたしはもう一度あなたがたに会います。そうすれば、あなたがたの心は喜びに満たされます。そしてその喜びをあなたがたから奪い去る者はありません』〈ヨハネ16・22〉の聖語を思い起こしたであろうか。斯くて新たに彼らを祝し、他の聖語を授けられた。曰く『父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします』と。而してユダヤ人に適合する象徴的な所作をもって、彼らに息を吹き掛けて『聖霊を受けなさい。あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります』と宣うた。これ彼らに使徒として嘱託を新たに付せられたものであって、イエスの目的と、彼らの職責とは間一髪も容るべからざるものなるを確実にせんと欲せられたのである〈マタイ18・18〉)