金婚式の祝 2020.4.26※ |
私は今年2月に喜寿を迎えた。ところが、私の肉体には、この頃体の欠陥が次々現れてきている。先ず、「唇」である。昨年末高校の同窓の集まりの後、家内にもこの会で一人の方との交わりが大変良かったので、いっときも早くそのことを報せようと、喜んで帰ってきたのはいいが、心が急いていたのか、暗い夜、思わぬところでつまずいてしまった。その打った場所がいけなかった。再び車止めだった(2017年11月だったか、信越線横川でバスを降りる際、足を踏み外し、倒れ、顎の骨を折る大怪我をしたことがあった)。相方の唇は擦過傷を負い、出血が激しかった。救急車のご厄介になった。その時、縫ってもらわなかった。そのせいか、未だに唇がだめになっている。
次に「鼻」である。昨年だったか、ある集まりで突然鼻血が出た。それからことあるごとに鼻血が出るようになった。医者は興奮するから出るのだとおっしゃった。思い当たる節はある。すぐ一つのことに熱中する。だからのんびりと生活しようと思っている。でも、この一年間鼻血は収まらない。
ところで、今一生懸命に打っているこの「指」もまた問題をかかえている。「指」の折り曲げが困難で傷んで仕方がないのである。こんなふうに体の部位を書きつらねながら、一番肝心の「頭」
ところが、聖書はもっと素晴らしい指摘を私にくださっている。
昨日の聖書通読箇所の一つにヤコブ3章、4章があったが、
「愛する皆さん。みなが教師のようになって、
毎朝、NHKの「エール」を見ているが、
「賛美とのろいが同じ人の口から出るのです。愛する皆さん。
とあった。ああ、自分はこのような救いようのない人間なのだ、
(※五人の子ども家族がすばらしい贈り物をしてくれた。その中の一つである。こどもたちのエールである!)
0 件のコメント:
コメントを投稿