2014年1月9日木曜日

主がくださった今年のお年玉

元旦の西軽井沢国際福音センター東面
年末、一人の青年が主イエス様のみもとに帰って来た。三度の礼拝に集うだけでなく、年末年始の西軽井沢国際福音センターで開かれる「喜びの集い」に幼馴染である娘が誘ったところ、行ってみたいと言った。私たちはそれを聞き、彼の思いが一時的なものでなく本物であることを知り喜んだ。集会の礼拝に集ったのは、彼が言うには小学校6年以来だと言う。その最初の礼拝のおりには賛美するたびに涙が出てしょうがなかったと言う。知らぬのは私(たち)だけで、その不明を恥じざるを得なかった。

西軽井沢国際福音センターで一緒に集った三日間は夢のようだった。彼にとってこのセンターは幼い頃父親に連れられて、地下室で友だちとゲームに興じた懐かしい想い出がいっぱい詰まっているふるさとであった。今長じて眺めてみると、正面のものだけだったステンドグラスがいつの間にか西側面などに増えていると言う。ためつすがめつ感動の思いでそれらステンドグラスから離れようとしない彼の姿がそこにはあった。

最初こそ誰と交われるのだろうかと気をもみ二三の同年輩の青年を紹介したが、その後は私たちの心配もそっちのけで、たちまち老若男女の皆さんと親しくなり、夜遅くまで交わっていたようだ(帰りの車中で聞いたところによると、実に30人近い方々とお交わりがあり、一人一人の名前を手帳にメモしたということだった)。文字どおり、水を得た魚の如く生活し、いつの間にか、集会の兄弟姉妹との交わりだけでなく、台所に入っては皿洗いの一団にまで加わっているのには驚かされた。

行き帰りの車中で私たち三人は過ぎた過去の想い出を交換したり、また「喜びの集い」の余韻にともに浸りっぱなしであった。彼と別れ、家に帰って参加しなかった家内に娘と二人で彼の三日間の様子を報告した。語るたびにどちらからともなく互いのうちに涙があふれ出てきて仕方がなかった。そうして、主の愛のすばらしさにいつまでも浸っていたい思いであった。

これぞ、クリスマスから新年にかけて主がくださった贈り物にちがいない。

兄弟愛については、何も書き送る必要がありません。あなたがたこそ、互いに愛し合うことを神から教えられた人たちだからです。実にマケドニヤ全土のすべての兄弟たちに対して、あなたがたはそれを実行しています。しかし、兄弟たち。あなたがたにお勧めします。どうか、さらにますますそうであってください。(1テサロニケ4・9〜10)

2013年12月25日水曜日

言が肉体となられた

言は肉体となられた。(ヨハネ1・14)※

キリストは、清浄、純潔なきよい誕生をされました。一方、わたしたちの誕生は、不純で、罪にみち、のろわれたものです。わたしたちは、キリストのきよい降誕によってのみ助けられます。しかし、キリストの降誕は、ケーキのように、分割して与えられることもできませんし、また、そういうことができたとしても、そのまま助けとはなりません。しかし、みことばがのべ伝えられるところでは、それは、どこでも、すべての人にむけて差し出されています。そして、これをしっかりと受けいれ、信じた人は、自分自身の罪にみちた誕生によって苦しむことがありません。

これが、みじめなアダムの誕生から、わたしたちがきよめられる方法であり、またこのゆえに、キリストは人となって生まれることをよしとされたのでした。それは、わたしたちがキリストにあって再び生まれるためです。「み旨により、彼は、真理のことばによりわたしたちを生んでくださった。それは、わたしたちが再生し、新しいものとなるためである」※。このようにして、キリストはわたしたちからわたしたちの誕生を取り去り、それをご自分の誕生の中に沈みこませ、そのかわりにご自分の誕生をわたしたちに与えてくださいました。それによって、わたしたちが新しくきよいものとされ、あたかもキリストの誕生がわたしたち自身のものであるかのようになるためです。ですから、すべてのキリスト者は、自分もマリヤから生まれたかのように、このキリストの誕生を喜び、栄光を帰さなければなりません。

これこそ、天使の語った大きな喜びです。これこそ、神の慰めであり、すばらしいめぐみです。もし信じるならば、この宝を喜び、マリヤが母となり、キリストが兄弟となり、神が父となるのです。そこで、この誕生があなた自身のものになり、キリストと交換したことを、おぼえましょう。信じるならば、あなたの誕生は捨て去られ、主の誕生を着ているのです。こうして、あなたは、たしかに、処女マリヤのひざにすわり、彼女の愛する子とされているのです。

(『ルターによる日々のみことば』鍋谷堯爾編訳12月25日から引用。※の新改訳聖書の表現は「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」である。※はヤコブ1・18のルター訳であろう。さて、赤子の誕生は無条件に普通、人は「おめでとう」と言って祝う。ところが、ルターは、その誕生がのろわれたものである、と言う。なぜだろうか、それは確かに肉体の誕生は喜ばしいが、人は神を認めない罪人として生まれたままであるなら霊的には死んでいるからである。しかし、そのような人間を見るに忍びない神様は2000数年前に処女マリヤの胎をとおして御子イエスを生まれさせ、私たち人間の救いの道を開いてくださった。こうして神の御子の誕生を信ずる者が罪と死から解放され、永遠に生きる新しいいのちにあずかれる道が開かれたのだ。将来は罪の結果である「死」しかなかった人類に、新しく永遠に神のいのちに生きる道が備えられた。だから「クリスマスおめでとう!」とキリスト者は心から言うことができる。Merry Christmas!)

2013年12月24日火曜日

大きな喜び

御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」(ルカ2・10〜11)

「あなたがたに」というひとことは、わたしたちを喜びでいっぱいにします。このことばはだれに向けて語られているのでしょうか。木にですか、石にですか。いえ、これは人に向けられて語られているのです。ひとりにですか、ふたりにですか。いえ、すべての人に向けて語られているのです。では、わたしたちはこのことばをどのように理解すべきでしょうか。なおも神のめぐみを疑って、「ペテロやパウロならば、救い主のこられたことを喜ぶことができるだろう。しかし、わたしはできない。わたしはみじめな罪人で、これはあまりにもわたしのためにはもったいない宝である」と言うでしょうか。

兄弟たちよ。もし、あなたがキリストはわたしのものでないと言うならば、では、キリストはいったいだれのものですか。あひる、が鳥、牛などを救いにおいでになったのでしょうか。ここで、キリストがどのような姿か見なければなりません。もし他の被造物を救いにこられたのだったら、たしかに、その被造物のすがたをおとりになったにちがいありません。しかし今や、キリストは人の子となられたのです。

そして、あなたは、いったいなんですか。わたしはなにでしょう。わたしたちも人の子ではありませんか。たしかにそうです。では、人を除いてだれがこの幼な子を受け入れるでしょう。天使はキリストを必要としません。悪魔はキリストを嫌悪します。しかしわたしたちはキリストを必要とし、わたしたちのために、キリストは人となられたのです。こうして、ここで天使が、「あなたがたのために、救い主がお生まれになりました」と告げているように、わたしたちは心からの喜びをもって主を受けいれましょう。

(『ルターによる日々のみことば』鍋谷堯爾編訳12月24日より引用)

2013年12月23日月曜日

飼葉おけのイエスさま

クリスマスものがたりから ホフマン画
ベットがないので、飼葉おけの中で、
小さいイエスさまは、かわいい顔して寝ている。
晴れた空から、お星が見下ろすと、
小さいイエスさまは、まぐさの中で寝ている。(一節)

牛がモーとないて、赤ちゃんは目を覚ますが、
小さいイエスさまは泣かない。
わたしはイエスさまが大好き!
空から見下ろして、わたしの揺りかごのそばに、朝になるまでいてください。(二節)

現在、教会学校や礼拝で普通に行なわれている会衆による賛美が、どのような変遷をたどって今日に至ったかについては興味深い物語がある。四百年余り前までは、一般会衆はいかなる礼拝でも歌うことは決してなかった。音楽は司祭と特に選ばれた聖歌隊だけが演奏した。それどころか、歌だけでなく、礼拝は始めから終わりまで、会衆の大部分には全く意味のわからないラテン語がもっぱら用いられていた。

ヨーロッパにおける宗教改革と同時に、幾つかの日常語による賛美歌が礼拝用に作られた。しかし、一般会衆の賛美を推進し、またそれに表現力を与えるためには、才能に富んだ指導者マルティン・ルターの出現を待たなければならない。宗教改革の著名な指導者となったルターは、1483年貧しい鉱夫の子として、ハルツ山脈のふもとのアイスレーベンで生まれた、彼は音楽に天賦の才能を持ち、優れた声楽家であっただけでなく、自分でもフルートやリュートを演奏した。

フランシスコ会修道院の修道院付属の学校の生徒であった時、たびたび金持ちの家の窓の下で美しい声で歌い、施しを得ては貧しい人たちに分け与えた。クリスマスの季節には、友人といっしょにキャロルを歌いながら、近くの村々を回ったこともある。ルターにとっては、音楽は神の賜物であり、恵みであり、悪魔を追い払い、すべての人に怒りを忘れさせるものであった。

したがって、後年ルターが会衆賛美の奨励に最大の関心を示したのは当然のことである。「歌によっても、人々の間に神のみことばが定着するために、私は賛美歌を作りたいと考えている」と彼は語った。人々は自国語の聖書と同じように自国語の賛美歌を持ち、「神のみことばを読み、自分たちの歌によって神に語りかける」ことができるようになった。礼拝はもはやラテン語ではなく、一般民衆のことばによるようになったのである。

最初の賛美歌集は、ウイッテンベルクで1524年に出版された。載せられたのはわずか八曲だけで、そのうち四曲はルター自身の作品であった。小冊子ではあったが、民衆の要望に答えて、華々しい売れ行きを示した。

ひとたびルターの詩的才能が開かれると、後は堰を切った水のように次々と新しい賛美歌が誕生したので、世人は彼のことを「ウイッテンベルクのナイチンゲール」と呼ぶようになった。最初の賛美歌集が出版されてから二十年も経たぬうちに、少なくとも百十七冊がルターとその仲間によって出版され、ドイツは文字どおりの「歌の海」となった。このようにして、偉大な改革者は会衆賛美の父としても知られるようになり、彼の指導の下に急速に普及していった。1529年ごろに書かれた、かの有名な賛美歌「御神は城なり」(聖歌233番、賛美歌では267番「神はわがやぐら」)は、詩篇46篇から霊感を得たもので、今なお傑作の一つとされている。

ルターはまた、子どもにも彼の心を伝えようとして、子ども用に楽しい曲と、これにあった魅力的な歌詞を作った。最も優れたものの一つは、「わたしの心よ」(聖歌666番)と題するものである。世界中の子どもが喜びをもって久しく歌ってきたあの短い子守歌「飼葉のおけですやすや」は、息子のハンスのために1530年のクリスマス祝会用に書かれたものであろうと考えられている。この歌は、飼葉おけの中の御子イエスを実にやさしく、美しく描いているではないか。そして第三節は、私たちがいっしょに学び、いっしょに祈りたいと願う、主への祈りなのである。

どうかイエスさま、わたしのそばにいてください。
いつまでもそばにいて、わたしをかわいがってください。
どうかみんなの子どもをやさしく守って
わたしたちが天国で、
あなたのそばに行けるようにしてください。(三節)

(『賛美歌物語』セシリア・M・ルーディン著安部赳夫訳7〜10頁より引用、少し訳を省かせていただいたところもある。この賛美の曲は様々な形で聞くことができるが、私個人としてはhttp://www.youtube.com/watch?v=rLTvaw7lnIg が、落ち着いていて原歌詞のイメージに忠実だと思った。)

2013年12月19日木曜日

クリスマス、そは約束の成就

芦ノ湖畔 2013.12.2 by N.Y
神である主は蛇に仰せられた。「おまえが、こんな事をしたので、おまえは、あらゆる家畜、あらゆる野の獣よりものろわれる。おまえは、一生、腹ばいで歩き、ちりを食べなければならない。わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」(創世記3・14〜15)

救いの黎明は、蛇に下された宣告のなかに最も明瞭に現われている。この章節で、福音の最初の約束が明示していることは、陰惨な怒りを貫いて流れている恩恵が、蛇に対する呪詛を人間に対する約束に一変せしめているということである。罪人[アダム]が罰の宣告を待ちながら、被告として神の御前に立っていたときに、直接に約束が与えられることはもちろん考えられないことである。にもかかわらず、宣告を待ちながらふるえているアダムにとって、自分を罪におとし入れた者に対する断罪の宣告は、希望の光たらざるを得なかった。従って「最初の福音の表面は審判であったが、裏面は人類に対する約束を意味したもので」あった。

はじめには、その預言の意味がまだ漠然としている。なぜなら、もしもサタンが蛇によって代表されるならば、蛇の「子孫」は神に敵対する「まむしのすえたち」(マタイ伝3・7、12・34、23・33)としてすべての悪魔の側に立つ悪霊的なもの、人間的なものの全体にほかならない—従って一人の個人ではなくて、多くのものを指すのである。しかしその場合には並行的な対句と対句との調和の点から言って、女の子孫もまた単なるひとりの人ではなくて、やはり多くの子孫、すなわち信仰をいだきつつ女に与えられた約束の基盤の上に立つ人々全部のことでなければならない。

女の子孫もまた、いつかは一人の個人において頂点に達するであろうという観念を、原始の人類はただ間接的にしかもつことができなかった。なぜなら、預言の終句には、女の子孫が蛇の多くの子孫を砕くばかりでなく、その頭である蛇そのものを砕く、と書いてあるからである。このことから多分、女の子孫そのものもまた何時かは一つの頭、一人の人において頂点に達するであろうと認められるからである。

今日、ふり返ってみて、それ以後の預言や成就を解釈することによって(ことにイザヤ書7・14、マタイ伝1・21〜23、ミカ書5・2、ガラテヤ書4・4)、はじめてわれわれは、神がここで初めて—絶対的にではないが暗示的に、いな、主として—御子キリストのことを話されたのであることを悟る(ロマ書16・20、ヨハネ第一書3・8)。人類の中心であるキリストは、同時に、女の子孫の中心である。このことからのみわれわれは、神がなぜ男の子孫と言いたまわず、女の子孫と言いたもうたかを、理解できる。

イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。(マタイ伝1・18)

そしてそれと同時に、その頭を踏み砕き、かかとにかみつく、という預言によって、「メシヤの受くべき苦難」(「かかとにかみつく」を参照)及び「その後の栄光」(「頭を踏み砕く」を参照)を予告している、驚くべきほど多くの神の言明が始まったのである(ペテロ前書1・11)。それゆえに、これ以後のすべての預言のもつ二重性格—すなわちキリストの初臨と再臨とを一つの画像において見ること—が、すでにここに現われている。そしてこの意味において、原始福音はメシヤ預言の根源であるばかりでなく、原型でもあるのである。

このようにその最初の約束の言葉がまた最も包括的で最も深い約束の言葉でもあった。この言葉のなかに救拯史全体と、その順序とが秘められている。「一般的で、不定で、その太古のごとく漠然と、神秘的な宮殿の残墟の前に立つ厳かなスフィンクスのように、この最初の約束の言葉は、くすしく聖く失われた楽園の入口に立つ。遠からずしてイスラエルの預言のなかで、この約束の言葉の解決が明らかになり始める。われわれすべてのために蛇の頭を砕くために、われわれすべてに代わって蛇にかかとをかまれた処女マリヤの子、かれがはじめてこのスフィンクスの謎を解いた。それは聖徒にとっても預言者にとってもときがたい謎であったのである(マタイ伝13・17、ペテロ前書1・10〜12)。かれはこの謎を成就して、これを解いたのである。約束の絶頂—インマヌエルかれ自身—のみが、約束の意味の内容を明らかにしたのである。「新約のみが旧約のこの象形文字を解く鍵である。福音のみが原始福音の解答である。」

(『世界の救いの黎明』92〜93頁より引用。引用にあたっては一部ことばを変えたところがある。たとえば「子孫」とあるところは原翻訳では「苗裔(すえ) 」とある。)

2013年12月18日水曜日

永遠者を尋ねて

京都市美術館 2013.11.29 by N.Y
「永遠者について尋ねる人が幸福なのではない、永遠者を尋ねる人が幸福なのである。」

世界の創造・救い・完成、これら三つの問題はさながら三つの際立った崇高な象形文字であるかのように、人類の精神史のなかに示されている。かつてどの民族も、これらの問題の前を不注意に素通りしたことがない。それどころか、あらゆる時代の最も偉大な人々が、これらの問題を解こうと努力して来た。

しかし解答は多種多様であり、矛盾したものでもあり、しばしば全く不可解なものでもあった。あとからあとからと、思想体系が考え出され、あとからあとからと、宇宙創成論は現われた。一人の人の思想や論説が倒れ去った廃墟の上に、他の人が自分の思想構造を建設する。そして今日でも人間はまだ、その精神の全精力を挙げて、解答を得るために苦闘している。

しかも、解答はすでに、あったのである。神御自身がそれを明確に与えられたのである。神の永遠の思いは決して、地上のすべての事柄の成り行きとかけ離れて流れていく単なる「観念」ではなく、創造的な行為であって、それは同時にすべての歴史のうちに直接結合し、歴史にしっかりと深く織り込まれており、すべての歴史の「なかに、と共に、下に」よく現われている。「あらゆる時代の歴史は人類の歴史である、そして人類の進歩は—神の歴史である。」

しかし神の与えたもう解答は、彼自身である。彼の御子のペルソナにおける彼御自身の存在である。永遠の「主」として、御子は、全宇宙におけるすべての神の啓示の中心であり、太陽である。

万物は神に由来する。ここに過去の原始すなわち、世界創造の本質が顕われている(コロサイ1・16、ヨハネ伝1・3)。

万物は神によって完成される。これが現在の問題、すなわち世界の救いの過程を、説明する(ロマ書11・36)。

万物は神に帰ろうとしている。ここにすべての未来の目標、すなわち世界の完成の本質的性格が、顕われている(コリント前書15・28)。

このように、キリストにおいて啓示された主なる神は、あらゆる時代の磐であり、あらゆる存在の人格的な、生ける第一の基礎である。

しかし、永遠の言は語られた言を通して啓示され、語られた言は書かれた言となり、書かれた言は聖書となった。かくて、聖書は世界の出来事を解く鍵であり、人類の書であり、歴史の唯一の書である。

それゆえに、すべてはこの書を理解することに懸かっている。聖書なしでは、全く光のない地下牢のなかで手探りで廻っているのにすぎない。しかし聖書の光の臨む人には太陽が、天とその栄光の輝きをともなって臨むのである。その人の歩む途には光明が射し、その人の生活は光となり、時は変貌して、神のものが勝ち、こうしてその人は「今が永遠である」というあの偉大な言葉をますます理解するようになる。

(『世界の救いの黎明』エーリッヒ・ザウアー著聖書図書刊行会1955年刊行、序より引用。ペテロは言っている。「私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心の中に上るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです」2ペテロ1・19。一方ソロモンは「神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた」伝道3・11と言った。ザウアーの最後の数節を読みながら、このふたつの聖書のみことばを想起した。)

2013年12月9日月曜日

東京三六会

滋賀・西明寺 2013.11.30 by N.Y
 先週の土曜日は卒業した高校の同期会に二年ぶりに出席した。卒業年次昭和36年にかこつけて「東京三六(さぶろく)会」※と名づけるこの会は、丸の内の某所で毎年12月の第一土曜日に東京在住者を中心に近辺に住む者が集まることになっている。今年は通算で30回目であったが、男子25名女子6名が集まった。私自身は過去5、6回ほど参加したに過ぎないから、あまり熱心な参加者とは言えないが、それでも常連の人たちが皆暖かく迎えてくださるのでありがたい。

 このような集まりがどのようにされているのか寡聞にして知らないが、多分そんなに大差はないのではないか。配膳された寿司などを一緒につまみ酒を汲み交わし、互いに旧交をあたためあうのがその要諦ではないか。古希を迎えただけに恐らく30年前と異なり、酒量も減り皆穏やかになってきているのではないだろうか。いつもは元気なM氏が病気のため欠席だからなおさらのことだった。

 幹事役が二名で会費徴収と司会進行役をつとめられる。終始落ち着いた雰囲気で会は進行する。この日は幹事の願いを受けて一人の方によるレジメを使っての「道中記」(「めいぶつの くうが無筆の 道中記」)の「講義」があった。江戸時代にはこのような日記がたくさん物されたようだ。当時の各地方の町人たち(昭島、鶴岡、熊谷、安中、世田谷)がお伊勢参りなどを目的に日本国内を歩き回っての見聞記録は一つ一つ興味があった。その中でも焦点は近江路にあったので、東京くんだりに居て、ふるさとを通過された古人の足跡を想うことは、同期会でタイムトンネルをくぐり抜け青春に帰る所作に通じて不思議な感慨を覚えた。

 そのあと参加者が与えられた一人二分の持ち時間を利用してこもごも互いの近況報告を皆の前でマイク片手にする時が来た。これがメインイベントであろう。二分などとっくにオーバーして司会者をひやひやさせる御仁もいるにはいるがそこは大目に見て会は進む。 ほとんどの人がリタイアしているので仕事の話はなく、病気や趣味の話が中心であったように思う。私も三、四人目に順番がまわってきて話をしたが他愛もない話になった。幸い座について落ち着いて他の方の話に耳を傾けることができた。後半の方で一人の方が、今年は初めて病気になって入院し、心細さを覚え、人生について真剣に考えるようになりました。大学はミッションでしたが、神様を「礼拝」することなどについて考えて見たい心境になりました、という意味のことを話された。

 内心驚いた。私はこの同期会に出席するにあたって、「主を求める方に出会わせてください」と祈っていたからである。31人で都合三時間余りではお互いに交流を深めることは不可能だが、古希を迎えて忍び寄る死、限りない生を思うから、若いころと違ってどなたのどんな一言も傾聴するに価すると思った。しかし、私自身としては主イエス・キリストについて旧友に個人的に語る機会はついぞ与えられず、不満を残したままの帰宅となった。家に帰り、今回は病で出席することの出来なかった京都在住のいとこに早速電話で見舞いを兼ね、会の様子を少し報告できたのが、責めてもの慰めとなった。

 一日経ち、果たして、私はこのような同期会に出席する意義があるのかと考えざるを得なかった。ついでながら今の話とは矛盾するが、私は来年の幹事をもうひとりの方と引き受けることになった。しかも片割れは同姓同名の方であった。入学の呼名の時、私が並んでいるクラスに来る二、三クラス前に、私の名前が呼ばれ、名前を呼ばれて立った人がいた。その人が立つまでは自分はそそっかしいから列を間違えたのかと思いもしたし、それともほんとうに合格したのだろうかと自分の呼名がなされるまでは心が落ち着かなかった記憶がある。結果は姓名のまったく同音の方がもうひとりいたのだ。高校在学中はその方とは一緒にならなかったのでどんな方か知らなかったが、まさかその方と来年の幹事をすることになるとは。だから元々意義があるやなしやの次元の話ではないのだが・・・。

 しかし、昨日の日曜日の福音集会で一人の方のメッセージをお聞きするうちに、私が同期会を軽視しようとしている考え方が間違っていることに気づかされたのである。諄々と語られるメッセンジャーはもちろん私の土曜日の同期会出席のことなど皆目ご存じないのは言うまでもない。しかし、まるで私が心の中で同期会出席の是非を求めて煩悶していることを諭すかのように静かに語られたのであった。その方のメッセージの中で「人は人として知らなければならない大切なものを知らなければ真の心の安息を得られない」という意味のことをしきりと語られていたからである。

 人は同期会になぜ集まるのだろうか。それは少しでも互いが生きていることを励まし合いたいのではないだろうか。そしてその心の希求するところは真の生き甲斐を求めてのことではないだろうか。だとすれば、私はそれらの方々に直接主イエス様のことを伝えられないからと言ってどうして忌避する理由があるのだろうかと思わされたからである。

 そのメッセンジャーの方は臨終を迎えた一人の若い女性のことを紹介してくださった。彼女は死を前にした全くの孤独の中で、病室の窓外にたたずむ裸木ではあるが生きているマロニエの木を見つけ、「わたしはここにいるよ」という声、「永遠のいのち」の語りかけを聞いたと言うことだった。「こんなひどい運命に会わせた運命に感謝しています」とも彼女は語ったということであった。同期会のつぶやきこそ、主イエス様ご自身が一番聞いておられる人間の悲痛な叫びでないだろうか。だとしたら、私のような罪赦された罪人がどうして忌避する理由があるのだろうか。来年は幹事として備えたい。そう言えば、現幹事の一人は別れ際、私への引き継ぎを念頭においてであろう、「キリストの精神でやってくれるんだろうな。ちゃんとやってよ!」と言い置き、足早に立ち去って行った。

 最後に昨日のメッセンジャーがメッセージの中で引用された聖句の一つを以下に掲げておこう。

苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。(詩篇119・71)

(※どこかで書いたように思ったら、このブログですでに書いていた。http://straysheep-vine-branches.blogspot.jp/2010/12/blog-post_08.html )