2010年11月30日火曜日

富める青年の話より 三谷隆正

(国会図書館前の街路)
今日は吉祥寺の帰りに久しぶりに国会図書館に寄った。お目当ては三谷のこの作品である。30数年前に読み、かつて座右の書であった。しかし今では私の書架にない。数年ぶりに読みたくなり出かけた。「問題の所在」を知らしめられた思いがする。以下抜粋引用をさせていただく。テキストはマルコの福音書の以下の記事である。

イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄って、御前にひざまずいて、尋ねた。「尊い先生。永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、私は何をしたらよいでしょうか。」イエスは彼に言われた。「なぜ、わたしを『尊い』と言うのですか。尊い方は、神おひとりのほかには、だれもありません。・・・・(マルコ10:17~22)

富める青年は有徳なる青年であった。しかし永遠の生命は徳操を代償として君子のみに分与せらるべきほうびではない。自力による努力が達成しうべき事業ではない。青年は自己の有徳なることにより、その自己の値によって昂然として神の御手より永遠の生命を要求しようとした。俯仰天にはじず堂々闊歩して、自己当然の所得たる永生を受け取ろうとした。その自恃自助、それが青年の心を閉じて福音の真義を見えざらしめた根本原因であった。もしこの原因にして除かれざらんか、たといその持ち物をことごとく売ってこれを貧者に施したりとも、なおそれだけをもってしてはこの青年が永生に入ることは不可能であったろう。

問題は持物を売ること、それ自身にのみあるのでない。一切自己の富をすて去ることにある。物質的のみならずその精神的富をもすてることにある。イエスかつていい給わく「幸福なるかな、心の貧しき者、天国はその人のものなり」と。心の富めるもの、有徳に誇るもの、善行に恃むもの、その人は天国に入ることをえざる人である。善き者はただ一人、神の他に善き者なしである。善くなることがわれらを救うのではない。神の愛がわれらを救うのである。善き師よとや。しかりいずくんぞ善きというや。いずくんぞ愛の主といわざるや。兄弟をさして痴者(しれもの)よというものはすでに兄弟を殺すものである。女を見て色情を起こすものはすでに姦淫を犯すものであるとイエスは言った。誰かかくのごとく峻別なる審判に耐えてしかもなお善きをうるものぞ。

誠に人の救わるるは人には能わざるところである。しかし神には能わざるなしである。ルカの言葉を借りて言えば「人にとって不可能事それが神にとっては可能なのである」およそむつかしいこととしてかくのごときはない。救わるる見込みのない者を、救うことそれよりむつかしいことはない。それは人には到底できないことである。しかしそれが神にはできることである。それが福音である。

キリストは善き師であるよりは愛の主である。しかしわれわれがこの愛の主を通して天に在ます父の愛に浴する唯一の途は、有徳であることでなくして謙遜であること、自力に恃んで努力精進することでなくして、自己の一切をすててくずほれたる心、己れに何の恃むところなきを知って卑下(へりくだ)れる心。貧しき心、悲しめる心、憂うる心である。

富める青年は心富みて意気揚々野心満々走り来たってイエスの教えを仰いだ。そうしてその同じ青年が憂い悲しみつつ悄然としてイエスの側を去った。

かくして青年の怜(さと)りは砕かれたのではあるまいか。かくして青年の自恃は粉砕されたのではあるまいか。かくして青年の心裡に自己の無力を知る明と神の前へ謙るの情とが芽生えたのではあるまいか。しかもこの青年にとってかかる謙遜の芽生えほど大切なものはなかった。イエスはこの青年を見て愛しみ給うたとある。この愛すべき青年をイエスが何とて無益に悲しめ給うぞ。憂いと悲しみとを抱いてイエスの側を去ったこの青年は、この時においてこの青年が受くることをうべかりし最良の賜物をイエスより与えられたのであった。神の深き愛はこれ以上のよいものをこの青年に与ええなかったのである。

(『信仰の論理 附 問題の所在』三谷隆正著40~41頁抜粋引用であり、著者の名文を傷つけているので申し訳ない。くわしくはマルコの福音書10:17~22とあわせて全文読む必要がある。)

2010年11月28日日曜日

互いに愛し合いなさい 

(信越線横川駅碓氷峠付近  2010.11.26 )
「わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ15:12)

神は愛である。神の全人格は愛である。神はご自身のために生きるのではなく、いのちと祝福を分け与えるために生きておられる。神は愛によってみ子を生み、み子にすべてを分け与えられた。神は愛によって人を造り、人を神の祝福の分担者とせられたのである。

キリストは神の愛のみ子であって、その愛を保ち、現わし、人に伝えられる。キリストの生も死もすべて愛であった。愛はキリストのいのちであり、またキリストが与えられるいのちそのものである。キリストは愛するためにのみ生き、キリストを信じるすべての人の中に、ご自身を与えるためにのみ生きられたのだ。「まことのぶどうの木」という考え方は、まず第一に、キリストのいのちを枝に与えるためにのみ生きる愛を意味している。

聖霊は愛の御霊である。聖霊はキリストの愛を分け与えることなしに、キリストのいのちを分け与えることはできない。救いとは、愛が私たちに打ち勝ち、私たちの中に入って来ることである。私たちは自分たちが持っている愛と全く同じ量の救いを受けることができる。完全な救いは完全な愛である。

キリストが唯一の、しかもすべてを含む新しい戒めとして、「互いに愛し合う」ことを教えられたのはけっして不思議ではない。クリスチャンが互いに愛し合わないとすれば、こんな不自然なことはない。クリスチャンが天のぶどうの木から受けたいのは、愛以外の何ものでもない。ほかの何よりもキリストが望まれるのは愛である。「それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう(ヨハネ13:35)。・・・互いに愛し合いなさい」と主イエスは言っておられるのだ。

私たちがこの戒めに従っているかどうかをまず考えてみようではないか。私たちが主の愛の中にとどまる方法として、まず私たちの兄弟を愛することだ。私たちの服従の誓いをここから始めなければならない。私たち自身の家族の中での信仰の交わりを、聖なるもの、優しいもの、キリストのような愛としようではないか。私たちの周囲のクリスチャンのことは、何はさておいてもキリストの愛の精神をもって考えようではないか。私たちの生涯と行動とを愛の犠牲としようではないか。私たちの周囲の人たちの罪のために執り成しをしようではないか。周囲の人たちが何を必要としているかをよく考えて、その執り成しをしようではないか。私たちの中に住むキリストのいのちは愛であるがゆえに、私たちのいのちもすべて愛なるものとしようではないか。

しかし「あなたはこのようなことはみな当たり前のことで、さも簡単にたやすいことのように言いますが、あなたが言われるように生き、愛することはいったいほんとうにできるのでしょうか」と、読者のだれかが言うかも知れない。この質問に対して私は、「キリストがそれを命令されています。あなたは従わねばなりません。キリストはあなたが従わなければ、キリストの愛の中にとどまることはできないと言われているのです」と答えざるを得ない。「しかし私はそれをやってみましたがだめでした。私はキリストのように生きる望みはありません」と、もしあなたが言うとすれば、それはあなたがこの譬ばなしの最初のことばをよく理解していないということだ。どうか過去の失敗とか、今の弱さを反省して、ただひたすらにぶどうの木に向かって進んで行こうではないか。キリストはことごとく愛である。キリストが自らが愛されたように私たちにも愛することを教えてくださるのである。

祈り
「『互いに愛し合いなさい』とあなたは言われます。愛する主イエスよ。あなたはことごとく愛です。あなたが私にお与えになるいのちは愛です。あなたの新しい戒めは互いに愛し合うことであり、またあなたの弟子であることのしるしは互いに愛し合うことです。私はあなたのご命令を受け入れます。あなたが愛する愛をもって、そして私があなたを愛する愛をもって、私は私の兄弟姉妹を愛します。アーメン。」

(『まことのぶどうの木』安部赳夫訳108~112頁より引用)

2010年11月26日金曜日

証人の雲(下) Anonymous

(シロミノコムラサキ:オーストリア・ザルツブルク by K.Aotani)
こうして歩きまわっている間、マーセラスは、ホノリウスがほのめかしたような兄弟愛の存在をたくさん目撃した。彼は、あらゆる階級、あらゆる年令の男、女、子供に行き会った。ローマで最も重い職にあった人が、奴隷程度の階級の人々と親しそうに一緒になっていた。前には残酷な迫害者だった人々が、今では昔の彼らの迫害の対象であった人々と楽しい共同生活をしていた。

ユダヤ人の祭司が守ることの出来ない律法の、そして彼によっては「死のつとめ」(2コリント3:7であった律法のくびきから解き放されて、昔は憎んでいた異邦人と手をつないで歩いているのであった。かつては福音をばかにしていたギリシャ人は今はそれを無限の知恵の書として見直し、彼が昔イエスの信奉者に対していだいていた軽蔑は、やさしいいたわりに変わっていた。

利己、野望、傲慢、そして嫉妬、すべての人間生活におけるいやしい本能は、キリストの愛の力強さの前に逃げ出してしまったように見えた。キリストに対する信仰は彼らの心を一杯にしていた。そしてそのもたらすよい影響は他のどんな場所におけるよりもはっきりと祝福されてここに見られた。決してここの住人たちのために信仰の性質や力が変わったわけではない。彼らの上に一様に襲いかかった迫害が彼らのこの世での財産を奪い、彼らを世間的な誘惑や望みから断ち切り、キリストの愛に専念させ、同じ迫害された同志という大きな共通した同情が、彼らをお互いに親しく結びつけていたのである。

「真の神を礼拝することは」
とホノリウスは言った。

「すべての偽りの礼拝と違っています。異邦人はお寺に行かねばなりません。お寺では汚れた祭司を仲介にして何度も何度も悪魔にいけにえを捧げねばなりません。しかしそれではいつまでも罪を除くことは出来ないのです。けれども、われわれのためにキリストは彼自身を下さいました。キリストは神の前に一点の汚点もなく、一度だけ、すべての人のために、永遠に罪を除くためいけにえとなり給うたのです。キリストの信者なら誰でも、今では天国にいる祝福された大祭司キリストを通じて、神に近づくことが出来ます。というのは、信者は誰でもイエスを通じて神に対して王となり、祭司となるのですから。というわけでわたし達にとっては礼拝に関する限り、礼拝堂がわたし達に与えられているか、地上から追い払われて礼拝堂がないかは大して重要な問題ではないのです。天は神の玉座であり、宇宙は神の住み給う宮です。神の子供の一人一人はどこからでも、いつでも、天の父を礼拝し、あがめる声をあげることができます。」

(中略)
「一体どのくらい長く神の民は散らされているのでしょう? どのくらいわたし達の敵はわたし達を悩ますのでしょうか?」
「これはわたし達の多くが叫んでいることです。」
とホノリウスは言った。

「しかしながら、不平を言うことは悪いことです。主は彼の民には大変親切でした。彼らはローマ帝国ないでは幾世代もの間、法に守られ、悩みもなく暮らして来ました。実際、われわれはひどい迫害を受け、それによって幾千もの人が苦しみつつ死んで行きました。(略)今までわたし達の受けた迫害のすべてが神の民の心を清めるのと、そして彼らの信仰を高めるのに役立つばかりでした。主はわたし達に一番よいことが何であるかご存知なのです。わたし達は彼の手の中にあり、彼はわたし達が耐え得る限度以上の苦難をお与えにはなりません。真面目に、いつも注意深く、そしていつも祈りましょう。マーセラス。なぜなら、今のあらしはわたし達にはっきりと、あの長いこと世界に向かって預言されていた『悩みの時』(マタイ24:21が近づいていることを告げているからです。」

こうしてマーセラスはホノリウスと一緒に歩きまわりながら、次々と神の真理の教えや、神の民の体験について話し、そして新しく学んだ。神の民の愛、清純さ、辛抱強さ、および信仰の証拠が彼の魂の中に深く刻み込まれた。

彼が感じた経験はすぐ消えてしまわなかった。新しいものを見るたびごとに、彼の、神の民の信仰と幸福に加わりたいという希望は強まるだけであった。それで次の日曜日、彼は「キリストの死にあわせられて」(ローマ6:3、4父と子と聖霊の名によって洗礼を受けた。

日曜の朝他のクリスチャンとともに彼は主の聖餐に加わった。そこでは、彼らはあの簡単で愛情のこもった主のテーブルの記念をするのである。これを通じて、クリスチャンは主の死を示して彼の再臨の時まで及ぶのである。ホノリウスは聖餐のために感謝を捧げた。そして、始めて、マーセラスはパンとぶどう酒、彼のために十字架にかかった主の体と血との聖なる象徴をとった。

彼らは賛美を歌った後、出て行った。

(『地下墓所の殉教者』81~86頁までの抜粋引用。全部で15章あるこの物語のうち、「証人の雲」は第6章に過ぎない。この後、この皇帝の命に背いてまでキリスト者となったマーセラスはどうなるのか、また彼の軍の同僚で大親友ルーセラスとの関係はいかに。終章に向かってまだまだこの物語は進行してゆく。最後にこの章の主題聖句を掲げておく。「これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。」へブル11:13。訳者森田矢次郎氏は情報学の研究者で二年前に逝去されている。)

2010年11月25日木曜日

証人の雲(中) Anonymous

(ザルツブルクの花 by K.Aotani)
こうして彼らは、両側にある刻まれた文句を読みながら歩いて行った。その光栄ある名前のカタログを読むうちにマーセラスには新しい感情が湧いて来た。その文句はキリストの教会の歴史であった。ここにはえんえんと燃える言葉で、彼の目の前に浮き彫りされている殉教者たちの行ないの記録が残されている。数多くの墓を飾る粗末な絵は、どんな巧みな芸術家の最高の作品も作り出すことの出来ない哀愁を漂わせている。また墓の多くの特徴であるあらく彫られた文字、間違いだらけのつづりや文法は、福音の宝が貧しい、低い人々へのものであることの感嘆すべき証明であった。「知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはない。貧しい人々は福音を聞かされている。」(1コリント1:26

多くの墓の上にはキリストを表わす頭文字を使った一字記号があった。XとPとが一つの記号になっているのである。あるものにはしゅろの葉の絵が書かれていた。しゅろは勝利と不死の象徴である。神の座のまわりに立つ数えきれぬ群衆の手に持たれるべきあの栄光あるしゅろのしるしである。他の模様が描いてあるものもあった。(中略)

「碑文の中には死んだ兄弟達の性質を語っているものがあります。」
とホノリウスは言った。
「これをごらんなさい。」
〝キシマス――二十三年生く。すべての人の友。〟
〝キリストにあって、十一月五日、すべての人の友、そして憎むもののなかったゴルゴニウスは眠った。〟
「ここにもあります。」
彼は続けて言った。
「これは彼らの私生活や、家庭内での経験を語っています。」

〝夫シリウスは、わが妻シシリア・プラシンダのすばらしい思い出にこれを建てる。われわれは神の子救い主イエス・キリストにあって、十年生活し、一度も互いに争わなかった。〟

〝至高の神キリストに清められたバイタリスは八月の土曜日葬られた。年、二十五歳と八ヶ月。彼女は夫と十年と三十日生活した。初めと終わりであるキリストにあって。〟

〝わたしの最も美しい、最も清い妻、ドミニナへ。彼女は十六年と四ヵ月生き、二年四ヵ月と九日わたしと結婚していた。わたしが旅行がちであったので、わたしは彼女と六ヵ月以上一緒に住んでいられなかった。わたしはその間、思いのままに彼女に愛を示した。わたし達は誰にも負けぬくらい愛し合った。五月十六日埋葬。〟

〝当然尊敬を受けるべき、愛情の深い、わたしを愛してくれたクラウヂウスへ。彼はキリストにあって約二十五年間生きた。〟

「ここには愛すべき父親の作品がありますね。」
とマーセラスは言って次のような文句を読んだ。

〝ローレンスから彼の最愛の子、一月二十日に、み使いたちに連れ去られたセベリウスへ。〟

「それからこれは妻からのですね。」
〝ドミナチウス――平和のうちに。レアがこれを建てた。〟

「そうです。」
とホノリウスは言った。
「イエス・キリストを信じることによって、(それをある人は〝宗教〟とも言うでしょう)信者は聖霊から分け与えられる新しい神の性質を受け取ります。聖霊はまた、信者に神の愛を植えつけます。神の愛は信者が友人や親族に対して、もっとこまやかな愛情を持つようにしむけます。古いアダムの性質は残りますが、発展しない、いや発展出来ないのです。」

(昨日に引き続いて『地下墓所の殉教者』第6章証人の雲の69~76頁からの抜粋引用である。地下墓所は決して人間の住むところでない。ましてや、キリスト者は迫害を恐れて、ここに身を潜めざるを得なかったのであり、その一角はこのような死者の埋葬の場所であった。しかし、この墓のひとつひとつを眺めてゆく中で、新改宗者となったローマ皇帝の忠実な部下である将校、マーセラスは洗礼を受ける決心へと導かれて行く。私もまた碑文の一つ一つ<残念ながら紙面の編成上、ここでは多くのものを省略せざるを得なかったが>を同じ思いで読むことが出来た。そして人の一生と死を思わされた。90歳のご老人が今も生かされている幸いは、キリストを信じ、天の御国に引き上げられるための貴重な時であることを思った。明日はその続きである。)

2010年11月24日水曜日

証人の雲(上) Anonymous

(南フランス・アヴィニヨン円形闘技場)
(マーセラスは有能なローマ帝国の将校であった。彼は親友と円形闘技場で「見世物」を見た。人間を虎や獅子にはむかわせ、残忍な血を見る行事だ。その最後には決まってクリスチャンが連れ出され、その猛獣たちの餌食になる。しかし、いずれのクリスチャンも平静心を携えながら悠揚と死に向かう。彼を驚かさせたのは最後に引き出された少女の一団であった。その少女たちも全く同じだった。しかも少女たちは荘厳な詠唱を残して死んでいった。彼の心に、「なぜ?」と疑問が湧く。その挙句、マーセラスに地下墓所に逃げ込むクリスチャンを捜索逮捕する役回りがまわってきた。職務に忠実な彼がそこで見たものはいかなる死の恐怖にもたじろがないクリスチャンの姿であった。彼はその中で改宗に導かれる。)

新改宗者は間もなくクリスチャンについてもっと多くを学んだ。短い休憩の後、マーセラスは、ホノリウスがこの地下墓所の様子や彼らの住んでいるという所を案内してくれるというのでついて行った。

あの礼拝洞に集まっていた人々は地下墓所の中のほんの一部でしかなかった。全体の数といえば数千にものぼっていて、小さな群れに分かれて、地下墓所の広い全域に散らばり、おのおのの群れは市と連絡するのに独自の方法をとっていた。

マーセラスはホノリウスに連れられてずんずん歩いていった。彼はずい分たくさんの人々に会うのに驚いてしまった。クリスチャンの数が多いことは知っていたが、彼はこんなに多くのクリスチャンが地下墓所に住む勇気があろうとは、想像していなかったのである。

ここで死んだらしい人々も劣らず彼の興味をひいた。彼は歩きながら、彼らの墓の上に刻まれた文章のなかにいずれも同じように強い信仰と気高い希望を読みとった。マーセラスはそれらを非常な興味で読んでいった。ホノリウスもこれらの神々しい墓標が大好きだったので、彼らはたちまち意気投合した。

「あそこに」
とホノリウスは言った。
「真理のための証し人が眠っています。」
マーセラスが指さされた所を見ると、こんな文章が書かれてあった。
〝プリミチウス――幾多の苦悩を終えて平和に眠る。最も勇敢な殉教者。年三十八。彼の妻は彼女の最愛の夫のために彼の当然受くべきこの墓標を立てる。〟
「これらの人々はわれわれにクリスチャンがどのように死ぬべきかを教えてくれます。」
とホノリウスは言った。

「あちらにはプリミチウスと同じようにして死んだ人がいます。」
〝ボウルスは永遠の幸福に生きるために拷問に甘んじて死んだ。〟

「そして、あそこには、キリストが必要な時にはいつでも、彼の最も弱い弟子にさえお与え下さる勇気を示した立派な婦人の墓があります。」
〝クレメンチャ――拷問されて死ぬ。彼女は眠っているがよみがえるであろう。〟
「もし、主がわたし達を」
とホノリウスは言った。
「肉体の死をすますようにお呼びになると、魂はすぐ『肉体を離れて、主のみもとにいる』(2コリント5:8ようになります。今すぐ果たされるかも知れない主の再臨のお約束は、教えられたクリスチャンにとっては『祝福された望み』(テトス2:13です。『主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。』(1テサロニケ4:16

「ここには」
とホノリウスは続けた。
「コンスタンスが眠っています。彼は二重に試みられたけれど、二度とも神に対して変わらなかった。毒薬が始めに彼に与えられたのです。けれど効き目がなかったので、剣で殺されました。」
〝死の水薬は彼に栄えの冠を捧げ得なかったが、鋼鉄はそれを捧げた。〟

(『地下墓所の殉教者』<古代ローマの物語>66~69頁引用。この書の原名は“The Martyr of the Catacombs; A Tale of Ancient Rome”であり、やく百年前に作者匿名の物語としてイギリスで出版された。しかし現在確認されている限りではこの版の本は世界に一冊しかない。1876年1月にあった猛暴風雨で難破したアメリカの帆船からこの本が見つかった。この本が戦後間もなくアメリカで出版された。それを東京工業大学の森田矢次郎氏が翻訳された。以上は「まえがき」による。)

2010年11月22日月曜日

晩秋の昼下がり

福音の 真清水飲みて 訪れし 媼(おうな)と語り 菊愛でる幸
日曜日、近江八幡に友人の母上を家内と一緒にお訪ねした。外からお電話したが、つながらなかったので、ご在宅かどうかわからなかったが、念のため出かけた。玄関は閉じてあったが、折角お寄りしたので、呼び鈴を二度三度押した。やや間があって、やっと内側から声があった。「どなた様ですか」と。私は、ご子息の友人だと名乗り、やっと戸をあけていただいた。「裏の畑に行ってましてね、まあー、何もお構いできませんけど」と言いながら奥から座布団を出して来てくださった。齢90歳と言われたが、動作はきびきびとしておられ、とてもそんな風には見えない。

土間には丹精込めた菊の鉢植えがあった。一番裏に倉があり、明治期と昭和期にそれぞれ建てられた昔のたたずまいを残す家が奥から表へと続いている。私たちを招き入れてくださったのは表の店の間だったが、箱庭からも土間からも光が差しこんで程好い明るさだった。お舅さんが京風の和室をと願い、造られたということであった。毎日拭き掃除をよくなさっておられるのだろう。小ざっぱりとした畳や柱の一つ一つに見とれながらお母様の話をお聞きした。人一人で生きておられる気高さが伝わってき、若い私たちのだらしない生き方があぶりだされるようで恥ずかしくなった。

小半時ほどのお交わりであったが、お暇する時、私たちを見送りに、わざわざ近くのバス停留場にまで、出てくださった。そして、バスに乗りこんでも、なお丁寧に手を振って別れを惜しんでくださった。この日は外は小春日和で、史跡を巡る観光客が行き交い賑わっていたが、私たちは私たちで観光とはまた違った心の中にかすかな望みを与えられ帰ってきた。


私たちの齢は七十年。
健やかであっても八十年。
しかも、その誇りとするところは
労苦とわざわいです。
それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。
だれが御怒りの力を知っているでしょう。
だれがあなたの激しい怒りを知っているでしょう。
その恐れにふさわしく。
それゆえ、私たちに
自分の日を正しく数えることを教えてください。
そうして私たちに
知恵の心を得させてください。
(旧約聖書 詩篇90篇 神の人モーセの祈り 10~12)


モーセが死んだときは百二十歳であったが、彼の目はかすまず、気力も衰えていなかった。(申命記34:7)

2010年11月21日日曜日

聖き御霊よ きよき神よ D.H.Dolman

神の聖霊を悲しませてはいけません。(エペソ4:30)

ゴードンのある著書に、キリスト教共励会のメンバーであったひとりの少女のことが書いてあります。

この少女は思いがけず急に死んでしまったのですが、彼女の葬式の時、ゴードンはキリスト教共励会の指導者に会いました。

「メリーは救われていましたか。」

こうゴードンは尋ねました。するとその指導者は答えました。「どうもはっきりと申し上げられないのです。この前の集会のとき、彼女は最後まで会堂に残っていました。その時私は、『あなたは救われていますか』と彼女にじかに聞いてみなさいと耳もとでささやく声を聞いたのです。ところが私たちの会話は別の方面に移っていってしまったので、とうとう彼女に聞いてみることができなくなってしまいました。」

それから日曜学校の教室の入口でゴードンは牧師に出会いました。

「メリーは救われていましたか。」

ところが牧師の答えはこうでした。「それが、私も気にかかっているのです。彼女は私の気に入っていた姉妹のひとりで、なかなかの勉強家でした。またとても活動的でりこう者でした。この前の日曜日には説教のあとで私のところへやって来て、トラクト(注:福音文書のこと)を配りたいと言って少しばかり持って行きました。その時、私の書斎には、ほかにだれもいなくて彼女とふたりだけでした。私は何か彼女の魂の問題について話さなければいけないように感じました。ところがその時、私のところへお客が来たので、もう二度と再び彼女と話す機会がないということになってしまったのです。」

葬式のあとでゴードンは、悲しみにうちひしがれている母親と少しの間話し合いました。その時もゴードンは同じように聞きました。

「メリーはキリストのものとなっていたでしょうか。」

「もしそれがはっきりとわかっていさえしたらと思うのですが。あの子のなくなる一日前に私の心の中に『メリーとお話ししなさい』という細い声が聞こえました。しかし、私はあの子を興奮させてはいけないと思ったのです。私は最後の時がこんなに早くやって来ようとは夢にも思いませんでした。ああ、私があの時確かめておきさえすればよかったのですが。」

ゴードンはこの話のあとにこう付け加えています。

「メリーが救われていないのではないかと疑う理由は私にはありません。彼女がいま天国で救い主とともにいて、いつの日か彼女に再び会えたらと私は望んでいます。」

私の心を打ったのは、聖霊が三人の神の子たちをお用いになりたいと望んでおられたということです。御霊は彼らのくちびるをお用いになりたいと思っておられました。ところが、だれもこの御声に従わなかったのです。

御霊に満たされることと、力を受けることとは、神の子すべてのために備えられているものなのです。ただ単に、主に奉仕するときにこの恵みが必要なばかりではなく、自分自身の霊的な成長のためにも必要なのです。この恵みは、すべての人のためのものです。もしあなたがこの賜物を受けていないとしたら、もうこれ以上、主に対して、あなた自身に対して、またあなたの周囲の人々に対して、聖霊に満たされていないという罪を犯さないでください。

聖き御霊よ 御力もて
罪のこの心 きよめたまえ
わが魂は 長き間
罪の支配の とりこなりき
聖き御霊よ きよき神よ
わがこの心に住みたまえ
まがし思いの くらいをやぶり
ただなれのみぞ われを治めよ

(『もうひとりの助け主』D.H.ドーマン著羽鳥純二訳97~100頁より抜粋引用)