2010年11月24日水曜日

証人の雲(上) Anonymous

(南フランス・アヴィニヨン円形闘技場)
(マーセラスは有能なローマ帝国の将校であった。彼は親友と円形闘技場で「見世物」を見た。人間を虎や獅子にはむかわせ、残忍な血を見る行事だ。その最後には決まってクリスチャンが連れ出され、その猛獣たちの餌食になる。しかし、いずれのクリスチャンも平静心を携えながら悠揚と死に向かう。彼を驚かさせたのは最後に引き出された少女の一団であった。その少女たちも全く同じだった。しかも少女たちは荘厳な詠唱を残して死んでいった。彼の心に、「なぜ?」と疑問が湧く。その挙句、マーセラスに地下墓所に逃げ込むクリスチャンを捜索逮捕する役回りがまわってきた。職務に忠実な彼がそこで見たものはいかなる死の恐怖にもたじろがないクリスチャンの姿であった。彼はその中で改宗に導かれる。)

新改宗者は間もなくクリスチャンについてもっと多くを学んだ。短い休憩の後、マーセラスは、ホノリウスがこの地下墓所の様子や彼らの住んでいるという所を案内してくれるというのでついて行った。

あの礼拝洞に集まっていた人々は地下墓所の中のほんの一部でしかなかった。全体の数といえば数千にものぼっていて、小さな群れに分かれて、地下墓所の広い全域に散らばり、おのおのの群れは市と連絡するのに独自の方法をとっていた。

マーセラスはホノリウスに連れられてずんずん歩いていった。彼はずい分たくさんの人々に会うのに驚いてしまった。クリスチャンの数が多いことは知っていたが、彼はこんなに多くのクリスチャンが地下墓所に住む勇気があろうとは、想像していなかったのである。

ここで死んだらしい人々も劣らず彼の興味をひいた。彼は歩きながら、彼らの墓の上に刻まれた文章のなかにいずれも同じように強い信仰と気高い希望を読みとった。マーセラスはそれらを非常な興味で読んでいった。ホノリウスもこれらの神々しい墓標が大好きだったので、彼らはたちまち意気投合した。

「あそこに」
とホノリウスは言った。
「真理のための証し人が眠っています。」
マーセラスが指さされた所を見ると、こんな文章が書かれてあった。
〝プリミチウス――幾多の苦悩を終えて平和に眠る。最も勇敢な殉教者。年三十八。彼の妻は彼女の最愛の夫のために彼の当然受くべきこの墓標を立てる。〟
「これらの人々はわれわれにクリスチャンがどのように死ぬべきかを教えてくれます。」
とホノリウスは言った。

「あちらにはプリミチウスと同じようにして死んだ人がいます。」
〝ボウルスは永遠の幸福に生きるために拷問に甘んじて死んだ。〟

「そして、あそこには、キリストが必要な時にはいつでも、彼の最も弱い弟子にさえお与え下さる勇気を示した立派な婦人の墓があります。」
〝クレメンチャ――拷問されて死ぬ。彼女は眠っているがよみがえるであろう。〟
「もし、主がわたし達を」
とホノリウスは言った。
「肉体の死をすますようにお呼びになると、魂はすぐ『肉体を離れて、主のみもとにいる』(2コリント5:8ようになります。今すぐ果たされるかも知れない主の再臨のお約束は、教えられたクリスチャンにとっては『祝福された望み』(テトス2:13です。『主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。』(1テサロニケ4:16

「ここには」
とホノリウスは続けた。
「コンスタンスが眠っています。彼は二重に試みられたけれど、二度とも神に対して変わらなかった。毒薬が始めに彼に与えられたのです。けれど効き目がなかったので、剣で殺されました。」
〝死の水薬は彼に栄えの冠を捧げ得なかったが、鋼鉄はそれを捧げた。〟

(『地下墓所の殉教者』<古代ローマの物語>66~69頁引用。この書の原名は“The Martyr of the Catacombs; A Tale of Ancient Rome”であり、やく百年前に作者匿名の物語としてイギリスで出版された。しかし現在確認されている限りではこの版の本は世界に一冊しかない。1876年1月にあった猛暴風雨で難破したアメリカの帆船からこの本が見つかった。この本が戦後間もなくアメリカで出版された。それを東京工業大学の森田矢次郎氏が翻訳された。以上は「まえがき」による。)

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