(シロミノコムラサキ:オーストリア・ザルツブルク by K.Aotani) |
ユダヤ人の祭司が守ることの出来ない律法の、そして彼によっては「死のつとめ」(2コリント3:7)であった律法のくびきから解き放されて、昔は憎んでいた異邦人と手をつないで歩いているのであった。かつては福音をばかにしていたギリシャ人は今はそれを無限の知恵の書として見直し、彼が昔イエスの信奉者に対していだいていた軽蔑は、やさしいいたわりに変わっていた。
利己、野望、傲慢、そして嫉妬、すべての人間生活におけるいやしい本能は、キリストの愛の力強さの前に逃げ出してしまったように見えた。キリストに対する信仰は彼らの心を一杯にしていた。そしてそのもたらすよい影響は他のどんな場所におけるよりもはっきりと祝福されてここに見られた。決してここの住人たちのために信仰の性質や力が変わったわけではない。彼らの上に一様に襲いかかった迫害が彼らのこの世での財産を奪い、彼らを世間的な誘惑や望みから断ち切り、キリストの愛に専念させ、同じ迫害された同志という大きな共通した同情が、彼らをお互いに親しく結びつけていたのである。
「真の神を礼拝することは」
とホノリウスは言った。
「すべての偽りの礼拝と違っています。異邦人はお寺に行かねばなりません。お寺では汚れた祭司を仲介にして何度も何度も悪魔にいけにえを捧げねばなりません。しかしそれではいつまでも罪を除くことは出来ないのです。けれども、われわれのためにキリストは彼自身を下さいました。キリストは神の前に一点の汚点もなく、一度だけ、すべての人のために、永遠に罪を除くためいけにえとなり給うたのです。キリストの信者なら誰でも、今では天国にいる祝福された大祭司キリストを通じて、神に近づくことが出来ます。というのは、信者は誰でもイエスを通じて神に対して王となり、祭司となるのですから。というわけでわたし達にとっては礼拝に関する限り、礼拝堂がわたし達に与えられているか、地上から追い払われて礼拝堂がないかは大して重要な問題ではないのです。天は神の玉座であり、宇宙は神の住み給う宮です。神の子供の一人一人はどこからでも、いつでも、天の父を礼拝し、あがめる声をあげることができます。」
(中略)
「一体どのくらい長く神の民は散らされているのでしょう? どのくらいわたし達の敵はわたし達を悩ますのでしょうか?」
「これはわたし達の多くが叫んでいることです。」
とホノリウスは言った。
「しかしながら、不平を言うことは悪いことです。主は彼の民には大変親切でした。彼らはローマ帝国ないでは幾世代もの間、法に守られ、悩みもなく暮らして来ました。実際、われわれはひどい迫害を受け、それによって幾千もの人が苦しみつつ死んで行きました。(略)今までわたし達の受けた迫害のすべてが神の民の心を清めるのと、そして彼らの信仰を高めるのに役立つばかりでした。主はわたし達に一番よいことが何であるかご存知なのです。わたし達は彼の手の中にあり、彼はわたし達が耐え得る限度以上の苦難をお与えにはなりません。真面目に、いつも注意深く、そしていつも祈りましょう。マーセラス。なぜなら、今のあらしはわたし達にはっきりと、あの長いこと世界に向かって預言されていた『悩みの時』(マタイ24:21)が近づいていることを告げているからです。」
こうしてマーセラスはホノリウスと一緒に歩きまわりながら、次々と神の真理の教えや、神の民の体験について話し、そして新しく学んだ。神の民の愛、清純さ、辛抱強さ、および信仰の証拠が彼の魂の中に深く刻み込まれた。
彼が感じた経験はすぐ消えてしまわなかった。新しいものを見るたびごとに、彼の、神の民の信仰と幸福に加わりたいという希望は強まるだけであった。それで次の日曜日、彼は「キリストの死にあわせられて」(ローマ6:3、4)父と子と聖霊の名によって洗礼を受けた。
日曜の朝他のクリスチャンとともに彼は主の聖餐に加わった。そこでは、彼らはあの簡単で愛情のこもった主のテーブルの記念をするのである。これを通じて、クリスチャンは主の死を示して彼の再臨の時まで及ぶのである。ホノリウスは聖餐のために感謝を捧げた。そして、始めて、マーセラスはパンとぶどう酒、彼のために十字架にかかった主の体と血との聖なる象徴をとった。
彼らは賛美を歌った後、出て行った。
(『地下墓所の殉教者』81~86頁までの抜粋引用。全部で15章あるこの物語のうち、「証人の雲」は第6章に過ぎない。この後、この皇帝の命に背いてまでキリスト者となったマーセラスはどうなるのか、また彼の軍の同僚で大親友ルーセラスとの関係はいかに。終章に向かってまだまだこの物語は進行してゆく。最後にこの章の主題聖句を掲げておく。「これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。」へブル11:13。訳者森田矢次郎氏は情報学の研究者で二年前に逝去されている。)
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