ヨハネがイエスに言った。『先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。』(マルコ9・38)
党派心である。宗派心である。『イエスの名により悪霊を追い出す』人を見ても、自分らの仲間ではないゆえに敵視する。キリストに従っているけれども『私たちの仲間ではない』者を見るときに、何とか、かとか、ケチをつける。だから宗派心はいけない。この宗派心を超越しない間は神の国は来らない。
私はこの無名のイエスの弟子に多大の興味を感ずる。イエスを信じている。而してイエスの名によって悪霊を追い出す力を持っている。が、十二弟子の仲間には入って来なかった。何故であったろう。いくら考えても憶測に過ぎないが、何か十二弟子がつまずきを与えていたのでなかったろうか。
今日の教会がつまずきとなって、多くの人のイエスに来るのを妨げているように、私どもは自分の仲間でない人々に対しては特に寛大でなければならない。自分と趣味の異なった人や思想の違った人に対してはことさらに大きい心を持たねばならない。が、同じくイエスを主と呼ぶ者に対しさらに深い注意を払わなければならない。外国はとにかく、我が国においては宗派というものが無くなる日の一日も速やかならんことを祈るべきであろう。
祈祷
神よ、願わくは、我が国を恵んで、一日も早くあなたの国として下さい。先ず、すべての教派がその狭き城壁を破ってあなたの前に唯一の群れとなる時を速やかに来らせて下さい。アーメン
(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著181頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。さて、A.B.ブルースはこの聖句を中心に実に15頁にわたる詳細な説明を加えている。以下に紹介するのはその初めの部分である。紙数の関係もあるができるだけ紹介していきたい。彼の著作『十二使徒の訓練』14章 気質の訓練 中の 5 悪霊を追い出す者への制止ーーもう一つの例話ーー所収のものである。
私たちの主の講話は、私たちが聴きたがっているテーマについての独り舞台の講演ではなく、イエスを主要な語り手として、弟子たちが質問したり、感嘆したり、徳義上の問題を提議したりすることによって、それに参加する形でなされる。いわばその大部分はソクラテス的対話の性格を持っていると言ってよい。
ここでの謙遜についての講話もしくは対話においては、二人の弟子〈ペテロとヨハネ〉が対話者の役を演じている。この対話の終わりのほうで、すでに見たように、この二人の弟子の最初の一人〈ペテロ〉が罪を犯した者に対する赦しについて質問した。初めのほうでは、もう一人の弟子ヨハネが、イエスの御名によって小さい者を受け入れることについての主の教説を聞き、思い起こした一つの逸話を紹介した。イエスがここで述べられた真理が、それと関係があると思ったからである。ヨハネの注意を引いたこの事実は、特定の問題について教えるための興味深い例話となる、という考え方にイエスを導いた。ここに語られている事件とともに、イエスがそのように考えられたことを、私たちは注意しなければならない。
ヨハネが紹介した物語とはこうであった。ある時、彼とその兄弟〈ヤコブ〉は、彼らの知らない人が悪霊を追い出しているのを見て、それをやめるように言った。というのは、その人は悪霊を追い出すためにイエスの御名を用いながら、彼ら十二弟子には従おうとしなかったからである。これがいつの出来事かは述べられていない。しかし、この出来事はガリラヤ伝道の一場面を思い出させるので、おそらくその時のことであったと推測できる。そのとき弟子たちは、主から離れて伝道に遣わされ、病人をいやし、悪霊を追い出し、御国の福音を宣べ伝えていた。
ヨハネは、ここで語っているような高圧的な態度に対する共同責任を否定せず、このことに十二弟子が一致して行動していたかのように語っている。愛の使徒と呼ばれるヨハネが、このような愛に欠けた行為に同意しているのを見て、びっくりする人がいるだろう。しかし、そう驚くのは、彼の性格を表面的にしか見ていないからであり、また霊的成長の法則を知らないためである。ヨハネは、今はまだ後のヨハネではない。ちょうど二年目のオレンジの木が、完全に成長し切った三年目のオレンジの木と違っているように。御霊の実は、やがてこの弟子のうちにあって完全に熟し、甘美なものとなろう。しかしその過程には、青くさく、苦く、食する者に歯を浮かせるような未熟な時がある。
この時のヨハネは確かに、心が燃えており、イエスに対する深い愛があり、自分の行動すべてに几帳面すぎるほど良心的であった。それでもなお、彼は頑固で、寛容さのない野心家でもあった。彼は、悪霊を追い出す者が自分に従わないという理由で、国教会員のように彼らを押さえつけた。もう少しすると、私たちは、兄弟ヤコブとともに、主に敵対する者を滅ぼすため天から火を呼び下しましょうか、と提案する迫害者としての彼の姿を見る。さらに、彼がヤコブと彼らの母とともに、御国において有力な地位を得ようと画策するのを見る。そのことで十二弟子の間で後に論争が生じたぐらいである。
その悪霊を追い出す者を自分たちの兄弟、同労者と認めないことに代表されるように、弟子たちは偏狭で不安定な基礎の上に立って進んでいた。彼らが試験したのは、あくまで外面のことだけであった。その人物がどんな性質の人か、彼らは調べなかった。彼が自分たちの仲間ではない、ということで充分だった。まるで、自分たちの魅力的な集団の中にいる者はすべてーー例えばユダでもーー健全であり、外にいる者はすべてーーニコデモのような人でもーー完全にキリストに見放されている、というように。
弟子たちが無理やり沈黙させた人には、弟子たちの言い分から二つの長所が認められる。その人は良い働きをしていた。また、イエスに対して最大の敬意を表していたと思われる。なぜなら、彼は悪霊を追い出し、しかもそれをイエスの御名によって行っていたからである。これらのことは、イエスの弟子の決定的なしるしではなかった。自分の利得のために悪霊を追い出す人がいたかもしれないし、そのためにキリストの名を用いて評判を得ようとしたかもしれないからである。しかしせめても、彼らの前に示されたその人物の行動を好意的に扱い、その人を測る材料にすべきだった。事実によって判断するなら、彼は、イエスとその弟子たちの宣教に深い感銘を受けていた誠実な人であったように思われる。彼は善を行う点において、イエスと弟子たちの熱心に習いたいと願っていた。もしかすると、彼はそれ以上の人物ーー非難した弟子たちより多くの霊的賜物を持つ、無名の田舎の預言者のようなーーであったかもしれない。そういう可能性を考える時、「私たちの仲間ではない」という偏狭な外面的審査は、なんと道理に合わないものであったろうか。
このような表面的判断の一例として、その著『瞑想』〈Contemplations〉で多くの信仰的な読物の読者に親しまれている、聖マシュー・ヘイルの生涯における小さなエピソードを紹介したい。リチャード・バクスターの語るところによると、この著名な裁判官がいた地方の善良な人々は、彼がその職を退いて後、彼の信仰についての好意的な評判を受けつけなかった。かれらに言わせると、彼はまことに道徳的な人だが、回心していないというのである。それは人に対して下される厳粛極まる結論であった。私たちは、そのような厳粛な判断が何に基づいて下されたかを知りたく思う。『聖徒の安息〈Saints Rest〉』の著者は、この決定的な問題点にずばり答える情報を提供してくれる。行為において敬虔な民衆は、この元裁判官を未回心者の仲間に入れた。それは彼らが毎週持っていた私的な祈祷会に、彼があまり熱心にしゅっせきしなかったからなのであった。
これは新しいピューリタン〈清教徒〉の装いをした、実は、古い「十二弟子と悪霊を追い出す者」の物語である。言うまでもないが、バクスターは、この啓発されるに乏しかった兄弟たちの愛の欠けた性急な意見に同情しなかった。バクスターの見方は、成熟したキリスト者の謙虚な、優しい、愛に満ちた精神を示していた。最後に彼はこう言い添えている。「彼の永遠に対する関心の深さを聞いたり読んだりし、あらゆる人に対するその愛と、責められる点のないその生涯を見た私は、彼の敬虔は私自身をはるかに超えていると思った。」)