2022年6月30日木曜日

悪霊を追い出す者への制止の是非(2)

ヨハネがイエスに言った。『先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。』(マルコ9・38)

 党派心である。宗派心である。『イエスの名により悪霊を追い出す』人を見ても、自分らの仲間ではないゆえに敵視する。キリストに従っているけれども『私たちの仲間ではない』者を見るときに、何とか、かとか、ケチをつける。だから宗派心はいけない。この宗派心を超越しない間は神の国は来らない。

 私はこの無名のイエスの弟子に多大の興味を感ずる。イエスを信じている。而してイエスの名によって悪霊を追い出す力を持っている。が、十二弟子の仲間には入って来なかった。何故であったろう。いくら考えても憶測に過ぎないが、何か十二弟子がつまずきを与えていたのでなかったろうか。

 今日の教会がつまずきとなって、多くの人のイエスに来るのを妨げているように、私どもは自分の仲間でない人々に対しては特に寛大でなければならない。自分と趣味の異なった人や思想の違った人に対してはことさらに大きい心を持たねばならない。が、同じくイエスを主と呼ぶ者に対しさらに深い注意を払わなければならない。外国はとにかく、我が国においては宗派というものが無くなる日の一日も速やかならんことを祈るべきであろう。

祈祷
神よ、願わくは、我が国を恵んで、一日も早くあなたの国として下さい。先ず、すべての教派がその狭き城壁を破ってあ
なたの前に唯一の群れとなる時を速やかに来らせて下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著181頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。さて、A.B.ブルースはこの聖句を中心に実に15頁にわたる詳細な説明を加えている。以下に紹介するのはその初めの部分である。紙数の関係もあるができるだけ紹介していきたい。彼の著作『十二使徒の訓練』14章 気質の訓練 中の 5 悪霊を追い出す者への制止ーーもう一つの例話ーー所収のものである。

 私たちの主の講話は、私たちが聴きたがっているテーマについての独り舞台の講演ではなく、イエスを主要な語り手として、弟子たちが質問したり、感嘆したり、徳義上の問題を提議したりすることによって、それに参加する形でなされる。いわばその大部分はソクラテス的対話の性格を持っていると言ってよい。

 ここでの謙遜についての講話もしくは対話においては、二人の弟子〈ペテロとヨハネ〉が対話者の役を演じている。この対話の終わりのほうで、すでに見たように、この二人の弟子の最初の一人〈ペテロ〉が罪を犯した者に対する赦しについて質問した。初めのほうでは、もう一人の弟子ヨハネが、イエスの御名によって小さい者を受け入れることについての主の教説を聞き、思い起こした一つの逸話を紹介した。イエスがここで述べられた真理が、それと関係があると思ったからである。ヨハネの注意を引いたこの事実は、特定の問題について教えるための興味深い例話となる、という考え方にイエスを導いた。ここに語られている事件とともに、イエスがそのように考えられたことを、私たちは注意しなければならない。

 ヨハネが紹介した物語とはこうであった。ある時、彼とその兄弟〈ヤコブ〉は、彼らの知らない人が悪霊を追い出しているのを見て、それをやめるように言った。というのは、その人は悪霊を追い出すためにイエスの御名を用いながら、彼ら十二弟子には従おうとしなかったからである。これがいつの出来事かは述べられていない。しかし、この出来事はガリラヤ伝道の一場面を思い出させるので、おそらくその時のことであったと推測できる。そのとき弟子たちは、主から離れて伝道に遣わされ、病人をいやし、悪霊を追い出し、御国の福音を宣べ伝えていた。

 ヨハネは、ここで語っているような高圧的な態度に対する共同責任を否定せず、このことに十二弟子が一致して行動していたかのように語っている。愛の使徒と呼ばれるヨハネが、このような愛に欠けた行為に同意しているのを見て、びっくりする人がいるだろう。しかし、そう驚くのは、彼の性格を表面的にしか見ていないからであり、また霊的成長の法則を知らないためである。ヨハネは、今はまだ後のヨハネではない。ちょうど二年目のオレンジの木が、完全に成長し切った三年目のオレンジの木と違っているように。御霊の実は、やがてこの弟子のうちにあって完全に熟し、甘美なものとなろう。しかしその過程には、青くさく、苦く、食する者に歯を浮かせるような未熟な時がある。

 この時のヨハネは確かに、心が燃えており、イエスに対する深い愛があり、自分の行動すべてに几帳面すぎるほど良心的であった。それでもなお、彼は頑固で、寛容さのない野心家でもあった。彼は、悪霊を追い出す者が自分に従わないという理由で、国教会員のように彼らを押さえつけた。もう少しすると、私たちは、兄弟ヤコブとともに、主に敵対する者を滅ぼすため天から火を呼び下しましょうか、と提案する迫害者としての彼の姿を見る。さらに、彼がヤコブと彼らの母とともに、御国において有力な地位を得ようと画策するのを見る。そのことで十二弟子の間で後に論争が生じたぐらいである。

 その悪霊を追い出す者を自分たちの兄弟、同労者と認めないことに代表されるように、弟子たちは偏狭で不安定な基礎の上に立って進んでいた。彼らが試験したのは、あくまで外面のことだけであった。その人物がどんな性質の人か、彼らは調べなかった。彼が自分たちの仲間ではない、ということで充分だった。まるで、自分たちの魅力的な集団の中にいる者はすべてーー例えばユダでもーー健全であり、外にいる者はすべてーーニコデモのような人でもーー完全にキリストに見放されている、というように。

 弟子たちが無理やり沈黙させた人には、弟子たちの言い分から二つの長所が認められる。その人は良い働きをしていた。また、イエスに対して最大の敬意を表していたと思われる。なぜなら、彼は悪霊を追い出し、しかもそれをイエスの御名によって行っていたからである。これらのことは、イエスの弟子の決定的なしるしではなかった。自分の利得のために悪霊を追い出す人がいたかもしれないし、そのためにキリストの名を用いて評判を得ようとしたかもしれないからである。しかしせめても、彼らの前に示されたその人物の行動を好意的に扱い、その人を測る材料にすべきだった。事実によって判断するなら、彼は、イエスとその弟子たちの宣教に深い感銘を受けていた誠実な人であったように思われる。彼は善を行う点において、イエスと弟子たちの熱心に習いたいと願っていた。もしかすると、彼はそれ以上の人物ーー非難した弟子たちより多くの霊的賜物を持つ、無名の田舎の預言者のようなーーであったかもしれない。そういう可能性を考える時、「私たちの仲間ではない」という偏狭な外面的審査は、なんと道理に合わないものであったろうか。

 このような表面的判断の一例として、その著『瞑想』〈Contemplations〉で多くの信仰的な読物の読者に親しまれている、聖マシュー・ヘイルの生涯における小さなエピソードを紹介したい。リチャード・バクスターの語るところによると、この著名な裁判官がいた地方の善良な人々は、彼がその職を退いて後、彼の信仰についての好意的な評判を受けつけなかった。かれらに言わせると、彼はまことに道徳的な人だが、回心していないというのである。それは人に対して下される厳粛極まる結論であった。私たちは、そのような厳粛な判断が何に基づいて下されたかを知りたく思う。『聖徒の安息〈Saints Rest〉』の著者は、この決定的な問題点にずばり答える情報を提供してくれる。行為において敬虔な民衆は、この元裁判官を未回心者の仲間に入れた。それは彼らが毎週持っていた私的な祈祷会に、彼があまり熱心にしゅっせきしなかったからなのであった。

 これは新しいピューリタン〈清教徒〉の装いをした、実は、古い「十二弟子と悪霊を追い出す者」の物語である。言うまでもないが、バクスターは、この啓発されるに乏しかった兄弟たちの愛の欠けた性急な意見に同情しなかった。バクスターの見方は、成熟したキリスト者の謙虚な、優しい、愛に満ちた精神を示していた。最後に彼はこう言い添えている。「彼の永遠に対する関心の深さを聞いたり読んだりし、あらゆる人に対するその愛と、責められる点のないその生涯を見た私は、彼の敬虔は私自身をはるかに超えていると思った。」)  

2022年6月29日水曜日

悪霊を追い出す者への制止の是非(1)

ヨハネがイエスに言った。『先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。』(マルコ9・38)

 この度はペテロではなかった。ヨハネは卒然として言語を発する性質ではなかった。しかし彼の裏には火のようなものが燃えていた。だからイエスに『雷の子』と命名されたほどである。彼が爆発する時はペテロよりも恐ろしい。天より火を呼び降してイエスを受けぬサマリヤ人の村を焼き払うとしたほどの人であるが、どこかでイエスの名を勝手に用いて悪霊を追い出す人を見て憤慨しこれを禁止したことのあるのを今思い出したのである。

 彼は『雷の子』ではあるが思慮深く反省心の強い人であった。人一倍柔らかい良心の持ち主であった。今『幼子たちのひとりをわたしの名のゆえに』受け入れよとのご教訓に接して、『イエスの名によって悪霊を追い出す』人を叱ったことの可否を問うたのである。この反省心である、これがヨハネをして将来その性質を一変して柔らかな愛の人ならしめたのである。

祈祷
主イエスよ、どうか私にもヨハネのこの反省心と、何事にも御心を伺うところの祈りとを与えて下さい。自己に固執することなく直ちに改める率直謙遜な心を与えて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著180頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。この青木さんの概説はヨハネの美点をとらえた。一方、『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉は下記のように、ヨハネの足らざる点をイエスさまが悲しまれたことを的確にとらえている。100年前の翻訳文をベースにしているので読みにくい文章だとは思うが最後まで読んでいただきたい。6/23https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/06/blog-post_23.htmlの続きの文章にあたる。

 羞恥に耐えないままに彼らは黙っていたので、やがて甚だ有効な教訓を彼らに与えられた。『だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい。』と霊界の律法を授けられた。而してなおこれに説明を加えられた。あたかもそこへーー蓋しペテロの家に相違ないがーー室のうちに小児がいた。イエスはこの小児を団欒の中に伴い來って、その好んで慣用されるようにその小児を腕に抱き上げて(マルコ10・16参照)これを生ける比喩とされた。

 これぞ実に剴切〈がいせつ〉な説明であった。小児は野心と、その野心より発生する利己心とは全く門外漢である。聖クリソストムは言う『たといその冠燦たる女王を示そうとも小児はなお襤褸〈ぼろ〉をまとえる彼の母よりもこれを慕うことはないだろう、彼は必ず華麗である女王よりも、むしろその見すぼらしい母を選ぶに違いない』『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません』と。十二使徒が天国において大いなるものになろうとする希望は誤りではなかった。しかし、その偉大を目指す理想が間違っていた。この世界において偉大なりと仰がれる人物はその同胞より卓越したものであった。しかし天国においては人に仕えようと心がけ、弱くして力がなく世から侮辱され、足の下に蹂躙され、最も多く援助を必要とされるほどに甚だしく柔和な者こそ最大の偉人である。このようなものがイエスの精神であって、これを服膺〈ふくよう〉する者こそ、その弟子である。イエスは『だれでも、このような子どものひとりを、わたしの名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのです』〈マタイ18・5〉と仰せられた。

10 「愛についての教訓」

 これはイエスの深刻な譴責〈けんせき〉であった。ヨハネはこれに対して答える勇気もなかったであろう。彼は『わたしの名のゆえに』との一句に、近頃起こった事件を回想したことであろう。おそらくそれは彼とヤコブとがガリラヤにおいて伝道に従事している時であったと思われる。『先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。』と報告した。彼にはいかなる追想が起こったであろうか。ヨハネがこのような報告を提出したのは問題を転じて、会話を他の方へと引き入れるつもりであったに違いない。而して、その譴責を当然受けなければならないと同時に自らイエスのために努力し、その褒賞〈ほうしょう〉を受けるのに足るべきことを証言しようと欲したのであった。

 しかもこれまた道を誤った言葉であって、彼はさらに新たな譴責を受けた。何人であるかを問わず、主の事業をなす者は、神のために努力する所以であって敢えて弟子たちには何の関係もないのであった。ただこのような人はその団体に属さす、彼らの持っている特権を授けられないのに略取したものと考えるだけだった。実際彼らの憤慨はヨハネの素朴な言葉に明らかに現れているのであって、ただ個人的に問題としているに過ぎなかった。彼らはこの人がイエスを穢〈けが〉すことを禁じたのではなかった。イエスの事業に携わっているにもかかわらず、ただ彼らの〈十二弟子たちの〉団体に属さないが故に憤るのであった。このようなことは、主の栄光のために憤っているのでなく、自己のため、嫉妬のために憤っているのに外ならなかった。

 『やめさせることはありません。わたしの名を唱えて、力あるわざを行ないながら、すぐあとで、わたしを悪く言える者はないのです』と言い、イエスはさらに『わたしたちに反対しない者は、わたしたちの味方です』との寛宏な主義を授けられた。この使徒団以外にあったものは何者であろうか。天国には十二使徒以外の伝道者が必要であった。彼らはガダラの悪霊に憑かれていた男〈マルコ5・18〜20、ルカ8・38〜39〉) のように、イエスに病を癒されてもなおこれに従い行くのを許されないで、その家郷、その村民の間に帰って、そこでその救い主を尊崇していたものであろう。彼らは使徒の仲間に加わることができず、何らか彼らと区別されなければならない理由があったが、なお主の名によって主の事業を行っていたもので、これは弟子になるのに十分で満足すべき試験を経たものであった。ゆえにヨハネは、後年パウロが『人々の中にはねたみや争いをもってキリストを宣べ伝える者もいますが、・・・党派心をもって、キリストを宣べ』しかれども『見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたでキリストは宣べ伝えら ているのであって』〈ピリピ1・15〜18〉これを喜んだようにこれを認容すべきはずであった。

11 「弱者を顧慮せんとの教訓」

 イエスはヨハネの言葉に深い苦痛を感じられた。この不明の男こそイエスが常に特殊な同情を傾けて、小児のみの意味でなく、弱くして、厚意と扶助と忍耐とを要するすべてをふくむ『この小さい者』〈マタイ18・6、マルコ9・42〉と仰せられる種類の人の代表者であった。イエスは『その名のためにこの小さい者を』受け入れず、弟子たちがこれを追い出し、これに援助の手を与えず、かえってつまずく石をその足許に横たえたことを嘆かれたのであった。古の律法は盲人の前につまずく石を置いたり、あるいは路を踏み迷わせるのを罪に定めている〈レビ19・14、申命記27・18〉。しかるに主の眼中には天国の路に妨害となるべきものを置くことは極悪非道の罪悪と見えた。『わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みで溺れ死んだほうがましです』〈マタイ18・6〉と。神が限りなく価値があると認められるものを軽侮するするのが、この罪の恐るべき理由である。なお、救いの世継ぎにはこれに仕える天使ありとのユダヤ人の思想〈ヘブル1・14〉を借りて『あなたがたは、この小さい者たちを、ひとりでも見下げたりしないように気をつけなさい。まことに、あなたがたに告げます。彼らの天の御使いたちは、天におられるわたしの父の御顔をいつも見ているからです。』〈マタイ18・10〉と仰せられた。)

2022年6月28日火曜日

この子供のように!(5)

『だれでも、このような幼子たちのひとりを、わたしの名のゆえに受け入れるならば、わたしを受け入れるのです。・・・』(マルコ9・37)

 無邪気な謙遜な幼児の顔にキリストの御姿が宿っている。そのようにキリストの名を信じるいと小さい者の中にもキリストの御姿が宿っている。如何に不完全であろうともキリストを受けキリストを信じる者の心には小さいかも知れないがキリストの御姿が宿っているのである。だからお互いに受け入れなければならない。マタイやトマスが信仰の幼児であったとしても、ペテロやヨハネの心の中に『だれが一番だろうか』と争う心を持ってはいけない。むしろ喜んでこれを受け入れる心でなければならない。ペテロやヨハネが自分たちをマタイやトマスよりも大なりとする代わりに、喜んでこれを受け入れる態度こそ真に天国の心であって、知らずしてイエスをその心に受け入れているのである。他を排斥する心。それこそ実にイエスを排斥する心である。その心にはイエスの宿り給う余地がない。

祈祷
主イエスさま、私はあなたを今すぐにでも受け入れたく存じます。しかしあの兄弟やこの姉妹を受け入れたくありません。どうかこの心を癒して下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著179頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。なお、以下の長文は、一昨日、昨日に引き続くA.B.ブルースの『気質の訓練』の1「この子供のように」という一連の文章の締めくくり部分に位置するものである。

 子供を腕に抱きながらイエスが弟子たちに教えられた、もう一つのことがある。つまりそれは、小さい者たちを傷つけたり軽んじたりする人々は、天上の思いにおよそ釣り合わないということである。イエスは「あなたがたは、この小さい者たちを、ひとりでも見下げたりしないように気をつけなさい」と言われた。それからイエスは、覆いを取り払い、彼らがみなそこで偉くなりたいと願ってやまなかった天の御国を垣間見せることによって、この警告の実行を強く迫られた。「ごらんなさい。神の御座の前に立っている御使いたちが見えるでしょう。この御使いたちは小さい者たちに仕える霊です。そして、ここにいるわたし、彼らを救うために天から下って来た神の御子を見なさい! 天におられる父の御顔が御使いに対しても、わたしに対してもほほえんでいるのを見なさい! それはわたしたちが小さい者たちを心から愛しているからです。」

 なんと感動的なことばだろう。なんと力強い訴えであろう。その大意はこうである。「天の御使いは心優しく、へりくだっています。あなたがたは利己的で、高慢です。そんなあなたがたが、どうして御国に入れてもらえる望みを抱けるでしょうか。天の住民のへりくだった態度と取るに足りない者たちの思い上がった態度とを比較してみて、あなたがたは恥いらないのですか。これからはきっぱりと、無益な野望をすて、心優しい、へりくだった天来の精神で心を満たしなさい。

 天界の美しい描写の中で、特筆すべき一つのことがある。すなわち、滅び行く者の救い主であるイエスのみわざに関連し、小さい者たちへの心遣いを促す意図を持った例話が紹介されていることである。それはもちろん主題と無縁ではない。いっそう論旨を強調する例話である。もし人の子が滅び行く者、道徳的に堕落した者に心を向けられたのであれば、なおさら、ただの小さい者に心を向けて下さるだろう。弱い者に関心を向けるよりも悪い者を救おうとするほうが、はるかに大きな愛の労苦である。悪い者を救ってくださった方は、必ず弱い者を助けてくださる。

 迷い出た羊を追い求める羊飼いのたとえに示されているように、罪人の救い主なるイエスの愛に心を留めると、イエスはさらに弟子たちの注意を卓越した謙遜の模範に向けさせている。その愛は、神の御子のうちにはご自分の偉大さを誇ることがなく、聖さをも誇られない事実を表している。イエスはへりくだって身分の低い人々のもとに来られたばかりか、下賤な人々の兄弟ともなられた。彼らが特権と特質においてイエスと等しくなるように、イエスは同情と運命において彼らと等しくなられた。

 重ねて言うが、救い主としてのご自身の愛と関連させて、イエスは弟子たちに、弱い者を顧み、小さい者を軽んじることのない、愛の源泉そのものを示されたのである。イエスの愛を正しく受け止めた者は、ある兄弟がどんなに卑下すべき状態にあったとしても、彼を故意につまずかせたり、冷ややかに扱ったりはできないだろう。すべての真の弟子たちの目には、人の子の愛がこの世の最も卑しい人々を聖なる栄光で包んでいるのが映る。

※神の受肉者であるイエスさまがどんなに愛なるお方かを語って余りあるA.B.ブルースの表現である。イエスさまがまことの神様であり、人の子となられたことを、いかなる意味でも間違って人々に述べ伝えることがあってはならぬ。2テモテ4・3〜4。)  

2022年6月27日月曜日

この子供のように!(4)

『だれでも、このような幼子たちのひとりを、わたしの名のゆえに受け入れるならば、わたしを受け入れるのです。・・・』(マルコ9・37)

 『だれが一番偉いかと論じ合う』心は天国の心ではない。天国人の心は互いに受け入れる心である。この受け入れる語が意味深い。相愛するという語も善い語である。仲良くするという語も善い語である。互いに親しむという語も善い語である。けれども『互いに受け入れる』という語にはまた特別の持ち味がある。自分の仲間に受け入れる。自分の家に受け入れる。自分の心に受け入れる。いろいろの受け入れ方はあるであろう。

 しかし人を受け入れる心持ち、これは確かに天国人の心持ちであろう。人を自分の中に取り入れる心である。排斥する気持ちの反対である。人の欠点をのみ見たがる心の反対である。他人というものを自分というものの一部として見て行く心持ちである。一心同体となったというわけではないが、他人の美点も欠点も自分のもののように考える心である。これは実に自分の周囲を美しくする最善の道であろう。

祈祷
主よ、願わくは、私たちの衷より互いに争う心を取り去って下さり、互いに受け入れる心をお与え下さい。人の善も悪も自分のものとしてこれを悲しみ喜ぶ心をお与え下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著178頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下の長文は、昨日に引き続くA.B.ブルースの所説である。

 イエスが弟子たちに教えられた第二のことは、小さい者たちを受け入れる義務についてである。小さい者たちとは、文字通りの子供を指すだけでなく、子供が代表するすべての者ーー弱い者、取るに足りない者、無力な者ーーを表している。心のへりくだった者の手本となるためにイエスの腕に抱きよせられた子供は、次いで、身分・影響力・重要な地位があってもへりくだった者の手本となった。前者の場合、子供が模倣の対象として弟子たちの前に差し出されていた。後者の場合、イエスご自身が親切な取り扱いの手本として、弟子たちにそうするように命じられていた。小さい者たちを親切に愛をもって受け入れ、冷酷無情な仕打ちで彼らを辱めることがないように注意せよ。

 子供のようになることから、弱さの面で子供のような状態にあるあらゆる人を受け入れることへと思想が移っているのは、ごく自然な成り行きであった。なぜなら、偉くなりたいという利己的闘争心と、小さい者たちを見下す態度との間には、深い結びつきがあるからである。相手を見下す冷酷無情な態度は、野心に燃える精神と不可分の悪徳である。野心家は残酷な性格の持ち主とは限らないが、冷酷無情な心を抱くようになる可能性を持っている。時として、彼を捕らえている悪霊が沈黙しているのに、子供や子供によって代表される小さい者たちをいじめてやろうという思いが、彼らの心にむらむらと生じてくる。すると、怒りがこみあげて相手を侮辱するような考え、あるいは、そのような考えがあることをうかがわせる態度が現れる。

 ハザエルは預言者エリシャから「あなたは、彼ら〈イスラエル〉の要塞に火を放ち、その若い男たちを剣で切り殺し、幼児たちを八つ裂きにし、妊婦たちを切り裂くだろう』と将来の自分について言われた時、エリシャに対して怒りをこめ、「しもべは犬にすぎないのに・・・」と言い返した。しかしその時、このような残忍な罪を犯す恐れが、彼には本当にあったのである。そしてさらに、彼にはエリシャの指摘したすべてについて身に覚えがあった。エリシャは正しく彼の性格を言い当て、それに照らして彼が将来犯すであろう恐るべき悪事を見透したのである。ハザエルは野心的であって、当然、それに他のもろもろの悪事がついてまわることを、エリシャは見抜いていた。ハザエルはまず、自分の主人であるアラムの王を、彼の病気回復が気掛かりだったので殺してしまう。王位につくと、主人を殺害したのと同じ野心がさらに彼を征服欲に駆り立て、そうして行くうちに、ついに古代東方の専制君主の残忍な喜びを満足させたようなあらゆる蛮行をやってのけることになるのである。

 野心が引き起こす犯罪とそれが地に満ちた時の悲惨は、日常的なことである。この事実を百も承知しておられたイエスは、その目に映る幻の中で、地位や権力によってすでに現れた、そして将来現れる荒廃を見て「つまずきを与えるこの世は忌まわしいものです」と叫ばれた。忌まわしいのは、悪に苦しむ人だけではない。さらに大きな忌まわしさが、悪を行う人のためにとって置かれる。イエスはそう弟子たちに教えて、「つまずきをもたらす者は忌まわしいものです」と言われた。

 イエスは聴衆を、つまずきを与える者の定めのままに暗やみに放りっぱなしにはされなかった。ひ弱い無力な者に加えられる災難を思い、義憤に燃える口調でこう言われた。「しかし、わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みでおぼれ死んだほうがましです。」〈マタイ18・4〉「・・・のほうがましです」は、「そのほうがふさわしい」「そうなるのが当然である」という意味である。そこには直接表現されていないが、神の復讐が行われるときに人の負う運命が暗示されている。石臼は無用の比喩ではなく、高慢な者たちがたどる究極の運命をぴったり表象している。最高の地位につくのに貪欲な者は、小さい者に与えたつまずきにかかわりなく、地上に投げ落とされるのみならず、その首に重い呪いの重しをかけられ、そのまま二度と浮かび上がらないように大海の深みにまで、いや地獄の底にまで沈められるだろう。「彼らは大いなる水の中に鉛のように沈んだ。」

 自分本位の野心はそのような恐るべき運命を招くので、自分自身を罰することによって神を恐れ、神の審きを見越して手を打つ高潔な態度が望まれよう。前に山上の垂訓で一度語られた「罪を犯した体の一部を切り捨てよ」という厳しい命令を再び繰り返すことによって、イエスはそのことを弟子たちに勧められた〈マタイ18・8〜9、5・29〜30)〉。

 一見、この命令は場違いの印象を受ける。というのは、ここの主題は他人につまずきを与えることであって、自分自身がつまずくことではないからである。しかし、兄弟に対するあらゆるつまずきは自分自身をもつまずかせることであると考えるなら、その関連性は明らかになる。それこそ、キリストが弟子たちの肝に銘じさせようとした点である。利己主義が小さい者たちをつまずかないように慎み深い配慮を命じている、ということを彼らに悟らせようとなさっている。要するに、偉大な教師〈キリスト〉は次のように言われている。「手や、足や、目や、舌によって、この小さい者たちの一人を傷つけるくらいなら、自分の手や、足や、目や、舌を切り捨ててしまいなさい。御国における一番小さな者に対して罪を犯す者は、自分の霊に対しても罪を犯すのです。」

※読んでいて空恐ろしい思いにさせられる。如何に自らが己が魂に対して無感覚かを教えられるからである。A.B.ブルースはこれら一連の解き明かしの際『気質の訓練』と題し、副題は「謙遜」としている。マルコ9・33〜50まで続く延々とした主の勧めが如何に私たちの本質を衝き、悔い改めを迫るものであるか改めて思わされる。今、世界が注視しているプーチン氏の犯罪的行為は全く神を恐れない暴挙であることは言うまでもない。何とかそこから離れるようにと祈りたい。なお、本文中の下線部は引用者が引いた。) 

2022年6月26日日曜日

この子供のように!(3)

それから、イエスは、ひとりの子どもを連れて来て、彼らの真ん中に立たせ、腕に抱き寄せて、彼らに言われた。(マルコ9・36)

 幼児とイエス。どこか似たところがある。この幼児は誰であったか。ペテロの子であったか。知らない。イエスによくなついていた児である。荒くれた男が十二人も集まって喧嘩をしたばかりの直後である。その『真ん中に立たせ』て泣きもせずイエスに『抱か』れていたのは、この嫌な空気をイエスの温顔が償ってあまりがあったからでもあったろう。

 とにかくイエスは十二人のお弟子においてよりもこの幼児の中に慰めと親しみとを感ぜられたのである。十字架を眼前に控えて御心の中は随分苦しいものがあったに相違ない。十二弟子はこれを御慰め申すべき地位にありながら、それと反対な行動をしている。この幼児をご覧になった時に、主はご自身の姿に似たものを見出して『腕に抱き寄せ』られたのであろう。無邪気な謙遜。これこそ実に弟子らの学ぶべき実物教育であった。

祈祷
主イエスよ、願わくは私に幼児の心をお与え下さい。幼児のように無邪気にして謙れる心をお与え下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著176頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。引き続いてA.B.ブルースの所説を紹介する。6/24の文章http://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/06/blog-post_24.htmlに接続する文章である。

 実際、虚心に神をほめたたえることばが出てくるのは、乳児や幼子の口からである。御国の最も偉大な方〈イエス〉は、その腕に抱いていた幼子を野心に満ちた弟子たちの中央に立たせ彼らの高慢な精神を抑制し、新しく生まれた魂にとって蜜よりも甘い真理を語ろうとしておられる。

 第一の教えはこうである。御国において偉くなりたいなら、そうでなくとも御国に入りたいと願うなら、幼子のようにならなければならない。「あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。」

 ここで特別に比較されている子供の特性は、もったいぶらない謙遜さである。幼児期は、人間の思い上がりの所産であり、人間の野心がむさぼった戦利品とも言える階級的差別を全く知らない。王の子供は平気で乞食の子供と遊ぶだろう。それは万人共通の問題に比べて、大人が差別している事柄などは取るに足りないということを示している。子供が無意識にしていることを、イエスは弟子たちに意識的・自発的にするように求めておられる。世の成長した子らのように見栄を張ったり、野心に燃えたりするのでなく、心優しくへりくだっているべきである。身分、階級の別を無視し、御国における地位などに心を奪われず、純真な精神を持ってひたすら御国の王に仕えるべきである。この意味において、御国で一番偉い方、御国の王自身は、人々の中で一番へりくだった方であった。

 罪のために自分を卑下するといった型の謙遜は、イエスに無関係である。イエスの性格のうちには何の欠点も落ち度も認められなかったからである。しかしながら、自己の利害を顧みない無私無欲に支えられる謙遜ということでは、イエスは完璧な模範であった。イエスは少しはご自分のことを考えておられた、と言うことはできない。むしろ、イエスはご自分のことを全く考えておられなかった、と言うべきである。イエスが考えておられたのは、ひたすら御父の栄光と、人々の幸福のことであった。自分の勢力拡張を計るなど、イエスにはそのような動機の一かけらも見出せなかった。そんなことを考えるだけでも、身の毛のよだつ思いをされたに違いない。

 また、パリサイ人のように、神の御前に忌み嫌われるような性格は全く持ち合わせておられなかった。パリサイ人の信仰には、常に観客の存在を意識する芝居がかった行為があった。彼らは宴会の上席や会堂の特別席を好み、人々から「ラビ、ラビ」と呼ばれることを喜んだ。イエスは、人からの誉れを望むことも、受けることもされなかった。イエスは仕えられるためにではなく、仕えるために来られた。イエスは一番偉い方であるのに、自らを低くして一番小さな者ーー馬小屋で生まれ、飼葉おけに寝かされたことに見られるようにーーとなられた。世の人々にさげすまれる悲しみの人となり、ついには十字架にかけられた。このような驚くべきへりくだりによってイエスは神的な栄光を示されたのである。

 御国において高くされればされるほど、私たちは謙遜という面においてイエスご自身に似るようになる。イエスにみる邪心のない姿は、霊的成長を示す不変の特徴であり、それを欠くことは道徳的偏狭のしるしとさえなる。小人物は、善意であっても、もったいぶったり、たくらみがあったりするーー善行をしていると言いながら、いつも自分のこと、自分の名声・威厳・評判を気にしている。いつも同時に自分が崇められるように、神の栄光を現す方法を研究している。

 それに比べて、御国において大きな人は、召された仕事に何のためらいもなく従事し、この世で、あるいは来るべき世で自分がどんな地位につくか、と問う暇も興味も持ち合わせていない。偉大な統治者である主の名声を笠に着ることなく、私利私欲を忘れ、自分の使命に全身全霊を打ちこむ。神が与えてくださったものがあれば、ただ神が崇められることを願って、小さな仕事でも大きな仕事でも、それを完成させることで満足する。

 これこそ、永遠の御国で高い地位につく真の道程である。従って、イエスは、誰が御国で一番偉いかという問いについて、そこに差別は存在しないとして簡単に片付けてしまわれたのではない。ここでイエスは「誰が御国で一番偉いか、などと問う必要はない。そこでは優劣の差などない」と言われたのではない。反対に、そこには差別のあることが示唆されている。そのことはほかの所でも主張されている。キリストの教えによると、天上の国は、万人の平等を要求するやきもちやきの急進主義とは異質のものである。この世の国々においてと同様、天上の国にも種々の段階の差別が存在する。ただし、神の国と地上の国々との相違は、差別をもたらす原則の違いにある。地上では、高慢な野心家が名誉ある地位を得る。天上では、へりくだって自分を忘れる人に栄誉が授けられる。地上で謙遜な愛をもって一番卑しい者になろうとする人こそ、天の御国で一番偉い者になるであろう。)    

2022年6月25日土曜日

この子供のように!(2)

『だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい。』(マルコ9・35)

 多少気概ある者、多少力量ある者にとって殊にむづかしい注文である。が、実は殊に多少の力ある人のために与えられた教訓である。グヅになってしまえと言う意味でもなく、またグヅな人を賞賛したわけでもない。人間の最も恐るべき主我心と傲慢信徒を克服することを命じ給うたのである。箴言に『自分の心を治める者は町を攻め取る者にまさる』〈箴言16・32〉とあるのはこの教訓の註解とも見られる。自己を本当に力強いものとするには先ず自己に克たなければいけない。自己を克服して互いに従者たらんとする人々の社会。それは真の調和の社会であり天国の姿であらねばならない。人のために自己をささげて従者となる精神を養うことによって、自己をも造り上げ社会をも完成して行くようになるのである。

祈祷
主イエスよ、人の上に立ち人を支配せんとする我欲はかえって自己を破壊しまた社会をも傷つけるものであることを悟らせ、私をして喜びつつ人の従者となることを得させ給え。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著176頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。今回題名については昨日今日の聖句に「この子供のように!」とつけるのは些か戸惑いがあったが、昨日のA.B.ブルースの文章を読む限り、マルコ3・35〜37とひとまとめに考えたらどうかと思い、その題名を拝借した。またその際、彼が「つまり、神の栄光を求める段階でも、目は自分の栄光に向けられているといったように、自己追及的な強情さが抜けていないことがある」として主イエスがこのような訓戒を述べられた背景を説明していたが、その文章を読みながら、なぜかスポルジョンの『朝ごとに』の一文章が思い出されたので、以下に写してみた。同書の8月16日のものである。

御名の栄光を、主に帰せよ〈詩篇29・2〉

 神の栄光は、神の性質と行為の結果である。神の品性は栄光に満ちている。なぜならおよそ聖なるもの、善なるもの、愛すべきものはすべて神の中に貯えられているからである。神の品性から流れ出る行為もまた栄光に満ちている。しかし神はその行為により、被造物に彼の善なること、あわれみ深いこと、義なることを表そうとされる。が同時に、それらの行為による栄光が、すべてご自身に帰せられるべきであるという点に関心を持たれる。私たちの中には誇るべき何ものもない。ーー私たちを他と異なるように造られたのは誰であるか。また、私たちは恵みに満ちた神によって与えられない何ものがあるというのか。それならば私たちは、主の御前に謙遜に歩むように心すべきではなかろうか。

 この宇宙には、ただ一種類の栄光しか入る余地がない。そのため、私たちが自らに栄光を帰するならば、その瞬間に、私たち自身をいと高き方の競争者の地位に置くのである。わずか一時間しか生きられない昆虫が、彼をあたためて生命を得させた太陽に対して誇ることがあろうか。陶器が、自分をろくろにかけて造った陶器師以上に自らを高めることがあろうか。さばくの砂がつむじ風と争うことがあろうか。あるいは大海の一滴があらしと戦うことがあろうか。義なる者よ、栄光と力とを主に帰せよ。しかしおそらく、クリスチャン生活において最も困難なのは、次のみことばを学ぶことであろう。「私たちにではなく、私たちににではなく、ただあなたの御名にのみ帰してください。」これは神が常に私たちに教えられんとする教訓であり、時に苦しい懲戒によって教えられる学課である。

 もしクリスチャンが「私を強くしてくださる方によって」〈ピリピ4・13〉という点を取り除いて、ただ単に「どんなことでもできるのです」と言うならば、遠からずして彼は「私は何もすることができない」といううめき声をあげ、ちりに伏して嘆くであろう。私たちが主のために何かをなし、主が私たちの成したことを嘉納されたならば、私たちは自らの栄冠を主の足もとに置き「私ではなく、私にある神の恵みです」〈1コリント15・10〉と叫ぼうではないか。)  

2022年6月24日金曜日

この子供のように!(1)

『だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい。』(マルコ9・35)

 実に親切な教え方である。人が大ならんとするのは天性である。すべての向上も発展もここから生ずる。ただこれが排他的の性質を帯びてくる時に恐るべきものとなる。他を凌いで自分を高くしようと欲する時にそこには悪いものを含んでくる。他を倒すことが自分を大にする所以でなく、かえって他を大ならしめんと欲する者が天国において真に大なる者となるのである。

 人の後押しとなり、人の僕となり、人に仕え、人を高く人を大きくする手伝いを、黙って為す人こそ、愛の国で一番の役に立つ人である。共存共栄の国において自分だけ高くなろうとする人が用いられるはずがない。ある天使が他の天使よりも高く大きくならんとし、神よりも高く大きくならんと欲した。これが悪魔になったのだとさえ言われている。『みなのしんがり』『みなに仕える者』と書いてあるがこの『みな』という字によく注意しなければいけない。『ある人』ではない。『みな』である。
祈祷
主イエスよ、あなたは罪人の頭である私にさえ喜んで命を与えて下さいました。願わくは私をして『ある人』にあらず、『みな』の従僕となることを得させて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著175頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下は先ず昨日のデーヴィッド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』の続きの部分である。
 羞恥に耐えないままに彼らは黙っていたので、やがて甚だ有効な教訓を彼らに与えられた。『だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい。』と霊界の律法を授けられた。而してなおこれに説明を加えられた。あたかもそこへーー蓋しペテロの家に相違ないがーー室のうちに小児がいた。イエスはこの小児を団欒の中に伴い來って、その好んで慣用されるようにその小児を腕に抱き上げて(マルコ10・16参照)これを生ける比喩とされた。

 一方、A.B.ブルースは『十二使徒の訓練』で、イエスが家に入って弟子たちに教訓を垂れようとなさった、その心はいかなるところにあるのかに着目して次のように述べる。これは同時に6/22https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/06/blog-post_22.html の続きに位置する文章である。

 最も手に負えない仕事であるというのは、人間の意志を普遍的諸原理に心腹するように訓練し、互いの間に愛の律法が認められるように導き、善良な人々の心から、誇り、野心、虚栄、嫉妬などを追い出すことほど、困難な仕事はないからである。人は祈り方において、宗教的自由において、キリスト教的活動において大きな進歩を遂げながら、また、試みにあって筋を曲げず、キリスト教の教理に精通しながら、なお気質の点で欠陥を見出すことがある。つまり、神の栄光を求める段階でも、目は自分の栄光に向けられているといったように、自己追求的な強情さが抜けていないことがある。

 最も必要な仕事であるというのは、御国での自分たちの地位に一番の関心を寄せているような有様で、いったいそのような弟子たちが御国の仕え人として何ができるのか、と問われているからである。野心満々で互いにそねみ合っている人々は、自分たちの間で争いを起こし、他人を辱めようと機会をうかがい、周囲に混乱やあらゆる悪事を引き起こすだけなのである。

 そういったわけで、イエスはこの時を境に、弟子たちの中から自由勝手に振る舞っていた悪魔を追い出し、ご自身の柔和と謙遜と愛の精神を塩のように彼らのうちに溶け込ませる仕事に、特別熱心に打ち込まれた。それは少しも怪しむに足りない。イエスはご自分の使命の成否が、この未来の使徒たちに塩気をつけ、彼らをご自身に代わる人物に育てる努力にかかっていることを、十分に知っておられた。その教授ぶりや内容がイエスの関心の深さを表している。この点で特に興味深いのは、教材として、家の中にいた子供を用いてなさった最初の教えである。)  

2022年6月23日木曜日

『座り』『呼び』『説く』

イエスはおすわりになり、十二弟子を呼んで言われた。(マルコ9・35)

 マルコ伝には主イエスの細かい動作が書いてあるが、親しく目撃した人の証言として嬉しい。私どもをイエスに近く導いてくれるように感ずる。『おすわりになり・・・呼んで言われた』。いかにも落ち着いた、威厳と慈愛との籠もった御態度を示すように思われる。子供が悪いことをした時に、卒然としてこれを叱り飛ばすとかえって面白くない結果を生む。私の如き者ですから私の子供が幼少の時、これを叱るときは先づ自らの心の平静を祈り、二階の机の前に座り、彼を呼び寄せて、諄々と説くように努力したものである。

 今、十字架にかからんと為し給う大切な時に当たって『だれが一番偉いかと論じ合う』ような不都合な弟子らに遺言にも等しい最後の訓戒を与え給うに当たって、少しも焦らず怒らず、『座って』『呼び』『これに言い』給うた静かな態度が如何に弟子らを深く印象したことであったろう。さればペテロはこの時のご様子をマルコに言い聞かせたのであろう。争った弟子たち、黙然たる弟子ら、静かに坐し給うイエス、その対座の光景などを心に浮かべる時、それだけでも大きな教訓が私どもの心に迫ってくる。

祈祷
主よ、焦りやすく、慌てやすく、動きやすく、怒りやすく、争いやすき私たちをご覧ください。このような時、願わくは、私たちをして、先ずあなたの前に静かに座ることを教えて下さい。何事よりも先ずあなたと対座する術を学ばせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著173頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。ここでしばらく離れてしまっていた、デーヴィッド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』の記述に戻る。これは6/16https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/06/blog-post_16.htmlの続きに位置する文である。

4 「カペナウムへ向かう」

 今やイエスはその隠れ家を去られる時が来た。なおカイザリヤ・ピリポに留まられる希望はあったけれども、とても十二使徒とのみと交わることができない場合となった。その隠遁の地が公になったので煩わしい群衆と毒心を含む敵がすでに迫って来ていた。それゆえに、その眼を避けながら、ガリラヤを経てカペナウムに向かわれた。弟子にはなお教育を授けられる必要があったので、途上においてこれを様々に訓戒する望みを抱いておられた。この鄙びた地方を旅行される間に極力正当な観念に彼らを導こうとして、その受難の恐ろしい宣言を与えて、彼らの頑迷な不信を寸断されたのであった。
〈再び受難の公表〉
『このことばを、しっかりと耳に入れておきなさい。人の子は、いまに人々の手に渡されます。そして彼らに殺されるが、三日目によみがえります。』〈ルカ9・44、マタイ17・22、23〉と仰せられた。ここでは受難に加えて謀反に関する恐るべき事情をあらかじめ公表された。彼らがこれを聞いて『非常に悲しんだ』〈マタイ17・23〉『尋ねるのを恐れた』〈ルカ9・44〉のも道理であった。彼らは悲境に陥られたあの失望の時、カペナウムにおいて仰せられた『わたしがあなたがた十二人を選んだのではありませんか。しかしそのうちのひとりは悪魔です』〈ヨハネ6・70〉との苦いみことばを思い浮かべたのではあるまいか。これぞ彼らが自分らの中に謀反の伏在するのを初めて悟った時期であった。

 このあと、デーヴィッド・スミスは5「未納の税金」6「ペテロの当惑」7「主の免税の権利」8「魚の口の金」と展開し、9「ペテロの家における教訓」と題して、まさに今日の引用箇所の前後の様子を次のようにまとめている※。

9 「ペテロの家における教訓」

 その日、恐らく夜であったろう。弟子たちはペテロの家に集まった。而してイエスはその教訓をなお続いて彼らに授けられた。彼らは受難や復活のように高遠な真理に心を向わせられる必要があっただけでなく、なおその世俗的なパン種を除いて天の王国の精神に浸される必要があった。而して静かに彼らと交わり、高尚な議論を試みられた結果、イエスは彼らの心中に横たわる思想を看取されたのであった。
〈謙遜の教訓〉
 先ず第一に謙遜についての教訓を彼らに授けられた。イエスは彼らの世俗的野心を弾劾されたけれども、彼らを面責するのでなく彼ら自ら質問を試みるように仕向けられた。カイザリヤ・ピリポの途上弟子たちは足並みが聊か遅れた間にも、主の高い思想から落ち下がって、その本来の面目を発揮して密かに論じ合ったところであった〈マルコ10・32参照〉すなわちイエスが謀反人に渡され、苦難を受けられるべき予告を力を極めて与えられたあと、そのことばの未だ耳に残る間のことであって、しかもなお物質的応報に恋々として、主が大権を掌握して、エルサレムに君王として臨まれる場合に、彼らの受けるべき将来の栄華をのみ夢見て論争していた。これ畢竟彼らの心の鈍重頑迷な憐むべき証拠であった。このようなものが彼らの胸中に絶えず漂う光景であって、旅行の途中も、イエスの耳には達しないように囁きつつ争った。野心と嫉妬とは彼らの間にしばらくも去らないところであって、遂に論争は爆発した。すなわち『天国において最大なるものは誰だろう』との問題であった。

 しかし彼らはその主の注意を脱することはできなかった。その時イエスは何事もおっしゃらなかったけれども、家に着してから、問題の如何を質問された。

※青木氏のマルコの福音書を軸とした一日一文形式の霊想に対して、いつの間にかクレッツマン、デーヴィッド・スミス、A.B.ブルースの論考を並行して読むようにと導かれたが、クレッツマンは青木氏と同じマルコの福音書を軸に語っている。それに対しデーヴィッド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』は全福音書を頭に置きながら語る。そして、A.B.ブルースの『十二使徒の訓練』は表題からしてイエスさまの一部始終を描いたものと受け取っていなかったが、これまた全福音書を視野に入れた明らかに〈Days of His Flesh〉の一種である。このように、四者を交互に織り交ぜて紹介させていただいているが、読者においてもそのことを念頭に置いてお読みいただけると幸いである。) 

2022年6月22日水曜日

愚かな夢、だれが一番偉いか(下)

イエスは、家にはいった後、弟子たちに質問された。「道で何を論じ合っていたのですか。」彼らは黙っていた。道々、だれが一番偉いかと論じ合っていたからである。(マルコ9・33〜34)

 途上で大声を挙げて『だれが一番偉いか』と争ったのは醜い。実に醜い。けれどもイエスは聞かぬふりして歩いていた。『家にはいった後』始めて静かに尋ねたのである。思慮深い同情深い行き届いた愛の親心ではないか。大声で喧嘩している子供を大声で叱り飛ばす思慮のない親もある。火で薪を救うことはできない。人の見ている途上で弟子を叱りつけて弟子に恥をかかせたくはない。

 イエスは今、十字架を眼前に控えて悲痛な心で居られる時であるのに、よくこんなに余裕のある静かな寛大さが持てたものである。さすがのペテロも何も言えなかったと見える。黙然として一人も答える者は無かった人格の威力は大きいものである。イエスの見ていない所では各自がてんでに自分の大なる所以を発見し、これがために争うのが当然なように思えたのであるが、イエスの前に出て見ると、赤面するの外何物もなかった。

 ペテロがマルコにこの事実をここに書き残させたのは懺悔心の一つでもあったろう。私どもも高ぶる心の起こった時はイエスの面前に出るがよい。まさに十字架に上らんとするイエスの面前に出て、自分の姿を見るがよい。

祈祷
温かい情けと思慮深い愛とをもって私たちをいつくしみ給う主イエスよ。願わくは、私たちの心より一切の高ぶりを取り去って下さい。高ぶる心が私の衷に起ころうとする時、直ちにあなたの面前に出て恥じ赤らむことをお許し下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著173頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下の文章は6/19のA.B.ブルースの『十二使徒の訓練』所収の文章http://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/06/blog-post_19.htmlの続きの部分である。

 それに対して、十二弟子は旅の途中、天の御国で誰が一番偉い地位につくか、ということを論じ合っていた。福音物語は、驚くほどの不面目な対照を再三再四にわたって見せつけている。主の受難について新たに知らされた弟子たちが、上席に着くことを巡って互いにそねみ合い、激論を戦わせている様は、あたかも悲劇ドラマが喜劇に転じたようなものである。 

 この見苦しい場違いな論争は、あの天からの御声に添えられた「彼の言うことを聞きなさい」という指示がやはり必要であったことをはっきり示している。それにしても、弟子たちはその指示になんと不従順であったのだろう。彼らはイエスが語っておられる時には、うなずいて聞いていた。やがて人の子が御国の栄光をもってくるのを見る、とイエスが断言された時、彼らは喜んで聞き入っていたのだ。ところが、栄光に先立って起こる苦難について語られたことに対しては、彼らの耳はツンボ同然であった。彼らは主が十字架について語られた時、瞬時の悲しみを味わったが、すぐそれを忘れてしまい、栄冠を夢見るようになった。ちょうど親の死を忘れて、続けていた遊びに夢中になっている子供のようである。「御国が到来すると、私たちはみなどんなに偉くなるだろう」と彼らは考えた。そして、共通の栄光を夢見ることから、そこで最大の分け前にあずかるのは誰か、という無益な論争に簡単に陥って行った。虚栄と嫉妬が互いの心の中に渦巻いていたからである。

 「その御国において、われわれはみな平等に高い地位につくのであろうか。それとも、誰かがほかの者より偉くなるのだろうか。やがて現れる栄光の予表の目撃者として選ばれたペテロ、ヤコブ、ヨハネの特別な恵みは、御国における優位を意味するものであろうか。」おそらく三人の弟子はそれを期待し、他の弟子たちはそうでなかったために、論争が始まったのだろう。彼ら全員が最高位につくことなどあり得ない。従って問題中の問題は、誰が最高位につくかということだった・・・一方で虚栄とうぬぼれが、他方でそねみとねたみが競合しているかぎり、これは解決困難な問題である。

 カペナウムに着くと、イエスは早速、機を見て弟子たちの論争に焦点を合わせ、その論争が彼らの気質や意志の訓練に役立つよう、謙遜とそれに関する主題について重要な教えを述べる絶好の機会とされた。イエスが本腰を入れて着手されたことは、十二弟子の訓練のためにすでに始めていたことの中で最も手に負えない仕事であるとともに、最も必要な仕事であった。

2022年6月21日火曜日

愚かな夢、だれが一番偉いか(上)

神田川 遊覧船か と妻問う※

カペナウムに着いた。イエスは、家にはいった後、弟子たちに質問された。「道で何を論じ合っていたのですか。」彼らは黙っていた。道々、だれが一番偉いかと論じ合っていたからである。(マルコ9・33〜34)

 まだ俗物であった弟子らは先生の十字架を面前に突きつけられながら、互いに醜い争いをしている。山の上まで連れて行ってもらった三人が威張ったのか。数日前に『この岩の上にわたしの教会を建てます』との賞詞(ほめことば)を受けたペテロが誇ったのか。悪魔を追い出し得なかった九人が不平を鳴らしたのか。次の章の35節を見るとヨハネなどが第一に威張った連中らしい。

 イエスはどんなにあさましくまた悲しく感ぜられたことであろう。必ず来るべき十字架を直視し得ない人は憐むべき者である。十字架を直視するのを嫌ってこれを避ける人は思わずこのような醜い心となるものである。イエスとともに十字架を負う心を持つ人だけが克(よ)くこのような醜い心に勝てるのである。

祈祷
主よ、己を人にまさっているとする悪い高ぶりから私を救い出してください。願わくは、人が自分よりまさっているのを見て喜ぶことができる心をお与えください。我が子が自分よりまさる所を見出して喜ぶ親心を私にもお与えください。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著172頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下は、クレッツマンの昨日の引用に続く文章である。

 再び主はカペナウムに来られた。これが最後である。弟子たちだけと主がおられた時、彼らに、ここに来る道々何を論じ合っていたのかと尋ねられた。彼らはうしろ暗い気持ちのままに何も言わずだまっていた。彼らは、やがて打ち立てられるだろうと望んでいた地上での王国についての愚かな夢にとりつかれていたので、この世的な力と輝きとにみちたこの王国では誰が一番偉いだろうかと論じ合っていたのである。

※先週、今週とここ三回ほど八丁堀の中込眼科に通った。丁寧な診察には頭が下がる。おかげで良くなった。すっかりこの亀島橋のたもとから眺める風景が馴染みとなった。「菊の花 咲くや石屋の 石の間」芭蕉 という句碑がたもとにあった。)

2022年6月20日月曜日

十字架を正視する恵みに浴せ

「 彼らはこれを殺す。しかし、殺されて、三日の後に、人の子はよみがえる。」と話しておられたからである。しかし、弟子たちは、このみことばが理解できなかった。また、イエスに尋ねるのを恐れていた。(マルコ9・31〜32)

 二度も三度も最も明白な言葉でご自分の死を預言し給うた。けれども弟子らには解らない。解りたくないからである。栄光のキリストのみ夢みていた彼らには幾度明言されても苦難のキリストが解らなかった。彼らは主の十字架とご復活との後に至って始めて解った。

 私たちも気に入らぬ真理は見たくない者である。嫌いな事実は知りたくない者である。『また、イエスに尋ねるのを恐れ』る者である。主の十字架と正面衝突をするまでは如何にくわしく預言されても彼らは悟らなかったから、準備なき彼らは一時失敗した。ペテロの如きは特に恐ろしい失敗をした。ご復活後四十日間のご教訓が無かったならば彼らは全く敗北してしまったであろう。

 真理に対し事実に対し人に対し、自分の好まぬものであった時にはことさらにこれを正視し研究するの勇気と度量とを養わねばならぬ。

祈祷
主よ、あなたは十字架を正視し『エルサレムに行こうとして御顔をまっすぐ向け』(ルカ9・51)給えり。されば、あなたの歩みし跡は直くして大なり。願わくは、好まない真理に盲目であろうとする愚かさより私たちを救い出し、苦難を直視しつつこれを踏み破る信仰と勇気をお与えください。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著171頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。クレッツマンは『聖書の黙想』で22 キリストの御国で最も大いなる者 という題名で、マルコ9・30〜50を述べている。その冒頭部分を以下に引用する。同書146頁から。

 人々にとって、キリストの御国の本質を理解することはどんなにむずかしかったことだろうか。主ご自身を置いてはそれをよく知る者は一人としていないのだ。残されている時が少なくなるにつれて、主は弟子たちにその御国とは何であり、また何でないかを教えるためにあらゆる機会を取り上げられた。

 主にとっては最後となる、エルサレムに上る日がやって来た。深い感情と厳粛さとをもって力をこめて、主は弟子たちに救いのみわざについての全内容を打ちあけられた。主は敵の手に渡されて死を遂げ、三日のちによみがえられる。苦しみと死によるほかには、人間を救う道はないのだ。しかし弟子たちは、このことのすべてを理解するにはほど遠く、また彼らにとってそれはあまりにも異様なことのように思えたので、主に問いただす勇気を持たなかった。このことを知り、信ずることはただ神の恵みによる他はない。)

2022年6月19日日曜日

第二回目の受難の告知

さて、一行はそこを去って、ガリラヤを通って行った。イエスは、人に知られたくないと思われた。それは、イエスは弟子たちを教えて、「人の子は人々の手に引き渡され、彼らはこれを殺す・・・」と話しておられたからである。(マルコ9・30〜31)

 最後のガリラヤの御通過である。このたびエルサレムに上るのは十字架に上るのである。多分大道を避け、通行の人の少ない小道を選んで、静かに弟子らに最後のご教訓を与えつつ旅行されたのであろう。その話題はご自分の死であった。

 幾度も明白に繰り返してこのことを教えたのは弟子らの心を最後の打撃に準備するためでもあったであろうが、十字架こそご自分の使命の完成であるがゆえにその意義について教えたかったのであろう。もちろん弟子らはこの時にはその御教えが十分に解らなかったが後になって生きて来た。

 ヨハネが『御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます』(1ヨハネ1・7)と言い、ペテロが『キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、・・・私たちを神のみもとに導くためでした』(2ペテロ3・18)と言って十字架の死が贖罪のためであることを説くに至ったのはこの静かな旅行の時の御教訓が生きて来たのだと思われる。

祈祷
死をもって私たちをお救い下さった主よ、あなたの恵みを感謝申し上げます。願わくは私たちがこの大愛を忘れ去ることなく、常に御血潮の中に生きられるようにして下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著170頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。これから数日間にわたるイエスさまと弟子たちの間の話〈青木さんの一日一文は今日から6/28まで丸々十日間にも及ぶ〉に最もふさわしい文章はないかと探していたところ、再び『十二使徒の訓練』所収の考察が目にとまったのでそれを以下に転写する。13 変貌 に続く 14 気質の訓練 と題する一連のA.B.ブルースの論考である。〈同書331頁より引用〉

題して 1 この子供のように! (マタイ18・1〜14、マルコ9・33〜37、ルカ9・46〜48)

 変貌の山から、イエスと十二弟子は、ガリラヤを経てカペナウムに戻った。この家路につく旅の気分は、師と弟子たちとでは、はなはだ異なっていた。イエスは悲しげに十字架について思い巡らしておられた。弟子たちは近づく御国における要職の地位を空しく夢見ていた。こうした精神的相違は、それに応じる行動的相違となってはっきり現われる。イエスは近づくご自身の苦難について、第二回目の告知を始められた。ご自分について来る人々に向かって、「人の子は、いまに人々の手に渡されます。そして彼らに殺されるが、三日目によみがえります」と言われた。・・・ 続く。なおこのブログを始めて読まれる方は過去の記事「『変貌』の意味するもの』http://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/05/blog-post_29.html などを参考にしていただくと文章の流れがご理解していただけるのでないかと思います。)

2022年6月18日土曜日

弟子たちの失敗の理由(下)

イエスは言われた。「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」(マルコ9・28〜29)

 祈っても私たちには『この種のものは、何によっても追い出せるものではありません』ではあるまいか。昔の祈りと今の祈りと弟子の祈りと私たちの祈りと時代を異にしているからその力も異なって来たのであろうか。それではキリストは昨日も今日も変わらないとは言えまい。私たちは昔の人のように祈っていないに違いない。昔の人のように信じて祈っていないに違いない。昔の人のように常住座臥祈りの人となっていないに違いない。いつも神に酔っぱらっているような祈りの人とならなければ、狐につかれたように神に憑かれた人とならなければ、神の大愛と大能との中に溺れている人とならなければ、本当の祈りの力は出て来ない。残念なことには神の宝庫にはあふれるばかりに宝が満ちているのに、これを取り出す信仰がない。神の与えてくださった力が使用されずに私どもの中に、教会の中に残っている。
祈祷
神よ、願わくは未だ使用されていないあなたの賜物を活躍させる祈りの力を私たちにお与えください。使徒時代には用いられて今は誰もその使用法を忘れた大なる祈りの力を今私たちに返しお与えください。アーメン
(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著169頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。※祈りは、私たちは多方面からイエスさまから直接教えられる最も大切な恵みの一つである。今日は、午後経験させていただいた祈り会でのK.T兄のメッセージを紹介させていただきたい。録音しなかったので、多分に引用者の勝手な考えが混じっていることはあらかじめお許し願いたい。

 預言者イザヤは遠い昔「わたしの家は、すべての民の祈りの家である。」〈イザヤ56・8〉と神様の御思いを語った。ここで「わたし」の家と言われるお方は、言うまでもなく、天地万物をお造りになった創造主である神様である。そして、この「神の家」をつかさどる偉大な大祭司がイエスさまだ。

 この方は「御子として、神の家を忠実に治められる」〈ヘブル3・6〉お方だが、同時に、このお方は、私たち人間が「血と肉を持っているので」「同じようにこれらのものをお持ちに」なり、私たちの罪のために十字架上で血を流し、救いのみわざを為してくださった大祭司であるからして、「私たちの弱さに同情できない方では」ない〈ヘブル2・14、4・14〜15〉。だから私たちはいつも自らの弱さを携え、主のみもとに近づくことができる。

   先日も愛する兄弟が弱さを身にまとって主の御前に出られた。

 幸いなことよ。
 弱っている者に心を配る人は。
 主はわざわいの日にその人を助け出される。
 主は彼を見守り、彼を生きながらえさせ、
 地上でしあわせな者とされる。
 どうか彼を敵の意のままにさせないでください。
 主は病の床で彼をささえられる。
 病むときにどうか彼を
 全くいやしてくださるように〈詩篇41・1〜3〉

 昔、ある方が、「祈りとは弱さを告白する」と言われたことを思い出す。すなわち神の家の主は人の弱さを知る方であるから、私たちは弱さをそのまま祈りの中でさらけ出すことができるということだ。その上、ありがたいことに、みことばは「私たちが神の家です」〈ヘブル3・6〉と言い、私たちは「いつまでも残る財産、〈主イエスさまご自身〉を持っている」〈ヘブル10・34〉と言っている。いつでも、罪の赦しの上に立ちながら、兄弟姉妹とこの「神の家」「祈りの家」に集まることをやめずに歩み続けたいものだ。〈ヘブル10・17〜25〉

2022年6月17日金曜日

弟子たちの失敗の理由(中)

イエスは言われた。「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」(マルコ9・28〜29)

 イエスは祈りの人であり、祈りの力の信者である。祈りは事件を変化する力があると信じたお方である。祈りは病を癒し悪霊を追い出す。このような力は祈りによるのみだと仰せられたではないか。祈りを精神上の訓練に過ぎないと考える人や祈りは外界の事件を変化しないと考える人、などはイエスを迷信家と見る人でなければならない。このような人たちは理論負けをしている人たちである。理論と事実と合致しない時は事実によって、理論を訂正すべきであって、理論によって事実を曲げるべきではない。イエスのように聡明叡智のお方が体験しかつ信じなさった事実である。イエスにならってよく祈る人もまた多く体験しかつ信ずるところである。然り、祈りは単に精神の訓練や刺激のみではない。祈りは活動の源泉ぐらいなものではない。祈りそのものが、よく人を動かし、よく事件を動かし、よく世界を動かし、よく天地を動かすのである。

祈祷
朝に祈り、夕に祈り、断食して祈り終夜祈られた主イエスよ。私に祈ることを教えて下さい。私にもあなたのように祈ることを教えて下さい。私にもあなたのように祈りの力をお与え下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著167頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下の小文はA.B.ブルースの一連の『変貌』の文章http://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/05/blog-post_31.htmlの最終部分に位置する文章である。『十二使徒の訓練』〈村瀬俊夫訳〉330頁より引用。 

 こうしてイエスは、この新しいあわれみの奇蹟をなされた後、弟子たちが病気の人々を次々といやせなかった原因について、彼らに根気よく説明されたのである。また、どんなに頑強に人を押さえつけていたところで、そのあらゆる種類の悪霊を信仰と祈りによって追い出す方法を弟子らに教えられた。それでイエスは、ご自分が本当に「完了した」と言うことのできるその時まで、気の毒な人々を助け、無知な人々を教え諭す労苦を惜しみなく続けられたのである。

※この文章の最後の「完了した」とはまさに十字架上のイエスさまの言〈ヨハネ19・30〉を指すのは言うまでもないだろう。そう理解するとき、主が如何に私たちの愚鈍さに最後まで付き合ってくださったか、そのことを知り、さらに深い主への感謝の思いにさせられるのは私だけだろうか?) 

2022年6月16日木曜日

弟子たちの失敗の理由(上)

イエスが家にはいられると、弟子たちがそっとイエスに尋ねた。「どうしてでしょう。私たちには追い出せなかったのですが。」するとイエスは言われた。「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」(マルコ9・28〜29)

 マタイ伝には「あなたがたの信仰が薄いからです』(17章20節)と書いてある。同じ意味と思う。祈りと信仰。別語にして同意義である。理屈は別であるが実際では一つである。祈って信じ、信じて祈る。信仰と祈りとが一致になった時が本当のクリスチャンである。弟子らには祈りが不足していた。信仰が不足していた。然るに弟子らはそれに気づかずして、主がかつて与えた権威の力が消滅したように考えた。自分らが祈りの人でなくなっていたことは忘れて、主のお約束が履行されないことを感じた。そこで主は彼らの反省を促したのである。このようなことは私たちにもありがちなことで、自分の不信仰を棚に上げて神様が祈りに答えてくださらないと思うことが度々ある。

祈祷
主よ、私に祈りと信仰をお与え下さい。悪霊をも追い出し病をも癒すことのできる信仰の祈りをお与え下さい。私たちの信仰と祈りを空想から救い出して、実弾を発射するものとならせてください。世と悪魔が私達の祈りに恐怖を感ずる程のものとならしめて下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著167頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下は、David Smithの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』所収の 6/8http://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/06/blog-post_8.htmlの続きに位置する文章である。なお訳文は日高善一氏の100年前の名訳を下地に引用者が今風に適宜変えている。〈邦訳540頁、原書278頁〉

3「弟子たちの失敗の理由」
 これ〈註:イエスが「おしとつんぼの霊を追い出された」マルコ9・25〜28の出来事を指す〉は主の権威の顕著なる表現であって、深い印象を与えたのであった。しかし、ここに父の感謝にも群衆の喝采にも関係しない二つの団体があった。すなわち一方は狼狽してたたずむ学者の一団と、一方は九名の弟子とであった。

 彼ら〈註:九名の弟子〉の失敗したところを主が成功されたことは、自然彼らに対する弾劾となったので、彼らは家路に帰る途上、その秘義がどこにあるかを論じ合った。聖クリソストムは彼らの失敗は彼らが主によって『すべての悪霊を追い出し、病気を直すための、力と権威をお授けになり、また神の国を宣べ伝えるために彼らを遣わされた』〈ルカ9・1〜2〉とき与えられたその恩寵を失ったためであると言っている。恐らくこれが彼らの心中に潜む怖れであったろう。しかし彼らはこれを認めるのを嫌がり、自分たちには非難すべき点がないとして互いに饒舌し合いながら言い訳をしたものと思われる。彼らはこれによって彼らが持っている権威に及ばない特別に困難で頑固な例であるとした。

 そして宿に着くや、イエスに来てこのことを訴えたが、イエスは情け容赦なく、この言い訳を排斥された。すなわち彼らの言は結局『このような種類の悪霊は特殊の権威によらなければ追い出すことができません。』と言うような言い方を漏らしたも同然であった。ところが、イエスはこれに応えて『この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません』と答えられた。これはまことに急所をついた一語である。彼らはイエスが山上に行って、おられなかった間に、その時を悪用して、メシヤの王国における彼らの地位を夢見つつ、誰が偉大な者になるのだろうと論じ合っていたのだろう。彼らは祈りの精神を失っていて、胸中に低級な野心を燃やし、天から来ている聖霊の炎を消していたのだった。彼らが失敗したのはこのためであった。主の精神はこのようにして彼らから失われたのであった。)

2022年6月15日水曜日

主による癒し(下)

するとその子が死人のようになったので、多くの人々は、「この子は死んでしまった。」と言った。しかし、イエスは、彼の手を取って起こされた。するとその子は立ち上がった。(マルコ9・26〜27)

 死んだのではない。一時気絶したのである。棄てておいても息を吹き返すのである。が、イエスは手を取って助け起こした。その父さえもこれだけに細かく気がつかない。愛の細やかさが足りない。然るにイエスの愛はいつでも細かく働き、小さい所まで行き届く。人の嫌がるらい病人と見ればことさらに手をつけて(マタイ8章3節)その淋しさに同情し、ナインの町の寡婦の一人息子を蘇らせたら、すぐに『彼を母親に返された』(ルカ7章16節)ヤイロの娘をよみがえらせた時にも人々はただ驚いているときに『食事をさせるように言われ』(マルコ5章43節)ラザロをよみがえらせた時にも、手と足と顔とに巻いてあった布切れを『ほどいてやって帰らせなさい』と言い給うた(ヨハネ11章44節)女の愛のように細かく行き届く愛を持っておられた。私どもの救い主はこのようなお方であることを感謝する。大雑把な愛しか知らないお方でないことを感謝する。

祈祷
主イエスよ、あなたの愛は蜜のように、濃厚で細やかなることを感謝申し上げます。私たちはたびたびあなたが私たちを忘れられたように感じることがありますが、しかし、これは実にあなたのご配慮が深遠なものであることによることを知ります。私たちの生活のどんなに微細なことに対してもあなたの愛のが行き届かないことがないことを信じて感謝申し上げます・アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著166頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。※最近、私はイエスさまの愛の細やかさ、またイエスさまを信じる人々のうちに内住しており、それが他の人々への愛となっていることを、みことばの説き明かしや愛の実践を通して実感させられた。さしずめ、次のA.B.ブルースの文章はその最たるものだ、上述の青木さんの文章に並行して転写する。

 たとい地上ではだめでも、天において理解されていることを知って、どんなにイエスが慰めを受けられたか、私たちは知っている。無情なパリサイ人が罪人を受け入れるイエスの行為を問題にした時、イエスはただちに、たといパリサイ人たちの間でどうであろうと、少なくとも天においては、悔い改めの必要のない九十九人の正しい人よりも悔い改めた一人の罪人に大きな喜びがある、という幸いな事実に弁明と慰めを求められたのである。頼る者のない弱い立場にある「小さい者たち」が、高慢な非人間的世界で辱められ、踏みにじられている状態を思った時、イエスは、天において御使いたちが御父の顔をいつも見つめており、さらに、小さい者を顧みることを特別の務めとし、ご自分が野心好きの弟子たちに謙遜や親切を教えようとされていたことを充分に評価してくれる御使いたちが天にいることで、言い尽くせない満足を覚えられた。

 以上、A.B.ブルースは明らかにルカ15・1〜10を念頭においてこのような文章を認めている。それはひいては、11節以下の放蕩息子のたとえにも敷衍すると思った。全文は以下のブログ記事を参照されたい。http://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/05/blog-post_30.html ) 

2022年6月14日火曜日

主による癒し(上)

イエスは・・・言われた。「おしとつんぼの霊。わたしが、おまえに命じる。この子から出て行きなさい。二度と、はいってはいけない。」・・・イエスは、彼の手を取って起こされた。するとその子は立ち上がった。(マルコ9・25〜27)

 このイエスが今もなお生きて私たちとともに在り給うのである。私たちの信ずるイエスは死んだイエスではない。復活し給うたキリストである。昔のままのイエスは今私の傍に立ち給う。この権威あるイエスは『見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます』と仰せ給う。私たちとともに在って、悪魔に勝ち、罪に勝ち、世に勝ち給う。私たちとともに在って私たちの霊魂を救い給うと同時に肉体をも救い給う事、昔も今も変わりは無い。私たちは唯物の世界に住んでいるのではない。霊の世界こそ本当の実在であって、私たちの日常生活を左右する大なる力であることを忘れてはならぬ。

祈祷
神よ、唯物的の思想は私たちを取り囲んで、その捕虜と為そうとしています。願わくは私たちの霊魂を強め、私たちの霊がよく肉を支配し物を支配し、世界とその運命を支配する実を挙げるようにしてください。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著165頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。)  

2022年6月13日月曜日

父親の訴え(下)

その子の父は叫んで言った。「信じます。不信仰な私をお助け下さい。」(マルコ9・24)

 私どもの心の実写である。私どもは全く不信仰でもない。また全く信仰的でもない。信じたい、信じている、けれども何だか信じ切れない。かような心をどうしたらよいであろうか。ヨリ確かな信仰が与えられるように祈るのが第一であるが、とにかく持ち合わせた少しの信仰を用いることが大切である。信仰のみでない。愛でも謙遜でも忍耐でも私どもは多分には持っていない。が、持っているだけを用いるがよい。信仰が揺るがぬほどの巨大なものになるまでに待っているのではない。『不信仰な私をお助け下さい』と祈りつつ持っているだけの信仰を毎日働かせるのである。愛でも謙遜でも信仰でも、私どもは自分の所有の少量であるのに泣いていたとても何にもならない。持っている小さきものに忠実である時に、さらに大きいものが与えられる。

祈祷
神様、私どもは信仰と不信仰の持ち主である事を懺悔いたします。一躍して大信仰家となることは難しいと存じますが、日々少しずつ信仰の勝利を与えて、次第に不信仰を駆逐して下さい。

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著164頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。 以下の文章は6/9のクレッツマンの文章http://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/06/blog-post_9.htmlの続きの部分である。

 「信ずる者には、どんなことでもできる」

 なんとすばらしい言葉であろうか。神をそのみことばによって取り上げ、神の全能の力の上に安らっている信仰は、決して失望に終わることはない。それは山をも動かしうるほどのものなのだ。深い感動と真剣なまなざしをもって、この父親は叫ぶ、「主よ、信じます。不信仰なわたしをお助け下さい」。

 彼は、自分の信仰の弱さを知って悲しむが、この信仰の不足を補い、信ずるために力を貸してくれる方として、ひたすら主に向かうのである。

 主が見出される所、すなわちみことばの中の主へと、ただ向かうならば、私たちの弱い信仰も、必要な時に力を受けることができるのだ。乏しさと悲しみの時が、この父親の悩める魂にとって、如何に早く過ぎ去ったかを見てみよう。その数を増していた好奇のまなざしの群衆の前で、主は、このあわれな子供についている汚れた霊をしかりつけ、権威をもって、子供から出て行き二度と悩ますなと命じられた。常にそうであるように、ここでも主の声は服従を求められる。)

2022年6月12日日曜日

父親の訴え(中)

するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのですか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」すると直ぐに、その子の父は叫んで言った。「信じます。不信仰な私をお助け下さい。」(マルコ9・23〜24)

 純一無雑な信仰。単純無垢な信仰。主が私たちに要求されるところはこれに外ならない。私たちにこれさえあればその他の一切は神が成し遂げて下さるのである。『もし、おできになるものなら』などと言う雑念は不用である。『信じる』のは私たちの仕事であり、『成し遂げる』のは神の仕事である。エレミヤ書(33章2節)に『事を行なうエホバ、事をなしてこれを成就するエホバ、その名をエホバと名のる者』という句がある※。エレミヤはこの信仰に立って預言した。そこに彼の偉大な力があった。昔は神天地を造られたが、今は自ら造られた世界の物質的法則に監禁されてしまったのであろうか。神は自ら造った法則を自ら破られない。しかし人間にすら付与された自由をご自分でも保留しておいでになるそのご自由が物質界の法則を破らないで、しかも超越して働くのである。私たちの神は実にこのような神である。信ずる者のために『事を行なうエホバ』である。『事をなしてこれを遂げるエホバ』である。

祈祷
主よ、我信ず、我が信仰なきをあわれみ給え。願わくは我に『事を行なう』信仰を与え給え。『事をなしてこれを遂げるエホバ』なる汝を堅く信じて動かざらせ給え。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著163頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。※青木氏は全て文語訳を用いておられるが、今まで能う限り新改訳に置き換えて来たが、今日の文章は新改訳では意味が通じないので原文にした。なおエレミヤ33・2の新改訳は「地を造られた主、それを形造って確立させた主、その名は主」と訳す。)

2022年6月11日土曜日

父親の訴え(上)

イエスはその子の父親に尋ねられた。「この子がこんなになってから、どのくらいになりますか。」父親は言った。「幼い時からです。この霊は、彼を滅ぼそうとして、何度も火の中や水の中に投げ込みました。」(マルコ9・21〜22)

 霊魂を傷つけることに悪魔の所業が多分に働いていることは承知しているが、聖書は私たちの意外とする所にも悪魔の所業を認めている。まだ西も東も弁えない幼い子供の頭脳と肉体とに働き、発作的に『ひきつけさせ、地面に倒れ、泡を吹きながら転げ回っている』(20節)という癲癇持ちのような症状の背後にはやはり恐るべき悪魔の手が動いているように書いてある。これを科学思想の進歩せぬ時代の迷信だと片付けることが果たして科学的であろうか。私は聖書を信ずる。聖書は一切の善の背後にはどこにも神のみ手が働いていると主張するように、一切の悪の背後には悪魔の手が働いていることを主張しているのだと信ずる。私たちの背後には霊界にも物質界にも二つの大きな知らざる手が動いているのである。だから何事にも私たちの最も大切な仕事は先ず祈ることである。祈りによって先ず一つの知らざる力によって、他の知らざる力に対抗するのである。

祈祷
天の神よ、願わくは私たちの眼を開いて下さい。私たちに感覚の世界にのみ囚われて霊界の世界に盲目とならないようにして下さい。物質の世界の背後に働く霊の手を見る眼、これに触れることのできる手をお与え下さい。

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著162頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。

※このマルコの福音書9.17~27は、並行箇所であるマタイ17.14~18、ルカ9.38~43に比べて節数にして倍近い説明を加えている。その上、青木さんの霊解も微に入り細に入る。簡潔に述べ、「すぐに」「直ちに」とか、とかく行動を旨とするマルコの福音書がどうしてこういう記述をなしているのか疑問に思い、他の本を調べてみた。二、三納得できそうな記述があったので紹介する。

 現代医学はこの病状をてんかんと見るであろう。この見解は、この病気が、キリストが直接対決された悪霊によるものであるという主張と矛盾するものではない。マルコがこういう悪霊を追い出す奇蹟に特別な関心をいだいていることは、すでに見てきたとおりであるが〈1.21~28、5.1~20〉、ここでも彼の記述は、その詳細にまで立ち入り、真に迫っている点で際立っている。〈『KGK聖書註解』837頁〉

 ここでのイエスと父親との会話は具体的であり、この伝承の史実性を物語っている。〈『新聖書注解 新約1』275頁〉)

2022年6月10日金曜日

ああ、不信仰な世だ(下)

イエスは答えて言われた。「ああ、不信仰な世だ。いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。」(マルコ9・19)

 大島の療養所を訪問した時のことである。見るも気の毒な肉体の持ち主であるが、霊魂は益々冴えている。霊交会の信者の兄姉方の喜びに満ちた顔を見て非常に感動した。その小集会の席上一人の兄弟は立って神の愛について証をした。その中に「神の愛を信ずるということは易しいことである』という言葉があった。私はあの腐り行く肉体を持ちながら、どうして神の愛を信ずることが易しいのだろうかと思った。が、しかし、それが実に神の御霊の御力であることを感じた。

 信ずることは純真な霊魂の本来の状態であり、信じないことは逆になった心の状態である。イエスさまも神を信ずることが易しいことであり、信じないことが不自然なことと思われたに違いない。ルカ伝(9章41節)を見ると『ああ不信仰な』の語の下に『曲がった』の一語が加えられて、『ああ不信仰な、曲がった今の世だ』と言っておられる。この『曲がった』と訳しているじは『転倒する』という意味である。信ずるのは直ぐなことであって、信じないのは曲がっているのである。信ずるのは心が真っ直ぐに立っているのであって、信じないのは心が転倒して逆さまに立っているのである。信ずるのは自然なことであり、信じないことは不自然なことである。

 主は三年半も、信ぜよ信ぜよと説いておられるのに未だ彼らは信じようとしない。主はもはやご在世の時も短いのにいつまでも不信の中にさまよっている彼らを見て思わず嘆息の声を発せられたのである。

祈祷
主よ、私に信仰を与えて下さい。何はなくてとも天の父とあなたとを信ずる信仰をお与えください。大山崩れるともあなたを信じ、周囲ことごとく逆境に変わってもあなたを信じ、私が信ずるところがすべて逆転しても従容としてあなたを信じて、動揺することのない者として下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著161頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。 この箇所について、5/31掲載のA.B.ブルースの末尾の文章をもう一度読みたいので、その部分を下に再録する。http://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/05/blog-post_31.html

 真実、この肉体と呼ぶ幕屋の中にあって、悲しみの世に住んでいる私たちは、重荷に耐えかねるように、苦しみ悶える時がある。これは私たちの弱さである。そして、このこと自体は罪ではない。時によってはため息をついたり、「十字架が過ぎ去ってくれたらなあ」と思わず口に出すことも罪を犯すことではない。イエスご自身でさえ、時に、人生の疲れを覚えられることがあった。そうした際、イエスの口からいらいらしたことばが出た。山を降りて下界で行われていることを知った時、イエスはただちに、そこに居合わせた律法学者たちの不信仰、弟子たちの弱い信仰、罪の呪いの結果をまともに浴びた人類の悲惨に関連して、「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。いつまであなたがたといっしょにいなければならないのでしょう。いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう」と嘆かれた。

 愛に満ちた人間の贖い主〈イエス〉でさえ、善を行なうのに飽きるーー罪人たちのちぐはぐさにでくわしたり、弟子たちの霊的な弱さを担うのに飽きるーー誘惑を感じられた。従って、そのような飽きを瞬間的に感じたからといって、必ずしも罪を犯したことにはならない。むしろ、それは私たちが負うべき十字架である。だが、それに溺れたり、打ち負かされたりしてはならない。イエスはそのような感情に屈服してしまわれることはなかった。ご自身が住んでいた世について不満をぶちまけられたが、世のために愛の労苦を惜しまれなかった。叱責のことばをぶちまけることによって心の重荷を軽くしてから、イエスは気の毒なてんかんの子を連れてくるように命じ、その子をいやされた。)

2022年6月9日木曜日

ああ、不信仰な世だ(上)

イエスは答えて言われた。「ああ、不信仰な世だ。いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。」(マルコ9・19)

 深い嘆息の御声である。何とも言えぬ悲調を帯びているではないか。主イエスが重荷としてお苦しみになるのは世の不信である。神に対する不信、これほどイエスの御心を痛めたものは他になかった。どうしてかくも世の人は天の父に対し、イエスに対して、信ずる心が無いのであるか。信仰さえあればその糸口を辿ってどんなことでも為し得られるのに、これがなくては実に縁なき衆生であって神と言えどもキリストと言えどもその人を如何ともすることが出来ない。信仰さえあれば神と私どもの連絡がつくのである。親と子がどんなに意見が相違しても良い。互いに信ずることさえ出来れば、心は離れて行かないのである。だから神様からご覧になればその子供である人間がどんな罪人であろうともとにかく天の父として神を信じさえすれば良い。さすればその信仰をたぐりたぐって救うことができるのである。だからイエスはこの子供の恐ろしい悪霊に憑かれたことを嘆息するよりも人々の不信仰なことを深く嘆息されたのである。

祈祷
主イエスさま、私はいつでも不信仰であなたをお苦しめ申しております。時には信じますが、またしても信仰がなくなります。どうか、如何なる時にも動かぬ信仰を与えてあなたと私とを結びつけて下さい。

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著160頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。クレッツマンは山の上から、山の下に降りて来たイエス一行を待ち受けていた現実に触れ、次のように語る。〈以下の文章はすでに6/6紹介のクレッツマンの文章https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/06/blog-post_6.htmlに接続するものである〉

 彼ら〈律法学者〉は弟子たちがみんなの前で、その子の父がイエスになおしていただきたいと連れて来た一人の男の子をなおせなかったことにつけこんで、鋭い質問を弟子たちに浴びせかけている所だった。主のいない間にこの弟子たちは、その子をなやましていた悪霊を追い出そうとして果たさなかったのである。

 なぜ、みんなは弟子たちと論じているのか、とイエスが尋ねられると、学者たちが答える先に、悩み抜いていた父親がその子の呪われた身の上をしゃべり始めた。聞くことも話すこともできず、その上ひどいてんかんに襲われ続けているこのあわれな息子は、ちょうど主の前でもそうなってしまったように、幼い時から悪霊によって地面にたたきつけられ、苦しめられ、悩まされ続け通しで、彼は火や水の中にさえ投げ入れられ死のうとしたことさえあったということだった。

 この父親は、弟子たちがまさにできなかったそのこと、つまり彼のあわれな子供をなおしてくれることを、どんなにか主にねがっていたことだろうか。彼はあのらい病人のように、「お心一つで」とは言わずに、「もしできましたら」という言葉を使った。主はおだやかに彼をたしなめられて、信仰の不足を指摘される。「信ずる者には、どんな事でもできる」と。

※この項はhttps://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2022/01/blog- post_23.htmlも参照されたし。)

2022年6月8日水曜日

お弟子たちにはできませんでした

すると群衆のひとりが、イエスに答えて言った。「先生。おしの霊につかれた私の息子を、、先生のところに連れてまいりました。・・・それでお弟子たちに、霊を追い出してくださるようにお願いしたのですが、お弟子たちにはできませんでした。。」(マルコ9・17〜18)

 学者の勝利、弟子らの敗北である。イエスを瞬間でも離れて弟子らに勝ち目はなかった。学者らの眼から見れば、イエスの敗北と見えたであろう。然り、弟子の敗北はその師の敗北を指さす。イエスはかつて弟子らに悪霊を追い出す権威を与えたのではなかったか。かつて巡回伝道から帰って『悪霊どもでさえ、私たちに服従します』と言って喜んで報告したではないか(ルカ10.17)。今イエスご自身が逆境に立ち、頻りに十字架の預言をなされるので彼らの元気は消沈しその信仰も燃え下がったのであろう。私たちはこの場合における弟子らのように逆境のために信仰の元気も消沈することが度々ある。しかしそれは実に主イエスに対してすまないことである。弟子らの不信仰よりくる失敗は群衆のイエスに対する信仰さえも鈍らせてしまった。さればこの病人の父もイエスを『主よ』と呼ばないで、わずかに『先生』と呼んでいるではないか。さらにイエスに対して『もし、おできになるものなら・・・』(22節)などと失礼な言葉を出すに至ったではないか。弟子の不信仰がその師に迷惑をかけることは昔も今も同じである。

祈祷
主イエスよ、願わくは私たちを憐み不信仰より救い出して下さい。願わくは、私たちの不信仰と無能とによってあなたの御名を汚すことがないようにして下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著159頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。 青木さんがじっくり霊解を物されているのに比べ、やや先取りの嫌いがあるが、昨日のDavid Smithの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』中の引用文1「学者及び群民隠退の地に侵入」の次の項目を以下に転写する。

2「イエスこれを癒す」

 攻撃のただなかにイエスは出て来られたが、たちまち群衆を驚かせるべき事件が起こった。未だ変貌の姿の名残を留めたイエスの御顔はシナイ山上より降り來ったモーセの顔〈出エジプト34・29、30〉のようなものがあったろう。彼らは駆け寄ってイエスに挨拶した。イエスはその騒動の原因を問われたので悶々としていた父は詳らかに事情を話した。

 イエスは弟子の失敗を聴いて『ああ、不信仰な、曲がった今の世だ』と叫ばれた。『いつまで、あなたがたといっしょにいて、あなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。あなたの子をここに連れて来なさい。』〈ルカ9・41〉彼らはその少年を連れて来たが、少年は興奮し激しい発作に襲われ、苦悶しつつ泡を吹いて地上に倒れた。気の毒な父の心中は病の子にまさって苦痛に苛まれていた。

 イエスは両者を救う思召で、その父に向かって『この子がこんなになってから、どのくらいになりますか』と問われた。父は『幼い時からです。この霊は、彼を滅ぼそうとして、何度も火の中や水の中に投げ込みました。ただ、もし、おできになるものなら、私たちをあわれんで、お助けください』と答えた。彼はほとんど絶望していた。弟子たちの無能が彼の信仰を揺るがせたのであった。すでに彼らが失敗したところをイエスができるとは期待しなかったのであった。

 イエスはその絶望的な彼の訴えをそのままに受けて『できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです』と応じられた。非難のうちにもなお恵み滴るみことばと祝福に満ちた御顔の色に彼の失望は霧散して『信じます。不信仰な私をお助けください』と叫んだ。このように父の信仰を握ったのを見て、イエスは小児の治療に取り掛かられた。『おしとつんぼの霊。わたしが、おまえに命じる。この子から出て行きなさい。二度とはいってはいけない』と仰せられるや、大きく叫んで、ひどく転がりまわり、全く死人と同様に小児は倒れたが、イエスは彼の手を取り、これを起こし、その病を癒して父に返されたのであった。 )

2022年6月7日火曜日

群衆はみな驚いた

そしてすぐ、群衆はみな、イエスを見ると驚き、走り寄って来て、あいさつをした。(マルコ9・15)

 イエスの容貌か態度かに何か変わったものがあったに相違ない。山へ登って行った人が降りて来たのに不思議はないはずである。九人の弟子たちが山下で待っていたのだから、帰って来るのは当たり前ではないか。されば『群衆はみな・・・驚』いたり、特別に『あいさつをした』のには何か特別な理由がなくてはなるまい。この『驚く』の字は『茫然自失するほどに驚く』という意味の字である。山上の変貌の輝きがまだご容貌にご風姿に残っていたのではなかったろうか。モーセが四十日シナイ山の上に居て神から十戒を受けて、降りて来た時に輝いたように、イエスの御顔に『群衆が驚く』べきものが残っていたのであろう。群衆が『走り寄って来て、あいさつをした』とあるのは主イエスの人格のただならぬ光輝が溢れ出て来るのに打たれたのであろう。尊い人格の権威が肉体の殻を突き破って現われる時に、おのづから他を威圧せずには置かぬものがある。何年かかってもいい、養うべきは高い人格である。

祈祷
主イエスよ、あなたの人格の輝きが肉の皮を透して滲み出る時、群衆が『驚か』ざるを得なかったように、願わくは、あなたの人格が私の人格を占領して、私の人格が全くあなたの姿と変えられますように。そして私の肉体がこれを容れるのにふさわしいものとなりますように。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著158頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。一方David Smithの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』はマルコ9・14〜50に至るまでの聖書記述を射程として次の表題のもと13項目にわたりこの間のイエスさまの一挙手一投足を描写している。

第33章 カペナウムへ帰還
『これが益なく効なきを思われなば、汝はあらわに汝の兄弟に諌めざる可らず。彼に対する躓きの因となるべきを慮りてその罪を庇うなかれ。もし汝懇ろに祈らばこれにまさる力を如何にして与えられざるを得べき、斯かれば躓く石を除き、躓きの因を破壊せらるる主権者なる神の平和の天使たるを得べし』 セント・ベルナド

〈マタイ17・14〜23、マルコ9・14〜22、ルカ9・37〜45、マタイ17・24〜27、マタイ18・1〜14、マルコ9・33〜50、ルカ9・46〜50、ルカ17・1〜2、マタイ18・15=35、ルカ17・3、4〉

※読者よ、この夥しい引照聖句の羅列を繰って見られよ。ラテン語なるセント・ベルナドの言葉、また今後数日間にわたって展開されるDays of His Fleshの要諦を掴まれること請け合いである。

1「学者及び群民隠退の地に侵入」
 イエスが三人の弟子を伴って山上に隠れなさった間に、平地においては種々の事件が起こっていた。あたかもマグダラとダルマヌタの地方に退かれたときにパリサイ人とサドカイ人とが跡を追って来たように〈マルコ8・10〉、この北方に逃れて来られてもなお学者の一隊が群衆に取り囲まれつつ跡を慕って、ついにカイザリヤ・ピリポの隠退の地を発見するに至った。彼らが尋ね当てたときイエスは居られなかったけれども、九人の弟子の居るのを発見し、愚劣な敵意を挿しはさんで彼らを悩まそうと考えたが、願ってもなき機会を与える事件が沸き起こった。〈狂気の少年〉一人の男がイエスに願わんがため、そこへ訪ねて来たのであった。彼が不在なるを見て弟子たちに訴えた。〈九人の無能〉すでにこのような奇蹟を行なう力を彼らはイエスより与えられたので、直ぐにこれを試みたけれども、あわれにも失敗した。学者の歓喜は極度に達した。彼らは意気阻喪せる弟子たちを見て喝采し、もしイエスがここにおられてもなお同じようにこの無能を暴露されたに違いないと説きながら、群衆のイエスに寄せる信頼を傷つける材料にその失敗を利用したのであった〈マタイ10・1、マルコ6・7、ルカ9・1〉。

2022年6月6日月曜日

騒々しい下界の現実

さて、彼らが、弟子たちのところに帰って来て、見ると、その回りに大ぜいの人の群れがおり、また、律法学者たちが弟子たちと論じ合っていた。(マルコ9・14)

 山上と山下と、これほどの相違がある。傍観者のペテロでさえ山の上に留まりたかったのであるから、ご本人であるイエスにとって、山の上に留まることはどれほど楽しい事であったかしれない。 けれども山下にある弟子と群衆との中に下り給わねばならなかった。これ実に主が天を棄てて地上にご降誕なさったのと同じ心である。苦しめる者を救うためには自分が苦しめる者の真ん中に入って行かなくては居られない心。山上が如何に光栄に満ちた所であっても、呻吟し論争し苦悶する人々の中に下って行かずには居れない心。これ実にキリストたるイエスの御心であった。誠に有難いことである。私どもはこの主によってこの世の悩みから救われ、またこの世の悩める者に奉仕することができるようになるのは嬉しいことである。

祈祷
主イエスよ、あなたに従って山に登り祈ることを学ぶと共に、あなたに従って山を下り、人と共に苦しむことを学ばせて下さい。モーセ、エリヤと共に山上に留まらんことを願った当年のペテロもついにローマにて殉教の死を遂げたように、私たちにも兄弟のために命を捨てる心をお与え下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著157頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。クレッツマンは今日から始まるマルコ9・14〜29までのところを、21「主よ、信じます。不信仰なわたしを、お助け下さい」という表題でもってまとめあげ、次のようにその総論を述べている。〈『聖書の黙想』140頁より引用〉

 世界のすべてのものの中で、最も大切なことは、「わたしは信じます」という言葉が言えるようになることだ。一人のまことの神と、彼がつかわされたイエス・キリストへの信仰なしでは救いはありえない。神の恵みによって、人はだれでもこの言葉を吐けるようになるが、聖霊のはたらきなしには、この世で最も賢い人でも、この言葉の言っている信ずるという意味すらつかむことはできない。弟子たちは、つい少し前に、彼らの信仰について立派な告白の言葉を口にしたばかりである。しかしここでは、その彼らの信仰が、決定的な瞬間には役に立たなかったことを明らかにしている。

 この箇所に見る、あわれな、思いまどった一人の父親の姿に私たちは何を教えられるだろうか。

 主よ、私たちのすべてのものに、信ずることを教えたまえ。

そして、各論に入る。

 ペテロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたイエスが、御姿を山上で変えられたという、異常な経験は、この弟子たちの心を、汚れたこの世を超えた所に引き上げていた。彼らは天国の至福を心に抱いた。もっと小さい経験ではあるが、私たちにとっても、みことばと聖礼典とを通して神の父としての圧倒的な愛が迫ってくる時、神の近さを感ずる瞬間を持つこともあろう。
 しかし、この世においては、人生の現実に立ち戻らねばならないことは、避け得ない事実である。この小さなグループが山から下りて来た時、他の弟子たちが騒ぎ立っている群衆に取り囲まれているのが見えた。群衆の中で、目立っていたのは律法学者であった。)

2022年6月5日日曜日

「エリヤの来臨」について(4)

しかし、あなたがたに告げます。エリヤはもう来たのです。そして人々は、彼について書いてあるとおりに、好き勝手なことを彼にしたのです。(マルコ9・13)

 イエスがこの語を仰せられたお心のうちには大きな失望と言ったような感があったと思われる。この語には淋しい響きがあるではないか。イエスは確かにヨハネに『好き勝手なことをした』お方ではなかった。もしユダヤ全国の民が、特にその代表者であるサドカイやパリサイの人たちが挙ってヨハネを受け入れたならば、それに引き続いて、ヨハネが証したキリストを挙って受け入れたならば、ユダヤの歴史は今日のようではなかったであろう。否、世界の歴史は今日のように地獄の歴史でなく、天国の歴史となっていたであろう。数百年前から預言され、そして彼ら学者たちにも期待されながら、愈々出現した時にエリヤもキリストも認めることのできなかった人々の心をどんなに情けなく、かつあさましく感じられたことであろう。神の備え給うた機会を逸するということは取り返しのつかぬ損失である。神の与え給うた恵みを、知らず顔で行き過ぎることは、悔いてもかえらぬ恨みごとである。

祈祷
主よ、恵みの日にあなたに来たり、救いの日にあなたに帰らして下さい。あなたが提供して下さる悔い改めの恵みを好き勝手に放っておくことなく、真剣にこれを受け取り、御霊のお招きの声に日々従順に従わせて下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著156頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下は、昨日に引き続き、F.B.マイヤーの『信仰の勇者ーーエリヤの生涯から』の抜粋引用である。

 私たちの主はまちがいなく彼らを、絶えず彼の思いに浮かんでくる重要なことがらへと導かれたことであろう。彼はいつもご自分の死の時を見越しておられた。彼は死ぬ目的を持って生まれてこられたのである。そして今やその時が非常に近づいていた。彼の足はすでに十字架の影さす所に立っていた。であるから、これらの気高い霊とともに、彼の前に置かれているさまざまな喜びについて語ることは、彼にとってまことに喜ばしいことであった。

 モーセは彼に、もし彼が神の子羊として死ぬなら、同じ神の子羊として数え切れない人々をあがなうことになると言ったのかもしれない。エリヤは御父に帰せられる栄光について語ったのかもしれない。これらのことは、私たちのほむべき主にとって、十分になじみのある思いであった。しかしそれがほかの者の口から語られたということで、彼を喜ばせ、かつ励ましたことであろう。特に、彼らが、主の死に続く復活の朝のまばゆい輝きについて語る時、主の喜びは大いに高められたことであろう。

 ところで彼らは、キリストの聖なる受肉、彼の生涯をいろどる博愛、または彼の教えの深さなどには主要な関心を向けなかった。これらのものはことごとく、彼の死と比較した時に精彩を失ってしまう。彼の死こそ彼の生涯の金字塔であるーーそれは私たちと同じ肉体をまとった彼の手になる数々のわざという峰々の中で、一段と高くそびえ立つモンブランである。ここにこそ、神の属性は最も完全で、しかも最も高度に調和した表現を見いだしている。

 ここで人の罪と救いが出会い、みごとな解決策を生み出している。ここで被造物の産みの苦しみは、天国のかぎを見いだす。ここに、義と平和の住む新天新地の種が蒔かれている。ここにまた、あらゆる時代、あらゆる生物、あらゆる世界の一致点がある。ここで人と御使いたちは一つに解け合い、去って行った霊魂と下界の住民、ペテロ、ヤコブ、ヨハネ、それにモーセとエリヤはみごとな調和のうちに一体となる。それだけでなく、ここでこれらのすべての者たちは、開かれた天から祝福の声をかけられる偉大なる神ご自身と一つ心になるのである。

 十字架に近づけば近づくほど、エルサレムで達成された死について考えれば考えるほど、私たちはいっそう物事の中心に近づく。そして私たちは、自分自身、他の気高い霊ならびに神ご自身といっそう調和するようになる。きよい黙想を杖にして、しばしばこの山に登ろうではないか。そして、変貌の山でしばらくの間愛する主のみそば近くに立つのを無上の光栄としたこの気高い預言者ほど、私たちの救い主の死の神秘と意味とに深い関心を寄せた者はいなかったことを思い起こそうではないか。

※以上、エリヤに関するF.B.マイヤーの著作のほんの一部を紹介した。参考までに同著の20項目の題名を以下に列挙しておく。1力の秘訣 2ケリテ川のほとり 3ツァレファテへ 4エリヤの霊と力 5家庭生活という試練〈以上は1列王17章〉6オバデヤ 7戦いの計画 8カルメル山頂の対決 9ついに雨が〈以上は1列王18章〉10勇者はなぜ倒れたか 11いのちにまさるいつくしみ 12かすかな細い声 13帰って行け〈以上は1列王19章〉14ナボテのぶどう畑〈1列王21章〉15再び勇者の座に〈2列王1章〉16夕べの歌 17携挙 18エリヤの霊の二つの分け前〈以上は2列王2章〉19変貌の山〈ルカ9章〉20聖霊に満たされて〈ルカ1章15、17節〉)

2022年6月4日土曜日

「エリヤの来臨」について(3)

しかし、あなたがたに告げます。エリヤはもう来たのです。そして人々は、彼について書いてあるとおりに、好き勝手なことを彼にしたのです。(マルコ9・13)

 マタイ伝には『そのとき、弟子たちは、イエスがバプテスマのヨハネのことを言われたのだと気づいた』(17・13)と付記してある。預言者マラキは数百年前に『見よ。わたしは、わたしの使者を遣わす。彼はわたしの前に道を整える。』(マラキ3・1)と言い、また『見よ。わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす』(4・5)と預言した。

 バプテスマのヨハネはこの預言に応じて主イエスのために準備者として遣わされた。即ちユダヤの野に叫んで悔い改めのバプテスマを施したのである。ユダヤ全国民は彼に聴いて一斉に悔い改めるべきであったが、それは一部分の少数者に過ぎなかった。人々は心のままに取り扱って、ヘロデの如きは遂に彼を殺してしまった。先駆者をこのように取り扱ったところのユダヤ国民がどうしてキリストを受け入れるであろう。ヨハネを取り扱ったのと同じ取り扱いがイエスを待っていることは自明の理ではないかと、弟子らに諭し給うたのである。

 『人々は、彼について書いてあるとおりに、好き勝手なことを彼にした』とは何という悲しい言葉であろう。エリヤは来た。キリストは来た。しかし世界はまだ救われない。好き勝手なことをしているからである。私どもに来たり給うキリストを、聖霊を、私はどんな風に待っているであろうか。

祈祷
天の父よ、私はあなたに甘え過ぎております。あなたの遣わし給う御子キリストを、日々私の心に働きかけ給う聖き御霊を、どんな風に待っているでしょうか。願わくは、私のズルさと怠慢をお赦し下さって、時々刻々に『悔い改めのバプテスマ』を受けて、それに相応わしい実を結ばせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著155頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。F.B.マイヤーに『信仰の勇者ーーエリヤの生涯から』という著作がある。この本はエリヤについて20の項目をあげ、順次にエリヤの生涯を聖書〈1列王17章、18章、19章、21章、2列王1章、2章〉に基づいて説明していく。その終わりに近い、19項目目はその題名もズバリ「変貌の山」である。その中から254頁以下の文章を今日と明日の二回に分けて分載する。

 二人の人物が変貌の山に姿を現わした理由として、以上のようなことがあげられる※。彼らはそこにしばらくの間立ち、それから、もといた栄光の国へとあわただしく退いて行った。彼らはキリストの尊厳を証明したのち、すぐさま身を隠したーーそれは、彼らの出現によってかき立てられた関心が彼らにとどまるのではなく、すぐさまイエス・キリストの人格に集中して向けられるためであった。

 彼らは天国の最新情報について話したのではなく、彼らの輝かしい過去、あるいははるか先の未来について語ったのでもない。彼らは、キリストがまもなくエルサレムで経験しておられる最期〈字義どおり訳せば出国〉について話したのである。

 偉大な人物は偉大な思想を好む。しかも、この驚嘆すべき死と栄光にいろどられた復活ーーそれはあらゆる世界に影響を及ぼし、神の御子を言い知れぬ恥と悲しみに巻き込むものであったーーほど偉大なテーマがほかにあるだろうか。この観点からすれば、モーセとエリヤは、ガリレオ、ケプラー、ニュートン、ミルトン、ファラデーといった人類の偉大な思想家たちの先鞭〈せんべん〉をつけたことになる。これらの人たちは十字架の福音の中に、巨人としての彼らの知性に必要な資料室を見いだしたのである。

 天はイエスの最期というテーマで沸き立っていた。天使たちはほかのすべての関心を捨てて、この運命づけられたゴールに向かっての一歩一歩に、驚きと畏敬と愛のこもった思いを注いでいた。天にあるいっさいのいのちは、この壮烈きわまる悲劇の前にかたずをのんでいたと考えられないだろうか。であるから、かなたの岸辺から来たばかりのこの二人が、彼らの国で煮えたぎっている話題を口にしたのは、ごく当然なことと言えよう。

 彼らの救いは、キリストの驚嘆すべき死にかかっていた。自分自身のいさおしによって神に受け入れられる可能性を持つ人がいるとすれば、彼らはその最右翼であると言えよう。ところが彼らは、そのような立場を撤回するのに、だれよりも熱心であったにちがいない。彼らは過去の経験をふり返ってみる時、自分自身の不完全さと罪とを深く意識するのであった。モーセはマサでのかんしゃくを覚えていた。エリヤは不信仰に襲われて砂漠に逃げ出したことを思い浮かべた。また彼らは永遠の光に照らす時、地上のおぼろげな光のもとではかなり善であると思われた多くのものの中には悪が忍び込んでいるのを知った。彼ら自身にはなんのいさおしもない。彼らの救いの希望のあるところは、私たちのそれのあるところと全く同じであった。すなわちそれは、主が冷酷きわまる死に打ち勝って、すべて信じる者のために天の御国の門を開いてくださったという事実の中にある。(明日に続く)

※なぜ二人の人物が、それも特にエリヤが、「変貌」の重大な時の代表として選ばれたかは、マイヤーが三点について、すなわち①主イエスの尊厳を証明している②この世を去る時の特殊な事情〈エリヤの携挙〉③その働きは明らかに終わっていた、と説明していることを指します。)

2022年6月3日金曜日

「エリヤの来臨」について(2)

イエスは言われた。「エリヤがまず来て、すべてのことを立て直します。では、人の子について、多くの苦しみを受け、さげすまれると書いてあるのは、どうしてなのですか。」(マルコ9・12)

 もちろん弟子らの言うところも間違っているわけではない。主の御再臨の前にはエリヤの精神で万事を改める人が現われるであろう。世界的に人心を改革して御再臨の準備をする人が出現するであろう。しかし、その前に主イエスの贖罪がなされなければならない。主が『多くの苦しみを受け』なければならないこともまた預言されているではないか。栄光の国を打ち建てる前に先ず十字架の道を歩まねばならないことを弟子らはどうしても会得しないのは遺憾なことではなかったか。が、これが人情であろう。私たちは気が短い。私たちはずるい。私たちは直ちに天国の栄光を握りたい。苦難の道を経ずして直ちに光栄のゴールに達したい。私たちの一身も、世界の全体も、辿って行く道は同じ苦難の道であって、この道を通って天国に行き着く事を忘れてはいけない。

祈祷
主イエスよ、あなたが栄光をもって再び来られるまで、私たちの世界を忍んで苦難の道を歩まざるを得ません。願わくは、速やかにエリヤを遣わして、万事を改められんことを。願わくは、私たちをも小さいエリヤとして万事を改め、あなたの再臨を促進する準備者の一人となして下さいますように。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著154頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。久しぶりにクレッツマンの『聖書の黙想』から引用する。この文章は5/26に記載した文章に続くものである。

 自分が何を口にしているか十分にわからないままに、ペテロは、我に帰ると、この天の祝福の経験がいつまでも続くこと以外に何も望むものは無い気持ちで、三つの小屋を建てましょうと言い出した。ちょうどユダヤ人が幕屋の祭りの期間に建てるように、一つは主のため、一つはモーセのため、一つはエリヤのためにである。聖なる恐れが、彼らの魂の奥底を貫いていた。

 しかし、ペテロがどんなことを言おうかと迷っているうちに、雲が彼らをおおい、天の父の声が、天から聞こえて来た。「これはわたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい」。実に、父なる神は、この終わりの時には、御子を通して語り給うていた〈ヘブル1・2〉。彼の証の言葉に耳を傾けないのは、不合理なことであり、愚かなことではないだろうか。父のふところにいますこの主のように、一体、父の御心の深さをあらわしえたものが今までいただろうか。やがて使徒たちがすっかり気を取り戻して、あたりを見まわした時には、もはや二人の人物は消え去ってそこにはイエスのほか誰も見当たらなかった。

 この光景はこの時期の幾つかの奇蹟のように、公には直接にあらわれなかったものであった。しかし、イエスは、彼のよみがえりの後になって、山上で起こったこの出来事についての知識が、弟子たちにとって意味を持ってくることを知っておられた。しかし当の三人の弟子は、この光景については、誰にも話さなかったが、イエスが死人の中からよみがえるのは、どういうことなのだろうと、ただただ不思議に思うばかりであった。ちょうど、今日の多くの人のように、キリストが栄光をお受けになる前には、まず死なねばならないことを知ってはいなかったのである。

 しかし、エリヤのあらわれは、弟子たちに、ユダヤの園の言い伝えを思い起こさせた。エリヤは、メシヤの先駆者として来て、マナのつぼと、アロンの杖を元にもどし、一方では、メシヤの到来の準備をするというのである。人の子がまず苦しんで死なねばならないとの、主の言葉は、このこととどんな風に一致するのだろうか。そこでイエスは彼らに、エリヤはすでに来たのであり、彼の敵たちは、預言の通りに、悪意のままのことをエリヤになしたのだと、教えねばならなかった。主の苦難の秘義は、弟子たちの心には、まだ解けないままだったが、主がバプテスマのヨハネについて語っておられるのだと悟ったのである。〈マラキ4・5〉※この弟子たちの悟りについては、マルコの福音書には記述はないが、マタイ17・13に明確に記述している。クレッツマンはこのことを踏まえて書いていると思われる。)   

2022年6月2日木曜日

「エリヤの来臨」について(1)

そこで彼らは、そのおことばを心に堅く留め、死人の中からよみがえると言われたことはどういう意味かを論じ合った。彼らはイエスに尋ねて言った。「律法学者たちは、まずエリヤが来るはずだと言っていますが、それはなぜでしょうか。」(マルコ9・10〜11)

 『死人の中からよみがえる』という御言葉が喉にひっかかって腹に通らない。彼らは終末の一般的復活は信じている。が、特別な意味でイエスが死なねばならないということが諒解できなかった。彼らはイエスをメシヤ即ち救い主と信じていた。だから直ちに栄光の国を打ちたてるであろうとのみ信じていた。そこで今、山の上で見たエリヤが学者らの説くように、直ちにメシヤ王国の建設準備にとりかかろう、そしてイエスがその王国の君主となり給うのではなかろうかと思ったので、この問いを発したのである。人と言うものは、信じたいことのみを信ずるものである。自分の心に偏見があるとどうしてもそれを信じたい。それに反する真理は幾度聞いても心に入らぬ。自分に勝手のよい方に解釈したいものである。誰に対してでも、何事に対してでも、判断をする時は公平無私、虚心坦懐であらねばならない。

祈祷
主イエスよ、私どもは自分の心にかなうことのみを信じ、その道をのみ歩みたいものであります。どうか私の中からこのような私心を去り、正直な謙遜な心をもって御旨を悟るものとならせて下さい。たといそれが自分に都合の悪いものでありましょうとも。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著153頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。 さて、デーヴィツド・スミス〈1866~1932〉は『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』の第32章 苦難と栄光のテーマの最終項目として、昨日の12「山より降りて」に続き、13「エリヤの来臨」と題して次のように語っている。

 彼らは下山途中その意義を深く語っていたものでことにユダヤ人に関係する〈Jewish minds〉一大問題があった。ユダヤ人一般はメシヤの降臨に先立って、その贖い主を迎える用意をイスラエルに整えさせるためエリヤが再びこの世に現われて、有力な改革を遂行するものと期待された。今彼らが目撃した光景は、この教理とどういう関係があるかを知ることに苦しんだのであった。エリヤは事実来たけれども、どうしてこのように来ることは遅く、去ることは速やかなのであろうかと※。彼はメシヤであるイエスよりも先に来て、イエスの降臨前、その予定の改革を全うすべきであった。即ち彼らはこのことを主に尋ねたのであった。

 考えてみると、エリヤの再来は単なるラビの夢に過ぎないのはもちろんであったけれども、イエスは常にその時代思想に厚意を示し、すでにバプテスマのヨハネが使者として来た記念すべき日にも、このユダヤ的観念に対して愉快な註釈を与えられた。イエスはヨハネに対する賛辞に続いて『あなたがたが進んで受け入れるなら、実はこの人こそ、きたるべきエリヤなのです』〈マタイ11・14〉と仰せられたのであった。

 ヨハネはエリヤに対して期待されたところを現実に行なったのであって、メシヤの先に進んでその道を準備するために来たのであった。このことばは実に適切でしかも新しい適用であったけれども、使徒として、その職分に心を留めなかった弟子たちはこのことばを記憶していなかった。それゆえ今イエスは自分を待っている苦難について新たな暗示をなすべき機会を捕らえて再びこれを繰り返された。『エリヤが来て、すべてのことを立て直すのです。しかし、わたしは言います。エリヤはもうすでに来たのです。ところが彼らはエリヤを認めようとせず、彼に対して好き勝手なことをしたのです。人の子もまた、彼らから同じように苦しめられようとしています。』〈マタイ17・11〜12〉と。

※スミスがこのように書いているのは、エリヤが変貌山上に姿を現し、忽ちのうちに見えなくなったと弟子たちが思ったことを指しているのでないかと思ったが・・・)

2022年6月1日水曜日

山を降りながら

さて、山を降りながら、イエスは彼らに、人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見たことをだれにも話してはならない、と特に命じられた。(マルコ9・9)

 三人の弟子は非常に興奮していた。この驚くべき体験を、逢う人ごとに語りたかった。自分たちの目で見、耳で聴いたこの体験を語ったならば誰かイエスを信じないで居られるであろうかと考えた。イエスはその軽率な心に答えてこのように戒められたのであろう。体験は尊い。けれどもそれは体験の持ち主にとってである。これを聞く人は容易に信ずる者でない。常識や理屈をもって逆襲して来る。その時、未熟である三人は焦るのみであってかえって困却するであろう。イエスの復活という大事件が多くの人に認められてからこそ、この体験を語っても人をして首肯せしめ得る。今しばらくは自分の心に奥深く秘めて置くがよい。心に秘めて反芻するがよい。特別に恵まれた深い神秘な経験は軽率に語るべきものでない。先ず心の中で味わい、その熟するのを待つべきである。

祈祷
主イエスよ、願わくは、深く私の心の奥に潜み、語るも惜しい体験を私にお与え下さい。そして私の霊魂がこれに酔って、見る人自ずからこのことを知らずにはおれなくさせるまでに満ち溢れさせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著152頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。一方、デーヴィツド・スミス〈1866~1932〉は『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』の第32章 苦難と栄光のテーマで10「変貌」〈5/29〉11「復活の予告」〈5/30〉に続く12「山より降りて」の箇所で次のように語っている。

 天の父との交わりによって力を回復せられ、またカルバリ丘上を過ぎて彼方で待っている栄光を瞥見されて、苦難に赴く力を励まされなさったイエスは、その翌日はすでに平原の方へ顔を向けられた。けれども、もしこの「変貌」のことが伝わるとき、誤解を招きかねないと知られて、イエスはご自身の死から復活するまでは彼らの目撃するところを発表しないように命じられた。このことによって彼らは不審を抱くようになった。すでにイエスは、ご自身の受難を発表されるに続いて復活についても教えられた〈マタイ16・21、マルコ8・31、ルカ9・22〉 けれども、ただ驚異の念に囚われて希望揚々たる約束の意義を悟ることができなかった彼らも、今はこの事件のために注意を促されるようになった。しかし、彼らには隠語であってイエスが死よりよみがえられる意味を、彼らは一つ一つ考えつつ黙想にふけるのであった。このように沈思熟慮する間にこの神聖な山上において目撃した光景と、この問題〈引用者註:「受難と復活」のことであろう〉との間の関係を彼らは果たして各方面から研究したのであろうか。

 なお、これまでのところ必要ないと思い、省略してきたが、9「山上にて」という項目があった。この機会に参考のために記す。

 一週間の日が過ぎた。この間がどのように用いられたかさらに記録はないけれども、無為に時日を空費されなかったのはもちろんである。その事業に心身疲労されたイエスはぺエロ、ヤコブ、ヨハネを伴って山上に赴かれたが『彼らの目の前で、御姿が変わ』〈マタイ17・2、マルコ9・2)って見え給うのであった。〈中略〉この山はカイザリヤ・ピリポの近傍であり、ヘルモン山系中の一高峰で、わずかな距離を隔てて北にこの本峰が雪を頂いていたことだろう。)