2009年11月1日日曜日
彼は英雄ではなかった、彼は基督者であった(下)
ウォルムスの議会に呼ばれて、著書の意見の改更如何を問われし時、その第一日において彼は意気はなはだあがらなかった。そして一日の猶予を乞うた。人たる彼の面目がここに躍如としている。しかし祈祷の一夜は明けて、キリストが彼の全心を占領した。
彼は二時間にわたりて、自己の立場を擁護した。彼は言うた、彼の著書の文は半ば自己のもの、半ば聖書より出でしものである。自己のものには人間の弱点が伴っている。思慮浅き怒りや、人間の暗愚や、その他取り消し得べき種々の弱点が交じっている。しかしながら健全なる真理と聖書とに根拠を置くものに至りては、彼は一毫(いちごう)もこれを変改することは出来ぬと。
「聖書の証言か、または平明公正なる論議かによりて我を駁(ばく)せよ、しからずば余は改言する能(あた)わず。良心に背けることをなすは安全にあらず、かつ軽率なり。ここに我あり。我はこの外に出づる能わず。神よ我を助け給え!」と、これ彼の結尾の語であった。
実に静粛と温雅と謙遜とを兼ね有する聖き勇気よりの語であった。げに奥ゆかしき態度であった。生まれながらの豪勇は彼の持たぬところであった。彼は弱き人の子であった。ゆえに信仰に確(かた)く立つ時において、清き勇気が彼に加えられたのであった。彼は天性の英雄として我らに遠く立つ人ではない。基督者として我らに近く立つ人である。我らの友である。兄弟である。同士である。
彼は完全なる人ではなかった。彼の粗野なる言動は、時として人の感情を害した。彼はまた重大なる過誤をなした。農民が一揆を起こせし時の如き、彼は些かの同情を持たざりしのみか、諸侯に向かって叛乱せる農民を速やかに殺せと申し送った。農民の頼むに足らざるを学びて、憤怒と失望とが彼を駆ってこの残酷なる言葉を発せしめたのである。
また彼は、改革者を庇保する某貴族の不義の結婚を公認せしことさえあった。のち彼はこれを取り消したりと雖も、不義の結婚そのものは既に行なわれてしまった。駟馬も及ばず※とはこのことである。彼が聖書を引き来たってこの悪事を弁護したのは、いかに当時の事情を参酌しても、明々白々なる罪過であった。
頭髪を剃られしサムソンのはなはだ弱かりしが如く、彼の心境にイエスの住まざる時において、彼は全く弱き普通人であった。その憤怒と、その失望と、その過誤と、その煩悶とをもってして、彼はどこまでも英雄児ではなかった。彼はどこまでも我らの仲間の一人であった。しかし信仰に立ちては、彼は全世界を敵となし得る人であった。そのウォルムスに行くにあたって、友人リンクに書き送りたる以下の語は、這般の消息を洩らして余りある。
余は知りかつ信ず、主イエス・キリストの今なお生きて支配し給うことを。この知恵と確信とに余は頼るのである。ゆえに一万の法王と雖も恐れない。何となれば余と共に在る者は世に在る者よりも大であるからである。
あたかもこれイスラエル国の預言者エリシャを捕えんとして、スリヤの大兵が押しよせし時、エリシャが怖がるる僕に向かって「懼るるなかれ、我らと共にある者は彼らと共にある者よりも多し」と答えしと好一対である。「もし神われらを守らば誰か我らに敵せんや」とのパウロの実験の声が、また彼ルーテルにもあった。ゆえに弱き彼が強くなり得たのである。これ彼が単なる一基督者として、英雄以上の大事を成就し得し所以であった。
ゆえに余はまたルーテルに向かって「兄弟ルーテルよ」と呼びかけたいのである。そして彼の肩に我が手をかけたいのである。彼の手をもって彼の手を握りたいのである。畏敬する我がルーテルよ。されどまた慕わしき兄弟ルーテルよ、愛すべき我が友ルーテルよ。願わくは来たって汝が信仰の秘密を我に語り、我が小なる生涯をして汝の大生涯に倣うものとならしめよ。
以上の文章は昨日に引き続き、『畔上賢造著作集』1940年刊行第7巻「改革者ルター」より引用せしもの。上記文章中の※は漢和辞典によると「しばもおよばず」と読み、論語中の言葉で「一度口に出したことは世に早く伝わり、四頭だての馬車でも追いつけない」「ことばをつつしまねばならないこと」の意味。
ウォルムス国会ならぬ、先の臨時国会では鳩山首相が自分の言葉でしゃべることが出来たことを自賛していた。一方初めての経験で大変疲れたとも言っている。500年前ルターはそれこそ全神経を使って国会に出たことであろう。彼弱くありとも一夜の祈祷の後、イエス内にありて強うされたとは、畔上氏の言であった。古来キリスト者は英雄ではない。しかし内にあるイエス様が語らしめ給うのである。イエス様の愛弟子ヨハネは語る。
子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。(新約聖書 1ヨハネ4・4)
(今日の写真は四葉のクローバー二葉。散歩途中偶然家内が見つけたもの。)
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