2024年1月21日日曜日

朋あり遠方より来たる


  先週の金曜日、上京して来た大学の友人と会うので、新宿ワシントンホテルに出かけた。11年前にもその友人をふくめ、四人で信州を旅したことがある(※1)。その時はほぼ半世紀ぶりの再会だったから、懐かしかったが、今回は会うこと自身にはそんなに前回ほどの新鮮さは覚えていなかった。ただその友人がここ二、三年にかけて年賀状に「吉田さんに渡したい本がある」と書き始め、昨年からその本がかつて教わりはしなかったが、大学の先生であった白杉さんの著作だと言って来た。内心、「絶対主義論」などの歴史関係の本なら是非拝見したいものだと思っていた。
※1https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2013/05/blog-post_25.html

 それにしてもこちらも手土産を用意しなければならないと思うのだが、あまりこれと言ったものも思いつかないまま、和菓子を少しと、本ブログで展開している私の「証」(※2)をプリントアウトしたものなど数編を用意して、約束の時間、12時に間に合うようにと家を出た。あらかじめホテルの位置はネットで確かめて家を出たはずだった。
※2 https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2019/03/1969312.html

 ところが新宿駅に久しぶりに降りてみて、西口、東口もわからず、人波の中を歩き始めなければならなかった。しかも目の前には巨大な建造物が次々に立ち現れるが、一体そのビルが何というビルか名前がわからない。たちまち「東京はこわい」と思わざるを得なかった。何日か前に、谷口幸三郎氏の個展鑑賞の折には「東京はすごい」と感嘆していたばかりの私だったのに。

 結局辿り着くのに2、30分ほど要し、約束の時間を7、8分過ぎてしまった。お互いに会うなり、双方の口から思わず出て来たのは、期せずして「田舎者だから」という言葉だった。彼は山口県の防府から大学のワンゲルの同窓会に出席するため上京したのであったが、首都圏の一角とは言え、今や映画『翔んで埼玉』の一つである春日部市から新宿に降り立ったのが私だったからである。

 あちらこちら彷徨ったおかげで、ホテルを見つけるまで都庁舎を目の前にした徒歩行となった。東京都庁の巨大な建物を見上げては、都知事の持つ巨大な権力をも同時に覚えざるを得なかった。そうして自己弁解するが如く、思わず口をついて出て来たのは「田舎者だから」という言葉だった。

 同じく「田舎者」だと告白して憚らない友人は、山口から後生大事に携えてきた二冊の本を私に差し出した。大学を出て57年経つが、その友人曰く「あなたは私にこの本を譲れ」と当時言ったが、その時自分は断り、譲らなかった。そして、今日まで書棚に置いていた。しかしこの近年「私の書棚より、あなたにお譲りした方が、あなたも喜ぶだろう」と思って、上京ついでに持参したということだった。そんな事を彼に強いていたとは、すっかり忘れていた(※3)。

※3 https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2015/04/blog-post_16.html

 たちまち二人は60年近い前の互いの交友状態に戻り、現代日本の世相を語り合わざるを得なかった。話はもっぱら彼が中心で、私はむしろ聞き役だった。あとで、某代議士の秘書生活を20年弱過ごしてきた彼に「裏金疑惑」に関する考えを聞くべきだったと思ったが、時すでに遅しであった。ネットや携帯でのメールのやりとりよりも、自分はこのような一対一の人間同士の会話こそ大切だと思っていると、今も迂遠な読書人生活を続けている彼は、「田舎者」と自称しつつ、地方での責任ある「名望家」の政治に信頼を置いているのではないだろうかと思わされた。

 が、別れ際、「何よりも吉田さんが元気でよかった」と言った。その彼の気持ちは二冊の本を譲る彼の思いであったことに今にして思い至る。いい友を与えられていたのだと改めて思わされた。二冊の本とは、一つが『価値の理論』(1955年刊行)、二つが『独占理論と地代法則』(1963年刊行)で、いずれもミネルヴァ書房から出された、当時52歳の若さで亡くなった白杉庄一郎博士のかつての名著であった。そして、これらの本ならすでに在学中に苦労して手にしており、その後、用済みで処分し、今は、私の書棚からはいち早く姿を消した過去の本であった。だから、それらの二著は決して私の期待していたものではなかったが、彼のその友情を記念すべき本なので、ありがたく受け取って帰って来た。

滅びに至らせる友人たちもあれば、兄弟よりも親密な者もいる。(旧約聖書 箴言18章24節)

鉄は鉄によってとがれ、人はその友によってとがれる。(旧約聖書 箴言27章17節)

人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。(新約聖書 ヨハネの福音書15章13節)

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