F.R.H.の祈り※ |
それは、私がどういうばあいにも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現わされることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。(ピリピ1・20)
献身は宗教的な利己心のあらわれではない。もし献身が利己心にはまってしまうなら、献身は止む。私たちは私たちのいのちが生かされることを望む。しかし、それは私たちが幸せに感じ、さまよったあげく苦悩から救われ、神と人の力を得、すべての他の特権が献身とつながっているということではない。
私たちはこのすべてを持つであろう。より低次元のものはより高次元ものにふくまれるからである。けれども私たちの真の目的は、キリストの愛に私たちが束縛されるのなら、これよりはるかにまさるものはないということであろう。すべてにあって「私のために」ではなく「イエス様のために」であり、私の安全ではなく主の栄光のためであり、私の満足でなく主の喜びのためであり、私が安息を見出すのでなく主が主のたましいの苦しみを見て満足されることだ。
そうだ。主のために私は生かされたい。主のために生き、主の御用のために生き、主の証しのために生き、主の喜びのために生きることだ。主のために生きるとは、私のうちに主の光と美の小さな輝きを前面にあらわすことだ。主ご自身の方法で主の意志と働きをなすために生きる、主のために労苦し主がちょうど私を主の良しと見られることをしてくださるように生きることだ。
もはや主以外のいかなるものも私を支配することなく、イエス様がすべてを所持されること—ほとんど十分ではないが、まことに、いかなる権利によっても分けられたり減らされたりはされない。これが、おお、主を愛するあなたではないか。これが価値ある生き方、価値ある待望、価値ある信頼ではないか。
「主はあなたの主である」
おお、私のもの。
たとえ他の神々が
過去に支配していたとしても、
今は私はあなたのお名前を知っている。
だからその偉大な音楽が唯一の鍵だ
私のたましいは完全な一致に心震い
他の響きと調和し、偉大な音楽へと溶かされる
(Blending with other notes but as they blend With this. )
たとえ他の神々が
過去に支配していたとしても、
今は私はあなたのお名前を知っている。
だからその偉大な音楽が唯一の鍵だ
私のたましいは完全な一致に心震い
他の響きと調和し、偉大な音楽へと溶かされる
(Blending with other notes but as they blend With this. )
おお、私のもの。
しかし、私はあえて言おうか。
失敗し、しばしば罪がなせる不一致、
調子はずれの弦に嘆きさまようのが私だ
否認することはもっと大きな大胆さであろう
あなたが血をもって印された約束によって
私があなたのものであると私に明らかにされた時
「私のものではない」と言うことは
失敗し、しばしば罪がなせる不一致、
調子はずれの弦に嘆きさまようのが私だ
否認することはもっと大きな大胆さであろう
あなたが血をもって印された約束によって
私があなたのものであると私に明らかにされた時
「私のものではない」と言うことは
(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/march-24-kept-for-the-masters-use/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97248です。今日の箇所も大変難しい文章であった。後半の詩は特に難しく、訳せないのでその部分は英文を併記した。
第3章 声と筆によって(14)The Life Story of F.R.Havergal by Jennie Chappellより
The Ministry of Songはすでに指摘した通り、フランシスの最初の詩集であり1869年に出版された。この本に続いて一連の本、Under the SurfaceやUnder His Shadowが出された。これらの本のすべては著者の霊的な啓示や霊感はもちろんのこと心の経験が前面に押し出されており、一人の批評家の解説によれば「真実と繊細さと美しさのともなう」ものだった。「それぞれの詩は」と有名な宗教週刊誌はUnder the Surfaceを述べて「いのちの歌であり、心の物語だ」と称した。誰もが著者の輝くばかりのいのちの喜びであった個人的な救い主へのその深い祈りをともに味わうことができる。これらの本の善い影響力はほとんど見積もりすぎることはない。なぜならこれらの本は何十万部の売れ行きにも達し、誰もが霊的に引き上げられることなしには読むことのできない本であったからである。)
※F.R.Hとは言うまでもなくフランシス・リドレー・ハヴァガルである。Behold thy King cometh unto theeと歌い上げるそのことばを口の端に上らせたい!絵はBaroness Helga von Cramm。)
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