2010年5月21日金曜日
十八、米と塩(下)
「それではこれを見てください」と、ヴォーリズさんがわたしに見せたものは、学校長より外国雇教師ウイリアム・メレル・ヴォーリズにあてた、次のような解雇状であった。
証明書
ウイリアム・メレル・ヴォーリズ氏は西暦一千九百五年二月より滋賀県立商業学校に於いて英語科の教員であった。其の教授振りと、学生の陶冶に関することは、全然満足さるべきものであった。同氏が解雇されたのは、県民の反対意志により、即ち聖書を教えて、学生達をキリスト教に到る様に感化したる事を以って、県民の大部分なる仏教徒諸君の反対意志により解雇したのであります。
学校長 I氏 自署
わたしは驚いた。その以前から、ヴォーリズさんに対して雲行きの悪いことをうすうす知っていた。県庁に勤めていた教育課のある人が、ヴォーリズさんに借金を申しこんで、受付けられないというので、腹黒いことを考えていることも、わたしは知っていた。また三十九年の一月から三月まで、近江新報その他の記事や論説に、ヴォーリズさんは商業学校を変えて宗教学校たらしむるのだと、書いてあったことも思いだされた。
「わたしは、もう学校の教師ではありません。きょう、あなたといっしょに学校を卒業したのです。わたしは、今、神さまに祈りをもってその大御心をうかがっていたのです。わたしは八幡町を去れば、京都の同志社や東京のY・M・C・Aは、よろこんでわたしを迎えてくれます。しかし、わたしは、日本のびわ湖畔に、神の国の福音宣伝のため、命をすてたいのです。もちろん八幡町では、一銭の収入も与えてくれる道はありません。
しかし、わたしは、あえて信仰の冒険をやります。そして、神にのみ頼って、生きてゆきます。その大決心を、今、ただの今、心のうちに誓ったばかりです。『神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます』と聖書にあります。わたしはそれを確信して、自分を捨てます。そしてわたしの一生を湖畔の土に埋めましょう」
わたしは涙がほおに伝わるのを覚えた。そしてメレルさんの腕を抱き、ふたりして長い間祈った。
とつぜん、ヴォーリズさんは身を起した。
「吉田さん、寄宿舎では学生一か月分の食費はいかほどですか」
わたしはおどろいて返事をした。
「四円五十銭です」
「米と 塩ばかりで、ひとり一ヶ月の食費はいかほどですか」
「飯と漬物でしたら、まあ三円五十銭ぐらいでしょう」
ヴォーリズさんは、 再び、ひざまずいた。そして
「天のお父さま。わたしに毎月三円五十銭づつ与えてください。わたしは、あなたがそれだけを保証してくだされば、わたしの一身を、この青年会館に埋めます。そして、びわ湖畔の福音宣伝に一生をささげます。アーメン」
わたしは今までクリスチャンのひとりのつもりだったが、真の伝道心は無二も等しかった。今、目のあたりに真のキリスト魂をみた。十字架を負うひとりを目撃した今や、ためらうときではない。血の最後の一滴までも福音宣伝のために、利他主義の実行※のために遠く北米から来たヴォーリズさんの同僚として捧げたい、と感激した。
「ヴォーリズさん、わたしは、自分の将来を捨てます。わたしは母から送ってくる、今までの学資を、そのまま送って貰いましょう。そしてとにかくあなたとふたりの食費だけをだします」と申しでた。その声は震えていた。
ヴォーリズさんの目に熱い涙がみなぎった。そしてふたりは、再び、手に手をとってひざまづき、無限の感謝と感激の祈りとを神にささげた。
(『近江の兄弟』吉田悦蔵著より引用。※吉田氏が言うように「利他主義の実行」とはその通りであるが、人は生まれながらにしてそのような行為を実行し得ない。「利他主義」を実行し得るのは、ただイエス・キリストのみである。ヴォーリズさんは信仰によってそのイエス・キリストを内側に宿し、イエス様のいのちに生きておられたのだろう。今日の写真は昨年の2月ごろ撮影したもの。ヴォーリズ事務所設計になる旧彦根高商外国人宿舎である。彦根城内堀の土手から撮影したものなので、宿舎の裏口に当たり、アングルは良くなくヴォーリズさんには申し訳ない。お堀内にある二艘の船は彦根市が観光用に使っている屋形船である。彦根市内には同氏の設計になる建物がもう一棟ある。滋賀大学経済学部構内の陵水会館である。)
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