私は、大学卒業に際しては、たいした表彰にはあずからなかったが、神の授けたもうた、かたい使命感をいだいて校門をあとにした。その使命とする
仕事に、すぐとりかかれる直接の端緒は、まだ開かれなかった。それは、私が、もう一度その使命に、ふさわしいかどうかのテストにパスしなければならないためであったと、わかるときがきた。私は一時的な仕事として都市YMCAの副主事の仕事をやり、青年会の新館の管理や、青年の下宿や旅行者の宿泊のために設けられた、ホステルの世話をすることになった。その仕事は、尊い経験を与えてくれた。そこで6ヶ月間の奉仕が終わりに近づいたとき、そのテストにぶつかるときがきた。
ある夜10時ごろ、仕事を終わって自分の部屋に帰ろうとしていると、意外にも、夜ふけの来訪者におどろかされた。相当な身なりをして教養もあり、育ちもよさそうな20歳ぐらいの青年であった。何かためらうように、私の机に近づき、こちらで就職の斡旋をしてもらえないかと尋ねた。
私は、ここには職業紹介部があって、昼間はその事務をしています。もしあなたの技能と住所を書いたものを残しておいて下さったら、明日何とかお返事しましょう、と言った。ところが、彼は、「今この町に着いたばかりで、まだ宿も決まっていません。実は、YMCAに泊めてもらいたいのですが」といった。部屋のリストを調べたが、どの部屋もふさがっているので、どこか他の旅館へ電話をかけてあげようか、と言った。ところが、困ったような顔つきをして、「実は、持っていた最後の一ドルを、ここへくる汽車賃に使いはたしてしまったので旅館には泊まることができない。それで何とかして職にありついて、金が支払えるまで、
青年会で泊めてもらえないだろうか」と言った。
そこで私は一つの新しい問題に直面した。この上品な顔つきの青年は、家庭を遠く離れて職にありつくまでは一文なしである。青年会には部屋がない。もちろん一つの可能性はある。それは、社交室に大きな長椅子があり、暖房も通っているから、そこなら12月の寒風にさらされることはない。しかし、この青年は見ず知らずの人間である。あるいは巧妙な泥棒であって、全館が寝静まった後、手当り次第に、値うちのありそうなものをかきあつめ、堂々と玄関から持ち出して行かぬともかぎらない。私はこの建物の管理の責任者である。二つの思案にあまった。その青年を、断って寒風の中へ追い出すこともできる。しかし、その結果、凍え死にか、犯罪者になる道をたどらせることになるかもしれない。さもなくば、私が自分の部屋へつれてはいり、その見ずしらずの青年と一緒に、一つのベットで寝るという道もある。私の職務に対し、またこの青年に対する責任感は、後者の道を指し示した。私はその場でただ自分がきめさえすればよかった。もし将来の使命とする仕事をはじめる場合、これ以上の大きな冒険に直面することを覚悟せねばならないと思った。そこで心は決まった。
次の朝、その青年にどんな仕事ができるかと尋ねた。彼はまだ大学の中途だから、これという技能はないが、大工道具を使って本棚のようなものをこしらえることは好きであり、多少の経験はあるから、そういう仕事なら喜んでやってみたいと言った。
私は、自分の家に一組の本棚がほしいと思っていたやさきであったから、彼に材木屋を教え、10ドル札を渡して、それで私が設計した本棚に必要な材料を買いととのえてくるように言った。内心これが、青年に対して一つのテストになると思った。もし青年に働く気がないとか、その仕事ができないとかであれば、彼はその金でデンバーまでの切符を買って出てしまえば、そちらの仕事を探す間の二、三日分の生活費は、あり余るはずであった。
私は、たいへん興味をもって、彼の帰りを待っていた。彼は材料と、つり銭とを持って帰ってきてくれたので、心から満たされて迎えることができた。
会館の小使が、大工道具を持っていたので、それを借りて彼は二日がかりで、立派な一組の本棚を作った。しかし、求職の方は電話や直接交渉など、いろいろしたが、都合よくゆかなかった。私は彼が仕事によって、食費と室料を支払ったものとみなし、引き続き部屋に住まわせた。(続く)
(『失敗者の自叙伝』一柳米来留 William Merrell Vories
Hitotsuyanagi著78〜80頁より。考えてみるとこの話は1904年明治37年のこと、彼の24歳の時の話である。米国ではすでに電話はこのよ
うに日常茶飯事であり、彼我の差は避け得べくんもなかった。それにしても一柳氏の日本語の文章の巧みさである。この文章は1951年昭和26年、彼
の71歳のときから逐次書き継がれて行ったものである。私は当時すでに小学校に入学していたが、我が故郷・近江で福音宣教のために尽力し骨を埋め、天に凱旋した主にある友・兄弟を知る由もなかった。「旅人をもてなすことを忘れてはいけません。こうして、ある人々は御使いたちを、それとは知らずにもてなしまし
た。」新約聖書 ヘブル13:2)
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