2011年11月7日月曜日

われは神の道具たらんか

神社の境内で撮られた記念写真のようだ。ヴォーリス氏の姿を見られたし。
当時の日記のおもだった出来事を読みかえしてみると、一個の未経験な青年開拓者が、事業経営のための、何の道具立てもなく、形にあらわれた、何の資本ももたないのに、無謀にも大胆な計画に突進しようとする、危険な様子を、ひやひやしながら眺める見物人のような気がする。彼は適当な準備もなく、経験のある、その道の専門家たちから「そんな努力は無駄である」とか、「物事は、そんなふうに行くものではない」とか言って、注意や警告をして下さる、ご好意をも退け、身のほども知らずに、大それた冒険に乗り出したものである。

何が彼をそうさせたのか。この質問に対して、私に与えられる解答は、この全パノラマのよってくる理由でもあるが、私が一個の人間となる代わりに、一個の道具となろうとして、真剣な努力をしたことによる、自然の帰結であったということである。

言い替えれば、すべての人間的な計画や願いを神に委ね、日々聖霊のお示しのままに、自己の隅々まで、残りなく神の聖意に従わせ、ひたすら、かかるにぶくかよわい道具でありながら、神が、これをどのように用い給うかということにのみ、心を砕いていたからである。

これが明治38年(1905)の新年の第二日めに、私が家を出発したときの中心目的であった。そして現地に飛び込んで、初めて現実にぶつかり、激しいテストを受けながらも、神が前もって私のために、協力者となり、通訳者となった宮本氏を備えておいて下さったことを知って、その確信を新たにした。それが私自身も驚くほど、成績をあげた初期の活動に対する、熱情の源泉となったのである。

この記録を読まれる方は、ぜひ記憶していただきたい。これは、決して私の知恵や才能や努力や、また幸運を現わすものではなくて、ただ静かな小さい御声に聞き従った結果に、ほかならないという一事が言いたいのである。道具としてお使いになる神の力は、無限であるから、もっと上等の道具であれば、もっとすばらしい結果になっていただろう。

今一つ断言したいことは、だれにかぎらず、同じ事情のもとに、同じ過程を経て、同じ創造主の意志に服従するならば、その人は、必ずこれと同じ結果を招くために、用いられるに違いないということである。

私は、かたく信ずる。すべての「成功」は、意識するとしないとにかかわらず、完全に神の意志の道具になりきった者の、到達する境涯であり、すべての「失敗」 とは、創造主との接触を失うか、神の導きに従わずに、自己の欲望や考えに従ったために、神との連なりが遮断された者の行きつく到達点なのである。

私は、この物語の本筋に入る前に、まずこの点を明らかにしておきたい。

(『失敗者の自叙伝』一柳米来留 William Merrell Vories Hitotsuyanagi著118〜120頁より。何度読んでも行間から浮かび上がって来るのは彼の「成功」物語である。しかし彼は自らの自叙伝を記すのに「失敗者」と称している。別のところで彼はこうも言っている。「たいへん見込みのありそうに見えた事がらが、少しも見栄えのしない結果に終わってしまったり、その反対に、失敗と思ったことが、あとで祝福となったことがある。失敗は個人にとっても、社会にとっても、思わぬ福祉をもたらすための、生みの苦しみや試練であることが多い。」同118頁。その根底には彼が自らを神の「道具」であるとする心があった。新約聖書には「大きな家には、金や銀の器だけでなく、木や土の器もあります。また、ある物は尊いことに、ある物は卑しいことに用います。ですから、だれでも自分自身をきよめて、これらのことを離れるなら、その人は尊いことに使われる器となります。すなわち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざに間に合うものとなるのです。」2 テモテ2:20〜21がある。)

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