かくチンデルは、ウォールシュ家に集う宗教家を打ち負かすと同時に、一方では正しと信ずる福音の伝道に邁進した。彼はかくも偽物が横行して、真の福音をつたえるものが一人もなく、パンを求めて石を与えられた民衆を思う時、居ても立ってもいられなくなったのである。彼はその附近の村々を廻り時にはブリストルまで出かけて福音を説いた。彼には集会する家もなかったので、多くは広場に人を集めて語ったということである。
人々はこの真実にして単純なチンデルの語る福音に、如何に打たれたことであろうか。彼は人に頼まれてこれを始めたのではない。勿論月給をもらってなすのではない。彼の衷(うち)には、パウロのごとく福音を伝えずにはおれない「已むを得ざる」ものがあったのである。ところがこれを聞いて怒ったのが附近の職業的宗教家である。彼らは、伝道は自分たちの専売特許と思っていたのである。基督の福音が何であるかを知るものは、一人でも多くの伝道者が起って福音を伝えることを、何よりの悦びとせねばならないのであるが、伝道を商売としている者らは、自己の縄張りが侵されるとでも思ってか、かく怒るのである。
フォックスの言葉を借りると「彼ら盲目なる野卑なる牧師たちは、彼らの集合所である酒場に集まって、盛んにチンデルを罵り、彼の言わぬことまで彼の説としてつけ加え、彼を異端として訴えることとした」のである。チンデルはかくして牧師組合から訴えられた。彼は大法官の前に召喚せられた。附近の牧師たちは勝利の笑みを浮かべて、威厳正しく列席している。チンデルはこの時の事情について後に次のごとく言っている。
私が大法官の前に出た時、彼は激怒をもって恐喝し罵倒し、あたかも私が犬であるかのごとく叱責した。しかもその日、附近の牧師が皆集まっていたにもかかわらず、私を訴えた理由について、何ら説明し得るものがなかった。
彼はこの裁判において、充分自分の立場を弁明して、刑罰より逃れることが出来た。されどこの事件は彼の心に非常な影響を与え、やがてはこの福音の敵との戦いのために、死する日がくるのではないかと思うようになった。
彼はその頃、近くにいるある老博士を訪問した。この博士は以前に大法官や監督もしたことのある人であるが、何に感じてか今は野に下り、この田舎に悠々として日を送っていたのである。チンデルは日頃からその博士を尊敬していたので、いろいろと質問して指導を仰いだ。老博士はこの真実な青年の態度に動かされ、胸襟を開いて語った。その中には次のような言葉があった。
君は、法王こそ聖書に言っている非キリストであることを知らないか。しかし君はそれを言うことに注意せよ。これを認めるには生命を代償とせねばならない。私はかつて彼の一役人であった。しかし私は今それを止めて彼とその事業に反抗している。
この言葉はチンデルに深い感銘を与えた。法王が非キリストであるならば、彼が人々に聖書を読ませまいとするのも当然である。真の福音を伝える者を迫害して、儀式や迷信が重んぜられるのも当然である。彼は全生涯をもってこの法王に挑戦し、如何にもして真の福音を人々に知らせねばならないと決心した。そしてこの真の福音を知らせるのに最も大切なことは、聖書を母国語に訳して人々に知らせることである。
ああ聖書翻訳! これは少年の頃から、幾度か彼の脳裏を往来した目的であった。
(『ウイリヤム・チンデル伝』藤本正高著作集p.427~429より。この時はチンデルがリトル・ソードベリにいる時でちょうど1521~23年頃、彼が26,7歳の頃であり、今から500年ほど前の英国での話になる。藤本氏がさかんに「牧師」ということばを使っているが、正確には司教がふさわしいのだろうが、恐らく、既成の教会批判が含意されての用語であろう。この項は明日も続く・・・)
イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。(新約聖書 1ヨハネ4:3)
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