昨晩は1979年春に卒業していった、高校生諸君の学年同窓会にかつての担任として招待され出席しました。6クラスでおよそ50人ほどの出席者に恵まれましたが、先生方は私をふくめて4人でした。
考えてみれば1970年代最後の3年間学窓を共にした良き「仲間」でした。私のクラスは6名の出席でした。クラスには14名の出席を数えたクラスもありましたのに、一番少ない参加者数のクラスで、最初肩身の狭い思いでおりました(これでも幹事の方が骨折って呼びかけてくださった結果でしたが・・・)。
45年ぶりに再会したH君に至っては、私に向かって「お名前は?」と聞いてきました。私は、動揺を隠しながら、「教師なんだ」と答えました。家に帰ってきてから、会を通して醸成された懐かしさのあまり、卒業アルバムを隅から隅まで見ておりましたら、上掲の写真が収められていました。綱引きのクラス対抗の写真でした。何とそのH君は私の下で懸命に綱を引いているではありませんか。考えてみれば、私もH君におとらず、すっかり彼の存在を忘れていて、その名前を失念していたのですから、同罪ですね。
さて、クラスの出席者6人のうち二人だけが男子でしたが、もう一人のS君も高校時代の顔は何となく思い出せるのですが、あまりにも体型が変わっており、貫禄あり、童顔だった顔と結びつかず、困りました。そのS君はH君の前で腰を下ろして、やはり懸命に引っ張っています。先頭になって全精力を傾けて引いているのは委員長の佐伯君ですが、亡くなったと聞きました。寂しいことで、惜しいことをしました。
恐らく1978年の秋の運動会の一シーンをカメラがとらえたもので、男性陣の後ろには女性陣が陣取っていたのではないでしょうか。クラス対抗で、当時も決して強いクラスとは言えませんでしたが、そんな評判も何のその、懸命に綱を引っ張っている諸君の意気込みが今も新鮮に伝わってきて、いつまでも眺めていたい気分になります。
私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。(新約聖書 1コリント9章26〜27節)
前の投稿から随分間が空いていたので、体調でもお悪いのかなぁと心配していました。
返信削除お元気で同窓会出席とのことでホッとしたところです。寒暖差激しいので、お互いに健康には留意しましょうね。
いつも心配してくださり、ありがとうございます。私は迫田さんの描かれる俳句日記をとおしてこの秋の風情を楽しんでおりました。一人の友を天国に送ったばかりなのに、ついで死に至る病を抱えている友を見舞いました。とても筆遊びができずに日を過ごしてしまいました。ごめんなさい。日常生活のうちの雑感を書けますように!と祈っております。
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