2010年4月12日月曜日
十二、爆発(下)
『クラスの秘密がわからんか、君は、赤猿が酒をのんだ事、俺が煙草を吹かすことをヴォーリズにいっただろう』
『それはクラスの秘密ではありません。僕はT君やK君のためにヴォーリズさんと相談して、禁酒禁煙のYMCAに入会してもらう計画をしたんです』
Iの答は小さい声でも皆に聞こえたらしかった。
『議論せんと、なぐれ』
『おいたれ、おいたれ、可哀想に』
『同級生をなぐるのは名誉やないぞ』
『なぐれなぐれ』
Iは鉄拳を覚悟した、そして黙って祈った。
『神様救うて下さい、私をなぐる人達もこんな事をせぬ人にして下さい』
しばらくして。ドヤドヤと大勢の足音に目を開くと、同級生は、ストライキを中止して向こうにいった。
感謝感謝、神に感謝して、Iはその下宿ヴォーリズさんの借家にもどった。
その翌日だ。
暴行が決行された。年少の学生を一人一人雨天体操場にオビキ出してきては、三年級生一同で、毆打の限りをつくした。寄宿舎の病室に寝ていた一生徒を引出して、竹刀と、皮のスリッパーと、拳骨をもって瀕死の状態までになぐりつけた。なぐった青年たちの拳は血ににじんでいた。
そしてその学生は、淡路の者で親がきて連れて帰ったが後に、死んでしまったという事であった。雨天体操場は中から錠をかけてしまって、数人の下級生をストライキしていた最中、教師の一人N先生が入口の戸の節穴からなかを覗いたのを、内側にいた、暴動の首謀者、Oが拳骨をかためて、その眼の上を、イヤという程なぐりつけた、その同じ節穴より外を見た学生は、
『オイオイ、N先生が、額に手をあてて逃げていったぞ』といった。
ストライキの現場を教師に見つけられたから、その暴行も自然中止となって、真青にふるえている下級生達を、その場に取残して、一同、バラバラに校門を出た。
そして六日して後、近江新聞に以下の記事が出ておった。
商業学生の大挙暴行 明治39年1月26日
『去る二十日本県立商業学校内において、本科三年級生徒嵯峨瀬民次大谷豊太郎の両名主謀者となり、同級生徒の過半数(別報によれば同級全生徒なりともいう)これに雷同して下級生徒四名を毆打し負傷せしめたるために同級全生徒はあるいは退学あるいは停学あるいは訓戒などの処分を受くるに至りたり、今その詳細を聞くに初め嵯峨瀬らが暴行を加えんと目指し密かに牒し合したるは本科一二年および予科の生徒中十数名にして同日先ずその内最も敵視したる某某四名を雨中体操場内に誘い行き矢庭に包囲して鉄拳を飛ばし散々に毆打の蛮行を逞しうし中には器物をもって頭部を乱打し出血淋漓(りんり)たらしむるに至れるものすらありしがこの不穏の騒動を聞きたる生徒主任その他の職員等現場に駆け付け一方既に負傷したる四名の生徒を救い出して丁寧に手当てを施し、一方次いで暴行を加えられんとする生徒を保護し直ちに主謀者および下手人の取調べをなしなおかかる重大事件なれば軽率に処置すべからずとその後引続き綿密に調査の歩を進めたるがその原因は別段深き意趣遺恨などありての事にはあらず要するに彼らは下級生の身にも顧みず平素上級生に対して敬意を欠きたりとかいわゆる生意気なりというほどの憎しみと自己の威勢を張らんと欲したるに過ぎざる由なれどもいやしくも名を忠告に借りて右のごとき乱暴の行為をなすが如きは許すべからざることなるのみならず将来実業界に身を投ぜんとするもののためには一層厳戒せざるべからざる所今これら不穏の挙動をなしたるものの処分を寛大にせんか他の生徒のためあるいは悪影響を及ぼさんも知れざるをもって心情多少忍び難き点なきにあらざるも断然厳重の措置を執るべしと二十三日それぞれ副保証人を学校に呼び出し安場校長より一々将来の理由を懇話し同級生全生徒に対し以下の処分を行いたりという実に当然の処断というべし。
退学 二名 無期停学 三名 一ヶ月停学 一名 三日間停学 十六名 訓戒 二十三名
中学教育時代にあるもの往々客気に乗じ蛮勇を誇り不穏粗暴の行いをなし却って得たりとする事をあるを聞く苦々しき挙動にて沙汰の限りというべし。』
以上、『近江の兄弟』(吉田悦蔵著45~48頁より)の引用である。飛んだ事件が起こったものである。明治39年は西暦1906年に当たるから、すでに100年以上前の一地方の出来事である。しかし事はこれで終わらなかった。思わぬ展開でこの事件はヴォーリズ氏に火の粉が舞いかかることになる。すでにこれよりも10数年以前のこと1891年(明治24年)11月には井上哲次郎氏の論文〔宗教と教育について〕が発表されている。同年初の内村鑑三の不敬事件に端を発するキリスト教攻撃が激しくなってのことであった。
ゆえなく私を憎む者は私の髪の毛よりも多く、私を滅ぼそうとする者、偽り者の私の敵は強いのです。(旧約聖書 詩篇69・4)
(写真は朝陽を受ける花大根)
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