チンデルはこのフリスに手紙を出したが、それは果たしてフリスが生前に読むことができたかは問題とされている。アントワープから送った手紙を果たしてフリスがロンドン塔で読むことができたのか、それとも殉教直後に読んだのか確かめられないということだ。しかし藤本氏は以下の手紙こそフリスの殉教の精神だと言う。
父なる神と我らの主なるイエス・キリストの恵みと平安、君にあらんことを、アーメン。愛する兄弟ジョンよ。私は偽善者たちが、彼らを妨げていた大仕事を成就し(離婚事件※を意味す)、今や平静をとり戻して、彼らの古い性質に再び帰ったことを聞いた。神の意志は満たされた。神が世の造られる前より定めておられたことは成った。かくて、神の栄光は全地を支配する。
最愛の友よ、如何なることが起こっても、君のすべてを、ただ君の最も愛する父、最も深切なる主に委ねよ。そして威嚇するものを恐れず、甘言を弄するものを信ずるな。ただ真実な約束をし、その約束を実行し得る主を信ぜよ。君の動機はキリストの福音にある。光は信仰の血潮をもって養われねばならない。ランプは火を消さないために、毎日整え、芯を切り、朝に夕に油を注がねばならない。我らは罪人であるが、動機は正しい。
我らもし善き行為のために殴打されるならば、忍耐をもってそれを受けよう。それは神に感謝すべきことであり、我らはそのために召されたのである。キリストも我らのために苦しみを受けて、罪なき彼の足跡に従うものに模範を残し給うた。これによって主が我らのために生命を棄て給うた愛を知る。それゆえに我らもまた、同胞のために生命を棄てねばならない。喜び悦べ、天にて君の酬いは大である。彼とともに苦しむ我らは、彼とともに栄光を受けるであろう。我らの卑しき姿は、彼の栄光の姿に肖せて変化される。万物を自己に従わせ得る彼はそのために働きつつある。
愛する友よ、勇気を持て、君の霊をこの高き酬いの希望をもって慰めよ。そしてキリストの像(かたち)を君の死すべき体の中に持て、主の再臨においてそれは主のごとく不滅のものとされる。故によりよき復活の希望をもって苦難を選んだ、君の愛する信仰の友の模範に倣え・・・。
もしも君が君自身を与え、棄て、わたすならば、君自身を全部、ただ君の愛する父に委ねよ。そうすれば彼の力は君の中にあって君を強くし、君が苦痛を感ぜず、死をも恐れないほど強める。そして彼の霊は彼の約束に従って、君の中にあって語り、また如何に答うべきかを教える 。彼はその真理を君によって、恐るべき程度に表示し、君の想像し得る以上に君のために働く。しかり、凡ての偽善者があらゆる力を尽して君の死を誓っても、君はまだ死なない。人間の助けを求めない者は偽善者の目には容易に打ち勝ち得るように見えるけれども、かかる者には神の助けが来る。しかり、神は凡てが彼の真理の敵であっても、万難を排してその真理のために君を運びゆく。彼の時が来なければ、一本の髪の毛も落ちない。彼の時がくれば、必然は我らが欲せずとも、我らをここより運びゆく。しかしもし我らがそれを欲すれば酬いを受けて感謝する。
それ故に威嚇に恐れず、甘言に乗ぜられるな。偽善者がこの二つをもって君を攻めるであろう。現世的知識の信条をもって、君の心を治めしめるな。たといその教訓を君の友が与えたのであっても、それに惑わされるな。・・・
終りまで忍ぶものは救われる。もしも苦痛が君の力を越える時は、「何にても我が名によりて求むる者には我それを与えん」の言葉を思い出せ。そしてその御名において君の父に祈れ。彼は君の苦痛を止め、あるいは短くするであろう。平和と希望と信仰の主、君とともにあらんことを、アーメン。
ウイリヤム・チンデル
かくて一たび筆を擱いたチンデルは、再びとって「福音のためにアントワープで二人、リールで四人、リェージュにおいて少なくとも一人、最近殉教した。またフランスにおいても迫害があって、パリでは五人の博士が福音のために死んだ。君は一人ではない。心いさめ。頑固な英国になお幾ばくかの救われる霊がある。もし必要ならば彼らのために受難の備えをせよ。もし少しでも手紙を書くことが出来るなら、どんなに短くてもよいから手紙を書くことを忘れるな。我らの心を安んずるために如何なる状態にあるかを知らせよ」などと、こみあげてくる愛情を押さえきれずして筆を運び、そしていよいよ最後に、
この手紙を書いたのは五月九日である。
君よ、君の細君は神の御心によって平安である。彼女のために神の栄光を妨げぬように。
ウイリヤム・チンデル
と言って棄て難い筆を棄てている。 ああこの切実なる言葉に、誰か心打たれない者があろうか。フリスはチンデルのこの信仰と愛に、常々導かれていたからこそ、かかる美しき死を遂げることができたのである。そして間もなくチンデル自身も、この手紙の精神をもって実践することとなった。
( 引用は藤本正高著作集P.547~550『チンデル伝』より。※言うまでもなく英国国教会誕生のきっかけの一つになったヘンリー8世の王妃カザリン離婚問題を指す。王妃の離婚を断固として認めないカトリック教会から離脱するために王は国教会の首長となった。多くの宗教改革者はこの王の離婚問題には眉をひそめながらも、カトリック教会を脱することに賛意を表して王を支持した。その中でチンデルはたといそれが自分たちに有利に転回する動機となるとしても、あくまで厳正にこの離婚問題を批判し王を攻めたところに他の改革者と一線を画した彼の特徴があった。)
最後まで耐え忍ぶ者は救われます。(新約聖書 マタイ10:22、24:13)
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