英国におけるかかる情勢の変化を、チンデルはどんなに喜んだかわからない。彼の多年の祈りであった、聖書が母国民に公然と読まれる日の遠からず来ることを思って、彼の心は躍るのであった。
しかしかかる新時代の黎明にも、暗黒の子は最後の奸策をめぐらしていた。古いパン種の監督たちにとっては、チンデルを生かしておくことは最大の危険であった。彼らの存在を根本から否認するチンデルを如何にもして葬り去ろうと、彼らは最も悪辣な陰謀をめぐらしていたのであった。真理に立つものは、如何に周囲の状態が彼に対して不利であっても、必ずや最後の勝利が彼にあることを信じている。故に彼はどんなことがあっても奸策・陰謀をもって敵を倒そうとはしない。これに反して非真理に立つものは、自己の立場が不利になればなるほど、益々悪辣な手段をとる。彼らは手段を選ばない。そこに真理に立つものと否との分かれ目がある。どんなに愛国を高唱しても、正義人道を叫んでも、暴虐なる手段をとるものは偽物である。
チンデルはアントワープの商人ポインツの家で、毎日執筆と伝道の忙しい日を送っていた。彼はそこにいる多くの英国商人より非常に尊敬されていて、時には彼らと食事をともにしながら胸襟を開いて語り合うことも度々あった。一日その仲間にヘンリー・フィリップスという人が現われた。彼はまもなくチンデルの知遇を得て、彼の家にも度々遊びにくるようになった。チンデルはこの男が自分を捕えるために、監督たちから遣られたスパイであるとは夢にも思わなかった。それで彼は色々と自分の書物を見せたり、また普通の者には厳秘にしているようなことまでも語った。(中略)
ある時、このフィリップスはポインツが遠くに出張中を見計らって、あらかじめブリュッセルから役人を連れてきて路地の両側に隠れさせ、自らはチンデルを誘い出そうとする。その魂胆はポインツの家の入り口からは小さな路地を通らないと大通りに出られない地勢を利用することにあった。そのことを藤本氏は次のように書く。
そして間もなく昼の時間になったので二人は出かけることになった。その家の出口は狭くて二人並んでは出られなかった。それでチンデルはフィリップスに先に出ることを求めたが、フィリップスはどうしても応ぜず無理にチンデルを先に出した。チンデルは何も知らずに歩き出した。丈の高いフィリップスはチンデルの後ろに従って、いよいよ役人が隠れているところに来ると、チンデルの頭上を指さして捕縛の合図をした。そして彼は空しく彼らの手に捕えられた。役人たちさえチンデルの少しの疑念もない態度に、暫したじろいだということである。時は1535年の5月23日か24日のことであった。
かくてチンデルは検事総長の許に連れて来られた。検事総長は部下とともにチンデルのいた室の家宅捜索を行ない、チンデルの書物や原稿などを押収した。そしてチンデルはアントワープから18マイルほど離れているフィルフォルデ城の獄に投ぜられることとなった。
(『藤本正高著作集第三巻』P.555~559より抜粋引用。チンデルの平静沈着な姿、また人を疑わぬ純真さがうかがえる場面である。しかし、チンダルと主イエス・キリストの捕縛の違いに改めて気づかされる。なぜならチンデルはフィリップスがそのような自分を捕えようとしていた人とは知らなかった。しかし主はユダが裏切ることを知っておられた。それでもその下手人を愛して捕らえられるままであったのだ。一方逮捕側では何らの家宅捜索は必要なかったのである。ある意味では徒手空拳の主の姿であった、いや全地を我が家とする創造主である主を家宅捜索することはそもそも不可能なのだ。それに対して捕え得たと思うのが暗黒の子の姿である。「真理はあなたがたを自由にする」と主は言われた。)
イエスがまだ話しておられるうちに、見よ、十二弟子のひとりであるユダがやって来た。剣や棒を手にした大ぜいの群衆もいっしょであった。群衆はみな、祭司長、民の長老たちから差し向けられたものであった。イエスを裏切る者は、彼らと合図を決めて、「私が口づけをするのが、その人だ。その人をつかまえるのだ。」と言っておいた。それで、彼はすぐにイエスに近づき、「先生。お元気で。」と言って、口づけした。イエスは彼に、「友よ。何のために来たのですか。」と言われた。そのとき、群衆が来て、イエスに手をかけて捕えた。(新約聖書 マタイ26:47〜50)
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