この方こそまさしく神。世々限りなくわれらの神であられる。神は私たちをとこしえに導かれる。(詩篇48:14)
あのすばらしい想起の書である申命記には、それゆえに、神がこの慈悲深い名前、「主である汝の神 」であるとか「主であるあなたの神」ということばを227回は下回らない程度で書かれています。イスラエル人の勝手気ままな彷徨に対して、主が啓示されているお名前はどんな意味合いを持っているでしょうか。そしてその神が私たちにとって同じ神であるとは何たる慰めでありましょうか。
あなたが今計画していることを支配する聖書に助けを求める時、聖書を取り、聖書を通してどんな環境のもとかあるいは大切な教えのどんな文脈をもってでも、主がこれらのことばを与え「この神こそまさしく神」であると喜んで探求させてくださると思いなさい。
そうしてそれからこの絶えず繰り替えされ、そして心を強めるお名前への応答を(あなたが好むのならコンコーダンスを用いて)「私たちの神」と語っている聖句に注目し、整理しながらたどってみなさい。
それらの間に、あなたはいたるところで魂が時や提供される永遠に対する必要が「神は私たちにとって救いの神(詩篇68:20)」ということばに出会わされた目ざめたる罪人の最初の大きな必要から、「神、私たちの神が、私たちを祝福してくださいますように(詩篇67:6)」と現在の祝福の満たし、そして「あなたの神があなたの光栄となる(イザヤ60:19)。」と将来の喜びの満たしにいたるまであることを、見出すことでしょう。
あなたが学んでいる通り、その要求はますます切実になり、その応答は「私たちの神」という広いコーラスから、「神よ。あなたは私の神(詩篇63:1)。」というささやきの熱心なふるえにまで強められることでしょう。
私たちは何を知っているのでしょう
私たちは何を知っているのでしょう
聖なる神 あなたについて
あなたの存在と あなたの純粋な本質を
死ぬべき人間のビジョンにとり
大変な不思議なことが あまりにも照らされるので
耐えることができないほどです
私たちはただあなたのことばが気品にあふれていることを
あなたが御霊であり 完璧であり 一つであることを
知っているのみです
場所にも時にも制限されず
知られることはなくとも 永遠の御子をとおして
あなたの存在と あなたの純粋な本質を
死ぬべき人間のビジョンにとり
大変な不思議なことが あまりにも照らされるので
耐えることができないほどです
私たちはただあなたのことばが気品にあふれていることを
あなたが御霊であり 完璧であり 一つであることを
知っているのみです
場所にも時にも制限されず
知られることはなくとも 永遠の御子をとおして
(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/july-7-is-he-yours/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97353です。
マライア・ハヴァガルの伝記 1章 幼年時代(11)
私は子どものときの良い考えを少しも思い出すことができない。愛や聖なるものを進んで求めることもなく、天国に対する憧れさえなかった。なぜなら、子どもの魂は死んでもいるし生きてもいたし、神の御霊によってよみがえらされもし、本源的な罪のうちに眠ってもいたからだ。持ち前の人づきあいの良さや両親に対する従順までもが、いかなる恵みもなしに存在していたのかもしれない。私が最初に意識して覚えていることはある日曜の夜、エレンと私がベッドで休んでからのことだった。私の母がやって来て、私たちの傍に腰を下ろして、やさしく熱心に、神のこと、キリストのこと、天国のこと、地獄のことについて話してくれた。母の言葉は忘れたが、それらのことばは私を起き上がらせ、私は「ママとエレンは神様を愛していて、天国へ行くのは確かだが、私はふさわしくない、私は神様をほんの少しでも愛していないから」と叫んだし、事実そう感じていた。
六歳の時、大きな出来事がやって来た。それは祖母のハヴァガルをハイ・ウィコンベに訪ねに行った時のことだ。数日前にその日か晩に、四頭建ての馬車によるウオーセスターからロンドンまで十二時間の旅行のために客席が確保されていた。父は私を連れて行った。黄色い軽装二輪馬車と青い服を着た先頭御者が「ハンドレッド・ハウス」から、馬車が午後六時に出発できるように、11マイルの距離を駆けて来た。 ブロードウエイ・ヒルを上る六頭の馬が私を魅了した。森をとおって行ったが月はまだもう少し輝いていた。私は思ったものだ。木という木が全部私から離れ去って走っていくのだと。オックスフォードで、真夜中の夕食と車掌の警笛が私たちを宿舎へと急がせた。それからホルンが「レッド・ライオン」ウィコンベで私を目覚めさすまで私は父の腕の中でぐっすり寝てしまった。着いたのはおよそ朝三時だった。
私のウィコンベの思い出は楽しかった。私はすぐに聡明で聖らかな祖母が大好きになった。父は祖母のことを「我が人生の極星」と呼んでいた。 )
マライア・ハヴァガルの伝記 1章 幼年時代(11)
私は子どものときの良い考えを少しも思い出すことができない。愛や聖なるものを進んで求めることもなく、天国に対する憧れさえなかった。なぜなら、子どもの魂は死んでもいるし生きてもいたし、神の御霊によってよみがえらされもし、本源的な罪のうちに眠ってもいたからだ。持ち前の人づきあいの良さや両親に対する従順までもが、いかなる恵みもなしに存在していたのかもしれない。私が最初に意識して覚えていることはある日曜の夜、エレンと私がベッドで休んでからのことだった。私の母がやって来て、私たちの傍に腰を下ろして、やさしく熱心に、神のこと、キリストのこと、天国のこと、地獄のことについて話してくれた。母の言葉は忘れたが、それらのことばは私を起き上がらせ、私は「ママとエレンは神様を愛していて、天国へ行くのは確かだが、私はふさわしくない、私は神様をほんの少しでも愛していないから」と叫んだし、事実そう感じていた。
六歳の時、大きな出来事がやって来た。それは祖母のハヴァガルをハイ・ウィコンベに訪ねに行った時のことだ。数日前にその日か晩に、四頭建ての馬車によるウオーセスターからロンドンまで十二時間の旅行のために客席が確保されていた。父は私を連れて行った。黄色い軽装二輪馬車と青い服を着た先頭御者が「ハンドレッド・ハウス」から、馬車が午後六時に出発できるように、11マイルの距離を駆けて来た。 ブロードウエイ・ヒルを上る六頭の馬が私を魅了した。森をとおって行ったが月はまだもう少し輝いていた。私は思ったものだ。木という木が全部私から離れ去って走っていくのだと。オックスフォードで、真夜中の夕食と車掌の警笛が私たちを宿舎へと急がせた。それからホルンが「レッド・ライオン」ウィコンベで私を目覚めさすまで私は父の腕の中でぐっすり寝てしまった。着いたのはおよそ朝三時だった。
私のウィコンベの思い出は楽しかった。私はすぐに聡明で聖らかな祖母が大好きになった。父は祖母のことを「我が人生の極星」と呼んでいた。 )
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