2012年2月25日土曜日

主を愛しなさい

久しぶりに鳥の写真を撮影。雨中今日庭木にやって来たひよどり。

 戦火を逃れてニーの両親と過ごすために(妻である)チャリティーを香港にまで連れて来てのち、夫妻はアンカーラインの船客となった。7月※イギリスに着くとすぐニーはオースティン・スパークス氏に会いにキルクレガンにまで行った。今まで二人は文通によって知り合っていた間柄に過ぎなかったが、ウオッチマンはオースティンの霊想誌「主の証人と証言」の熱心な読者であった。二人はお互いがすぐに同じ立場にあることを了解した。

 彼らはカンバーランドのケズイックで行なわれている「霊的生活の深化」の年会に参加するために一緒に出かけた。そこにはC.I.M(中国奥地 伝道団)の婦人たちも参加していた。ウオッチマンはC.I.Mの総括責任者であるW.H.アルディス師が主宰する大宣教会議に出席した。そのとき彼は演壇で日本から来た講演者と一緒に座るはめになったので、誰の心にも中国の戦時の争乱がよみがえっていた。

 彼の順番が回って来た時、彼は会合をリードし極東のための仲裁をはかった、言うならば30年代に戻ることが啓示であるということだった。そしてそこに出席した者で今もって忘れられない彼の祈りがなされた。

「主は支配者であられます。私たちはそのことをはっきり認める者です。私たちの主イエス・キリストが統治者であらせられます。主はすべての者の主であらせられます。何ものも主の権威に手を触れることができません。中国と日本に対する主の関心を破壊する霊的な諸力があります。だから私たちは中国のために祈りません。また日本のためにも祈りません。しかし、私たちは中国と日本に対する御子の愛のために祈ります。私たちは誰をも咎めだてしません。なぜならそれらの人々はあなたの敵の道具に過ぎないからです。私たちはあなたのご意志に堅く立つ者です。ああ、主よ、暗黒の力を踏み砕いてください。あなたの教会の迫害は今あなたご自身を傷つけていることなのですから。アーメン」

 ケズイックにいる間、彼は宣教師志願者に向かって「宣教師の必要条件」とかローマ人の書簡から「救いのための主の働き;私たちのいのちにとっての主ご自身」という題で話した。もっとも意義深いことは週末に修養会の広範囲の人を結びつける聖餐式に「すべてはキリスト・イエスにあって一つ」という標語のもとで参加したことである。このようにしてウオッチマン・ニーと彼の中国の同労者は三年早くすでに公にその立場を鮮明にしていた。

(昨日の引用箇所の訳を試みた。Against the tide by Angus Kinder 149頁。誤訳があるかも知れません。祈りについては昨日のものに英語本文がありますからご確認ください。※1937年7月。)

バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。(新約聖書 ガラテヤ3:27〜28)

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