2012年6月9日土曜日

聖書の神はすごい

ホタルブクロが庭のあちらこちらに群生する、でも今日から梅雨入りらしい

 三ヶ月ぶりに伊勢崎の家庭集会に出席した。祈っていた方も集われた。でも、多くの見知らぬ方がおられた。そのようななかで、メッセージ、証しをお聞きした後、時間の経つのも忘れて、交わりを持たせていただいた。二時間程度直ぐ経ってしまったが、皆さん一向に腰を上げそうになさらない。遠くなので、一足先に帰ってきた。

 帰りの電車にゆられながら、それにしても今日の証しは何と素晴らしい主のみわざの証しであったかと繰り返し思わされた。その間、車内で今日の聖書通読個所イザヤ41章から52章を読んだ。圧倒された。Nさんの証しをとおして、主なる神様はこんなふうに人を変えてくださる方であることを知って喜んでいたのだが、イザヤ書に示されている主なる神様の御存在に自分が全く聞き従っていないことがはっきり示され、聖書に示されている主の愛はさらにもっと素晴らしいことを改めて思わされたからである。

耳しいた者よ。聞け。
盲人よ。目をこらして見よ。
わたしのしもべほどの盲目の者が、
だれかほかにいようか。
わたしの送る使者のような耳しいた者が、
ほかにいようか。わたしに買い取られた者のような盲目の者、
主のしもべのような盲目の者が、だれかほかにいようか。
あなたは多くのことを見ながら、心に留めず、
耳を開きながら、聞こうとしない。(イザヤ42:18〜20)

イスラエルの王である主、これを贖う方、
万軍の主はこう仰せられる。
「わたしは初めであり、
わたしは終わりである。
わたしのほかに神はない。(イザヤ44:6)

わたしが主である。ほかにはいない。
わたしのほかに神はいない。
あなたはわたしを知らないが、
わたしはあなたに力を帯びさせる。(イザヤ45:5)

遠い大昔の事を思い出せ。
わたしが神である。ほかにはいない。
わたしのような神はいない。
わたしは、終わりの事を初めから告げ、
まだなされていない事を昔から告げ、
『わたしのはかりごとは成就し、
わたしの望む事をすべて成し遂げる。』と言う。(イザヤ46:9〜10)

良い知らせを伝える者の足は
山々の上にあって、なんと美しいことよ。
平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、
救いを告げ知らせ、
「あなたの神が王となる。」と
シオンに言う者の足は。(イザヤ52:7)

あなたがたはわたしの証人、
――主の御告げ。――
わたしが選んだわたしのしもべである。
これは、あなたがたが知って、わたしを信じ、
わたしがその者であることを悟るためだ。
わたしより先に造られた神はなく、
わたしより後にもない。
わたし、このわたしが、主であって、
わたしのほかに救い主はいない。
このわたしが、告げ、救い、聞かせたのだ。
あなたがたのうちに、異なる神はなかった。
だから、あなたがたはわたしの証人。
――主の御告げ。――わたしは神だ。
これから後もわたしは神だ。
わたしの手から救い出せる者はなく、
わたしが事を行なえば、
だれがそれをとどめることができよう。」(イザヤ43:10〜13)

 それにしても、最後のこのみことばはNさんの証しにふさわしいみことばだと思わされた。時間をかけ、遠くまで出かける目的はここにあった。良き週末を過ごすことができた。

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