2016年5月12日木曜日

王の賜物

父はそれぞれの大きな星を支え
それぞれの小さな花を支える※

あなたが御手を開かれると、彼らは良いもので満ち足ります。(詩篇104・28)
 
主よ。あなたは、このしもべのために、あなたのみこころのままに、この大いなることのすべてを行ない、この大いなることをすべて知らせてくださいました。(1歴代誌17・19)

主よ。あなたは、みことばのとおりに、あなたのしもべに良くしてくださいました。(詩篇119・65)
 
 主の御手、主の御心、主のみことば、これらは何という測り知れざる主の賜物でしょうか。くぼみのうちに大洋を維持される偉大な御手は私たちの願いを満足させ、そのすぐれた豊かさをしのぐためにも開かれるのです。それは世を何よりも愛された御心にしたがい与えられ、またこれまで希望と喜びを引き出したあらゆる聖徒がその尽きざる泉の深さを推し量ることができないほどあまりにも深く満ち満ちているみことばにしたがって与えられるのです。

 恐らく「どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」(ルカ1・38)と言ってその完全な意義を知っていたマリヤほどには誰も聖書を十分知らないのではないでしょうか。私たちは主の無限の愛と無限の力にしたがっていまだに隠されている王の賜物がどんなものであるかをほんの少ししか想像できないのではないでしょうか。「わたしがしていることは、今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになります。」(ヨハネ13・7)「あなたがたは飽きるほど食べて満足し、あなたがたに不思議なことをしてくださったあなたがたの神、主の名をほめたたえよう。」(ヨエル2・26)

私たちの必要は大きい
しかし、遥かに大きいのが私たちの父の愛の力である
父はそれぞれの大きな星を支え
それぞれの小さな花を支える
ことごとく髪の毛を数えられる父は
熱心に誠実なご配慮をもって
御子を私たちのために死ぬために与えられた
神はあなたの必要をすべて与えられる
 
(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/may-12-royal-bounty/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97297です。

※昨日一人の方が庭の花々に引き寄せられ、写真を撮られていた。近寄ってお話した。中国人の方であった。「お宅の庭には随分紫の花が多いですね」と言われた。話が弾んで、ふだんは国際交流のボランティアをしておられることも知った。昨年まで二年余り交流のあったハンガリーの方の名前を紹介したら、よく知っていると言われ、先方もより親しみを感じられたようである。こうして花々は全く見も知らない私たちを一瞬のうちに結びつけた。人には絶対造り得ない造化の妙である花々。どうして人々はそのことを否定して「進化」を持ち出すのであろうか。今日のハヴァガルの霊想をとくと味わいたいものだ。) 

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