2022年9月15日木曜日

宮の中を歩まれた主

彼らはまたエルサレムに来た。イエスが宮の中を歩いておられると、・・・(マルコ11・27)

 何という勇気、何という沈着であろう。イエスを殺そうと血眼になっている人々の真ん中に、平気な顔をしてまた出かけて来られた。エルサレムに来たばかりでなく、宮の中を悠々と歩んでおられる。

 殺気に満ちた、しかもこれを隠して機会を窺っている祭司長らの勢力範囲の中心にまで、わざわざ入って来るのは馬鹿か、狂人か然らざれば偉大なる人である。死を恐れぬ人でなければならない。

 然り、イエスは使命を果たすために生死の如きは問題としてはいなかった。否、十字架上に死ぬことが使命であると知っていたのだ。しかもその時機が来たと知っていたのだ。だからこの大胆さが極めて自然に現れたのである。衒(てら)わず懼れず、平常の如くに宮の中を歩み給うた。

祈祷
主イエス様、願わくは、私にもあなたのような信仰を与え、あなたのような忠誠を与え、あなたのように自分の使命を遂行する力をお与えください。何事をも平凡尋常な心をもって忠実に成し遂げる力をお与えください。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著257頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。讃美歌 507https://www.youtube.com/watch?v=vE25Dpy_bl4 )

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