2023年3月17日金曜日

お水取りと俳句の世界

俳人の 十話招く 新世界
 東京新聞には、『私の東京物語』と言うコラムがある。それぞれの方が、十回語られる。今回は、廃人ならぬ俳人として2年ほど前から、俳句だけで生計を立てておられる西村麒麟さんが登場された。昨日が第一回、今日は第二回、ところが第三回は3/21と言うから、しばらく間が空く。

 たまたま図書館で『芭蕉のあそび』という岩波新書を見つけ、借りてきて読み始めたばかりだった。毎日、その日の絵柄になるものを選んで、なるべく五七五でまとめている。語調がいいからである。季語もなく、ただことばの遊びとして書いている。まさに俳人ならぬ廃人の思いつきにすぎないので毎回、気が引ける思いである。

 ところが、芭蕉には優にことばの遊びがあることを知って少し慰められた。ちょうど今日は三男の誕生日だったので、「おめでとう」とLINEで書き込んだら、小さな女の子が手を合わせてありがとう、と言っている図柄が返事で送ってきた。なかなかしゃれて気が利いているなと思った。その女の子の姿は彼の末っ子の女の子(私から言えば孫)に似ていたからだ。

 芭蕉の句に 「水とりや氷の僧の沓の音」 と言うのがあるが、一般的には次のように読むそうだ。(同書33頁以下より引用)

 「氷の僧」とは、二月の奈良の寺院で、寒夜森厳の行法にはげむ僧のイメージを、「氷の衣」「氷の蚕」「鐘氷る」などのことばにならって、感覚的に言いとったものだろう。内陣に入ることを許されない芭蕉は、直接には練行衆の姿を見ていない。それは「沓の音」という聴覚の対象を視覚化した幻想の僧の姿であり、また「沓の音」に魂を氷らせる芭蕉自身の心の色の投影でもあった。夜の闇の中に、行道の僧の虚像が、凍りつくようなきびしさをただよわせながら、白く透けて浮かんで見える。

 しかし、別の読み方もできる、と『芭蕉のあそび』の著者である深沢さんは語っている。それは『付合語』と言うのがことばの遊びとしてあって、「水とり」が同音異句の「水鳥」とも読むことができる遊びがあるということで、次のように芭蕉は言っているのでないかということだった。すなわち

 「奈良の東大寺二月堂のお水取りに参籠して、僧の行法の沓の音を聴きましたよ」(B)という実体験の報告と見せかけて、「そうそう、同じミズトリでも水鳥ならば、冬、氷った池にいるオシドリとかカモとかは、沓の形に似ているものですよね。水鳥は「氷の沓」ですな」(A)といった含みにも気づいてもらえるように、仕掛けが施されている発句である。

もちろん、深沢さんは従来の通説を否定するのでなく、次のようにまとめておられる。

 「氷の僧」の表現がお水取りの行法の厳しさをあらわす象徴性を獲得しているという見方もまた、捨て去ることができない、いかにも芭蕉らしい。詩性に対する鋭い嗅覚がそこにあることは確かである。ただし、芭蕉は「氷の僧」なる表現を、そもそも隠喩を作ろうとして発想したのではないと思われる。「水鳥」(A)と「水取り」(B)の二筋の連想の文脈を重ね合わせることで、「氷の僧」という非現実的で印象深い表現が偶然生まれてしまったのであり、その詩的な効果を発見したことが芭蕉の手柄なのである。

 五七五の定型句に、こういう世界があるのを初めて知った。まだこの『芭蕉のあそび』の第1章の「しゃれ」の章を読んだばかりで、全文を読んでみないと芭蕉の遊び心を知ったことにはならないが、端なくも、この岩波新書を読むことと、『私の東京物語』で続いて語られることがどのようにハーモニーを描くのか今から楽しみである。そういう意味では俳人の語りは私にとって「新世界」である。そして、46歳になる三男の誕生祝いの返書に「しゃれ」を発見したことは私にとって嬉しいことである。なおお水取りが旧暦では二月であるが、現在の暦では三月十二日(日)にあったことも偶然知ったことだ。

 最後に、お堅いと思われている旧約聖書にもあそびがある。詩篇119篇全篇各節の出だしが、日本語で言うといろは歌のような形で貫かれているようだ。ヘブル語を理解しないのでなんとも言えないが、全部で176節ある聖句はそれぞれ、同じ文字から始まっていると言う。その詩篇119篇1節から8節までの一群の聖句を転写してみる。

幸いなことよ。全き道を行く人々、主のみおしえによって歩む人々。
幸いなことよ。主のさとしを守り、心を尽くして主を尋ね求める人々。
まことに彼らは不正を行なわず、主の道を歩む。
あなたは堅く守るべき戒めを仰せつけられた。
どうか、私の道を堅くしてください。あなたのおきてを守るように。
そうすれば、私はあなたのすべての仰せをみても、恥じることがないでしょう。
あなたの義のさばきを学ぶとき、私は直ぐな心であなたに感謝します。
私は、あなたのおきてを守ります。どうか私を、見捨てないでください。

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