遠目にも 緑なす川 白鷺よ
そこで、ろばの子をイエスのところへ引いて行って、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。(マルコ11・7)
馬に乗るのは戦場に臨むことを意味し、ろばに乗るのは平和の使命を意味すると言うのはユダヤ人の通念である。だから黙示録におけるキリストは白馬に乗じて悪魔軍を駆逐しておられる。しかしイスラエルの救い主としてはろばに乗られた。
決して暴力によってローマから独立する意図ではなく、平和を人心に与えて人を数くう者であることを示しておられる。と同時にまだ人の乗ったことのないろばの子を選ばれたことは、処女から御降誕なされたことや、死なれた後に未だ人を葬りしことなき墓に置かれたこと、またパウロがキリストを『初穂』と呼んだことなどを思い合わせると主は平和の君として君臨し給うのみでなく、初穂の味と処女の愛と柔和とをもって私たちのところに来たり給うことを考えさせられる。
祈祷
主イエス様、願わくはろばの子に乗って私の心に入城なさって下さい。願わくは、未だ人が乗ったことのないろばの子に乗って来られ、私のうちに君臨して下さい。願わくは私の衣をとってあなたの足の下に敷き、私の一切はことごとくあなたのものであることを感謝させて下さい。アーメン
(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著235頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。讃美歌86https://www.youtube.com/watch?v=RkgeC1l8BE0
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