カルミア 仙台駅頭にて(5.27) |
人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。(1ペテロ1・17)
東京新聞の夕刊に『この道 小松政夫』と題して自叙伝が連載されている。その第四回目は「釣り」という題で小松氏が幼い時お父さんに一緒に連れて行ってもらった思い出話が書かれている。そこに次のような数節がある。
河口近くの鉄橋の橋げたが父の釣りポイントでした。橋には砂利と線路があるだけで、手すりも何もない。風がビュービュー吹いている。父はゲートルと地下足袋をはき荷物を持ってひょいひょい先へ行く。私は「怖い、怖い」と腹ばいになっていると、父は「おまえは遅いからうちの子じゃない」と言って、どんどん離れていく。「はよこんかーい(早く来いよ」と叫ばれても動けない。すると父がびゅーっと全速力で戻ってきた。「ああ、くらさるる(なぐられる)」と覚悟したら、父は私をぱっと脇に抱えて近くの橋げたにぽーんと飛び降りました。その上を電車がギュワーンと走り抜けていく。汽笛も鳴らさない。父は震えながら「こん(この)バカが」と言いました。
私は人一人しか渡れない一本橋を渡るのが怖くって、先に渡った友達と一緒に遊べなかった記憶がある。今でも苦手である。小松氏は私よりは腹が据わっていらっしゃるようだから、そんな一本橋は難なく渡られると思うが・・・。それにしても父親について述べておられるくだりは一つ一つ父親の厳しい姿と愛を見いだすことができる。小学生の頃だったか、父と一緒に船に乗って琵琶湖を航行したことがある。湖が荒れ、今にも転覆しそうな勢いであった。私の小さい心は縮み上がっていた。そこへ行くと父は酒を飲んでいたせいもあるが、「もっと揺れよ、もっと揺れよ」と楽しんでいた。そんな父がうらめしかったが、彼我の違いを感じた時でもあった。父がどうあるべきか小松氏の自叙伝を通して多く教えられる。
さて、そんなことを思っていたら、冒頭のみことばについて笹尾鉄三郎氏の講義録(『笹尾鉄三郎全集第4巻264頁)を読む機会があった。彼は述べる。
「人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら」、神はこの民はイスラエルなのだから、こればかりの罪は大目に見、これは異邦人だから遠慮なく罰するというようなことはなさらない。罪であればどこまでも憎み、信者、未信者にかかわらず、悔い改めて血潮※を受けたかどうかにおいて、それぞれの行いに従って報いをなされる義しき神である。※引用者注 イエス・キリストが十字架上で私たち罪人の身代わりに死なれ流された血潮、いのちを意味することば。
「父」とは大変自分に近いもので、愛の方面から言えば実になれなれしいが、彼は私どもの畏るべきお方である。だから、一方に非常に恵みを感じ、一方では非常に畏敬戦慄を生じるものである。この二者は単に衝突しないというだけではなく、この畏れと安息とは常に伴うのである。だからもし一方に偏している者は、どちらに偏しているのであっても、両者とも救いを全うするものではない。
まさしく至言である。それにしても鉄橋上でいのちを落としそうになった小松政夫氏のいのちを救ったお父さんの愛は父なる神様のひながたではないか。
あなたがたは、わたしがエジプトにしたこと、また、あなたがたをわしの翼に載せ、わたしのもとに連れて来たことを見た。(出エジプト19・4)