2023年10月21日土曜日

愛ありてこそ(下)

以下の記事は、昨日紹介した飯守恪太郎さんが、ゴットホルド・ベックさんのお嬢さんリンデの葬儀の時の挨拶で述べられたものである。(『実を結ぶ命』59頁より)

 私とベック一家との交わりは、家が近所ということもあって、早くも十年になろうとしています。しかし、親しく交わりを持つようになったのは、私と妻が主イエスを救い主として意識的に受け入れ、吉祥寺キリスト集会に集うようになってからです。そして、今度のリンデの召天のことは、ただ同じ集会の一員として以上に、二人の娘たちの心からの親しい友人の死であったため、感動的なできごとでした。私たちがどのようにリンデの状況を知り、私たちも祝福の中に導かれたか、たどってみたいと思います。

 七月十日朝八時、私たちが朝食をとろうとしていると、電話がなりました。『もしもし、恪さん、ゴットホルドです。おはようございます。実はリンデが病気なのです・・・・』ドイツは真夜中ごろです。ベック兄からの電話はシュトゥットガルト近郊にある彼の自宅からか、病院からか分かりませんでした。それは、ちょうど自動車による人身事故を知らされた時のショックと不安に似ていました。『きょうは、そちらは木曜日ですね。いつもの祈り会で祈っていただきたいのです。まだくわしくは分からないけれど、来週大きな手術をすることになりました。みんなで祈ってください』『はい、わかりました。きょうの祈り会で祈ります』『たぶん、がんではないかもしれないけれど・・・この十日間多くの検査をしたのですがよく分からないのです。二十四日に腹部を開いてみることになりました』三分間くらいの会話でした。

 次の週の木曜日には、手術の結果を知らせる電話がありました。こちらは夕方の五時頃でした。『もしもし・・・がんでした。全体に広がっていて手の施しようがなかったので、そのまま閉じました。手遅れで医学的にはまったく絶望だということです。意識ははっきりしています。皆さんに続けて祈ってくださるように、くれぐれもお願いしてください』。

 その日の夕食の時、妻や娘たちの目がうるんでいました。

 私たちは、八月上旬から九月上旬まで、ドイツ各地の人々やキリスト集会の人々に会うためのキャラバン伝道旅行に参加する予定でした。そして、町田市の星淑子姉、白木みどり姉、それに私たち家族(息子一人、娘二人)は、八月十二日、成田からその目的をはたすべく予定通り出発しました。

 三十三時間の飛行の後、フランクフルトに着くと、ベック夫妻と娘さんたちが、私たちを迎えて下さいました。リンデの病状の容易ならぬにもかかわらず、ご家族と私たちの気持ちは不思議なくらい静かでした。お宅までの二時間のドライブの車中でも、神への圧倒的な感謝と平安が支配していたようでした。召しを待つ彼女を見て思ったことは、私たちの目的は主イエスであり、イエス様は私たちの感じているよりも近くにおられ、礼拝せざるを得ないということでした。

 彼女は、子供のような信頼と従順によって静かにベッドの上で目を開き、熱のためピンク色の頬に微笑を浮かべて、一人一人に挨拶をしました。私は思わずこう言ったのです。『日本にいるみんなのために祈って下さい。私たちはあなたを心から愛しています』と。彼女は大きく何度もうなずいてくれました。彼女の態度には、よく病人に見受けられがちな同情やあわれみをさそうようなものは、何もありませんでした。彼女の瞳は全身で神の御顔を見続けていて人間の同情など入る余地がなかったのでしょう。

 帰国後、私の二人の娘たちは、来るべき日に、天国で彼女との永遠の再会を待ちつつ、日常生活でも以前とは違った張りとリズムを持って過ごしているようです。私たち夫婦も言葉ではうまく表現できないのですが、目ざす目的地が身近に感じられ、今日明日という一日一日がそのための準備であると思うようになったのです。愛するお方の前で恐れかしこむしもべでありたいものです。私は、黙示録の『さあ、花嫁はその用意ができたのだから』という一節が好きです。花婿なるイエスは花嫁である私たちをご自分の血潮によって受け入れて下さるという確信と平安の上にたって、日々生活をしています。

以上が、リンデの葬儀の時(1980年)に述べられた挨拶である。40余年前とは言え、私は、ここに主をひたすら愛する、純潔な魂の痕跡を見る。そして、そこには私たちの罪の身代わりに十字架にかかって血を流された主イエス様への感謝の思いが語られている。もちろん、生死を超越した生き方を保証する復活された主を知るがゆえに天国の確信がその挨拶の基調となっている。主を愛すれば愛するほど、人を愛する思いも増し加えられるのでないだろうか。

たまたまイスラエル人の歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ氏のインタビュー(報道ステーション徳永有美アナウンサーによる)をユーチューブの配信で見たが、イスラエルとハマス、そこには双方における憎しみが勝利している現状が述べられていた。「憎しみ」に立ち勝るのは「愛」であると思わざるを得ない。

私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊(主イエス)の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。(新約聖書 黙示録19章7節)

私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。(新約聖書 1ヨハネ4章19節)

私たちは、いつもあなたがたのために祈り、私たちの父なる神に感謝しています。それは、キリスト・イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対してあなたがたが抱いている愛のことを聞いたからです。(新約聖書 コロサイ1章3〜4節)

2023年10月20日金曜日

愛ありてこそ(上)

鶏頭の 堂々たるは 愛のゆえ
 10日ほど前、古利根川を散歩中にこの鶏頭を目にした。そのあたりには草花が少なく、えらくしっかりと立っている姿に思わず敬意を表したくなって、しゃがんでカメラに収めた。すると、通りすがりの方が、うしろの方から「その花は主人が水やりを続けているのよ」と声をかけて来られた。ふっと見上げると、何とその方はいつも一緒に礼拝をしている方ではないか。

 一人生えとばかり思っていたが、そうか、そんな愛の支えがあっての鶏頭だったのか、と思わされた。一方、そのお世話をなさった方が、身近な人だったとは驚いた。途端にその鶏頭は二重に親しい草花となった。

 そう言えば、かつては現役時代、電車の中で毎日見かける方は、声を掛け合うわけではないが、私にとっては結構「仲間」だった。今や、それは散歩道で行き交う人たちに変わっている。何らかの形で定年退職した人々が健康のために歩いているのだろう。たまたま声をかけて来た方は知人であったが、そうでない方が圧倒的に多い。二度とお会いしない散歩道かもしれない。行き交う人の健康と幸せを祈る者でありたい。「袖擦り合うのも多生の縁」と言うではないか。

 かと思えば、このようなこともあった。バス車内でのことである。1994年10月、初めてドイツに一週間余の予定で、みなさん(200名)と共に聖書を中心とする「喜びの集い」に出かけたことがある。その旅行は空路東京からミュンヘンを目指すものだった。飛行も無事に終わり、いよいよ西南ドイツの現地(ミヘルスブルク)へと高速バスに乗り、アウトバーンを中継都市になるシュツットガルトを目指して走った。ノンストップだった。

 ところが、途中で私はにわかに便意を催した。私があまりにも苦しそうなので一緒に行った家内も大変心配した。ところが、どうしてか知らないが、私の座席の前方にいた方が、そのことを知られたのであろう、バケツに新聞紙のようなものを用意して、動くバス内で私の座席に近づいて来て「兄弟! この中にしなさい」「私がかこってあげるから」「匂いも大丈夫だから」と言ってくださった。

 そのあまりにもとんでもないアドバイスを聞くや、度肝を抜かれた私は途端に便意を感じなくなり、無事シュツットガルトまでの長時間のバス乗車に耐えることができた。思わず命拾いした思いだった。30年余り前のことを思い出したのは、他でもない、最近『嬉遊曲鳴りやまず』(中丸美繪著新潮社1996年刊行)という斎藤秀雄の生涯を描いた作品を読んでいたら、次のようなことが書いてあったことによる。

 斎藤が練習に打ち込んでいるときには、たった一言ですら言葉を差しはさめない雰囲気があった。小用を申し出ることができなかったために、練習場でお漏らしをしてしまった、後には日本を代表するヴァイオリニストになる小学生もいた。その時、指揮の飯守泰次郎がワイシャツを貸した。それは大人用のシャツだから裾は膝まできていた。(同書267頁)

 文中の飯守泰次郎さんは今年の8月15日に召されたが、斎藤秀雄(先生)の最後のお弟子さんと言ってもいい方だったが、音楽を愛しいのちをささげた斎藤秀雄の鬼気迫る「子供のための音楽教室」中のエピソードに違いない。私はこの話を知って、兄弟とは良く似る者だなあーと思わされた。それと言うのも、先ほどの、便意を催し七転八倒していた私を助けてくださった方は、その泰次郎さんのお兄さんの飯守恪太郎さんであったからである。

 困っている人を助けるためには何でもやるという気概、そこに類(たぐい)稀なるユーモアの世界が同時に用意されているのを、お二人の態度から教えられる。

 今日、国際紛争はウクライナ地方に、イスラエル・パレスチナ地方にと頻発し、全世界が固唾を飲んで見守るばかりである。弱者に多大なる犠牲を強いている戦争を、誰も止められない。窮地に陥って、互いに角突き合わせているばかりである。

 鶏頭は一人で立っていたのではない。水を注ぐ人がいたのだ。その水ももともと天から与えられたものである。私にとって堂々と見えた鶏頭も、主なる神の愛のしからしめる鶏頭であった。万物を統べ治めておられる主なる神の前に頭を下げる者が集えば争いはないはずだ。

島々よ。わたしの前で静まれ。(旧約聖書 イザヤ書41章1節)
あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。(新約聖書 ローマ人への手紙14章4節)
立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。(新約聖書 1コリント10章12節)

2023年10月11日水曜日

いよいよ秋本番


赤蜻蛉 良くぞ生きたり 利根堤
 先日、この欄でも紹介したように、時ならず、白鳥が古利根川にあらわれた。その後、どうしたかわからない。埼玉新聞の報道によると、どなたか飼い主の方の手を離れて飛来したか、ということでもあった。一方、北国の方の随筆に「白鳥が遠くシベリアから群れをなして日本列島に飛来する」旨の叙述があった(※)。飛来する白鳥が本来の姿なのかと思わされた。

 ほぼその同じ頃、古利根川の堤に一匹の赤蜻蛉が風にゆられながらもしっかりと草花の木に留まっている姿を目撃した。赤蜻蛉とは言え、何か弱々しい感じさえした。けれどもその羽根は夕日に当たって限りなく美しかった。自然界をとおして神様はこうしてあらゆる恵みをくださっていると思った。

 ところで、今朝の聖書通読はヨブ記25章から27章だったが、並行して読んでいるF.B.マイヤーの『きょうの力』に、これはと思う文章(ヨブ記26章に触れる)があったので、以下転写する。

 ヨブは上を仰いで神の造りたまえる宇宙の広大・精妙を思い、空をおおう雲の驚くべき機構を描き、目を地に転じては、大地を震わせ、海洋を制圧する大いなる神の力を展示します。
 そして、実はこれらも神の威光のほんの一端でしかなく、神のささやき程度しかない。ああこれがささやきだとしたら、そのとどろきに至っては! と驚嘆するのです。
 しかるに、今日の私たちは、この旧約時代のヨブよりも神の威光を知っています。というのは、神の造りたまえる自然によるばかりでなく、人となりたもうた神ご自身を知っているからです。イエスこそは神の知識であり、能力なのです。しかも、私たちは、神の全知・全能が、ただに空を広げ大地を震わせ、海を制する強大さではなくて、”愛”のそれであることを、イエス・キリストの十字架において知り得ているのです! 大空を仰いで神を恐れる私たちは、イエス・キリストによって、神と親しむことができるのです!
              (『きょうの力』312頁より引用)

 前のブログ写真でお示しした「ひかり幼稚園」のかかげている「十字架」は単につつましいものではない。”愛”なのである、と気づいた。

※かく、書いたがうろ覚えであり、確かめたら次のような美しい文章であった。「春先には白鳥の群が鉤の手状になって、かなり低空で、さようならと言うように大きな声で鳴きかわしながら北へ帰っていく。感動的だ。彼らのこの先の長旅を思い、その安全を祈りながら、声が聞こえなくなるまで、つい見送ってしまう。」(『「私」を受け入れて生きる』末盛千枝子著2頁)

私たちはただ、神についてのささやきしか聞いていない。だれが、その力ある雷を聞き分けようか。(旧約聖書 ヨブ記26章14節)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(新約聖書 ヨハネの福音書3章16節)

2023年10月9日月曜日

秋雨前線の沈思

秋空に 福音告げる 十字架
 今日はあいにくの雨だ。しかも一日中降り続いている。二日前はこの画面のように青空であったのに・・・。写真は家の近くの「ひかり幼稚園」の園舎である。屋上には「カリヨン」が覗いている。カリヨンの音色を久しく聞いていない。幼稚園は、我が家から見れば目と鼻の先だ。今も歩いてカリヨンを見に出かけたが、3、4分のような気がする。カリヨンにくらべると、十字架はいかにもつつましいが・・・。

 1990年9月から2010年ごろまでおよそ二十年間ほど、この幼稚園の体育館施設をお借りして礼拝を持たせていただいた。私たちは、ひとりひとり十字架にかかられ三日のちによみがえられたイエス様を信じて罪からの救いにあずかり、聖書にしるされている神のみことばを中心に、牧師制度に頼ることなく、信徒同士の自由な交わりを標榜している群れであった。

 ところが、難問があった。集まる建物・場所を自前で持っていなかったからだ。思い余って、群れのご婦人たちのうち有志の方が、この園舎を見て、蛮勇を奮って場所を貸していただけないかと相談にあがられた。園の責任者の方は牧師であったが、別の街で牧師として働いておられたこともあって「あなたがたがこの施設を利用して、私の代わりに日曜日に神のことば・みことばを広めてくださることは大変ありがたい。どうぞお使いください」と言われた。

 その方は、私たちの群れの責任を負っておられるベック宣教師の書かれた『実を結ぶ命』を読まれたのだったであろうか、また直接ベック宣教師とお話しなさった結果であったであろうか、私に「ベックさんは現代のパウロのようだ」とまで、言われた。こうして、私たちは、主のあわれみによって、お借りした施設をとおして、20年の間「キリストのからだ」としての教会を形成させていただくことができた。

 その後、園の経営のご都合で園舎をあとにし、以後十余年毎週集まる場所を求めてのジプシー生活を余儀なくされている。その間、集まる私たちも高齢者が多くなり、病気にかかる方が身近におられ、またここ四年はコロナ禍のもと集まることそのことが不可能になってしまった。その後遺症は今も続いている。

 昨日、私たちと違って、ビルの一室を借りて定常的に集会を持っておられる市川集会をお訪ねして、メッセージを語らせていただく機会を得たが、その一つの主題は創世記14章とさせていただき、今から四千年前の信仰者の姿を追った。今日に置き換えるなら、まさに中近東の戦争であった。その中に「ひとりの逃亡者が、ヘブル人アブラムのところに来て、そのことを告げた」(旧約聖書 創世記14章13節)とあった。ヘブル人ということばの初出であり、どんな戦いであったかはわからないが、一昨日(10/7)、イスラエルとハマスとの間に戦闘が起こり、世界に新たな緊張が始まっている。

 このように、私たちの集会の課題、また世界の課題は多いが、「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです」(新約聖書 ヘブル人への手紙13章8節)のみことばを心に銘記し、十字架のイエス様を仰ぎ、歩みたいと思わされている。

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。(新約聖書 1コリント1章18節)

2023年10月5日木曜日

束の間の秋(?)

いずこより 白鳥二羽 秋嬉し
 三日前(10/2)、二羽の白鳥(はくちょう)が、いつも通る散歩道(古利根川の右岸堤)にいた。逃げようともしない。長い首を曲げては、ゆっくり豊かな羽毛に嘴を突っ込んでは虫探しか。余りの自然さで、しばらく見ていたが、結局その場を立ち去った。しかし、通り過ぎてから、やはり気になって、途中でUターンし、元いた場所にもどってみた。

 二羽一緒にいた白鳥は健在だったが、今度は、ややそれぞれ場所を移動して、互いに餌を探しているようだった。川内でなく、こんな堤の上でどうするのだろうと心配しながらも家に帰ってきた。翌る日は次女の家に出かける約束をしていたので、気にはなっていたが、見ずじまいだった。

 昨日、その後、(白鳥は)どうしただろうか、と気になったので、再び同じコースで出かけた。ところが白鳥は右岸に当たるその場所にはいなかった。やっぱり、どこかへ飛んで行ったのだと諦めた。ところが、さらに歩を進め、ふっと川を見るとはなしに対岸の方を見たら、二羽の白鳥が、向こう岸の左岸近くにいるではないか。しかも、その近くには釣り人が5、6人釣り糸を垂れているのも見えた。

 途端にうれしくなった。弾(はず)む心を抑えながら、人道橋を通って、二日ぶりに見る白鳥に近づいた。と言っても、川内なので、至近距離での撮影は無理だった。二羽の白鳥はスイスイとそのあたりを泳いでいた。その後、喉が渇くのか、交互に川の水をおいしく何度も飲みながら、私たち(釣り人のみなさんと私たち)をあとにして、上流の方へと泳いで行った。下の写真がそれである。

 今日、三度(みたび)出かけたが、もう白鳥はいなかった。

白鳥(しらどり)は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
                       若山牧水
追加(10/7)
 今夏、孫たちと一緒に彦根城で白鳥を身近に見た。https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2023/08/blog-post_18.html
 そう思っていたら、NHKがその様子を報道したことを知った。「彦根城のお堀で5月に生まれたコブハクチョウ 大きく成長」という題名だった。下記のアドレスをコピーして開けば見られる。https://www3.nhk.or.jp/lnews/otsu/20231005/2060014377.html

空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。(新約聖書 マタイの福音書6章26節〜27節)