2022年5月31日火曜日

「変貌」の意味するもの(下)

彼らが急いであたりを見回すと、自分たちといっしょにいるのはイエスだけで、そこにはもはやだれも見えなかった。(マルコ9・8)

 天界は忽ちにして開け、忽ちにして閉じた。モーセとエリヤは忽然として現われ、忽然として消え去った。ただイエスだけは、いつものままのイエスだけは彼らと共に在った。もちろんこれは率直な事実の記事であって、何らの教訓でもないが、人生はかくの如きものであろう。私たちにも天が開けたような法悦や歓喜に胸を踊らすこともあるか、それは地上の生活では永続するものでない。また単調無味な日常に帰らなければならない。しかし私たちは如何に平凡な生活に帰っても平凡な姿のイエスだけは残っていることを覚えたい。そこには尽きざる平凡の慰めがある。

祈祷
主イエスよ、あなたは最も多く平凡の中に私たちと共におられることを感謝申し上げます。願わくは、平凡なる生活の中に平凡なるあなたを楽しむことができるようにして下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著151頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。 なお、 A.B.ブルースの『十二使徒の訓練』上巻325頁より、昨日の「イエスへの励まし」の続きである「キリスト者への教え」を語っている箇所である。

 次に、変貌の出来事がそこに居合わせた弟子たちに、また彼らを通して仲間の弟子たち、すべてのキリスト者に何を教えたか、ということを考えてみたい。この点で重要なのは、天からの御声に添えられた「彼の言うことを聞きなさい」という指示である。この命令は、特にイエスが十二弟子に語られたのに、彼らが正しく受け止めることのできなかった十字架の教えと関連がある。つまりそれは、キリストがご自分の苦難について、また、弟子たち全員に十字架を負う義務を課すことについて語られた一言一句が、完全に是認されたことを意味している。ペテロとヤコブとヨハネの三人は、いわば、師から聞かされた喜ばしくない主題のすべてをわざわざ思い起こすために招待されたのであった。そして、師の言われたことがすべて真実であり、神の御旨にかなっていることを確認した。 いやむしろ、天の御声はこの弟子たちがその教えを不承不承受け入れたことに対する、「つぶやくことをやめ、信仰を持って従順に聞きなさい」という鋭い叱責のことばだったとも言えよう。弟子たちが六日前と依然として同じ考え方だったことをさらけ出した以上、この叱責はなおさら必要であった。

 少なくともペテロは、まだ十字架を負う気持ちになっていなかった。眠くてたまらなかった状態から覚め、はっきりした意識を取り戻して、去って行こうとする二人の見慣れない人物を見た時、その弟子〈ペテロ〉は思わず、「先生。ここにいることは、すばらしいことです。私たちが三つの幕屋を造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ」と叫んだ。彼は十字架を負うといったことを何もせずに、天の祝福を満喫したように思い込んだ。そんなわけで心の中で次のように思ったのである。「信じようともしないであら捜しばかりしているパリサイ人や、気の毒な人々のいる下界で、罪人たちの矛盾に耐え、地上の呪われた多くの害毒と戦うよりも、聖徒たちといっしょにここに住むのは、なんと素晴らしいことでしょう。先生。ここにいてください。そうすれば、近づいている不吉な苦難に別れを告げ、意地悪い祭司長、長老、律法学者の手ももはや届かないでしょう。太陽が輝き、天が口づけするこの丘の上にとどまっていてください。気が滅入るような陰気な謙卑の谷へ降りて行くのは、もうやめてください。地上と十字架よ、さらば! 天上の栄冠よ、ようこそ!」

 ペテロの愚かなことばをわかりやすく言い換えてみたが、彼がそう口走った時、真夜中の見事な光景に目がくらみ、放心状態にあったことを忘れてはならない。しかしながら、それを認めたとしても、そんな怠惰な提案がペテロのその時の心境を示している、という事実を否定することはできない。ペテロは酒にではないが、酔っていた。酔っている時に人が物を言うことにもその人なりの特徴が示されるものである。ペテロが幕屋について無頓着にしゃべったことの中にも、真面目な意味があった。まさにペテロは、彼が思わず語ったとき天からの来訪者たちが振舞っていたように、彼らに去らずにいつまでもとどまっていて欲しい、と願ったのであろう。

 このことは、山を降りる時、イエスと三人の弟子との間で交わされた会話から明らかである。ペテロと二人の仲間は師に尋ねた。「すると、、律法学者たちが、まずエリヤが来るはずだと言っているのは、どうしてでしょうか。」〈マタイ17・10〉この質問は、その直前にイエスが弟子たちに「人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見た幻をだれにも話してはならない」と命じられたことに関するよりも、山上の光景がすぐ消え去る一時的なものであったことに関連していた。三人の弟子たちは、二人の天の来訪者がまるで、天使のように短時間姿を現しただけで、あっという間に立ち去ったことに失望し、当惑していた。彼らは御国が回復される前に、また御国を回復するためにエリヤが来るという通説を受け入れていた。そしてこの時、ついにエリヤがモーセと一緒にやってきた、と思った。ちょうど南方からつばめが渡って来ると夏が間近で、寒い冬が完全に終わったしるしであるように、栄光の時の近いことが告げられた、と考えたかったのである。まさしく、師が十字架を宣べ伝えている間中、彼らは栄冠を夢見ていた。そして私たちは、最後まで彼らがそのような夢を見続けていたことを知るであろう。

 「彼の言うことを聞きなさい」ーーこの御声は、三人の弟子のみでなく、また十二弟子に対してのみでもなく、彼らと同じくキリストに従うことを告白したすべての人に対するものであった。その御声は、次のように全キリスト者に告げている。「イエスの言うことを聞きなさい。イエスが自分の苦難とそれに伴う栄光ーーそれこそ御使たちも知りたいと願っていた主題であったーーについて語る時、それを理解するように努めなさい。イエスが、すべての弟子に課せられた義務として十字架を負うように宣告する時、その言うことをよく聞きなさい。血肉の人間の身勝手は提案や、自己の目的を第一にして私利私欲を求めるように誘うサタンの試みに耳を傾けてはいけません。重ねて言うが、イエスの言うことを聞きなさい。この世に飽きてしまってはいけません。自分の重荷を投げ出そうとしてはいけません。日の下で行われるさまざまなことにかかわるのを避けて、人里離れた山中に住む隠者のように、自分だけの安住の幕屋を夢見ることはやめなさい。男らしく自分の務めを全うしなさい。そうすれば、時が来て、天幕のような手で造った家ではなく、天において永遠に住まう神殿を与えられることになるでしょう。」

 真実、この肉体と呼ぶ幕屋の中にあって、悲しみの世に住んでいる私たちは、重荷に耐えかねるように、苦しみ悶える時がある。これは私たちの弱さである。そして、このこと自体は罪ではない。時によってはため息をついたり、「十字架が過ぎ去ってくれたらなあ」と思わず口に出すことも罪を犯すことではない。イエスご自身でさえ、時に、人生の疲れを覚えられることがあった。そうした際、イエスの口からいらいらしたことばが出た。山を降りて下界で行われていることを知った時、イエスはただちに、そこに居合わせた律法学者たちの不信仰、弟子たちの弱い信仰、罪の呪いの結果をまともに浴びた人類の悲惨に関連して、「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。いつまであなたがたといっしょにいなければならないのでしょう。いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう」と嘆かれた。

 愛に満ちた人間の贖い主〈イエス〉でさえ、善を行なうのに飽きるーー罪人たちのちぐはぐさにでくわしたり、弟子たちの霊的な弱さを担うのに飽きるーー誘惑を感じられた。従って、そのような飽きを瞬間的に感じたからといって、必ずしも罪を犯したことにはならない。むしろ、それは私たちが負うべき十字架である。だが、それに溺れたり、打ち負かされたりしてはならない。イエスはそのような感情に屈服してしまわれることはなかった。ご自身が住んでいた世について不満をぶちまけられたが、世のために愛の労苦を惜しまれなかった。叱責のことばをぶちまけることによって心の重荷を軽くしてから、イエスは気の毒なてんかんの子を連れてくるように命じ、その子をいやされた。※引用者註 ブルースはここでは「変貌」をマルコ9・20まで射程を伸ばして述べている。)

2022年5月30日月曜日

「変貌」の意味するもの(中)

雲の中から、「これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい。」という声がした。(マルコ9・7)

 イエスがバプテスマを受けた時にあった声と同じである。ただ『彼の言うことを聞きなさい』と付け加えてある。何のためであろうか。イエスは大なる教師である。いつでも彼に聴かなければならない。誰でも彼の全生涯に聴き、全教訓に耳を傾けなければならない。しかしバプテスマの時には無かったこの一語がナゼここに必要とせられたのであるか。私は思う僅か六日以前にイエスはご自分の十字架にかかるべきことを言われた時にペテロ及び弟子らは一向に耳に入れなかった。むしろ反対の意志をさえ表明した。しかるにこの山上においては主の御変貌に少なからず満足してここに足を留めたいと願った。そこで天よりの声は特別に彼ら三人にイエスの声に聴くべく命じたのであろう。私どもは勝手ツンボであって、聴きたいことだけはよく聴くが、聴きたくないことは一向に聞こえない。されば十字架に向かって山を下り行かんとするイエスに従順に聴くべく命ぜられたのであろう。

祈祷
神様、私どもの勝手ツンボを癒して下さい。耳に快い御声も、聴くに苦しき御声も、共によくきこえる耳を与えて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著150頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。なお、 A.B.ブルースは『十二使徒の訓練』上巻320頁以下で、昨日のデーヴィツド・スミスの11「復活の予告」をより細密に述べるかのように、「変貌」が持つ、「イエスへの励まし」と「キリスト者への教え」を語っている。今日と明日の二日間に分載する。まず「イエスへの励まし」である。

 イエスとの関係で変貌の場面をどう見るべきか。今や明らかである。それは祈りに対する答として、エルサレムとカルバリへ続く悲しみの道を歩むイエスを力づけるために、心優しくへりくだった人の子に特別に授けられた、信仰と忍耐への助けであった。その驚くべき夜の経験において、イエスの信仰にきわだった三つの助けが与えられた。第一は、イエスがご自分を低くして死に至るまで従順であられたゆえに、受難の後にお受けになる栄光を、前もって味わわれたことである。その瞬間は太陽のように輝き、御衣はヘルモン山頂に残る白雪のように白くなった。突如として天から、「勇気を出しなさい。苦難の時はやがて過ぎ去ろう。そして、あなたは永遠の喜びに入れられる!」という声があった。

 この山における経験でイエスに与えられた第二の励ましは、たとい地上の罪深い者たちの暗くされた心にはわからずとも、十字架の奥義は天にある聖徒によって正しく理解されている、という確信であった。イエスにはそのような励ましが大変必要であった。十二弟子も含めて当時の人々の間に、イエスが十字架について語られる時、打てば響くような応答を期待できる人が一人も見当たらなかったからである。イエスの受難の奥義を理解する点で、また、それが確かな事実であることを信じることにおいてさえ、十二弟子がーーその中で最も機知に富み、情熱的なペテロでもーー全く無能であるという苦い経験をさせられたのは、ほんの数日前のことであった。

 まことに人の子は、一人暗い谷間を歩むように孤独であった。このように愚かな、情け知らずの仲間に囲まれていることは、孤立感をますます募らせるばかりだった。ご自分の受難のことを理解してくれる仲間を父に求めた時、イエスは完全にされた義人の霊と語り合うことを許された。というのも、死すべき人間にかかわる限り、その偉大なわざを達成するまで、誰にも理解されることのない運命に甘んじなければならなかったからである。イエスの死を巡るイスラエルの偉大な立法者と偉大な預言者の談話は、イエスの精神に真の慰めを与えるものであったに違いない。このほかの時にも、たとい地上ではだめでも、天において理解されていることを知って、どんなにイエスが慰めを受けられたか、私たちは知っている。無情なパリサイ人が罪人を受け入れるイエスの行為を問題にした時、イエスはただちに、たといパリサイ人たちの間でどうであろうと、少なくとも天においては、悔い改めの必要のない九十九人の正しい人よりも悔い改めた一人の罪人に大きな喜びがある、という幸いな事実に弁明と慰めを求められたのである。頼る者のない弱い立場にある「小さい者たち」が、高慢な非人間的世界で辱められ、踏みにじられている状態を思った時、イエスは、天において御使いたちが御父の顔をいつも見つめており、さらに、小さい者を顧みることを特別の務めとし、ご自分が野心好きの弟子たちに謙遜や親切を教えようとされていたことを充分に評価してくれる御使いたちが天にいることで、言い尽くせない満足を覚えられた。

 確かに、イエスがご自分の死ーーそれは罪人に対する輝かしい愛の証拠であるーーを待ち受けられた時、次のように考えて心を慰められたと信じてよい。「天のかなたで御使いたちは、私が苦しみを受けようとしていることを知っていてくれる。また彼らはその理由をも了解して、わたしが決意をこめてエルサレムに顔を向け、しっかりした足取りで進んで行くのを、熱心に、興味深く見守っていてくれる。」栄化された聖徒らは、自分たちが天にいるのはカルバリの丘でイエスがご自身をささげようとしておられる犠牲の故であることを知っていた。その聖徒たちを代表するこの天上界の二人の住民の来訪は、そのイエスの考えをはっきり証明するものであっただろう。

 イエスに与えられた第三の、そして最大の慰めは、天の御父の承認の御声であった。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」この御声は次のような意味であった。「あなたが死に至るまで自分をささげ尽くそうとしている現在の道を進みなさい。十字架の前にしりごみしてはいけない。あなたが自分を喜ばせようとしないので、わたしは喜んでいます。いつでもあなたを喜んでいますが、つい最近弟子たちに告げたように、きわだった方法によって、あなたが自分自身を救うためではなく、他の人々を救うために定められた計画を明らかにする時、特にわたしはあなたのことを喜んでいます。」

 栄光に輝く天からのこの御声は、キリストがまだ世におられた時、御子の耳に達するように御父から発せられた三つの声の一つであった。第一の声は、イエスがバプテスマを受けられた直後、ヨルダン川で語られたもので、それが他の人々にではなく、イエスに語られたという点を除くと、この変貌の時に語られた声と同じである。あと一つの声は、十字架に付けられる少し前にエルサレムで語られたもので、前の二つと言い方は異なっているが、同じような趣旨のものである。近づく死を前にイエスは心が騒いで、「父よ。この時からわたしをお救い下さい。このためにこそ、わたしはこの時に至ったのです。父よ。御名の栄光を現わしてください」と祈られた。その時、次のような天からの声が聞こえたのである。「わたしは(あなたの生涯によって)〉栄光をすでに現わしたし、またもう一度(もっと明白にあなたの死によって)栄光を現わそう。」

 これら三つの声はすべて一つの目的を果たした。この世における使命を果たすため全身全霊をささげ、それがどんなに血肉にとってやっかいな働きであっても成し遂げる決意を明らかにした。キリストの生涯の危機に際して語られたこれらの声は、彼が自らを低くして死に至るまで従順であったことに対する御父の満足を表明していた。それはキリストを強め励ますためだった。

 バプテスマを受けた時、イエスは全世界の罪を告白されたのであった。その儀式に身を任せることにより、罪の贖い主としてすべての義を成就する計画を表された。それゆえ、御父は初めて、イエスを愛する御子と宣言された。変貌の出来事の少し前に、イエスは、近づく運命から自分を助け出すようにという愛弟子の提案を、悪魔の誘惑として敢然と退けられた。そのため、御父は同じ宣言を二人称を三人称に変えただけで繰り返された。二人称を三人称に変えた理由は、そこに師のことばよりも天からの御声を期待して耳をそばだてていたペテロのような弟子が居合わせたからである。

 終わりに、死の数日前に、イエスは罪を犯さずとも人間性の弱さから怒る誘惑に打ち勝たれた。ペテロはそれと同じ誘惑にイエスをさらそうとしたのであった。イエスの祈りは暗黒の時から救い出されたいという願いで始まったが、「御名の栄光を現わしてください」という祈願で終わった。それゆえ、御父はさらに繰り返し是認の意思表示をされ、これまで御子が御名の栄光を現してきた方法に対する満足を明らかにし、神の栄光を現す死によって従順を全うしたゆえに、御子に勝利の栄冠が与えられるという確約を与えておられる。)

2022年5月29日日曜日

「変貌」の意味するもの(上)

実のところ、ペテロは言うべきことがわからなかったのである。彼らは恐怖に打たれたのであった。そのとき雲がわき起こってその人々をおおい・・・(マルコ9・6〜7)

 天国の前味である。雲間にもれる月かげである。永久の天の喜びはまだ許されない。ペテロは十字架を忘れていた。天国を許される前に主イエスが十字架につかねばならなかったことを忘れていた。ペテロもローマで逆さまに十字架につかねばならなかったことを忘れていた。されば天の光景の真ん中に地上の欲望を持ち出してこの聖い山上の空気を濁らせた。そこで「雲がわき起こってその人々をおおって』しまったのであろう。十字架の道を過ぎ行く者にのみ天上の光栄は永久に許されるのである。

祈祷
天の父よ、私たちは栄光を欲し祝福を欲します。しかし十字架の道は欲しません。どうかこの近視的な我欲から救って、主イエスと共に十字架の道を歩む喜びを味わわせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著149頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はデーヴィツド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』の昨日の10「変貌」の続きの文章である。

11「復活の予告」
 この驚くべき事件〈「変貌」のこと〉の真の意義は、湖上を歩まれた主のあの奇蹟と等しく、復活の予表と見ることによって始めて明らかになる。神の大能によってイエスの肉体は復活のいのちの状態だと思われた。聖パウロの言葉を借りて言うと『霊のからだ』となられたのであって、死より復活の後にはエマオの途上において、またエルサレムにおいて、さらには湖の岸において、このような状態で三度現れなさった。この奇蹟には二様の目的があった。第一の必要はイエスに力を添えて、控えている暴虐な処刑に対し、これを鼓舞する計画であった。

〈イエスを励ますため〉
あたかも幔幕〈まんまく〉を掲げて、わずかに隙間から永遠の世界をイエスの眼前に表さしめたようなものだった。またあたかも追放された者には故郷を望ませるように、疲れ切っている旅人に休みを与えるようなものであった。イエスは人類の贖いを成就するために、人の子の間に生活され、始めて獲得されるであろう栄光をべっ見し、これから主の前に用意されている喜びと同じ予兆を得られたのであった。

 ただこの慰めの予兆のみではなかった。イエスの御心は十二使徒の鈍いこと、民衆の蒙昧、有司の敵意に痛く心を悩まされたが、その変貌の間に、その事業を神は如何に認識されるか、また栄光を授けられた聖者がこれをどのように見るかがこれによってイエスに示されたのであった。今は孤独のうちに地上にあって、誤解され、捨てられ、迫害されるが、天の同情と嘉納は確実であることが明らかにされたのである。

〈受難を弟子たちに示すため〉また、変貌は弟子たちのためになされる目的があった。すなわちメシヤの苦難を信じずまた否定する思想を改めさせようとして苦難に伴う栄光を彼らに示されたのであった。イスラエルの栄誉輝く名簿中でもことに偉大な栄光ある二人物との間の談話を傾聴して彼らは果たして何を学んだだろうか。彼らは、『世を去らんとする』すなわちギリシヤ語によれば『イエスがエルサレムで遂げようとしておられるご最期』〈ルカ9・31、2ペテロ1・15参照〉についてこの聖者たちが語るのを聴いた。弟子に対しては忍ぶことができない屈辱であり、また絶望的災害と思われるこの事件は、モーセとエリヤの判断によれば、神が奴隷の境地からモーセの手によってイスラエルを導き出し、自由の国民とならせられた時に、行なわれた偉大な救いと等しい驚嘆すべき勝利であった。聖クリソストムの時代に用いられた聖ルカの福音書のうちにはこれが大変明瞭で、その一句は『栄光のうちに現われて、イエスがエルサレムで遂げようとしておられるご最期についていっしょに話していた』となっている。そしてこのようなことがその後程ならずして教会に示された主の受難の思想であった。ヘブル書には『私たちはイエスを見ています。イエスは死の苦しみのゆえに栄光と誉れの冠をお受けになりました』〈ヘブル2・9〉)

2022年5月28日土曜日

ペテロの口出し

すると、ペテロが口出しして、イエスに言った。「先生。私たちがここにいることは、すばらしいことです。私たちが、幕屋を三つ造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ。」(マルコ9・5)

 ペテロを非難する註釈者が多い。が、私には非難が出来ない。私も同じ感を起こすに相違ない。ペテロはどんなに嬉しかったのであろう。文字通り有頂天になってしまったのである。嬉しさの余り気が転倒して山麓に残っている九人の弟子のことも何も考えなかったのである。『私たちがここにいることは、すばらしいことです』と。すばらしいはずである。天国の一部が示されたのではないか。しかしイエスにも弟子らにも地上においてなすべき仕事が残っている。それを成し遂げるために一旦山を下らなければならない。然り、私たちはイエスと共に山に登らなければならない。時に『高い山に登って』高い世界に新鮮な霊気を呼吸せねばならない。が、また山を下らなければならない。山上で得た力と喜びとをもって山を下って働かねばならない。

祈祷
主イエスよ、私にあなたと偕に山に登ることを教え、山に登って白く輝く者と交わることを教えて下さい。しかし、また山を下ることを教えて下さい。あなたと偕に山を下りて犠牲と奉仕の戦いを戦うことを教えて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著148頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。 デーヴィツド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』は32章 苦難と栄光〈5/19記事参照〉の10「変貌」と題して

 イエスは天の父との交わりによって霊魂に休養を得ようとしてここに来られたのであったが、祈っておられる間に言語に絶する奇蹟が行われた。聖マタイは言う『御顔は太陽のように輝き、御衣は光のように白くなった』と言い、聖マルコは『その御衣は、非常に白く光り、世のさらし屋では、とてもできないほどの白さであった』と言い、聖ルカは『御衣は白く光り輝いた』と言っている。そして、そこに二人の人物がイエスの伴なる人として現われた。これはモーセとエリヤであって、彼らは『イエスがエルサレムで遂げようとしておられるご最期について』イエスと物語ったのであった。

 疲労していた弟子たちは眠っていたが、やがて眠りを妨げられて、始めてしっかり目が覚めるや、この驚くべき光景を目撃した。まもなく幻が消え始めたので、もともと熱烈であるペテロはこの天来の訪問者を引き留めようと考え『先生。ここにいることは、すばらしいことです。私たちが三つの幕屋を造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ』と叫んだ。これは実に愚かな言葉であった。聖ルカは『何を言うべきか知らなかった』と評している。ペテロがもう少し思慮があれば口を噤〈つぐ〉むべきところであった。しかし、彼には彼の目的があり、まことに粗暴極まる考えであったが、なお厚い好意をあらわし、忠誠の思いのある者でなければ思い浮かべないものであった。

 彼はその苦難に関する主の宣言を片時も忘れることができなかった。そして山頂の光景はその苦難をお逃れになるべき一方法であると彼には思われた。彼は心ひそかに『なぜこの神聖な地を離れるべきだろうか。何のために平地に降って、その渦中に身を投ぜられるのか。何のためにエルサレムに登って、恐るべき残虐に遭われる必要があるのか。願わくはこのすばらしい山中に永住して、長くこの天来の伴なる人と偕にいさせていただきたい』と考えたのであった。

 彼のことばがまだ終わらない時に、雲は彼らの頭上を覆い、主のバプテスマの時に天が開け、聖霊がイエスさまの上に臨んだように、彼らは天上から御声が『これは、わたしの愛する子、わたしの選んだ者である。彼の言うことを聞きなさい』〈マタイ3・16〜17、マルコ1・10〜11、ルカ3・31〜32〉と言うのを聴いた。彼らは恐怖で顔を伏せて倒れ、イエスが起きよと命じられるまで、立つことができなかったが、彼らがあたりを見まわした時には、モーセとエリヤはもはや去って、イエス独り残っておられるのを見るだけであった。)

2022年5月27日金曜日

イエスと語り合う、モーセとエリヤ

世のさらし屋では、とてもできないほどの白さであった。また、エリヤが、モーセとともに現われ、彼らはイエスと語り合っていた。(マルコ9・3〜4)

 人は白くなるほど霊界に深く進み入る。潔められるほど霊界が明らかに見えてくる。霊の世界は見るべきものであって証明すべきものでない。神と天使。モーセとエリヤ。それらの存在を信ぜぬ人は信ぜぬが良い。キリストの血に洗われ、一切の罪を潔められ、黙想と祈祷と断食とみことばの味読とによって神に近づき奉る者には、霊の世界は物の世界よりも現実となってくる。イエスの祈りは父と語り給うたのみでなく、モーセとエリヤとも相語った。ゲッセマネでは天使が現われた(ルカ伝22章43節)モーセとエリヤは律法と預言者(すなわち旧約)の代表者として姿を現わし『イエスがエルサレムで遂げようとしておられるご最期についていっしょに話していた』(ルカ9・31)のである。換言すれば贖罪の十字架について語り合ったのである。地上と天上とは近い。互いに興味をもって語り合える。ただし我々の罪の生活がこれを妨害しているのである。すべてを潔められた復活の時の生活を見せられたこの光景はこの三人の弟子のみでなく我らをも励ますではないか。
祈祷
地に這う虫のように土をのみ見て、天を見ることのできない私たちを憐れんでください。願わくは、時には私たちに大なる祈りを与えて天にまで飛躍することができるようにして下さい。

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著144頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。このイエスとモーセ・エリヤの会話の重要性に着目したA.B.ブルースは『十二使徒の訓練』上巻318頁以下で次のように語る。

 「変貌」を正しく理解するには、この出来事の少し前にイエスがご自分の死に触れて言われたことと結びつけて考察しなければならない。そのことは、三人の福音書記者が、この出来事があった時間的経過を、イエスの最初の受難告知とそれに伴う談義との関連で注意深く述べていることからも明らかである。どの福音書記者も、受難告知があってから六日ないし八日のうちに、イエスが弟子たちの中で特にペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人を連れてある高い山に登り、彼らの前でイエスの姿が変わった次第を告げている。(中略)日付をわざわざ示すことは、受難についての談義を記憶に呼び覚まして考えるようにという指示であって、「もしこれらの出来事を理解したければ、前にあったことを思い起こしなさい」と言うのである。

 福音書記者全員が示している時間的経過からこのように推論することは、イエスと天来の訪問者たちが交わした会話の内容を、ルカだけが記していることによって充分に支持される。それは「しかも、ふたりの人がイエスと話し合っているではないか。それはモーセとエリヤであって、栄光のうちに現われて、イエスがエルサレムで遂げようとしておられるご最期についていっしょに話していたのである」と記している。そのご最期ーー事情も結果も、モーセやエリヤのそれとは異なるーーこそ彼らの会話の主題であった。その二人はこの主題についてイエスと語り合うためにイエスのもとに現れた。そして、それを語り終えると、彼らは再び祝福の住居である天へと旅立った。

 この会話がどれほど続いたのか、私たちは知らない。しかし、その話題は、会話の興味ある内容を充分連想させてくれる。例えば、目もまだかすまず気力も衰えないうちに何の苦痛もなく世を去ったモーセの死と、イエスが忍ばれる不名誉な死との間に見られる、驚くべき対照について話し合われたことだろう。そしてまた、エリヤの地上の去り方ーー死を味わうことなく天に移され、火の戦車に乗ってこの世から栄光のうちに脱出したーーと、イエスが栄光に入られるためにたどられる道ーー十字架のヴィア・ドロローサ〔悲しみの道〕ーーとの間に見られる、さらに顕著な対照についても話し合われたことであろう。このように死を、あるいはその苦しみを免除される特権が、律法と預言者とを代表するこの二人になぜ与えられたのか。そして、律法と預言者の終わりとなられた方〔キリスト〕にはなぜその特権が与えられなかったのか。これらの点で、天からの光に輝く二人の天来の使者は、イエスの疲れ果てた孤独な魂を力づけるために、人の子に知性と同情をもって語る資格を備えていた。)

2022年5月26日木曜日

純白な目を奪う御姿への変容

そして彼らの目の前で御姿が変わった。その御衣は、非常に白く光り、世のさらし屋では、とてもできないほどの白さであった。(マルコ9・3〜4)

ルカ伝を見ると『祈るために山に登られた』とある。されば主は祈りの中にご変貌なさったのでしょう。主が祈り給う時は実に神々しいものがあったのでしょう。誰でも真剣に祈っている時の顔を見ると平生よりは立派なものがその顔に見出されます。よく祈る人の顔には奥の底に言い表せぬ深みが生じます。祈れば祈るほど人格に深みが生じ、容貌風采にも変化が生じて来ます。ある人が、よく祈る人は歩き方が違う、と言ったそうですが、とにかく断片的な祈りでなく一日とか一夜とか、あるいは数時間とかあるいは高い山に登り、あるいは静かな海辺に出で、全く世離れして祈る時を持つことは人をして『輝きて甚だ白く』ならしむる効果があります。

祈祷
主イエスよ、あなたさえも高い山に登って祈られたのならば、願わくは、私にも祈りのために時を費やし労を費やし姿が変わるまで神と交わることができるようにさせて下さい。願わくは、この尊貴なる事業のために時と労を惜しむ私たちの怠慢からお救い下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著146頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。  クレッツマンの昨日の続きの文章である。

 主の差し迫った苦難と死についての告知の中で、イエスは栄光の中で再び来ることにも、しばしば触れられなかっただろうか。そしてマルコ9・1がその場合である。彼は力を込めて語り、弟子たちの心を励ます。今ここに立っている彼らの中のある幾人かは、力をもって来る神の国の到来の厳しさを目にするであろうと。そして、実際に彼らの中のある者が、天からの栄光の一端に触れたのは、この日より六日しか経っていない時であった。彼らがまだ、レバノン山の麓のカイザリヤ・ピリポ地方に滞在していた頃だと思う。

 弟子たちの中から、ペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れ出したイエスは、その彼らの前で、姿を変えられた。今や神の栄光の中にある者、それは彼らがよく知っている日頃のイエスである。しかしいつもの質素な主の衣は、不思議な輝きに満ちている。人の手をもってしては、このように純白な、目を奪う様子を、再現することは不可能である。そして、神々しい輝きに包まれた二人の人物の姿が見られた。弟子たちは、この人物は、エリヤとモーセとであり、この二人が、世界、ひいては私たちのすべてに大きな意味を持つ所の、差し迫った重大な出来事をイエスと話し合っているように見受けたのである。地上の人間である弟子たちが、このような人間の理解をはるかに超えた栄光を見た時、全く圧倒されてしまったのは、無理もない。

※このクレッツマンの文章を熟読すると、5/24の「勝利の約束」の中で引用した『KGK聖書註解』のマルコ9・1の預言が示す時期の四つの可能な解釈のうち①「変貌」説をクレッツマンは取っているように読めるが・・・)

2022年5月25日水曜日

高い山に導かれし三弟子

草花の 人が造れね 艶やかさ 
それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。(マルコ9・2)

 これは主イエスがピリポ・カイザリヤで弟子らと共に静かに過ごし給うた六日間である。この世の生活の終わりも近づいた時、最も親しい弟子らと一週間を過ごしたことは弟子らにとってどんなにありがたいことであったろう。特にペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人は高い山の上にまでつれて行って頂き御栄光を見させて頂いたのである。ペテロは後になってこの記憶を語って『この私たちは、キリストの威光の目撃者なのです。・・・おごそかな、栄光の神から、こういう御声がかかりました。・・・私たちは聖なる山で主イエスと共にいたので、天からかかったこの御声を、自分自身で聞いたのです』(2ペテロ1・16〜18)と言っている。この尊い印象は、苦しい時、悲しい時、失望落胆の時に、幾度ペテロを活かしペテロに力をつけたことであったろう。私どもも時々イエスと共に高い山に登り特別にイエスの御栄光を拝するような時間を持たないと、平常の生活に力がなくなる。もちろんこの時のような奇蹟的な経験をは求めて必ず与えられるものではない。けれども、特別にイエスと共に高い山に登ることは出来る。それが密室という高い山でもよい。主の御栄光を直視するような祈りを献げる時間を造りたい。

祈祷
主イエスよ、願わくは、私をあなたと偕に高い山に登らせて下さい。この世の平地にのみ生活する私たちを憐れんでくださって時には霊界の高山に登る体験をお与え下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著145頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。今日からおよそ一週間余り「主の変貌山上」の記事を読むことになるが、青木氏、スミス氏、ブルース氏、クレッツマン氏、いずれの方の論考にも甲乙つけがたい味がある。と言うより、長年の信仰生活で「福音書」にどれだけ真っ正面に取り組んで来たかを近頃思い知らされている。先ずはクレッツマンの『聖書の黙想』を若干紹介したい。

20「これはわたしの愛する子である。これに聞け」
 ペテロがなした告白は、それは立派なものであった。「あなたこそキリストです」。この告白に至った者は、それが、生まれつきに備わっている能力から告白できたものでないことを知っている。父なる方が、そのことを啓示されたのにほかならない。このことから一週間も経たないうちに、主に最も近くあったペテロと二人の内弟子は、変貌の山の上で、父なる神の声を通し、天から確証された、永遠に変わりなき救いの真理を耳にすることになる。

 言うならば、この文章はクレッツマンの総論にあたる文章である。明日はその詳細各論なる文章を紹介する。)

2022年5月24日火曜日

勝利の約束

イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、神の国が力をもって到来しているのを見るまでは、決して死を味わわない者がいます。(マルコ9・1)

 これは主の死後約40年に起こったエルサレムの滅亡を指すとの説に多くの学者は一致しています※。主は人となって、めぐみと愛と救いとをもたらしてユダヤの人々に来たり給いましたが『ご自分の民は受け入れなかった』(ヨハネ1・11)のでありました。最後の提供として十字架にかかり給いますが、それさえもエルサレム人はこれを受け入れませんでした。めぐみと愛とをドコまでも拒絶する者に対して主は遂に『神の国が力をもって到来』するのであります。エルサレム滅亡の時イエスを信じていた者はマタイ伝24章16節にある主の預言に従って早くエルサレムから田舎へ避難して助かりましたが信じなかった者は落城とともに沢山殺されました。然り、神の救いの提供を最後まで拒む者には『力をもって』臨み給う時が必ず来ます。
祈祷
主よ、願わくは、私たちが『恵みの時』にあなたのもとに来、『救いの日』にあなたを信ずることを忘れないようにして下さい。そうではなく、悪しき日が来てしまい、もはや信ずることも、救われることも、恵まれることもできない事態に至ってしまうことを恐れます。アーメン(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著144頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はデーヴィツド・スミス〈1866~1932〉の『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』からの引用で7「鼓舞奨励」〈5/22既述〉の続きの文章である。
 ユダヤ神学によればメシヤは世界の終局に栄光をもって現われ、審判を下されるものとせられた。故にイエスは人がよく知るこの教理を身に引用された。もしその弟子が試練の間に失敗して、卑怯の振る舞いがあったならば彼らは何の面目があって、審判の重大な日にイエスに見〈まみ〉えることができよう。『姦悪なるこの世において我と我が道とを恥ずるものをば人の子もまた聖使〈きよきつかい〉と共に父の栄光をもって来るときこれを恥ずべし』と。これ実に恐るべき宣告である。彼らがこのように親しんだ聖容〈みかお〉は恥辱としてかなたへ転じられ、人と天使の嘲りのただなかに遺棄されるべきを思うならば、常に心に留めて、その重大時期に価値を具えるよう努力せねばならないのである。
8「勝利の約束」
 このようなものが、使徒たちの眼前に提供された光景であって、イエスは彼らにこれを隠匿することは出来なかった。しかしこれに約束と、確信とをもってその偉大な教訓を結ばれた。苦悩はどんなに鋭くとも、勝利は確実で、彼らの中のある人々はこれを目撃するまで生き永らえることであろう。『我れ誠に汝らに告げん。ここに立つものののうちに神の国の権威をもて来るを見るまでは死なざるものあり』と。而してこの約束は成就された。
 すなわち歴史の一不可思議は福音の伝播の速やかなことであった。福音は僅々三世紀ならずしてロオマの大帝国を包容し、遂に一キリスト教徒がカイザルの王座に即くこととなった。十二使徒中にはこの完成の期を目撃したものはなかったけれども、なお彼らはこれと相若くものを見たのであった。一時代の間においてすら彼らが神の権威によって説教したところは当時知られた全世界に轟いたのであった。パレスチナの国境よりはるか、小アジアに、ギリシャに、ロオマ大帝国に、福音は自由に侵入して、その光栄を擅〈ほしいまま〉にしたのであった。紀元第58年既にパウロは『キリスト我を助けて異邦人を従わしめんためにしるしと奇蹟の力と神の霊の力をあらわし、言葉と行いとをもってエルサレムより遍くイルリコに至るまでその福音を伝えさせ給いしことの他は一つの言葉をも我れ敢えて言わざるなり』〈ローマ15・18〜19〉と揚言するを得たのであった。

※青木氏の言とスミス氏の言では食い違っているので、念のため調べてみたら、つぎのような説明があった。「9・1の正確な意味はいくぶん曖昧である。四つの可能な解釈が提出されている。①変貌②復活と昇天③AD70年のエルサレム陥落④ペンテコステと伝道活動の開始。この中では最後のものがたぶん最も満足な解釈であろう。弟子たちは、今彼らにとってつまずきである十字架が、人間の心の征服、従って、また御国到来のしるしであり、その秘訣であることを遂に悟った。選ばれた共同体において示される神の支配の可視的顕現というのが、イエスの期待された形態であると言えよう」〈KGK聖書註解836頁〉)

2022年5月23日月曜日

十字架を負う理由(3)

このような姦淫と罪の時代にあって、わたしとわたしのことばを恥じるような者なら、人の子も、父の栄光を帯びて聖なる御使いたちとともに来るときには、そのような人のことを恥じます。(マルコ8・38)

 イエスは恥づべきお方ではないが、今の世ではイエスを信ずる者を辱められる。ご在世中と今と何の変わりもない。この世が『姦淫と罪』が続くまではこの辱めは続くであろう。これも我々の負うべき十字架の一つである。パウロも『我は福音を恥とせず』〈ローマ1・16〉と言った。『恥』とする方が都合のよい場合に出会うことがあるのである。密室においても、人の前においても、イエスのしもべたることを光栄とする者は、『父の栄光』の前において、イエスもまたその人の救い主であることを光栄とし給うのである。あのような弟子を持ったと言って、『父の栄光』の前に誇って下さる。それは主イエスが『聖なる御使いたちとともに来るとき』である。

祈祷
主イエスよ、私の信仰に勇気をお与え下さい。あなたを愛するが故に生ずる勇気をお与え下さい。あなたを愛するが故にあなたを私の誇りとする者とならせて下さい。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著143頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。併せて一昨日、昨日に引き続いてA.B.ブルース(1831~1899)の『十二使徒の訓練』上巻所収の「十字架を負うこと」の論考を見る。

 十字架を負うことを勧める第三の論証は、キリストの再臨から引出される。「人の子は父の栄光を帯びて、御使いたちとともに、やがて来ようとしているのです。その時には、おのおのその行ないに応じて報いをします。」〈マタイ16・27〉このことばには、話し手〈イエス〉の現在の状態と未来の状態との対比を示し、かつ忠実な弟子たちの現在と未来に相応した対照的な約束が含まれている。この時イエスは人の子として、幾週間か後にはエルサレムで十字架につけられようとしていた。世の終わりに、イエスは無数の仕える霊を従え、メシヤの栄光に包まれて現れる。それは彼が辱めをものともせずに十字架を忍ばれたことへの報酬である。それからイエスは、この世の現実の行程に応じて一人一人に報いられる。十字架を負う生活をした者には義の栄冠をお与えになり、十字架を鼻であしらった者には当然の報いとして永遠の恥辱をあてがわれる。

 この厳格な教理は、いろいろの理由で現代人にきらわれているが、その中でも二つの顕著な理由がある。第一に、この教理は私たちに来世を認めるか否かを迫っているというもの。第二に、この教理はそれ自体報いであるべきはずの徳の結実より、報いを望んで英雄的特性を誇ったりする恐れがある、というものである。

 前者については、約束された報いを信じるか否かは、確かに霊についての大きな秘義であり、重荷である。しかし、恐れなければならないのは、この二者択一〈来世を認めるか認めないかの選択〉が道徳的特性や人間の自由や責任を巡る何らかの教理に巻き込まれてしまうことである。後者については、キリスト者はキリストの仲間に加わることで道徳的に俗化することを恐れる必要はない。永遠のいのちの望みに支えられている徳に、卑属性も不純性もない。その望みは利己的なものではなく、完全に筋の通ったものである。御国の実在を純粋に信じるからこそ、労し苦しみつつも、望みを抱いていられるのである。あなた自身そうでなくとも、個々のキリスト者の望みは御国の実在に重大なかかわりを持っている。このような信仰は英雄主義につきものである。

 いったい誰がはかない夢のために戦い、苦しみを忍ぶだろうか。祖国の独立を回復する望みを抱かずに、祖国のために生命を投げ出す愛国者がいるだろうか。国民的、国家的な希望の中に個人的な望みも含まれていたからといって、純粋な愛国心が損なわれていると言う者は、空論家にほかならない。同様に、キリスト者は栄光の御国を信じているが、個人的なものをその栄誉と祝福のうちに包含させていたとしても、それは当然である。そのような英雄主義を少しも含まぬキリスト者の信仰や希望など、どこにも見出されないだろう。古代の教父が「確かな報いのないところに確かな働きはない」と言ったとおりである。人間は疑いや絶望の中では英雄たり得ない。それは敬虔な推測か、不確かな理想にすぎないのではないかと疑いながら、神の国の完成に向かって戦うことはできない。そのような気分では、人々は安易に流れやすく、世俗的幸福が主要な関心を占めるようになるに違いない。〈『十二使徒の訓練』上巻村瀬俊夫訳312頁より引用〉

※A.B.ブルースのこの論考は貴重である。私たちが十字架を負う理由の最後の理由について述べたものだが、青木さんがマルコの福音書をもとに書いているように、ブルースは並行箇所であるマタイの福音書をもとに書いている。マルコが負の「報い」に言及しているのに対して、マタイが正の「報い」に言及していることに注意しながら読むと、今朝のこの一連の霊解は有益であると思う。そしてブルースの最末尾で触れられている、単なる英雄主義として非難される、「報い」の獲得は、決してそうでないことがわかる。また今のウクライナがロシアの不条理な侵略に国家の独立を求めて戦っていることに思いを馳せることもできる。それよりも、己が身に引き寄せてみれば、自分は神の御国の兵士として果たして働いているかどうかと悔い改めさせられる論考である。しかもこの論考は21世紀でなく19世記のスコットランドで発表されていることを思う時、私は新たな感慨を抱かずにはおれない。)   

2022年5月22日日曜日

十字架を負う理由(2)

人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。自分のいのちを買い戻すために、人はいったい何を差し出すことができるでしょう。( マルコ8・36〜37)

 『いのち』の字『霊魂』とも訳し得る。肉体の生存の意味でないことだけは明らかである。ナゼなればイエスご自身が肉体の命を投げ出され、また『わたしと福音とのためにいのちを失え』と言っておられる。だから霊魂のいのちに相違ない。『損じたら』と言って前節の『失うならば』の語に代えておられるのはどういうわけか。『損じたら』とは『損害を受ける』の意味である。あるいは霊魂を全然損失してしまう意味にもとれるし、霊魂がある損害を被るとの意味にも取れる。霊魂が全く滅亡に行くのは困るが、少しくらいの損傷を受けて『全世界』でなくとも、一千万円も『得たら』いいなあとの感を潛かにもっている人は無いだろうか。これは死の途である。イエスは断じて言う。霊魂に損傷を受けるよりは全世界をもうけそこなう方がいいのだと。『得する』『損する』全然打算的な語で、イエスはこの世に限られた小打算でなく、永遠に通ずる大打算を立てよと注意し給うのである。

祈祷
主イエス様、この世の打算に目がくらんで、永遠の大計算を見ることのできない私を憐んで下さい。王冠の輝くダイヤに少しの傷もつけないように、私の霊魂を守って下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著142頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。今朝の箇所は何度読んでも引用者には理解しづらい文章であった。同じように感じられる方は昨日のA.B.ブルースの文章を読んでいただくとスッキリすると思う。もっとも青木氏の祈りの言葉は簡潔明瞭だ。これで十分だ。デーヴィッド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』は昨日の6「苦難を伴にせんため召される」に引き続いて、7「鼓舞奨励」と題して次のように述べる。   

 イエスがこのように打撃に重ねるのに打撃をもってされることは不思議のように思われる。また彼らがイエスに転じ来るところは既に十分に明らかに悟っているのであった。彼らに必要なものは新たな警告よりもむしろその間確かな信念を与えられることであった。しかも実際イエスがこのようにされたのは頗る思慮深い処置であって、彼らの丈夫の精神、彼らの義侠心ならびに彼らの信仰を煥発させられるためであった。また彼らの召されたのは英雄的苦節を全うせんがためであって、これに耐える勇気を鼓吹されたものであった。イエスに対する愛情、イエスが彼らに寄せられる信任、彼らを誘導された神聖な行路について彼らに訴えられるものであった。

 彼らは果たして『イエスと福音のために』極力努めることが出来ない者であろうか。なお一層進んでイエスはその生命を保とうと欲するものはこれを失うことを、さながらロオマの風刺家の『名誉のためにこそ生命を献げつつもなお生命のためにその生命の目的を忘れて』の語と同じことをもって戒め給うた。『もし人全世界を得るとも、その生命を失なわば何の益あらんや、また人何をもってその生命に代えんや』と。人間は生命を一つの他に有しないものであって、もし一度これを失わば、何処にこれを求めることができよう。このイエスの最後の議論は最も人を動かすものであった。

 なお、A.B.ブルースはその『十二使徒の訓練』で十字架を負う理由の第二の理由について次のように言う。〈同書310頁〉
 この二つの質問は、商取引の売り手にも買い手にも、魂〈いのち〉の比類なき価値を示している。ことばの真の意味で、魂〈いのち〉は、個人的な財産は言うまでもなく、全世界を支払っても足りないほど高価なものである。魂を犠牲にして世界を得る者は、取引上、損をしたことになる。
 一方、全世界は、いったん失った魂を買い戻すにはとうてい足りない金額である。愚かにも安く手放してしまったとしたら、金では買えないもの〈魂〉を買い戻すために、人はいったい何を差し出せばよいのだろうか。「私は何をもって主の前に進み行き、いと高き神の前にひれ伏そうか。全焼のいけにえ、一歳の子牛をもって御前に進み行くべきだろうか。主は幾千の雄羊、幾万の油を喜ばれるだろうか。私の犯したそむきの罪のために、私の長子をささげるべきだろうか。私のたましいの罪のために、私に生まれた子をささげるべきだろうか。」〈ミカ6・6〜7〉 とんでもない!あなたがささげるべきものは、そのいずれでもない。あなたの商売の儲けでもなく、巨万の金貨でもない。この世で所有するすべてのものをもってしても、あなたが世界と交換に手放してしまった自らの魂を買い戻すことはできない。魂の贖いはそのくらい尊いものである。銀や金のような朽ちる物によって魂を罪の束縛から贖い出すことはできない。そのような、赦しや平安やいのちを買い戻そうとする試みは、その人をいっそう絶望の淵に追いやり、さらに自分自身を罪に定めるだけである。
 これらの厳粛な問いに含まれている訴えは、正しい良心を持ち合わせているすべての人の胸に、抗し難い力で迫ってくる。そうした人々は、外見的な善が「救われた魂」を持つこと、すなわち真のキリスト者になるにはとうてい及ばない、と感じるであろう。が、すべての人がそういうふうには考えない。大多数の者は、自分の魂を非常に安く見積もっている。ユダはそれを銀貨30枚で売り渡した。取るに足りない世的な利益のために自分自身を手放して構わない、と考える人が少なくない。大多数の人々の大きな野心は、動物的に幸福になることであって、「救われた者」、高貴な精神を宿す聖別された者としての祝福にあずかることではない。
 「誰が私たちに良いものを示してくれるでしょう」とは、多くの人が口にすることばである。「私たちに健康を、富を、家を、土地を、名誉をください。私たちは義や平安や聖霊による喜びなど望みません。それらはそれぞれ良いものです。だから、もしそれらを他のものと一緒に労せず手にすることができるのでしたら、それに越したことはありません。でも、それらを得るのに、この世の楽しみを断念したり、困難に耐えなければならないのだとしたら、まっぴら御免です。」)

2022年5月21日土曜日

十字架を負う理由(1)

『だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。』(マルコ8・34〜35)

 これこそ実にキリストの御教えの大動脈である。この心を持ち、これを実行せんとする者こそ本当にクリスチャンである。その人の血管には必ずキリストの血が流れている。私は敢えて実行せんとする者と言う。不断の努力である。これを完全に実行し得る者は稀有であろう。しかし間断なくこれを実行せんと心がけることは出来る。最初は恐ろしい命令のように響く。けれども勇敢にこれを努力するならば次第にキリストの温かい御手が自分の懐の中で動き出すのを感ずる。十字架は次第に無くてならぬものになってくる。自分と共に、自分より先に、十字架を負い行き給う主イエスが次第に近く感ぜられてくる。

祈祷
主イエスよ、あなたの道はいばらの道です。されどこの道は天に達するの道なるを信じます。どうか途中で挫折することなく、終わりまで忍んで十字架を負わせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著141頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。デーヴィッド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』は昨日の2「ペテロの抗議」に引き続いて、3「十二使徒の健忘」4「ユダヤ人的偏見に囚えられる」5「その当然の例」と述べ、さらに6「苦難を伴にせんため召される」と題して次のように述べる。
   彼らの主にして死の必要ありとの宣言は彼らにとって霹靂〈へきれき〉の如く轟いた。〈The announcement that their Master must die was a heavy blow〉驚愕しつつ佇立する彼らに、イエスはいかなる手段を取られたであろうか。イエスはむしろ進んで今一撃を彼らに与えられた。ただにイエス自ら苦しまれねばならないのみならず、彼らもまたその苦しみに与らねばならないのであった。

 人心には何人といえども主権を争う二条の要求があるーー自我とイエス、すなわちこれであって、人もし果たして弟子ならばイエスにその主権を献ぐべきはずである。而して自我の阿諛に対して『否』と主張し、十字架を取り、自我をこれに掛け、自我を死に渡さねばならないのである。『もし我に従わんと欲う者は己を棄て、その十字架を負い我に従え』と。曩に使徒の職分に赴任せしめられるにあたっては、イエスは既に『十字架を負うべきを』〈マタイ10・38〉示されたが、今はさらに身に及ぶべき苦難を宣言せられると同時に発表されたため、これは単に比喩にあらず、畏懼〈いく〉すべき現実なるを認識するを得たのであった。すなわちイエスの仰せられる通りの意義を悟ったのであった。

 一方、A.B.ブルースの『十二使徒の訓練』の『十字架についての最初の教え』と題する以下の論考がある。〈同書303頁より引用〉

 厳しい告知の後に、もっと厳しい告知が続く。主イエスは弟子たちに、ある日ご自分が死に渡されなければならないと言われた。そして今、それは主ご自身の身に起こるだけでなく、同じように弟子たちの身にも起こらなければならないと言われる。この第二の告知は、第一の告知が受け止められた段階で当然出て来るものであった。〈中略〉ここで教えられている教理は、あらゆる時代の、すべてのキリスト者に対するものである。〈中略〉ここに教会のかしらであり王である方〈キリスト〉は、その支配に服するすべての者に義務を負わせる普遍的律法を公布される。それはすべての者に、ご自分との交わりにおいて十字架を負うことを求めている。〈中略〉キリストの死は贖罪的なものとして孤高の意味を有するが、しかし義のために受ける苦難として、それは真に敬虔な生涯を歩む者が偽りに満ちた邪悪な世で苦難を受けなければならないという普遍的律法の典型である。

 この十字架の律法に、イエスは三つの理由を付加し、それに少しでも従いやすくされた。それらは弟子たちに、厳しい要求に従うことが、かえって真の利益を得るという真理を示している。

 第一の理由はこうであるーー「いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです」。このはっとさせる逆説的なことばの中で「いのち」という語は二重の意味に用いられている。前半と後半の各文節の最初の「いのち」は自然的生命を意味し、それを喜ばすあらゆる付属物を伴っている。第二の「いのち」は新生した魂の霊的生命を意味する。従ってこの意味深長なことばは次のように拡大解釈できよう。すなわち「自分の生まれながらのいのちとそれに伴う世的な幸福の追求を第一の務めとすることによって、自分のいのちを救おうと思う者は、いのちそのものである高次の生命を失い、わたしのために自分の生まれながらのいのちを喜んで失う者は、真の永遠のいのちを見出すのです。)

2022年5月20日金曜日

十字架に立ちはだかる(サタン)

『下がれ。サタン。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。』(マルコ8・33)

 人情と神情との衝突である。弟子として師を思うの情はペテロと弟子たちの心に燃えていた。それだけ情にあついイエスにとっては苦しい誘惑であった。その急所を狙ったサタンの狡智がペテロの背後にかくれている。一身を十字架の上に献げて民を罪の塗炭と地獄の火から救わねばならないのが神情である。ここに十字架を負わんとする者の苦痛がある。正面から来る敵を破るのは難くないが、真実な温かい愛情を退けて使命のために死の道に急ぐのは難しい。イエスが『下がれ。サタン。』と疾呼し給うたのは、この誘惑を退けるに大きな努力を要したことを示すものではあるまいか。淋しい時のイエスにとって弟子たちの厚い志はどんなに嬉しく感じられたであろう。それを振り切る努力がこの厳しい語となって現れたのだと思われる。

祈祷
主イエスよ、汝は我が罪のために実に一切を振り捨て給いしことを感謝し奉る。汝は地上にて当然受けるべき人の情けをも退け、十字架の上においては天の父の愛をも退けて、我と共に罪人となり給いしことを感謝し奉る。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著140頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。デーヴィッド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』は昨日の1「受難と復活の第一暗示」に引き続いて、次のように述べる。

2「ペテロの抗議」
 この宣言は十二使徒の耳には百雷のごとくに轟いた。彼らはびっくりした。而してイエスを熱愛するペテロはこれに耐えられず、欣慕する師の袖を控えて、おののき惑いながら抗議を提出した。『主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません』〈マタイ16・22〉と。これは仇の厚意を寄せる言葉であってペテロの特徴がよく表れているけれども、なお温かな愛情から湧いたものであった。それ故にイエスは一層苦痛を感じられたのであった。その伝道の間、十字架の影は終始一貫その眼前に鮮やかであって、俗世の隆盛に赴かられることはイエスにとって一大事であった。その面は確固として揺るがず、まっしぐらに前途をのぞみすすまれたのであった。この世を贖う犠牲となるべきイエスの死は天の父の聖旨であった。しかもイエスの肉は残虐な処刑におののき、誘惑は間断なく身に迫って路を転じ、容易なる方を選ばそうとしたのであった。

 その公生涯に入られた当初、悪魔は世界の諸国と、その栄華をイエスの眼前に開展して『もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう』との約束をもって、荒野においてイエスに迫ったのであった。悪魔は爾来しきりに、イエスの眼前に十字架の残酷なるを呪詛しつつ、他の円滑な行路を示して、絶えずこれに迫った。しかし、イエスは常にこの誘惑者の甘言を排し、自己を捨て、自己を犠牲とさせようとして召される聖音に聞き従い、天の父の聖旨を成すために全身全霊を献げ、その事業を完成せられた。今や誘惑はその暴力を揮って新たに迫って来た。その語は悪魔の声であるけれども今し方偉大な告白を提供した愛する弟子の口を藉りているのであった。誘惑者はペテロの形態を装えると等しく、温かな真情を献げつつ、これを強要して説伏しようと試みるのであった。

〈その答弁〉イエスが身震いして、言下にこれを仮借されなかったのは当然であった。イエスはその美わしいき外形の背後に潜む誘惑を認められた。先ず身を巡らして、彼らの思想や如何と他の弟子たちに一瞥を与え、然るのち、常に恩寵の聖語の溢れる恵み深い柔和な聖唇より『下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている』との宣言が迸った。)

2022年5月19日木曜日

十字架に立ちはだかる(ペテロ)

ペテロは、イエスをわきにお連れして、いさめ始めた。しかし、イエスは振り向いて、弟子たちを見ながら、ペテロを叱って言われた。「下がれ、サタン・・・」(マルコ8・32、33)

 イエスの淋しさと勇気が思われる。官憲の圧迫は次第に加わり民衆の心は次第に離反し、かつてはダビデの子と尊んだが、今ではエリヤかエレミヤの再来程度に考えるようになった。十二弟子だけはまだ『汝はキリスト』なりと信じているが、いよいよキリストとしての使命は殺されることだと明言し給うたときに彼らの心の奥には直ちに栄光のキリストの実現を夢見ていた醜さがペテロによって暴露した。しかもこの醜さは子弟の情という温かい衣を着ている。これを振り切って、唯独りで十字架の道へと急がなければならなかったイエスの御心は悲壮である。ヨハネやペテロにも主の十字架を少しも分かち担うことは出来なかった。然り、十字架は独りで負うべきものである。

祈祷
主イエスよ、私にあなたの心をお与え下さい。私が十字架を唯一人にて負い行く淋しさと勇気とを私に与えて、何処なりともあなたに従い行かせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著139頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はクレッツマンの『聖書の黙想』132頁からの引用である。

 ペテロは主をかたわらに連れて行って、主を非難する。確かに、主はこんなことを口にされてはならないのだ。しかし、イエスは彼の最も深い魂の中で目を覚ましておられた。この世界の救いのための神の永遠のご計画は、このようにしてかたわらに退けられてよいものだろうか。彼はおそれに打たれた弟子たちに厳しい目を注がれる。聖なる怒りをもって、主は、ペテロのこの善意ある言葉を、偽りの父であるサタンそのものから来ている言葉として、激しく非難されたのである。主の使者であることを自任しながら、主の受難と死は、この世の救いのために必要でないとする者たちに対して、キリストは今日、果たして何と言われるだろうか。

 たまたま近くにいた人々を呼び寄せられた主は、今や彼らにとって、忘れることの出来ない教訓を与えられる。彼に従うことは、自己否定の道であり、十字架を背負い、自分を忘れることを意味している。この世を得て、自分の魂を失うことは、実際には魂の大安売りである。あのさばきの日を、払い除けようとすることは、極端な悲劇に他ならない。そして、彼自身は、神と聖なる天使たちの前にあるのだと認めるものは、私たちのいのちにかぶせられる栄光を待ち望むものとなるであろう。神は、その日に、私たちを恥じずに、受け入れて下さるように。  

 一方、デーヴィッド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』はこの件〈くだり〉は章を改め、第32章 苦難と栄光 と題して、冒頭に以下の言葉を掲げて、その詳細を12項目にわたって紹介する。
『全き生涯を示し給う汝は 恩寵深き十字架を心に留めるを望み給う 恩寵深き十字架の一を 留め給う汝はただひたすらに これに思いを潜め給う』聖ボアヴェンチュラ      
 (マタイ16・20〜17・13、マルコ8・30〜9・13、ルカ9・21〜36)
1「受難と復活の第一暗示」
 ペテロの唇より、その弟子たちの信仰の告白を聴かれることはイエスにとって歓喜に堪えられないところであった。しかし、その歓喜の潮がイエスの聖胸に沈下するや否や、彼らの証言が再び民衆の熱狂を引き起こしかねないのを恐れて、メシヤであることを何人にも告げるなと戒め、その後、重要な宣言を与えられた。これより前既にイエスは自分を待っている悲運について漠然とした暗示を与えられたが、世俗的王国というユダヤ人の夢を描きつつ彼らは全て心に留めなかった。ところが今は彼らが事の真相を知らねばならない時期であって、彼らの信仰告白はイエスにこれを発表する勇気を与えられた。すなわちイエスは『エルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目に目によみがえらなければならないこと』〈マタイ16・21〉を彼らに示された。)

2022年5月18日水曜日

告白の重要性(下)

それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならないと、弟子たちに教え始められた。(マルコ8・31)

 この『必ず』の文字が特に注意される。これは『なければならない』という文字であって、不可避という意味ではない。避けんと欲すれば、あるユダヤ人の推測したようにギリシャにでも往けばよかったのである※。イエスは使命として斯く為さ『なければならない』と信じ且つ実行したのである。すなわち天意の遂行として『苦しみ』『殺され』『よみがえら』なければならないことを弟子らに予告したのである。言外に贖罪上の必要が含まれているように思われる。私どもを救うために斯く『しなければならぬ』という必要を感じ給うたのである。止むに止まれぬ衷心の要求である。神に対する使命と私どもに対する愛とを果たすために感じ給うた「なければならない』であった。誠に有難い『必ず』である。

祈祷
主なるイエスよ。我がキリストよ、汝は我がために『必ず』苦難を受け『必ず』棄てられ『必ず』殺されるべしと定め給いし御慈愛のほどを有難く感謝申し上げます。願わくはこの大愛を我がはらわたに銘記し、一刻も忘れることなからしめ給え。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著138頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。※ヨハネ7・35を青木氏は念頭に置かれていたのだろうか。デーヴィッド・スミスの『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』はこの件〈くだり〉について次のように紹介している。

第31章 重大なる告白
『主の賜物をもって視し給える汝※、ヨナの子よ幸福なるかな、
「神の霊によりて生まれし如く、天にいます我が父によらずば、
 汝の血肉によりては悟るを得じ」と
    中世紀讃美歌

※引用者註:この「汝」とはヨナの子シモンすなわちペテロを指す
(マタイ16・13〜19、マルコ8・27〜29、ルカ9・18〜20)
1「ピリポ・カイザリヤにて」
 あたかもガリラヤの国境に当たり、堂々たるヘルモン山の裳(裾 )にピリポ・カイザリヤなる一市邑がある。誠に愛すべき地方であって、ヨルダン川はここに源を発し、聖ジェロームの言い伝えるところでは、その語源を想像してヨルとダン なる二つの源泉の下流がかの神聖にして歴史的な大河と合して流れ、ついにその名も二つを結んで称せられたものであると言い、今もなお地方のキリスト者の間にこれが信じられているのである。始めギリシヤ人がここに移住したとき、彼らの神パンの殿堂を建設して市の名をパニアスと称したが、太守ピリポの代に及び市を改修してカイザル・アウグストの名を取ってカイザリヤと称し、パレスチナの海辺の市、カイザリヤ・ストラトニスなるカイザリヤと区別するため、自己の名を付してピリポ・カイザリヤと呼ぶに至った。

2「『人の子を誰となすか』」
 イエスは長く志しておられた隠れ家をここに発見されるや、天の王国に関し、また己が身に及ぶ『一大 落』に対して彼らに準備させるため、十二使徒教育の事業に全力を注がれた。まず第一に速やかに確定しておかねばならない問題として最高主要の時期に関することから始められた。その公生涯の入られてより民衆がしきりに論議しているイエス自身に関し、十二使徒が抱いている意見をただし、彼らがイエスに対してどのような判断に到達したかを知ろうと欲された。すなわちその意見を発表するべき時期を逸することはなかった。イエスはカイザリヤの近辺を彼らを帯同しつつ歩いておられたが、聖意はある大事件に集中し祈祷に己を忘れておられたに違いない。やがて彼らを顧みて『人々は人の子をだれたと言っていますか』〈マタイ16・13〉と問われた。イエスがここに『人の子』なる名称を用いられるには目的があったものである。これはその謙譲を表される称号であって、彼らがその内に隠れた光栄を発見し、その真相をどの程度まで認識しているかを知ろうと欲されたのであった。

 イエスはここで有司たちの思想はどうだろうとは問われなかった。彼らの意見はイエスをもって詐欺者となし、速やかにこれを滅ぼそうとしていた決意はすでに明白に公表されていた。しかし一般民衆の意見はどうであろうか。彼らはもちろんその天に関する教訓とその奇蹟に対する驚愕とで極力イエスを敬慕しているけれども、要するにただそれだけのことであろう。彼らは果たしてイエスの人格とその事業について正当な概念を得ているであろうか。『人々は人の子をだれたと言っていますか』との問いに、十二使徒は彼らが聞き得た種々の意見を提供した。すなわちヘロデ・アンテパスの如き人々はイエスをもってバプテスマのヨハネなりと言い、ある人はエリヤなりと言い、またある人は古の預言者の一人、おそらくエレミヤであると言った〈マルコ6・14〜16、ルカ9・7〜9〉

3「『汝らは我を誰となすか』」
 イエスは、己に対する人々の批評を十二使徒よりも一層よく看取しておられたのはもちろんであって、彼らにこれを尋ねられたのはその批評を知ろうとされるためではない。さらに一層重大で含蓄ある問題を提供されるための準備であった。『では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか』と続いて質された。これ試験的の重大なる質問であった。彼らの答弁がどうであるかはイエスに対する弟子たちの態度が決まると同時にその教訓から彼らがどのような利益を受け、彼らがまた日ならずゆだねられようとする責任を果たして負うに足る者であるかどうかを示すものであった。言下に少しの猶予も置かず答えて『あなたはキリストです』と言明したものがあった。

〈ペテロの重大なる告白〉これぞペテロ、すなわち『使徒たちの口、絶えず熱烈にして、使徒合唱団中の指揮者』たるペテロであった。誠に重大なる告白である。どんな事情よりするもイエスをもってメシヤとするは重大な告白であって、預言者があらかじめ主張し、正義の人が見えんことを渇望する救い主としてイエスを認識するもので、長くイスラエルの待望し、人類世界の熱心渇望する人物をもってこれを待つ所以である。しかし場合が場合であったためにペテロの告白には格別なる意義を生じ、イエスにとって特殊の価値あるものとなった。その伝道の首途に当たり第一に随従した弟子たちは洗礼者の証言に励まされ、また自ら親しくこれに接し、イエスをメシヤと信じつつ身を投じて来たのであった。しかし彼らはユダヤ人であって、メシヤとその事業についてはユダヤ人の観念から免れることは出来なかったが、爾来イエスと不断に接触している間に、その幻想は絶えず破壊されるのみであった。イエスは油断なく、このメシヤについて一般に確信されている観念と奮闘されたのであった。而して忠信揺るがず謙遜の道を歩まれたので、彼らは日を重ねるにしたがって、イエスは身に受けられる喝采を退け、人の熱情を醸す物資的権威を捨てられる卑賎な人の子であると認識するに至った。

  バプテスマのヨハネすら主のメシヤたる所以のこの簡単な試験を課せられて、その心揺らいだのであって、十二使徒がこれを疑うに至ったのは無理はないのであった。然るに『あなたはキリストです』との答えが猶予もなく直ちに表れ出たのは重大な告白であると言わねばならぬ。彼らはまだユダヤ人たる思想になお囚われているのはもちろんであるけれども、すでにその主の恩寵に忝くも浴して、その栄光の到底疑うべかららざるを深く感じたのであった。その現状の彼らの信仰とは矛盾しているとは思いつつもイエスのメシヤにしてイスラエルの救い主であることを思わざるを得なかったのであった。

 このあとデーヴィッド・スミスは延々とこれに続き4「耶蘇の称讃」5「ペテロに対する約束」6「使徒時代の二註解」とパウロの教会論にまで敷衍する文章を綴る。このようにデーヴィッド・スミスの説明が詳細を極めているのはマルコの福音書よりマタイの福音書の当該箇所に忠実たらんとするるためであるが、本稿では残念ながら省略せざるを得ない。)

2022年5月17日火曜日

告白の重要性(上)

イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々はわたしをだれだと言っていますか。」(使徒8・27)

 イエスという人は自分に関する世評を気にするような弱いお方ではあるまい。されば何故にかかることを弟子たちに問い給うたのであるか。答えは至極簡単であると思う。それは何人であるかという問題が今弟子らに遺して行く信仰の中心とならねばならぬからである。イエスがもし単に一個の教師であるか預言者であるならば人が自分を如何に批判しても差し支えはない。しかし彼が遺して行く福音の中心を為すものが、彼の誰であるかという問題によって決するものであれば弟子らにこれを十分に会得させておかなければならない。だから今この問いを発したのである。然り、キリスト教の中心はイエスである。イエスの人格である。人格の高下ではない。人格の種類である。イエスはキリストすなわち救い主であるという信仰が福音の基礎を為すものであることはイエスご自身が弟子らに教えたところである。イエスを単に模範とするキリスト教はイエスのキリスト教ではない。

祈祷
主イエスよ、この恐ろしき現代の不信よりお救い下さい。奇蹟を排し、あなたが神の子であることを排し、私たちより救い主を奪い去らんとする不信なる牧師と教会とより私たちを救い出しえ下さるように切にお祈り申し上げます。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著137頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。クラックマンはこれら箇所の表題として『人々は、わたしをだれと言っているか』とつけ、『聖書の黙想』128頁以下で次のように書いている。

 今日、私たちの前に開かれるこの箇所の物語では、私たちの救い主は、苦しみと死へと通ずる諸段階の中の、具体的な一歩を進めておられる。ここに出て来る人々は、イエスが、その言葉の示すまことの意味で、約束されたメシヤであるという事実からは、遠くへだたった所で、彼を考えていた。

 主はまず弟子たちに、正しい知識を与えねばならなかった。ペテロが、すべての使徒たちの名においてなした告白は、この方向に弟子たちの理解が向かっていたということが、うかがわれる。弟子たちは、彼の国は、ただ彼の死と苦しみによってうち立てられることを、だんだんと学ばねばならなかった。彼の国は常に、十字架の下にある王国であり、霊的な、永遠の価値をもった王国だったのである。

 深く静まりかえるガリラヤの海を後にして、イエスとその弟子たちは、今や狭い一つの湖を通り過ぎ、約30マイル離れたレバノン山の麓のピリポの町へ向かわれる。この町はピリポの首都である。この地方に来た人々は言うだろう。自然の美に恵まれたここは、休暇を過ごすにふさわしいと。しかし、主にとって、この旅を思い立たれたのは、休暇のためではなかった。

 主は、彼の弟子たちに、彼ご自身と、彼の国についての、より正しく、より深い知識を与えるための時間は、ますます、少なくなりつつあることを知っておられた。彼のそばで、ゆっくりと足を運んでいる弟子たちに、イエスは質問をかけられる。「人々は、わたしをだれと言っているか」と。そして、人々は、イエスを、色々な言葉でほめたたえ、偉大なる預言者の一人に彼をなぞらえたり、あれこれの、預言者の再来だとさえ考えているとの答えが得られる。しかし、人々は、彼が、メシヤその人だとの確信からほど遠いところに立っているようである。その時、主は、この問いを、まっすぐに弟子たちの前におかれる。「それでは、あなたがたは、わたしを誰と言うか:。ペテロは即座に、そして立派に、弟子たちすべての名において答えた。「あなたこそキリストです」

 彼に最も近くにいるこの者たちは、少なくとも、彼がこの世界に来られた意味を更にはっきりと理解し始めている。このことは、主の心をどんなにか慰めたことだろう。しかし、この彼らも、正しい態度と、正しい理解をもってこの言葉を受け取れるようになるためには、学ぶべき多くのことが、まだまだ残っていたのである。そこで、主は、そのことを誰にも漏らさないようにと厳しく命じられた。私たちは、今日の人々が、キリストの御人格とその国について、あまりにも少ししか知らないことに、驚かされまい。

 主にとって、この弟子たちに対しては、間もなく起ころうとしている事柄を教え、心備えを促す以外に何ができただろうか。

 ヨハネ福音書2・18〜22に見られるように、かつて主は、公に彼の苦しみと死について語られたことがあった。しかし弟子たちは、起こることがないこととして、それを心の外に押し出していた。私たちもまた、それについて、如何にみことばが明らかに語られてはいても、受け入れていない沢山の事柄があるようである。そこで、今や主は、はっきりとまた力を込めて、出来る限りの明白な言葉を通し、差し迫った彼の苦難、彼の死、そして彼のよみがえりについて、弟子たちに語り告げたもう。彼らがショックを受けたのは無理からぬことだろう。)

2022年5月16日月曜日

次第次第に明らかにされる主の恵み

イエスは盲人の手を取って村の外に連れて行かれた。そしてその両眼につばきをつけ、両手を彼に当ててやって、「何か見えるか。」と聞かれた。すると彼は、見えるようになって、「人が見えます。木のようですが・・・」と言った。(マルコ8・23〜24)

 前出の唖者を癒し給うた時のそれに似ている。多分この人の信仰を漸次に導き出すためであったろう。最初信仰のおぼろげであったこの盲人もイエスご自身が手を取って村の外まで連れて行き給う間に先ずイエスに対する信仰の目が次第に明らかになったであろう。が、これはまた私どもの信仰生活の良き喩えでもある。盲目な私どもが何処へ往くとも知らずイエスに導かれて出で行く時親しく手を我が目に触れて癒し給う。最初から霊界はハッキリと見えないけれども、度々主に触れて行く間に次第に明らかに見えるようになってくる。

祈祷
主よ御手もて引かせ給え。暗きこの世の旅路を歩む時、我が目のくもりて見えぬ時、主よ願わくは御手もて親しく我れを導き給え。アーメン

 (以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著136頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下は『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』8「十二使徒の遅鈍」に続く引用である。
9「ベッサイダの盲者の治」

 この事件によってイエスはいよいよ十二使徒の教養の緊要なのを事新しく感ぜられた。時に行程は終わって、小舟はその航路尽き、一同は湖の北方に到着して上部ヨルダンの河口に上陸せられた。河の左岸を少し遡るとベッサイダと称する小さき美わしい町があった。かつては寂しい村落であったが太守ピリポがそれを拡張し整理してロオマ皇帝アウグストの娘ユリアの名前を取ってベッサイダ・ユリヤと称するに至った。イエスは北方に心急かれるままに、ひそかにこの町を隠れて通過される思召であったろうけれども早くも発見するものがあった。

 而して癒されるためにと盲者を伴って来た。群衆が再び集まり来たって、その行程を遮るべきを看取せられたイエスは、盲者の手を取って、奇蹟を行なう前にこれを町の外に伴い、視覚を遮られているため、触覚をもって、その霊性に接せられた。而して当時の医者の所作に準じ、その眼に唾をつけて手を触れ、何物が認め得るかを問われた。盲者は眼を開いた。蓋しその聖手と聖音に彼の信仰は燃やされて、これを仰見んとして努力したのであった。

 その瞬間に奇蹟は行われて『我れこの人々の歩行くを見るに樹の如し』と答えた。英国の一哲学者の言うに、ある盲者に紅の色についていかなる観念を持っているかと問うと、彼はラッパの強い音を集めたように思うと答えたそうである。この盲者は周囲の人々を眺めて、その動くのを見れば人であることを知ったがために人を見ると思うけれども、彼らは盲目中に胸に描いていた樹のようであると答えたのであった。主がその両手をその錯乱した眼に触れられるや否や万物整然と見ゆるに至った。

10「ベタニヤより脱出」
 この男は近郊の村に住まっていたものと思われる。イエスは一般の人に認められるのを避けるために、彼が村に入るのを禁じて、直ちに家に帰らせ、こうしてわずかに活路を得て、遮るもののない旅行の途へと上られたのであった。

 一方、クレッツマンは同じ箇所を次のように『聖書の黙想』130頁で述べている。

 ガリラヤの湖を、渡ったイエスと弟子たちは、ベッサイダ〈ジュリヤ〉地方にやって来た。以前この近くで、主は五千人の人に食を与えられたこともあった。人々は彼の所に一人の盲人を連れて来たが、彼は異常とも見える方法でこの男をお癒しになった。彼は一言をもって彼を癒すこともできただろう。しかし主は、ここの場合に各様のご自分の仕方によってかかわられた。彼には最も良いと見え、私たちには説明が届かないような形を通してさえ、私たちを救われるのである。しかし、奇蹟ばかりを求めるばかりで、主の真の目的を理解することには、鈍い人々の中から、この男を離し、町の外へと連れ出した主の目的を容易に理解できるだろう。

 男の目に唾をもって触れ、両手を彼にあてて、主は語りかけられた。主は、少しずつ、視力を回復するようにされたので、男の目には、最初、歩いている人が、木のようにぼんやりとかすんでうつる。主はもう一度彼の目に両手をあてて、見上げよと命じられる。そして、見よ、男の視力は、完全に取り戻されたのである。主は、この時も、心ない、感情的な人々が、彼に押しかぶせる、誤った名声を恐れられたので、この男に、まっすぐに家に帰って、町に戻るなと言われる。このような出来事は、町の中では、隠し通せるものではない。この記事に対して、私たちは、次のことに気がつこう。すなわち主は、私たちを助け、救うために来られたのであって、私たちの好奇心や興奮への期待を満足させるために来られたのではないことを。)

2022年5月15日日曜日

パン種(下)

「目がありながら見えないのですか。耳がありながら聞こえないのですか。あなたがたは、覚えていないのですか。わたしが五千人に五つのパンを裂いて上げたとき、パン切れを取り集めて、幾つのかごがいっぱいになりましたか。」(マルコ8・18〜19)

 観察力と記憶力の霊的使用とでも言うべきであろうか。目と耳と記憶とを用いるには神様の前に責任のあることが教えられているではないか。イエスが弟子たちに対してこれほどに小言がましく言われたことは他に少い。弟子としては別に何も悪いことをしたというのでもなし、過失があったのでもない。ただ主の大奇蹟を忘れたと言うに過ぎない。それが良くない。忘れるにも事による。忘れることが大きな災害を起こすこともある。キリストの大能に対する健忘、キリストの大慈に対する忘恩、これらは許すべからざる罪悪である。この大宇宙を見て神の大能を見ない者。過去に受けた大いなる恩恵を忘れて呟く者。決して『忘れました』では済まないのである。見ること聞くことにおける霊的不注意、過去に対する霊的忘却、これは信仰の怠慢から生ずるものであってキリストのお叱りを受ける性質のものである。

祈祷
主よ、私に天地万有にあなたの働きを見る鋭い観察の耳目をお与え下さい。いいえ、私たちの日常生活人事百般のうちにも御手の働きを見、御声のささやきを聞く耳をお与え下さい。そうしてあなたの一切の御業と御教えとを永遠に忘れない尊い記憶をお与え下さい。肉に属する一切を忘れて、霊の一切を忘れることができない天的の記憶を私にお与え下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著135頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はクレッツマンの『聖書の黙想』125頁からの引用である。  

 結局、彼らは見る目も、聞く耳も持ち合わせていなかったのではないか。二、三日前に起こったことも覚えていないほどに彼らは記憶力に乏しいのだろうか。たとえ、パンが尽きてしまったところで、どうして、心配するいわれがあろう。苦々しげにイエスは嘆かれた。「あなたがたは、どうして、まだ悟らないのか」。
 そこで、最後にはこの弟子たちにも、師がパリサイ人の偽りの教えについて語ったのだということが、おぼろげながら、分かりかけて来た。今日でも、この警告は、何とわずかしか理解されていないことだろう。
 つまり、偽りの教義のパン種は、たとえ小さなものでも、私たちの気づかないうちに、深く入り込んで来て、取り返しのつかない害を及ぼしやすいということである。)

2022年5月14日土曜日

パン種(中)

「パリサイ人のパン種とヘロデのパン種とに十分気をつけなさい。」(マルコ8・15)

 イエスがこれほどに嫌い給うた『パン種』とは何であろう。ルカ伝(12章1節)には『パリサイ人のパン種に気をつけなさい。それは彼らの偽善のことです』とあり、マタイ伝(16章12節)には『パリサイ人やサドカイ人たちの教えのことであることを悟った』とある。この二つを総合すると、誤れる教理と偽れる人格である。これをパン種に喩えたのは腐敗から生じたものである点と、少しのものが全体をふくらます点とを指したのであろう。現代人は教理や神学を嫌う。しかし教理が正しくなければこれを信ずる者の人格にも正格でないところが生じてくる。宗教に情操や情感の満足のみを求めてカトリックに赴く人の多い現代は果たして健全な人格を生じ得るだろうか。ヘロデのパン種とサドカイ人のパン種とは現世主義唯物主義でありパリサイ人のパン種は形式主義外面主義である。前者はマルクスに代表者を見出し後者はカトリックに後継者を見出す。この二つのパン種を私どもの心から全滅させねば主の御心に適うことは出来ない。

祈祷
主よ、願わくは我が衷より一切のパン種を除き去り給え。純真無雑の心をもって、ただ専心一意御足の跡を慕わせ給え。我らを魅せんとするこの世の物の惑わしに目を閉じ、一路天の彼方を目指して進み行かせ給え。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著134頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。『受肉者耶蘇』7「北方へ脱出」と題した文章は前回5/12に示した通りであるが、途中で終わっており、その続きに〈パリサイとサドカイの発酵〉と題する以下の文章がある。

 「パリサイ人のパン種とヘロデのパン種とに十分気をつけなさい。」と戒められた。この時イエスは現に遭遇された光景を思い浮かべつつ、パリサイ派の盲従的伝統教とサドカイ派の放縦、並びにヘロデ王廷臣の貴族的阿諛者に対するを戒められた。一句はその真のメシヤの意義を論じられるべき前提〈マルコ8・15〉であったが、もしその後を続けられることができたならば、ただし彼らが予期することができなかったであろうーー『キリストの苦難とそれに続く栄光を』〈1ペテロ1・11〉あらかじめ彼らに示されるはずであった。然るに談話は妨害された。乗船されるとき弟子たちは急いだ余りにパンを携え来ることを忘れて僅かに一塊のみの他は持ち合わせなかったので、イエスが『パン種』と仰せられた言葉を文字のままに解して、パリサイ人やサドカイ人に加担する人々からパンを得ることを禁じ、それを得るべき方法を命じられたものだと想像した。

8「十二使徒の遅鈍」
 これ十二使徒の遅鈍にして非霊的なるを示すものであった。『パン種』なる言葉を精神的な意義に用いるのはユダヤでは普通であって、彼らがことに先頃見聞きした事実を有する以上この誤解は許すことの出来ない失態であった。もし彼らは人を真に汚すものについての主の教訓〈マタイ15・16〜20、マルコ7・18〜23〉を心に留めていたならば、パリサイ人あるいはサドカイ人の手に触れたパンと言えどもこれを禁じられることがないのを夙く悟ることが出来たはずだ。ましてパンの一塊りをもって数千人を二回も養われたイエスが彼らの間におられるのに何の心配があろうか。『何ぞ互いにパンを携えざりしことを論ずるや、未だ悟らざるか、汝らの心なお頑きか、目ありて視えざるか、耳ありて聴こえざるか、また悟らざるか。我れ五千人に五つのパンを割り与えしとき、そのクズを幾かご拾いしや、また四千人に七つのパンを割り与えしとき、そのクズを幾かご拾いしや、汝らこれを覚えざるか。「パリサイ人とサドカイ人のパン種を慎め」とはパンについて言えるにあらざることをどうして悟らないのか』とイエスは叫ばれた。)

2022年5月13日金曜日

パン種(上)

弟子たちは、パンを持って来るのを忘れ、舟の中には、パンがただ一つしかなかった。そのとき、イエスは彼らに命じて言われた。「パリサイ人のパン種とヘロデのパン種とに十分気をつけなさい。」そこで弟子たちは、パンを持っていないということで、互いに議論し始めた。(マルコ8・14〜16)

 イエスの心は霊のことで一杯であった。弟子たちの心は肉のことで一杯であった。今、舟の中で食するものが無いと言うのが弟子たちの大問題であった。いつまでも天よりのしるしなどを求めて生命のパンを求めないパリサイ人らの心の腐敗がイエスを悩ましている問題であった。師と弟子とこれほどの距離がある、同じ舟にいても心の居るところは大変にちがう。これがまたイエスの大なるお悩みであった。一般民衆の浅薄な無理解、宗教の指導者であるべき人たちの偽善と虚飾、それに加えて弟子たちの霊的遅鈍。イエスはどんなに淋しく感じられたことであろう。『まだわからないのですか、悟らないのですか。心が堅く閉じているのですか』とのお叱りの言葉には主イエスの孤独の感が現われているではないか。私どもも今少し霊に心が奪われるようにならなければ主に淋しい思いをおさせ申すであろう。

祈祷
主イエスよ、何につけても肉に思いを馳せる私どもはただそれだけで如何に御心をいためておるでありましょう。私どもはあなたと同じように思い、考え、同じ問題に心を奪われるようになりとうございます。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著133頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はクレッツマンの『聖書の黙想』125頁からの引用である。 

 今ご自身の眼前にされた心のかたくなさに深く落胆し、重い気持ちを抱きながら、主は湖の東に戻ることを決められたが、急の出立で弟子たちは食物を持って来るのを忘れてしまった。たった一つのパンだけが、彼らの手持ちの全てだった。ところで、彼らは。つい今し方、万事を見届けたはずなのに、またもや、世俗的なわずらいに、たやすく心を占められてしまうのだ。だから、イエスがまだ先刻の敵たちのやりとりに胸を痛めながら、「パシサイ人とヘロデ〈サドカイ人ととりわけ親しい間柄にある〉のパン種に十分気をつけなさい」と言われた時、彼らは、一人残らず、師の言葉を誤解してしまった。彼らはパンを持って来ないことで非難されたのだと考えたのである。この弟子たちに対するイエスの失望はひとかたならぬものだった。

※クレッツマンはこの箇所を含むマルコの記述〈8・1〜21〉に「どうして、まだ、悟らないのか」と題名をつけている。まことに宜〈むべ〉なるかなである。)

2022年5月12日木曜日

北方へ脱出

ドイツ・ボーデン湖畔※ 2005.10.21
イエスは彼らを離れて、また舟に乗って向こう岸へ行かれた。(マルコ8・13)

 ツロ、シドンへの長途の旅行から帰ったばかりであるが、パリサイ人たちの不信仰と陰謀とに出遭って、またすぐに、ピリポ・カイザリヤ(北方二、三十英里)へ向かって長い旅行を始められた(27節を見よ)彼らを恐れて逃げたのではないが、彼らと偕に在ることを不愉快と為し給う他には違いあるまい。教養のある人は無益の争いを好まぬ。と同時に低級な人々の俗論を聞くのも不愉快でたまらぬものである。そんな途中に邪魔をされることはお弟子たちの教育の妨げともなる。争って勝利してみたところで信仰に入るような正直さを持たない彼らであるから、これを避けるのが最善の方法であったのであろう。がしかし『彼らを離れ』の語は何となく恐ろしいもののように私には響く。主イエスが私に愛想をつかして行き給うことがあったら、どんなに寂しいだろうと思うとたまらなくなる。

祈祷

主イエスよ、願わくは私を離れ去らないで下さい。たとい私のうちに度々反逆の声が起こることがあっても、たといあなたの心が私のうちに成ることがなくとも、願わくは私を離れられることがないようにして下さい。私を忍び私を赦して、私とともにいて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著132頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』昨日の6「主の拒絶」に引き続き、7「北方へ脱出」と題して以下のように述べている。

 これらの悪意を含む論争の間に十二使徒を教訓されることはイエスに不可能であった。ゆえにこの地を去って更に隠退の場所を求められねばならなかった。果たしていずれに向かわれて然るべきであろう。ガリラヤはすでに禁足の地であって、湖の東岸もまた望みがなかった。選ばれるべき地は更になかったけれども、なお北方に今一回赴いて異教徒の地に隠れ家を求められることとなった。故に再び湖岸に出て、乗船して湖の頭部の端に航路を転ぜられた。航程13マイルであったが小舟の緩やかに湖上を滑る間、天の王国に関して十二人を教育される機会を得られた。
 

※著者のデーヴィツド・スミスはこれらすべての項目を含めて第30章としてその表題に『彷徨』と名付けている。まことにふさわしい題名である。昨今の知床半島の観光遊覧船の事故を思うにつけガリラヤ湖畔もまた荒れる時は荒れるだろう。その海風を支配なさるイエスさまが今日の最後のフレーズにあるように「緩やかに湖上を滑る間、天の王国に関して十二人を教育される機会を得られた」とはまことに弟子たちにとっても至福の時であったろう。思わず10数年前の湖岸の風景を思い出した。ドイツ国内であることは確かであるが、ボーデン湖であったかどうかは怪しいが、とりあえずそうした。)

2022年5月11日水曜日

主の拒絶(第三回目)

天からのしるしを求めた。イエスをためそうとしたのである。イエスは、心の中で深く嘆息して、こう言われた。「・・・今の時代には、しるしは絶対に与えられません。」(マルコ8・11〜12)

 イエスの奇蹟は慈愛から流れ出た奇蹟であって人を驚かさんがための奇蹟は一つもない。慈愛の奇蹟に目を閉じる者に単なる驚異を与えて何になろうぞ。イエスの深く嘆じ給うたのはかような心である。実を言えばイエスは天よりの奇蹟を弟子らに見せて居られる。バプテスマを受けた時に天から声があったし、ヘルモン山上で変貌してモーセとエリヤと語り、その時にも天から声があった。けれどもこれらは慈愛の奇蹟を信ずる者のために与えられたのである。愛を受けぬ者に対して何物をも与えられる筈がない。

祈祷
天の父よ、願わくは愛に開く心を与え給え。世の罪のために閉ざされたるこの心をもあなたの愛に向かって常に開くことができるようにして下さい。私はまだ真実に人を愛することが出来ませんが、真実にあなたの愛を受け入れる事を学ばせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著131頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はクレッツマンの『聖書の黙想』124頁からの引用である。 

 主がガリラヤの海の西岸にもどられると敵たちはすぐさま迎え討った。パリサイ人は、他の点ではあまり親しい間柄でなかったサドカイ人と、イエスの権威に挑戦するという点では明らかに共謀してしまったのである。彼らは主から、しるしを求めた。なんと目の閉ざされた、愚かなことだろう。主は他の誰もがーー彼らの偉大な預言者たちでさえーー行わなかったような、しるしと奇蹟をなさったのではないか。しかし、不信仰というものは常にこんなものだ。つまり、見たくない見ないで、「なかった」と言い張る。このように手に負えない不信仰の証拠を前にして、イエスが深く胸を痛め、悲しまれたのは無理からぬことだった。彼は心の中で、深く短足しなければならなかった。これらの人々の愚かな欲望を満たすために何か見せ物めいたことをするのは、きっぱり拒絶されたのである。
 もし、主のみことばと、そのことばをもたらした神からの信任状で不十分だというなら、彼らはあと一つ、更に偉大な奇蹟を期待するだけだった。つまり、マタイ福音書に見るように、イエスの葬りの復活に関する、預言者ヨナの奇蹟である。ここで、主は彼らのもとを立ち去られた。

 なお、『受肉者耶蘇』はその494頁以下で、4「舟に乗りて遁れ給う」5「パリサイ人サドカイ人来着〈『天よりのしるし』の要求〉6「主の拒絶」と書き進めているが、そのうち6「主の拒絶」に次のように述べている。

 我らの主がしるしを求めるものにこれを拒絶されたのは、これで三回目であった三回目であって、その都度如何にその要求を適当に処置せられたかを特に注意すべきである。第一回はその伝道開始の当初エルサレムにおいて過越の祭りの間に起こったこと〈ヨハネ2・18、19〉であって、そのしるしは有司にもまた当時の弟子にすらも、悟り難いところであったけれどもなおこれに応じられた。すなわち復活のしるしがこれであった。第二回は憤慨しつつこれを辱められた。しかもその慣用の手段をもってニネベの人々がヨナの説教によりて悔い改めしたことと現在の論争とを比べつつ、ヨナの説教よりも偉大なるしるしの彼らの前にあるに彼らがなお心に留めざるを戒飾してこれに応ぜられたのであった〈マタイ12・38〜42、ルカ11・16、29〜32〉。今第三回の要求がさらに提出されたが、イエスは絶対にまたこれを辱めつつ拒否せられた。『なぜ、今の時代はしるしを求めるのか。まことに、あなたがたに告げます。今の時代には、しるしは絶対に与えられません。』)

2022年5月10日火曜日

主はまことの養い主(下)

人々は食べて満腹した。そして余りのパン切れを七つのかごに取り集めた。・・・パリサイ人たちがやって来て、イエスに議論をしかけ(マルコ8・8、11)

 『七つのかご』、この『かご(籠)』は五千人の時の『かご(筺)』よりもはるかに大きい。『かご』は食物など入れて手に携える小さいものであるが、『かご』はパウロがダマスコの石垣から吊り下げてもらう時に入ったほどの大きさである(使徒9・25)残りは五千人の時よりも多かったのかも知れぬ。十二分に彼らは養われたのである。この直後にパリサイの人がイエスに議論をふっかけに出て来たのは何と言っても人の心の浅ましさを物語る。大能を見ても、大愛を見ても心の貧しからぬ者は信仰に入ることが出来ぬ。反って反感を抱き、嫉妬を生ずる。人間に最も大切なものは謙遜の心である。主は常に『悔い改めて信ぜよ』と呼びかけ給う。悔い改めの内容を分解すればその重要な部分は謙遜である。我らの日々はこの悔い改めの日々であらねばならない。

祈祷
神よ、我らは自ら見て正しとする者であります。自ら見て人に優れりとする者であります。この心こそ一切の罪の根であります。どうか本当の悔い改めと謙遜とを毎日学ばせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著130頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はクレッツマンの『聖書の黙想』123頁からの引用である。

 たしかに、一般民衆の間での、イエスの人望は相変わらず、大きかった。彼のみもとに集まった群衆の多くは、遠方からやって来た者に違いないが、それはおびただしい数だったと聖マルコは語っている。彼らは見たり、聞いたりすることに熱心になったあまり、町や村へ行って、何か食糧を手に入れる時間を惜しんでしまった。おそらく、その付近の食糧の貯えはこれだけの人数をまかなうのに、十分でなかっただろう。民衆のこんなありさまにイエスのあわれみはかき立てられた。彼らがみもとに来てから、今日で三日経つので、イエスはこの人々がどんなに飢えているかを悟っておられ、しかも、飢えというものがどんなものかもご承知だった。彼は荒野で四十日もの間断食されたのではないか。

 群衆をこのまま、家へ帰すには、もう遅過ぎていた。もし、そうしたら、彼らは途中で弱ってしまうだろう。弟子たちは五千人に食物を与えたあの奇蹟をイエスにもう一度くりかえしてくださいと提案するのは、自分たちの分ではないと考えたものらしい。彼らは、ただ、この荒野では、民衆に食物を与える方法がみつからないと口にしたにすぎなかった。そこで、主はすべてをのみこまれ、後を引き受けられたのである。

 手もちのものを、いそいで調べて見ると、七つのパンのあることがわかった。群衆は草の生えていない土の上にすわり、すぐに態勢を整えた。主は神の恵みを感謝して、これらのパンを小さくさき、弟子たちの手に渡した。弟子たちはそれを小さな魚と一緒に、飢えた人々に分け与えた。驚くべきことに、この人々皆が十分に食べて、しかも、ありあまったのである。婦人や子供を除く四千人が食べた後残りクズを集めると、七つの大きなかごがいっぱいになったほどだった。これらはまた彼らが家路を辿る道での有難い元気づけの食料となったかも知れない。私たちが肉体をもった人間として求めるところを、すべて配慮してくださる救い主の御意と御力を疑うとは、なんと恥ずべきことではないか。 )

2022年5月9日月曜日

主はまことの養い主(上)

イエスは弟子たちを呼んで言われた。「かわいそうに、この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、食べる物をもっていないのです。空腹のまま家に帰らせたら、途中で動けなくなるでしょう。それに遠くから来ている人もいます。」(マルコ8・1〜3)

 これは群衆を養い給うた第二回目の奇蹟の時である。二度も斯かる奇蹟が繰り返されてあるのは神が人を造り給うた以上は食物は必ず与えて下さる御思召を現わしたのである。『何を食べるか・・などと言って心配するのはやめなさい』の実物教育である。
 この群衆の大部分は好奇心のためにイエスを見に来た連中で、本当のものを求る者は僅少であった。それでも彼らは三日イエスと偕に居ったためにイエスはどうしても飢えしままで帰らせることは出来なかったほどに深い御同情の持ち主である。我々人間はモトモト天の父がこの世に生んで下さったのであるから、天の父は必要の食物は必ず与えて下さる。
 天の父が食物を御与えなさらない時は(それが老衰によってでも、病気によってでも貧乏によってでも)喜んでこの世を去ったらそれでよいのである。自分が死んだら子供が可愛そうだなと思う。けれども子供も私と同じく天の父からこの世に送り出されたのであるから同じことである。何も無理にこの世に長く居るのが幸福なわけではない。
 要するにパンの問題は人間さえ悔い改めて行けば神は必ず解決し給うのである。奇蹟を行ってでも、または新しい発明を人に与えてでも。空気の中からでも土の中からでも。

祈祷
父よ、信なき私どもを憐んで下さい。あなたの大愛を徹底させて下さい。あなたが造った私である事を覚え、あなたが養って下さる事を信じ、またあなたがこの世からお取りになる事を信じ、いつでも安心して何事にも『憐み給う主』を見上げさせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著129頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下は、デーヴィッド・スミス著『受肉者耶蘇』492頁、30章 彷徨 の3「再び奇蹟を以て養わる」である。

 山上の奇蹟は忽ちにして群衆の熱狂を醸しイエスの困惑は一層に加わったので、これを脱出するの手段を構ぜんと決心せられた。イエスは如何にもして彼らを去らしめようと欲せらるるも、なお群衆はイエスに取っても誠に憐れに見えるのであって、この雲霞の大衆を眺められては聖旨自ずから悲しからざるを得ないのであった。彼らのうちにはフェニキヤの遠隔の地方から遥々随従して来たったものもあって今や疲労し尽くして居た。その蓄えた糧食も悉く費やして、この荒涼たる地においてはこれを求むることを得べくもなかった。
 イエスにしてもし彼らをそのまま遺棄せらるれば、彼らは飢餓に迫るの他はなかった。イエスは弟子を顧みて『かわいそうに、この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、食べる物をもっていないのです。空腹のまま家に帰らせたら、途中で動けなくなるでしょう。』と仰せられた。曩にイエスがこれに超ゆる群衆を養われたことを記憶せる弟子たちはこれをイエスに委ねて『こんなへんぴな所で、どこからパンを手に入れて、この人たちに十分食べさせることができましょう。』と答えたが、これはさながら『これは私たちにはできません。あなたの聖手に委ねます』という意味であろう。イエスはどれだけの蓄えがあるかを彼らに問われたが、ガリラヤの土民の常に糧食とする七つのパンと少しの魚があるばかりであった。イエスはこの僅少の蓄えを取って、これを祝し、四千人以上の群衆の一団にこれを頒たしめられた。これが充分に用に足れるのみならず、余りの屑は七つのかご(籠)に溢れた。)

2022年5月8日日曜日

エパタ(下)

すると彼の耳が開き、舌のもつれもすぐに解け、はっきりと話せるようになった。(マルコ7・35)

 これは肉体の癒しであった。ああ私は本当にこの人の如くに癒されたい。主はかつてパリサイ人に対して『汝ら目しいなりしならば幸いなりしならん』と言い給うた※ことがあるが、私も盲目でつんぼであったなら反って幸福であったかも知れない。私はかつて肺尖と咽喉とを病んで1ヵ年も発声を禁ぜられ、家の者とも筆談をしていたことがあるが、あの時に私は『神様、どうか私に祈り、讃美し、道を説く(Pray, praise, preach)だけの声を与えて下さい』と祈った。而して声は与えられた。然るに私はその声を以上の三つだけに用いていないのは残念である。今でも咽喉を害するごとに、この声を悪しく用いている事を思い出して悔ゆる。どうか心の舌の縺れがとけて正しく物いうようになりたい。

祈祷
主よ、私の肉体の目と耳と口とが開けているために反って心の目が暗く耳が鈍く舌がもつれていることを苦しみます。どうか私の肉体と霊魂とが調和して共に開かれるようにしていただきとう存じます。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著128頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。※このイエスさまの言葉はどこにあるのだろうか。引用者は「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう」〈ヨハネ9・41〉しか思いつかないのだが・・・。読者諸兄でこれ以外のズバリのみことばがあったら教えていただきたい。それにしても、青木さんの経験を今病に伏している身近の友が経験して居られる。その方は「主が戦って下さる」と言って居られる。〈1サムエル17・47〉病床にある友の回復のために祈る者である。)

2022年5月7日土曜日

エパタ(中)

イエスは、・・・その両耳に指を差し入れ、それからつばきをして、その人の舌にさわられた。そして、・・・その人に「エパタ。」すなわち「開け」と言われた。(マルコ7・32〜34)

 他の病人や盲人と違ってこの人は唖でつんぼだからキリストに対する何らの予備知識もない。人の心に触れずにして奇術的に病気を癒し給うのは主のご本意でない。されば主は懇切に両耳に指を入れ、ご自身の唾液をこの人の舌に塗りつけ給うた。ご自身の舌の先でこの人の舌に唾液を移したかあるいは指の先につけて舌にさわったのかは不明であるが、恰も抱擁して接吻し給うた如き御態度をとり給うた。この懇篤な態度は主の温かい御心をこの人の心に通じさせずにおかなかったであろう。愛と信とに目覚めつつある心に対して『開け』と宣うたのは意味が深い。主が私どもを癒し給うとき費用なしに易々と為し給うのではない。主ご自身を費やして我々を癒し給うのである。主が我々を愛し給うその一挙一動には十字架の価が払われている。

祈祷
価なしに受けたれば価なしに施すべしと私たちにお教えくださった主よ、あなたは大いなる価を払いて私たちの救いを成し遂げてくださっています。あなた自ら尊い価を払って、私たちに価なしにこれを受けさせて下さる恵みを感謝申し上げます。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著127頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はクレッツマンの『聖書の黙想』118頁からの引用である。 

 この出来事のあった場所から、主は地中海の沿岸づたいにシドンに向かって、北へ北へと進まれたらしい。それから、東に方向を変え、レバノン山脈の低い地帯を越えて、ヨルダン渓谷の上流を下り、とうとう最後にデカポリスの地方に達し、その付近で、悪霊に憑かれた男を癒すことになったものと思われる。人々はみもとへ、耳と口の不自由な男を連れて来たのだ。この男に対して、人々が大いに心を配っているのは明らかだったが、どんな人力でもってしても、救うことはできなかった。
 主はただ一言で、この男を癒すことができるにもかかわらず、その代わりに、きわめて巧みな身ぶりの言葉を用いて、ご自分がこの男の苦難を理解する者であるということと、救いはご自身から来るのだという考えを、男の心に印象づけた。主は男の両耳に指を差し入れて濡らした指で男の舌に触れ、天を仰ぎ、救いは必ず天から来ることを示して、熱心な祈りのしるしにあからさまなため息をつき、それから、土地の言葉で「エパタ」と叫ばれたのである。これは「開けよ」という意味で、おそらく、この男の聞いた最初の言葉となるものだった。
 見よ、この男は聞くことができるようになったばかりか、言語の障害も取り除かれて、すらすらしゃべることまでできるようになったのだ。主は群衆の不快な好奇心を避けたかったので、この男を人々から別に離しておいて、このことを仰々しく騒ぎ立てないように言われたが、それでも、人々の驚きはひとかたならないものだったので、ますますこの出来事は言い広められた。「この方のなさったことは、みなすばらしい。つんぼを聞こえるようにし、おしを話せるようにしてくださった。」
 このようにして、これら半異教徒ともいうべき人々は、神の救いの力について、とうとう何かを探り当てたのである。この人々の中に、イエスが主であり、救い主であられることを語るようになった人がどれだけあったかを、誰が知ろう。)

2022年5月6日金曜日

エパタ(上)

人々は、耳が聞こえず、口のきけない人を連れて来て、彼の上に手を置いて下さるように願った。そこで、イエスは、その人だけを群衆の中から連れ出し、その両耳に指を差し入れ、それからつばきをして、その人の舌にさわられた。そして、天を見上げ、深く嘆息して、その人に「エパタ。」すなわち「開け」と言われた。(マルコ7・32〜34)

 いつまで待っても人々は肉体の病を癒されんことを求めるばかりで霊魂の救いを求めない。イエスはご一生をこの方面につぶしておしまいになる考えは無い。だからなるべく人々に知られないために『その人だけを連れ出し』たのである。『天を見上げ、深く嘆息し』給うたのも人々が肉の事のみを考えて霊の事を考えないのを嘆息し給うたのであろう。私どもはいつでも斯うである。肉の恵みは大きく感ずるけれども、その感謝は肉の事に終わってしまう。キリストが私の霊魂に何を為し何を与えんと為しつつあるかをモット深く心にかけ、モット一生懸命に求めなければ私は主に失望を与えるばかりである。

祈祷
ああ主よ、肉の事をのみ思い肉のことにのみ囚わるる私を憐んで下さい。願わくは肉体の疾病を感ずるにまさりて霊魂の疾病を感ずるに敏感にならせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著126頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。
2「湖の東岸にての奇蹟」
 イエスは今この迷惑極まる事情から脱出せらるる事が緊急の必要条件であったので、その湖岸に達せらるるや、遁れ出づべき努力を試み給うた。東岸のいずれの所か、丘の上に登って、群衆がその閑静を望まるる聖旨を重んじて、去り行くであろうと考えながら暫く待たれた。しかもここに於いても失望の他はなかった。この地方の民衆はイエスの来らるるを聴いて多くの患者ーーびっこの者、聾者、不具者、その他種々の病者ーーを癒されんがために伴って来たのであった。イエスは山上に登られたけれども、彼らは聊かも辟易せず、これらの憐れな病者を負うて後を逐いつつ、その聖足の下に伴うのであった。彼らの救済を等閑にすることはイエスの耐え給う所ではない、すなわち彼らを悉く癒された。
 ただ一つの事件が特別の注意を曳くのであるが、それは聾にして訥る患者であった。彼が自らイエスに来らずして、運ばれて来た所を見ると、その精神にも異常があったものと思わるるのである。その混乱した頭脳を調えずに耳や舌を治されても、効は少ないので、イエスはその僅かな祝福を転じて偉大なものたらしめ給うのであった。すなわち、その人を側に伴い、塞がった耳を穿つかの如く、指を耳に嵌め、また当時においては医療の効あるものと信ぜられた唾を以て吃る舌を潤おされた。これはその錯乱した頭脳に希望を湧かしむる手段であって彼の不用意なるに拘らず有力な助勢が加わってその効が一層強く現われたのであった。
 彼の憐れむべき風姿は痛く聖情を揺るがして、イエスは『天を見上げ、深く嘆息』せられた。その温情に満つる聖手の所作が、この憐れな患者の注意を引くとともに憐れみの篭る聖顔に彼は全幅の信頼の念を置いた。彼は慈愛に溢るる未知の人物に頼ち恃んで、その欲せらるるがままに動くこととなった。『開け』とのイエスの聖語と同時に奇蹟は完成された。聾いた耳は通じて訥った舌は弛み、自由に語ることを得たのである。

 青木さんの霊想と言い、デーヴィッド・スミスのこの論考と言い、いずれも優れており、引用者にとってはどちらを選ぶにも甲乙つけ難しの思いがした。そしてデーヴィッド・スミスのこの末尾の文章を通して、バプテスマのヨハネのお父さんザカリヤに及んだ主のみわざを思い新たな感慨を覚えさせられたことを記しておく。) 

2022年5月5日木曜日

隠退の場所を求めて

それから、イエスはツロの地方を去り、シドンを通って、もう一度、デカポリス地方のあたりのガリラヤ湖に来られた。(マルコ7・31)

 ガリラヤ伝道の中心地であったカペナウムからツロまでは北方へ約30マイル、ツロからシドンまではさらに北へ20マイル往かねばならぬ。加うるにツロもシドンも外国の町々である。この頃のイエスのご心中を察すると誠にお淋しいものがあったらしい。理解してくれぬ群衆、しかも勝手な解釈を携えて押し迫る群衆、海の彼岸や山の上に彼らを避けても避けきれぬほどにつきまとう群衆ともすれば彼を擁立して王とせんとする莫迦らしき群衆。今やイエスは彼らを避けて十二弟子らを訓育するためにツロまでもシドンまでも逃れ出で給うた。私はイエスの大説教を聞くよりも、大奇蹟を見るよりも、この長途の静かなご旅行にお伴してジックリとお話を承りたい。密室における聖書と祈祷と瞑想とは今でも主イエスをお迎えすることができるのは何よりも嬉しいことである。

祈祷
主イエスよ、私にはとても大きな仕事などは出来ません。ただもっと深くあなたを識り、あなたに近づき、あなたの教えを受けとう存じます。どうかこのイクジナイ私を憐んでお膝元に置いて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著125頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。デーヴィッド・スミスの『受肉者耶蘇』はこれから数日にわたって展開する聖書記事について次のように書いているので、そのアウトラインだけを以下に紹介する。邦訳書490頁、原書254頁より

第30章 彷徨 
『イエスのイスラエルに現われ給うや、彼らは時にこれを荒野に逐い、時には砂漠に、時には海に、また時には山中に逐いぬ。しかもなおその赴かるる所として新たなる敵の襲撃に遇われざる所なく、追撃を被られざる所なかりき』 ジョン・バンヤン
(マタイ15・29〜16・12、マルコ7・31〜8・36)

1「隠退の場所の選択」2「湖の東岸にての奇蹟」3「再び奇蹟をもって養わる」4「舟によりて遁れ給う」5「パリサイ人サドカイ人来着」〈天よりのしるしの要求〉6「主の拒絶」7「北方への脱出」〈パリサイとサドカイのパン種〉8「十二使徒の遅鈍」9「ベッサイダの盲人の療治」10「ベタニヤより脱出」

1「隠退の場所の選択」
フェニキヤにおける活動の間にも、イエスは決してその中心の目的から眼を放たれなかった。そのシドンを去って直ちに南方に向かわるるや、何らの妨害をも受けず十二使徒を教訓すべき隠遁の場所を発見せんと努められた。しかもその計画は無効に帰した。群衆はその前提に集まって四千に及ぶまでに漸次増加したのであった。)

2022年5月4日水曜日

神の定められた時・順序

イエスは言われた。「まず子どもたちに・・・(マルコ7・27) 

 すべてのことに順序がある。時がある。神が世界を経営なさるのに周到なプログラムがある。イエスはよくこのプログラムを知っている。だからご自分の使命の区域をも知っている。善事ならいつでも如何なる場合でも、これを為すべしと言うわけには行かない。イエスの御使命は先ずイスラエルを救うことにあった。そしてそのために生命を棄てることであった。異邦人伝道は十字架以後お弟子たちによって為さるべきものであった。然り己の家族を措いて先ず隣人を愛すると称する人があったら、私はその愛を疑う。イエスは人類愛を高唱した博愛の世界人であった。この世界人にも『まず子どもたちに』という愛国的熱情が燃えていた。

祈祷
すべての者を愛し給えど『まず子どもたちに』と言い給う主よ。私に如何なる徳ありてか私をあなたの子と為して下さいました。あなたをアバ父と呼ぶことを私に許し、キリストと共にあなたの世嗣となしてくださるあなたの恵みを感謝申し上げます。願わくは子であるもののように生きることができるようにして下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著124頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下は昨日果たせなかったデーヴィッド・スミス『受難者耶蘇 Days of His Flesh』の10「主女の本性を洞観せらるる」の末尾の部分である。

 我らの主の答弁中にはもちろん嘲笑の意味があるけれども、寸毫も軽浮な調子はない。聖眼には必ずや聖語と共に露が宿って、その聖容にも聖語の調子にも聊かも嘲笑の影だに認められず、痛める母はその温容に聖旨の厚きを看取したに相違はない。なおその事情は心配ではあったけれども絶望の場合ではなかった。王の大臣の子息は死に瀕していたのであるけれども、彼女の娘は狂気であった。したがって生死を争う問題ではなかった。すなわちカペナウムの大臣とこのスロ・フェニキアの婦との間には性質の異なった世界がある。彼は『滑稽の有力なる恩恵』には門外漢たる生真面目なユダヤ人であるが、これは思想の軽妙にして頓智に長け、風刺や修辭の巧みを喜び、悲痛の間にすらなお諧謔的攻撃に忽ち応ずるギリシャ人である。彼女に対する我らの主の態度は、畢竟人間の品性を洞観せらるるその驚くべき能力を示す一例である。主はその対せらるる人物を一瞥にして看取し、これを如何に遇すべきかを剴切に悟らるるのであった。)

2022年5月3日火曜日

私は食卓の下の小犬です

イエスは言われた。「まず子どもたちに満腹させなければなりません。子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです。」しかし、女は答えて言った。「主よ。そのとおりです。でも、食卓の下の小犬でも、子どもたちのパンくずをいただきます。」(マルコ7・27〜28)

 イエスらしからぬ態度の如く見える。が、それはこの女に反省させるためであったのみでなく、最も堕落した偶像教のカナンの女であったからである(マタイ15・21)。ラビたちはこれらの人々を犬と呼んでいたが、イエスは小犬と呼んだ。パレスチナには野犬が群れをなして人畜に害を与える。しかし小犬は家の中で愛撫されている。イエスがこの女を小犬にたとえたのは、一方において自分の偶像教徒であることを反省させると同時に他方において神の家の中にあって愛撫されるものであることを暗示している。だからイエスは『まず子どもたちに』と言って、次に小犬にもと考え得る余地を与えた。パリサイ人ならば『まず』とは言わない。『小犬』とは言わない。このイエスの精神はこの女に通じて、イエスの注文通りにこの女には本当の信仰が生じた。そこで『ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように』(マタイ15・28)と賞めて娘を癒し給うた。

祈祷
主イエスよ、あなたはこの汚れに満ちた私を見て、犬と呼ばないで、小犬と呼んでくださったことを感謝申し上げます。そうです、主よ犬にも劣る私をも顧みて、いのちのパンを投げ与えてくださったことを感謝申し上げます。願わくは大いなる感謝と謙遜とをもって日々あなたのパンくずを食べさせて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著123頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。デーヴィッド・スミス『受難者耶蘇 Days of His Flesh』のこの項目に関する叙述は以下のようになっている。〈邦訳475頁 原書247頁〉

第29章 フェニキヤへ隠退
『汝を愛するものと共に戯れ給うイエスよ。
 ああ驚くべきかな。
 しかも汝は戯るるのとき自ら楽しみ給わず
 汝は人を欺かずまた欺かれ給わず
 汝の包まんと欲し給うものを排し給う
 汝を有せざるものを汝は知り給えば。』
            中世紀讃美歌
(マタイ15・21〜29、マルコ7・24〜31)
1「ツロとシドンの地へ隠退 2「婦人の嘆願」3「彼女の不屈」4「この物語の難題」5「主の拒否」6「隠退の希望のため」7「主の外観の無情」8「格言的の語」9「彼女の答辞も諺なり」10「主女の本性を洞観せらる」11「異教徒中の伝道」

 これら叙述を見ると、1と11を除いて、2から10に至るまで実に9項目にわたってこのスロ・フェニキヤの女性への主への嘆願と主の応対について色んな仮説で検討がなされているが、引用者には理解困難であった。ただ10「主女の本性を洞観せらる」の末尾はかろうじて理解し得ると考えたのでその部分だけ転記するが、その詳細は明日にまわす。)

2022年5月2日月曜日

母親の愛と祈り、主に向かう

汚れた霊につかれた小さい娘のいる女が、イエスのことを聞きつけてすぐやって来て、その足もとにひれ伏した。この女はギリシヤ人で、スロ・フェニキヤの生まれであった。(マルコ7・25〜26)

 「ギリシヤ人』とは単に異邦人と言う意味である。生まれはフェニキヤ人と明記してある。彼女が如何に熱心に救いを求めたかはマタイ伝により詳しく書いてある。イエスを途上に待ち受けて呼びかけ叫び続けてやまなかったのである。『イエスは彼女に一言もお答えにならなかった」(マタイ15・21)でも『小犬』と呼ばれても、ひるむことなく怒ることなく、熱心と謙遜とを以ってついに祈願を聞き届けられた。この熱心、この忍耐、この謙遜、実に我々の祈祷の好い手本ではあるまいか。同時に斯くまで人間に熱心、忍耐、謙遜を与える母性愛の尊さを感ずる。父となり母となることは大いなる教育を受けることである。否、それのみではない。真剣に切実に人を愛することは人格向上の最大教育である。愛と祈り、この二者が合して一つとなる所、それは実に神の聖壇である。よく愛しよく祈る者、天使の姿がその人の中に生まれつつある。

祈祷
神よ、願わくはこの女の如き祈りを与え給え。この母のこの子を愛する如く、祈りをもって愛するの道を私に教え給え。この熱心この忍耐この執着この謙遜を私の祈りにも与え給え。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著122頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はクレッツマンの『聖書の黙想』117頁からの引用、昨日の続きの文章である。

 しかし、彼の通られる所は、一人のスロ・フェニキヤの女につきとめられてしまった。彼女はそこへやってやって来て、御前にひれ伏し「自分の娘から悪霊を追い出してくださるように」と熱心に乞うたのである。これは、まさに、注目に値する場面だった。おそらく、エルサレムへ下る巡礼者たちを通じて聞き及んだのであろうが、一人の異教徒の女がイエスを知って、約束の救い主として、彼を信ずるに至ったばかりか、その信仰がこんなにも並外れた力強さを示したのである。
 ここで私たちが見るように、イエスは女の心を試みられ、その試みを通じて揺るぎない信仰をお築きになった。まず最初、主は女に、全くそしらぬ風を装って見せられた。それから、女が御前にひれ伏して、更に熱心に懇願すると、彼はこの上もなく不親切とも思える言葉を吐かれた。「わたしは、イスラエルの家の滅びた羊以外のところには遣わされていません」と。そして、女が「主よ。私をお助けください」と言い続けると、今度は徹頭徹尾、残忍とも思える言い方をされた。「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです』。
 こんなやりとりの間中、ずっと、イエスの胸は、この女を肉体的にも、精神的にも救いたいという願いで、うずいていた。だから、彼女が、「主よ。そのとおりです。でも、食卓の下の小犬でも、子どもたちのパンくずはいただきます」と素早く答えた時、イエスは喜びにあふれて、彼女の信仰をほめたたえ、「お帰りなさい」と言われた。確かに、女が家にもどってみると、娘は全く健康を回復して、寝台の上に起き上がっていたのである。)

2022年5月1日日曜日

誰にも知られたくないと思われた

イエスは、そこを出てツロの地方へ行かれた。家にはいられたとき、だれにも知られたくないと思われたが、・・・(マルコ7・24)

 ツロに往ったのではない、その付近即ちガリラヤの北端まで往き給うたのであるという説が多い。しかし31節に『シドンを通って』とあるのを見ると、ツロの地に往ったのであるかも知れない。とにかく人を避けるために遠方まで行ったのである。伝道を始めてから二年半の余になるがパリサイ人たちとの距離は大きくなるばかり、『洗わない手で食事をする』問題をキッカケにしてイエスは儀式や戒律の無効をほのめかしたことは彼らの反省を喚起せずして、反抗を増し加えた。常に喜んでイエスに聴く大衆はと言えば依然として好奇心によってのみ動く浅はかな人々である。さればイエスは彼らから退いて、少数でもよいから静かに『家にはいられ』十二弟子たちに天国の奥義を教えんと為し給うたのである。地上に弟子たちと共に居り給うのも最早永くは無いことを知って居られた。9章の30節にも『ガリラヤを通って行った。イエスは人に知られたくないと思われた。それは、イエスは弟子たちを教えて、「人の子は人々の手に引き渡され、彼らはこれを殺す。しかし、殺されて、三日の後に、人の子はよみがえる。」と話しておられたからである。』と書いてある。この『通って』の字には大道を通らず、小道を通ってコッソリと通り過ぎ給う様子が現われている。広い宣伝を全く止めたのではないが、残る8、9ヶ月を主として弟子たちの教育に注がんと為し給うたのである。

祈祷
ああ主イエスよ、あなたを解せざる群衆を去りて少数の弟子たちと共に『家にはいられ』る主よ、願わくは、私をも棄て給うことなく、密室の中にありて親しく私を教えることを忘れないで下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著121頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はクレッツマンの『聖書の黙想』115頁からの引用である。

 かつて、一度だけ、イエスは聖地の領界を越えたことがあったが、それは残忍な王ヘロデの怒りから、背中に負われてのがれて行った、まだ幼い日のことだった。ヘロデ王は御子を捜し出して殺そうとしていたのである。
 今度は、イエスは弟子たちといっしょで、北へ向けて旅路をとり、ガリラヤ湖のある低地から山を越えて、古代史上に名高い、誇りある独立の民、フェニキア人の地を眼前にする所まで来られた。彼の今度の目的は異教徒の地に福音の御言葉をもたらすことではなくて(これは使徒たちの仕事にまかせて)、わずかの休息を求めること、それから、時間を見つけて弟子たちの将来の務めについて、もっと、くわしい指示を与えることと、今後の仕事に備えて、彼らを力づけることだった。
 「家にはいり、誰にも知られたくない」と思われたのは「イエスが世を忍んで、身を隠した」ことを意味しているのではない。イエスは決して、敵を恐れていたのではなかったからだ。もし、何か恐れるものがあったとしたら、それは押しつけられた人気のようなものだったろう。人々がイエスを王にしようと企てていたことは、主を喜ばせなかった。彼が訪れたのは、地上の王国を建てるためではなかったのに、彼の自由や力や救いに心を向けたのは、極めて稀な人に過ぎなかった。
 イエスはまことの人としても、どこか民衆に気づかれない場所で、ご自身の休息を必要とされたのである。また、彼がいつも、ひそかに心にかけ、思いやっておられる弟子たちは主の御国の性格や、自分たちの務めの性質について、もっと詳しく知っておく必要があったのだ。こんな訳で、イエスは、はるか北方のユダヤの地へ向けて、道をたどり、とある家に身をひそめようとされた。)