2012年9月29日土曜日

再考、高崎・横川間

碓井川(松井田近辺、信越線車窓から)
先週に続いて再び信越線の乗客となった。実は、先週列車の右側に座席を占めるか、左側に座席を占めるかでは大いに景色が違うと、極めて独断的に書いた。その際、線路の上から見たら、どっちもどっち、要するに列車は平野部を気持ちよく縫うように走っているのに過ぎないのに、敢えて右側と左側では景色が違うと言うのは強弁でないかという思いが心の片隅にないわけではなかった。

果たせるかな、今回の乗車は内心ヒヤヒヤであった。何しろ、自説は事実をもって検証されるからである。出来の悪い生徒が答え合わせをさせられるような気分であった。高崎を過ぎて群馬八幡を通り過ぎ、安中に差し掛かるあたりはまさしく自説が独断と謬見に満ちていることは明らかであった。

しかし、今回は別のことに気づいた。それはどの駅も高崎から横川に向かう方向で言うと駅舎は明らかに右側(方角的には北側)にあり、しかも、そちらのホームが一番ホームで上りであるということであった。

そして信越線は複線であり、横川方面に走行する列車、つまり下りの電車はいずれも2番ホームに入るということに気づいた。そして、安中をすぎる頃からやや自説を支持する局面が展開し始めた。町は明らかに線路の駅舎を北に見ながらその南側に展開しているのだ。逆に言うと恐らく高崎から安中方面は駅舎の南側だけでなく、線路を越えてさらに街が拡がって行ったのではないだろうかと推察できたからである。もっとも安中は亜鉛鉱山がそもそも市街部とは反対側に位置しているからもともと駅の向こう側にまで発展する要素があったんだろう。

それにしても全国各地で東京に合わせ上り下りを決めて、その上り方面に駅舎を設け、そこがその土地の玄関口になっているのだ。何と言う中央集権ぶりであろうか。恐らく線路をどのように引くかは利便性と弊害性を斟酌しながら当時の「政治」が絡んだ大事業だったのだと思う。そういう意味では私の仮説もあながち無鉄砲ではなかったのでないだろうか。

もともと私がこのような妄想を逞しくしたのは、かつて内村鑑三が関東大震災のおり、たまたま軽井沢におり、急遽この信越線で高崎、大宮を経由して大苦労の末、東京に戻れたことをかつて読んだことがあり、そのことに思いを馳せながら車窓を眺めていたこともある。

けれども果たして私の仮説はどの程度信頼性を持つのだろうか。一方聖書は独断と謬見を何よりも嫌うものである。ペテロは次のように言って事実の検証を主張している。

私たちは、あなたがたに、私たちの主イエス・キリストの力と来臨とを知らせましたが、それは、うまく考え出した作り話に従ったのではありません。この私たちは、キリストの威光の目撃者なのです。(新約聖書 1ペテロ1・16)

2012年9月27日木曜日

私を満ちたらせてくださるお方

波照間島の夕暮れ12.7.4 by Y.O
主イエス様、私は今本当の心の憩うところがあなたさまご自身の中にのみあることを見出しました。
多くの悩みののちに全く平安を得ることができました。

私は長い間安らぎと幸せとを探し求めてきました。
しかし、それをあなたに求めることはしませんでした。

それなのに、あなたの愛が私の心をとらえてくださり、今や私はあなたのものとなりました。
この世の快楽の泉は空しく、誰も満ちたらせることはできません。
しかしあなたのいのちの泉の水を飲む者は決して渇くことがありません。

あなたは私の目を開いてくださり、それほどまでも私を愛していてくださいます。
主イエスよ、あなたはご自分のいのちを私に与えてくださり、そしてすべてを新しく造りかえてくださいました。

私の心は感謝と喜びに満ちあふれ、やがて父の家であなたとともに新しい歌を歌う時まで私はあなたを昼も夜も賛美し続けます。

私を満ちたらせてくださる方はあなた以外にこの世にありません。
私はこれほどまでに私を愛してくださるあなたの中にのみ本当の喜びを見出すことができます。

昨日の上尾の昼間の家庭集会で「わたしに何をしてほしいのか。」マルコ11・51と私たち一人一人に愛の眼差しをもって問うてくださる主イエス様がご紹介され、その愛を体験した一人のドイツ人の詩が紹介されました。上の詩はその聞き書きです。読まれた文体をですます調に代えてみました。)

2012年9月25日火曜日

あなたはどんな引き算を知っておられますか?

モネの庭(フランス・ジベルニー 12.8.4) by K.Y 
大分、涼しくなった。それとともに頭も少しずつ回転するようになった。一方、連日尖閣諸島の問題は目を離せない状況である。久しぶりにテレビを見る機会が多くなった。でもテレビだけでは何となく物足りない。ここは落ち着いて新聞を読みたくなる。新聞を読みじっくり考えたいからである。その余慶か、日頃見ないでいた新聞記事まで目が及ぶようになった。

今朝の朝刊は隅々まで読んだ。そんな記事の中に「『妻を亡くして』を連載して」と題する記者の記事が目にとまった。(東京新聞、杉戸祐子記者)歌壇のおしどり夫婦であった永田和宏氏が奥様である河野裕子さんを亡くした悲哀を描いて、夫婦のあり方を問うた内容であった。

「あほやなあと笑ひのけぞりまた笑ふあなたの椅子にあなたがいない」(「いない」の「い」は旧仮名)

「君に届きし最後の声となりしことこののち長くわれを救はむ」

いずれも永田氏の歌であるが、前者は言うまでもなく妻を亡くした歌人の喪失感を表現している。それに対して、後者は、その喪失感を埋め合わせて十分なる河野氏の息を引き取る瞬間であったと述べ、記者は次のように書いている。

最期の時、永田さんの呼び掛けに、河野さんはもう一度息を吸ったという。別離の瞬間の描写だが、生きる救いが詠まれていることに、多少なりとも安堵するのは私だけではないだろう。記憶は残る者を苦しめもするが、救いともなる。どんな夫婦も、実は引き算の時間を生きている。何も、誰もが常に別離を考えて悲観する必要はない。ただ、時にはささいな日常を慈しみ、夫婦の記憶を積み重ねる大切さを感じた。

またキャプションの文章として次の文章を載せている。

風景は変わらないのに、一人足りない。当たり前に続くはずの日常に大切な人がいない—。妻に先立たれた男性の喪失感を主題に、生活面で「妻を亡くして」を連載した。当事者に聞くと、想像した以上の慟哭と、夫婦の固い結び付きがあった。

考えてみると、昨日私は高崎横川間の乗車を述べるにあたって、後半で得々と夫婦が同じ側に座っていることを語った。しかし、言うまでもなく、その夫婦もいずれは別れねばならない。まさに永田氏の言によれば、「引き算」の時間を生きていると言える。なぜなら日一日と夫婦が一緒にいる時間が少なくなるからだ。

しかし果たしてそうだろうか。永田氏も記者も死後の世界を信じておられないからやむを得ないが、聖書は死後の世界があるとはっきり述べている。永遠のいのちについて確信をもって述べている書である。もしその視点でものを考えれば「引き算」は成り立たなくなる。死後妻に先立たれた夫はまた天の御国で再び会えるからである。むしろ残された夫は指折り数えて妻がいる天の御国に自分がいつ入れていただけるか待つことができるからである。

「引き算」は 引き算だが、未来に向けての引き算になる。現在、過去の妻との生活が少なくなるという引き算ではない。永遠に向けての引き算である。再び昨日の拙い論考の結論を引く。主を信ずる者は永遠のいのちを持つのである。そしていみじくも今朝の火曜のベック兄の学びは、ずばりそのことに触れたメッセージであった。その話の中でも引用されたが二人のことばを引用したい。

一人はベックさんの娘リンデが20歳で癌で召される時に残したことばの一つ

人格者とは、死を直視することのできる人。(『実を結ぶいのち』66頁より)

あともう一つは、軽井沢のある人の墓碑に記されていたと紹介されたことば

「この世を去ってキリストともにいることのほうがはるかにすばらしい」

最後に今朝の学びで引用された聖書のことばを書く。

今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。(新約聖書 ローマ8・1)

私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。(ローマ8・38〜39)

生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現わされることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。(ピリピ1・20〜21)

2012年9月24日月曜日

高崎・横川間

こんにゃく畑 松井田近郊
高崎から横川まで走る信越線がある。以前はその先も碓井峠を越えて信州軽井沢に至った。私は、この路線を利用してもうかれこれ20数年信州へ行き来している。40数年前に関西から関東に住まうようになり、当時住んでいた足利から両毛線を前橋まで抜けた時は萩原朔太郎の『旅上』を思い、車窓によりかかったものだ。私にとって「車窓」はかけがえのない空間である。

ところが、先週その信越線で新たな発見をした。いつも高崎から横川方面に乗り継ぐとき、決まって進行方向の左側に腰を降ろすという習慣があったことに気づいたのである。左側は方角で言うと南側に当たるが、安中の亜鉛鉱山を眺めたり、終着の横川では妙義山を眺められる。飽きることなくその景色を見ての横川行きであった。ところが今回は左側でなく、右側に座席を占めた。北側である。今まで全く気づかなかったこの沿線の市井の営みや川の清流やねぎやこんにゃく畑を見、バックにある小高い山々を望見したのである。全く初めて見る景色であった。同行の家内は「岡山みたい」と言う。(彼女曰く、岡山とは丘とも山とも区別のつかないたくさんの山があるから岡山と言うのだと言う)

すべてが私にとって初めて見ると言ってもいい景色であった。走っている路線は同じ信越線なのにである。いつもどういうわけか決まって左側に座席を取っていた。だから全く右側の景色は知らなかったのである。そしてよく観察してみると、この沿線は小さな山が北を占め、その南側の線路までを一区切りとして町々が発展していたのでないかと思わされた。乗車区間としては決して長いと言えないので今までそんなことは考える隙もなかったのかもしれない。

しかし、余りにも右側と左側の風景がちがっていることに思い至った時、ふいに人生における分かれ道ともいうべきイエス・キリストがともにいたもう人生とそうでない人生(無神の世界)の違いを思うた。聖書は端的に

御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。(新約聖書 ヨハネ5・12)

と言っている。たかが、車窓の景色に過ぎないのに論理の飛躍だと言われるかもしれない。しかし10年一日のごとく同じ側に座って見慣れた風景が、ある日突然誰示されるともなく、反対側に座ってみたらまったくちがう景色がそちらにあったとしたら、人間の何気なしに歩んでいる慣行を大きく考え直す機会になるのではないかと思ったからである。

幸い、人生の同行者として私も妻もつねに同じ側に座っている。ふたりでイエス様を信じておりいのちを持たない、つまり滅びの道を歩んでいるのでなく、いのちの道を歩ませていただいていると主イエス様に二人で感謝している。

ところで話は続く。途中「礒部」駅に停車したとき、私はそのシンプルな縦長の駅名表示とランプ状のものにかつての全盛期の信越線の名残を見つけ、感心して家内にその旨伝えたところ、家内は家内で余りそのことは関心はなく、構内の銀杏の木の梢とそうでないところとで黄葉のちがっているところに目を見張って私に話すのであった。確かに同じ側に座っている。しかし見るところは違うのである。

何となく主イエス様が私たちに示してくださる人生は、ともにいのちある人生であってもそれぞれその人に応じて色合いが違うのだというところがうかがえて私はひとりで心の中で微笑んだ。

2012年9月20日木曜日

新しい聖なる都

聖都エルサレム  ギュスターヴ・ドレ画
私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。都には神の栄光があった。その輝きは高価な宝石に似ており、透き通った碧玉のようであった。都には、これを照らす太陽も月もいらない。というのは、神の栄光が都を照らし、小羊が都のあかりだからである。諸国の民が、都の光によって歩み、地の王たちはその栄光を携えて都に来る。都の門は一日中決して閉じることがない。そこには夜がないからである。こうして、人々は諸国の民の栄光と誉れとを、そこに携えて来る。しかし、すべて汚れた者や、憎むべきことと偽りとを行なう者は、決して都にはいれない。小羊のいのちの書に名が書いてある者だけが、はいることができる。(新約聖書 黙示録21・2、11、23〜27)

第一に、「新しい都」は、人類が願って止まない、一致と交わりに対する憧れの実現です。人間は一致と交わりに憧れています。すでにバベルの塔の建設の歴史が、そのことを語っています。しかし、人間のあらゆる努力は呪いと分裂に終わりました。今日に至るまで、人類は不一致と分裂の歴史を克服できていません。

第二に、人間は公明正大さに憧れています。しかし今日、すべては曖昧であり、嘘と偽善が人間を支配しています。教会でさえ、多くの場合は、救いの道を人間に示す山の上の光ではなくなってしまっています。これに対して「新しい都」ではすべてが神聖で主に捧げられており、すべては公明正大です。というのは、神ご自身がその中に住んでおられるからです。

第三に、人間は神の栄光をほめ讃えることに憧れています。しかし、私たちの自己追求によって主の栄光は覆い隠されてしまっています。「新しい都」には、暗い物や、隠されたり秘密にされている物はありません。宝石で作られた城壁は光を通すことができ、都は大通りも透き通ったガラスのような純金でできています。つまり、すべてが露わにされています。「新しい都」の住民はもはや主を悲しませることをせず、主から出てくる光を反映させながら神様の栄光を表わします。彼らは本物であり、光の中を歩む者です。

今、私たちもそれを望んでいるでしょうか。透き通っていて、私たちの考えが明らかにされ、隠されているものは一つもないような状態を望んでいるでしょうか。

一体、そこに至る道はどのようなものでしょうか。どのようにしてダイヤモンドはあのように硬くなるのでしょうか。また宝石類はどうしてあの様に色とりどりの輝きを放つのでしょうか。どうやって金は純粋なものとなるのでしょうか。真珠の美しさはどこから生まれるのでしょうか。

それはこうです。ダイヤモンドは恐ろしいほどの圧力によって硬くされ、宝石は削られることにより輝きを生じ、金は火によって精錬され、真珠は傷つけられることによって美しさを身につけます。つまり、悩み、戦い、辱められ、憎まれることに耐え抜いて、私たちは透き通ったものになるのです。これらのことを通して、私たちは神の公明正大さ、恵み、栄光の証人となるのです。現在の悩み苦しみを、やがて主のみ姿に変えられる手段と見なし、それらのものを感謝しつつ主の御手から受け取る人は幸いです。

私たちの濁った状態にある自我と不純そのものは、否定されなければなりません。そうでなければイエス様と共に暮らす生活はありません。

イエス様は、小羊として私たちのために虐げられ、傷つけられ、火で精錬されるような経験をなさり、神に見捨てられる絶望の深みにまでも行ってくださいました。なぜなら、それによって私たちが永久に「新しい聖なる都」で主と共に住まうようにという目的をイエス様が持っていてくださったからです。ですから、イエス様なしに楽な道を行くよりは、イエス様と共に悩みと攻撃を受けることの方が望ましいのです。

もっとも恐れるべきは、現在イエス様なしに生きることです。そして「新しい聖なる都」の外にとどめられてしまうことです。

(『すぐに起こるはずのこと』第4巻ゴットホルド・ベック著 312頁から引用。)

2012年9月19日水曜日

この方は、どういう方なのか。

小海線沿線の畑のデザイン(7月下旬)
こうして、イエスがエルサレムにはいられると、都中がこぞって騒ぎ立ち、「この方は、どういう方なのか。」と言った。(新約聖書 マタイ21・10)

この方は、どういう方なのか—これは大問題です。

この問いが発せられると、たちまち大混乱が生じます。「彼は俺たちと同じ人間だ」「彼の謙そんの教えは、ヨーロッパの不幸だ」「彼は神の父性愛を見いだした宗教的天才だ」「彼はまことの人間の原型だ」「彼は・・・」「彼は・・・」。

しかし、イエスの実際の生涯に触れる勇気を、人は持っていません。

しかし、ここに注目すべき、ただならぬことばがあり、それが柵のように我々の道をふさぎます。それは「永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです」(ヨハネ17・3)ということばです。

永遠のいのち! それは神から来るいのちであり、我々のたましいの慕ってやまないいのちです。このいのちは、いかなる死によっても奪われないいのちであり、また、「この方は、どういう方なのか」という問いに答えを見いだすかどうかにかかっているいのちです。

それはまるで、霧の中から突然、目の前にひとりの人が姿を見せ、初めはぼんやりとしか見えない、というようなものです。こっけいなろばにまたがり、それでいながら威厳を保って進むのです。少しずつ姿を現し、彼は今や、処刑された犯罪人のように、青ざめて血を流しているのが見えます。それなのに、彼は神々しい光を放ってさえいます。「この方は、どういう方なのか。」

彼に対する信仰を言い表して、ペテロが「あなたは、生ける神の御子キリストです」と申し上げたのは、まことに聖なるひとときであったでしょう。イエスはこれに答えて言われました。—「あなたの理解力ではなく、天にいますわたしの父が、そのことをあなたにお示しになったのです」(マタイ16・17参照)。

 主よ! 我らに光をお与えください。  アーメン

(『365日の主』ヴィルヘルム・ブッシュ著/岸本綋訳 9月19日より引用 。今日の夕刊には「『イエスに妻』初の文献か」、とニューヨーク発の特電が掲載されていた。一方、連日中国人民の日本企業に対する暴行が報道されている。悪は野放図のごとき感がある。しかし、主なる神であるイエス様はいずれのことがら(自らに対するとんでもない冒瀆、また罪に支配されている暴力)も御存知であり、じっと忍耐しておられる。誰や知る!いのちの与え主、主イエスを。)

2012年9月7日金曜日

誰か神に逆らい得ん(下)

「そこで、蛇は女に言った。『あなた方は決して死にません。あなたがそれを食べるその時、あなたの目が開け、あなたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。』」(創世記3・4〜5)

悪魔は、神から独立し、人間を神から引き離そうとします。悪魔は人間を試み、悪巧みをもって人を誘惑し、不従順の道へと引き入れます。そして、人がその罪に陥る時に、神の前でその人を訴えるのです。

悪は、時には善のように見えることがあります。ですから、悪魔も時には「光の天使」のように見えることがあります。イエス様が捨てられ、十字架にかけられた時も、まさにそのとおりでした。イエス様に逆らったのは不品行な人たちではなく、民の中の選ばれた人たち、つまり聖書学者、愛国心を持つ人々、律法学者、宗教的な指導者たちなどが、イエス様に逆らったのです。

しかし、そのことによって悪魔は、その本質を明らかにしました。油注がれた救い主に逆らう、というできごとをとおして、見えない世界に住む天使たちの前にも、悪魔の本質が明らかにされたのです。

信者たちの罪を神の前に訴える時、しばしば悪魔は物事の真理をついていることがあります。なぜなら、罪は必ずさばかれなければならないからです。しかし、イエス様を訴えることによって、悪魔は自らが偽り者だという本質を明らかにしたのです。

人間の目には悪く見えないことが、実は悪魔的であるということがよくあります。たとえば、信仰をもつ者が、自分の判断と自分の力によって行動することは、悪魔的です。聖書の真理性を疑うことも、悪魔的です。人間の智恵によって神のおきてを破ること、たとえば、「生まれ出ようとする子供の生命を勝手に奪うこと」も、悪魔的です。主への不従順と自己愛を抱きながら、何かのために努力することも、悪魔的です。

「光の天使」を装った悪魔は、主への従順、信頼、献身から人間を引き離そうと誘惑するのです。悪魔は、人間を「疑い」や「自分に拠り頼むこと」、そして「自己主張」へと誘おうとしているのです。

悪魔の行いはまた、次のように説明することもできます。

悪魔は主のみことばを小さくし、人が罪を犯すことを恐れないようにしむけます。創世記の3章に書いてあるように誘惑するのです。そして、誘惑され、悪魔に説き伏せられてしまった人々を、今も、天の法廷に訴えているのです。この時、悪魔は「罪を犯す者は、死ななければならない」という、神のおきてを持ち出すのです。

「見よ。すべてのいのちはわたしのもの。父のいのちも、子のいのちもわたしのもの。罪を犯した者は、その者が死ぬ。」(エゼキエル18・4)

「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(ローマ6・23)

悪魔は神のおきてに基づいてさばきを要求します。その時悪魔は、神の力をもって人を滅ぼすのです。神は人を生きるように作られましたが、悪魔はこれを滅ぼそうとしています。

(昨日の文章の続きである。「すぐに起こるはずのこと」は全4巻からなる黙示録のみことばに関するメッセージの収録であるが、今から11年前に出版されている。ひとりのドイツ人が来日する際、日本語をモノにするには、メトシェラの老齢、ソロモンの英知、そしてヨブの忍耐が必要とされると聞かされて来た。その彼が10数年前に日本語で語ったものの聞き書きである。この全4巻は無料で手に入るが、今も倉庫に山積みにされている。日本人のひとりとして、私たちはこの本を読む責任があるのではないか。随所にヨーロッパ文明に対する聖書を基盤にした著者の批判・悲しみを感ずるのは私だけであろうか。)

2012年9月6日木曜日

誰か神に逆らい得ん(上)

主は、かつて「光の天使」だった悪魔に地上の支配権を与えようとなさったのですが、悪魔はその高ぶりによって、主の御座近くにはべる特権を失っただけでなく、その支配権をも失いました。神が人間を創造され、この地上の支配権を人間にゆだねられたからです。そこで悪魔は人間を誘惑し、自己の支配下に置いたのです。こうして、地上は悪魔の支配下におかれるようになったのです。

主は、悪魔が逆らったすぐ後で、悪魔を滅ぼされることができたでしょう。しかし主は、悪魔に対しても公平だったのです。それは、悪魔が世の終わりに、「私なら、神よりもさらにすばらしい世界を創造することができただろうに。しかし神は、私にその時と機会を与えなかったのだ、」と言わせないためでした。

悪魔は世界の支配権を求めています。しかしその支配権は、イエス様の手の中に置かれています。イエス様は、悪魔を十字架で滅ぼされました。そして、その証拠として復活され、昇天されたのです。イエス様は、御座に「支配者」としてついておられるのです。

主の判決は、悪魔に対して段階的に定められます。つまり、悪魔は裸にされ、打ち負かされ、天から投げ捨てられるのです。

また、聖書の中で、悪魔には「竜」、「古い蛇」そして「悪魔」という異なった三つの名前が与えられています。その名前の意味するものとは何でしょうか。

まず「竜」は、敵対的な力を表わしています。竜は恐ろしく、また残虐な生き物です。次に「古い蛇」は創世記にあるとおりエデンの園に現われました。蛇はずる賢く、また残虐な生き物です。

そして「悪魔」は神の敵対者という意味です。悪魔は、アダムとエバに神の悪口を言い、神の前でヨブの悪口を言いました。また悪魔は、大祭司ヨシュアの悪口をも言いました。悪口は、悪魔の最も有効な武器です。悪魔は、信仰をもつ者同志が互いの悪口を言いあう時に、たいへん喜びます。悪魔は神に敵対するだけでなく、すべての信仰者にも敵対するのです。

ミカエルは、神の正義と神の栄光のために戦い、同時にイスラエルの民を守り、保護します。これに対して悪魔は、イスラエルを守りもせず、保護することもしません。

悪魔は誘惑し、そして訴えます。イエス様は、悪魔こそが偽りの父であり、人殺しの初めであると言っておられます。人々は殺人、盗み、姦淫などの行為そのものが「悪」であると考えがちですが、それらのものは「悪の結果」に過ぎないのです。「悪」の実体とは、天上にいる悪魔自身なのです。この悪魔が「神に等しくなりたい」という思いを抱かせようとして、人間の心を誘惑しているのです。

(以上は黙示録12・7〜12に言及したベック兄のメッセージの聞き書きの抜粋だが、引用者はなぜかヘブル4・13を思わされた。すなわち「造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。」引用は「すぐに起こるはずのこと」3巻272ページより)

2012年9月5日水曜日

なにがたいせつか?

このところ、生家で日夜過ごしている。近くの小川には何匹ものオイカワが群れをなして上り下りする。こどもが小川に入りさかなを掬いあげようとしている。一緒に入って掬いあげたい。いつ帰っても今ごろ決まってこのさかなを見ることができる。清流なのだろう。

他郷にいる身として、帽子をやや目深にかぶり、素知らぬふりをしながら、惣菜の買い物に出かける。故郷の風情は40数年の間にすっかり変わったかの如く映る。しかし、故郷の人々はそこに今もいる。

数十歩前に近くの年少の友がいるのに気づいた。近寄り、帽子を目深にしたまま、「こんにちは」とあいさつする。先方は一瞬誰かといぶかる。しかし、次の瞬間「ひろっちゃん?」と満面笑みを浮かべて私を認めてくださった。

五つぐらい歳下であろうか。「お元気で(なによりで)」と言ってくださった。私は微笑むばかりで、曖昧な感情を残しつつその場を立ち去った。胸の中はキューっとしめつけられるようで、心の中に何か切ないものを感じさせられた。

「あなたは、どうして福音を伝えようとしないのですか」と問われる思いがしたからである。

ベックさんの「すぐに起こるはずのこと」をこの地で読んでいる。そこに以下のことが書いてあった。

イエス様を信じる私たちにとっては、来たるべき真っ暗な裁きの日を前にして、何よりも二つのことが大切となります。それはまず、まだ救われていない人々のために絶え間なく祈ること、そしてそれらの人々をイエス様のみもとに連れてくるために、愛の労苦をすることです。(同書第二巻216ページ)

この故郷にいるたくさんの義理のきょうだい、またいとこ、友人に、主の愛を伝えていない。話しても馬鹿にされると自己保身の思いがあるからだろう。こんな惨めな者に主はとりなしの祈りを勧めていてくださる。ああ! その後に愛の労苦が続くのだ!

「御子に口づけせよ。主が怒り、おまえたちが道で滅びないために。怒りは、いまにも燃えようとしている。幸いなことよ。すべて主に身を避ける人は。」(詩篇2・12)

2012年9月4日火曜日

ノシメマダラメイガ

九月になり、やっとあの凄まじい暑さを逃れ出たような気がする。八月の初旬のことだったろうか。物置に小さな蛾が跋扈し、飛んでいるのを娘が見つけた。

原因はいただいた餅米の袋からであることがわかった。それから四、五日かかっただろうか、連日その幼虫との戦いが始まった。猛暑の中で異常に繁殖したようである。

およそ15キロの餅米を物置きの暗所から引き出すや、十数匹の蛾が飛び出して行く。捕まえようと思うが中々すばしこい。捕虫率は三割程度か。しかし、それは端緒に過ぎなかった。実におびただしい芋虫が餅米内に繁殖していたのである。

新聞紙を引いて次から次へと餅米を並べたが、芋虫はあっちこっちに潜んでいる。それにしても穀粒の多さよ。まるで60億の全人類を見ているような錯覚に捉えられた。

しかも芋虫は光を避けて暗きを目指して万里を物ともせず尺取り虫よろしく、うず高く積まれた餅米から、這い出て、一匹、また一匹と床を進んで行く。労せずして芋虫を拾い上げることができた。可哀想だが、用意した水桶に投げ込む。第一回は200匹は優に超えたであろう。

夫婦二人してじっと餅米を見据え、いかなる動きも見過ごさじと上から見ている。半分はどちらが多く見つけるかという競争心にとらわれている。

こんな案配で四、五日も過ごしたのでこの芋虫の生態に詳しくなった。この芋虫はさらに蛹となり、脱皮して「ノシメマダラメイガ」となる御仁であった。蛹は餅米を10粒平均自らの食糧として薄い粘り気のある糸でうまく巻きつけている。彼らがまず餅米の美味しい部分を食べるのだ。当然、糞が出る。これがまた凄まじい。一面茶褐色の糞が散乱しているのだ。結局人間様はその彼らが絞り取った残りを食べる算段だ。

粒を食べようとした人類も素晴らしいが、その粒の養分をもって私たちにとっては敵筋にあたる「ノシメマダラメイガ」も養われていたのだ。小さな一粒の中にふくまれる養分は創造主である神が全被造物のために備えられたものだ。

時ならぬ猛暑は普段気づくことのなかった生物の営みを私に教える実物教育の場となった。芋虫はその後何匹私たちが引き上げたかは読者のご想像にまかせる。しかし、私たちは私たちの一挙手一投足も主なる神様にはすでにお見通しなのだと観念せざるを得なかった。

「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。」(2歴代誌16・9)

2012年9月3日月曜日

広大無辺な主の愛

100人目の名前がどうしても夫婦して出て来なかった。先日拙宅で家庭集会が行われ、いったいどんな方がお見えになったか思い出し、書き出した時のことである。

当日は前もって暑さが予想されていた。一方人々がたくさん集まって来られることもわかっていた。会場を変えることも考えていた。しかし、家庭の良さがある。祈るしかなかった。「暑さを和らげてください!」と。

この祈りは答えられたかに見えた。確かに朝から激しく照りつける太陽に立ちはだかるかのように雲が次々現れたからである。いつもは34℃を示していた温度計もやや遠慮気味に32℃に手をのばすかのようであり、それ以上には上昇しなかった。

ところが始まりの2時が近づく頃には人々の出足が思ったより早く、三台のクーラーはあってなきがごとくになり、人々の熱気はたちまちのうちに部屋を蒸し風呂状態にしてしまった。

後日、遅れて参加し洗面所に身を忍ばせることの出来た方が、「大混雑」と表した混雑ぶりであった。しかし、いったん、集会が始まり、賛美がなされた時の皆さんの精神の高揚ぶりには脱帽させられた。このような混雑に萎えていたのは司会をさせていただいた当主の私だけであったからである。

ベック兄のメッセージとこの日は久しぶりに一人のご婦人の証が加わった。以後も熱気のムンムンする中に、みことばは静かに語られて行った。主のご臨在は私たちの外面的な混乱にもかかわらず、変わることがなかった。

一日経ち、夫婦して感謝のうちに集会を振り返っているうちに主の新たな愛を覚えた。

「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。見つけたら、大喜びでその羊をかついで、帰って来て、友達や近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。」(ルカ15:4〜7)

私たちの主はこんなやさしい心をお持ちの方である。必死に名前を書き上げていっても、どうしても九十九人の方のお名前しか思い出せなかった。ひょっとすると百人目の方がおられたのかもわからない。私たち夫婦がもし見落としていたとしても、主は決して見落とされない。