2022年5月24日火曜日

勝利の約束

イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、神の国が力をもって到来しているのを見るまでは、決して死を味わわない者がいます。(マルコ9・1)

 これは主の死後約40年に起こったエルサレムの滅亡を指すとの説に多くの学者は一致しています※。主は人となって、めぐみと愛と救いとをもたらしてユダヤの人々に来たり給いましたが『ご自分の民は受け入れなかった』(ヨハネ1・11)のでありました。最後の提供として十字架にかかり給いますが、それさえもエルサレム人はこれを受け入れませんでした。めぐみと愛とをドコまでも拒絶する者に対して主は遂に『神の国が力をもって到来』するのであります。エルサレム滅亡の時イエスを信じていた者はマタイ伝24章16節にある主の預言に従って早くエルサレムから田舎へ避難して助かりましたが信じなかった者は落城とともに沢山殺されました。然り、神の救いの提供を最後まで拒む者には『力をもって』臨み給う時が必ず来ます。
祈祷
主よ、願わくは、私たちが『恵みの時』にあなたのもとに来、『救いの日』にあなたを信ずることを忘れないようにして下さい。そうではなく、悪しき日が来てしまい、もはや信ずることも、救われることも、恵まれることもできない事態に至ってしまうことを恐れます。アーメン(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著144頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はデーヴィツド・スミス〈1866~1932〉の『受肉者耶蘇〈Days of His Flesh〉』からの引用で7「鼓舞奨励」〈5/22既述〉の続きの文章である。
 ユダヤ神学によればメシヤは世界の終局に栄光をもって現われ、審判を下されるものとせられた。故にイエスは人がよく知るこの教理を身に引用された。もしその弟子が試練の間に失敗して、卑怯の振る舞いがあったならば彼らは何の面目があって、審判の重大な日にイエスに見〈まみ〉えることができよう。『姦悪なるこの世において我と我が道とを恥ずるものをば人の子もまた聖使〈きよきつかい〉と共に父の栄光をもって来るときこれを恥ずべし』と。これ実に恐るべき宣告である。彼らがこのように親しんだ聖容〈みかお〉は恥辱としてかなたへ転じられ、人と天使の嘲りのただなかに遺棄されるべきを思うならば、常に心に留めて、その重大時期に価値を具えるよう努力せねばならないのである。
8「勝利の約束」
 このようなものが、使徒たちの眼前に提供された光景であって、イエスは彼らにこれを隠匿することは出来なかった。しかしこれに約束と、確信とをもってその偉大な教訓を結ばれた。苦悩はどんなに鋭くとも、勝利は確実で、彼らの中のある人々はこれを目撃するまで生き永らえることであろう。『我れ誠に汝らに告げん。ここに立つものののうちに神の国の権威をもて来るを見るまでは死なざるものあり』と。而してこの約束は成就された。
 すなわち歴史の一不可思議は福音の伝播の速やかなことであった。福音は僅々三世紀ならずしてロオマの大帝国を包容し、遂に一キリスト教徒がカイザルの王座に即くこととなった。十二使徒中にはこの完成の期を目撃したものはなかったけれども、なお彼らはこれと相若くものを見たのであった。一時代の間においてすら彼らが神の権威によって説教したところは当時知られた全世界に轟いたのであった。パレスチナの国境よりはるか、小アジアに、ギリシャに、ロオマ大帝国に、福音は自由に侵入して、その光栄を擅〈ほしいまま〉にしたのであった。紀元第58年既にパウロは『キリスト我を助けて異邦人を従わしめんためにしるしと奇蹟の力と神の霊の力をあらわし、言葉と行いとをもってエルサレムより遍くイルリコに至るまでその福音を伝えさせ給いしことの他は一つの言葉をも我れ敢えて言わざるなり』〈ローマ15・18〜19〉と揚言するを得たのであった。

※青木氏の言とスミス氏の言では食い違っているので、念のため調べてみたら、つぎのような説明があった。「9・1の正確な意味はいくぶん曖昧である。四つの可能な解釈が提出されている。①変貌②復活と昇天③AD70年のエルサレム陥落④ペンテコステと伝道活動の開始。この中では最後のものがたぶん最も満足な解釈であろう。弟子たちは、今彼らにとってつまずきである十字架が、人間の心の征服、従って、また御国到来のしるしであり、その秘訣であることを遂に悟った。選ばれた共同体において示される神の支配の可視的顕現というのが、イエスの期待された形態であると言えよう」〈KGK聖書註解836頁〉)

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