人々は食べて満腹した。そして余りのパン切れを七つのかごに取り集めた。・・・パリサイ人たちがやって来て、イエスに議論をしかけ(マルコ8・8、11)
『七つのかご』、この『かご(籠)』は五千人の時の『かご(筺)』よりもはるかに大きい。『かご』は食物など入れて手に携える小さいものであるが、『かご』はパウロがダマスコの石垣から吊り下げてもらう時に入ったほどの大きさである(使徒9・25)残りは五千人の時よりも多かったのかも知れぬ。十二分に彼らは養われたのである。この直後にパリサイの人がイエスに議論をふっかけに出て来たのは何と言っても人の心の浅ましさを物語る。大能を見ても、大愛を見ても心の貧しからぬ者は信仰に入ることが出来ぬ。反って反感を抱き、嫉妬を生ずる。人間に最も大切なものは謙遜の心である。主は常に『悔い改めて信ぜよ』と呼びかけ給う。悔い改めの内容を分解すればその重要な部分は謙遜である。我らの日々はこの悔い改めの日々であらねばならない。
祈祷
神よ、我らは自ら見て正しとする者であります。自ら見て人に優れりとする者であります。この心こそ一切の罪の根であります。どうか本当の悔い改めと謙遜とを毎日学ばせて下さい。アーメン
(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著130頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。以下はクレッツマンの『聖書の黙想』123頁からの引用である。
たしかに、一般民衆の間での、イエスの人望は相変わらず、大きかった。彼のみもとに集まった群衆の多くは、遠方からやって来た者に違いないが、それはおびただしい数だったと聖マルコは語っている。彼らは見たり、聞いたりすることに熱心になったあまり、町や村へ行って、何か食糧を手に入れる時間を惜しんでしまった。おそらく、その付近の食糧の貯えはこれだけの人数をまかなうのに、十分でなかっただろう。民衆のこんなありさまにイエスのあわれみはかき立てられた。彼らがみもとに来てから、今日で三日経つので、イエスはこの人々がどんなに飢えているかを悟っておられ、しかも、飢えというものがどんなものかもご承知だった。彼は荒野で四十日もの間断食されたのではないか。
群衆をこのまま、家へ帰すには、もう遅過ぎていた。もし、そうしたら、彼らは途中で弱ってしまうだろう。弟子たちは五千人に食物を与えたあの奇蹟をイエスにもう一度くりかえしてくださいと提案するのは、自分たちの分ではないと考えたものらしい。彼らは、ただ、この荒野では、民衆に食物を与える方法がみつからないと口にしたにすぎなかった。そこで、主はすべてをのみこまれ、後を引き受けられたのである。
手もちのものを、いそいで調べて見ると、七つのパンのあることがわかった。群衆は草の生えていない土の上にすわり、すぐに態勢を整えた。主は神の恵みを感謝して、これらのパンを小さくさき、弟子たちの手に渡した。弟子たちはそれを小さな魚と一緒に、飢えた人々に分け与えた。驚くべきことに、この人々皆が十分に食べて、しかも、ありあまったのである。婦人や子供を除く四千人が食べた後残りクズを集めると、七つの大きなかごがいっぱいになったほどだった。これらはまた彼らが家路を辿る道での有難い元気づけの食料となったかも知れない。私たちが肉体をもった人間として求めるところを、すべて配慮してくださる救い主の御意と御力を疑うとは、なんと恥ずべきことではないか。 )
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