2019年5月30日木曜日

聖徒メフィボシェテ(中)

彼は礼をして言った。「このしもべが何者だというので、あなたは、この死んだ犬のような私を顧みてくださるのですか。」(Ⅱサムエル記9・8)

 しかるに二度目に登場した時のメフィボシェテの姿を見ると、その生活歴から予想されるのとはおよそ違ったさわやかさが現わされている。

 王位が確立したダビデは、ヨナタンとの約束を果たそうと考えた(Ⅱ9・1)。このサムエル記第二、9章は単純に読めばすてきな美談である。そういう読み方がまちがいだというのではない。ただ、サムエル記は歴史書であり、しかもその歴史は(特にこのあたりは)政治史であり宮廷史である。そこに描かれているのは権力の世界だという事実も無視すべきではない。権力の世界とは大体においてうさんくさい、ドロドロした、そして血なまぐさいものでさえある。ダビデもまたその世界に生きた人間で、その汚濁にまったく無関係でなかったことを、むしろ聖書は隠さずに描いている。

 この問題に関するダビデの暗黒面を推測させるのは、サウル家の生き残り7人の刑殺事件(21章)だ。うち続く飢饉の原因探求がサウル家の責任追及に進展し、ギブオン人の要求を入れたという形でサウルの子二人と孫五人が処刑された。この事件に関してダビデの作為はまったくなかった、と、ダビデの名誉のために信じたい気持ちもある。が、結果的にはそれだけダビデ王家をおびやかす危険要素が除かれたことになるわけで、政治家としてのダビデならこの事件について完全に受け身なだけだったどうか疑わしい。

 右の七人の所在がわかったというのはどういうことか。ヨナタンの遺児でさえ身を隠していた状況である。前王朝の遺族が身をひそめるというのは命がけのはずだった。ダビデがメフィボシェテを優遇したという美談が国中に流れたことにより、遺族たちの警戒心がゆるんだとも考えうる。(中略)

 美談の内容だが、サウル家の私領(ダビデが没収していた)をメフィボシェテに返したこと、王族(ダビデ王家の)に準ずる待遇を宮廷内で与えたことで、足の不自由なメフィボシェテはこれによって事実上いつでもダビデの目の届く所に置かれることになった(Ⅱ9・10)

 新王朝転覆をはかる前王朝の遺臣の動きを封ずる効果は十分であろう。

 ダビデのこの処遇を、しかしメフィボシェテはすなおに好意として受け取り、謙虚な態度であふれるばかりの感謝を示した。「死んだ犬に等しい無価値な私にこれほどまで・・・」と、おそらく感涙にむせび、しばしば絶句したかも知れぬ。彼は聡明だった。もしそうでなければ、この場合別なことばや態度が出ただろう。そしてそのことは、後日彼の立場を危うくしたはずである。「このぐらい当然だ。もっとしてくれてもいいぐらいだ。」こんな気持ちがあったらダビデに「この男は・・・」と思われ、たぶんサムエル記第二、21章の七人のリストの筆頭にあげられる結果になったろう。

 彼の聡明さからすれば、ダビデの好意の裏にあるものを読み取ることも困難ではあるまい。そういうことにまったく気づかぬかのようにすなおに感謝したのであれば、その聡明さは驚くべきもの(後日の出来事からも推察して)である。ただしその場合、ダビデに対する感謝は”演技”になるおそれが大きい。もし演技の感謝なら、それを見破れぬダビデではないはず。すべてを知る聡明さと、それでも純粋に感謝するすなおさとがこの場合両立できるか。できたと思う。その秘密はメフィボシェテがまったく己れに死んでいたことにある。

 「死んだ犬」とは、まったくの無価値を表わす(伝道9・4を見よ)。これがこの王孫の自己規定であった。

(『乱世の指導者(サムエル記の人々)』千代崎秀雄著233頁より引用。なお「聖徒メフィボシェテ」の副題は[死に切っていた王孫]である。)

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