2011年6月18日土曜日

鍬三丁の存在

「我は下野の百姓なり」とは、確か田中正造の言だったように記憶する。一方、太宰治は大地主の出とは言え、自らが土とかかわりがあるのを気にしていたというのを読んだ覚えがある。いずれも私自身の記憶に過ぎないのであてにならないだろう。

こんなことをふと思い出したのは、生家のドクダミをはじめとする雑草除去に取り組んでのことである。毎年、帰省する度に今頃は除草に悩まされる。除草剤を撒くといいと薦められるのだが、愚直にも鎌で悪戦苦闘する。今朝も上衣に「やえむぐら」のタネがおもしろいほどにたくさん付いていてその奮闘ぶりを証拠立てている案配だ。ただ、例年と違って今回ははじめてクワを用いた。鎌で茎を刈り込むより、根っこから掘り起こさないと駄目だと気づいたからである。

裏庭の納屋には手の届くところに三種類のクワがあった。早速そのうちの一本を使った。根っこから掘り起こすことに爽快感を覚えさせられた。そのうち良くみるとバラや紫陽花に混じって長年増えに増えて来た棕櫚が場所ばかりとって厄介だと思い始める。今度はそちらに挑戦することにした。根っこから掘り起こしにかかった。最初は一本のクワを使っていたがどうしても深く掘り込めないし、増してや四方に張り伸ばしている根っ子ごと掘り起こすことに困難を覚えた。その時、にわかに他のクワの存在が目に飛び込んで来た。二種類のクワを使いながら何とか根っ子を探り当て揺り動かすまでにこぎつけた。

この時、数多の農機具に、しかも基本中の基本ともいうべきクワ、鋤に思いを馳せ、先祖以来私もまた農夫なりと思い至った。

家内も農家出身で、私の変貌ぶりに気を良くしたのだろう。「開墾して、野菜を作れば」と煽てる。昔、中学時代、この石っころだらけの狭い裏庭をいかに花壇に変えていくか少年の夢を図面に表したこともあった。当時はこの裏庭には鶏小屋、ヤギの小屋も設けていた。往時の懐かしき思い出である。

耕地を開拓せよ。いばらの中に種を蒔くな。ユダの人とエルサレムの住民よ。主のために割礼を受け、心の包皮を取り除け。(旧約聖書 エレミヤ4:3〜4)

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