2012年4月26日木曜日

ロンドン発の手紙

 御無沙汰申上げて居りまして相済みません。十二月十八日附御礼状有難く拝読いたしました。新聞で日本の物資不足を見ますが、米炭に困るようでは日本の経済もどうかと思います。尤も日本の御役人は統制経済がお好きで、一片の法令で一切合切杓子定規に取締るのが得意の様でありますが、取締られる国民は堪らないと思います。皆様お困却の処、私共は肉屋等割当制がありますが、困ることもなく、日常生活多少不便でも、贅沢をしている様で相済まぬ心地であります。

 御令息盲腸手術されました由、藤本先生からの御申越しで知り、何とか送金をと思いまして、兎に角送金許可出願いたしましたのですが、不許可となり誠に申訳ございません。国際情勢がこんな処にも敏感でありまして「日本が支那に於て英国をBlockadeするのに積極的に日本国民を支援する理由はない」と云う意見が当国の政府の出方ではないかと思います。

 浅間丸臨検に対する天津租界Blockade強化等は直に銀行を通じて商売に支障を来らす様なことになります。当国為替管理は英蘭銀行でやって居ります為、実務家のやることですから緩い様でも時には辛辣であります。英国が財的にその優位を保たんとする努力は目覚しいものであります。此度の戦争勃発以来その実例を、或は露骨に或は婉曲に商売を通して味わわされて居ります。

 内村先生の原稿を御恵送下さいまして何とも御礼の申様も御座いません。一片の古びた残片、そこに印せられた先生のfoot-print、これも亦天の都へ登る巡礼の旅を行った先輩の足跡。(昨日のラヂオでバンヤンの「天路歴程」の劇放送がありました)Longfellowが申しました様に、失意の時に、私も亦この原稿の一片を通して、勇気をとり戻して行きましょう。

 今日の旅、明日の旅、死に至るまで私の生涯が「神がキリストに由りて上へ召して賜う所の褒美を得んとて標準に向かいて進む」旅であります様に。However hard it may be.最も大切な「唯此一事を務む」ればよい部分を御割愛下され、御礼の申上様もありません。古本の送れない当国現状でありますが、何か見付けて当方よりも御送り申上度いと思います。何ぞ御所望の本でも御座いましたら御申聞下さる様御願い申上ます。

 毎日仕事に追われてキュウキュウして居りますが地上の旅はいよいよ暗かれ、天上の悦びの増さん為、と覚悟をしなければならん様に追詰められまして、余り苦にもならなくなりました。基督者でない当国の人でもよく「平和を求むる声が充溢しているのに我等は何の為に戦わねばならんのだろう」と申します。永遠の生命誌十二月号の第一頁下段に黒崎先生の明快な御教示があります。善と悪をハッキリさせるヨハネ文書の明快さを見ます。

 日本も寒さ酷しきことと思います。炭も節約せねばならぬ日本の冬、奥様御達者でいらっしゃいますか。ドイツではどんな暖房方法か存じませんが、石油の不足で寒さに苦しんでいると新聞で云って居ります。日本で石炭を節約したらoffice manは参ってしまうでありましょう。当国でも百五十年来ない寒さだとか申して居ります。前の大戦の時も大そう寒かったとのことでありますが、人類の罪と自然現象の関係がここにも表れたのではないかと思わされます。

 欧州戦争は行くところまで行かねば止まぬのでありましょうか。欧州文明の破壊を恐れつつも各国の指導階級に罪の悔改を提唱する者のないのは淋しいことであります。当国に見る和平運動も此処に立脚しているかどうか疑問であります。理性に訴えて止めるのでもよいから早く止めて欲しいのでありますが、之は望まれて居りながら出来ないでいます。物資の最大消耗者が日本を捕えているかぎり日本は借金を盾に入れて金を借りて行かねばならぬと存じますが、血の妖魔、戦争に借りた金を注ぎ込んで居る限り平和産業に従事せらるる方々はどんなにかお苦しみのことと存じます。しかし今までの御苦心は日本の為、人類の為決して無駄ではないと(失礼ながら)存じ上げます。どうか血を流す以上の御苦境にも達者で居られます様に。また新しい道が示されます様祈り居ります。

 「そして君はローマ皇帝ドミチャンが来る日も来る日も終日どんなにして暮らしたか知っているかね?彼は宮廷に居る蝿をとらえては彼等が飛ぶことが出来ない様にその翼をもぎとって居たのだよ。ハ・ハ・・・・・、ローマのカイザルとしての偉大なる職務、何ですって? だが、お若い人、それは只例えだがね、もののたとえだがね、・・・・」ナザレ人と云う小説の一節でありますが、ローマ皇帝ドミチャンを戦争そのものに置きかえますと現代のみならず何れの時代にもあてはまる様に思われます。黙示録の必要な時代がまた参りました。
 先は右御礼旁々御無沙汰御詫まで。

 (以上は1939年2月4日日付のロンドン駐在の小林氏が知人に宛てて出された私信である。遺族の了解を得て、公開している。文中、藤本先生とあるのは、先頃ご紹介した藤本正高さんのことである。戦争は国の内外で様々な問題を引き起こしている。中国人ウオッチマン・ニーの歩みを追っているが、沢崎氏のような日本人、またこの小林さんのような人もいたのだ。小林さんはこの時、28歳であり、翌年にご結婚される。

何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。(新約聖書 ヤコブ4:1〜2) 

兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。(ピリピ3:13〜14)

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