2013年11月18日月曜日

高き所へ向かって(4)

『恐れのない国へ』挿絵より写し
ところが恐(おそれ)は、急にまた恐怖と不安に襲われて、周囲の歌声も耳に入らなくなりました。そしてふるえながら聞きました。「頂上まで行ったら、新しい名前を下さるんですね?」

「もちろんだよ。おまえの心の中で愛の花が開くばかりになったら、愛されて新しい名前も与えられる。」

恐(おそれ)は橋の上で立ち止まり、歩いて来た道を振り返ってみました。濃い緑の谷間はいかにも平和そうに見えましたが、それに比べ、眼前の山々は巨大な土塁のごとく、挑むように立ちはだかっています。遠くの震撼村を囲む木立を見つめていると胸がきゅっとして、羊飼いのしもべたちが楽しげに働く姿や、牧場に散らばる羊の群れ、住みなれた白い小さな家などが思い出されます。

そんなことを思い浮かべていると涙がにじみ、心の中ではあのとげがチクリと感じられるのでした。でも、すぐに彼女は羊飼いのほうに向き直り、心から言いました。「私はあなたを信頼して、あなたのおっしゃる通りいたします。」

見上げると、彼はこの上なく優しいほほえみをたたえながら、初めてこう言いました。「恐(おそれ)、おまえにはひとつの本当に美しいものがある。信頼の目だ。この世で最も美しいもののひとつが信頼だ。どんなに多くの美しい女王たちと比べても、おまえの目にある信頼のほうがずっと美しいと私は思う。」

まもなく橋を渡りきり、山の麓のゆるやかな勾配を行く道に出ました。大きな石がごろごろしています。恐(おそれ) は、道のわきの石に、ベールをかぶったふたりの女性が腰かけているのに気づきました。羊飼い恐(おそれ)がやって来るのを見ると、ふたりは立ち上がって、彼に向かい黙って頭を下げました。

羊飼いは、穏やかな調子で言いました。「おまえに話しておいた案内役だよ。今から、急で険しい困難な所を通り抜けるまでずっと、このふたりがおまえのお伴であり助け手となる。」

恐(おそれ)は不安な気持ちでふたりを見やりました。確かにふたりとも背が高く丈夫そうでしたが、なぜベールをかぶっているのでしょう。なぜ顔を隠しているのでしょうか。見れば見るほど不安になりました。ふたりは無言で、しかも強そうで、神秘的でした。なぜ何も言わないのでしょう。なぜ彼女にあいさつのひとこともしてくれないのでしょうか。

彼女は羊飼いに、小声で聞いてみました。 「おふたりは何ておっしゃるんですか? お名前を教えてください。なぜ私に声をかけてくださらないんですか? しゃべれないんですか?」

「もちろんしゃべれるよ。彼女たちは、おまえがまだ知らないことばで話すのだ。この山の方言とでも言おうか。でもいっしょに旅するうちに、少しずつ彼女たちの言うことがわかってくるだろう。ふたりは実に良い教師だ。彼女たちにまさる者はちょっといない。ふたりの名前だが、おまえのわかることばで教えよう。あとになれば、彼らのことばで何というのかわかるだろう。」彼は無言のふたりをそれぞれ指して、「こちらが悲(かなしみ)という。そしてあちらは双子の妹で苦(くるしみ)という。」

ひどい! 恐(おそれ)のほおは青ざめ、からだ中がふるえ出しました。気を失わんばかりにふらふらしてしまい、羊飼いに寄りかかりました。そして苦しそうに言いました。

「彼女たちとは行けません! いやです、いやです! ああ私の主、羊飼い様、どうしてこんなことをなさるのですか?  どうしてあの人たちとなどいっしょに旅ができましょう? 耐えられません。山道は険しく困難で、私ひとりでは登れないとおっしゃったではありませんか。それなのに。それなのになぜ悲(かなしみ)苦(くるしみ)などを私のつき添いになさるのですか? 喜(よろこび)平安を私といっしょに行かせることはできないのですか? そうすれば困難な道を行く時、私を強め励まし、助けとなってくれるではありませんか。ああ、あなたがこんなことを私になさるなんて!」彼女はどっと泣きくずれました。

(『恐れのない国へ』60〜62頁より引用。聖書にはイエス様の有名な次のおことばがあります。「わたしがしていることは、今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになります。」ヨハネ13・7) 

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