2023年7月5日水曜日

蝶々二羽、何を語る

ひらひらと 蝶々二羽 ランデブー
 御代田は浅間山のふもとに展開する町並みである。したがって、駅からの行き来は、行きは上り坂、帰りは下り坂になり、下りは徒歩でも、重力に身をゆだねながら降りることができ快適だ。そんな私たちの前を二羽の黄蝶と白蝶が楽しく舞っていた。その色のコントラストと動きに何度かカメラを向けるのだが、中々思うようには撮れなかった。的が小さすぎるのだ。

 かと言って、今度は的を大きくして、浅間山の勇姿を、何とか画面に納めたいと思うのだが、これまたむつかしい。あれやこれやで道草を食ってしまい、御代田駅に着いた時には、信濃鉄道軽井沢行き10:22分発はすでに発車してしまっていた。春日部にまでスムーズに帰る計画はおじゃんになってしまった。ために、さらに駅頭で小半時待たねばならなかった。それはいいとしても、バス、信越線、高崎線を使っての帰りの予定は大幅に狂ってしまった。

 あれこれ言っても始まらない。昨日の件は妻に原因があるとしても、今日の件は私に原因がある。景色などを撮ろうとせず、そのままひたすら歩いていれば間に合ったのだから、自らの落ち度だけにそこはぐうの音も出ない。半ば捨て鉢で信濃鉄道に身を任せる。

 御代田から次の駅信濃追分までの区間の車窓の風景は一品だ。何しろ浅間山が眼前に広がるからだ。その間、5、6分だが絶好のシャッターチャンスだ。そう思いながらこれまで何度もそれを逃している。いや、カメラを向ける所作そのものが憚れるのだ。結局体勢を立て直してカメラに向かうのは決まって信濃追分駅に着いてからだ。以下の写真にはいつも不満がたまる(人為がじゃまになるのだ!)。でも参考までに載せる。

 列車は信濃追分駅を離れ、次の中軽井沢駅に入って行った。すると乗車口から、(テレビなどで)見覚えのある老夫妻が乗り込んで来られた。ご夫妻とも長身で、いかにも物腰に品があった。私は隣席の妻に思わず、「トーゴーさんだよ」と囁いた。妻は知るはずがないが、お二人ともマスク姿ではあったが、見紛うことない、トーゴーさんだと断案した。そして様々な行き違いで不愉快になっていたのも忘れて、その列車に乗り合わせたにすぎないことであるのに心はなぜか弾んだ。

 一昔前、高校二年か一年の時、亀井勝一郎氏を彦根駅頭でプラットホーム越しに拝見した時は畏敬の思いで、ひとり遠くから礼をした(※)。次に、浪人生活で京都駅に何か用事で夜出かけた時であったか、列車を降りる巨人軍の選手一行に出会った。まだ高三で入団したばかりの柴田勲選手、長嶋こそ遭遇しなかったが、国松選手を見かけた。二十数年前には中央線で吉祥寺から中野方面にまで乗っていた時だろうか、おはなはん、樫山文枝さんが乗り込んできた時にはびっくりした。車内は混雑もしていず、空席の目立つ車内であったが、特にどうということもなく、樫山さんも一人の行きずりの乗客にすぎなかったことを思い出す。

 ところでこのトーゴーさんについては春日部に帰ってから、その偶然な乗り合わせが決して無意味でなかったことを思い知らされている。そのことは後ほど稿を改めて触れたい。ただこうした乗り合わせは今に始まったことでなく、私は何度も経験している。さしずめ次の出来事もその一つだ。 https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2011/08/blog-post.html

 蝶々二羽はそれこそ軽やかに野原を思い思いに飛翔していた。でもやけに気になった。黄蝶のあとを白蝶はひたすら追っていたからだ。昆虫の生態を知らない私にはそれ以上のことがわからない。私たち夫婦とトーゴーさん夫婦が乗り合わせて、会話を交わしたわけではない。ただ行きずりの間柄に過ぎない。片や有名人、片やこちら無名人。「袖擦り合うのも他生の縁」とはよく言ったものだ。しかし、神のみことばはそれ以上の確かなみことばを今に伝えている。

※追記 記憶っていい加減だなと思った。私はすでに亀井勝一郎氏について下記のような記事を残していた。遅まきながら追加する。https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2015/12/blog-post.html

隠されていることは、私たちの神、主のものである。しかし、現わされたことは、永遠に、私たちと私たちの子孫のものであり、私たちがこのみおしえのすべてのことばを行なうためである。(旧約聖書 申命記29章29節)

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(新約聖書 ヨハネの福音書3章16節)

0 件のコメント:

コメントを投稿