2014年1月9日木曜日

主がくださった今年のお年玉

元旦の西軽井沢国際福音センター東面
年末、一人の青年が主イエス様のみもとに帰って来た。三度の礼拝に集うだけでなく、年末年始の西軽井沢国際福音センターで開かれる「喜びの集い」に幼馴染である娘が誘ったところ、行ってみたいと言った。私たちはそれを聞き、彼の思いが一時的なものでなく本物であることを知り喜んだ。集会の礼拝に集ったのは、彼が言うには小学校6年以来だと言う。その最初の礼拝のおりには賛美するたびに涙が出てしょうがなかったと言う。知らぬのは私(たち)だけで、その不明を恥じざるを得なかった。

西軽井沢国際福音センターで一緒に集った三日間は夢のようだった。彼にとってこのセンターは幼い頃父親に連れられて、地下室で友だちとゲームに興じた懐かしい想い出がいっぱい詰まっているふるさとであった。今長じて眺めてみると、正面のものだけだったステンドグラスがいつの間にか西側面などに増えていると言う。ためつすがめつ感動の思いでそれらステンドグラスから離れようとしない彼の姿がそこにはあった。

最初こそ誰と交われるのだろうかと気をもみ二三の同年輩の青年を紹介したが、その後は私たちの心配もそっちのけで、たちまち老若男女の皆さんと親しくなり、夜遅くまで交わっていたようだ(帰りの車中で聞いたところによると、実に30人近い方々とお交わりがあり、一人一人の名前を手帳にメモしたということだった)。文字どおり、水を得た魚の如く生活し、いつの間にか、集会の兄弟姉妹との交わりだけでなく、台所に入っては皿洗いの一団にまで加わっているのには驚かされた。

行き帰りの車中で私たち三人は過ぎた過去の想い出を交換したり、また「喜びの集い」の余韻にともに浸りっぱなしであった。彼と別れ、家に帰って参加しなかった家内に娘と二人で彼の三日間の様子を報告した。語るたびにどちらからともなく互いのうちに涙があふれ出てきて仕方がなかった。そうして、主の愛のすばらしさにいつまでも浸っていたい思いであった。

これぞ、クリスマスから新年にかけて主がくださった贈り物にちがいない。

兄弟愛については、何も書き送る必要がありません。あなたがたこそ、互いに愛し合うことを神から教えられた人たちだからです。実にマケドニヤ全土のすべての兄弟たちに対して、あなたがたはそれを実行しています。しかし、兄弟たち。あなたがたにお勧めします。どうか、さらにますますそうであってください。(1テサロニケ4・9〜10)

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