2012年2月10日金曜日

『聖戦』第2章 魔王、市(まち)を占領す

[魔王、城をものにする—市長、分別氏は辞めさせられ、家を暗くするために壁が築かれる—書記、良心氏は役所から追い出され、魔王にも住民にも非常に嫌われる—魔王の主張に心から信奉する我意氏は市の幕僚にされる—霊王の像はこわされ、かわりに魔王の像が建てられる—淫欲氏が市長にされ忘善氏が書記にされる—新しい市会議員が任命される—霊王に反抗する市を守るために三つの城砦が建設される]

 我意氏は 人霊の名門の出であった。多くの人々と同じように自由権の所有者であった。この物語に誤りないとすれば、彼は有名なる人霊市において一種特別の特権を持っていた。それと同時に彼は偉大なる力あり決意あり勇気ある人物であった。彼が頑張ったら、誰もこれを振り向かすことができなかった。しかし彼は自分の財産や特権や勢力を自慢していた。やっぱりその同じ慢心から人霊市の奴隷たることを賎(いや)しんだ。魔王の下に働いて小さくとも人霊市の支配者か統治者になろうとした。彼はきかん気の男なので、直ぐそう心を決めた。魔王が耳門で演説をした時、彼は真っ先にその言う所に同意して、それは善いことだと承知した一人である。彼は門を開いた。市内に魔王を引き入れた。魔王は彼と親しくして、地位を与えようとした。彼はこの人の勇気と剛健とを認めて、幕僚の一人に取り立て た。そしてあらゆる重大事に参与させた。

 魔王は彼に使者を送って、胸の裡の秘密を明かした。彼はたやすく承諾した。最初からこの人は魔王を市に引き入れようとしたのだから、もちろん彼に仕えるのに苦情はない。魔王は我意氏が自分に仕える意志もあり、心構えもあることを知ったので、城の大将、壁の監督者、人霊諸門の擁護者に任じた。その任命については人霊市のことは一切彼に相談せざるべからずとの一項目があった。それゆえに人霊市で魔王の次に位するのは我意氏で あった。この人が託(うん)と言わなければ、人霊市では何事もなすことが出来なかった。この人にはまた心意氏という属官があった。これはその主人と同様な人物である。心意氏とその主人とは主義が同一で、実行においても別々ではなかった。今や人霊は思う壺にはまって、意志と心意との欲情を満たすことになっ た。

 我意氏が権力を掌中に握った時は、自暴自棄していたとほか思われない。第一、彼は前の君主に対して何らの関係もない、何らの服務(つとめ)もしないと明言した。次には大君である魔王に対して忠臣たることを誓った。そして彼は位地定まり職務にもつき、昇級も抜擢もされる身分になった。彼が人霊市でどういうことをしたか、実見した者でなくば考えられんほどであった。

 ここに登場する我意氏について、雲舟氏はこの本の解説で次のように書いている。蓋し至言である。

 便宜上余儀なく我意氏と訳したが、その実名はWill be willである。バンヤンはパウロがロマ書の第7章で罪に対する正当なる名をつけることを困難に感じたように、人霊のこの身分ある人物の正当なる名を見出すに困難を感じた。パウロはその深邃(しんすい)にして激烈なる章句において、ただ罪を罪というほかなかった。言わば罪の罪である。それと同じようにバンヤンは魔王に次げるこの怖るべき人物の固有名詞を見出すことができないので、意志を二つ重ねて、「意志は意志なれ」と言った。パウロのいわゆる「われ願う所の善はこ れを行なわず、かえって願わざる所の悪はこれを行なえり」である。つまり我意は心情次第である。心情が神の聖殿であらば、我意も好意となる。これに反して心情が魔王の住居となれば、我意は悪意に変ずる。

「肉の思いは神に対して反抗するものです(The carnal mind is enmity against God)」(新約聖書 ローマ8:7)

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