2010年5月18日火曜日

天国への凱旋


 4月初め、主にあって敬愛する兄弟が64歳で召された。私もその葬儀に出席させていただいたが、今もその折お話された、遺族であるご長男、奥様のご挨拶が忘れられないでいる。それは「天国への凱旋」とはどんなことかがよく分かる話だったからである。以下にご紹介するのはその折、話された奥様の話を聞き書きしたものである。前後のご挨拶は省略させていただいた。

 主人は司会者の兄弟からお話がありましたように、三年前癌の摘出手術をいたしまして、リンパの奥まで転移していたものですから、ずっと闘病生活をいたしておりました。それでも去年の秋までは体力も回復し普通の生活ができるようになっていました。その間、農大の成人学級にもリハビリを兼ねて通い農作業をしたり、お仲間とあちこち見学旅行に連れて行っていただいたりして、楽しい時を過ごしておりました。今日もその時のお世話になった方々が何人も来てくださって、とても感謝です。

 去年の秋ごろから腹痛を訴えるようになりまして、今年一月に検査をした結果、リンパにかなり癌細胞が転移している状態で、本人は色々迷いや不安はありましたが、体力的にも抗癌剤治療を再開する自信はなく、祈った結果、主イエス様の導きにゆだねるのが最善だ、と言って抗癌剤治療はしない決心をいたしました。「あと半年ぐらい、でしょうか」と言われたお医者様のことばを、動揺する様子もなく、静かに受け止めておりました。主人は、その事実に絶望的になる様子もなく、とても平安でした。イエス様にすっぽりと包み込まれ、守られていることを実感しました。

 お腹と腰の痛みがひどかったものですから、「痛みを緩和する効果は期待できます」というお医者様の勧めもあって、2月15日から3月24日まで放射線治療のため、広尾の日赤医療センターの緩和ケアー病棟に入院いたしました。放射線治療の効果のせいか、治療が始まって日に日に痛みがなくなり楽になっていました。ただ、まだ自分の足で歩けるほど体力は回復していませんでしたけれど、毎日のように集会の兄弟姉妹や農大でお世話になった方々が訪ねてくださりとても喜んでおりました。少しぐらい気分が悪くても、皆さんが来てくださると、気分の悪いのも忘れるらしく、途端に元気な顔に変わっていました。

 とても大勢なお見舞いの方々で部屋がいつもいっぱいになっているのでお医者様や看護婦さんが「○○さん疲れませんか、大丈夫ですか」と心配されてましたけれど、主人は「体は疲れますけれど、元気になります」と言って、長い時間、兄弟姉妹とのお交わりのときをとても喜んでおりました。

 家にいると、それぞれ自分のやることや行くところがあって、中々二時間も三時間も主人に寄り添い、聖書を読んだりゆっくり話したりすることがなかったですし、また集会でお会いしても中々ゆっくりと兄弟姉妹とお交わりする機会もなかったので、私にとっても、とても恵まれた豊かな時を与えられ嬉しかったです。一ヶ月の放射線治療が終わり、痛みもなくなったので退院することになり、自宅でおいしいものでも食べて体力をつけて、少し歩けるようにリハビリをしようと本人も言っておりました。

 ちょうど桜の花が咲く頃なので車椅子でお花見に行こう、とか、4月中旬に長野の御代田でバイブルキャンプがあるので行きたい、と言っておりました。ところが、退院して三日目ぐらいから具合が急に悪くなり、ベッドから起き上がれない状態になり、坂を転がり落ちるように弱っていきました。そして召される四五日前から話すこともままならない状態になり、ほとんど寝ていることが多くなってしまいました。

 「お祈りしてくれる?」と聞くと「ウン」と言うようにうなずいて「愛するイエス様・・・今まで自分のことしか考えていませんでした、悔い改めます・・・ごめんなさい、悔い改めます、悔い改めます・・・イエス様のお名前によって、祈ります」とやっと聞きとれる声で祈りました。私が「今まで64年間生きてきてどんな人生だった?」と聞くと、しばらくして「いまーが、一番いい。いまーが、一番しあわせだ。一日、一日、幸せが増してくる」と涙を流して言いました。それを聞いて、私も「いまーが一番しあわせよ、はじめさんが病気になって痛くて苦しい思いをしたでしょうけど、そのおかげで、私はこんなに幸せだと思えるようになったのよ、ほんとうにありがとう」と二人で泣きながら感謝しました。

 今まで36年の結婚生活でこんなに主人と心をひとつにして喜べたのは初めてでした。私の理解をはるかに超えた喜びでした。夫の命がもう余り長くないとわかってから、私はただただ「主イエス様のご栄光を見たいです、私たちに見せてください、夫婦で心をひとつにして喜びたいです。どうぞよろしくお願いします!」と毎日必死で祈っていました。その祈りをイエス様は聞いてくださり、想像を絶する形で願いをかなえてくださったのだと心から主を恐れ、また感謝しました。

 そして召される三日前から二日前に変わる深夜、私と長男じゅんいちと次女マナが主人のベッドのそばにいる時、じゅんいちとマナの手を握り、今までになく毅然としたはっきりとした声で今じゅんいちが証ししたような話をし、その後私に「まだ僕はこの世にいるから自分に汚い黒い罪がいっぱい付いている、今水をかけて体を洗い流してほしい、この汚いものが付いているまま天国に行くのは申し訳ない、自分は今まで天国に行けると、確信はあると、口では言っていたけど、今このように出発しようという時になって、確信なんてなかったことに気がついた、天国に行くのが嬉しい、本当に嬉しいんだよ。こんなにうれしいのに今までこの喜びをみんなに伝えて来なかったことを本当に申し訳なく思う、本当に恥ずかしい」と心から悔い改めているのがよくわかり、みんな感動と感謝で涙を流しました。

 私が「わたしたちも皆(み)んな、おんなじよ、でもイエス様は十字架にかかってくださって、私たちの罪をすべて帳消しにしてくださったじゃないの、そのまんまでいいから、わたしのところに来なさい、と言ってくださっているじゃないの。だから何も心配しなくていいのよ」と言いますと「本当に、そう? 本当に、そう? 本当にそれでいいの。安心した!軽くなった!今までずっとそのことがひっかかっていたんだ。ずっと。」と言って「よし、行くぞ!」と言ったのです。「どこへ行くの? 天国?」と聞くと「ウン!」とうなずいたので「まだ行かないで!『あと一日待ってください』、とイエス様にお願いして! だって、あすは兄弟姉妹方が来て礼拝をしてくださるし、ミサも帰ってくるから・・」と言うと、うなずいていました。

 翌朝私が主人に顔を見に行くと、私の顔を見て「まだこの世なの」って言うんです。「そうよ、この世よ」って、「ナーンだ」って言うんです。それでそのあと、私の両親が顔を見に主人のところに行くと「今まで何もできませんでした。今までお父さんとお母さんのこと嫌いになったこともありましたが、ほんとうは大好きです。ぼくには天国の中心にイエス様がいるのが見えるんです。イエス様の顔が見えるんです。だから、お父さんとお母さんにもイエス様を信じて天国に来てほしいです。」と必死に伝えていました。最後の力を振り絞って、イエス様が実際に生きて働いていることを伝えたかったのだと思います。

 兄弟姉妹が来て礼拝をしてくださり、良く話し顔つきも嬉しそうで「よかった、ほんとうによかった!」と言っていました。兄弟姉妹と「天国でまた会いましょう」と約束し、しばらくの別れを告げて帰られるのと入れ替わりにドイツから長女のミサが帰宅し、夫と最後に話すことができ、すべて整えられ祝福をたくさんいただいて翌朝五時前に天国へ一足先に行きました。

 今年一月から本当に短い間でしたが、奇蹟と思える喜びや感謝にあふれる出来事をたくさん与えられ本当に幸せな毎日でした。この三ヶ月の間、与えられた喜びや感謝を忘れることなく、一日一日を天国で再会できるのを楽しみにして、残されたこの地上での生活を歩んでゆきたいと思っております。今まで主人と親しくしてくださったお友達の方々、学校で関わりお世話になった方々、また子供たちの友人の方々、会社でお世話になっている方々、そして毎日祈ってくださり交わってくださった集会の多くの兄弟姉妹の方々、ほんとうにありがとうございました。心より感謝申し上げます。そして今日ここにイエス様が呼んでくださったすべての方々が全員主イエス様に導かれ、豊かに祝福されますように、またそうなることを確信してお祈りいたしております。最後に主人が好きであった聖書のみことばを二箇所読んで終わらせていただきます。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい、神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。(旧約聖書  伝道3:11)

いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(新約聖書 ローマ5:2~5)


(写真は絵葉書『ノアの箱舟に入る動物たち』PAUL DE VOS作<フランドルの画家 1595~1678>より転写。1ペテロ3:20。)

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