2018年12月11日火曜日

山中氏を尋ねて(1)

ブログ氏の生誕地です(最近この看板に変わったようです)

わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。(イザヤ43・7)

 やっとお会いできました。山中為三氏と。それは今時、ノーベル医学生理学賞を受賞された本庶氏を全く見も知らない、私どもがテレビなどでその勇姿を拝見して、なんとなく親しみを感ずるのと似ていなくはありません。

 母を尋ねて三千里、ということばがありましたが、山中為三氏とはいったいどのようなお方なのか生年もわからず、探しあぐねておりましたが、今日は国会図書館に出かけてあらん限りの本を閲覧してわかりました。以下はそのご報告です。

 先ず、1961年の「いのちのことば」という月刊誌の3月号のコラム記事山中為三氏による「私の失敗談」を紹介します。

 写真ではおわかりになりにくいでしょうが、わたしは顔のまん中にぶさいくな鼻をくっつけています(55年間)。米国にいたとき、よくユダヤ人から、「きみはユダヤ人なのに、なぜクリスチャンになったのか」と攻撃されました。「ぼくは日本人だよ」と言っても、「いやいや、きみの鼻がユダヤ人だ」と言って聞いてくれません。さるユダヤ人研究家に、「あなたはユダヤの大祭司の鼻だ」と言われたことがあります。しかしわたしは「イスラエルの国籍がなく」異邦人で、その上、偶像の神官の長男に生まれましたが、「恵みによって救われた」のであります。(エペソ2・5、12)
 4、5年前でしょうか、あるいなかの町の子供の集会で、例のへたな話をしたことがあります。あとで子供たちから、「先生の話はわからへん(わからない)。鼻の高い異人さんやから(だから)な」と言われたのにはがっかりしました。
 そそっかしいわたしは、ショーウインドに鼻をうちつけたり、シュークリームを食べて鼻の先に白いものをつけたり、ひげをそるときに鼻の頭を切ったりします。全くのところ、高い鼻をおられて鼻べちゃというわけです。
 山高きがゆえに尊からず、鼻高きがゆえによいということはありません。しかし、これも神さまが私に与えてくださったものであり、この鼻によって低くされています。
 はなはだ妙な鼻の話になりましたがこれも失敗談の一つであります。

 言うまでもなく、この冊子は国会図書館でデジタル化されていて、お写真を拝見することができたのです。しかもこの文章を読むと、何となく、山中為三氏の生年がわかります。55年間鼻がくっついています、とおっしゃっておられますから。1961から55を引きますと、ずばり1906年(明治39年)という年がわかるというものです。私の父は1911年で明治44年でしたから、私にとっては父の世代ということで山中像ははっきりしてきました。何よりも、その冊子には山中氏の美しい横顔が写っていました。まさに日本人離れした面長な西洋人のような顔です。皆さんにお見せできないのが残念です。ちなみにブログ氏は本庶さんとほぼ同年です。手前味噌ですが、ブログ氏に少しは親しみを感じていただけたでしょうか。

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